2017年08月11日 公開
2023年02月27日 更新
私がさらに括目したのは、吉田氏が黒部市のまちづくりに力を入れていることだ。具体的には、第三セクター「あいの風とやま鉄道」黒部駅前の活性化である。北陸新幹線開業に伴い、新幹線の黒部宇奈月温泉駅ができたことで、乗客や観光客は減少傾向にある。それを食い止めるため、「YKK社員の単身寮」を活用するという。
当時の社内でのやり取りも本書には描かれている。
「五カ所に分散している寮のうち、老朽化した二棟はとにかく潰します。その土地に、新しい寮をつくる案もあったのですが、私は、『ちょっと待て。今はとにかく勝手に建て替えるな。これから建て替える寮は、黒部駅の前に集中させよう』と指示したのです。駅前はにぎやかになってほしい。駅、市役所、病院、コンビニ、二次交通と小さく効率よく固まれば、住みやすい状態が整うはず……。十年単位でみれば、まちはかなり変わるだろうと考えました」
こうして吉田氏は、黒部駅前にある一万平方メートルの敷地に単身寮「K-TOWN」を建設、社員4人ずつ入居できるタウンハウスを25棟、計100人が住めるようにした。
黒部の「まちづくり」に貢献するため、寮内には、食堂は設けなかった。寮に暮らす社員は積極的に駅前の飲食店や小売店を利用すればいいという考えだ。
さらに、一般の人も利用できる小売店や集会場などが入った「K-HALL」も併設した。「これからも黒部駅前の風景をどんどん変えいく」と、吉田氏は意気込む。
それにしても、吉田氏はなぜ富山にこれほどこだわるのか。その原点は、創業者の父、吉田忠雄氏が提唱した「善の巡環」という独自の経営哲学に辿り着く。
それは利益を会社が独り占めするのではなく、顧客、取引先と共有しようという考え方である。顧客、取引先、自分の会社がそれぞれ繁盛すれば、多くの税金を納め、道路や下水が整う。つまり、個人や企業の繁栄がそのまま社会の繁栄へとつながる。
この経営哲学は、いまも社内で共有されている。世界71カ国・地域で展開するYKKのビジネスの根幹となっている。国内17,000人、海外27,000人すべての社員が「善の巡環」の思想を学んでいる。
YKKにとって、富山への貢献も「善の巡環」を実践していることになる、と私は思う。
驚くことにYKKは、長く世界のトップランナーであるにもかかわらず、それに安住していない。吉田氏は絶えず、危機感を抱き、社員に発破を掛ける。先に発表した2020年度までの4カ年計画で鮮明に打ち出した。YKKでは、高価格帯ファスナーが売り上げの8割程度を占めるが、吉田氏は「高級路線に逃げない」とし、高級ファスナーだけでなく「スタンダード」部門の強化を訴えた。つまり、「外貨」を稼ぐパイプをより太く、強固にする戦略を描く。
吉田氏は本書の中で、こう強調する。
「技術者はとかく、高級路線を追求したがるものですが、高級路線だけでなく、スタンダードなファスナーをいかに開発するのか。そこに技術力を傾注すべきだと私は考えています。これは高級路線を追求してきたわが社にとっては大変な作業ではありますが、避けては通れない道なのです」
YKKのファスナーは金額ベースでは世界シェア約40%以上だが、数量では20%程度にとどまっているという。
つまり、約80%は他社製品であり、今後はこのマーケットも貪欲に狙っていく。具体的には、中間層が急増する東アジアや東南アジアを中心に、顧客ニーズに応えていく方針だ。
「業績がよいときほど、次の戦略に投資しなければならないのです。市場は常に変化しています。ですから、これで完成ということはありません。そのときどきのマーケットのお客様に喜んでいただけるものをつくりあげていくことが大切なのです」
冗談めいた話だが、吉田氏は経営陣には常々、「スタンダード商品に乗り出さないなら、私がYKKを辞めて、もう一つ、新しいファスナーメーカーつくるぞ」と宣言しているという。
地域に根差し、「外貨」を稼ぐ。そして「稼ぐパイプ」を大きくしていく。どれも基本動作にすぎない。しかし、そうしたシンプルな手法を貫くことこそが、日本のものづくり産業再生への近道だと、私は考える。地域や国内にとどまらず、世界で稼ぐ地方発の企業がどれだけ現れるか。その意味で、YKKのような地方発のグローバル企業が果たす役割は今後、一段と重みを増すだろう。そして、巨額の財政赤字を抱え、人口が減少している日本社会において、地方発のグローバル企業は、東京一極集中を打破する“志士”のような存在になるだろう。
「東京に本社はほんとうに必要なのか」。不二越の会長発言、そして本書『YKKの流儀』をきっかけに、国全体で議論が活発になれば本望である。50年後、100年後のニッポン。日本の至る都市で、私たちの子供たち、孫たちが住んでいる。そんな夢を抱きたい。
更新:11月22日 00:05