Voice » 社会・教育 » 「日本は正しい決断を行った」天才哲学者マルクス・ガブリエルが語る理由

「日本は正しい決断を行った」天才哲学者マルクス・ガブリエルが語る理由

2021年04月29日 公開
2022年10月06日 更新

マルクス・ガブリエル(ドイツ・ボン大学教授)

パンデミック

世界で今もっとも注目されている哲学者、マルクス・ガブリエルは、「危機は倫理的進歩をもたらす」と説く。倫理とは、文化圏によって異なることのない、普遍的な価値を指す。新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界中の人間が同じ行動をとったが、それはまさに普遍的な価値を目指した行動だといえよう。史上初めてといってもいい「行動の同期」を通じて、我々が得るべき教訓とは何か。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、髙田亜樹訳『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

危機は倫理的進歩をもたらす

ドイツでベストセラーになっている『暗黒の時代における倫理的進歩』(未邦訳)という最近の拙著にも書いたのですが、私は「危機は倫理的進歩をもたらす」と考えています。

私はいわば、危機を楽しみながら観察しています。人類には自分たちの置かれた状況を改善する多大な可能性がある。危機に直面して、人類は倫理的に行動してきたと思います。

倫理を定義しましょう。一人ひとりの人間の行動には、それぞれ違う理由があります。例えばあなた方(2人のインタビュアー)が今日本のオフィスにいらっしゃるのには様々な理由があるでしょう。

お二人が同じ場所にいらっしゃれば、私たちは3人別々の場所から3つの画面を使って話さずに済みます。お二人がお互いと会えるのも良いことです。これらの理由であなた方は今ここにおられる。

しかしこれらは行動の理由ではありますが、倫理的な理由ではありません。編集者であることに倫理的な理由はないのです。あなたは他の職業を持ってもいい。コックになってもいい。あなた方の行動は倫理とは関係のないことです。

何かをする倫理的な理由とは、人間であるが故に存在する理由のことです。誰かが赤ん坊を階段の上から投げて殺そうとしたとする。そうしたら誰もが「それは非倫理的だ!やめろ!」と言うでしょう。それはなぜか?人間として、他の人間にしてはいけないことだからです。

相手が誰であってもです。これが倫理です。命取りになりうるウイルスを拡散してはいけないのは、相手が人間だからです。私がウイルスを拡散しないのは、他の人間にしてはならないことだからです。

つまり倫理とは、文化圏によって異なることのない、普遍的な価値のことです。日本の倫理が中国の倫理と異なってはいけない。日本と中国に相違があるとしたら、それは倫理とは関係のないことです。倫理は人類を結びつけるものなのです。

 

人類がウイルスから得た教訓

我々のウイルスに対する反応は、ウイルスに人体が脅かされるのを防ぐという意味において、倫理的な働きだと思うのです。人体が脅かされるから倫理的なことを考える。

ドイツではパンデミックの最中、多くの倫理的問題が議論されてきました。例えば人種差別、#MeToo、そして環境危機。ウイルスと関わる大問題で、誰も言及したがらないのは環境危機と経済危機です。

今私たちの目前には、史上最大の金融危機が迫っています。世界経済フォーラム刊行の『グレート・リセット』は、金融危機はすべての危機の源だといっています。

今回の危機は、金融危機という概念が誕生してから最大の危機で、これまでの危機とは違います。あまりにも大規模で、どれほどの脅威なのか把握することすらできない。これもまたパラドックスです。

この経済危機は確実にやってきます。いや、すでに訪れています。アメリカの失業率上昇は異常ですが、ドイツでも2021年半ばまでには700万人が失業するかもしれないといわれています。あり得ないことではないと思います。

そうなれば、私の生年以降で最大の失業者数になります。700万人もの失業者にどう対処すべきか、わかる人はいません。これほどの膨大な失業人口がもたらす影響を理解することすらできません。

しかも事態はさらに悪化するでしょう。ドイツの自動車産業がどの程度生き残れるかわかりません。2022年までルフトハンザ(ドイツの航空会社)が存続できるかもわからないと思っています。生き残ったとしても、縮小しているでしょう。同様の現象が他の産業でも起こるでしょう。

今真剣に議論しなければならないのは、環境危機と経済危機にどう倫理的に対処するかです。環境と経済、この二つが人類が直面している真の危機、最大の危機なのです。

人類はウイルスから教訓を得ました。ウイルスは皮肉にも、倫理的行動こそが問題の解決策であることを教えてくれました。世間では、倫理的に正しい行動をとることは自己の利益にはならないという認識が広まっています。

つまり利他的な行動のみが倫理的行動だという考えですが、これは非常に有害な考えで、否定する必要があります。倫理的行動が自分の利益に反するとしたら、なぜ倫理的に行動しなくてはならないのか、と人は考えるでしょう。

この考え方を突き詰めると、経済と倫理は相反するものであるという結論に達しますが、それはマルクス主義的な誤解です。資本主義は本質的に倫理を攻撃し、破壊するものだという誤解です。どうしてそんなことがいえるでしょうか。

資本主義のインフラ、つまり市場インフラを使って、倫理的に正しいこと―― 例えば失業者を雇用したり、環境保全を行ったり―― もできるのです。資本主義のインフラを使って環境を保全するのは、世界経済フォーラムがいう「ネイチャー・ポジティブ(自然を優先する)」な経済のことです。

次のページ
倫理的価値と経済的価値はまったく同じである >

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

“哲学界のスター”が語る、日本的仏教とドイツ観念論の決定的違い

マルクス・ガブリエル(ドイツ・ボン大学教授)/取材・構成:大野和基(国際ジャーナリスト)

鯨を“殺し続ける”反捕鯨国アメリカの実態

八木景子(映画監督)