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地方経済を再生させる「企業とまちのたたみ方」〔2〕

2014年11月10日 公開
2023年09月15日 更新

冨山和彦(経営共創基盤[IGPI]代表取締役CEO)

 

<聞き手:荒田英知(政策シンクタンクPHP総研 主席研究員)

 

大学にも当てはまるGとLの世界

荒田 地方創生を進める時の地域資源として、大学をどうみますか。文部科学省も、従来からの研究と教育につぐ第3のミッションとして地域志向を掲げた、「地(知)の拠点」というモデル事業をスタートしています。また、この夏、九州の大学の学長の方々と意見交換した時に、「優秀な学生ほど東京に出ていく」と嘆いていました。いい大学ほど、人材流出の拠点になってきたという皮肉な現実があります。地域における大学のあり方もまた、問い直されていると思います。

冨山 もし、大学発のグローバルベンチャーみたいなことを想定しているとしたら、九州という単位で1つか2つできれば上出来でしょうね。残りの大学は、職業訓練校になった方がいいと思います。「卒業までに大型二種免許を取らせる」といったことをやるのです。

荒田 フィンランドの大学を訪ねた時に、日本でいう高専(5年制の高等専門学校)のイメージに近いなと思ったことがあります。

冨山 世界の大学の常識はそちらですよ。大学をアカデミック・スクールとプロフェッショナル・スクールに分けるとすると、前者はほんの一握りで、Gの世界で求められる知識のレベルはどんどん上がって競争も厳しくなっています。そうなるとそこで勝負できる人の数も自ずと限られてきます。日本でも昔なら3割くらいの学生が関われたかもしれませんが、それが2割になり1割になっているという印象です。テニスの全米オープンで準優勝した錦織圭になれるのは、ほんの数人だけということなんです。ワールドカップやオリンピックで活躍することは素晴らしいことなんだけれども、それを全ての人に求めるのは全くもってナンセンスです。

荒田 私もテニスをやりますが、錦織選手とは別のスポーツだと思ってやってます(笑)。

冨山 ほとんどの人がそうなんです。それでいいんです。地域に存在する大学が担うべきは、現実にそこに存在する仕事、看護師かもしれないしバスの運転手かもしれないし、あるいは観光業かもしれません。そこで本当に必要な職業能力とは何か。観光業だったら英語や中国語が必須でしょう。その時にアカデミックな英語や中国語を教える必要はないのです。観光業の中で必要な英語や中国語を教えればいいのです。

 そうなると、今度は大学の先生がアカデミック・キャリアでエデュケーショナル・キャリアでないために、ミスマッチが生じてしまいます。教授自身は研究で生きていきたいのですが、教育では大型第二種免許を取らせることが求められます。はたして大学教授の何パーセントが大型第二種免許をもっているでしょうか(笑)。経済学部で教えるべきことは簿記・会計につきます。目指すべきは、卒業生全員が簿記二級をもっていることです。その方が、難しい何とか均衡論を学ぶよりはるかに役に立ちます。

荒田 大きな可能性を感じますが、実際に大学がそちらに舵を切るのはかなりたいへんそうですね。とくに教員のプライドが邪魔をしそうに思います。

冨山 研究をしているというプライドを、人を育てているというプライドに変えてもらうことですね。あれだけの時間と税金を投じて人材育成をしているわけですから。物事を戦略的に考える際のポイントは、「簡単だけど効果の大きいものは何か」をまず考えることです。ロー・ハンギング・フルーツ(低いところにぶらさがっている果物)というのですが、日本の地方都市においては、大学で教える中身を変えることが、所得の増加と生産性の向上に直結することは間違いないです。

 今年にかけて訪日外国人観光客が増加しましたが、それで生じたのが観光ガイド不足、バス運転手不足です。ホテルも部屋はあっても賄いの人手が足りなくて断ることがあると聞きます。政府目標の2000万人が本当に来たら、たいへんなことになりますよ。この時の課題は、こうしたサービス業に従事する人の賃金をどれだけ高い水準にできるかです。最低賃金ぎりぎりの非正規雇用で回していたのでは、地域の定住人口の流出は止まりません。この機会を捉えて、地域に高質な仕事とその仕事を担うことができる人材をつくれるかが問われます。

荒田 地方創生を進めるうえで、地場企業の緩やかな退出戦略とともに、大学という大きな可能性が見えてきました。G(グローバル)とL(ローカル)というコンセプトは、大学にも当てはまりますね。

冨山 全国にミニ東大をつくって、キャッチアップ型の経済の中で「みんなで上がっていこう」とやってきたけれど、もうやめた方がいい。本気でGを目指し続けるのか、Lの一番を目指すのか。相当な有力校でもこの選択は問われてきますよ。Lモードに特化して、「うちは卒業までにこれだけの資格を取らせます」という大学が出てこないかな。そうなるとライバルは自衛隊ということになります(笑)。

 

問われる「まちのたたみ方」

荒田 地方創生を進める時には、今日おうかがいした「企業のたたみ方」とともに、人口減少が進む中での「まちのたたみ方」が問われると思います。今年5月に増田元総務大臣がまとめたレポートでは、2040年に市区町村の半数に消滅可能性があると指摘され、今回の地方創生の問題意識に火をつけるかたちになりました。

 この状況の中で、地方に高質な仕事をつくるという時に、どのような都市の規模や特性を備えていることが必要かについてもお聞きしたいと思います。ご著書の中では、青森市や盛岡市のような人口30万人規模の都市を例示されていますが、東京圏に対抗する高質で魅力的な仕事をつくれるかという点からは、東北なら仙台市、九州なら福岡市のような、もう少し大きな規模の都市の可能性により期待できるのではないかと思います。この点はいかがでしょうか。

冨山 私の感じでいうと、仙台や福岡は大きすぎるかなと思います。東京の最大の弱点は「大きすぎる」ことです。仙台や福岡はこのままでも膨張を続けていくでしょうし、高質な仕事もそれなりに生まれると思います。逆にこれらの都市が大きくなり過ぎると東京化してしまって、出生率の低下などの東京と同じ問題がでてくる恐れがあります。ヨーロッパやアメリカの都市と比べても、仙台や福岡、札幌はいまでも十分に巨大都市です。

 だから、政策的に何か手を打つとしたら、盛岡や青森の規模かなという感じなのです。30万都市では高質な仕事をつくりにくいとするなら、それをどうやって50万都市にするかを考える方が、全国的な拠点都市の形成という意味では妥当ではないかと思います。

荒田 たしかに職住近接的なイメージはつくり易い規模だと思います。よくコンパクトシティといわれますが、都市を核とした集約化についてはどう考えますか。

冨山 公共サービスの効率性、持続性を考えれば、都市の密度が重要になります。ただ数だけ合わせた50万都市をつくっても仕方がありません。中心市街地に人を寄せて、周辺地域にはほとんど人が住んでいないという状況をつくることが望ましいと思います。

荒田 そのためには、過疎地や限界集落に住んでいる人たちの「退出戦略」が必要になります。

冨山 基本的人権を尊重しながら、独りになった高齢者に中心市街地の施設や介護付マンションに移ってもらうための支援策などを粘り強く講じることが必要でしょう。点在する集落に公共サービスを提供し続けると結局はコストにはね返ります。その分を退出するコストに振り向ける方が賢明だと思うのです。企業でも創業するときよりも退出する時の方がコストがかかります。時間がたてば自然と集約化されるというのは間違った見方で、退出コストを公共が負担して集約化を進めることが必要です。

荒田 地方創生の鍵が「延命よりも退出」にあることがよくわかりました。地方創生の具体化局面で、政府が腹をくくって政策の舵を切れるかどうか、注目していきたいと思います。同時に、政府や自治体頼みではない、民の力や人の力にも期待したいところです。

 山梨市牧丘町に株式会社hototoという農業生産法人があります。代表を務める水上篤さんは、外資系企業に身を置きニューヨークでバリバリ働いたGの側の経歴をもつ人物です。それが超富裕層の田舎志向のライフスタイルに刺激を受け、リーマンショックを契機に「自分のオリジナルに立ち返る」と決意し郷里の牧丘で帰農。ブドウなど果樹に加えて、無農薬野菜や養鶏、研修事業や飲食・宿泊施設などの多核経営に取り組み、最終的に「地域で回る30億円企業」をめざしています。

 水上さんに話をうかがうと、事業展開では常に持続性を意識しているのだそうです。ローカル経済の中でお金を回すことが大事で、昔のモデルに戻れば地域は回る。そのために自分は地域資源を活用するファシリテーターなのだと水上さんはいいます。地域から逃げないという姿勢は、冨山さんの指摘ともピタリと符合するものです。そんな水上さんのもとには、全国から農業で地域を再生したいという意欲をもつ人たちが続々と集まってきます。こうした自発的な人の力こそが、地方創生の真の原動力だといえるでしょう。

 

冨山和彦

(とやま・かずひこ)

株式会社経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO

1960年生まれ。ボストン コンサルティンググループ、コーポレイト ディレクション代表取締役を経て、2003年、産業再生機構設立時に参画し、COOに就任。解散後、IGPIを設立、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わる。
現在、オムロン社外取締役、ぴあ社外取締役、経済同友会副代表幹事、財務省・財政投融資に関する基本問題検討会委員、内閣府・税制調査会特別委員、文部科学省・国立大学法人評価委員会「官民イノベーションプログラム部会」委員、経済産業省・「稼ぐ力」創出研究会委員、金融庁・コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議メンバー、公正取引委員会・競争政策と公的再生支援の在り方に関する研究会委員等を務める。
著書に、『会社は頭から腐る』『結果を出すリーダーはみな非情である』(以上、ダイヤモンド社)、『カイシヤ維新』(朝日新聞出版)、『挫折力 ‐ 一流になれる50の思考・行動術』『30代が覇権を握る!日本経済』『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(以上、PHP研究所)などがある。<著者紹介>

 

荒田英知

(あらた・ひでとも)

政策シンクタンクPHP総研 地域経営研究センター長 主席研究員

1962年、福岡県生まれ。85年、鹿児島大学法文学部を卒業。同年PHP研究所入社。 87年から、同研究所内に松下幸之助が設立した新政策研究提言機構「世界を考える京都座会」の事務局に勤務し、 各種研究プロジェクトのコーディネーターを務める。89年に京都座会の国土創成研究会が提言した「ジャパン・コリドール・プラン」は、 リニアモーターカーの活用による均衡ある国土利用の実現をめざしたもので、 新聞などで「民間版四全総」とも評された。これを契機に、 地域政策分野の研究に専念。 独自の視点からの自主研究や講演活動に取り組んでいる。
これまで、全国各地の地域連携や広域行政、市町村合併などを数多くフィールドワーク。 「平成の大合併」以降の市町村のあり方についての諸方策や、大都市制度・地域主権型道州制について研究・活動している。

 

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