2016年05月12日 公開
2023年01月12日 更新
妊婦がウイルスや細菌、原虫など微生物の感染を受けると、胎児に奇形や障害を残す場合がある。これらはTORCH症候群と総称されるが、ジカウイルスも新たな仲間に加わることとなる。
ジカウイルスとはウイルス学的に比較的近縁にある風疹ウイルスでは、胎盤が形成される以前の妊娠前期に母体がウイルス感染を受けると、胎児感染が起こり先天性風疹症候群を起こす危険があるが、胎盤が形成される妊娠4カ月以後では危険性は非常に低くなる。
これに対して、ジカウイルスの場合には、妊娠初期での発症リスクが高いことは同様であるが、妊娠中期以後でも胎盤の感染を介して胎児に影響を与える可能性が示唆されている。
さらに、ウイルス感染をうけた男性の精液には、長期間にわたりウイルスが排泄されており、性交渉によってウイルスを感染させる可能性も強く示唆されている。妊娠中にこのような経路を介して胎盤・胎児に感染をもたらす危険も危惧されている。
一方、ジカウイルス感染との関連性が強まってきた神経疾患ギラン-バレ症候群については、風疹では問題になっていない。
現在、先天性ジカウイルス感染症が多発している地域は、ブラジルと仏領ポリネシアであるが、コロンビア、キューバなどでも小頭症の新生児が報告されている。ジカウイルス感染例は、すでに南北アメリカ大陸、カリブ、ヨーロッパ、太平洋諸島にまで拡大している。
妊娠中に流行地域に渡航・滞在してジカウイルスに感染し、その後胎児・新生児における小頭症が確認された妊婦は、スロベニア、ハワイで各1名が報告されている。また、3月18日には西アフリカのカーボベルデ国で小頭症児が発生し、WHOが専門家チームを派遣した。
では、ジカウイルスに感染した妊婦から小頭症の児が生まれてくる頻度はどのくらいなのか。
仏パスツール研究所のチームは、2013~14年までの仏領ポリネシアでのジカウイルス感染症の大流行を対象に統計解析を行ない、胎児の小頭症の発生リスクを数値化した。
3月16日に英医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によると、妊婦のジカウイルス感染によって、小頭症または頭部が異常に小さくなる状態を起こすリスクは100人に1人であり、通常の約50倍にも上昇するとされている。
一方、東京大学医科学研究所の研究チームは、2015年のブラジル北東部のジカウイルス感染症の流行を対象として、小頭症の発生リスクを推計し、3月18日に欧州感染症専門誌に発表した。
その結果、妊娠12週までに妊婦がジカウイルスに感染すると、小頭症の子供が生まれてくるリスクは14~47%となり、少なくとも1割以上のリスクで小頭症の子供が生まれてくる恐れがある。
これらの推定どおりだとすると、適切な対策が取られない場合には、非常に大きな健康問題・社会問題をもたらす事態が起こることになる。
また、ジカウイルス病の合併症として、足や腕などの筋力を低下させる両側性の弛緩性運動麻痺であるギラン-バレ症候群を起こす可能性が指摘されている。
ギラン-バレ症候群は、さまざまなウイルスや細菌の抗原に対して誘導された免疫抗体が、神経細胞を保護している自分自身の神経髄鞘と交差性に反応し、これを攻撃する自己免疫性機序により起こる。
その結果、運動神経を麻痺させる急性多発根神経炎で、比較的稀な病気である。侵される神経の部位により、当該筋肉の腱反射消失や比較的軽い感覚障害を伴う運動麻痺など多彩な症状を示す。
一般に急性期においては、ポリオ(急性脊髄前角灰白髄炎)との区別が困難な弛緩性運動麻痺症状を示すが、数週間ののちに自然に回復することが多い。完全に回復する軽症例から、重篤な麻痺を残す重症例までさまざまであり、時には呼吸筋の麻痺による死亡例もある。
英医学誌に掲載された論文によると、2013~14年に仏領ポリネシアで起こったジカウイルス感染症の流行において、ギラン-バレ症候群と診断された42例のうち41例で血液検査によってジカウイルス感染が確認された。37例ではギラン-バレ症候群発症前にジカウイルス感染の症状が認められている。
さらに、急性脊髄炎と診断されたカリブ海の島に住む15歳の少女では、脳脊髄液、尿、血液から高濃度のジカウイルスが検出された。
ジカウイルス感染症にはいまだ不明な点が多い。特異的な治療薬も開発されておらず、治療は対症療法となる。ワクチンも未開発であり、WHOが緊急開発の指導を始めたが、実用化には2年以上かかると予想されている。
更新:11月22日 00:05