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今だから話そう、大震災のあの時あの現場―【第14回】

2014年02月27日 公開
2022年12月08日 更新

熊谷哲(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

【第14回】 何とかならないものですかね

 被災者の生活再建には仕事の手当てが欠かせないが、それぞれの市町の中心産業は、直感的に思い浮かぶ水産業に限らず大打撃を受けていた。例えば大船渡市では、1960年のチリ地震津波からの復興のために海岸部に約130万平方メートルの木材工業団地を造成し、木材関連ばかりではなく製造業の集積が進められた。そこが、その周辺に広がった商業地や住宅地ともども、またしても大津波によって洗い流されてしまっていた。そうした企業の現状について報告を行うことも、私の果たすべき役割だと思っていた。

 木材産業の集積に呼応して立地し、経営母体が変わっても北日本の拠点として事業を営んできた合板製造業者も、甚大な被害に遭ったそのひとつだった。約6万平方メートルの敷地内にあった工場はすべて被災。合板製品も塩水に浸かってしまい、まったく使い物にならない。何より、社長も津波の犠牲となり、後の経営の目算が立てられない。3月末に林野庁の担当官と足を運んだときは、従業員の方々が黙々と工場内の片づけに励んでいたところだった。

 使い物にならない合板材を、復興資材として活用する術はないか。それを国が買い上げることで、経営再建の第一歩にすることはできないか。数十億円単位になるものと思われる復旧費用を、当座の運転資金も含めて何とか手当てする方法はないか。もともと経営環境は厳しかったけど、復興需要も見込めるし、大切な基幹産業のひとつだし、何より子会社も含めて約200人の雇用を守らないといけない。でも、この段階では林野庁も「知恵を絞りたい」というのが精一杯だった。半年後、いろんな手を尽くされたものの、結果として事業再開は断念された。

 1937年から操業し、東北一の生産量を誇る太平洋セメント大船渡工場もまた、7メートルを超える津波に襲われていた。工場の2/3が壊滅的な被害を受け、専用の埠頭も使用不能となっていた。セメントを生成する過程で原料を焼成するキルン1基は無事だったが、6万6000ボルトの超高圧電線が寸断され、その電力を工場内に中継する特高開閉所と呼ばれる受配電設備も全壊していた。

 工場長と製造部長に話を聞くと、送電線は5月の連休頃には復旧の見込みだが、受配電の設備の調達が厳しいらしい。今のところ、5月に間に合うのは4回線のうちの1回線のみで、残りは半年以上先になってしまうという。震災前から、廃棄物をセメントの原料や燃料として資源化する事業にも取り組んできた同社には、震災がれきの処理を行うプランも持ち上がっていた。それも、電力を引き込めないと話にならない。

 半年と言わず、何とかならないものですかねえ。

 工場の一室で腕組みをしてウンウン唸っていると、不意に聞き覚えのある会社の名前が工場長の口からこぼれてきた。なんと、私が京都でとてもお世話になっていたところが、その設備の調達先だというではないか。すぐに連絡をし、役員に取り次いでもらい、何とかならないでしょうかとお願いをする。すると約1時間後にかかってきた電話で、別の納入先のものを振り向けられるようにするから少し時間をくれ、という。不思議な縁を感じながら、私は電話口で何度も頭を下げていた。

 こうなると、調整を急ぐしかない。4月3日付のペーパーを見ると、経産省には100億円超と見込まれる再建費用の捻出策を、国交省には専用埠頭の再建のための支援策を、環境省にはがれきの塩分を抜く除塩技術のサポートを、それぞれお願いしている。グループあわせて約900人の地元雇用を守るためにも、がれき処理に道筋をつけて復興の足がかりとするためにも、何とか急いでください、と。同工場の存続が決まり、工場みなさんの寝食を忘れての奮闘によってがれきの焼却が始まったのは、6月のことだった。 

(つづく)

研究員プロフィール:熊谷 哲☆外部リンク

 

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