――DAncingEinsteinでは、どのような教育プログラムを実施されているのか教えてください。
【青砥】僕たちは、神経科学と人工知能と教育を掛け合わせた、世界初のNeuroEdTechという分野を研究しており、その特許技術をもとに、モチベーション、ストレスマネジメント、メタラーニング(どのように内省し適応するか)など、神経科学を応用したあらゆるプログラムを展開しています。要は、人間が何かを認知し、言動するときに、脳のなかで起きることを客観的に学んでいくのです。
――自分の状態を神経科学の視点から客観視するメリットはなんですか。
【青砥】不安や苛立ちは目にみえないために、どこからやってくるのかわからずより不安に襲われます。しかし科学的に自分の状態を捉えることが可能になれば、対処法を見出すことができます。
たとえば、人間はなぜストレスを感じるのでしょうか。基本的に、身の回りに危険が迫ったときに生じる「恐れ」などの「負の感情」が、ストレスを引き起こします。そのとき脳内では、交感神経を優位にすることで集中力を高め、「闘争」すべきか「逃避」すべきかを瞬時に判断します。そのためストレスは、自分の命を危険から守るうえで、とても大切な反応なのです。
問題は「過剰・慢性的なストレス」です。過剰なストレスによって脳の前頭前野は麻痺し、思考停止状態に陥ります。また長期間ストレスを受けると、コルチゾールというストレスホルモンが分泌され、脳の海馬が委縮して鬱病につながる。このようなストレスを回避するためには、脳が発信する「ストレス」という信号への「気付き」が重要になります。
どのような状況やタイミングで自分がストレスを感じやすいのかを認知し、自ら回避する訓練を行なう。そうすることでストレスをコントロールし、プラスに活用できます。脳の仕組みへの理解は、自分を知ることに繋がるといえるでしょう。
――脳神経科学の観点から見たとき、日本の教育にはどのような要素を取り入れる必要があると考えますか。
【青砥】「センス・オブ・ワンダー」――すなわち、一人ひとりの異なる感性から生まれる、疑問や興味関心に根付いた教育を施す必要があります。物理学者のアインシュタインが「私には特別な才能などありません。ただ、ものすごく好奇心が強いだけです」という言葉を残したように、人間は、自分がやりたいことに向かって学ぶときに大きな力を発揮します。
この「好奇心ドリブン」(driven:感情を突き動かす)に従う生き方をしたときに、脳では集中力を高めるドーパミンが分泌され、記憶定着や学習効率を高めます。つまり、自分の好奇心が求めることであれば、その記憶は脳により定着しやすいというわけです。
一方で、自分が求めていない行為を無理矢理やらされているときには、ノルアドレナリンという神経伝達物質が働きます。自分の興味関心が薄い分野を記憶する際には、余分にエネルギーを消費するので効率が悪い。脳神経科学の視点からいえば、非効率的な学習方法を続けているのがいまの日本の教育です。
――世界のなかで日本の労働生産性が低い理由も「好奇心ドリブン」に関係があるかもしれません。
【青砥】日本には、社会に引かれたレールに従って、自分の生き甲斐を見つけられないまま就職してしまった大人たちがたくさんいます。やはりノルアドレナリン性が強い状況で働き続けていると、生産性は落ちてしまう。
現代は「VUCAの時代」(Volatility〈変動性〉、Uncertainty〈不確実性〉、Complexity〈複雑性〉、Ambiguity〈曖昧性〉の頭文字を合わせた用語)と呼ばれ、パンデミックや気候変動問題、またAIによる新たな技術革新が起き、社会は急速に変わっていきます。
このような変化の激しい時代にこそ、自分自身を深く知る「メタ認知」が活きてくる。メタ認知は「もうひとりの自分」と形容されますが、「どんなときに自分は喜びを感じるのか」「自分は本当はどんな人間なのか」など自己の内面に気付くことで、過去の記憶ドリブンに行動を縛られずに、「本心」で人生の選択をできるようになります。
周りの状況がいくら変動しようとも、決して揺らがない自分をつくることが、いま何よりも求められているのではないでしょうか。
更新:11月22日 00:05