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TPP交渉への参加: “Turning Japanese”のイメージを打ち破れるか

2011年10月26日 公開
2023年09月15日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

 民主党政権が環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を目指す方針を発表して以降、この問題が盛んに議論されている。TPPに参加すべきか否かという問題だけではなく、その前段階である参加交渉に参加すべきか否かまでが争点となっているのは、日本の戦略性のなさ、主体性のなさをいかにも象徴しているようだ。

 TPPでは加盟国の間で物品の貿易にかかる関税が撤廃されるほか、知的財産権や投資、サービス、政府調達、人の移動など幅広い分野での障壁排除、標準化が目指される。財界や経済産業省が貿易自由化や経済連携に積極的であるのに対し、農業関連団体や農林水産省が国内農業への悪影響を訴え強烈に反対するという構図は昔から変わらない。TPPに参加した場合の経済効果について、内閣府は最大でGDPを約0.65%、3.2兆円押し上げる効果があると試算しているのに対し、農水省は約1.6%、7.9兆円のマイナスになると主張、経産省は参加を見送った場合は約1.53%、10.5兆円のマイナスになるという数字をはじき出している。それぞれの試算のもとになっている数値や仮説が恣意的だとの印象が否めない。

 TPP参加賛成派と反対派、双方の極端な主張を聞かされて、どちらが正しいのか判断に迷っている国民も少なくないだろう。結論からいえば、筆者は日本もTPPに参加すべきだと考えているが、TPPに参加すれば日本経済にバラ色の未来が開かれると信じているわけではないし、反対派の意見がすべて荒唐無稽だと考えているわけでもない。TPP交渉において、たとえば知的財産権や投資の標準化では、各国が自国企業や産業に有利な基準を設定させようと熾烈な交渉が繰り広げられるだろうし、例外品目は認めないとされている関税撤廃についても、当面の例外を認めさせようとする国とそうでない国との間で意見の衝突が起こるだろう。規制緩和については、それが医療や社会保障にどのような影響を及ぼすかも考慮しなければならない。

 しかし、TPPに参加すれば農業が壊滅的打撃を被るので参加すべきでない、という主張には同意しかねる。これまでも貿易の自由化が話題になるたび、農業の保護を理由とした強硬な反対が登場してきたが、結果、日本の農林水産業はどうなっているかといえば衰退の一途を辿っていると言わざるを得ない。農家の高齢化は進み、自給率は低下し、食糧安全保障が大事だと言いながら、他方で減反政策を維持し休耕・放棄される農地が増えている。日本政府や農林水産省がこれまで守ってきたのは、農業に従事する一部の人々の利益であって、農業という産業ではない。農業に関しては、これまで失政を重ねてきたことをこそ反省すべきである。

 貿易の自由化や経済連携は、日本製品の輸出力強化、相互の海外進出や投資を促進する一方で、競争力の弱い国内産業にはデメリットをもたらす。しかし、デメリットを厭い、日本が経済連携の動きに背を向けたところで、世界の方はひきこもり日本のことなどお構いなく連携の動きを進めていく。だとすれば、交渉の段階から日本も参画し、ルールや枠組みを作っていく際に日本の国益を反映させるよう努めるべきではないか。

 今年7月、英エコノミスト誌が、政治の機能不全を"Turning Japanese"(日本化)と揶揄したことが話題になったが、同じ頃から、経済が長期にわたり低成長から抜け出せない状況は"Japanization"とも呼ばれるようになっている。もし、日本がTPP交渉参加を見送っても「やはり、日本には無理だったね」と言われそうなのが残念な現実である。かつての中国のWTO加盟、また現在の韓国の積極的なFTA締結は、世界から高く評価された。両国がそのような決断をした背景には、当然、それぞれの国益や国内事情が存在するのだが、それでも国内の反対を押し切り、開放政策を進める決定をしたことが、両国の政策に対する外国企業や投資家の信頼向上につながったのである。国を開き、国際的な制度やルール作りに積極的に関与していく姿勢を示すことが、国の魅力・総合的な力を高める上でも重要だろう。

(2011年10月24日掲載。*無断転載禁止)
 

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