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がんと健康の常識、非常識〜抗がん剤では「がん幹細胞」は殺せない!?

2015年12月20日 公開
2022年12月15日 更新

白川太郎(東京中央メディカルクリニック院長)

受動喫煙の発がんリスクは信憑性に欠ける

 

 ――がんの発生過程を聞くと、生活習慣・環境のすべてに原因があることがよくわかります。これまでたばこや飲酒が発がん要因としてやり玉に挙げられてきましたが、その常識も非常識になりつつあるのでしょうか。

 白川 人間の体の多様性を考慮しない20世紀医療の常識は、21世紀のオーダーメイド医療に沿った新常識に書き換えられていくと思います。人によっては、たばこや飲酒が発がん因子、発がん促進因子になりうるのは確か。ただ、飲酒・喫煙習慣をもちながら60歳まで大過なく過ごせたということは、その人が「酒・たばこの習慣があってもDNAの修復能力が高く、がんになりにくい遺伝子」をもっている可能性が高い。いまから禁酒禁煙したところで、我慢することで生じるストレスのほうがよほど免疫力を低下させ、かえって健康には悪影響。逆に「酒・たばこに影響されやすい遺伝子」をもつ人もいる。そういう人は、きちんと調べて治療しなければなりません。

 受動喫煙の発がんリスクについては、検証不能な「平山論文」の非科学性と合わせて、喫煙リスク以上に信憑性に欠けるというのが正直なところです。受動喫煙を避ける権利と喫煙する権利は同等だと思っているので、分煙で棲み分ければ問題ないでしょう。

 ――喫煙率が下がり、受動喫煙の機会も激減しました。それでも肺がんはもちろん、他のがんの発生数も一向に減りません。日本人の健康における課題は何だと考えていますか。

 白川 最近の疫学調査で、食事が発がんの最大素因であることがわかってきました。食品・水や食品添加物のなかに発がん因子があり、調理の過程で発がん物質が発生し、摂取後の体内で発がん物質が産生されることがあります。

 また、発がんを抑制する栄養が欠如した食事、体を冷やし免疫力を低下させる食事を続けていたり、発がん因子の化学物質を含む農薬、肥料、飼料を使った食品を日常的に口にしている。日本人の大半が、そうした食事と無縁ではないはずです。

 国立がん研究センターが発表した「2015年の部位別予測罹患数」では、ついに大腸がんが発生数の1位と予測されました。食生活の欧米化が、欧米人より長めの腸でゆっくり消化する日本人の体質に合わず、大腸がんの増加につながったのです。

 ――和食中心の食生活への変更を勧めたり、長年の食生活で変更が難しい人には代替案を提案する必要がありますね。医師にそこまでの知見・指導力があるのですか。

 白川 日本の医学に栄養学はないので、知識のない医師には指導できません。このことが日本人の健康を守るうえで最大の障害になるのではと危惧しています。がん治療や予防で求められるのは「分子栄養学」で、食品やサプリメントを受け入れる人の治療・予防に必要な栄養や働きを分子レベルで考える学問のこと。 サプリメントや機能性食品が抗がん剤に取って代わるであろう、これからの健康常識に不可欠な知見なんです。

 知識をもっているのは農学系統の学者ですが、彼らは患者に直接接して指導できない。病院の栄養士は、医者の処方に従って食事をつくっている。患者は結局、医師に聞くしかありませんが、その医師には知識がない。長年、放置されている構造的な問題です。

 ――今後の問題どころか、いまの医療現場で顕在化している問題なのですね。

 白川 たとえば、がん患者や食の細い老人に対して、玄米など菜食中心の食事、消化のよいお粥を出す医師は新常識がない可能性が高い。粗食や炭水化物のお粥ではタンパク質の摂取量が減ってしまうからです。免疫系を活発に動かすには必須アミノ酸が不可欠なのですが、良質なタンパク質からつくられます。必須アミノ酸が足りないと、体内の抵抗力が落ち、逆に身体を弱らせてしまうことがある。免疫力が落ちたり食べられない人こそ、効率的にタンパク質、それも吸収のよいオリゴペプチドを摂取すべきなのです。

 具体的な食材を挙げれば、卵とシジミ。古い常識ではコレステロール値を高める卵は、病人食・老人食に相応しくないと蛇蠍のごとく嫌われる食材です。ところが、アメリカの疫学調査でコレステロール値が上がっても、死亡率は上がらないことが判明しました。

 ――タンパク質を取るのが常識の時代が来て、最近は植物性脂肪か動物性脂肪かが議論されていると聞きました。

 白川 そうなんです。ここ3、40年間は、マーガリンなど植物性の不飽和脂肪酸が体によくて、バターの動物性飽和脂肪酸は体に悪いとされてきました。いまになってじつは、不飽和脂肪酸の食べ物がいいと結論付けた数十年前のデータ解析が正確ではなかった。そういう話になりつつあるのです。しかも植物性の不飽和脂肪酸は過酸化脂質ができやすいから、むしろ体に悪い。マーガリンよりもバターの時代が訪れようとしています。

 

食事を改革するしかない

 

 ――新しい時代の常識に対応した医療を実践して成果を上げている国はありますか。

 白川 アメリカです。栄養学のエキスパートが医師と同等の発言権をもって、同じ医療チームのメンバーとして活躍しています。アメリカはかつて、世界で最も抗がん剤を使っていた国ですよ。ただ、当時から抗がん剤治療以外の、栄養学に基づく治療を実践するグループが多かった。彼らの知見と医学界の知見が統合され、脱抗がん剤の動きが始まります。米国がん協会では毎年、がんの死亡者数を公表しています。同協会の報告書によると、がんの死亡率は1990年代に低下に転じ、2003年にはがんの死亡者数が1930年以来初めて減少したと報告しています。その後も、アメリカのがん死亡者数は右肩下がりに減少しつづけているのです。

 ――1990年前後に国内で生活習慣の大きな変化があったのでしょうか。

 白川 肥満の富裕層が、余命を考えて「早死にしたくなければ食事を改革するしかない」と考えたようです。ビジネスエリートたちのあいだで、太った人は自己管理ができない。ビジネスマン失格だという価値観が出てきたのも、同じ時期だったと思います。いまはヘルシーな食事と体内に溜まった有毒物質を体外へ排出する断食のファスティング。この2つがブームです。

 多くの日本人は知らない事実ですが、1人当たりの1日の野菜摂取量は、アメリカのほうが日本より多いんですよ。農林水産省が平成25年に発表した「野菜の消費をめぐる状況について」によると、2009年度の日本人1人1年当たりの野菜摂取量は102㎏(1日平均約280g)に対して、アメリカ人は123㎏(1日平均約340g)です。

 

医学部に栄養学を

 

 ――日本人としては衝撃的な事実ですね。国内ではそうした動きはないのでしょうか。

 白川 女性のほうは敏感に察知して、毎朝、野菜スムージーや酵素ジュースを飲んだりしていますよ(笑)。栄養学の知識が医師より詳しい人がゴマンといます。ところが、中年男性は白いパンにマーガリンを塗りたくった朝食に、昼食は牛丼、夜はストレス発散と称して居酒屋で1杯やっている。健康になるはずがありません。

 ――日本の国を活気づけ、健康な国にするには、中年男性の栄養をどう改善していくかがカギということですね。

 白川 日本人の今後の平均寿命・健康寿命を左右する大問題ですから、早急に医学部に栄養学の授業、講座を取り戻す。それが無理なら、医師の生涯教育として栄養学の講習を設けて、その単位を取らないとがんの専門医として認定しない。ある程度の強制力をもたせるかたちで導入しないと、手遅れになってしまいます。

 ――最後に、口に入るものとして空気はどうですか。

 白川 空気の問題も大きいですね。空気は個人でコントロールできないから、それこそ国家管理の問題です。中国の大気汚染、とくにPM2・5の問題は、黄砂と一緒に飛んでくる日本にとっても深刻で、たばこのリスクよりもはるかに心配すべきです。政府として中国に規制を求めてしかるべきでしょう。

 また、たばこと関連した簡単な計算問題ですが、仮に肺活量が3リットルあったとしましょう。そのうち空気の出入りで使うのは2リットルぐらい。1分間の呼吸数が十数回として、毎分30リットルの出入り。1時間に1800リットル、24時間なら数万、年間では数百万リットルの出入りです。そのなかに、自動車や工場などの排ガスに含まれる有害物質やPM2・5のような粒がどれだけ入っているか、見当もつきません。その数百万リットルの空気の出入りのなかで、たばこ由来のものが屋外・屋内の喫煙が規制された日本で、どの程度の割合を占めるのでしょう。おそらく微々たるものです。

 発がんリスクをいうのであれば、せめて数値的な確率を基に算出すべきで、現在のたばこの疫学調査などはとても科学的な水準に達していません。遺伝も体質も考慮なしに患者を断定するのはそれこそリスクが高い、といわざるをえません。

(取材/構成 清水 泰<フリーライター>)

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