2016年07月20日 公開
2022年12月19日 更新
6月12日、米国で凄惨な事件が起きた。ISに忠誠を誓い、同性愛者(LGBT)を憎悪していたというイスラム教徒の男がフロリダ州オーランドのゲイバーを襲撃、49人を殺害し、53人を負傷させたのだ。
この日の午前2時、ラテン音楽が流れるゲイバー「パルス」には、320人ほどの客が詰めかけていた。そこに、銃で武装したオマール・マティーン容疑者(29歳)が現れたのは、同2分のことであった。
CNNなどの報道によると、武器を持って現れた犯人を最初に見つけたのは、店に雇われていた3人の警備員たちであった。彼らは自らの銃を犯人に向けて発砲し、そこから激しい銃撃戦が展開された。
その後、犯人は客に向けて次々に銃弾を浴びせ始めたが、やがて30人ほどの人質を取って店の奥のトイレに立てこもり、同22分から30分のあいだには警察に複数回電話をかけ、自らが「ISに忠誠を誓っている」と話したという。
犯人はそれから警官隊と約2時間半対峙、ついに午前5時ごろ、突入した警察特殊部隊によって射殺された。
複数の目撃者によると、犯人による銃撃は「数分間続いた」そうだが、別の目撃者によると、銃撃は「8分間続いた」。
犯人は30人の人質を取ったとされるが、 午前5時の特殊部隊の突入で全員無事に救出されている(CNNほか)。つまり、犯人は30人の人質を殺さなかったわけであるから、犠牲者の大半は最初の「8分間」に撃たれたと考えてよい。
しかしここで大きな疑問が残る。犯人は本当にわずか8分間で100人以上もの人に弾丸を命中させえたのか、という点だ。その場合、1分間に12・5人を射殺ないし負傷させる必要があるが、これは平均して約4・5秒ごとに1人に弾丸を命中させるということになる。
犯人の保有していた銃の1つは、SIG MCXという「半自動小銃(セミオートマティック)」であった。これは米国内で民間人向けに販売されている「連射ができないタイプ」の銃のことで、アクション映画のように敵を片っ端からバリバリ薙ぎ倒すような連射はできず、1発ずつ引き金を引いて発砲するタイプの銃である。
この小銃は、通常30発入りの弾倉を使用するが、死者のなかには3発から6発ほど弾丸を受けた人もいるというから、彼は少なくともこのあいだに4度か5度は弾倉を交換したに違いない。実際、米ABC放送の取材に答えた生存者の1人は「10発か20発の銃声のあとに、10秒ほど銃声が止んだ」と答えているが、これは弾倉交換の合間の時間だろう。
すると、上記の平均値はもっと短くなる計算で、犯人はおそらく平均して3秒から4秒に1人程度という「驚異的なペース」で、しかも8分間ものあいだ、「暗闇で四方八方に逃げ回る人間たち」を正確に撃ち倒し続けたことになる。しかし、少しでも銃を扱ったことのある人なら、これがどれほどありえない話かはすぐわかることだ。
たしかに犯人は世界最大の民間警備会社「G4S」に勤務し、基本的な銃の取り扱い訓練を受けていた。しかし彼は、地元の老人介護施設に配置されていたレベルの下っ端警備員でしかない。小銃での戦闘射撃訓練を受けた人間であれば、弾倉交換などわずか数秒で終えるが、それが「10秒」とはまさに「ど素人」だ。事実、犯人はこの小銃を事件の前週に買ったというから、その取り扱いにまったく慣れていなかったのは間違いないだろう。
じつはこの事件の直後、筆者はテレビ朝日系のある番組において、この程度の実力の犯人が、わずか8分で本当に100人をも殺傷しえたのかという疑問を述べた。しかしそこで、同じ番組に出演されたカリフォルニア在住の著名な映画評論家の方が、筆者の懐疑的意見に対し、やや感情的な調子で、「まったく訓練を受けていなくても、この銃であれば100人でも簡単に殺せます」と反論されたのだ。
しかし、この指摘は完全に誤りである。訓練なしで自在に扱える銃などこの世にはないし、自動小銃の連射でバタバタ人間を薙ぎ倒せるのは『ランボー』のような映画の中でしか起こりえない。たしかに先方は映画評論家であるから致し方ないし、銃を嫌う気持ちもわからないではないが、この種のファクトを無視した感情論は、事件の本質を見誤らせるだけである。かつて多くの日本人が南京での100人切り伝説を信じ込んだように、その背後にある隠れた意思にまんまと騙されることになりかねない。
更新:11月22日 00:05