2018年06月28日 公開
2023年01月11日 更新
ネル・アーヴィン・ペインター氏は名門プリンストン大学の名誉教授で、専門はアメリカ史である。著書には“Southern History Across the Color Line”(人種差別を巡る南部史)、“Creating Black Americans”(黒いアメリカ人を創る)、“The History of White People”(白人の歴史)など人種に関するものが多い(『白人の歴史』をのぞき邦訳版未刊行)。
ペインター女史によれば、これまで「主流派」であった白人たち、共和党支持の白人の大半が「差別されている」と感じ、自分たちが当然受けるべき尊敬を受けておらず、不当に扱われているという感覚をもっている――。アメリカ社会の大きく深い分断の溝がここに存在するといってよいだろう。(聞き手&文:大野和基)
―─(大野)ペインターさんは、2016年のアメリカ大統領選において「white identity(白人であるというアイデンティティ)」がターニングポイントになったとニューヨーク・タイムズ紙(16年11月13日付)のコラムに書いています。これはどういう意味ですか。
ペインター トランプ氏の選挙運動のもっとも基本的な点は、ブラックパワーに対する反動です。普通、ブラックパワーという言葉を使うときは、「Black Power」のように、それぞれの単語の最初の文字を大文字として使いますが、私は大文字ではなく、「black power」というふうに小文字で使います。
これは厳しい抑圧や法律面での差別、押し付けられた貧困から湧き出てくる「ブラックパワー」という、もっと普遍的な意味を込めています。いまは有色人種(people of color)という言葉を使いますが、彼らが差別を切り抜けてきたのと同じくらいの度合いで、現在白人という名の下で反動が起きている。
2016年の大統領選の火蓋が切られた際、白人の不満、白人のナショナリズム、ホワイトパワーという要素に異常なまでの関心の的が向けられました。ドナルド・トランプ氏はそれにうまく乗っかったのです。
─―アメリカでは「アイデンティティ政治」という言葉が頻繁にメディアに出てくるようになりました。かつては非白人に対して使われていた表現ですが、最近は意味が変わりつつあり、白人も含まれるようになっていると思います。
ペインター そうですね。「アイデンティティ政治」は、社会的不公平の犠牲になっているジェンダー、人種、民族、性的指向など、特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁して行う政治活動のことです。
2016年まで、「アイデンティティ政治」の「アイデンティティ」とは何かといえば、フェミニスト、黒人、ラテン系、ゲイ、レズビアン、トランス・ジェンダーなどを意味しました。それが現在、大野さんが言ったように白人が含まれるようになっています。
─―いまの白人は差別されている意識があるので、「新しい黒人である」という人もいますね。
ペインター (笑)。これだけ多くの白人が自分たちを犠牲者だと見ているので、その表現は当たっているといえるかもしれません。しかし、平均余命や資産、家計所得、誰が国のリーダーであるか、誰が会社の経営者であるか、などをみると、そうした不満は筋が通っていません。
いま、われわれがアメリカで目の当たりにしているのは「polarization(分極化、両極化)」であるといわれています。多くの点でアメリカが多民族の国であることを容認する気持ちがある国民がいます。彼らは黒人に投票することも厭いません。
対して、それほどは多くはないけれども、それに断固として反対する国民がいる。この両者のあいだには大きな亀裂があります。それが「分極化」です。
─―トランプ大統領は、アメリカの「分極化」をますます悪化させていると思いますか。
ペインター これはいま急に起こった問題というよりも、見えない部分で昔から起こっていたことがトランプ大統領によって見えるようになったということです。トランプ大統領の誕生までは、白人であるということは、人種アイデンティティを持つ必要はないということでした。
つまり、たんなる一個人であったということです。トランプ氏の大統領選挙運動中から、あるいは反オバマ大統領(当時)の状況のなかで、多くの白人が初めて「自分たちが白人という人種である」ことを意識したのです。
(本稿は、大野和基インタビュー・編『未来を読む』から一部抜粋、編集したものです)
更新:10月30日 00:05