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金正日総書記死去とインテリジェンス

2011年12月27日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

 2011年12月19日正午の特別放送で、北朝鮮は金正日総書記が17日に死去したと発表した。北東アジアの安全保障環境を激変させる出来事だけに、各国のインテリジェンスがその能力を試されることにもなった。

 韓国では、まず情報機関が事前に情報を把握していなかったのかが政治的な問題となり、他国も同様に把握できていなかったと説明がなされている。ついで、本当に金正日氏が視察途中で死去したのかについて、一時韓国の主要情報機関が異なる見解を示したことも問題視された。国家情報院が衛星情報などから金正日氏が移動で利用する列車が動いていなかったとして、視察中の死は虚偽との見解を示したのに対し、韓国軍は当初、専用列車は動いていたとの見方を示した。その後軍が見解を修正し、国家情報院の判断が正しいということで落ち着いたが、いずれにしても、金正日氏が使用する列車が韓国(あるいは米国)のイミント(画像情報に基づくインテリジェンス)の対象となっていたことをうかがわせて興味深い。電波情報に大きな変化がなかったことが移動中の死を虚偽とする傍証とされるなど、当然ながらシギント(信号通信情報に基づくインテリジェンス)もフル活用されたはずである。韓国では金正日氏の死亡日時についても疑念がもたれており、金正日氏の死の実相については、これからまだまだ様々な事実が出てくる可能性もある。

 日本では内閣情報調査室が10時8分の段階で、正午に特別放送が行われることを官邸に伝えている。北朝鮮メディアは10時に正午の特別放送を予告しており、それをキャッチしたものと推察される。内調自身がキャッチしたものかどうかは不明だが、少なくとも長年北朝鮮のラジオ放送などをモニタリングしているラヂオ・プレスがこの情報をキャッチし、その重要性と併せて内調等に伝えたことはほぼ間違いないであろう。内調は10時39分に、金日成主席死去など過去の特別放送の例をリストアップして官邸に伝えており、遅くともこの時点で官邸は正午に北朝鮮できわめて重要な発表があることを把握していたことになる。

 だが、もっとも早く確実な情報を得ていたのは当然のことながら中国である。報道によれば、中国は、金正日氏が死去したとされる17日には駐北朝鮮大使が情報を入手しており、翌日には北朝鮮政府から外交チャネルを通じて正式な通知を得ている。前者については北朝鮮政府内の協力者から得た情報(すなわちヒュミント=人的情報に基づくインテリジェンス)ということになるのだろう。中国は18日の段階で金正恩氏の後継を支持するなどの対応を決めている。

 金正日氏の死去をいち早く察知することができれば、その分余裕をもって対応することが可能になるわけで、これだけの重大事でその意義は強調してあまりある。ただし、それは死去が発表されてしまえば消えてしまう優位性でもある。ラヂオ・プレスは、金正恩氏の後見役とされる張成沢・国防委副委員長が大将の階級章をつけた軍服で登場していることを指摘するなど、地道な定点観測を行ってきた組織ならではの強みを存分に発揮しているが、今後北朝鮮の金正恩体制がどうなっていくのか、何らかの挑発的な動きがとられる可能性はあるのか、といった点についてはやはりオシント(公開情報に基づくインテリジェンス)だけでは限界がある。ラヂオ・プレスなどが有するオシント能力をさらに強化・活用することは当然として、日本のインテリジェンス能力を全般的に強化するにはどうしたらよいか、金正日氏死去前後の日本を含む各国の情報機関の動きから有益な教訓を引き出すべきところだろう。

(2011年12月27日掲載。*無断転載禁止)

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