2013年06月17日 公開
2023年09月15日 更新
米国家安全保障局(NSA)が行っていた大規模な個人情報収集について、元職員のエドワード・スノーデンが告発し、国外へ逃亡した事件が注目を集めている。小欄ではアメリカ政府やスノーデンの行動の是非は置いておいて、この事件が中国側でどう受け止められるのかについて小考したい。
スノーデンが滞在先の香港で受けたインタビューで、「表現の自由を信じる国に亡命を求めたい」と述べているのを見て、皮肉なものだと思ったのは私だけではないだろう。中国からアメリカに自由を求めて逃亡・亡命した人は数多いが、逆のケースは珍しい。
氏が逃亡先に香港を選んだ理由について、「(中国の)自治区として、表現の自由と政治的異議を唱えることに熱心であり」、「アメリカからの引き渡し要求に抵抗することができる」と述べていたが、それが真の理由であるとするなら、氏の中国政治に関する知識はかなり乏しいと言わざるを得ない。香港が、今回のように国際的に注目されているケースで党中央の意向をまったく無視し、独自に判断を下すことなど出来るわけがないからである。たまたま訪米中であった梁振英・香港行政長官は、米メディアの当該事件に関する質問攻めに対してノーコメントを通した。
香港とアメリカの間には犯罪人引き渡し協定が結ばれているが、香港政府もアメリカ政府も、この協定を適用するか否かについて今のところコメントを避けている。北京政府と香港政府の間の条例で、要求された人物の引渡しが中国の外交、防衛、重要な政治的利益に関わる場合には、北京は香港政府の決定を覆し、引渡し要求を拒否できることになっている。(とはいえ、アメリカと香港の間の協定では、このような事由により引渡しを拒否できるのは自国民に限定されており、実際に引渡しを拒否した場合はアメリカの反発が予想される。)スノーデン自身は、アイスランドなど第三国への「亡命」を希望しているが、アイスランドがもし政治亡命を認めなかった場合、「表現の自由を信じ」、アメリカと犯罪人引渡し協定を結んでおらず、かつアメリカ政府と事を構えることも厭わない受け入れ国を見つけるのは容易ではないだろう。
他にスノーデンは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に政治難民の申請をする可能性もあり、そうすると、たとえアメリカ政府から正式に引渡し要求があっても、香港はUNHCRの判断が下るまで要求に応じることはできなくなる。香港政府関係者は、インタビューで「アメリカからの引渡し要求はまだ来ていない。来るとしても、しばらく時間がかかるはず」とコメントしていたが、要求が来る前にスノーデンが自発的に第三国へ出て行ってくれるよう望んでいる様を隠そうともしていなかった。
中国メディアはこの件について海外メディアの報道を引用しながら報じるのみで、論評を控えている。中国政府にとって、スノーデンのように「政府が個人の自由を侵害」することを非難・糾弾するような人間は、本来決して歓迎できる存在ではない。また香港では、大陸からの政治的・思想的管理強化に対する反感が高まっており、スノーデンの引渡し問題が、香港の自治という問題とリンクし、香港政府や共産党への批判につながる事態も避けたい。香港側がアメリカからの引渡し要求を拒否した前例は少なく、もし北京側の介入を印象づけるような事態が起これば、香港民衆の大陸に対するいっそうの反発は免れない。
さらに、習近平国家主席とオバマ大統領の首脳会談と時期を同じく発生したこの事件が、米中間の新たな案件となるのは中国としても望むところではない。あまりのタイミングのよさに、今回のスノーデンの告発は中国側が裏で糸を引いているのではないかと陰謀説を唱える人もいるが、今のところそれを裏付ける証拠はない。
6月初旬に2日間に渡って行われた米中首脳会談は、本来は今年9月頃の開催が予定されていたものの、アジア太平洋地域における米中間の緊張への懸念から前倒しで実施された。公表された会談内容を見る限り、注目すべき新しい合意はなく、双方が従来の主張を繰り返すに終わったようだが、衝突回避のための対話を増やすことが重要だという認識で一致したとのことである。中国にとっても、自国の重要な利益がかかっているわけでもない案件で、アメリカとの間で衝突の種を増やすのは得策ではない。中国国内で「スノーデンを保護すべきだ」という意見が高まるような状況になればともかく、今のところそのような声が大きくなっている様子もない(中国人にとっても、「自由のため」アメリカから香港(中国)へ逃亡してきたというスノーデンの動機はピンと来ないようである)。
ただし、中国がアメリカからの引き渡し要求に容易に(タダで)応じるとは限らない。国際世論やアメリカ国内世論の動向を見ながら、アメリカと「新型の大国関係」にある国としてふさわしい体裁を取ろうとするだろう。また、スノーデンが持っているアメリカ政府の情報収集システムやインテリジェスに関する知識は中国にとって魅力的である。さらに、今回の件は中国のサイバー攻撃を批判するアメリカにあてこすり、「中国はサイバー攻撃の被害者」という主張を強化するための宣伝材料として利用できる。最新のインタビューの中で、スノーデンは「アメリカ政府は何年も中国や香港でハッキングを続けており、ハッキングの対象には中国・香港の大学や公共機関が含まれている」と述べた。彼の有する知識やアメリカ政府を非難する発言は、多少なりとも中国にとって利益であると見なされるだろう。
<研究員プロフィール:前田宏子>☆外部リンク
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更新:11月22日 00:05