＜現地レポート＞ 香港で始まる恐怖政治―― 「中国化」の波は止まらない

市民団体に人民解放軍の影

　ただ長期化するデモに対しての反発が出てきたのも確かだ。11月に入ってから、反デモで警察を支持する「ブルーリボン」と呼ばれる市民団体の動きも活発化していった。地下鉄駅の入り口前などで署名活動を行なう団体だ。署名にはID番号まで記入が必要と、何やら仰々しい。市民団体であるが、そのバックには人民解放軍の影があるといわれている。金鐘の占拠地のすぐ隣には人民解放軍香港駐屯地がある。この内部には謀略作戦専門の部隊があり、今回香港市内でさまざまな暗躍をしているとされる。

（写真：五星紅旗の男は人民解放軍の元兵士か？／写真提供：小川善照）

　筆者は銅鑼湾（コーズウェイベイ）のデモ現場付近で、それを目の当たりにした。この日、学民思潮の主催者であるジョシュア・ウォン（黄之鋒）と学民思潮のメンバーは、市民にデモへの理解を求めるビラ配りをしていた。有名人であるジョシュアの周囲にはすぐに人垣ができる。そこに、ブルーリボンの一団が抗議にやって来たのだ。「ジョシュアを逮捕しろ」と書かれたプラカードを掲げた、五星紅旗のTシャツを着た大柄の男は、なんとジョシュアの隣でプラカードを掲げた。ジョシュアはひるむことなく、彼にビラを差し出して語りかけた。

　「ぜひ読んでください」

　男は無表情のままである。目の前の男がジョシュア本人であることすら理解していないふうでもある。その様子を見ていた香港市民は口々に語っていた。

　「広東語がわからないんだ」

　「大陸人なんだろう」

　「時給はいくらだ？」

　この男、顔だちも明らかに香港の人たちと違う。大柄な体形は人民解放軍の元兵士あたりだろうか。

　憮然とした表情の男に、ジョシュアはなんとスマホを取り出し一緒に写メを撮った。その夜、自身のブログに掲載してしまった。この団体、老人たちも多く参加して声を上げている。だが、そんな老人に大陸系の男がアルバイト代を払っていたことが明らかとなった。反デモの活動に誰かが時給を支払うことは、デモ発生の初期にもあった。金鐘の現場は、ネットで募集された黒社会（香港マフィア）の男たちにたびたび襲撃されていた。彼らは具体的な戦果によって報酬が約束されていたという。

　人民解放軍の謀略戦担当の部隊は、今回のデモでさまざまに暗躍をしていたことは確実なのだ。

広東語が理解できない香港警察

　事態は膠着状態のまま、時間だけは過ぎていく。打開するため、学生たちは対話をしようと北京に向かったが、出国さえもできなかった。こうして占拠活動が行き詰まるなか、11月18日、金鐘では部分撤去が開始された。

　一部の急進派は立法府への突入を試みた。立法府の入り口、ホールはすでにデモ隊による占拠が行なわれていたが、ガラスを割って建物内部へ強行突入を試みたのである。ここでも逮捕者が出た。11月27日、旺角では、全面的な強制撤去が行なわれた。強硬派が多い旺角は警官隊と激しい衝突を繰り返しながら、次々と排除されていった。このあと、旺角のデモ参加者も金鐘に集結することになる。

　非暴力を訴えていた学連は、旺角からの残党や一部のデモ参加者から突き上げを食らった。「座っているだけではダメだ」「もっと効果的な行動をするべき」と糾弾された。一部で議論されていた「政府庁舎の包囲」作戦を実行すべきというのだ。

　それが実行されたのは、11月30日。深夜の集会から学連幹部の指揮のもと、警官隊との衝突を繰り返しながら、朝には政府庁舎を完全に包囲してしまった。

　翌朝12月1日は月曜日だというのに、政府はその機能を完全にストップしてしまった。日本からネット中継で見ていた筆者は、その様子を固唾を飲んで見守っていた。だが、午後には警官隊の大量動員によって封鎖は解かれて、多くの逮捕者を出してしまった。

　一瞬でも政府庁舎を完全包囲した学生たちに香港警察は手段を選ばなかった。催涙ガスを浴びせ続け、警棒を無差別に振るった。ここで、旺角の撤去から登場した、いままで見なかった警官の姿が香港の人たちのあいだで話題となっている。

　「IDがない警官がいるんです。広東語で叫んでもまったく反応がなく、理解できないみたいです」

　香港警察は肩章や胸に個別のID番号を表示している。それにより汚職警官を一掃して市民の信頼を勝ち得てきた歴史がある。しかし、制服は着ていてもIDがない警官たちは、問答無用で学生たちに警棒を振るい、腕を折り、頭を割っていった。無差別な暴力はマスコミにも向かっていたという。この警官の登場に、反発の声が広がっている。

　「ついに中国本土の武装警察が秘密裏に動員されたのではないか」

　「香港政府は自治を放棄している」

　一部にIDがない警官がいることを警察も認めているという。通常のパトロール任務などに就いていない警察官だという説明なのだ。だが、広東語が理解できないのではないかという疑惑には明確な回答はない。梁振英であれば、武装警察を受け入れていてもまったく不思議ではないのだが。

　政府庁舎の包囲が失敗に終わって、金鐘の陥落は時間の問題となった。学連幹部は、政府庁舎包囲という実力行使を反省し、今後は非暴力を貫くことを宣言。近々行なわれる全面排除では、幹部たちは座り込みをして、いっさいの抵抗をせずに逮捕されることを決定した。

　「12月11日に撤去が決まったので、10日はお別れ会のような感じでした。次々に参加者が登壇して話をして、最後はカラオケ大会になりました。なんだか卒業式のような雰囲気でした」

　参加した学生の話だ。この翌朝、冒頭のような撤去が開始された。座り込みをして逮捕されたのは学連や学民思潮の幹部だけではない。民主派の大物議員や、デニス・ホーという女性歌手もいた。彼らが連行されるたびに、デモの支持者から歓声と拍手が沸き起こった。そのなかで、こんな逮捕者もいた。

　18歳の女子大生は、学生たちだけを逮捕させられない、ここに自分も残るという82歳の老婆に泣きながらいった。

　「私も一緒にいます。おばあさんが心配なんです」

　すると老婆は笑いながらこう答えたという。

　「何を泣いているの。あなたは行きなさい。私はこの老体しかないし、宿題もない。あなたはまた頑張ればいい」

　老婆は、今回の撤去で警察に逮捕された最高齢者となった。

　警官隊が包囲をして、東西の主要なバリケードを撤去しはじめたときには、2000人ほどのデモ参加者がいた。彼ら参加者に警察はマイクで告げた。

　「あと30分でここを退去しない場合は、デモ参加者として、違法行為で逮捕する」

　その指示に従って占拠地が閉鎖されたあと外に出た人たちは、IDを警察に確認された。彼らはブラックリスト入りしたという。

　「警察幹部の家族が知り合いにいて、話を聞いたのですが、私など活動をしている人間については、警察がリストアップを進めているそうです。香港の法律では警察が記録映像を撮り、活動を監視することは厳密に制限されていたのですが、現在は小さなデモであってもすぐに撮影を始めています」

　警察は監視社会をつくろうとしている、と前述のボランティアスタッフは懸念している。

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