Voice » 社会・教育 » 研究者が到達した「所詮、人間もウイルスのようなもの」という生命観

研究者が到達した「所詮、人間もウイルスのようなもの」という生命観

2023年06月07日 公開

宮沢孝幸(京都大学医生物学研究所准教授)

 

生命が集まって一つの「生命の場」を作っている

私たち人間は一人では生きていけません。これは社会的な話でもありますが、生物学的にも人間は人間だけでは生きてはいけません。

生命を維持するには動物も植物も微生物も無機物も必要です。そしてまた、生き物すべてが単独では生存し得ません。考えてみてください、人間だけが存在する地球はあり得ないのです。

単なる生態系や食物連鎖ではなく、地球規模の物質の循環があったり、ウイルスなどによるほかの生物との遺伝子のやりとりがあったりなど、多くの関わりの中で生物は生命を営んでいます。他者との関係性の中で私たちは生きているのです。

地球の環境において、いろいろな生物といろいろな無生物がつながっていて、みんなで「生命の場」を作っている。その中で、ウイルスは生物と生物の間をつなぐ役割を担っている。見えない細い横糸のように無数の生物たちを結びつけることで、生命の場をより厚みのあるものにしているのだと思います。

ウイルスは、まさに生命の場の一部であり、生命の場を作り出す構成要素です。このウイルスがなくなれば現在の地球上の生命の場は壊れるのではないかと、私は思っています。

 

私たちもウイルスのような存在である

著書『なぜ私たちは存在するのか』第1章で、ウイルスを作り出す実験について紹介しました。

レトロウイルスのRNA配列をDNAに変換し、その配列のDNAを合成してプラスミドに入れて、増殖させるものでした。RNAやDNAはあくまでも物質です。精製したDNAは結晶化されますし、DNAは遺伝子工学で切ったり貼ったりできます。

その物質であるDNAを細胞に導入すると、mRNAに転写され、リボソームでウイルスのタンパク質が作られ、ウイルス粒子となりウイルスのゲノムRNAを取り込みます。そして、感染性のウイルス粒子として外に飛び出していきます。

DNAはあくまで物質なのですが、細胞という生命の場に放り込まれると、生き物のような振る舞いをするウイルス粒子が生じて、細胞間を渡り歩く存在となります。まるで「さまよえるオランダ人」で出てくる幽霊船のようです。

物質であるDNAを生命の場に放り込むことによって、ウイルスが生まれるのだとしたら、遺伝に関わる核酸が生命の本質と捉えることもできます。しかし、核酸でも個の概念があやふやです。

未受精卵から細胞の核を抜き出して、別の成体の体細胞の核を入れると、そこから一つの個体が発生します。この技術を応用したものが「クローン動物」です。

ほ乳類ではヒツジで初めて成功した技術ですが、現在ではさまざまなほ乳類(ウシ、ブタ、マウス、ネコ、イヌ、サルなど)でもこのクローン技術で発生させることができます。ヒトで行われていないのは、倫理上の問題であって、技術的には今すぐにでも可能です。

このことから、私たちの設計図は核の中のDNAにすべて書かれていると考えてよいでしょう。DNAが私たちの本質だとしても、そのDNA自体はさまざまな生き物の設計図で占められているのです。

私たちのDNAは9%以上がレトロウイルスの配列で占められています。もともとの遺伝子の配列はわずか1.5%に過ぎません。割合では本来の遺伝子よりもはるかに多い配列がレトロウイルス由来の情報で占められているのです。

この世界ではウイルスを介して遺伝子が飛び交うように動いています。網をかけたかのように、この生命の場を覆っています。遺伝子レベルでも、私たちはウイルスを介してつながっているのです。

地球上で人間は偉そうにしていますが、所詮私たちも、ウイルスのようなものです。私には、ウイルスと人間に本質的な違いはないように見えます。ウイルスは細胞という生命の場がないと、作られることも存続することもできません。私たちもウイルスと似たようない存在です。

地球が大きな生命体だとしたら、そこに存在して初めて私たちも「個」として存在します。そしてその個の集まりが生命体を作っているのです。もし生命の場や関係性がなくなれば、生物はすべて物質になるのだと思います。

 

Voice 購入

2024年9月号

Voice 2024年9月号

発売日:2024年08月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

“DNAの9%”はウイルス由来…大昔に感染したウイルスが、いまや「全人類の体の一部」だった

宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)
×