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国内政治が決める「玄葉外交」の成否

2011年11月09日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

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 野田政権発足時、玄葉光一郎氏 (写真) の外相登用は、安住財相の起用と並んで疑問視する声が強かった。外交経験がないことがその根拠とされたが、就任から2ヶ月、玄葉外相は9月の国連出席を皮切りに、韓国訪問や東南アジア歴訪と、重要な外交日程を無難にこなしている。外交の素人と評された同外相だが、もともと外交への関心は強かった。10数年前、朝日新聞の船橋洋一氏は、外交政策新人類の一人に玄葉氏を挙げ、前原現政調会長と並んで民主党における「冷徹な現実主義を踏まえた上で日本の新たな外交理念を追求する戦略的思考に秀でた人材」と評していた。

 玄葉外相の外交姿勢にはいかなる特徴が見出せるだろうか。玄葉氏は外相就任時、日米同盟を基軸としながら、東アジアのリスクを最小化しつつ、成長の機会を最大化していきたい、と述べている。野田首相同様、現実主義的な外交方針に立脚しているといえそうだが、鳩山政権のような逸脱を試みるのでなければ、誰が外相であろうと同様の線に落ち着くであろう。

 多少なりとも玄葉色がうかがえるのは、価値の発信を強調している点である。たとえば、玄葉氏は、国力は外交・安全保障、繁栄、そして価値の総体である、と述べる。これについて、政治体制の異なる中国を排除する意図を詮索する向きもあるが、外相の意図はおそらく別のところにある。玄葉氏は国家戦略相時代から、日本ブランドの検討をおこなっており、日本の価値観をその中に織り込むことを考えていた。近年経済産業省を中心に、「クール・ジャパン」を世界に売り込もうという動きがあるが、玄葉氏には、日本文化の売り込みを超えた日本ブランドを発信したい、という問題意識があった。

 ここでいう価値観には、民主主義や人権、といった政治的価値というよりも、多様な文化を受け入れる柔軟性であるとか、誠実さといったものがイメージされているようである。それはある意味で日本とは何か、日本人とは何かを描くような試みであり、他所で指摘した (「国家ブランディングと日本の課題」『PHP Policy Review』Vol.3- No.16、2009年9月) ように、政府がそれを行うことは必ずしも簡単ではない。他方で、新興国の台頭や東日本大震災を受けて、日本の対外イメージを再構築する必要性は増している。玄葉氏が、東日本大震災、とりわけ原発の被災地である福島出身であることは、東北が震災から立ち直る姿を対外的に発信する上で効果的かもしれない。

 なお、政治的価値については、豪州や韓国、あるいはインドのようなそれを共有する国々との連携が、昨年末に策定された防衛大綱や今年6月の日米安全保障協議委員会(2+2)の共同宣言などで強調されており、菅政権以降の民主党政権の既定路線となっている。他方で、海上安全保障についてはベトナムなどとの協力強化も進められていることから、政治的価値観の異同が外交関係の踏み絵になっているともいえない。中国の台頭が地域の不安定要素となることへの懸念が日本と様々な国との関係強化をもたらしているといえようが、中国が覇権主義的な行動をとらないかぎり、中国を封じ込める固定した陣営形成につながるものではない。

 玄葉外相が日本ブランドの再構築を図ろうというのであれば、発信の改善にとどまらず、重要な外交課題を解決していくことが先決である。当面の大きな外交課題は、一つにはTPPであり、もう一つは普天間基地問題であるが、これらの成否はいずれも、対外交渉以前に国内のステークホルダーとの調整をいかに行うかにかかっている。TPPについては早晩交渉に参加するかどうか決定される見通しだが、仮に交渉参加を決定できたとしても、農業セクター他と具体的な利害をめぐって調整する難しい作業が続くことになる。

 この点玄葉氏は菅政権において国家戦略相と政調会長を兼務し、政府や与党の調整のみならず野党との折衝で汗をかいた経験がある。国家戦略相として「包括的経済連携に関する基本方針」のとりまとめも行っており、当時はTPPよりも、高度な二国間連携に力点をおいていたようだが、国内調整の難しさや重要性はよく知悉しているはずである。外相となった今、国内調整にあたることは必ずしも自らの役どころではないにしても、野田首相と相はかって重要課題をめぐる国内での調整・推進体制をしっかり構築し、国内議論の進捗をにらみながら、対外交渉に臨むという内外両にらみの外交を展開することが期待される。

 気がかりは、玄葉氏に危機対応での経験がないことである。昨年の尖閣沖衝突事件のような事態の再発、あるいはより大規模な有事が朝鮮半島等で発生した場合に、外交面で適切な対応ができるか不安が残る。これについては、玄葉氏に限らず、野田首相を含む政府首脳が参加する本格的な有事シミュレーションを行い、いざというときにどのように対処すべきか体得していくほかはないだろう。

 対外的な影響力や存在感を考えれば、外務大臣も首相同様一定期間在任することが望ましい。ヒラリー・クリントン氏が米国国務長官に就任して以来、日本の外務大臣は中曽根、岡田、前原、松本、玄葉と5人に及ぶ。自民党政権でも安倍晋太郎氏などを除けば外相の在任期間が長かったとはいえないが、2年程度の在職や外相を何度か経験することはままあった。民主党政権では、2年にしてすでに4人が外務大臣になっている。国連総会に行くたびに新任挨拶から始まる、というようなことでは充実した外交は展開できない。

 むろん単に在任期間が長ければいいというものではなく、玄葉外相率いる日本外交が歴史的なパワーシフトの中で成果を上げていくことが大前提である。そのためにも、まず国内政治のハードルを越えていかねばならない。日本の外交が匿名外交を脱し、「玄葉外交」と呼ばれうる内実を得ることができるかどうかは、まさにその点にかかっているといえよう。

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(2011年11月9日掲載。*無断転載禁止)
 

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