2015年10月31日 公開
2016年11月11日 更新
今年は朝鮮半島にとっては例年になく熱い夏だった。8月4日に発生した軍事境界線での「地雷事件」が引き金となり、韓国と北朝鮮が一触即発の状態となったからだ。
「地雷事件」で負傷者を出した韓国軍が報復措置として11年ぶりに拡声器による対北宣伝放送を再開したことに反発した北朝鮮軍が、砲弾を数発撃ち込んだあと「(22日午後5時までに)放送を中止しなければ軍事行動を全面的に開始する」と警告、これに対して韓国軍が「挑発すれば、徹底的に報復する」と応酬したことで交戦必至とみられていた。ところが一転、北朝鮮は韓国に対話を呼び掛け、3日間のマラソン交渉の末、地雷事件で遺憾の意を表明し、矛を収めてしまった。誰が見ても、北朝鮮が腰砕けになった感は否めない。
腰砕けの理由については、(1)最初から戦争をする気がなかった、(2)「挑発すれば、断固報復する」との韓国軍の威嚇に屈した、(3)準戦時態勢を発令した直後の8月22日から23日にかけて、北朝鮮が経済特区として開発に力を入れている咸鏡北道羅先市が豪雨と洪水に見舞われ、軍隊を復旧に回さざるをえなかった、等々が考えられるが、中国の抗日戦争勝利70周年式典出席のため訪中した朴槿惠大統領が習近平主席との会談で「中国が建設的な役割をしてくれたことに感謝する」と述べたことから中国の圧力説も取り沙汰されている。
北朝鮮の砲撃(8月20日)が朴大統領の式典参加表明直後にあったことから、朴大統領の訪中阻止のための仕業と中国が受け止めたとしても不思議ではない。中国共産党機関紙『人民日報』の姉妹紙『環球時報』(8月24日付)が「中国の抗日戦争勝利70周年の閲兵式に実質的に干渉するものであるならば無関心ではいられない。中国は強力に対応すべき」と言及したのは、そうした疑念が拭い去れないからだろう。
中国がどのような「建設的な役割」をしたかについては伏せられたままだ。中国国防部の楊宇・軍報道官は「事実ではない」と否定しているものの香港紙『東方日報』(8月23日付)は「中国人民解放軍が北朝鮮との国境地帯に戦車を集結させ、北朝鮮を牽制した」と報じ、また一時は中国が北朝鮮への石油や軍事物資の販売を全面禁止したとの情報も流れた。
唯一、公になったのは、中国の邱国洪・駐韓大使が21日に「対話で解決すべきだ」と自制を求めたことだ。これに対して北朝鮮外務省は、その日のうちに「われわれは数十年間自制するだけ自制してきた。いまになってどこの誰かのいかなる自制云々ももはや情勢管理に寄与しない」と不快感を露わにした。北朝鮮が説得に耳を貸さなかったことから、中国が何らかの圧力を加えた可能性も考えられる。
実際に金正恩第1書記は、事態収拾後に招集した党中央軍事委員会拡大会議の場で「われわれには誰の支援も同情もなかった」と吐露していた。この発言からも中国が北朝鮮に与しなかったことは明らかだ。その不満として9月9日の建国記念日に寄せられたロシアのプーチン大統領の祝電を『労働新聞』の一面に載せながら、習主席の祝電は二面扱いにしてしまった。
朴大統領は、今回の訪中で中朝に楔を打ち込み、習政権の取り込みに成功したと自画自賛している。たしかに中国は西側首脳として唯一出席した朴大統領を熱烈歓迎し、厚遇した。皇帝色でもある黄色のジャケットを着て天安門に現れ、習主席、プーチン大統領と並び立ったことで朴大統領はさぞかし「女帝」のような気分になったかもしれない。帰国後、北朝鮮とのチキンレースでの毅然とした対応や訪中が評価され、支持率も急上昇し、1年5カ月ぶりに「セウォル号沈没事故」前の50%台を回復したことで、いまは幸福の絶頂にあるといっても過言ではない。しかし、前途は多難だ。いつ国民から再びバッシングを受け、支持率が急落するかもしれない状況に置かれていることには変わりがない。
難題の一つは、10月16日に予定されている訪米で、北京の式典出席をめぐって生じたオバマ政権との不協和音を解消し、米韓関係を強化できるかどうかだ。
朴大統領は一応、米国への配慮から訪中発表より先に10月の訪米を発表した。また、習主席との首脳会談で北朝鮮の核放棄を定めた6カ国協議共同声明と国連安保理決議の忠実な履行の確約を取り付け、10月10日の労働党創建70周年記念日に合わせて予想される北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射についても「反対する」ことで意見の一致も見た。さらに、米国が強く求めていた日韓首脳会談にもメドを付けた。
北朝鮮問題を外交的に解決するうえで中国との連携は不可欠だが、中国とは異なり、韓国と相互安全保障条約を結び、米軍を駐屯させている米国としては、米韓および日米韓3カ国の安保協力の強化こそが先決だ。米国が韓国に高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を迫る理由もそこにある。
北朝鮮は再三にわたって「ホワイトハウスもペンタゴンもわれわれの攻撃の照準にある」「米国を墓場にする」と恫喝している。金第1書記も今年7月27日の停戦記念日での演説で「もはや米国はわれわれにとっては脅威でも恐怖の対象でもない。むしろ、われわれのほうが米国への大きな脅威、恐怖になっているのが今日の現実である」と豪語している。事実なら、北朝鮮の核ミサイルは米国にとって深刻な脅威であり、米本土防衛のためTHAADの韓国配備を急がなければならない。
しかしTHAAD韓国配備については、ウクライナやシリアの問題で米国と対峙するロシアに続いて中国も反対し、朴政権に配備しないよう釘を刺している。仮に中国の意向を無視して配備すれば、経済制裁という「報復」を食らうかもしれない。朴政権は、その時になって中国が「韓国カード」を使って北朝鮮を牽制し、その一方で「北朝鮮カード」を使ってTHAADの韓国配備を牽制する、そのしたたかさを痛感することになるだろう。
米国内では、韓国が過度に中国に傾斜しているとの批判が台頭し、韓国に冷淡になりつつある。オバマ政権は、米国主導のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に加わらないばかりか、米国が敬遠している中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にいち早く参加し、副総裁のポストまで要求している韓国の背信を苦々しく思っている。そこへ、いまや米国の安保に喫緊のTHAAD配備に同盟国である韓国が同意しないとなると、韓国への不信が一段と高まることになるだろう。
経済を中国に、安保を米国に依存する韓国からすれば、中国はパトロンで、米国が用心棒のような存在だ。パトロンを取るのか、用心棒を取るのか、朴政権は訪米で重大な岐路に立たされるかもしれない。
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更新:11月22日 00:05