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大正デモクラシーの理論的指導者『佐々木惣一』明治立憲制の歩みと重なる生涯【書評】

2026年04月14日 公開

奈良岡聰智(京都大学教授)

厳密な文理解釈と立憲主義を結合した憲法論を説き、大正デモクラシーの理論的指導者として活躍した佐々木惣一。伊藤孝夫氏による書籍『佐々木惣一』(ミネルヴァ書房)では、佐々木の牽引した戦前期公法学の展開をドイツ公法学との関連の下にたどっている。

現代社会を生きる私たちにとって重要な指針となる一冊を、京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。

※本稿は、『Voice』2024年4月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

明治立憲制の歩みが鮮やかに見えてくる

佐々木惣一:論理ノ正確ハ法理探究ノ目標ナリ

本書は立憲主義に基づく憲法理論を説き、大正デモクラシーの理論的指導者として活躍した公法学者佐々木惣一(京都帝国大学法学部教授、1878~1965)の生涯を描いた初の評伝である。

大正デモクラシー期に活躍した公法学者としては、天皇機関説を唱えた美濃部達吉(東京帝国大学法学部教授)の名がよく知られるが、立憲主義的な学説を唱えたのは美濃部だけではなかった。佐々木はその代表的論者の一人であり、美濃部と並んで、明治憲法がもっていた良質の可能性を最大限に発揮させた人物とされている。佐々木は、厳格な法解釈に立脚した堅実な学風で知られ、その理論的厳密性はしばしば美濃部以上と評される。

本書は、ドイツ憲法学の日本に対する影響を素描しながら、佐々木の思想、活動を丁寧に描き出している。

佐々木は鳥取県出身で、1903年に京都帝国大学法科を卒業した。じつは彼は、京都帝大法科の一期生であった。そもそも京都帝大は、「真の学府」をつくろうという西園寺公望文相の構想をもとに創設され、草創期の法科では、東京帝大法科にはないさまざまな斬新な試みを行なっていた(潮木守一『京都帝国大学の挑戦』講談社学術文庫)。

暗記に偏した一方的な知識の教示を排し、学生の自発的探究を刺激する指導が基本方針として掲げられ、その一環として、演習、卒業論文が必須とされた。佐々木はこうした自由な学風のなかで育まれ、公務員の不法行為に対する国家賠償を扱った卒業論文が高く評価された結果、母校に教官として残ることになった。

当時、帝国大学の教官の多くは、助教授時代に欧米に留学した。佐々木も1909年から約3年間ドイツで学んだ。ハイデルベルク大学では、国家法人説を唱え、日本の天皇機関説にも大きな影響を与えた公法学者ゲオルグ・イェリネックの薫陶を受けた。

著者は、佐々木がベルリン大学滞在中、イェリネックの系譜を継ぎ、ヴァイマール共和国期にドイツを代表とする公法学者となるゲルハルト・アンシュッツの講義を受け、深く影響を受けたと指摘する。当時ドイツには、東大法科の若き助教授であった吉野作造も留学しており、彼との交遊も佐々木に刺激を与えた。こうしたドイツ留学時の経験も、佐々木の学風を形づくった。

大正・昭和初期、佐々木は憲法・行政法分野における京都学派の代表的人物として、言論界でも活躍した。「超然内閣」を批判し、立憲主義を擁護するために『大阪朝日新聞』で行なった連載「立憲非立憲」は、大正デモクラシーの風潮を代表する著作物として名高い(『立憲非立憲』として講談社学術文庫から復刻出版され、今日でも容易に読むことができる)。佐々木は普通選挙を支持する論陣も張っており、「戦う知識人」であったと言える。

1933年、瀧川事件(京都帝大教授で刑法学者の瀧川幸辰を文部省が一方的に休職処分にした事件)が発生し、京都帝大法学部の教官は抗議のため多数が辞職した。教授陣の中心人物であった佐々木も大学自治の擁護に努めたが、敗れて大学を去ることになった。

この間の経緯については、著者の『瀧川幸辰』(ミネルヴァ書房)、松尾尊兊『滝川事件』(岩波書店)に詳しいが、本書では新史料を用い、佐々木の行動に焦点を当てながら、新たな考察を行なっている。

第二次世界大戦後、佐々木は近衛文麿元首相の依頼で憲法改正草案を作成した。しかしこれは、同時期に幣原喜重郎内閣が作成していた、いわゆる松本草案も含めてGHQが容れるところとならず、憲法改正はGHQが主導するかたちで進められた。

佐々木は貴族院議員として憲法改正草案の審議に参画したが、戦前の過ちは明治憲法自体の欠陥によるものではないとの考えから、新憲法案に一貫して反対した。また、東京帝大教授の宮沢俊義が唱えた八月革命説(ポツダム宣言受諾により明治憲法が変質したとする)は認めなかった。

一方で日本国憲法については、占領下で成立したという事情のみをもって改正が必要だという主張には与さなかった。この間の佐々木の主張の論理一貫性は、注目に値する。佐々木の生涯と言論活動の軌跡から、明治立憲制の歩みが鮮やかに見えてくる。

 

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