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「マラソン」から「100m走」の時代へ...労働と所有から考える令和の幸福論

小寺信也(KINTO社長)&三宅香帆(文芸評論家)

三宅香帆氏、小寺信也氏

働き方やキャリア観が大きく変わる時代、私たちは何を拠り所に仕事と向き合えばよいのだろうか。トヨタグループで新たなモビリティサービスを牽引する小寺信也氏と、現代社会を鋭く分析してきた文芸評論家の三宅香帆氏が議論する。(聞き手:編集部、写真:稲垣徳文)

※本稿は、『Voice』2026年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

仕事と日々の暮らしのバランスをどうとるか

――令和の時代における幸福論について、立場もキャリアも異なるお二人に、労働や消費の観点から議論いただきたいと思います。まずは、お二人がどんなキャリアを歩んでこられたのか、お話しいただけますか。

【小寺】私は1984年にトヨタ自動車に入社して以来、トヨタ一筋でしたが、8年ほど前に「新しい車の乗り方」を考えるというミッションを与えられ、トヨタファイナンシャルサービスへ異動しました。そこで、自動車保険や自動車税など、車にかかる諸経費が月額に含まれるカーリース、すなわち「クルマのサブスク」の事業を構想し、トヨタグループの一員として会社を起ち上げて現在に至ります。

トヨタ時代を振り返ると、役員になる直前までの約12年間で14の部署を経験しました。言うなれば、短期プロジェクトを次々と渡り歩くようなキャリアですね。私は熱しやすく冷めやすい性格で、「次はこっちだ」と新しい仕事にチャレンジし続けてきたところ、気づけば「変わったテーマはとにかく小寺にやらせろ」というのが社内で定番になっていました。そうして現在、100年に一度の大変革期を迎える自動車業界で、「新しい車の乗り方」に向き合っているところです。

【三宅】「変わったテーマは小寺さん」というイメージは、ご自身で意識的につくられたのでしょうか。それとも周囲が次第に理解していったのでしょうか。

【小寺】どちらかというと後者ですね。私はどうやら刺激が多いほうが力を出せるタイプのようで、昔の上司からも「お前はつまらない上司の下では何もしないタイプだから、刺激のあるところに必ず回してやる」と言われたこともあります(笑)。

【三宅】そのように理解ある上司の方もいたことで、ご自身の能力を発揮してこられたわけですね。激変する自動車業界で、小寺さんがどのように現在のサービスを展開されているのか、後ほど伺えればと思います。

私はもともと京都大学大学院で万葉集を専門に文学を研究していました。それがなぜいまの仕事をしているかというと、当時アルバイトをしていた書店で、ブログ担当として本を紹介する記事を書いていたんです。すると有難いことにそのブログが話題になって、出版社の方から「本にしませんか」と声をかけていただき、一冊目の本を刊行することになりました。

そうした経験を通じて、研究と本を書くことを両立できて、なおかつインターネットについても学べそうな会社ということで、大学院卒業後に入社したのがリクルートです。その後、リクルートから独立して、現在は本を書くことだけでなく、紹介したり批評したりする手段として動画やポッドキャストにも出演しています。

【小寺】私たちの世代は、会社に入ると終身雇用が当たり前という時代でした。途中で仕事を変えるという選択肢は一般的とは言えなかった。それに対して、若くして独立された三宅さんは、ご自身で線を引いて次のチャレンジに踏み出したわけですね。

【三宅】私の場合、20代という「何をやっても、まだ何とかなるかもしれない時期」をどう使うか考えていました。30代になると、違うキャリアへ挑戦するのは難しくなる気がしていたんです。そうして28歳のころに、ならばいまのうちに「本を読んだり書いたりする」という本当にやりたいことに思い切り時間を使ってみよう、と思い立ったんです。

――お二人は、目の前の仕事に向き合うことと日々の暮らしに余白をもつことのバランスをどう考えていますか。三宅さんは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)で、仕事以外の余白を残すことの重要性を「半身」という言葉を用いて説かれていますね。

【三宅】私は仕事に「全身全霊」ではなく「半身」で向き合う選択肢もあるのではないか、と考えています。ただ、それは「仕事を半分に減らそう」という意味ではありません。仕事以外にも、趣味や家事、育児などさまざまな軸を自分のなかにもっていることが、巡り巡って仕事にも役立つし、自分自身の幸福にもつながるのではないか、という考え方です。いまは共働きも増え、起業する人もいて、働き方が多様化している。そういう時代において、「仕事にすべてを捧げることだけが本当に最善なのか」という問いをもってもいいのではないかと感じて、「半身」という表現を使いました。

【小寺】私も『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読ませていただき、「なるほど」と共感するところがたくさんありました。じつは私たちの世代も、仕事に全身全霊だったかといえば、そうではありませんでした。ただ、「半身」の持ち方は、いまの時代とは違っていたように思う。三宅さんのおっしゃる「半身」は、仕事以外の時間をもつという考え方ですよね。一方、私たちの世代は、働いているなかでオンとオフを切り替えることで、「半身」を実現していました。

いまの若い方は、会社に入った時点で5年後、10年後のゴールを設定する人が多い印象を受けます。でも私たちの世代は、その会社で働き続けることを前提に、40年くらいのスパンで仕事を考えていた。前者を100m走、後者をマラソンに喩えると、マラソンは給水もするし力を温存して走る区間もあります。私などは、忙しくても夜10時から飲みに行き、翌朝も早くから会社にいるものの、午前中はほとんど使い物にならないときもありました(笑)。それが良いことかは別として、自分なりのリズムで長く走り続けるために工夫していたわけで、それもある意味では「半身」と言えるかもしれません。

【三宅】面白いですね。人間にとって「仕事以外の時間も必要だ」と思う根源的な欲求は、昔もいまも変わらない。ただ、その実現の仕方が違うのかもしれません。ちなみに、「100m」を走る従業員が増えてきたと感じたのは、いつごろのことでしょうか。

【小寺】ここ20年、中途採用の市場が定着して「会社を辞めても世の中には面白い仕事がたくさんある」と考えられるようになってからですね。時を同じくして、若い方々が生きづらそうに見えるようにもなりました。

【三宅】転職という選択肢が広がったことにより、かえって「早くに結果を出さなければ」という意識が強くなった、ということでしょうか。

【小寺】そう思います。もう一つ、女性の社会進出も影響しているかもしれません。以前は、女性が結婚や出産を機に退職するケースが珍しくありませんでした。そのため、「10年くらいのあいだに実績を残さなければ」という意識が強くなり、結果として心身に負担がかかる働き方をする女性もいたのではないでしょうか。

そうした課題を解決するために、男女ともに育児休業を取得できるようになるなど、日本社会も少しずつ変わってきました。それはとても喜ばしいことだと思いますし、うちの会社でも1年ほど育休をとる人がいます。こうしてさまざまな制度が整ってきたことで、多様な働き方が少しずつ実現できるようになってきたのでしょう。出産を機に退職した女性がふたたび会社勤めをするケースなどは、確実に増えているはずです。

【三宅】そういう働き方をする人が少しずつ多くなるだけでも、「この年齢までに結果を出さなければ」というプレッシャーは和らぐ気がします。頑張りすぎると、結局はどこかで無理が生じてしまいますから。

【小寺】おっしゃるとおりです。私は、人生にはそれほど頑張らなくてもいい時期もあると思うんです。そういう時期は仕事を少し忘れて趣味に時間を使っていい。長い人生を考えれば、そのくらいの余白は必要でしょう。

 

インプットの量とアウトプットの質は比例する

――いまの20代、30代が、「早く結果を出さなければ」と自分で自分を追い込んでしまっているのだとすれば、そうした状況のなかで自分のキャリアとどう向き合えばよいのでしょうか。

【小寺】興味深いのは、若い従業員から「もっと研修を受けたい」「セミナーに行きたい」という声をよく聞くことです。私たちのころは、「人は仕事を通じて成長するものだ」というOJT中心の考え方でしたから。

【三宅】いまはAIに仕事を奪われるという話もあるように、「自分が成長し続けないと社会の変化についていけない」という不安があるのでしょう。でも、何を学べばいいのかはわからない。だからこそ、研修や専門書のような「答えがありそうなもの」に頼りたくなる気持ちは、私にも理解できます。

大学院生時代、ある先生から、「もっと遠くを見なさい」と言われました。論文を書くとき、近視眼的になりすぎないことの大切さを繰り返し教えられたのです。とても印象的な言葉でしたが、とはいえ若いうちは、目の前のことに気をとられて焦るのは仕方ありません。

【小寺】私もよく部下に「もっと俯瞰して仕事を見なさい」と言いますが、自分だって20代のときは近視眼的に物事を見ていました。だからこそ、上の世代の役割は、若い人に全体像を見せてあげることだと思うのです。目の前だけ見ていると大きな失敗に思えることも、全体を見れば「その程度のことだった」とわかるし、何が本当に重要なのかも見えてくるかもしれない。

【三宅】企業側としては、時代とともに従業員の価値観が変化するなかで、マネジメントもそれに対応しなければいけないわけですよね。社内の多様な価値観に向き合ううえで、小寺さんは何を意識されていますか。

【小寺】まずは、若い人たちの価値観を知ることから始めなければいけません。ただ、本音は簡単には出てこない。そこで私が大事にしているのは、担当者と直接話すことです。会社では往々にして、担当者が係長に説明し、係長が課長に説明する、という伝言ゲームのような事態が起きます。ですから私は従業員に「何かあれば、すぐに私のところに相談に来てください」と伝えていて、報告があれば、担当者とその上司から直に説明してもらう。そこで会話をしながら、彼らが何を考えているのかを知ろうとしているんです。

また、若い従業員と食事に行くこともあります。私から誘ってはプレッシャーを与えてしまうので「誘ってくれれば行くよ」と伝えると、秘書を通じて声をかけてくれる従業員がいて、彼らは「こうすれば会社はもっとよくなる」と話してくれます。そのほか、1人15分の1on1ミーティングもやっていて、その場では率直な会社への意見が出てきますね。

【三宅】そうした取り組みを実際にやってみて、よかったと感じますか。

【小寺】自分の知らなかった情報が、たくさん入ってきますから。私は、インプットの量とアウトプットの質は比例すると思っているんです。良いアウトプットを生み出そうと思えば、その背景に十分な情報量がなければいけません。情報がないところから、質の高い判断や成果は絶対に生まれないでしょう。

【三宅】「インプットの量とアウトプットの質は比例する」というお話は、職種こそ違いますが、とても頷かされます。本を1冊書くときに重要なのは、どれだけ読めたかです。「書けない」と感じるときは、スランプでも何でもなくて、単純に本を読んでいないことが多い。書くためには、やはり読まなければいけないんですね。あるいは、いろいろな人と話すことや取材することも含めて、インプットがなければアウトプットにはつながりません。とくに新しいインプットが大切で、昔読んだものだけをもとにしていると、同じようなことばかりを書き続けることになってしまいます。

 

「主観的な達成感」の大切さ

――若い世代は自分の仕事が何につながり、社会にどのような良い影響を与えているのかを実感したいという思いが強いとも言われますが、この点についてはどう考えるべきでしょうか。

【三宅】私は『考察する若者たち』(PHP新書)という本で、「報われ消費」という言葉を使いました。自分の仕事が何につながったのか、どのような結果に貢献できたのかがわかるほうが、自分は「報われている」と感じられて、やる気が湧く人が増えているのではないかと考えているのですが、小寺さんはどう思いますか。

【小寺】私が思うに、従業員がもっとも満足できるのは、会社という組織のなかで自分の存在が認められている状態です。「自分にはこの仕事や役割がある」と認められると、自分のアウトプットが会社に貢献しているという手応えをもちやすいのでしょう。

ただ、率直に言えば、この「手応え」とは、会社の評価もさることながら、最終的には自己満足の世界だというのが私個人の考えです。要するに「自分はこれをやり切った」と思えるかどうか。何かを任せてもらって、それをやり切る。そのサイクルが回っていれば、会社で働くことも楽しくなるはずです。

【三宅】とはいえ、「やり切った」と感じられること自体が、結構難しくないでしょうか。

【小寺】先ほどの100m走とマラソンの話につながりますが、若い世代の方々はゴールの設定が大きすぎるのかもしれません。「5年後、10年後までにこれだけのことを成し遂げなければならない」とゴールを設定してしまうと、なかなか「やり切った」とは思えません。私たちの世代のように、最初に40年先を見通すと、そもそも遠いゴールはあまり設定しない。その代わり、ところどころにマイルストーンを置いて、小さなゴールをつくっていく。「この仕事だけはきちんとやろう」と決めて、それができたら達成感を得る。仕事とは、その積み重ねではないでしょうか。

【三宅】仕事に限らず、達成感とは本当はもっと小さなことで得てもいいものですよね。毎日起きて、健康に会社へ行っているだけでも、まずは十分偉い、くらいの気持ちでいいのかもしれません。

仕事では、客観的な視点が求められる場面も少なくありません。ただ、だからといって人と比較しすぎたり自分を外側から見すぎたりすると、「見えない敵」とずっと戦っているような感覚になりかねない。ならば、主観的な達成感を得ることも大切ではないでしょうか。

【小寺】そうなんですよ。適切に自分を甘やかすことが、幸せの秘訣なのかもしれませんね。

――SNSでさまざまな情報に触れられる現代社会だと、人と比較してしまいがちで、結果、世の中のレールから外れることを不安に思う傾向も強まっています。

【小寺】そもそも、「レールとは何か」というところから考えたほうがいいでしょうね。レールとは他人との比較のなかでつくられるもので、その真ん中を歩かなければならないと考えること自体、すでに自分を圧迫しているわけです。楽しそうならばレールから外れて別の場所に遊びに行ってもいいし、寄り道をしながら前へ進んでもいいんです。ただ、そうした器用さや柔軟さをもちにくくなっているのは事実でしょう。これは、個人の能力や姿勢の問題ではなく、世の中の側がそこから外れることを許さなくなっている側面が強いと思います。

 

変わりゆく消費と所有のあり方

――近年、「若者の車離れ」などと一般に言われていますが、その背景にはモノを消費することに対する価値観の移り変わりがあるでしょう。三宅さんは、そうした社会の変化をどのように見ていますか。

【三宅】若い人でも、日常的に車に乗っている人はいます。一方で、昔のように「この車をもっていること」を自分のステータスにすることは減ってきたように思います。なぜかと考えると、自分が買ったものや所有したものが、あとから「正解ではなかった」と判明することへの不安が強いのではないでしょうか。

大きな買い物をするとき、それが正解かどうかを判断するのは難しいですよね。とくに車にはさまざまな評価軸があり、そこで「失敗したくない」と考えると、最初から所有しないのが一番だという心理になる人が少なくないのかもしれません。

【小寺】かつては人生で一番大きな買い物といえば家で、その次が車でした。でもいまは、そうした価値観自体が崩れてきている。家はもたずに賃貸でいい。都市部であれば車をもたなくても暮らせる。そういう方々に対して何百万円もする車を購入してくださいと言っても、やはり簡単ではありません。

そこで我々がいま展開しているのが、車のサブスクリプションです。月々3万円や5万円を払えば車を利用できるサービスで、するとライバルは同業他社の車ではなく、Netflixをはじめとするサブスクサービスになる。これからの時代、同じ数千円、数万円を何に使うかという選択肢のなかに車も入らなければいけません。

【三宅】所有しなくてもいいことや、必要な期間だけ利用できることには意味がありますよね。サブスクリプションならば、さまざまな車を試せるというメリットもあるでしょう。

【小寺】もう一つ、この事業を始めてみてわかったことがあります。これまでの自動車業界では、「車は一生もち続けるもの」というのが常識でした。ですから販売店の営業スタッフは、お客様に「これから一生のお付き合いをさせていただきます」と言って車をご案内してきた。ところが実際には、「この2年間だけ車が必要です」という利用者の方も少なくないわけです。

【三宅】最近、私がよく感じるのは、何を買うにしても投資のように考えて購入する人が増えている、ということなんです。ブランドバッグを買う場合も、「推し」にお金を使う場合も、楽しさや嬉しさだけにお金を払うのではなく、「このお金が無駄にならない」という保証も含めて買っている人が増えている気がします。そう考えると、車を購入するという決断をするよりも、「必要な2、3年間だけお金を払いたい」と考える人が増えるのは理解できます。

【小寺】若い世代の方々は、車を買った経験がないばかりか、何百万円もするものをローンで買うことに抵抗をもつ方のほうが一般的でしょう。それと、いまの車は携帯電話と同じように、技術の進化がすごく速いんですよ。これを10年もとうと思わないのです。だからこそ、車を利用する際、サブスクリプションという選択肢には違和感が少ない。それぞれのお客様が、自分に合った方法で車を利用していただきたいと考えていますが、いまの若い世代が年齢を重ねていくとともに、サブスクリプションのような利用の仕方が広がっていくことでしょう。

【三宅】最近は家電もレンタルサービスなどで借りられますし、それを繰り返し利用する人も増えていますからね。さまざまな分野で、商品を所有しない使い方や、メーカーとの新しい付き合い方が広がっています。

知人と話していると、「実際に車をもってみたら便利だった」という声をよく聞きます。免許をとったあとにしばらくペーパードライバーだったとしても、結婚や転勤、子育てなどをきっかけに車をもったり、親から車を譲り受けるなどして乗り始めたりすると、「すごく便利だった」「電車より車のほうが自分に合っている」と感じる人もいるようです。そう考えると、車を使い始める際のハードルを下げるサブスクリプションサービスの価値は大きいというのが私の実感です。

【小寺】非常に貴重なお話です。我々としても、車との接点をさまざまなかたちで提供していきたいと考えているところです。たとえば、現在のサービスは新車が中心ですが、それを中古車としてもう一度サブスクリプションに出せば、新車よりも低料金で提供できる。さらに先の話をすれば、自動運転車やマイクロモビリティと呼ばれる新しい移動手段、たとえばスクーターや高齢者向けの電動車椅子など、さまざまなモビリティもサブスクリプションで提供していきたいと考えています。

これは自動車業界にいるから申し上げることでもありますが、我々は「移動は人間の本能だ」と主張し続けています。バーチャルの世界がどんどん充実すると、人は家から出なくなるかもしれませんが、とはいえ完全に閉じこもるようにはならないと思う。「移動したい」という欲求は、私たち人間の本能でしょう。だからこそ、そのためのモビリティを、さまざまなかたちで提供し続けなければならないと考えています。

【三宅】たしかにそうですね。どこかに行きたい、何かを見に行きたいという欲求は誰もがもっているはずですし、それが何ものにも代えがたい経験につながることもある。私自身、「あのとき車で旅行しておいてよい思い出になったな」と振り返ることもありますから。
 

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