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お手盛り機関と化した保安院

2011年04月11日 公開
2021年05月21日 更新

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

山形浩生

 

情報提供の信じ難いまずさ

いまは地震発生から2週間。ようやく被災地や原発の状況も多少は落ち着いてきた。本稿が掲載されるころには、事態はずっとよくなっているだろうと信じたい。

さて今回のとくに原発事故で露わになったのは、政府および関係機関の危機対応や情報提供の信じ難いほどのまずさだった。

とくに事故が起こった当初、公式発表は「とにかく安全だから、でも近くの人は避難して」というだけの訳がわからないものだった。なぜ安全と判断できるのか、何が起きているのか、ほとんど説明はなく、当然多くの人は疑心暗鬼に陥った。その後も散発的にデータは出てもその意味はろくに説明されず、そして誰もが絶望に陥った原子炉外構の水素爆発の際には、説明もないどころか政府首脳ですらろくに報告されていないことも露わになった。

その後、事故が深刻化するにともない、多くの人が何より知りたかったのは、もし最悪中の最悪の事態が起きた場合にはどこまで被害が及ぶのか、ということだった。そして事態はどう動いているのか、ある程度筋の通った状況説明と見通しだった。が、それがまったく提供されなかったのもご存じのとおり。

それを補ったのは、東大の早野龍五教授などのツイッター上での説明、そしてイギリス大使館が行なった科学顧問による会見などだった。これを通じて人びとは初めて状況が把握できて落ち着いたし、また想定被害の最大限やその根拠についてもまとまった説明が得られて大いに安心できた。こうした英大使館文書や早野教授のような情報提供は、本来、政府や東電がきちんとやるべきだった。そう思う一方で、彼らの信頼性はそれが政府や東電でない第三者だからこそ担保されていた部分もある。

こうしたネット上の有益な情報提供については、すでに多くの人が正しく指摘している。でもぼくがもう一つ気になったのは、この第三者的な情報の提供者だ。原発の場合、本来ならときどき会見に出てくる保安院だのほとんどみかけない安全委員会だのこそ、政府の関係機関とはいえ、ある程度の中立性と知見をもった第三者機関に準ずるもののはずだ。中立的な立場で、利潤を追求したがる電力会社の尻を叩いてコストのかかる安全対策を強制し、総合的な知見から政府の規制の恣意性を防ぐ、というのが本来の建前であるはずだ。

 

あくまで横並びの大本営公式発表

が、今回の一件で彼らが政府や東電と別のデータや分析を出すことはほとんどなかったようにみえる。放射線の分布予測などを行なう原子力安全技術センターのSPEED1というシステムも、放射線拡散についての試算結果はほとんど公開されていない。むろん、データ自体の制約はある。だが非公開の弁明に使われたせりふも予想できる。数字が独り歩きする。足並みを揃える必要がある、不確実なものは出せない――ぼくも多くの場面で何度このせりふを聞いたことか。基本は責任逃れだ。そして、結果として情報が何も出ないことでかえって不安と不信は広がった。

ちなみに、前出の英国大使館の科学顧問は東京でも安全だと述べ、その一方で英国外務省は避難勧告を出した。足並みは揃っていない。でも、同じ材料を基にしても、立場が違えば提言も違うのは当然だ。いやむしろ、ばらつきがあることがそれぞれの独立性を示す安心材料だ。そうした有益なばらつきは、日本にはなかった。あくまで横並びの大本営公式発表。原子力関連の公的機関がちゃんと仕事をしていたと思う人も、いまの日本にはいないだろう。業界のお手盛り機関として提灯持ちと化し、本来の機能は果たせていなかったのは明らかだ。

ほんとうは、こうした外部の監督機関が活躍すべき場面は多い。医薬品や環境問題など多くの規制で、そうした機関が機能してくれると助かる。そのためには、政府や業界からは独立だが実力の拮抗したグループが要る。でも往々にしてそんなものはない。形式だけつくった外部機関は業界と政府、そしてときに学界の馴れ合いですぐに機能を失う。でも完全に独立の第三者機関が日本でうまく機能するかといえば、これまた疑問だ。各地の行政オンブズマンなどの制度があるが、無知なキ××イ市民活動家のいやいや園と化しているケースも多い。建設的な批判という概念自体が、日本ではなかなか理解されなかったりする。

じつは日本の政党もそうだ。ぼくたちは、民主党が自民党に代わる政権担当能力をもつ集団になれると思っていたが、その見通しがいかに甘かったかは、いまなお日々思い知らされつづけている。これは国民性のためなのか、あるいは日本の人口規模だと、重要な分野で実力の拮抗した相互チェックのできる組織を複数つくるのは困難なのか。

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