ＡＩ搭載の監視カメラが「神」になる日

第4次産業革命と社会主義は「相性がいい」

『一九八四年』と現在の中国との類似点を見比べているうちに、私は1つの疑問が湧いてきた。

それはこの先、IT社会が発展し、AIによる第4次産業革命が起こると、それは自由な情報発信や収集を求める14億中国国民にとって有利なのか、それとも監視と管理を強化しようとする習近平政権側に有利なのかということだ。

そこで、東京のある大手サイバー・セキュリティ会社を訪ね、その会社の社長に、この疑問をぶつけてみた。すると社長は、あっけらかんと答えた。

「それは、中国当局にとって有利になるに決まっていますよ。なぜなら今後数年以内に、14億国民の外面的な識別から、内面的な思想のチェック、消費生活や健康状態など、すべての個人情報及び個人活動を中国当局が監視し、管理するシステムが構築されるからです。

その意味で社会主義の国家体制とIT産業の発展というのは、親和性が高いのです」

テンセントが提供しているWeChatの登録者数は、すでに10億人を突破。中国人はWeChatがないと、生活が成り立たないところまで来ている。

10億人もの人々が毎日、文字や写真、映像などを自由に送受信していると、それほど多くのビッグデータを、中国当局が監視、管理するのは不可能になるのではないかと、素人の私は、漠然と考えていた。

だがプロに聞くと、AIの発達によって、個々人が享受できるサービスの技術向上よりも、当局が管理するビッグデータ処理能力の技術向上のほうがはるかに上なので、年月とともに、ますます当局のほうが優勢に立つというのだ。

ちょうど、将棋や囲碁で人間がAIに勝てなくなるのと同じことで、AIを統合管理しているのが習近平政権なので、14億国民よりも上に立つというわけである。

そう言われると、思い当たることもあった。私は日々、100人以上の中国人と、WeChatで対話しているが、2018年春から、写真にもNGが出るようになったのだ。

それまで中国人は、中国当局にとって好ましくない言葉や文章は、一度スマホで写真に撮って、画像として送受信していた。そうすれば当局の「単語検閲」に引っかからないからだ。

ところが、2018年春以降は、往々にして写真にも「申し訳ありませんが、この内容は表示できません」と出るようになった。AIの技術が進歩して、写真の中にある「削除対象用語」までキャッチしてしまうようになったのだろう。

プライバシーという概念が消滅する？

2018年4月に北京で、中国科学院出身の年若い科学者と会食した。その際、彼は自慢げに、「AIの画像処理能力がアップしたため、犯罪検挙率が著しく向上した」と述べた。

例えば、北京の街頭で、ひったくりがあったとする。犯人は走って逃走するが、北京市公安局は、すぐに犯人が映った画像データを照会する。すると、市内に張り巡らせた監視カメラが反応し、立ちどころに犯人の逃走経路が追えるというのだ。

「実際、今月7日には、香港の有名歌手張学友が南昌（江西省の省都）で開いたコンサートで、そこに映った監視カメラの顔認証によって、会場内の指名手配犯が逮捕されました」

私は思わず、「中国当局が国民への監視を続けていたら、国民のプライバシーはなくなってしまうのではないですか？」と尋ねた。すると彼は、平然と答えた。

「それはその通りです。しかし、あと20年もすれば、AI技術の発達によって、中国のような社会主義国だけでなく、日本のような民主国家の国民のプライバシーだって、消滅しますよ。おそらくプライバシーという概念そのものが、人間社会からなくなるでしょう」

私が二の句を告げずにいると、彼は口元を緩めてつけ加えた。

「その代わり、この世から犯罪も激減するでしょう。何といっても、地球上のどこにいようが、AIカメラによって日々、監視されるのですから。キリスト教やイスラム教では『神がすべてを見ている』と言いますが、本当に見ているのはAIを搭載した監視カメラですよ」

（本稿は、近藤大介著『二〇二五年、日中企業格差』（PHP新書）を一部抜粋、編集したものです）