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中国高速鉄道事故:威信と利益を優先させたツケ

2011年08月03日 公開
2023年09月15日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

 7月23日、中国浙江省温州市で発生した高速鉄道脱線事故は、死者約40名、負傷者約200名を出す惨事となり、近親者に悲しみを、関係者に衝撃をもたらしました。しかし、その後繰り返された中国当局の不誠実な対応は、更に広範な人々に怒りと疑念を生じさせることになりました。

 中国政府は「中長期鉄道網計画」(2004年採択、08年修正)にもとづき、急ピッチで高速鉄道の整備を進めています。7月1日に、北京-上海間をつなぐ京滬(けいこ)高速鉄道が中国共産党創立90周年に合わせ開通したこともあり、この事故が発生する前から、中国の高速鉄道に対する関心が国内外で高まっていました。鉄道網整備への投資がもたらす経済利益及びその完成が中国経済に与える効果が期待される一方で、さまざまな問題も指摘されてきたのです。

 その一つは、鉄道整備が汚職の温床となっていることです。鉄道整備にかかった建設費が予算を大幅に上回ったのも、汚職が原因ではないかと考えられています。今年2月、鉄道部(省)トップの劉志軍部長が収賄の罪で解任されたのを始めとし、鉄道部関連の汚職摘発が続いていますが、中国国民の同部に対する不信は拭えたとは言えません。利益優先の当局者と関連会社の姿勢が、手抜き工事や安全性軽視のシステム構築を許してしまっていないか心配されます。また、鉄道整備は中国の威信を高めるためにも利用され、路線の急激な延長や、車両の走行スピードの引き上げが試みられてきましたが、これも安全性の軽視につながるのではないかと懸念されてきました。

 このように厳しい視線もある中で、京滬高速鉄道が大々的な宣伝とともに開通したわけですが、現実には故障・遅延が多発し、鉄道部への批判・苦情が殺到しました。実際のところ、開通直後の初期故障の発生は仕方がなく、重要なのは問題発生後の改善・修正だという専門家の意見もあります。しかし、もともとの隠ぺい体質、鉄道部に対する厳しい民衆の視線、さらに中国の面子をかけた高速鉄道を何とか動かさなければならないというプレッシャーが、故障発生後の対応に不備を生じさせ、さらに今回の事故後の信じ難い対応を招く原因になった可能性は否定できません。

 事故発生後、事故の経緯や被害者数に関する説明は錯綜しました。たとえば犠牲者の数について、国営メディアの新華社が報じる数と鉄道部の発表した数は違っており、現在(※7月27日)に至るまで行方不明者数を含め、正確な人数が明らかにされていません。中国で高速鉄道の切符を購入する際には身分証の提示が必要で、切符には氏名も書きこまれるほどなのに、被害者の数が発表者によって異なるのは、当局が事故の被害規模を隠そうとしているせいだという非難が中国のネットで見られます。何より人々を唖然とさせたのは、事故原因の究明に欠かせない車両を破壊し、地中に埋める映像でした。証拠隠滅の手段としても、あまりに稚拙で乱暴な行為であるため、当初は動画を見た人も、何か必要に迫られた理由があるのかもと困惑するほどでしたが、その後の鉄道部の説明は到底人々を納得させられるものではなく、中国のネット上のアンケートでも、9割以上の人が「証拠隠滅のためだと思う」と回答しています。

 中国共産党の中央宣伝部は、国内メディアに対し、この事故に関して新華社発の報道のみを使用するよう指示を出しましたが、ネットを中心とした中国民衆の怒りはすさまじく、それを背景に多くのメディアが独自の記事を掲載しました。中国政府もその勢いに押され、いったん埋めた車両を掘り返し、28日になって温家宝首相が事故現場を訪問し、事故原因を究明することを約束しています。

 今回の事故の原因が列車衝突防止システムの作動不良によるものか運行指令の連絡態勢の不備によるものか、あるいはその両方によるものかはわかりませんが、中国政府が事故の原因、また事故直後の当局の混乱の原因を徹底的に究明し公表しない限り、傷ついたイメージを回復することは到底叶わないでしょう。

(2011年8月1日掲載。*無断転載禁止)
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