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世界の核兵器の状況を歪めるプーチン

2022年04月09日 公開
2024年12月16日 更新

日高義樹(ハドソン研究所客員研究員)

クレムリン
モスクワのクレムリン

ウクライナで不法な侵略を試みているロシアとアメリカ・NATO軍との対立が、今後どう展開するか、いまだ不透明な場合が多い。戦況によっては、核兵器の使用も辞さない構えのウラジミール・プーチン。他方、自由主義陣営の出方を注視する習近平は、いま何を思う?

※本稿は、日高義樹著『習近平の核攻撃』(かや書房)を一部抜粋・編集したものです。

 

プーチンの「新しい核戦略」は人類の英知に逆行する

ロシアの指導者ウラジミール・プーチンは核兵器の小型化を推し進め、うやむやな形で通常兵器とのあいだのレッドライン、つまり核兵器を使うための敷居をなし崩しにしてしまおうと考えている。

プーチンが推し進めている「新しい核戦略」は突き詰めて言えば、小型の核兵器を使って通常戦争の火を吹き飛ばしてしまい、戦争をやめさせようというものである。

プーチンは崩壊したソビエト連邦から引き継いだ、合わせて6,000発を超える核兵器を背景に、破壊力で通常兵器とあまり変わらない小型核兵器を投入することによって、アメリカの大きな力に立ち向かおうとしている。

このプーチンの考え方は一見きわめて合理的に見えるが、小型核兵器はこれまで言われてきた核兵器の敷居、つまり通常兵器から核兵器に移行する際のレッドラインをうやむやにしてしまう。

核兵器の投入をどさくさに紛れて推し進め、強力な通常兵器をねじ伏せる――という考え方である。いかにも国際政治のギャンブラー、賭博師であるウラジミール・プーチンが考えそうなことで、インチキな理屈である。

私がインチキだというのは、それが「核兵器を使うか使わないか」という大きな境目をつくり上げてきたこれまでの人間の知恵を捨て去ってしまい、小型兵器による小さな破壊力を使うことによって強力なアメリカの通常兵力をねじ伏せようという博打的な考え方だからだ。しかも、こうしたプーチンの博打的なイチかバチかの行動は、裏目に出る公算がきわめて強い。

プーチンの戦略は、これまで「核兵器は使わない」という原則を保ってきた国際社会の紛争に異質な破壊力を持ち込むことになる。たとえて言えば、刀や剣の戦いのなかで、ピストルを使い、ライフルを使った結果、どうなるのか。

当然のことながら機関銃を使うことになり、大砲を使うことになり、ロケットまでもが投入される。つまり破壊力を押しとどめるレッドライン、敷居というものが消滅してしまうのである。

プーチンとしては敗れ去った大国の資産を受け継ぎ、非人道的な政治を推し進め、自らの安全を守るためには、小型核兵器の使用ぐらいは許されると考えているのであろう。プーチンは、博打的とは言いながら、ルールに従ってカードを操って博打に勝つのではなく、一獲千金を狙う乱暴なやり方で勝とうとしている。 

プーチンは自らの独裁的なやり方を続けるためには、小型核兵器の使用は世界で認められるべき小さなルールの変更だと考えているに違いない。しかも、その背景には相手側のお目こぼしへの期待、破壊力の小さな小型核兵器であれば通常兵器と同等の扱いを受けても当然だという強い、自分勝手な思いがある。

この自分勝手というのが独裁者、専制主義者の特徴である。「核兵器を使うことによって戦争をディスカレート、小さくしてしまう」というプーチンの主張は、こうした専制独裁者の典型的な考え方を表している。

こうしたプーチンの考え方が非人道的なソビエト連邦においても実際に行使されることにならなかったのは、核戦争というのはいったん始めれば、とどまるところを知らない拡大を続けるという強い思いを多くの人が持っていたからであった。

アメリカでも第二次世界大戦の勝利に大きく貢献したアイゼンハワー将軍が「核戦争には、勝者はない。戦う双方が破滅するだけだ」と述べたが、ロシアの将軍たちも第二次大戦を戦って同じ思いが強かった。

ソビエトにおいても「核戦争には勝者も敗者もなく、双方を傷つけるだけに終わる」という考え方が強かったのを証明したのは、キューバ危機であった。当時のソビエトのニキータ・フルシチョフ書記長はキューバにロシアの核ミサイルを持ち込み、ワシントンを危機に陥れようとしたが、結局その博打をとりやめたため、キューバ危機は紙一重で回避された。

このキューバ危機、さらにはそれに先立つベルリン封鎖が戦争に発展しなかったのは、独裁体制下のソビエト連邦においてですら、核戦争が始まれば勝者も敗者もない、という基本的な考え方が強かったからであった。こうしたいわば人類の英知に逆行するのが、プーチンの「新しい核戦略」である。

これまで述べてきたように、プーチンは自らの新しい核の理論を国際ルールとして確立し、核軍縮協定(INF)を勝手にやめてしまったアメリカを「国際社会における悪者」と非難しながら、世界を動かそうとしている。

プーチンは、核兵器が小型であればその破壊力も限定されており、全地球を滅ぼすようなものにはならず、うまく動かせば、国際政治において勝利を収めることができると考えている。

こうしたプーチンのよこしまな考え方をもとにして、超小型核兵器がつくられるようになり、地球規模の大戦争を起こさずに政治的に有利な行動ができるようになった。ウラジミール・プーチンはその旗頭とも言えるが、現実に小型核兵器をつくり上げたのはアメリカの科学の力であった。

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