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山下柚実 世界トップ100へ──広島大学の挑戦

2016年10月18日 公開
2017年05月13日 更新

山下柚実(作家、コラムニスト)

日本の大学は世界で何位?

 現在、大学に関して複数の「世界ランキング」が発表されていますが、最も影響力があるといわれているのは英国のタイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)が毎年発表する「世界大学ランキング」です。

 安倍晋三首相は「成長戦略第二弾スピーチ」(2013年5月17日)のなかで「世界に勝てる大学改革」をテーマに「今後10年で、世界大学ランキングトップ100に10校ランクインを目指します。同時に、グローバルリーダーを育成できる高等学校も、作ってまいります」と高らかに宣言しました。文部科学省はこの宣言に基づいた大学改革プランを進めています。取り組みの一つとして「スーパーグローバル大学創成支援」を開始。この支援事業は、教育内容や教育環境の徹底した国際化を進める大学を支援する内容で、「スーパーグローバル大学(トップ型)」に選ばれるということは、「世界大学ランキングトップ100」をめざすことを約束することを意味します。

 東大、京大、阪大など旧帝大系国立大と早稲田、慶應といった私大と共に、広島大学もその13校の一つに選出されたのでした。先述した「広大広告」――新聞の一面を使った広告に「中四国地方で唯一『スーパーグローバル大学(トップ型)』に選ばれる」と書かれていたのは、このことを指していたのです。

 一方で、広島大学が世界100位以内に入るなんて本当に可能なのかという声は、あちこちから聞こえてきます。そうした危惧の念をもたれるのは、いまの世界ランキングで「501―600」位(THE)にある広島大学の現状から見れば、当然かもしれません。

 広島大学が世界100位以内に入るという宣言は、本当に実現できるのでしょうか? 拙著『広島大学は世界トップ100に入れるのか』(PHP新書)で私がまず解き明かしてみたかったのはその点でした。

 

「100年後にも光り輝く大学」

 広島大学の取材を通して見えてきたのは、独自の目標達成型重要業績指標「A-KPI(アチーブメントモチベーテッド・キー・パフォーマンス・インジケータ)」でした。KPIとは、企業などが目標達成の度合いを数値化するための業績評価指標として一般的には用いられています。そのKPIの手法を活用し、広島大学が世界ランキング100位の大学になるために備えるべき10年後の目標値を見える化したのが「A-KPI」です。広島大学が何をすべきかの道筋は、「A-KPI」というこの指標によって詳細に、具体的に示されていました。

 その可能性を基盤として支えているのは、広島大学が推進している先端領域での研究や教育体制などであり、その詳細は各担当教授へのインタビュー取材などを通して拙著に執筆しました。

 THEの世界ランキングは、インターナショナルな講師・留学生の在籍数や論文被引用数、教育環境、他国の研究者との共同研究等といった13の指標によって決められていきます。たとえば、THEのデータによれば、広島大学の「論文被引用数」のスコアは日本の国立大学で5位と高い。100位に手の届きそうな高い水準といっていいでしょう。しかし一方で、国際化が弱い。いや、そもそも世界ランキングの指標が英語論文を対象とするなど英語圏の大学が圧倒的に有利ではないか、といった批判もじつは多く聞かれます。そうした「大学世界ランキング」の社会的な意味合いやランキングをめぐる批判、混乱ぶり、評価に対する広島大学の距離の取り方についても興味深い論点として取材し、執筆しました。

 世界100位に入るための現状分析や道筋は「A-KPI」から見えてきましたが、私にはもう一つ『広島大学は世界トップ100に入れるのか』で強調しておきたい主題がありました。それは、広島大学が、他の大学にない「広島大学ならでは」の独自性を、どのように確立していくのか、という点です。

 じつは、広島大学には他大学には見られない必修科目があります。それは「平和科目」と名付けられた授業。「原爆」「戦争」といったテーマのみならず、背景にある貧困、経済格差、宗教、歴史、環境問題など現代社会が直面している課題と、平和というテーマとを組み合わせた独自の授業内容です。「平和」についてこれだけ多岐にわたり充実した科目をもつ大学は、他にはないのではないでしょうか。

 広島大学は、ヒロシマという地に存在している。地方創生も、全国各地の国立大学の教育も、本来は地域の自然や風土、歴史と伝統文化といった固有性を土台にしながら進めていくべきでしょう。「大学世界ランキング」の100位以内に入ることだけが目標なら、広島大学も東大や京大と同じ一国立大学でしかありません。

 では、広島大学でこそ身に付けることができる学びとは何なのか。「平和科目」の授業に私自身も参加し、「平和を希求する国際教養人の輩出」という教育理念の息吹を、肌で実感しました。

 広島大学は本当に「世界トップ100位」の大学になれるのか。越智光夫学長はこう答えました。

「妙に背伸びをしたり実力以上に虚勢を張っているわけではないんです。もっている力を自覚して戦略に沿って伸ばしていけば、世界100位の大学になることは決して夢物語ではありません」

 そして、こう続けました。

「世界100位になることは、もう一つの大きな目標の『平和を希求する国際教養人を輩出』して『100年後にも光り輝く大学』になるための通過点であり大切なステップです」

 広島大学の挑戦の行く先に何が待っているのか。目が離せません。

著者紹介

山下柚実(やましたゆみ)

作家、コラムニスト

東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。現在、五感生活研究所代表、江戸川区景観審議会委員。著書に、『なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか』(光文社)などがある。

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