2011年05月18日 公開
2024年12月16日 更新
5月13日、政府は東日本大震災による福島第1原子力発電所事故の被害者に対する賠償スキームを決定しました。政府が示した原発事故の賠償の枠組みでは、被害者への賠償と東京電力の経営安定化を目指すため、国民負担の「極小化」を基本原則にしています。今回の原発事故の賠償策には、どのような特徴があるのでしょうか。
賠償策の主要ポイントは3点あります。第1に、東京電力が原則として事故の賠償責任を負うことになります。原子力損害賠償法第3条には、原子力発電所の運転時に事故が生じた場合、「原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」と記されています。今回の賠償スキームでは東京電力に対して事故の免責を認めず、賠償責任を負わせています。
原発事故の賠償策における第2のポイントは、東京電力による賠償総額に上限を設けていないことです。震災から2ヶ月以上が経過しても、原発内の状況は正確に把握されていません。東京電力は原発事故の収束期間を6~9ヶ月と工程表で設定しましたが、事故収束には更に時間を要することも考えられます。このため、放射能被害の長期化も予想され、賠償額の確定は容易ではありません。原子力損害賠償法では、原発1箇所につき最大1200億円の補償金が政府から東京電力に支払われます。しかし、広域かつ深刻な放射能被害を考慮すると、この政府補償金を合わせても東京電力が自力で賠償金を賄うことは極めて困難と思われます。このため、東京電力が債務超過に陥り、金融市場の不安定化を招く恐れもあります。
そこで、賠償策における第3のポイントとして、原発を持つ電力各社が負担金を拠出して参加する機構を創設し、東京電力は機構からの援助を受けることが想定されています。なお機構だけでは、賠償支援が難しいことも考えられます。このため、政府は機構に対していつでも換金できる交付国債を交付して財政支援を行うほか、金融機関から機構への融資に政府保証を付与します。東京電力は機構から受けた支援について、機構に負担金等を支払って長期にわたり返還していきます。また、電力供給に支障をきたす異常事態が生じた場合には、政府が賠償にあたって電力会社を直接補助します。なお、東京電力の経営安定化が保証される一方で、東京電力が経営努力を怠るというモラルハザードが生じる恐れもあります。賠償スキームで、政府は東京電力に経営合理化を求めると同時に経営監視を強める予定ですが、監視体制の具体策を早期に示すことが必要になります。
このように、賠償に上限を設けないまま東京電力の経営安定化を図ろうとするため、東京電力に対する大掛かりな支援が必要になります。現在の賠償スキームでは、賠償金を確保するために、東京電力による料金値上げや公的資金の活用が予想され、国民負担は不可避といえます。実際、賠償スキームでは、被害者への賠償と東京電力の経営安定化を両立させるため、国民負担を最も小さくする「最小化」ではなく、国民負担を極力小さくするという「極小化」というあいまいな言葉を用いているのです。
しかし、賠償スキームで考慮されていないものの、国民負担を強いる前に取り組むべき課題もあります。まず賠償金確保のため、東京電力に関係する金融機関が債権放棄などを行うことが考えられます。資本主義社会では経営管理の観点から、株主責任が問われて当然といえます。さらに、賠償金確保にあたって、国の原子力環境整備促進・資金管理センターが管理する核燃料の再処理等積立金を転用することも検討されるべきでしょう。これらを含めて、今後の国会審議で国民負担の行方を注視すべきです。
(2011年5月16日掲載。*無断転載禁止)
更新:12月28日 00:05