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南シナ海における中越衝突について

2011年06月22日 公開
2023年09月15日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

 5月末、ベトナム外務省は、南シナ海における同国の排他的経済水域(EEZ)内において、ベトナム国営石油会社の探査船が中国監視船によって妨害を受け、調査用に敷設していたケーブルを切断されたと発表し、中国を強く批難しました。それに対し、中国外交部は「正常な監視活動であり、ベトナム側が直ちに侵犯行為をやめるべき」と反論、非難の応酬が繰り広げられています。

 この事件の発生後、ベトナム国内では反中感情が高まり、市民による抗議デモが発生しました。中国と同様、共産党が国を支配しているベトナムではデモは禁止されているため、今回の抗議デモは政府も容認しているものと思われます。さらに、ベトナム政府は6月13日に同国沖で大規模な軍事演習を実施し、中国を牽制する姿勢を示しました。

 ベトナムがこのように強い姿勢を示す背景には、国民や軍部の不満をなだめるためという国内的要因もあるようです。中国とベトナムは1979年と84年に陸の国境付近で戦火を交えており、ベトナムの中には中国に対し良いイメージを持っていない人も少なくありません。また、昨年秋にも、南シナ海でベトナム漁船が中国当局によって拿捕され、乗組員が拘束されるという事件が発生しています。さらに、これまで好調に成長を続けてきたベトナム経済も、最近は高騰するインフレに苦しむようになっており、物価の上昇は特に低所得者層の生活を圧迫するようになっています。ベトナム政府の中国に対する強い姿勢には、国民の批判を政府に向けさせないようにする思惑もあると考えられます。

 他方、ベトナムも中国との軍事衝突を望んでいるわけではありません。ベトナムと中国の間には、国力の上で圧倒的に差があるため、ベトナムの方針は、アメリカをこの問題に関与させ、かつ多国間の枠組みで問題を解決するというものです。

 この件に対する中国政府の当初の対応は、比較的自制のきいたものだったといえます。外交部報道官は「この問題は平和的に解決されるべきで、中国がこの問題の解決にあたり、武力で相手を脅すことはしない」とコメントし、ベトナムを批難するトーンもそれほど厳しいものではありませんでした。ただし、「問題は関係国による二国間交渉によって解決されるべき」と述べており、アメリカがこの問題に関与することを牽制する姿勢を示しています。

 中国は、南シナ海の領有権問題について、ベトナムだけではなくフィリピンやマレーシア等とも係争を抱えています。他のどの国よりも圧倒的な国力を有する中国は、交渉を有利に進めるため、それぞれの国と二国間で話し合いを行い、問題を解決することを望んでいます。中国が南シナ海の問題を「国際化」することに反対するのは、アメリカがこの問題に関与することにより、自国の優位性が失われることを恐れるからです。

 当事国である中国とベトナム、そして周辺諸国も、中越間の緊張がこれ以上悪化しないよう望んでいますが、ベトナムの軍事演習の後、中国も巡視船を南シナ海に派遣するなど、警戒すべき状況がいまも続いています。両国が軍事的に衝突する可能性は低いものの、南シナ海では、同様の衝突が今後もくり返し発生することが予想されます。

(2011年6月20日掲載。*無断転載禁止)
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