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ホモ・サピエンスがほかの人類を殺したのか?『絶滅の人類史』著者が語る

2018年07月10日 公開
2024年12月16日 更新

更科功(分子古生物学者)

運命は種の優劣では決まらない

聞き手・撮影:編集部

――ホモ・サピエンスの台頭とともに、ネアンデルタール人などの人類は絶滅していきました。ホモ・サピエンスがほかの人類を滅ぼした、ということでしょうか。

更科 ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を殺した、という説は従来から唱えられてきました。しかし、これは誤りであると私は考えています。

たしかにホモ・サピエンスの骨と、石器による傷がついたネアンデルタール人の子供の骨がフランスの同じ遺跡から発見されており、ネアンデルタール人の子供が殺されて食べられたことが推測されます。

ところが、じつはこれら以外に、殺害の証拠資料はほとんど見つかっていない。両者が時に争ったことは間違いありませんが、集団同士の大規模な衝突はなかった、と見るべきでしょう。

人類史には明確な史料が存在しないため、このような誤った通説が少なくありません。典型的な例が「ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも頭が良かったから生き残った」という説です。

――私も、本書を読むまではそう信じ込んでいました。

更科 そのような「常識」に対するアンチテーゼを示したい、というのが執筆中も意識していた点です。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の脳を比べると、むしろネアンデルタール人のほうが大きく、前頭葉の面積はほぼ同じです。

にもかかわらず、ホモ・サピエンスのほうが知能が高かった、とするのは論拠に乏しい。あくまでも前者が「生き残った」という結果から逆算して推測しているにすぎず、純粋な比較ではない。

そもそも、脳の大きさは知能を決定付けるものではありません。つまり、少なくとも現時点において、どちらの頭脳が優れていたかを断定できるはずがないのです。

――ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を殺したわけではなく、しかも頭が良かったわけでもない。それでは、ネアンデルタール人が滅亡してホモ・サピエンスが生き残ったのはなぜでしょうか。

更科 私は大きな理由として、ホモ・サピエンスが他の人類よりも痩せていたことが挙げられる、と考えています。

ホモ・サピエンスの体格は華奢で、そのために小食でもエネルギーが足ります。言い換えれば燃費がよい。

折しも、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が共に生きた時代は氷河期でした。つまり温暖なときよりも食糧が少ない時代で、獲物を捕まえるために動き回らざるをえない。

すると有利なのは燃費の悪いネアンデルタール人よりも、食糧が少なくても生きることができ、動き回るのが得意な小さな身体のホモ・サピエンスでした。だからこそ、生き残ることができたわけです。

しかし、重ねて申し上げるとこれは「ホモ・サピエンスが優れていた」ことを意味するものではありません。もし氷河期が訪れず、温暖で食糧事情が豊かな時代が続いたとしたら、生き残ったのはネアンデルタール人だと考えられるからです。

つまり、両者の運命を分けたのは種の優劣ではなく、どちらが当時の環境に適していたか、という点にすぎないのです。

(本稿は『Voice』2018年8月号、「著者に聞く」更科功氏の『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』を一部抜粋、編集したものです)

著者紹介

更科功(さらしな・いさお)

分子古生物学者

1961(昭和36)年、東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。民間企業勤務を経て大学に戻り、現在東京大学総合研究博物館研究事業協力者。著書に『化石の分子生物学』(講談社現代新書、講談社科学出版賞受賞)、『宇宙からいかにヒトは生まれたか』(新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)など。

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