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被災地で重要性増す「心の復興」

2012年03月02日 公開
2023年09月15日 更新

寺田昭一(政策シンクタンクPHP総研シニア・コンサルタント)

 東日本大震災から間もなく一年。被災地では復興に向けた取り組みが進む一方で、新たな課題も浮かび上がっている。筆者が関わりのある、岩手県釜石市の状況について報告する。

 市内に唐丹中学校という全校生徒70余名の小さな学校がある。3・11の震災で津波の被害を受けなかったものの、校舎が地震で使えなくなった学校である。 

 この学校の校庭に今年、津波で倒壊した唐丹小学校と併設してプレハブの仮校舎が完成した(写真上)。 震災後、この中学校では、体育館を利用して授業を続けてきた(写真下:平成23年6月撮影)。 半分のスペースで体育をする音が聞こえる中、パーティーションでしきられた隣の一角では数学の授業が、その隣では別の授業が行われ、壁面には図画やポスター、各種連絡表などがところ狭しと貼られていた。そんな環境の中でも、生徒たちは明るく元気に学校生活を過ごしていた。

  「1月17日の始業式の日に仮校舎の教室に初めて入った時、生徒たちが、一斉に歓声を上げたのには驚いた。プレハブとはいえ、自分たちだけの教室が持てたことがうれしかったのだろう。生徒たちがいかに我慢をしてきたか、抑圧されたものがたくさんあったかということを改めて思い知らされた」と、校長はいう。 

 校長によると、震災直後の混乱が少しずつおさまり、仮設住宅ができて生活が安定してくるのと反比例するように、子どもたちに元気がなくなっていったという。現実に目を向けなければならなくなったからだという。 

 釜石市では、児童・生徒がほとんど被害を受けなかった地域である。群馬大学首都圏防災研究センター長の片田敏孝教授をアドバイザーとして教育現場や防災担当者が一体となって防災教育を行ってきた成果だといわれ、震災直後から「釜石の奇跡」とマスコミで評判になった。 

 その「釜石の奇跡」の典型的な例となった釜石東中学校でも、仮校舎が完成し、この春から仮校舎で授業を開始することになっている。しかし、教育に携わる人たちは、今、釜石市内に分散している子どもたちが仮校舎に通うためには、どうしても、被災を受けた地元、海を見ながら通学しなければならない、その時、生徒たちの心に何が浮かぶのかということを心配する。 

 また、ある教育関係者は、津波被害で命からがら助けられた三名の幼児の行く末を心配する。その体験が将来、心にどんな影響を与えるのか不安だという。阪神大震災の後、3年目に子どもたちが不安定になったという事例もあるようで、新年早々に開催された釜石市教育研究所の研究発表会では、神戸から講師を招いて発表と助言も行っている。 

 PHP総研が企画運営協力をし、釜石市も加盟する「嚶鳴協議会」(事務局:愛知県東海市)という全国13自治体が集まった広域連携組織は、当初から釜石市への支援を行ってきたが、今後の継続支援をどうするかについての会合を2月24日に開いた。ここでも、釜石市の担当者から開口一番に出たことばが、「物の支援は落ち着いた。今後は、心をどうするか。心の復興をどうするか。心の支援が必要になる」と話があった。 

 震災から一年がたち、仮設とはいうものの商店や飲食街ができ、釜石の町に灯りが戻ってきた。市街地の道路からは瓦礫もなくなった。日常の町が戻ってきて、やっと町が「復旧」してきたというのが実情だろう。復興基本計画もでき、今後は、本格的な復興が始まるのだろうが、そのハード面や仕組みの面での復興の進展と時を同じくするように心の不安定化も進むかもしれない。これから大事なことは、今まで以上に心の復興を重くとらえた復興のあり方、支援のあり方を考えることではないかと思う。「人は石垣、人は城」という武田信玄の言葉ではないが、そこに住む人々が心豊かであって初めて、社会が成り立つということを忘れてはならない。 

 ちなみに、今回の津波の経験から釜石市の防災教育を振り返った片田敏孝教授の 『命を守る教育~3・11釜石からの教訓』 が2月末に弊社から発刊された。防災教育だけではなく、復興のあり方にも参考になる書籍なのでぜひ、ご一読いただきたい。

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