2012年06月18日 公開
2023年09月15日 更新
5月末、在京中国大使館の一等書記官がスパイ活動を行っていたのではないかという疑惑が報じられ、いっとき大きなニュースとなった。この書記官は、日本で不正に外国人登録証明書を取得し、ウィーン条約(※)で禁じられている商業活動を行っていたとして、外務省を通じ警視庁から出頭を要請されたが、要請には応じずそのまま帰国した。これだけなら、いち外交官が在外勤務中に不正蓄財をしようとした事件にすぎないのだが、問題は、この書記官が人民解放軍総参謀部に所属する仮面外交官、つまりスパイだったという疑惑があることである。
ただ、報じられている内容を見る限り、この“スパイ書記官”の活動は“スパイ大国中国”を強調しようとするニュースの趣旨とつり合っていなかった。断っておくが、筆者は中国の諜報活動の脅威を軽視しているわけでは全くない。しかし、件の書記官が「日本の大学や研修機関にも所属し、政財界へも幅広い人脈を広げて」いたことなどは、むしろ当然のことのように思われた。外交官を赴任相手国の有名大学やシンクタンクで研修させるのはどこの国でも行っていることであり、相手国の政財界にコネクションも持っていないような外交官は、きちんと仕事をしていると言えない。もちろん、この書記官が報道されていない諜報活動を行っていた可能性は否定できず、余罪は入念に調べられるべきだが、なぜ、このニュースがそれほど大騒ぎになったのか、正直分からない程度の内容だった。中国側のスパイ、あるいは不用意に情報を漏洩する日本の政治家などへの警告がこめられていたのだろうか。
中国が膨大な数の諜報員(スパイ)を抱え、諜報活動を行っているのは事実である。前述の人民解放軍総参謀部第二部は、軍事情報に関する情報収集やスパイ活動を担当している。ちなみに、最近関心が高まっているサイバー空間における諜報活動は、第三部が担当していると言われている。それ以外に、国務院に属する国家安全部(省)は、世界一の人員を有する情報機関でないかと言われているが(といっても、その詳細・陣容は明らかではない)、海外だけでなく中国国内での諜報活動も担当している。また、このように典型的な「情報機関」に属している人間でなくとも、党や政府から情報収集の任務を帯びている者、金銭で雇われた者、弱みを握られ利用されている者などが、ビジネスパーソン、研究者、留学生、サービス業従事者としてスパイ活動を行うこともある。スパイかそうでないかの見分けは非常に難しい。
かといって、周囲の中国人すべてを常に警戒するのは、疑う側も疑われる側もストレスが溜まる。諜報活動と関係のない一般の中国人、特に同僚や友人にまで疑いの目を向けなければならないとすれば、良心の呵責を感じる人もいることだろう。どうすれば良いかといえば、対策はそれほど難しいことではない。過度の接待は受けない、不適切な報酬は受け取らない、相手が誰であろうと(中国人であるか否かにかかわらず)漏らしてはいけない情報は漏らさない、という当然のことを守りさえすればいいのである。もてなしと賄賂の区別は、家族、同僚、上司、社会に知られても全く問題ないと考えられる内容であれば、心配しなくともまず大丈夫である。
これらの常識的な対応は、当然、政治家や公務員にも求められる態度だが、有する機密と社会的責任の重さから、彼らにはより一層の注意が必要とされるのは言うまでもない。にもかかわらず、日本の政治家は秘密保全に対する認識が甘いというのはよく指摘されるところであり、その原因の一つとして、情報を漏洩してもそれほど重い罰則を受けないとうことが挙げられる。国民の知る権利をどう担保するかということに留意しつつも、スパイ防止法や秘密保全法の成立に向けた検討が進められるべきであろう。
※「外交関係に関するウィーン条約」第42条。
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更新:11月22日 00:05