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国民が財政をコントロールする時代

2022年11月09日 公開
2024年12月16日 更新

井手英策(慶應義塾大学教授)

井手英策

2022年10月1日、紙巻きたばこに加えて、加熱式たばこも増税された。たばこがビールやウイスキーと比べて高税率なのは周知の事実で、税収は国と地方がそれぞれ年間1兆円を数える。徴収のあり方として妥当かを検討する。(取材・構成:清水 泰)

※本稿は『Voice』2022年11⽉号より抜粋・編集したものです。

 

国庫目的か、政策目的か

――たばこ税の税収は国と地方がそれぞれ年間1兆円の約2兆円あり、繰り返し税率が上げられています。徴収のあり方として妥当でしょうか。

【井手】税には二つの目的がある、といわれます。一つは「国庫目的」といって、税収を増やし、財政を賄うためのもの。もう一つが「非国庫目的」、わかりやすくいえば「政策目的」です。たとえば環境税なら環境を破壊する行為に税をかけることで環境負荷を低減し、酒税であれば税率を高く設定することによって消費量を減らす。税収よりも政策課題の解決をめざすのが「政策目的」の税です。

以上の二つの目的を分けて考えることが、税の議論では重要です。しかし日本では、両者がほとんど一緒くたに議論されている。

まず、歴史的背景から見てみます。

明治以降の日本では、たばこの専売制を採ってきました。政府は日露戦争中にたばこの製造専売に踏み切り、「専売益金」というかたちで国に納付する制度を整えました。以降、専売益金は国家の重要財源となっていきます。1985年に専売公社が民営化され、専売益金的な制度が廃止されていくのですが、その過程で一時期「たばこ消費税」に置き換えられ、1989年の消費税導入に伴ってたばこ税に改められました。

――また2022年10月1日から、紙巻たばこに加えて加熱式たばこも増税になりました。たばこがビールやウイスキーと比べても高税率なのは、周知の事実です。

【井手】よくたばこ税の増税の議論で「取りやすいところから取る」といわれる理由の一つも、戦前から一貫して専売益金の財政に占めるウエートが大きく、なくなると歳入上、大きな打撃だったから。したがって税に置き換えた。つまり、たばこ税は経緯からして税収を増やす「国庫目的」なんです。

――たばこ税の議論はそもそも国庫目的である、というところからスタートする必要があるのですね。

【井手】ところが日本では、たばこ税を正当化するために「政策目的」を混入した。結果として国庫(約2兆円の税収に対する貢献)と政策(健康増進のために値上げをして喫煙者を減らす)という矛盾した両面を抱えたまま、喫煙者に高負担を強いる状況が続いているわけです。

健康に悪影響だから喫煙者の数を減らす、非喫煙者の受動喫煙の機会を減らす、そのためには税率の引き上げもやむをえない、という政策目的から入ると、話がわかりづらくなります。そうではなく、歴史的に国庫目的で導入された税である。この視点がとても大事だと思います。

最初に「たばこ税の税収は約2兆円」といわれましたが、平成の30年間の推移を見ると、年によって増減はあるものの、基本的には横ばいです。なぜこんな現象が起きるかというと、国庫目的の観点からは重要財源なのでたばこ税は減らせない。喫煙者が減って税収が減ると困るから税率を上げ続ける。政策目的の最終ゴールは喫煙者がゼロになること、つまり税収がゼロになることですから、国庫目的とは完全に矛盾します。この矛盾が税率の引き上げ、約2兆円という安定した収入となって表れています。

――完全に矛盾した徴税ですね。

【井手】たばこ税のあり方として、仮に税収が減っても国民の健康のために喫煙者を減らしたい、ということであれば、政策目的を達成する方法をきちんと考えないといけない。喫煙者を減らす方法は税に限る必要はないわけです。国際比較をしたときに、たばこ税の税負担の大小と喫煙率の間には相関関係がない、という研究があります。一方、日本もそうですが、近年は先進各国がこぞって喫煙規制を強化し、公共空間での原則禁煙に段階的に移行してきました。総合的に見れば、喫煙規制が効いているのか、加罰的課税が効いているのかはよくわからないのです。

――税に関する議論の一つに、徴税したお金の使途の問題があります。たばこ税に関してはいかがですか。

【井手】まず挙げられるのが、一般財源であるたばこ税とは別の「たばこ特別税」です。旧国鉄の債務返還、国鉄清算事業団と国有林野事業特別会計への税金投入を目的に1998年から徴収され、これまでに四度も増税されました。借金の返済に使われていますから、すでにたばこ税の一部は目的税化して使い道が決まっているわけですね。

たばこ税の一部でも目的税化が許されるなら、喫煙者の便益、あるいは影響を被る非喫煙者のために用途を限定した使い方をしてもよいはずです。ところが「一般財源を増やす」という国庫目的が優先されるから、政府は特定の目的に貴重な財源を奪われたくない。でも本質論からいえば、国庫目的を貫徹するなら目的税化を許してはいけないし、政策目的というのが本心なら、たばこ問題の対策に限定して使ったほうがいい。

――喫煙者からすると、政府に非国家目的を持ち出されて都合よく徴収され、国家目的のために都合よく使われている感じです。

【井手】国庫目的と政策目的をきちんと区別しつつ、もっと工夫を凝らして説得力を高めることも可能です。政策目的に舵を切るのであれば、税の発想に囚われず、喫煙規制や税のかけ方や使途を工夫し、受動喫煙の被害がない社会に誘導していくという考え方になります。一方、現状の税率を前提に、高ニコチン製品ほど税率を引き上げていけば、国庫目的と政策目的を調和できます。

 

税制を民主的にコントロールする

――矛盾した目的をいつまでも掲げているのは、国家的欺瞞ですね。

【井手】国家権力はつねに何らかの意図をもつ。この点に、私たちは敏感でないといけません。たとえば、かつてナチスドイツは「独身税」を課しました。「子どもの数を増やそう」「家族を増やそう」というのが国民向けの建前だった。しかし、ヒトラーの本音は戦争遂行のための税収増であり、まさに国庫目的だったわけです。

財務省や厚労省が表面的には政策目的といいつつ、国庫目的の増税を繰り返すようなことをしていると、それこそ弱い者いじめになり、税に関する日本人の全体的モラルが損なわれてしまう。だからこそ、私たち国民が「喫煙者が減っても税収が一定なのはおかしい」という疑問を抱かなければいけない。政策目的でたばこを吸う人の自由を圧殺する空気が生まれるとしたらやはり問題で、徴税意図を見極める必要があります。

たしかに受動喫煙の被害が発生しないように対処すべきだ、というのは正論です。しかし、権力側の意図を見抜いて正しく声を上げないと、国家権力のいいようにやられてしまう。弱者が虐げられる世の中にならないように、私たちが税制を民主的に監視し、コントロールする必要があります。「税収目的か? 政策目的か?」「『健康』というただ一つの目的のために、特定の税を矢継ぎ早に上げるということが本当に妥当か」を考える当事者意識が求められます。さもないと、あらゆる政策で同様のことが繰り返されてしまう。

――目的をどちらか一つにして、適切な課税・施策と連動させるべきですね。また、現状のたばこ税は基本的に一般財源です。何にでも使えるお金ということですから、重税を課されている喫煙者としては、受動喫煙を減らすために喫煙所の設置に使ってほしい、という思いもあります。

【井手】よい考え方だと思います。一般財源は幼稚園や保育園の建設に使ってもよいし、囲い付きの喫煙所の設置といった非喫煙者を隔てる喫煙環境の整備に使ってもよい。ただし、それには少数者の権利をきちんと議論するという政治風土が必要です。

よく「公共の福祉」といわれますが、公共の福祉とは、ある人の権利や自由を一方的に抑えつける概念ではない。個人が互いに追求するさまざまな自由は、時として衝突します。喫煙の自由をどこまでも行使すると、他者が健康に生きる自由を侵害しかねない。半面、他者の権利だけをどこまでも推し進めると、今度は個人の自由が侵害される。私たちが生きる現代社会において、個人の権利は公共の福祉と同様、必ず守られなければなりません。そこでたばこを吸う人と吸わない人の利害を調停するため、税をかけるのと同時に、喫煙所の設置というかたちで個人の自由を保障すべきです。

 

「袋叩き」と「犯人探し」の国

――喫煙者の立場で不安なのは、行政が喫煙者の自由を保障するために喫煙所の設置を決めたとしても嫌煙派住民に猛反対されたりしないか、ということです。嫌煙者のなかには、街中での喫煙を絶対悪と見なす人もいます。

【井手】さまざまな国際調査を見てみますと、日本人の不寛容さは、先進国でも有数のレベルです。日本社会にはいま、怨嗟が満ちているといってもよい。とくに「小泉改革」以降、顕著なのは「袋叩きの政治」「犯人探しの政治」が与えた社会へのダメージです。1997年に世帯所得の減少が始まり、約20年たって全世帯の所得が約18%減、勤労世帯では14%ほど下がりました。共働き世帯が増えて、二人で働くようになったにもかかわらず、世帯の所得が減ってしまったのです。

所得の減少にとどまらず、貯蓄が不十分な世帯の数も増えています。金融広報中央委員会の調査によると、二人以上世帯の3割、単身世帯の5割が貯蓄なしと回答しています。高齢化すれば貯蓄率は減少する、とよくいわれますが、同程度の高齢化率の国と比べても、日本の落ち幅は大きい。実際、内閣府の世論調査でも、9割近くが老後に不安を感じています。

人びとが生活不安に襲われる少し前の1995年、政府は「財政危機宣言」を出し、2000年代に入ると「どの予算から削るか」の政治闘争が始まりました。日本の予算は、義務教育、外交、安全保障を除き、ほとんどが誰かの利益になっています。そこで自分の予算を削られないために、無駄使いをしていると思われる「犯人」を探し、袋叩きにするのが合理的だった。政府もメディアも公共投資、特殊法人、公務員や議員の人件費、生活保護、医療費に無駄使いのレッテルを貼り、「先にあいつらの取り分を削れ」という争いに加担しました。

――生活保護の不正受給はわずか0.4%なのに、不正が横行しているかのような印象を植え付け、一律削減されました。

【井手】リベラルの側も「消費税は上げるな、法人税を上げろ」「大企業に増税して富裕層の累進課税を強化せよ」と主張する。同じく、自分ではない「誰か」を敵にして非難を加え、負担を回す発想です。しかし犯人を探して袋叩きにしたとして、次の標的は自分かもしれない。行き着く先は監視国家と恐怖政治でしょう。

――他者を信じることができない社会は、分断するに決まっています。

【井手】事実、2016年のISSP(国際社会調査プログラム)によるアンケート調査で「病人が病院に行けるようにすること」「高齢者の生活を支援すること」「貧困世帯の大学生への支援」「家を持てない人にそれなりの家を与えること」は政府の責任か、という問いがありました。

――結果は?

【井手】何と「政府の責任ではない」と答えた日本人の割合が対象35カ国中、ナンバーワン。これはもはや国民国家の体を成していない。誰しも突然、病気で仕事ができなくなるとか、わずかな不運が重なって働けなくなった瞬間、家族や世間から見放されてしまう。社会が完全に「底割れ」している状態といわざるをえません。身寄りや貯金がなければ即、生活が詰んでしまう。お金を使わず貯蓄に走るので、消費も伸びず景気もよくならない。日本の所得のピークはいまだに1997年ですから。そこまで生活防衛をしているのに、貯蓄は容易ではない。悪夢の「自己責任」社会です。

――生活不安を抱えていては、自助はままならない。他者を信頼できない社会ですから、助け合いの共助も無理ですね。

【井手】そして頼みの綱の公助はというと、給付によって所得格差を埋める力がOECD(経済協力開発機構)の加盟国中、下から三番目。課税によって所得格差を小さくする力に至っては、最下位です。この国は経済格差を是正する気がないのではないか、と思ってしまいます。

経済的に見ても発展途上国の一歩手前で、早晩一人当たりGDPも韓国に抜かれるでしょう。経済が発展途上国化するのと同時に、社会も発展途上国化していきます。そういう現象が、社会的な変数のなかに次々と現れています。

 

中間層をマイノリティの味方に

――生活不安を解消し、将来の希望が取り戻せるかどうかの瀬戸際に立たされているわけですが、財政社会学にできることは何でしょうか。

【井手】分断社会というのは「人びとの間で目的が共有されず、共同行為が成立しない状態」を指します。対立を解消するには、社会のメンバーに共通するニーズを探し、そのために必要な財源を皆で負担し合うこと。つまり、目的が共有できるように財政を「社会全体の共同行為」へと鋳直すことが必要です。

もちろん、私は日本人がネイチャー(本性)から疑り深いとはまったく考えていません。いまの日本人が他者を信頼しないのは、「人を疑ったほうが得をする」と思わせる仕組みがあるからです。つまり、逆に「連帯したほうが得をする」仕組みを考えなければいけない。

――群れて連帯することで生き残ってきたのが人間の歴史です。

【井手】私が研究する財政社会学には「財政」プラス「社会学」が入っているのが肝で、つねに社会心理を考えます。私の主張は幼稚園・保育園の設置であれ、医療であれ福祉であれ「皆で広く薄く負担しましょう」というもの。理由は、嫉妬や不満の少ない社会が頑健であることを知っているからです。「再分配のパラドックス」(貧困層だけに給付を行なうことで、むしろ社会全体の貧困や格差が広がってしまう)のように、特定の人だけが受益・負担をする社会はやがて中間層の不満を高め、社会全体を分断してしまう。

最大のポイントは「中間層」が「貧困層やマイノリティ」を「敵」と思うか「味方」と思うかです。貧しい人だけが受益者になると、中間層は負担を感じてしまう。「何であいつだけが楽をしているのか」と思って低所得層を叩き、中間層と低所得層のあいだに歪みが生じます。すると、中・高所得層が一緒になってマイノリティを叩くトランピズム(トランプ主義)のような不寛容な社会がやってくるわけです。

――喫煙者というマイノリティを攻撃して非喫煙者とのあいだに分断を煽るのは、権力者を利することでしかない。

【井手】そう。反対に、中・低所得層が連帯する国では中間層を巻き込んで受益者にしています。すると、中間層が低所得層の味方になる。「貧しい人たちが一所懸命働いてるのに、可哀想じゃないか」と。この心理状態が社会にとって最適なんです。互いに信頼したほうが得をするので、他者に対する信用がずば抜けて高くなる。

――ここをめざさないといけない。

【井手】制度を変えることで人間の行動様式が変わることは、誰しも理解しています。課税も同様です。喫煙者や高所得層、富裕層だけに高い税金をかけろというのは、心情的にはわからないではないけれど、結果として社会を分断するし、上がってくる税収も高が知れています。やはり中間層にも相応の負担がないと、財政も国も安定しない。かといって中間層に高い所得税をかけると、間違いなく低所得層バッシングが起きてしまいます。したがって消費税のような税で薄く広く、貧しい人も含めて「みんなが納税者になる」ほうが、社会の分断を避けられるのです。

全員が受益者になる社会には、既得権者が少なくなります。したがって「袋叩き」と「犯人探し」が不要になる。メリットはそれだけではありません。所得制限を外していけば、所得審査に費やされる行政の膨大な事務が削減されます。そして何より、結果的に所得格差を小さくできる。所得の差と関係なく定率の税を課し、給付面では全体に定額のサービス給付を行なう。著しい格差社会だったヨーロッパ諸国は、日本の消費税にあたる付加価値税を上げて中間層も受益者に招き入れることで、所得格差の是正を進めてきました。日本にも同様の工夫が必要で、現在の財政や社会の歪みを考えれば、残された時間は少ない。

税金というのは現在の苦しみであると同時に、未来の幸福をもたらすものです。たばこ税のように特定の人から絞り上げるかたちが本当に望ましいのか、考えるべき時です。中間層とマイノリティが分断される国に未来はありません。立場の異なる人が共感・連帯し合うことで、はじめて日本社会が「他人の立場を考えたほうが得」という善のスパイラルへ入れるはずです。

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