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裏垢すら不安...「SNSで映えを狙わなくなった」若者の複雑すぎる心境

2023年05月25日 公開

金間大介(金沢大学融合研究域融合科学系教授)

 

準備運動:普通に自慢してみるとどうなるか

仮想敵との本格的なバトルの前に、準備運動として、ちょっとした思考実験をしてみよう。仮に、あなたに自慢したいことがあったとして、それをまったく隠すことなく投稿してみたらどうなるか。

たとえば、「ジム終わり」と題して、筋肉の写真を投稿したとしよう。仮想敵から見たら、きわめて無防備な状態である。頭の中に、多数の仮想敵を宿しているあなたの場合、敵にこんな防御力のない投稿を見つかってしまえば、「筋肉自慢とかナルシスト? w」などと、すぐにあなたの精神に特大ダメージを与えようとしてくるだろう。

そこで、あなたはこの仮想敵を封じ込めるべく、「親しい友だち」リストを作成し、自分の自慢投稿を見せてもいいと思える人のみをリストに加えることで、公開範囲をリストのメンバーのみに限定する。こうして、対象をきわめて少数に限定しつつも、ささやかな承認獲得欲求を満たすことに成功する。

これを、普段使用するアカウントとは別のアカウント、いわゆる「裏垢」として活用することで、「ただの自慢」も笑って聞いてくれる友達にだけ投稿が見えるようにする。と、これで一件落着なら、ことは簡単だ。

しかし、そうは問屋が卸さない。その「親しい友だち」リストに間違いはないのか。仮に、あなたにとって、日常的に顔を合わせる人が10人いたとすると、自慢投稿を見せられるのはせいぜい3人程度だろう。よって、あなたはその3人を親しい友だちのリストに追加する。

そこで、あなたはふと気づく。「もし残りの7人に、親しい友だちリストに入れていないことがばれてしまったら......」。

「え⁉北形君、同じグループだと思ってたのに......どういうこと?」。再び仮想敵の攻撃が始まる。すぐにほかの7人も入れなくては。こうして、結果的に裏垢は裏垢ではなくなる日が近く訪れる(仕方ない、裏垢の裏をかいた「裏裏垢」をつくるとしようか)。

なお、もちろんそんなことは気にせず、投稿を続ける人もたくさんいる。そこで、そんな投稿を集めて分析してみると、基本的に投稿の内容やスタイルが一貫していることがわかってきた。

筋肉の例で言えば、自分のお気に入りのパーツ(たとえば上腕二頭筋)を、毎回アップにして「#上腕二頭筋ラブ」とハッシュタグをつけたり。

そうすると、明らかに周りから「この人は筋肉大好き」「ジム通いが趣味」と認識される状態になる。こうなると、安定期に入ったようなものだ。仮想敵も飽きてきて手を出さなくなる。

さらに分析を深掘りして、「いいね」の数を追跡してみると、「ジム×筋肉」といった通常モードの投稿よりも、たまに差し込まれる非通常モードの投稿、たとえば「回らないお寿司食べに来ました!」「期末試験、終わりました(いろんな意味でw)」といった投稿のほうが「いいね」の数は圧倒的に多かったりする。

それでもなお、「ジム×筋肉」の投稿を続けている様子を見ると、要するに本人はもはや「いいね」など気にしていないのだろう。趣味の日記をつけているような感覚なのかもしれない。

 

第一回戦:筋肉を自慢したければ友だちと海に行く

あらためて「準備運動」を復習してみよう。ナイーブで、他人の気持ちにとにかく敏感ないい子症候群の若者たちは、それでも「承認獲得欲求」や「所属欲求」を満たすべく、SNS投稿を試みる。しかし、そのとき、次のような脳内バトルを避けて通ることはできない。

・戦い前夜:鍛えた筋肉を誰かに自慢したい、認めてほしいと思い、筋肉の写真をSNSに投稿しようと考える
・戦い:これに対して仮想敵は「ナルシストできもい」「自慢か」と心無い言葉を投げかけてくる
・敗北:そんなふうに思われたとしたら、もう恥ずかしすぎて生きていけない
・反省:「自信のある身体を見てほしい」という気持ちが透けて見えるような投稿は、決してしてはいけない

しかし、だ。ここで諦めてはいけない。負けは弱さの証明ではない。負けは試練であり、学びなのだ(金間先生、どこかで聞いたような名言ですね)。実際、鍛えた筋肉を誰かに褒めてほしいという気持ちに、嘘偽りはない。

もう一度考えよう。「親しい友だち」も「裏垢」も、もはや安全圏とは言えない。仮想敵に対する防御力をもっと上げなければならない。

「自慢投稿」と思われた瞬間に360度の全方位攻撃を受ける以上、そもそも自慢だと気づかれないように投稿するしかない。どうしたら、筋肉の自慢だと思われないように筋肉の自慢をすればいいのか。

たとえば、友だちと海に行くというのはどうだろう。友だちと海で遊んだときの集合写真と、「海サイコー」の一言とともに投稿する。これなら友だちが大好きでしょうがないあなたが、友だちとの思い出を青春の一ページとして投稿しているだけだ。

もし仮想敵が何か言いたげな顔をしてきたとしても、これは「楽しい思い出を共有したい、記録に残したいから投稿したんだよ」と言い返せる。

たしかに、偶然にもあなたの鍛え抜かれた美しい大胸筋が映ってはいるけど、そんなのは投稿の主旨にまったく関係ない。

仮に、たまたま完璧な角度で夕日が腹筋の割れ目に影を落として、より一層、筋肉の高低差が強調されていたとしても、あくまで見てほしいのは、大好きな友だちの笑顔だ。これだ。完璧!(天才!)。

いまの若者たちの、何とも涙ぐましい努力。ただ、実際にこの域に到達する若者は少数派かもしれない。それが本垢ならなおさらだ。大多数は途中で心の声に屈し投稿を断念するか、別垢や裏垢で少数の友だちに見てもらう程度だろう。

 

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