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植林から校舎を建てた自由学園に教わる「人の役に立つこと」の本質

2022年05月20日 公開
2024年01月16日 更新

養老孟司(東京大学名誉教授)、高橋和也(自由学園学園長)

生徒が植えたヒノキで建築された「自由学園みらいかん」
生徒が植えたヒノキで建築された「自由学園みらいかん」

「参議院は50年後の未来を考える議会に」と主張する養老孟司氏と、未来の校舎を生徒自身の手でつくり上げた自由学園の高橋和也氏。

未来を見据えた政治の根幹は、未来を見据えた教育にあるのではないだろうか。"未来"を重視する2人が、結果だけを重視する現代教育の問題点について語り合う。

※本稿は、養老孟司著『子どもが心配 人として大事な三つの力』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

外面的な成功ではなく、人間としての成長を願う学園

――自由学園とはどんな学校なのか、まず創立の経緯から教えていただけますか。

【高橋】ともにクリスチャンであり、ジャーナリストであった羽仁もと子・吉一(よしかず)夫妻が1921年に創立した学校で、2021年にちょうど100周年を迎えました。羽仁夫妻には3人のお嬢さんがいて、その子どもたちを託したいと思える学校が見つからず、それならば自分たちの手でと、意を決してつくったのです。

羽仁夫妻は「資格重視、知識偏重の外面を整える"詰め込み教育"を廃し、生活そのものから学びつつ、子どもたちの心と体と魂が豊かに成長する教育を実現する」ことを願って、学校をつくりました。

キャンパスは最初は池袋にありましたが、1934(昭和9)年に、現在の東久留米市に移転しました。小川も流れる緑豊かな3万坪のキャンパスです。幼児生活団(幼稚園)、初等部(小学校)、女子部/男子部(中等科・高等科)、最高学部(2年・4年課程)という構成で、全校あわせて800人の小さな学校です。

女子部、男子部、最高学部には寮があって、全国各地から入学した生徒たちが寮生活を営んでいます。加えて数年前からは、45歳以上の人を対象にした生涯教育の場(リビングアカデミー)を創設しています。

創立当時、学校はどこでもお弁当持参でした。子どもたちは毎日冷たくなったご飯を食べていたわけです。これに対してもと子は、学校でも家庭のように温かい昼食を皆で一緒に食べたいと願い、生徒自身が協力して昼食をつくることを始めたんです。これが100年後の今も続いています。

――初等部のときから、自分たちの食べるものを自分たちで畑で育てたり、中学からは寮生活も経験すると聞きましたが。

【高橋】野菜を育てる体験は幼稚園からです。初等部では、自分たちで掃除して集めた落ち葉や昼食の残飯で堆肥もつくっています。自分たちの畑や田んぼで収穫した食材は昼食の食卓に上がります。

中学からは寮もあり日本中から、海外からも生徒が集まっています。寮も生徒たちの自治です。高校3年生の寮長や委員長も自分たちで選ぶ。朝食当番は皆より早く起きて全員の朝食をつくり、洗濯も掃除も、すべて自分たちで行い自立と協力を学びます。自分の机や椅子も自作します。

 

体を持て余す日本人

【養老】手を使うことは大事です。私は解剖学を教えていましたが、実習が中心で、講義は年に一度くらいのものでした。医学も理屈通りにはいかない、解剖を口で説明してもしょうがない、体を使って学んだことでないと身につかない、と思っていましたから。

30年くらい前に、すでにメスすらちゃんと使えない学生がいて、困ったことを覚えています。メスは鉛筆持ちしないと使えないのに、包丁みたいに持つんです。大学生になるまでに、いったい何を教わってきたのかとあきれるやら、腹立たしいやら。でも若い助手から、「先生、いまの若い人はこんなものですよ」と説教されました。

一事が万事、現代人は本当に手を使わなくなりました。私の印象では、体を持て余している感じですね。戦後、子どもたちの体がどんどん大きくなってきたせいかもしれません。でもやはり、体を使うことは教育に取り入れるべき重要な要素でしょう。

【高橋】そうですね。手で木材を触って、ノコギリで切ったり、カンナで削ったりする手作業を通して、あるいは「面をきちんと直角に合わせなければ、引き出しが入らないんだ」などと失敗しながら学ぶことで、物づくりの原理を経験的に理解できます。「本物の知識」になるのです。

そういった経験から、生徒たちは売っている物がきちんとつくられているかどうか、見る目が養われていると思いますね。逆に、「これほど手のかかった物が、どうしてこんなに安く売られているんだろう」と疑問に思う、そんな発想も生まれますよね。

【養老】一つ、付け加えると、手を動かすことは高齢者にとっても大事です。私などはこの年になっても虫の標本をつくっていて、相当細かく手先を使います。また小さなものですから、たとえば足が一本取れてくずかごに落ちると、紙に当たった音が聞こえます。細かい作業をしていると、そのくらい人間は敏感でいられるのです。

だから子どもからお年寄りまで、五感の訓練と運動の訓練はやったほうがいい。

【高橋】前に少し触れましたが、自由学園には、45歳以上の方々を対象とする「リビングアカデミー」という学校があります。「生涯の生活のなかにこそ真の教育がある」という教育理念の下に、ともに学び、みんなと交わり、そして楽しみ、活動を通して社会に役立つことを目指しています。

現在、120人を超える生徒さんの平均年齢は70歳くらい。最初は1年コースのつもりでしたが、もう何年も続けている方もいらっしゃいます。

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