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植林から校舎を建てた自由学園に教わる「人の役に立つこと」の本質

2022年05月20日 公開
2024年01月16日 更新

養老孟司(東京大学名誉教授)、高橋和也(自由学園学園長)

 

植林を始めて70年、生徒が植えた木で校舎を建てた

――ずいぶん昔から、植林活動をされていますね。

【高橋】植林を始めたのは1950年、もう70年以上も前のことです。場所は埼玉県の奥の、いまは飯能市に組み込まれている名栗(なぐり)というところ。高校3年生が2週間かけて、10ヘクタールの山にスギとヒノキを合わせて24,000本植えました。植林した傾斜地を下ったところにある沢のそばに建てた山小屋も、生徒たちの手づくりです。

このとき、吉一は生徒たちに「30年後、君たちが48歳になるころに、今日植えた木は伐り出せるまでに育つ。それで校舎をつくるんだ」と言ったそうです。そんなことを言われても、何のことだか、想像もつかなかっただろうと思います。

また50年ほど前には、三重県の海山町[みやまちょう:現・紀北町(きほくちょう)]で植林を始めました。こちらは最高学部の学生が地元の方にご指導いただき植えています。ヒノキを9万本です。

大根などの野菜であれば数カ月で育ちますが、30年となれば途方もない話に聞こえるのではないでしょうか。

けれども2017年、本当に校舎が建ちました。「自由学園みらいかん」という、未就園児や初等部の子どもたちが利用する施設です。70年かかりましたが、その間、生徒たちは代々ずっと手をかけ続けたのです。名栗の森はいま、飯能市がモデル林にして、市民のみなさんも使えるようにしようと、林道を通しました。

【養老】なんだかほっとするお話ですね。実はいま、イギリスの生物学者ローランド・エノスが書いた『「木」から辿る人類史』(NHK出版)という本を読んでいて、人類の歴史は本当に木と深く結びついていると再認識したばかりなんです。

歴史は従来、石器に始まって青銅器、鉄器など、使った道具の素材を中心に時代区分されていますが、すべてのおおもとは「木」なんですよね。ただ木は腐ってしまうから残っていないために、ちょっと忘れられているところがあります。そういった当たり前の歴史を思い出すためにも、木に触れるのはいいことだと思いますね。

 

いつ、誰の役に立つのかわからないことをやるのが国の役割

【養老】私も森のことに関わっていて、なかでもすごいと感動したのは「神宮の森」です。ご存知のように、あの森は東京の真んなかにつくられた人工の森です。林学者や造園家たちが「百年を経て自然の林相になる」ことを目指して英知を結集したのですから、壮大なスケールです。自由学園の植林もそうですが、時間の単位が何十年、何百年ですから、物事を「長い目で見る」という視点も育まれますね。

【高橋】そうですね。生徒たちが実際に植林活動に関わるのは、自分が在学しているときの、ほんの数年間です。たぶん生徒たちは、何十年も先のことをイメージして、こうした作業をしてきたわけではないような気もします。

しかし大事なのは、森づくりに力を注いだこと、まだ見ぬ未来につながる活動の一部に携わる、という経験をしたことです。この森づくりに関わった卒業生に「植林の醍醐味は、結果が自分自身に返ってこないことだ」と言った人がいます。そういう感覚を持つことが、世の中の役に立つことは何だろうと考える発想と、どこかでつながるのではないかと、ハッとさせられました。

思えば、教育も同じですね。結果が自分に返ってくることばかり求めていると、自分の利益になることだけをしようという発想になります。

【養老】同感です。学問や研究というのは本来、即座に結果が出るものではない。ところが科学研究にもお金がかかるものだから、研究費の申請に際しては、何の役に立つかを明確に示さなければならなくなった。

私はそんなふうに結果で研究内容を限定されることが窮屈だし、どう出るかわからないのに結果をあたかも確実に出るかのように書類を書くことに抵抗があるので、「いりません」と言うしかない。とはいえ自分で研究費を稼げるかというと、どうしても限界があります。

そんなこんなでこの年になって、ようやく気づきました。国とか政治は、「いつ、誰の役に立つかわからないこと」を長い目で見守り、応援していかなくてはいけないということに。長年、「参議院は50年より手前のことは考えない議会にしろ」と言ってきたのは、そういうこと。国の運営には、長い目で見ることが必要だということです。

とりわけ教育は、そういう姿勢が求められる、一番身近な問題だと思いますね。

 

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