Voice » たばこと人生のポートフォリオ
2022年05月10日 公開
撮影:佐賀章広
『塞王の楯』で直木賞を受賞し、いま最も注目を集める歴史小説家の一人であるとともに、喫煙者としても知られる今村翔吾氏。執筆と喫煙のタイミングから、他者への不寛容が国家レベルでも起こっている現状について話を聞いた。(取材・構成:清水 泰)
※本稿は『Voice』2022年5⽉号より抜粋・編集したものです。
――たばことの出合いを教えてください。
【今村】僕が子供のころはまだテレビでたばこのCMが流れていて、映画のなかでも喫煙シーンが多い時代でした。たまたまテレビでアラン・ドロンの映画を放送していて、彼がたばこを持つ手で口元を覆うようにして吸っているシーンを観て、めちゃくちゃかっこよかった。真似して吸ってたのを覚えています。大人になってからは、僕は酒を飲まないんで、酒の席なんかで間をもたすため、習慣的に吸うようになっていったんかな。
ちなみに僕はこのご時世に逆らって、禁煙しようと思ったことがただの一度もないんですよ。たばこをやめたくてもやめられへんのじゃなくて、好きで吸ってるに近い。
――喫煙者には心強いご意見です。
【今村】もちろん、口寂しくて吸いたいというのもあるんやと思うけど、僕自身はたばこの香りが好きで吸ってる側面が大きいですね。作家になって小説を多く世に送り出し、収入が増えてきたことで何が嬉しいかというと、たばこ代を気にせんでよくなったこと。地味なことやけど、ほんまに嬉しい。「売れてよかったことは?」って聞かれても、ほかには思いつかないぐらい。たばこのために稼いでいる、といってもいいですね。
たばこ一箱の値段の上昇ベクトルより、収入アップのベクトルを上げていこうっていうのが自分のモチベーション(笑)。作家になる前、貧乏だったころはたばこ自体はいまよりずっと安かったけれど、20歳やそこらでお金がなかったから、やっぱり負担が大きい。一度吸った吸い殻をもう一回、つまようじで刺して吸ったりしたのを覚えています。お金なかったんやな。
あのたばこの味は、いま思えば渋くて大してうまくないんやけど、やっぱり懐かしい。当時は恋人とドライブに出かけても、ガソリン入れたら財布には小銭しか残ってへん。彼女には缶ジュースを買い、自分はジュースを我慢してたばこを買って吸ってました。
――執筆と喫煙のタイミングはどのようになっていますか。
【今村】いまの執筆部屋は僕以外、誰もいないようにしていて、他のスタッフは別の部屋にいます。だから好きなように吸ってもいいんですけど、スタッフから「煙の匂いがする」といわれるので、加熱式たばこにしてますね。でも紙巻きたばこをやめてるわけじゃなくて、紙巻きたばこに関しては一節とか一章書き上げたら換気扇の下に行って吸う、みたいにして使い分けてます。
たばこでリラックスするとか集中力が高まるとかいう以上に、自分をゼロに戻すような感覚なんやと思う。たしかにあれこれいわれると、これで集中力が上がると思わんとやってられへんところもある(笑)。
作品を書き上げたり、それこそ文学賞を受賞したときは、お祝いとして高価な葉巻を吸うことにしています。先日『京都新聞』の連載を書き終えた日の夜には、ご褒美にええ葉巻を取り出しましたし、東京に出るときは葉巻を保管するヒュミドールに何本か入れて持っていき、行きつけのシガーバーとかで葉巻をくゆらすのが習慣です。
――書きながらの喫煙があり、節目のたばこがあり、書き上げたあとの至福の一服もあるわけですね。
【今村】今年2月の直木賞贈呈式のとき、選考委員の北方謙三先生から「今村、ちょっと来い」と呼ばれて行くと、先生が愛用していたルイ・ヴィトン製のヒュミドールをくれたんです。「俺が使ってたやつ。ヴィトンはもう喫煙関係品をつくってないから、なかなか手に入らんぞ」みたいなことをボソっとおっしゃりながら。
――先輩から後輩へと、愛用の喫煙具が受け継がれた。
【今村】めっちゃ嬉しかったです。
――ますますやめる理由がなくなりましたね。
【今村】将来のことはわからへんけど、おそらく年をとっても大病してもたばこはやめんのとちゃうかな。それくらい、たばこをやめることが頭をよぎったことはない。僕の曾祖母が昔、部屋の隅で背中を丸めながら「わかば」を四六時中吸い、97歳まで長生きしたのを見ていた思い出もありますから。
更新:11月25日 00:05