2019年12月19日 公開
2024年12月16日 更新
BlueStacksの新サービス「Game.tv」プレス発表会の様子。左から、「どうぶつタワーバトル」開発者の藪崎裕太さん、松本さん、ローゼン・シャルマCEO、加藤純一さん
米シリコンバレー企業BlueStacksで日本カントリーマネージャーを務める松本千尋氏は、かつて日本支社で自分一人だけで働いていたという。カントリーマネージャーとはどういう仕事なのか、シリコンバレーから学ぶべき精神とは。
※本稿は月刊誌『Voice』2020年1月号、松本千尋氏の「カントリーマネージャーとして働く」より一部抜粋・編集したものです。
聞き手:編集部(加瀬悠大)
――まず、松本さんがカントリーマネージャーを務めるBlueStacksについて、教えてください。
【松本】 シリコンバレーに本社を置くスタートアップです。設立は2011年で、いまでは多くの方がスマートフォンで楽しんでいるモバイルアプリを、パソコンで遊べるようにするソフトを提供しています。
モバイルゲームは、スマホさえあればどこでも楽しめる半面、画面が小さく迫力が足りないと感じる方もいます。
事実、当社のサービスが考え出されたきっかけは、CTO(最高技術責任者)のスーマン(・サラフ氏)が家族と旅行をしたとき、子供たちが「スマホじゃなくて、ホテルの部屋の大きなテレビでゲームがしたい!」と言い始めたことでした。
そうしたニーズに応え、いまでは100カ国以上にサービスを展開し、ソフトは4億ダウンロードを突破しています。
――松本さんは新卒では住友商事に就職されたと伺いました。BlueStacksに入社するまでには、どんな経緯があったのでしょう。
【松本】 就職活動のときは、商社ではなくテレビ業界をめざしていました。幼いころからテレビが好きで、とくに海外で暮らしていたときの「心の拠りどころ」が日本のコンテンツでした。
就職浪人までしてテレビ業界を志望したものの、入ることができずに絶望しましたが、そのとき、第一志望だったテレビ局に住友商事が出資していたことを知り、興味をもちました。
総合商社では、必ずしも希望の部署に配属されるとは限りません。配属面談の際に「鉄やブルドーザーに興味はありますか?」と人事部に聞かれて脅え、面談後、どうしてもコンテンツ・メディア事業に関わりたい、とメールを送って懇願しました。
その甲斐あってかわかりませんが、ケーブルテレビや映画を扱う希望部署に配属され、日本のコンテンツをシンガポールで放送するプロジェクトに携わったり、グループ会社のJ:COMに出向してチャンネル事業やTVサービス事業を担当したりしました。
――そんな松本さんが、シリコンバレーのソフトウェア企業で働く道を選んだのはなぜですか。
【松本】 きっかけは、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(成長可能性がある未上場の企業に対し、資金を株式投資のかたちで提供する投資ファンド)へ出向したことでした。
私はもともと海外志向というわけではなく、じつは出向を言い渡されたときにはショックを受けたんです。ところがシリコンバレーで働き始めると、現地での仕事と生活が次第に楽しくなってしまって(笑)。
――それはなぜでしょうか?
【松本】 自分の語学力や物怖じしない性格を生かせることが嬉しかったんです。また、移民が多いので自分が「外国人」であることを感じなかった。女性でも引け目を感じず対等に仕事ができることも魅力的でした。
シリコンバレーでスタートアップを立ち上げた人はみんな情熱的で、「自分のアイディアをかたちにしたい、世の中に広めたい」という強い意志をもっています。日本に帰国してからも彼らの情熱が忘れられず、シリコンバレーで働きたい一心で転職活動を始めました。
そんなときに声をかけてくれたのが、当社でCEO(最高経営責任者)を務めるローゼン(・シャルマ氏)です。
BlueStacksはかつて出向していた企業の出資先の一つで、挑戦を恐れないシリコンバレーの文化を体現する企業というイメージを抱いていました。
ローゼンが「うちの会社はすごく自由だ。どこで仕事をしてもらっても構わないから、日本の事業をリードしてほしい」と私の可能性に懸けてくれたことも、スタートアップに飛び込む後押しになりました。
――松本さんの肩書である「カントリーマネージャー」は、どのような役割を担う仕事でしょうか。
【松本】 ひとことでいえば、「日本支社長」のイメージです。当社はグローバルに事業を展開していますが、基本的に現地法人は置いていません。
そこで重要になる存在がカントリーマネージャーで、各国で活動するチームを束ねる役割を担います。
ただし、日本に駐在する社員は私しかいない状況が続き、マネージメントするどころか、すべて自分で「手を動かす」必要があった。プロダクト内の言語の翻訳から、営業、マーケティング、カスタマーサポート、そして広報……。
実質「何でも屋さん」ですが、だからこそ自分の手で育ててきたBlueStacksへの愛着がわき、また日本のユーザーの期待に応えるためには自分が動かなければ、との使命感があります。
――多岐にわたる仕事をこなすなか、いまとくに力を入れている取り組みは何でしょうか。
【松本】 ユーザーはもちろんのこと、コンテンツを提供してくれているゲーム会社に対して、「PCでゲームを楽しんでもらう」という当社のサービスの利点と安全性を正確に理解してもらうことです。
私がBlueStacksに入社した当初、日本のユーザーやゲーム会社は、当社の試みに懐疑的でした。
韓国や中国ではすでに同様のサービスが正式採用されていましたが、ここ日本では、ゲームをPCに展開することで制作者の意図しない動作をさせる違反行為が容易になるのではないか、との懸念があったからです。
ゲーム業界にかぎらず、リスクを気にしすぎて検討に時間がかかり、世界の競争から遅れてしまう――日本企業にはそんな傾向があると感じます。
――最近では、動画配信者にプロモーションの協力を得ているようですね。
【松本】 昨年(2018年)、本社から「サービスの有効なPR方法を考えてほしい」と号令がかかったとき、目に留まったのが、BlueStacksを使ってくれていた動画配信者の加藤純一さんのゲーム実況でした。
さっそく連絡をとり、いまではBlueStacksの宣伝広報大使として活動していただいています。
マネージャーさんと二人三脚で活躍の場を広げてきた加藤さんと、日本で私が地道に築き上げてきたBlueStacks。互いの状況やめざす目標が合致していたからこそ、良いビジネスパートナーとなりました。
でも最大の決め手となったのは、私が加藤さんの動画が好きで、その独特の面白さや影響力に魅力を感じてラブコールを送ったことでした。彼の実況動画は本当に面白くて、私自身が誰よりもハマってしまいました(笑)。
――実際のPR効果はいかがでしょう。
【松本】 加藤さんに初めてYouTubeで「みんな、BlueStacksって知ってるか?」とご紹介いただいたときには、通常の5、6倍のアクセスが公式サイトに殺到しました。
いまでも取引先から「加藤さんの配信を見てBlueStacksを知りました」と言われることは少なくありません。事実、今回の取材も加藤さんとのお仕事がきっかけでお声掛けいただき、嬉しく思います。
――加藤さんに初めてお仕事を依頼した際のことは印象に残っているそうですね。
なぜ加藤さんにお仕事をお願いしたいのか、最初はCEOを説得するのが大変でした。
まず予算の相談をした際にYouTubeの登録者数の話になり、加藤さんは当時約14万人(2019年12月現在約40万人)だったのですが、「例えばブラジルだったら予算は400ドル(約4万4000円)だね」とCEOに言われてしまいました。
結果的には粘り強く交渉して、弊社のなかでは結構な金額を予算に割いてもらいましたが、他の地域と比較して全般的に単価が高いことを踏まえても、日本人にしか分からない独特のコンテンツの魅力を「価値」として日本以外の方に伝えることは非常に難しいと痛感する出来事でした。
逆に、本社から提示される施策などで、日本のユーザーには受け入れてもらえないだろうと直感的に分かることがありますが、そのようなケースでも率直に意見を言うように心がけています。
BlueStacksの日本の顔として、国内ユーザーと本社の橋渡しをすることが、カントリーマネージャーとしての自分の最大の任務だと感じています。
更新:12月22日 00:05