2016年12月09日 公開
2017年05月13日 更新
――世界最高峰の知性をもつHBSの学生たちが被災地の企業にどのようなコンサルティングを行なうのか。本書の読みどころの1つでしょう。たとえば宮城県南三陸町の農家、小野花匠園に対しては「南三陸での雇用を増やす」というミッションが屋根だとすると、それを支える3つの柱が栽培、加工、販売・配達であるという整理を行ないました。その結果、小野政道社長は売り上げの4割を占めていた大手スーパーとの取引を打ち切るという勇断を行なった。これで逆に利益は大幅に上昇したというのですから、見事なアドバイスといえます。
山崎 HBSの学生たちがスーパーとの取引について直接アドバイスしたわけではありませんが、課題や強みを整理してあげて、気付きを与えたといえます。それによって、栽培に加え、自社で価格を決められる販売力こそ小野花匠園の強みである、と再認識した小野社長が自ら決断したわけです。
――たった数日間の現地滞在で、そのような課題の整理ができるHBSの学生たちの能力は「すごい」といいたくなります。
山崎 学生たちのスキルに関していえば、前述の「ケース・メソッド」による教授法によって、マーケティングから会計まであらゆるケースについて考える訓練ができています。したがって、どんな課題に接してもすぐに対応できる力が身に付いていると思います。HBSに入学する前はコンサルティング会社に勤めていた学生もおり、そうした経験から得られたものもあるでしょう。何よりHBSの学生は、短期間の滞在でも被災地の企業に貢献したいという強い思いをもっている。ちょっと小ぎれいなプレゼンをして終わるのでは意味がない、自分たちが来たからには本物のインパクトを残したい、と考えていたのです。
――HBSの学生たちに接してきた経験から、山崎さんは「真のエリートはナイスな人」という事実を発見されたそうです。能力だけでもなく、人間的にも「ナイスな人」という意味だと思いますが、なぜそのような学生が育つのでしょうか。
山崎 やはり、教授たちの教育や研究に懸ける熱意が大きいと思います。さらに、日本の大学では教授と職員のあいだに距離がある場合も多いですが、HBSの教授たちは職員をチームの一員として扱ってくれます。そうした教授たちの態度から、学生たちもリーダーのあり方を自然と学ぶのでしょう。ただ、トップが人間的に素晴らしいのはHBSに限らず、私が以前に在籍していたマッキンゼーでも同じでした。多様性のあるチームをまとめるために、アメリカのエリートは意識して「ナイスな人間」になるように努めている気がします。その点、日本企業には上意下達で動く組織文化があり、部下が黙って従うから、上司のほうも甘えてしまっている面はあるかもしれません。
――本書の執筆を終えて、日本の教育でとくに改善すべきだと考えるようになったことは何でしょうか。
山崎 まず、自分の考えを深め、人の考えを知り、そのうえで、自分の考えを発表するという訓練ですね。日本で広く行なわれている教育では、ただ一方的に先生の話を聞き流しているだけで、相手の話を能動的に聞くこともできません。かつ自分の意見とは何かを考えることもなければ、それを発表することもない。「考える」「聞く」「話す」という基本の動作がまったく鍛えられない。私は日本の大学でそうした訓練を行なう講義を担当しているのですが、砂漠に水を撒くような徒労感を味わうこともあります。ほんとうは小学生のころから、そうした訓練をすべきでしょう。
――本書の刊行を節目として、山崎さんは十年勤めたHBSを辞めて、新たな道を歩く準備をしているそうです。今後の活動について教えてください。
山崎 並行して20年近く続けてきたいけばな(華道)を、新たなかたちで社会に広めていく活動をするつもりです。「美」に対する感度を強めることで、経営者や企業人の創造力や発想力を磨く場をつくり出していきたい、と考えています。
更新:11月22日 00:05