2015年11月28日 公開
2016年11月11日 更新
いちばんの問題は、財務省の還付案を批判した人ですら、消費税の10%への引き上げ話を現実のように錯覚してしまい、財務省の拵えた土俵に乗って議論をしてしまったことだ。
官邸や財務省の動きを丁寧に調べず、リーク情報に頼って議論をしているから、財務省の還付案が政府・与党とは関係ない話であることに気付かない。
たとえば低所得者向けに一人当たり上限年4000円をマイナンバーの活用で還付する、という案は、G20(20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)の開催地トルコで、麻生太郎財務大臣が同行の記者にリークするかたちで発信したものだ。
G20における中心議題は、中国ショックと同国経済の改革であった。ところが中国経済をめぐる話は、麻生大臣がリークした還付案の話にかき消されるように、日本ではあまり報じられなかった。財務省としては中国ショックと消費増税による日本の景気悪化の話はできるだけ伝えず、「2017年4月からの消費税率10%」を既成事実化したかったのである。
財務省の還付案という「見せ球」に対して、「上限4000円は低すぎる」「マイナンバーの活用は無理がある」などと真正面から反論しようものなら、すかさず消費税率10%を既成事実化する議論のなかに組み込まれてしまう。
消費増税について議論するなら、せめてマスコミは安倍首相や麻生大臣の動静ぐらい細かくウォッチしてほしい。G20の前日にあたる2015年9月1日の「首相動静」を見ると、次のような記述がある。
「(午後4時)31分、麻生太郎副総理兼財務相、財務省の田中一穂事務次官、佐藤慎一主税局長。5時5分、佐藤氏出る。浅川雅嗣財務官加わる。18分、田中、浅川両氏出る。25分、麻生氏出る」
麻生大臣と田中次官、浅川財務官が安倍首相のもとを訪れたのは、翌日のG20を控えて「消費増税にともなう還付の話をこのように打ち出します」と説明をするためである。財務省が麻生大臣と官邸に対して周到な根回しを行なったことが如実にわかる箇所だ。通常なら新聞に直接、リークをするところだが、新聞は軽減税率の適用を求めている手前、消費税の話に消極的だった。そこで麻生大臣に、G20のときに還付案を記者に話してもらったと思われる。麻生氏としてはもっと中国の話を伝えたかっただろうが、財務省の言い分を聞いてあげたことになる。
ところが、肝心の安倍首相は財務省の還付案について「それは党と財務省の問題」と突っぱねたのだ。以後、還付案に関する話が官邸から出てくることはなく、冒頭に記した白紙撤回へと至る。なぜ官邸から話が出てこなかったのか。ここを掘り下げて考えなければ駄目である。
日本のマスコミはつくづく甘いと思う。「政府」と「党」の区別もつかずに消費増税の動きを報じても、財務省に騙されるだけである。一つの情報を見るときに、それが官邸・政府による発表なのか、財務省によるものなのか、1次情報なのか、あるいは伝聞、リークなのかを峻別しなければならない。
いまの時点でいえるのは、消費増税が税制をめぐる議論である以上、来年度の税制改正大綱が固まる12月20日ごろまで、還付案は紆余曲折するということだ。財務省が案を出そうと、わざわざ現時点で安倍首相がコミットする理由がない。政治家というのは一見、何も考えずに発言しているように見えて、裏で必ず計算をしている。口にしたメッセージには何らかの意味があるし、意味のない言葉を簡単に口にしない。
したがって、外野から聞こえてくる「安倍首相は早く消費税で腹を固めたほうがいい」という意見は、消費税10%に対して賛成であれ反対であれ、政治を知らない「素人考え」である。いま再増税の有無を口にしたところで、安倍首相には一文の得もない。むしろ「10%に引き上げない」と宣言することで、政敵の攻撃に晒されるリスクのほうがはるかに高い。だから現状から一歩踏み出るような話はいっさいせず、ニュートラルの姿勢を貫くのが当然である。安倍自民党は2016年夏の参議院選挙を是が非でも勝たなければならない。無駄弾を撃つような真似は厳に慎むだろう。
そして、そのための布石は今回の内閣改造ではなく、税調人事である。うるさ型の野田毅氏から、従順な宮沢洋一氏への税調会長の交代は、聖域といわれた税調人事にも安倍首相が手を出し、パワーを見せつけた。
権力者が最も嫌うのは、余計なことをして自ら政権のパワーを落とし、政敵に付け入る隙を与えることである。今年10月7日に発足した第3次安倍改造内閣の顔ぶれがほぼ同じだったのも、メンバーが代わることで政治力が低下することを恐れたからだ。与党内に閣僚待機組が60人以上いるという現状で、やむなく一部のポストを入れ替えた、という消極的な意味合いにすぎない。
更新:11月24日 00:05