2020年05月01日 公開
今年2月に上梓された、村田沙耶香さんの新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は4つの短編集。表題になった「丸の内魔法少女ミラクリーナ」は36歳・OLの主人公リナが、魔法少女に変身しながら、理不尽な日々を乗り越えるというストーリー。現代において、女性はどのような「生きぬくさ」を抱えているのだろうか。
本稿は月刊誌『Voice』2020年5月号に掲載された「定年後につける第二の仮面」より一部抜粋・編集したものです。
聞き手:編集部 写真:川島伸一
――今年2月に上梓された新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は、4つの短編で構成されています。表題の「丸の内魔法少女ミラクリーナ」は、丸の内OLである36歳の主人公が、世界を覆う呪縛や理不尽から心を解き放つために魔法少女に変身するお話です。この設定は、どこから着想されたのでしょうか。
【村田】誰もが一度くらい、子どものころに魔法少女やヒーローにわが身を重ねた経験がないでしょうか。年齢を重ねるにつれて、それを恥ずかしく感じるかもしれませんが、大人だってつらいときや何かと戦わなければならないときに「変身」してもいいはず。
そこで、編集者から「ヒーローものを自由に書いてください」というテーマをいただいたとき、「大人になっても魔法少女であり続ける女性」を書こうと決めました。
――主人公のリナは、会社で理不尽な目に遭うと、トイレで魔法少女へと変身します。いま、彼女のように生きづらさを抱える女性が多いでしょう。
【村田】「ミラクリーナ」を執筆したのは2013年ですが、個人的には当時よりも息苦しくなっている気がします。たとえば、「婚活」は、どんどん過酷になっている印象を受けます。大学に通っているの女性の読者の⽅から何通か、「"女子大生"でいるうちに婚活をはじめなければ」というお手紙をいただいて、ショックを受けたことがあります。大学生って、何を勉強したいとか将来何になりたいとかを考える、自由な期間だと思っていたんです。
婚活という言葉は私たちの世代でも三十歳前後のころ使っていましたが、現代ではもっと若い人がなぜか「女のタイムリミット」に追い詰められている気がして、とても苦しいです。
そのうえ、仮に結婚ができたとしても女性には「次の困難」が待ち構えています。ある日、不妊治療をしていた友人が、「子どもが欲しいかどうかわからない」と言っていて、ショックを受けたことがありました。
身体に負担がかかるのも人生を懸けるのも、他ならぬ彼女自身なのに、明確な意思から行動しているわけではないことがつらく思えました。
昔よりは自由な選択ができる世の中ですが、「幸せな人生」が何なのかって、とても個人的な、難しいことですよね。スタンダードな「幸せな人生」を求めて進んでいるようでも、それがどこまで本当にその人の意思なのか、判断するのは困難なことなのかもしれません。
――短編の一つ「無性教室」では「性別がなくなった世界」が描かれており、読んでいくうちに「男女」の境目がわからなくなりました。今作にかぎらず、私たちにとっての「当たり前」に疑問を投げかけるのが、村田さんが描く作品の特徴のように思います。
【村田】昔から、誰もが抱きながらもやり過ごしてきた「違和感」を大事にしてきました。でも、最近は自分自身のことも疑っています。
あえて避けていた食べ物が流行すると気付けば口にしていたり、いままで何とも感じていなかった物事に突然「やっぱりこれは変だ」と思ったり。つまりは、意図しないうちに自分のなかの「当たり前」が変わっていることに気が付いたのです。
もしも男尊女卑を是とする人たちに囲まれたら、私も「サラダは女が取り分けるもの」と考えてしまうかもしれない。
そのようにいとも簡単に変わるのならば、そもそも自分とはいったい「どんな人間」なのか。それがわからないことが、凄く怖い。短編の一つ「変容」は、そうした恐怖をもとに執筆した作品です。
更新:11月22日 00:05