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「巨大化」「高層化」する組体操の病

2016年05月26日 公開
2016年11月11日 更新

内田 良(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)

 

柔道の大外刈りのリスク

 ――内田さんの『教育という病』には、学校の柔道事故の問題についても詳しく記述されています。過去約30年間で118名の子供が事故死したそうですが、安全対策の実施によって2012年以降、死亡事故はゼロになった。組体操と違って、こちらは目に見えるリスク軽減効果があり、なんだか救われた気分になりました。

 内田 ただ、私が柔道事故のリスクを指摘した際も、やはり組体操と同じような批判がありました。「内田はアンチ柔道の学者だ」といわれて……。私の考えは、身体の病と同じく「悪い部分があれば治して健全なものにしよう」というもので、柔道業界をよくするために問題提起をしてきたわけです。

 私が柔道事故の問題を初めて世に問うたのは、2009年9月でした。最初の1、2年は何も変わらず、絶望感がありました。しかしちょうどそのころ、柔道界でオリンピックチームのセクハラ、パワハラ問題が世間を騒がす大問題となり、その結果として、柔道界の体制そのものが変わった。柔道界が事故リスクの軽減に取り組むようになったのは、事件に対する世論の影響もかなりあったでしょう。

 ――つまり、「柔道に怪我はつき物」という考えではなく、事故リスクをきちんと考える思考の持ち主が柔道界の指導層に多く入ったわけですね。

 内田 そうです。日本の柔道を守っていくのであれば、なおさら死亡事故や重大事故が起こらないようにすべきです。そうでなければ、柔道をやろうとする子供がいなくなってしまいます。実際に海外を見ると、たとえばフランスでは死亡事故が起きていないのですから、以前の日本の指導方法は間違っていた、といわざるをえません。

 ――内田さんの研究によれば、柔道の事故はほとんど部活動中に起きており、さらに学年別でみると、中学校と高校のいずれも1年生が多く、事故被害者の半数を超えています。これは「初心者は受け身の練習が不十分なため」とされていますが、とても説得力があります。技別にみると、大外刈りの高いリスクについて述べられていますが、比較的難易度の低い技にみえるだけに意外でした。

 内田 大外刈りは投げる側も投げられる側も地に足を着いているので、柔道界では「安全な技」と考えられてきました。しかし私の調査では、頭を損傷して死亡する事故例が多く見つかりました。すなわち、「大外刈りは安全」「初心者向けの技」という従来の評価は間違っていたわけです。これも過去の事例を収集、調査して得られたエビデンス(科学的根拠)があったから初めてわかったことです。

 ――「エビデンス」という言葉が出ましたが、内田さんの専門である教育社会学ではどのように位置付けられていますか。

 内田 教育社会学は教育について考える学問ですが、ルーツは社会学にあります。社会学の特徴は、社会調査を駆使し、エビデンスによって現象を解明することです。私たちは誰しも社会の一員であり、社会のことについてはよく知っているはずですが、社会学者の役割の一つはエビデンスによって、これまでの常識や思い込みとは違う結論を導き出すことにあります。教育社会学も同じです。もちろん、教育界では長らく子供の安全について取り組んできましたが、そこで語られる議論はしばしば理想論や精神論でしかなく、具体的なエビデンスが活用されてきませんでした。まさに組体操や柔道がそうだったように、具体的な事故件数を調べて、科学的に事象を検討するという態度が欠けていたのです。

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著者紹介

内田 良(うちだりょう)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授

博士(教育学)。専門は教育社会学。学校生活で子供や教師が出遭うさまざまなリスクについて調査研究並びに啓発活動を行なっている。ウェブサイト『学校リスク研究所』『部活動リスク研究所』を主宰。主な著書に、『柔道事故』(河出書房新社)、『「児童虐待」へのまなざし』(世界思想社、日本教育社会学奨励賞受賞)

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