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【天才の光と影 異端のノーベル賞受賞者たち】第24回 ロジャー・ペンローズ(2020年ノーベル物理学賞)

2024年01月05日 公開

高橋昌一郎(國學院大學教授)

「ブラックホールの特異点定理」を証明し、「ペンローズ・タイル」を考案し、「量子脳理論」を妄信する天才

ロジャー・ペンローズロジャー・ペンローズ(2020年)

どんな天才にも、輝かしい「光」に満ちた栄光の姿と、その背面に暗い「影」の表情がある。本連載では、ノーベル賞受賞者の中から、とくに「異端」の一面に焦点を当てて24人を厳選し、彼らの人生を辿る。

天才をこよなく愛する科学哲学者が、新たな歴史的事実とエピソードの数々を発掘し、異端のノーベル賞受賞者たちの数奇な運命に迫る!

※本稿は、月刊誌『Voice』の連載(「天才の光と影 異端のノーベル賞受賞者たち」計12回)を継続したものです。 

 

偉才の揃った家族

ロジャー・ペンローズは、1931年8月8日、イギリスのエセックス州コルチェスターで生まれた。

コルチェスターは、ロンドンの北東80Kmに位置する歴史的都市である。紀元43年、ローマ帝国が北上してブリタニアを征服した際、要塞「カムロドゥノン」を首都に定めた。

その後、この都市を占領したアングロサクソン人が、ローマの「植民地(コロニア)」と「要塞(チェスター)」と呼んだのが、英語名「コルチェスター」の由来である。市内には、今も約2000年前にローマ人が築いた壁の遺跡が残り、イギリスで「最古の都市」と呼ばれている。

ペンローズの父親ライオネルは、1898年にロンドンで生まれ、ケンブリッジ大学医学部を卒業した。第1次世界大戦中は「良心的兵役拒否者」として英国赤十字社に勤務し、フランスの病院で奉仕活動を行った。

その後、ケンブリッジ大学大学院に戻って精神医学を専攻し、医学博士号を取得した。とくに「統合失調症」の研究で著名であり、その症状を判定するための知能テストを開発したことでも知られる。

1928年、30歳のライオネルは、ケンブリッジ大学医学部を卒業したばかりの27歳の医師マーガレット・リーセスと結婚した。マーガレットは「何事に対しても知的好奇心を抱き、ユーモアに溢れ、ユニークな心の繊細さを兼ね備えた女性」だという。

結婚後のライオネルは、コルチェスター市民の精神医学上の問題を追跡して、遺伝的要因と環境的要因を分析する「コルチェスター調査」と呼ばれるプロジェクトを主導した。1938年、彼はその調査報告書「精神障害1280例に基づく臨床・遺伝研究」を発表し、その成果が高く評価されて、王立協会のフェローに選ばれた。

ペンローズ夫妻は、4人の非凡な子どもを儲けた。1929年に生まれた長男オリバーは、数学と物理学に優れた才能を示し、オープン大学とヘリオットワット大学で数学科の教授を務めた。ペンローズは、次男である。

1933年に生まれた三男ジョナサンは、心理学者でありながら1958年から1969年の間に10回もイギリスの「チェス・チャンピオン」となり、1993年には「グランドマスター」の称号を得ている。1945年に生まれた長女シャリーは、医師免許を取得し、さらにロンドン大学医学部教授として癌の遺伝的研究を行った。

ペンローズの家族は、全員がチェスを楽しみ、夕食時には数学や物理学、遺伝学や精神分析学といった話題が飛び交った。10歳のペンローズは、幾何学に興味を抱き、画用紙を切り抜いて、さまざまな多面体を作った。

とくに彼に数学的思考の刺激を与えたのは、兄のオリバーだった。彼はペンローズよりも2歳年上であり、さらに飛び級で2年上級のクラスにいたため、弟よりも4年先の数学を学んでいた。

 

ロンドン大学からケンブリッジ大学へ

第2次世界大戦が終結した1945年、父親ライオネルはロンドン大学医学部の教授として迎えられた。長男オリバーと次男ペンローズは、父親の勤めるロンドン大学に進学した。その最大の理由は、教授の子息は授業料が全額免除されることにあった。

のちにペンローズは、「両親は、兄か私のどちらかに医学を継いでほしかったが、2人とも大学で数学を専攻したので、がっかりしていた」と述べている。

1952年、ロンドン大学数学科を最優秀成績で卒業したペンローズは、すでに兄オリバーが進学していたケンブリッジ大学大学院に入学した。オリバーは、大学院では物理学科で統計力学を専攻したが、何よりも純粋数学に興味を持っていたペンローズは、数学科で代数幾何学を専攻した。

ペンローズは、ケンブリッジ大学でとくに3つの講義に感銘を受けたと述べている。

第1はヘルマン・ボンディによる「魅力的な一般相対性理論」、第2はポール・ディラック(本連載【第11回】参照)による「まったく別の意味で美しい量子力学」、第3はストゥールトン・スティーンによる「ゲーデルの不完全性定理とチューリング・マシンに目を開かせてくれた数理論理学」だった。

これらの3つのコースは「代数幾何学の専攻とは何の関連もなかった」にもかかわらず、ペンローズのその後の人生に大きな影響を与えていることが興味深い。

1957年、26歳のペンローズは代数幾何学の博士論文で博士号を取得した。彼の指導教官は、代数的不変式論や群論の研究で知られるジョン・トッドである。ペンローズは、あくまで純粋数学の研究者として博士論文を仕上げたことがわかる。

その後、ペンローズはケンブリッジ大学の研究員となったが、この頃から彼の興味は数学から物理学に移っていた。1959年、「NATO研究フェローシップ」を獲得したペンローズは、アメリカに渡り、プリンストン大学とシラキュース大学の客員研究員となった。

そこで28歳のペンローズは、アメリカ人のジョーン・ウェッジと結婚した。夫妻は3人の息子を儲けたが、1980年代に離婚している。プライバシーに配慮するため、ジョーンと息子たちに関する情報は公開されていない。

ペンローズは、1961年から2年間をロンドン大学研究員として過ごし、再びアメリカに渡って1963年にはテキサス大学オースティン校客員准教授として迎えられた。1964年、ペンローズはロンドンのバークベック大学専任講師に就任し、1966年に応用数学科の教授に昇進した。

 

「特異点定理」によるノーベル物理学賞受賞

1960年代のペンローズは、アルベルト・アインシュタイン(本連載【第8回】・【第9回】参照)の一般相対性理論が予測する「特異点」の問題を数学的に追究した。物理的な「特異点」とは、「大きさがゼロで密度は無限大」であり、「重力場が無限大になって時空が崩壊する点」を意味する。

1965年、ペンローズは、一般相対性理論の帰結として、重力崩壊する恒星が「特異点」を実際に生じさせることを数学的に厳密に示した。これが彼の「特異点定理」である。

その後、ペンローズはケンブリッジ大学の宇宙物理学者スティーブン・ホーキングと共同研究を開始し、1969年には宇宙の初期状態も「特異点」であることを数学的に導いた。つまり、現在の宇宙のビッグバンは「特異点」から始まったわけである。

ホーキングは、21歳のときに飛び級でケンブリッジ大学大学院に進学した直後、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を発症した。当初は余命4~5年と告知されたが、ホーキングの症状は奇跡的に進行が遅くなったため、彼は、それから55年間にわたって、最先端宇宙論に大きな影響を与える論文を発表し続けた。

一般に強く重力崩壊する星はブラックホールになるので、「特異点」もブラックホール内部に発生し、外部宇宙には影響を及ぼさない。

ところがブラックホール外部にも、ブラックホールという「服」をまとわない「裸の特異点」が存在する可能性がある。これは数学的に導かれた解の一つにすぎないが、現実に「裸の特異点」が存在するのは不気味である。

そこでペンローズが考案したのが「宇宙検閲官仮説」だった。要するに、宇宙は「特異点」をブラックホール内部に隠すように検閲するので「裸の特異点」は存在しないという仮説である。この仮説が正しければ、物理法則の限界に関わる必要もなくなる。

さて、茶目っ気のあるホーキングは、1974年12月、カリフォルニア工科大学の宇宙物理学者キップ・ソーンと、はくちょう座X-1がブラックホールであるか否かについて、ヌード雑誌1年分を賭けることにした。

実は、それまでの観測結果から、2人ともX-1がブラックホールであることを確信していたが、ホーキングは自分の信念の反対に賭けた。

「ブラックホールが存在しないほうに賭けておけば、少なくとも賭けに勝ったという慰めを得ることができるからね」というのが、その理由である。この賭けに勝ったソーンは『ペントハウス』誌1年分を入手したが、それを見つけた彼の妻から大目玉をくらったという。

1991年9月、再びホーキングはソーンと「裸の特異点」が現れるかどうかの賭けをした。その後、ブラックホールの臨界状況を示す理論により、非常に特殊な状況下では「裸の特異点」が発生することがわかった。再び賭けに負けたホーキングは、今度はヌード女性を大きく描いたTシャツをソーンに送った。

1997年、ホーキングはソーンとの3度目の賭けで「一般的な条件下で『裸の特異点』は発生しない」を選んでいる。この答えは今も謎のままだが、ホーキングの賭けに負ける習性によれば、現実の宇宙に「『裸の特異点』は発生する」のかもしれない!

2020年度のノーベル物理学賞は、「ブラックホール形成が一般相対性理論のごく自然な帰結となることの発見」に対して、ペンローズとカリフォルニア大学ロサンゼルス校のアンドレア・ゲズとカリフォルニア大学バークレー校のラインハルト・ゲンツェルの3名に授与された。もしホーキングが2018年に逝去しなければ、彼も共同受賞していたに違いない。

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著者紹介

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授

1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在、國學院大學文学部教授。専門は論理学、科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。情報文化研究所所長、Japan Skeptics副会長。

X(旧 Twitter):https://twitter.com/ShoichiroT

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