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「宗教は科学の代わりにはならない」 コロナ禍で変わる信仰の役割

2020年07月17日 公開
2021年11月01日 更新

森本あんり(国際基督教大学教授)

 

戦後日本の経済至上主義による弊害

――日本は諸外国に比べると相対的に、信仰を拠り所にする度合いが小さいように見えます。わが国の宗教との関係をどう捉えていますか。

【森本】日本でとくに気になるのは「手当をする」人の存在が圧倒的に少ないことです。子どもやお年寄り、貧困者や社会的弱者のケアをしているのは、どこの国でも宗教団体です。

キリスト教やイスラム教はもちろん、仏教でもアジア諸国ではそういう役割が大きい。しかもそれは、専従者や一部の熱心な人だけでなく、多くの一般信徒が関わる日常作業です。

日本では、そういう民間のセーフティ・ネットがいっそう薄くて頼りなくなったように思います。

――なぜ、そうなってしまったのでしょうか。

【森本】おそらく、戦後の日本が経済至上主義と自己責任論でがむしゃらに成長してきたことと無関係ではないでしょう。教育も医療も福祉も、効率だけを指標にして無駄を削ぎ落としてきた。

そういう政策は、人間が世界を合理的に設計しコントロールできると考える、時代遅れの知性の産物です。パンデミックや原発事故、経済不況は、自然も人間も社会も想定外のリスクを内包した不条理な現実であることを思い起こさせてくれます。

――コロナ禍で世界が協調するどころか、むしろ国家間対立が先鋭化しています。「自国第一主義」が広がるなかで、各国の指導者はいま何をすべきでしょうか。

【森本】私の言葉で表現すると「信憑性構造」を維持することです。個々の政策以前に、それらを立案し遂行するための基本的な土台のところで、民主社会の正統性要求に疑念を抱かせないことです。

とりわけ非常時には、誰もが当然のように前提としていた正統性に亀裂が生じます。李下(りか)にあえて冠(かんむり)を正すような行為は、いくら国会答弁を上手に切り抜けても、結局は信を失います。

かつて人びとに尊敬される職業といえば、政治家や警察官、学校教師などでしたが、いまやどの国でも大きく様変わりしました。それでも、宗教指導者はいまだにその対象であり続けています。

日本とは少し前提が違いますが、軍も長い伝統をもった準宗教的な象徴システムで、社会の信憑性構造を維持する重要な組織です。

ほかにもコロナ禍でいえば、若者に人気のアーティストが責任ある正しい情報を発信して影響力を行使しています。宗教指導者も、同様の役割を担うことはできるでしょう。何せ世界人口の8割は、何らかの宗教を信じているのですから。

ただし、もともと宗教的でない人物が宗教の力を借りようとするのは、逆効果で滑稽なだけです。

6月1日にトランプ大統領がセント・ジョンズ教会の前に立ち、聖書を手にして秩序の必要性をアピールしましたが、とくに政治家が宗教を「利用」するのは、政教分離原則からして悪質です。あの場面には、制服組の軍高官の姿も見えました。

トランプ大統領の登場以前から私が危惧していたことですが、軍の忠誠が自国の市民と文民統制上の最高司令官とのどちらかを選ばねばならないような事態は、統治構造の正統性に深刻な疑義をもたらすことになると思います。

 

【投稿募集】森本あんりさんの人生相談企画「人生の道しるべ」

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※原稿は、内容を損なわない範囲で、一部を修整させていただく場合がございます。
※掲載分は電子メディアや出版物などで公開する場合がございます。あらかじめご了承ください。

 

【応募要項】

専用のフォームよりご投稿ください。

●郵送の場合は、400字詰め原稿用紙1枚程度で、住所、氏名、年齢、職業を記入のうえ(掲載は匿名)、ご送付ください。※原稿は返却できません。
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