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中国のこれからと日本が果たすべき役割〔2〕

2014年10月06日 公開
2023年09月15日 更新

丹羽宇一郎(元伊藤忠商事会長/元中華人民共和国特命全権大使)

 

強硬姿勢の裏を読め

前田 中国は非常に巨大な市場で、中国の市場を放棄するなんてことはあり得ないと『中国の大問題』で書かれています。私もそう思いますが、現実問題として、日中間に何か政治問題が発生すると、経済にも波及するリスクがある。中国では、お上を見て文化交流ですらストップしたりします。レアアースの問題もありました。レアアースの問題は中国には中国の事情もあって、別に反日ということだけではないというふうに書籍ではご説明されていましたけれども。三井商船の差し押さえなども、中国の法律にのっとって行われたことですが、なぜあのタイミングで、とは思います。あるいは、強制労働訴訟の問題なども、政治関係の趨勢によって影響を受けるかもしれないというリスクがあると思いますが、そういうのは、企業としてはどのように対応しているのでしょうか。

丹羽 そういうのは政治的な判断です。中国の裁判は、政治判断、政治裁判です。司法権が独立してないのですよ、中国では。憲法上では独立してることになっているんだけれど、実際は、中国共産党の政治判断です。だから、関係がちょっとよくなったらまた変わるでしょう。

 でも、そういうことがよくないということを、国際的な価値観やルールというものを尊重するように、そういう方向に中国を誘導していかなければいけない。そういう裁判や法律の不整備は、中国だけではなくて、アジアの他の国にもある問題です。

 それが日本に追いつくまでには、まだ時間がかかるでしょう。そう簡単に人間の心や考え方は変わらないし、その間に経済もいろいろ変わってくる。だから、余り急いで「自分たちと同じように考えてもらわないと困る」なんて言っても無理です。やはり時間をかけて、少しずつ動かしていかないと。今は戦争もできないし、「けしからん」と言ってもどうしようもないから、「まあまあ、君」って言いながら納得させるしかありません。「こうやると痛みがあるでしょう。だから、やめましょう」と言いながらやっていかなければならないのですが、最近、痛みを感じない不感症というか、政治的に不感症になっている人がたくさんいますね。 

前田 そういう国際的な基準みたいなもの、法の支配みたいなものを一つ一つ説得して受け入れてもらうしかないというのは、まさしくおっしゃるとおりだと思います。

 ただ、今の習近平政権は、一時的な兆候なのかもしれませんが、明らかに自分の権限を強化する方向に動いていて、中国の法治にとって、それがプラスに働くか、マイナスに働くか、よくわからない部分があります。確かに、国内のいろいろな既得権益の反対を押し切って改革を進めるためには、ある程度権限を強化しないとできないのかもしれません。でも、権限を強化したところで判断を誤ったら、ものすごく損害が大きくなる危険もあります。

 ほかにも気になるのは、胡錦涛政権の時には多少、普遍的価値みたいなものも受け入れる動きがあり、例えば日中共同声明に「普遍的価値」という言葉を入れることに中国側も合意しました。党内民主ということも盛んに言っていたのですが、習近平政権になってから、民主という言葉はほとんど出なくなりました。党内民主ももちろん言わなくなりましたし、普遍的価値をものすごく否定するようになっています。

 また、最近は中国国内で、例えば、改革とか、開放とか、市場化とか、そういうことを主張する人を批判するときに「西欧に毒された人たちである」という、天安門事件前後によく使われた言い方が見られるようになってきていて、ちょっと今の中国を見ていると、余り好ましくない兆候が出ているのではないかという気がします。

丹羽 習近平の政治基盤が弱いということですよ。だから彼は、国民に対して自分の力を誇示しなければならない。「おれはこんなに強いんだ。みんなおれについて来い」、こういうことのためには、アメリカとか日本とか、そういう国に対して強い態度を取る。そうすると国民が、「この人は強いんだ、やっぱり従わなければいけないんだ」となる。

 共産党は無謬の党なのですよ、国民に対して。だから、強く出るということは、それだけ基盤が弱いということです。習近平が本当に強ければ、「まあまあ、日本側もそう言ってるんだから」と言っても、支持基盤があれば問題ないんだけれども、支持基盤が揺らいでるから、そんなことを言ってると、「何だあいつは」と反感を買いかねない。

 だから、「習近平は非常に強硬な男だ」と言う見方もあるのでしょうが、「なぜ強硬な意見を急に述べ始めているのか」について、我々は考えなければいけません。それが外交というものです。「これはやはりかなり焦ってるな」とか、「かなり国内で問題があるな」と。それに油を注ぐように、「もっと燃えろ」とやると、関係はますます悪化するわけです。

 だから、「習近平は困っているな」ということなら、少し助けるような、習近平を少しサポートするような、余りそこにくぎを刺さないような方向に持っていかないといけない。そうでなければ、結局、すべての国にとってマイナスの状況になってしまいます。だからオバマ大統領は、耐えがたきを耐えて、何とか習近平をなだめすかせて、少し穏やかにさせたいという気持ちだと思います。そういうふうに習近平体制を見ていく必要があります。 

 もちろん、いつまでもそういうわけにはいきません。だけど、「今の時期にこういう態度を取ればこうなるだろう」、「こういう態度を取ればこうだろう」ということを考えながら、囲碁の石を打つように、ここへ打ったらこう反応する、ここを打つのではなくて、こっちへ石を打とうではないかとか、日本に強いところに打っていく、相手の弱いところに打っていくということを考えないといけない時なのです。

 今の中国は、習近平は非常に悩んでいるだろうと思います。だから、権力を誇示して、「おれについて来い」と言いたいわけです。共産党の権力者たちに対しても、彼は、「私はこういうふうにやる方針だ」と恐らく言っているでしょう。そういうことで皆の評価を得たい。

 ところが、人事紛争ですからね、ほとんど。国内の人事紛争も背景にあるし、習近平の政治基盤もまだ弱い。だって、国家主席になってからまだ2年ぐらいしか経ってない。だから、2017年までは相当、自分の基盤をつくるために強気の政策をやっていくのではないでしょうか。でも、今年の四中全会(党中央委員会第四回全体会議)で彼の言うようなことが了解されていけば、彼はもう少し自信を持って、少し緩めてくるかもしれません。その緩めてくる兆候が出ているというふうに私は見ています。

社会変革プラットフォーム「変える力より)

 

丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)

早稲田大学特命教授、伊藤忠商事名誉理事

1939年愛知県生まれ。前中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。1998年に社長に就任すると。1999年には約4,000億円の不良資産を一括処理しながら翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を計上し、世間を瞠目させた。2004年に会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任ののち、2010年6月に民間出身では初の中国大使に就任。2012年12月の退官後も、その歯に衣着せぬ発言は賛否両論を巻き起こす。現在、早稲田大学特命教授、伊藤忠商事名誉理事。
おもな著書に『人は仕事で磨かれる』(文春文庫)、『若者のための仕事論』『リーダーのための仕事論』(以上、朝日新書)、『北京烈日』(文藝春秋)などがある。

前田宏子(まえだ・ひろこ)

政策シンクタンクPHP総研 国際戦略研究センター 主任研究員

1973年、神戸市生まれ。1996年、大阪大学法学部卒業。同年、京都大学大学院法学研究科に進学、国際政治学を専攻し、1999年、修士号取得。1999年、PHP研究所入社。2009年より現職。
2003年9月~2004年8月中国清華大学留学。2004年9月~2005年12月中国当代中国研究所訪問研究員。2013年2月~6月台湾中山大学客員教授。

 

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