――藤井王将に羽生九段が挑戦した王将戦は、藤井王将が四勝二敗で防衛しました。藤井竜王が王将のタイトルを初防衛するのか、羽生九段が空前絶後の通算タイトル獲得100期を達成するのかで注目を集めましたが、二人の戦いをどうご覧になりましたか。
【谷川】羽生さんとしては、通算100期という記録への意識よりも、藤井さんと対局できる喜びのほうが強かったのではないでしょうか。王将戦の戦い方を見ると、羽生さんは実戦例が多くない形に誘導して、事前の研究よりも初見の局面での実力勝負にもち込もうという意図が読み取れました。
20代~40代までは最新の流行型をつねに採用してきた羽生さんですが、さすがに50代になると、情報の吸収力や分析力では若手のほうに分があるかもしれません。
とはいえ、羽生さんは一貫してオールラウンドプレーヤーでどの戦法・戦型も指しこなす強さがあります。藤井さんにとっても戦い方の幅が広がったシリーズだったと思います。
――谷川十七世名人や羽生九段も一目置く藤井竜王、あらためてその強さの特筆すべき点は何でしょうか。
【谷川】読みの速さや正確さはさることながら、とくに目を見張るのは、読みの「深さ」です。藤井さんは、序盤のそれほど形勢に差がつかない場面でも、1時間以上の長考をするときがあります。答えがない局面で、すべてを読み切ろうという強い意志を感じるんです。
――素人からすると、序盤ではなるべく残り時間を温存するために、長考は避けたいと考えてしまいます。
【谷川】プロでも普通はそう思いますよ。ただ藤井さんは、深く考える時間を決して惜しまない。そして、考え抜いて実際に指した手以上に、「検討はしたけれど指さなかった手」が彼の財産として蓄積されます。指した手は棋譜として残り、他の棋士に研究されますが、指さなかった手は今後別の局面で応用できるかもしれません。
建築家の安藤忠雄先生も「コンペに勝てなくてもアイディアは残る」とおっしゃっているように、正解のない局面で苦闘することそのものに意義があるのです。
――将棋に限らずビジネス全般、ひいては人生において活かすべき考え方です。
【谷川】とくに現代は、複雑で変化の多い時代です。将棋では近年AI(人工知能)を用いたソフトが台頭し、人間では考えつかない手も生まれています。AIが推奨する指し手のなかには、棋士が「何となく形が悪い」「いまの流れでこの手はない」と考えてしまうものも少なくありません。
でも藤井さんは、そうした固定観念にとらわれず、「AI的な手」、もしくは「AIを超える手」さえも繰り出してくる。その真髄は、彼の読みの深さにほかならないでしょう。
更新:11月23日 00:05