2026年05月08日 公開
2026年05月08日 更新

日本全国の自治体が物価高と少子化に悩むなか、岐阜県の取り組みが注目を集めている。県知事の江崎禎英氏に、次世代のまちづくりや災害・物価対応、雇用・農業政策について伺った。(聞き手:編集部)
※本稿は、『Voice』2026年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
――岐阜県ではいま「安心」と「ワクワク」、「人やモノが集まる岐阜県」の実現を掲げています。注目の1つが、LRT(次世代型路面電車)構想。メリットについてお聞かせください。
【江崎】導入を検討しているLRTは、かつて廃止した路面電車とはまったくの別物です。低床式車両により停留場での段差も少なく、車いすの方やベビーカーを押した方でも楽に乗り降りできるほか、多くの車の移動を1台のLRTに集約することが可能となり、渋滞の緩和も図れます。
さらに、電気で走るLRTはCO²排出量が少なく、クリーンで環境に優しいといった利点もあります。また、車が侵入できない専用軌道を走行するため、優先信号により渋滞の影響を受けず、時間どおりに運行することができます。
そして、魅力的な拠点をLRTで結び、パーク&ライド拠点の整備や、一定時間乗り放題、バス等との共通チケットの導入などにより、運賃や時間を気にすることなくゆっくり散策でき、歩くまちが実現できます。これにより、人やモノを呼び込み、経済の好循環を生み出すことで、まちの活性化にもつながると考えています。
福祉や教育、商工など、さまざまな分野でまちづくりを進めていくことが必要ですが、その1つが交通施策であり、LRTを有力候補とした新たな交通システムです。
岐阜県はいま、世界の注目を集めています。世界遺産の白川郷をはじめ飛騨高山、関ケ原古戦場、馬籠宿、下呂温泉、郡上八幡など人気の観光地が県内にバランスよく存在しています。
さらに岐阜圏域には、織田信長公が天下布武を掲げた岐阜城、日本三大大仏の1つである正法寺の岐阜大仏、金華山や長良川などの歴史的・文化的拠点、岐阜メモリアルセンターや長良川国際会議場などの人が集まる拠点、岐阜インターチェンジや岐阜駅、外国人観光客で賑わう岐阜羽島駅などの交通拠点が数多くあります。
半面、中心である岐阜への人やモノの集まりが課題となっており、モータリゼーションの影響で百貨店が撤退してしまう、という現実があります。各地の拠点を線でつなぎ、周遊性を持たせ、賑わいを広げていく取り組みが求められています。LRT構想は、こうした問題意識から生まれてきたものです。
2025年7月に、新たな交通システムの導入に向けた検討の着手を表明し、これまでにさまざまな関係者と意見交換を行なっているところです。
まちは変化し続ける必要があります。高齢化や人口減少が進むなか、社会構造の変化に適応したまちづくりや交通システムの見直しが重要であり、国の力や民間の力も結集して実現につなげていくことが求められます。将来、どういうまちにしていくのか、県民の皆様も交え、議論を深めていきたいと考えています。
――安心の確保という点について、災害対応及びインフラの整備、物価高騰への対策に関する政策のねらい、取り組みを教えてください。
【江崎】2025年度、新たな政策を企画・立案するため、「政策オリンピック」として県民の皆様からアイデアを募集しました。第一弾のテーマを住民参加型の防災訓練とし、優れた訓練に対しては活動費の補助を行ないました。
小学生が防災イベントの内容を企画したものなど、子どもからお年寄りまで多くの方に楽しく防災訓練に参加していただき、手応えを感じたところです。
この取り組みは、地域防災力の強化や地域行事の活性化につながる内容であることから、実施団体による報告会を開催し、結果については関係各所に展開するなど、実のある防災訓練が各地で実施されるよう進めていきます。
また、2026年度までの2カ年で、本県独自に南海トラフ地震の被害想定調査を実施しています。海に面していない岐阜県は、津波で被害を受ける可能性のある沿岸部の方々を受け入れる立場にもなりうると考え、この調査のなかで、本県の受け入れ能力の推計にも取り組んでいるところです。
2011年の東日本大震災時、岐阜県商工労働部長を務めて痛感したのは「人は、知らない土地には避難できない」という点です。
現在、愛知県や三重県などの県外の児童生徒(小中学生)に本県をもう一つのふるさとと感じてもらえるような、防災体験を含めた交流事業「ふたつのふるさと(海・山の防災交流)事業」を展開中です。並行して空き家対策に取り組み、「万が一のときはこの場所へ避難を」と胸を張って言える体制を、私が知事のあいだに整えることが使命だと考えています。
岐阜県では「第三期岐阜県強靭化計画」に基づき、幹線道路ネットワークや緊急輸送道路等の道路ネットワークの整備、流域治水、土砂災害対策などといった防災・減災対策について重点的に進めるとともに、予防保全型の維持管理に計画的に取り組んでいます。
幹線道路ネットワークは、地域と地域を結ぶ時間を大幅に短縮することで、沿線地域の活性化はもとより、災害時の人の移動や物資輸送の面でも大変重要な役割を担います。安全・安心な県土づくりに絶大な威力を発揮するので、積極的に整備を進めていきたいと考えています。
過去に幾度も大災害を経験した本県では、「第三次新五流域総合治水対策プラン」に基づき、河川改修やダム等の整備を効果的に組み合わせた総合的なハード対策と、洪水時の避難行動に資する河川情報の提供など、被害を軽減するためのソフト対策を進めています。
また、土砂災害から県民の生命・身体を守るため、地形、地質及び社会的要因などにより県内を8つの地域に分け、ハード対策とソフト対策の両面から今後の土砂災害対策について取りまとめた「八山系砂防総合整備計画」に基づき、能登半島地震における土砂災害などを踏まえた砂防事業を進めています。
今後も幹線道路ネットワークの整備を進めるとともに、河川改修やダム建設、砂防関係施設の整備、各施設の点検、老朽化対策の実施など、適切なインフラの維持管理に努めていきます。
物価高騰については、日々の暮らしはもちろん、事業活動や地域経済全体に広く影響を及ぼし、県民の皆様が将来に不安を感じる状況が続いています。
こうしたなか、県民の皆様の安心を確保し、物価高騰に負けない力強い社会を創るため、県としては、生活者支援と事業者支援の大きく2つの視点から対策を進めていきます。
1点目は、物価高騰の影響を受ける生活者の方の負担軽減です。国の全国一律の支援や、市町村による生活に密着した支援だけでは十分に行き届かない分野に対し、確実に支援が届くよう、緊急的に対策を講じます。
具体的には、医療機関、福祉施設、私立学校などに対する食材費支援に加え、医療機関や福祉施設については、国の公定価格改定までのあいだ、光熱費高騰分に対する支援を実施します。
さらに、0歳から2歳児の子育て世帯の負担を軽減するため、育児支援サービスや育児用品等の購入に利用できる電子クーポンを発行するほか、児童養護施設などに入所する方の、生活環境の改善に必要な設備や備品の購入費用を支援していきます。
2点目として、物価高騰下にあっても、事業者の方が活動を継続できる環境づくりです。
原材料費やエネルギーコストの上昇に直面する中小企業や小規模事業者に対し、賃上げの後押しや生産性向上、省力化・省エネ投資の支援など、経営体質の強化につながる取り組みを支援していきます。
また、高騰が続く化学肥料の低減に向け、堆肥等の活用に取り組む農業者に対し、機械・施設の導入を支援するほか、酒造原料米価格高騰の影響を受ける県内酒蔵に対し、生産性の向上に資する設備導入支援や、酒米価格 高騰分の支援なども実施していきます。
今後も、県民の声や現場の実情に真摯に耳を傾けつつ、国や市町村が実施する対策を見極めながら、物価高騰という逆風のなかにあっても、「この地域で安心して暮らし、働き続けられる」という実感を持っていただけるよう、必要な対策を適時的確に講じていきたいと考えています。
――ワクワクの創出という点について、「働いてもらい方改革」と「アグリパーク構想」は興味深いですね。
【江崎】これまでも若者の県内定着や子育て支援などの人口減少対策に取り組んできましたが、ここ10年は、とくに若い女性の「職業上」の理由による県外流出が顕著であり、人口減少の大きな原因となっています。
県内企業の多くは中小企業や小規模事業者ですが、近年は、人口減少の影響もあって、長時間フルタイムを前提とした採用が難しくなっています。
一方、子育て中の方をはじめ、短時間勤務やリモートワークであれば働ける人が多数存在しています。
そこで、県では、従業員が働きやすい業務や時間帯に働いてもらうことが、最も生産性が高くなることに着目し、働く人の目線に立ち、柔軟で働きやすい環境を整えることで、労働力確保と生産性向上を同時にめざす「働いてもらい方改革」に取り組んでいます。いわゆる「働き方改革」ではなく、従業員によりよく「働いてもらう」という経営者の意識改革を図るものです。
県内で4年間、雇用と労働の現場を回って確信したのは、決して人が足りないというわけではなく、経営者は残業できる正社員を求めている、ということです。
ところが、ある会社で話を伺うと、生産性が最も高い社員は子育て中の女性だという。子どもを迎えに行くために午後3時に終業しなければならず、時間や効率を考え、無駄な残業をしない。むしろこのほうが本来、あるべき働き方ではないでしょうか。
女性従業員が働きやすい環境で希望する時間帯に働いてもらうことで主力商品の売上が16倍になった企業や、業務の切り出しと多能工化を行ない、従業員に作業スケジュールを任せたことで作業スピードが5倍になった企業、分単位の時給制を採用し、子どもの急な発熱や送迎などに対応しながら、都合の良いときに働くことを可能とした企業や、60歳以上に限定してやる気のある人を募集した企業など、好事例がいくつも現れています。
さまざまな工夫により、いままで働きたくても働けなかった人や、本当に働きたい人が働けるようになれば、人手不足は解消します。企業の労働力確保と生産性向上が実現すれば勤労者の可処分所得と世帯収入も上がり、最大の物価対策になる、と私は考えています。
県では、こうした先進事例のエッセンスをまとめ、県内企業への浸透を図っているほか、小規模事業者の事業規模拡大や業態転換を支援する「小規模事業者パワーアップ応援補助金」に「働いてもらい方改革枠」を設け、従業員が働きやすい環境づくりに取り組む事業者を支援しているところです。
2026年度は、この改革枠をさらに拡充するほか、「働いてもらい方改革」に取り組む事業者を中心とした合同企業展の開催や、DX活用による働きやすい環境整備のための専門家派遣、商工会・商工会議所の経営指導員向けセミナーの開催、業務細分化に役立つワークショップや実証事業など、多面的に県内中小企業・小規模事業者を支援していきたいと考えています。
こうした取り組みを通じて、若者や女性、さらには高齢者や障がいのある方も能力を発揮できる雇用環境を創設し、若い人たちの人口流出の歯止めとしても期待される「働いてもらい方改革」を県内全域に広げていきたい、と考えています。
――アグリパーク構想については。
【江崎】日本の自給率低下が叫ばれるなか、食料を確保する体制が必須です。いままでの農業政策では米価格の高騰を防ぐことができなかったように、機械化、大規模化による拡大一辺倒の農業も見直しを迫られています。
今後は量産品ではなく、より消費者に選ばれるものをつくらなければいけません。地元の生産品を売買するだけの地産地消ではなく、さらに消費者の側に立った「地消地産」をめざしています。
現状、農業従事者数の急速な減少が避けられないなか、従来の取り組みの延長線上では、本県農地の潜在力を十分に発揮できないことが明らかとなっています。
こうしたなかで、将来にわたり県民に安全・安心で美味しい食料を安定的に供給するとともに、県土の保全など農業が持つ多面的機能を将来にわたって発揮させていくためには、従来の専業を基本とする「大規模農家」を推奨するだけではなく、兼業や副業など多様なかたちで農業に参画する方々を含めた「ハイブリッド型」の農業へ転換していく必要があります。
農業は本来「楽しい」ものであり、農業の裾野を広げるためには、美味しく、安全・安心な農産物を自分の手で一からつくり、収穫と販売する喜びを実感していただくことが重要と考えています。
しかしながら、農業を始めるにあたって、農地の確保や技術の習得、農業機械の購入など、さまざまな参入障壁が存在します。
農業を継ぎたい人は減っていても、農業を始めたい人は多い。しかし米づくりを始めようとしたら、機械の購入など初期投資が数千万円かかります。機械の購入に補助金をつける仕組みが機械化と化学肥料の使用を促し、作物の弱体化による農薬の使用という負のスパイラルに陥り、収益性の低い産業になってしまったわけです。
このため、農村地域内の非農家や都市住民など多様な主体が、農業の楽しさを気軽に体験し、ノウハウを学べるスタートアップの「場」を設け、その延長線上で新たに農業に参入いただく農業普及のための「アグリパーク構想」の実現に向けた取り組みを強力に進めていきます。
具体的には、2025年12月から26年1月末にかけて政策オリンピックのスキームにて公募を実施した、意欲ある設置主体による「スタートアップの場」づくりを支援するなかで、横展開が可能な重点推進モデルの構築をめざします。
また、さらに本格的な農業へのステップアップを支援するため、気軽に農地を借りられる環境整備を進めるとともに、設備投資の負担を軽減する「居抜き型」経営継承や農業機械のシェア、就農ニーズに応じた技術サポートなど、支援スキームの整備も並行して進めたいと考えています。
ラーメン店の開業が多いのは、居抜きで店舗や設備が手に入るからです。アグリパーク構想の肝は「農業の居抜き」をしよう、ということ。環境整備でハードルを下げ、農業の楽しさに気づいた人が、そんじょそこらにはない「本当にいいもの」をつくれば、農業は儲かる産業になります。
――最後に、AI(人工知能)と働き方についてどう思われますか。
【江崎】AIの流れは絶対に止まりません。規制するのは論外で、使うべき長所と補うべき短所を理解することです。AIではなく人間にできることとして、よく配慮や思いやりが挙げられます。しかし人間が顔色を窺うより、人工知能のセンサーのほうが精度は高い(笑)。
AIと人間の最大の違いは、感性です。人工知能はロジックしかないので、暴走してしまう。これからの教育で大事なのは、子どもを自然に戻し、感性を磨かせることです。人として何が正しいか、自分はどう思うのかを感覚で学ぶことが、最も重要な教育だと考えています。
更新:05月08日 00:05