2021年06月28日 公開
2021年06月30日 更新
米国を中心に、アジア系住民に対するヘイトクライムが増加している。この問題は、米国と中国における人権外交にも影響する。米中の狭間に立つ日本は、人権問題にいかに向き合うべきなのか。高崎経済大学准教授で米国政治に詳しい三牧聖子氏が提起する。
※本稿は『Voice』2021年7月号より一部抜粋・編集したものです。
今年3月の米アトランタの銃撃事件後、ジョー・バイデン大統領は「アジア系住民への暴力は米国の価値観に反する」と明言し、憎悪犯罪の取り締まり強化の方針を打ち出した。
4月には、議会上院が、アジア系住民への憎悪犯罪の防止に向けた法案を超党派の賛成多数で可決した。日系のメイジー・ヒロノ上院議員(民主党)らの提案によるものだった。同法案は5月18日、下院でも賛成多数で可決した。
もっとも、アジア系住民に対する暴力への取り組みはたんなる国内問題ではない。人権をめぐって米中が対立を深める現在の国際関係にあって、外交上も重要である。
バイデンは大統領就任以来、人権を重要な外交目標の一つとして掲げ、中国による反体制派や少数民族の人権侵害を厳しく批判してきた。
3月にアラスカで行なわれた米中外交トップ会談では、アントニー・ブリンケン国務長官とジェイク・サリバン大統領補佐官が、中国政府による新疆ウイグル自治区での人権侵害や香港での民主派弾圧を厳しく批判した。
こうした文脈において、米国内の人種差別や人権蹂躙は、外交上の弱みとなる。事実、中国はアラスカ会談後、報復の意図を込めて、米国の人権状況に関する長文の報告書を発表した。
ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動が全米に広がるきっかけとなった黒人男性ジョージ・フロイドの「息ができない」という言葉から始まる報告書は、有色人種に対する差別や犯罪などを具体的に列挙しながら、米国内で人びとの生命や権利がさまざまに蹂躙されている状況で、他国の人権侵害を批判するのはダブルスタンダードだと厳しく批判するものだった。
急増するアジア系への暴力は、中国にとって、バイデンの人権外交の欺瞞性を批判する格好の材料である。
3月初めにサンフランシスコで76歳の中国人女性が暴行されると、新華社通信は、この事件に示された米国の人種差別主義は氷山の一角にすぎないとして、歴史的に米国が、先住民や黒人奴隷、中国人労働者をいかに差別してきたかを書き立てた。
アジア系住民への差別や偏見の歴史は長く、根深い。憎悪犯罪対策法の成立は差別解消に向けた第一歩にすぎない。
根本的には、アジア系住民のエンパワーメントを促すような教育や機会の提供を通じ、米国社会で異端視され続けてきたその地位を変えていく努力が必要である。
更新:11月22日 00:05