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トヨタの現場が生まれ変わる日

2010年03月15日 公開
2023年09月28日 更新

遠藤功(ローランド・ベルガー日本法人会長)

危機管理のまずさが表面化した

 目下、メディアはトヨタ自動車のリコール(回収・無償修理)問題一色である。しかしその報道を見ていると、きわめて感情的な物言いが目立つ。アメリカのトヨタ叩きに便乗し、皆がこぞってトヨタバッシングに興じているように見えるのだ。しかし、状況を冷静に分析したうえで本質に踏み込んだ議論はあまりに少ない。

 たしかに「品質の王者」を誇ってきたトヨタにとって、今回のリコール問題は深刻である。対象車種や台数、地域の広がりは、これまでのリコールとはケタ違いだ。2009年11月、アメリカでフロアマットにアクセルペダルが引っ掛かる不具合が起こり、13車種、555万台がリコール対象になった。2010年1月にやはりアメリカでアクセルペダルが戻らなくなる不具合が起こり、8車種、248万台がリコールされた。ヨーロッパでも1月、同様の不具合が見つかり、171万台のリコールが行なわれた。さらに2月には日米欧でプリウスのブレーキに不具合が見つかり、43万台がリコールとなった。これらをすべて合わせると、計1000万台を超える車がリコール対象になったことになる。これは異常事態といわざるをえない。

 しかし、これまでトヨタは品質問題について、けっして手を拱いてきたわけではない。2001年以降、トヨタの国産車のリコールは急増し、2005年には14件、193万台に達した。しかしその段階で対策が講じられ、以降はリコール件数、対象台数とも減少傾向にある。

 2006年度以降はむしろ、トヨタよりも日産自動車や本田技研工業(ホンダ)のリコール台数が増えている。国産車に限っていえば、2006年にはトヨタ130万台に対し、日産140万台、ホンダ160万台。リコール届出件数も、トヨタ8件に対し、日産19件、ホンダ13件。2006~2008年の3年間を合算するかぎり、3社中で最もリコール車台数、届出件数が少ないのはトヨタなのである。

 また今回問題が起こっているアメリカでは、2009年12月半ばまでのトヨタのリコール件数(全米高速道路交通安全局調べ)は9件、対象台数は480万台である。たしかに台数を見れば全米で最多であるが、じつはこのうちフロアマット問題絡みのリコールが430万台。それ以外は残りの8件を合わせても50万台しかない。トヨタに次いで台数の多いフォードのリコール件数は4件、対象台数は450万台。この事実を知れば、けっしてトヨタがリコールで突出しているわけではなく、ある意味でこれは品質問題というよりもフロアマットの問題ということが理解できるのではないだろうか。

 トヨタにとって不幸だったのは今回、品質問題という以前に危機管理のまずさが表面化したことだ。因果関係は定かでないが、アメリカで事故による死者が出たことは事実である。しかしトヨタは昨年11月、今年1月、2月とさみだれ式に不具合を発表するという、後手に回った印象を与える対応を行なった。しかもその説明のために、最初は品質担当の副社長、次に技術担当の常務、最後に社長が登場した。これが不信感をいっそう助長したことは否めないだろう。

 危機管理の専門家いわく、今回の対応は当局にいわれてリコールする、会見も求められて行なうという「受動的危機管理」で、これはトヨタの慢心と過信の結果であるという。本来ならばトップ自らすぐに会見を開く「能動的危機管理」が必要だったというが、しかしほんとうにそうだろうか。

 トヨタの立場になってみれば、最初から社長が会見することは難しかっただろう。原因もはっきりしない段階で、トップが中途半端な説明をしたところでさらなる不信感を招くだけだ。またトヨタは事故を隠蔽したわけでもない。リコールが重要と考えて、実際にその決断をしているではないか。

 そもそも事故が起きたからといって、すべてがリコールになるわけではない。死者が出たことは重く受け止めるべきだが、事故が必ずしもクルマの不具合によるとは限らない。運転や整備に問題があったかもしれないし、改造車だった可能性もある。事実、アメリカでは改造車に乗る人たちが少なくない。そこで安易にクルマの問題にすべてを帰着させれば、アメリカのような訴訟社会で大変なことが起こるのは目に見えている。

 さらにいえば、今回問題となったアクセルペダルを手掛けたアメリカのCTS社(インディアナ州)は、じつはトヨタ以外の自動車メーカーにも納品を行なっている。そう考えれば今後、トヨタと同じ問題が他の自動車メーカーで起きてもおかしくない。トヨタがアクセルペダルでリコールを実施すれば、他の自動車メーカーもリコールという選択肢を取らざるをえないだろう。そうなれば、業界全体の問題へと拡がってしまう。

 トヨタのなかでは、そのようなさまざまな観点から慎重な判断がとられたはずである。しかしそれが結果としては、ユーチューブのようなインターネットの影響も手伝って、対応が後手に回った印象を与えてしまった。そして「米国人の憎悪」「オバマ政権の陰謀」といった言葉が日本の雑誌に躍るほど、アメリカの感情的反発や政治問題化を招いてしまったわけである。

 そのような事実をすべて踏まえても、すべての責任をトヨタにかぶせ、それで終わりとするのはあまりに早計だろう。必要とされているのは冷静に事実関係を分析したうえで、そこから何を学ぶか、という姿勢である。以下、順を追って議論していきたい。

「兵站が伸びきっている」

 そもそも、品質問題とはどのようなときに起こるのか。製品の品質には「設計品質」と「製造品質」の二つがある。同じ不具合でも、設計段階で技術面の検証が不十分、不適切なもの、設計には問題がないが工場でのモノづくりの段階で問題があるものの二種類があり、今回は明らかに「設計品質」の問題である。

 1996年から2000年初めくらいまでは、国内でリコールが発生する要因として、「設計品質」と「製造品質」が同程度を占めていた。しかし2004年には差が一気に開き、「設計品質」が265件、「製造品質」が118件となっている。日本のなかで「設計品質」が問題になりはじめ、それが海外にも波及した、という理解が正しい。理由はのちほど言及する。

 では、いわゆる「手抜き」以外でそのような品質問題が起こる要因は何か。一つは「何かを変えたとき」である。品質を安定させるには、何も変えないことがいちばんよい。しかし企業が競争力を高めるためには、さまざまなものを変化させなければならない。たとえば国産ではなく海外の部品を使う、生産現場を日本から他国に変える……その結果、これまでとは違う品質のものができるリスクが高まるわけだ。

 もう一つは工場や設計者など現場のキャパシティ・能力よりも、負荷のほうが大きくなったときである。これまで慎重に行なっていた作業に取り組む時間、余裕がなくなってしまえば、当然何かが発生するリスクは高くなる。

 そして、これらの要因に照らし合わせて今回の品質問題を分析したとき、以下に述べる三つの背景が浮かび上がってくるように思う。

 一つ目の背景は、「急拡大とグローバル展開」である。トヨタの世界販売台数のピークは2007年の843万台、1997年に500万台弱であったことを踏まえれば、わずか10年で2倍に迫る勢いだ。とくに2004年から2007年にかけては、マツダの年間販売台数とほぼ同じ台数を毎年上乗せしてきた。毎年、新しいマツダが誕生しているようなもので、あまりにも急激な伸び率といってよいだろう。

 このような急拡大を支えるためには、投入する商品点数を増やしたり、現地生産、現地調達を拡大せざるをえない。事実、新しい海外の部品メーカーの起用が増加し、海外での現地生産へのシフトがこの時期に起きている。先に述べた品質問題が非常に起こりやすい状況であったのである。

 4、5年前、トヨタ社内では「兵站が伸びきっている」「部品メーカーが悲鳴を上げている」といった現場の声が聞こえていた。海外に技術者を送り込むと国内が手薄になる。技術者の絶対的な不足があって、それが先の国内におけるリコール増につながった。しかし、そうかといって国内に技術者を戻せば、今度は海外が手薄になる。つまりは日本で起こっていた問題が海外に飛び火して、海外ではさらに深刻な事態を招いてしまったわけである。

 二つ目の背景は、「部品共通化の拡大」である。コストダウンを図るため、従来は車種ごとに変えていた部品を共用化する動きが加速した。そのため一つの部品に問題が出るとリコール対象が一気に増え、これがリコール台数の拡大につながったのである。実際、トヨタ国産車のリコール対象台数は、2001年には4件で5万台だったのが、2004年には9件で190万台にまで拡大してしまった。アクセルペダルの場合も共用化を進めたために、何百万という規模のリコール台数になってしまったのだ。

 三つ目の背景は、「自動車の電子化」、そしてそれに伴うブラックボックス化である。いまや自動車は電子部品、ソフトウェアの塊で、そこで発生するトラブルは、トヨタが過去に培ってきた技術、経験だけでは簡単には対応できない。プリウスのリコールにしても、0.06秒のズレというソフトの設定ミスが原因である。メカには強いトヨタも、エレクトロニクス、ソフトウェアについての知見、経験はけっして十分とはいえない。自動車という製品自体が進化を遂げれば、過去の強みや経験が生きなくなってくる。

 以上を踏まえれば、今回の問題は現場を冷静に見ているならある意味で予見、予測できる範囲であって、起こるべくして起こった問題であった。しかし、残念ながら実際に問題が起こってしまうことを阻止しきれなかった、それが事の真相ではないだろうか。

「オールトヨタ」システムの限界

 ではいったい、そこから導き出される真因、そして対策はどのようなものだろうか。

 第一に必要とされるのは、ビジネスシステムそのものの見直しである。トヨタはこれまで「ピラミッド型ビジネスシステム」を構築してきた。トヨタを頂点として、デンソーやアイシン精機といった直下の部品メーカー、さらにはその下に二次、三次メーカーがある中央集権的なシステムで、しかもそのほとんどが愛知県の三河地方に集中している。

 この「オールトヨタ」システムは1つの運命共同体であり、意思統一、意思伝達が比較的容易で、現場の情報も入りやすい。以心伝心、阿吽の呼吸が通じ、1をいえば10通じるという仕組みだ。日本国内を中心として、系列の部品メーカー、協力メーカーを中心にビジネスを行なっているときには、これは最強のシステムになる。

 しかし、現在のように生産・販売台数の半分以上が海外という状況になったとき、このシステムでは限界がある。現地調達、現地生産を拡大すれば、これまでとは異なる企業やパートナーと付き合っていかざるをえない。今回のアクセルペダルにしても、CTS社はトヨタお膝元の部品メーカーではない。トヨタ流の価値観や品質基準を徹底させるのは容易ではない。また先ほども述べたようにCTS社は他社にも部品を供給している独立メーカーであり、トヨタは「ワン・オブ・ゼム」にすぎない。

 こうした海外の部品メーカー、協力企業とどのように連携しながら、新たなビジネスモデルを構築していくのかが、トヨタとしての大きな課題である。

 それはこれまでのような「鉄の結束」「血の繋がり」による強固な連帯ではなく、共通の目標を共有し、独立性は担保しながらそれぞれの強み、個性を生かしていく「ネットワーク型ビジネスシステム」と呼ぶべきものである。「オールトヨタ」としての連帯感の醸成は不可欠だが、そこでの目標設定・目標管理の仕組み、コミュニケーションや人材育成の手法などはこれまでとは大きく変えていかざるをえない。

 このあたりについて、うまく体制を作り上げているのがトヨタの永遠のライバル、ホンダである。もともとホンダはトヨタほどピラミッドシステムが強固ではなく、部品メーカーとほどほどの距離感を保ってきた。そのなかで、独立メーカーと付き合ううえでの感度やコントロールの仕方のノウハウを体得したのだ。

 もちろんトヨタも、新しいやり方が必要であることは十分に理解している。世界多極型体制への転換を模索中で、今後その生産拠点は日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの四極になっていく。しかし四極のなかで日本ではピラミッド型ビジネスシステムが維持されるだろうが、その他の地域ではもはやネットワーク型ビジネスシステムの導入が不可欠である。同質的な集団による品質管理ではなく、異質の集合体で「世界品質」をどのように創り込んでいくのか。それこそがトヨタにとってのチャレンジである。

 第二に必要とされるのは、もともとトヨタの強みといわれた「現場力」の再強化である。愚直なまでのモノづくりに対するこだわりが、これまでトヨタの品質の根幹を担保してきた。近年、けっして手を抜いているわけではないのだが、その「愚直さ」が劣化している観は否めない。かつては「これでもか!」というほど小さな問題を見つけ出し、徹底的に潰してきたにもかかわらず、いつの間にかそれが「もうこのくらいでいいか」と考える組織になってしまった可能性がある。いわば「並みの会社」「普通の会社」になってしまったのだ。

 短期的には、開発現場の負荷を適正化することが、重要な対策になるだろう。自らのキャパシティを超えた仕事量のなかでは、いくら愚直であろうとしても限界がある。ある意味で「販売台数や車種のバリエーションを犠牲にしてでも、よいものをつくる」といった戦略的判断が必要とされているのではないか。

 またトヨタには、自社で働くすべての人々が共有すべき価値観、すなわち「トヨタウェイ」という原点があるのだから、いまこそその原点に立ち戻り、再教育を徹底すべきだろう。

「愚直さ」の劣化と同様、組織の「感度」が劣化している可能性も高い。現場で発生している問題は多々あるが、その兆候に対する反応が鈍くなっているということだ。かつてのトヨタであれば、兆候が見えた段階でさまざまな手立てを講じ、問題は未然に防がれてきた。そのような対応がいまでは不可能になっている。

「感度」とは、大きく分ければ二つある。一つは現場で何かに気付く、感じることができるという「センサー機能」(触覚)、もう一つは現場で感じた問題が直ちに関係者に伝わるという「伝達機能」(神経系)である。現在のトヨタは両者がともに劣化しているが、なかでも伝達機能の衰えが著しい。リーマン・ショック以前、在庫の山が港に積み上がっているにもかかわらず、それに本社が気付かなかった、ということが典型だろう。

 とはいえグローバル展開を進める一方で、現場で起きた異変をすべて本社に伝えることは難しい。対策としてはやはりネットワーク型ビジネスシステムを導入し、アメリカで起こった問題はアメリカ国内の組織が判断して解決する、という仕組みを構築することが必要になる。

 センサー機能の回復という点では、トヨタのOBを再雇用するという手もある。彼らをトレーナーとして現場に配備することで、スピリットを復権させるのだ。いまトヨタはそれぞれの地域ごとにアドバイザーを置くことを検討しているようだが、それよりも実際にこれまでトヨタを担ってきたOBの力を活用する選択肢のほうが現実的であり、効果的である。

「体格」よりも「体質」を誇れ

 トヨタが抱える問題、そして対策を縷々述べてきたが、本来、これはトヨタだけに当てはまる話ではない。国内需要が縮小するなかで、新しいマーケット展開をめざして海外生産を行なう、あるいは海外の部品メーカーと付き合う必要に迫られた日本のモノづくり全体に通じる問題である。これまでの日本的なやり方が通用しなくなるなかで、新しいチャレンジが求められているのだ。

 似たような状況が海外企業でも発生している。旅客機最大手であるアメリカのボーイング社が2009年6月に発表した、最新型中型機787「ドリームライナー」の納入延期が典型だろう。2010年1‐3月期だった納入予定を2010年10‐12月期に延期するというものだが、じつはドリームライナーの納入延期はじつに5度目である。

 昨年末、ようやく初飛行に成功したが、当初の初飛行予定が2007年9月、納入時期が2008年5月だったことを考えると、およそ2年半も遅れが生じている。

 延期の理由は、機体の主翼と胴体の結合部分に補強の必要が生じたためだが、ドリームライナーは最先端の複合材を機体の50パーセントに使っている。しかしそのため機体開発・生産など発注先が世界中に散り、トラブルへの対処が遅れてしまったのだ。

 アメリカ国内を中心に、これまで付き合いのある協力企業だけでつくっているうちはよかったが、それが拡がった途端、不確実性が一気に増したのである。

 グローバル生産やグローバル調達というのは、口でいうほど簡単なものではない。設計・開発まで現地化するならなおさらで、そこには非常に大きなリスクが潜んでいる。安いものを大量につくるためにグローバル生産を選択しても、その結果、大量の欠陥車ができたり、リコールが起こったのでは本末転倒である。トヨタやボーイングの問題は、いま求められているグローバル生産やグローバル調達とはいったい何か、その宿題をわれわれに投げ掛けているのだ。

 そのような状況下、拙著『競争力の原点』(小社刊)で述べたように、むやみやたらに「体格」の大きさをめざすのではなく「体質」を誇るモノづくりこそをめざすべき、ということが、答えの一つになるだろう。先の米下院公聴会で豊田章男社長が急激な業務拡大を真摯に反省したように、もう一度愚直なまでの現場力、そしてそれが可能になる事業規模を日本企業は再確認しなければならない。「体質」を犠牲にしてまで成長を追うことに意味はない。

 トヨタが今回負った傷は深い。信頼の再構築には時間がかかるだろう。しかし新たなビジネスシステムを構築し、「愚直さ」という原点に立ち返れば、トヨタは必ず復活する。私はそう確信している。

著者紹介

遠藤 功(えんどう・いさお)

遠藤功(ローランド・ベルガー日本法人会長)

ローランド・ベルガー日本法人会長。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て、現職。経営コンサルタントとして、戦略策定のみならず実行支援を伴った「結果の出る」コンサルティングとして高い評価を得ている。ローランド・ベルガーワールドワイドのスーパーバイザリーボード(経営監査委員会)アジア初のメンバーに選出された。株式会社良品計画 社外取締役。ヤマハ発動機株式会社 社外監査役。損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社 社外取締役。日新製鋼株式会社 社外取締役。コープさっぽろ有識者理事。『現場力を鍛える』『見える化』(以上、東洋経済新報社)、『新幹線お掃除の天使たち』(あさ出版)など、ベストセラー著書多数。

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