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【いま、民主党政権を振り返る】 第2回 ・政治主導がもたらした外交不全

2012年09月21日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

 最大の問題は外政指導力の不足

 外交上大きな方針転換を行なうには、十分な検討に基づいて適切な目標を設定して事務的に政策を詰めていき、しっかりとした国内基盤をつくりだして対外的に交渉していくというプロセスをふむ必要がある。政治主導を標榜した民主党政権の外交が結果を出せないのは、国際環境の厳しさ以前に、こうした外政指導の力量が不足していたからである。鳩山首相が就任早々国連総会で2020年までに1990年比でCO2を25%削減する方針を表明したことはその典型例である。実現可能性の不明な目標を関連アクターの確たる支持を得ることなく国際的に宣言しても、結局掛け声倒れに終わり、国際交渉を主導するどころか、日本への信頼が損なわれるだけである。

 鳩山政権は、普天間基地問題でも、これまでの経緯や背景を理解することなく安直に見直し方針を打ち出し、日本の関係省庁や沖縄と米国政府とがようやく見出した妥協点をいとも簡単に崩してしまった。鳩山内閣は、官僚を同席させない閣僚間協議でことを進めようとしたために共通了解の確認も不十分で、関係閣僚の発言の不統一をもたらした。

 TPPについても、2010年10月1日の所信表明演説で、与党内での調整を行なうこともなく菅首相が唐突にアジェンダ化し、党内の強い反発を招いた。菅首相が「平成の開国」と銘打ったことも、不必要に不安感を高める一因になった。元来反執行部的で選挙基盤も弱い小沢グループにとっては、執行部にゆさぶりをかける好材料にもなった。自民党も農村に基盤を持つ保護主義傾向の議員と自由貿易や対米関係重視の議員をともに抱えており、国会のねじれ状況の中で、TPPの扱いはきわめて微妙なものになっていく。野田首相は2011年11月のホノルルAPEC前の記者会見で、TPP交渉参加に向けて関係国と協議すると表明したが、その後は動きが進展せず、2012年9月に開催されたウラジオストックAPECでも交渉参加表明は見送られた。自民党と異なり、民主党では、意見対立を収束させる党内メカニズムが確立しておらず、TPPは引続き党の分裂をもたらしかねない火種として残っている。

ソフト・パワー重視はどこへ

 政権交代前から民主党には安全保障政策がないと批判されてきた。実際、政権交代前の2009年衆議院選挙のマニフェストには防衛に関わる記述は皆無であった。これまでの言動から判断すれば、民主党政権は、軍事力などのハード・パワーよりも文化交流や国際的な人的ネットワークを通じたソフト・パワーに力点をおく外交・安全保障政策を展開するかと思われた。

 たしかに、抑止力発言に象徴されるように、軍事力の必要性に対する鳩山首相の無理解は甚だしかった。だが、鳩山政権が検討に着手し、菅政権下の2010年末に策定された新しい防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画では、基盤的防衛力構想からの脱却を明言し、動的防衛力の整備や安全保障協力のネットワーク化を唱えるなど、中国へのヘッジを強く意識した的確な方向性が示された。民主党政権が現実的な防衛政策を採用したことは、外交・安全保障をめぐるおおまかなコンセンサス形成という点で、政権交代の成果の一つといえるだろう。

 ハード・パワーについてはよい方に期待を裏切った民主党政権だが、ソフト・パワーに関しては事業仕分けの名の下にむしろ軽視する姿勢が顕著である。政権交代直後に行なわれた行政刷新会議の事業仕分けは、国際文化交流や日本語教育の担い手である国際交流基金の運営資金の国費相当全額を国費返納という判定を下し、942億円の運用資金のうち、日米、日中の交流事業等に関わる600億円を除く342億円が国庫に返納された。今年1月の独立行政法人見直しについての閣議決定は、国際交流基金と国際観光振興機構の統合あるいは連携強化の検討を求め、6月の行政事業レビューも、広報文化センターの活動や配置について「抜本的見直し」と判定している。
 
 政権交代直後の仕分けでは、長らく日本の国際知的交流の拠点であった日本国際問題研究所(国問研)への補助金も廃止とされた。結局補助金はスキームをかえて持続したが、今年6月の行政事業レビューでは、再度「廃止」と判定されるなど、国問研は不安定な状況におかれている。

 だが、何よりも日本のソフト・パワーを損なったのは、特に鳩山政権における外交の迷走である。政権交代そのものは、日本における民主主義の深化を示すものとして、海外でも好感をもって迎えられたが、それが失望に変わるのも早かった。安倍政権から続く政権の不安定性も日本のソフト・パワーを弱体化させてきた。関係閣僚の交代も頻繁で、民主党政権の3年だけでも、首相が3名(鳩山、菅、野田)、外務大臣が4名(岡田、前原、松本、玄葉)、防衛大臣が4名(北澤、一川、田中、森本)とめまぐるしく変わっている。これでは一目おかれる交渉相手になることは不可能というものであろう。福島第一原発事故対応の混乱や場当たり的な原子力政策の変更も日本政府の統治能力に対する国際的な信頼を損なっている。

長すぎた「学習期間」を抜けるには

 「先進国/新興国複合体」における外交指導は、いかなる政権にとっても容易なものではない。そうであるとしても、民主党政権下で生じた外交・安全保障上の問題には、自らが招いたものがあまりにも多い。政権交代のコスト、民主主義のコストと言えばそれまでだが、それにしても「学習期間」は長すぎた。安倍政権以降の政権の不安定化は、日本の「自己周縁化(self-marginalization)」をもたらしてきたが、民主党政権はその流れを止めるどころかますます加速させてしまっている。

 とはいえ、鳩山政権は別として、菅政権以降の民主党政権が外交・安全保障分野でなんら学習せず、成果を上げてこなかったというと公平ではない。オスプレイ配備問題などはあるにせよ日米同盟重視の姿勢は堅固なものとなったし、防衛分野でも現実的な政策が採用された。中国の攻撃的な対外政策に対応して、オーストラリアやフィリピン、インドといった国々との安全保障協力も進展した。韓国とも、歴史問題や領土問題で急ブレーキがかかり、結果を出せなかったとはいえ、あと一歩でGSOMIAを締結するところまで土台づくりを進めていたことは評価に値する。

 だが、台頭する中国を焦点とする東アジアの地政学的変動に対応するには、まだ十分とはいえない。TPPを通じて、安全保障秩序と経済秩序が乖離する状況を緩和していくことは喫緊の課題であり、そのために分裂した国論を乗り越えていく必要がある。周辺国との小競り合いが常態化する中で、主要国間の紛争を管理可能なレベルに抑制するような慣行を作り出していくことも不可欠である。特に中国との関係では新しい状況にみあった相互抑制の原則を確立していかなければならないが、そのためには様々なヘッジ策をとりながらも、日中間で小手先に終わらない本格的な外交を進めていかなければならない。

 そうした力強い外交を展開するには、一年以内に行なわれる衆議院選挙と参議院選挙の結果、外政指導力をもった安定政権が登場するまで待つしかないのだろう。来たる選挙での苦戦が予想される政権に力強い外交を期待することは難しい。しかし、競争の側面を濃くする国際環境の中では、政局の安定までの期間を無為にすごすことは許されない。民主党政権には、TPPや集団的自衛権などで問題を先送りせず、残り期間で前向きな成果を残すよう求めたい。そして、民主党を含めて次に政権を担う可能性のある全ての勢力が「先進国/新興国複合体」にふさわしい骨太で立体的な外交・安全保障構想を提示することを期待する。
(2012年9月21日*無断転載禁止)

 

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