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IoTって何?―3つの「オープン」を活用してイノベーションを起こせ

2015年09月09日 公開
2024年12月16日 更新

岡崎哲二(東京大学大学院経済学研究科教授)

 

教育機関をオープンに

 たとえば、こんな大学があったらどうだろうか。

【世界で一番早いイノベーションの教室】

 卒業生のネットワークのなかに、アップストアの仕組みをつくった卒業生がいれば、20代だとしても、授業を1学期教える。この授業では学生たちはどういうふうにしたらアプリをつくることができるのかという最新のアプリ制作事情を、世界で1番早く学べる。授業を受けた学生のなかからは、アプリに関心をもち、自らもその業界に、卒業生の企業に就職する学生が続出した。

【大学教授のサバティカルはグーグルで研究】

 マッチング、オークションメカニズムを専門とする経済学者が、サバティカル期間中に面白そうなデータがほしいとグーグルと連携。そこからグーグルの飛躍的な成長を促すビジネスモデルが生まれて、彼はその後、グーグルのチーフエコノミストとなった。

 ……日本では考えられないような教育機関と企業の関係だが、これはシリコンバレーでは実際に行なわれていることだ。前者の例では成功者から刺激を受けるために若者も起業イメージを抱きやすく、“Fear of failure” が低くなる。シリコンバレーでの最新の情報を、教育機関でも素早くキャッチできるために、教授側の質も高くなり、質の高い起業家(アントレプレナー)を養成することができるようになる。

 後者の例は、バークレーのスーパースターのハル・ヴァリアン教授のケースで、企業側もスタンフォード大学やUCバークレーなどといった研究機関の最新の研究をビジネスに転用するチャンスを得ることができる。シリコンバレーにいる研究機関は先端の技術に触れることができ、教育機関は開発にも携わることができる。他の先端企業もこういった機関と組んでやりたいと、どんどん研究開発の好循環ができる。

 教育機関の“オープン”が必要なのだ。

 しかし、現在の日本は「終身雇用型、製造業型の教育システムがまだちゃんとリニューアルされていない」のが現実だ。

「日本の文系では十分な投資が行なわれず、終身雇用の下で企業が20代後半、ほとんど儲けを出さない若者を抱えて、1人前にした」(鈴木寛・文部科学大臣補佐官)

「当社もマーケットや未来に合わせてコンピュータサイエンスをやっている人にぜひ入ってほしいのだが、新入社員の理系出身のうち5分の4は未経験者。とくにITエンジニアの輩出が少ない。各国の年間IT技術者の輩出数は少し前のデータだが、日本は1万6000人、アメリカ7万人、中国は15万人、インドは10万人。IT技術者数は日本が100万人、アメリカが330万人、中国・インドが200万人である」(金丸恭文フューチャーアーキテクト代表取締役会長/NIRA代表理事)

 時代に合わせた起業家教育と時代の要請に合わせたITエンジニア教育に重点を置き、さらに今後は、人材のリトレイニングの役割が求められる。

 「若い人たちが何かやりたいというときに、日本の若い人は、大企業で何かいい仕事をしたいんだけども、飛び出す勇気のある人はほとんどいない。日本では、リトレイニングというのは全然定着していない」(牛尾治朗ウシオ電機株式会社代表取締役会長/NIRA会長)

 「5年とか10年に1回、産業構造、社会構造が変わる。そうしたら、大学へ行ってもう1回新しいスキルとナレッジを身に付けようかと。スキル、ナレッジと同時に、もっと大事なヒューマンネットワークをゲットすることができる。新しい産業に入っていく上で大学でのリトレイニングは重要。こういうことをどれだけ加速してやれるか」(鈴木寛氏)

 「個人がもう1回大学で勉強し直すことを許すというのは、これまでの日本の会社ではありえなかった姿勢。定年までその人を使い続けるかどうかの判断とは別に、会社が生活費を出す、大学の入学料も出すから、その間、あなたはこれを学んできてくれと、従業員の戦力としての力を高めるための仕組みを導入するぐらいに、会社として危機感をもって従業員の育成方針を変えていけるかどうかが問われている」(菅原郁郎・経済産業省産業政策局長〔当時〕)

 企業は日本の教育機関の問題点を指摘するだけではなく、企業側から働きかけていく必要がある。ダッシャー氏は「教育は、労働力の方程式の供給側です。需要(企業)はどのようになるか、考えなければなりません。日本の企業は、中央的な人材採用を行なっていますので、教員はあまり企業の世界を知らなくても、学生は就職することができる。日本で教員採用を含めた教育を変えることを考えれば、需要側から、企業の採用方式を考えたほうがいい」と指摘する。

 

 人脈をオープンに

 創業期、成長期、安定期、低下期、そしてまた成長期……企業にもライフサイクルがある。企業のライフサイクルに合わせて、起業家(アントレプレナー)だけではなく、必要な人材も変わってくる。

 創業期の社内はリスクを取った起業家(アントレプレナー)が牽引するが、成長し、ある程度の規模になれば、財務、人事といった専門部門を使いこなせる管理者が必要になってくる。安定期に入り、成長が停滞し始めれば変革者が必要になってくる……というわけだ。シリコンバレーでは、企業の社内外で培われた人材とその人脈や人材コンサルタントが企業のライフサイクルに見合った人材を適切に供給する。さらに意識的に、企業とベンチャーのあいだで人材を循環させているように見える。

 「シリコンバレーの場合は、出ていった人も、その後にまた大企業に戻ってくることもある。たとえばオラクルに勤めていた友人がいる。以前会ったときには『自分で会社を始めた』といっていたにもかかわらず、しばらく経つと『会社を買われて、またオラクルに入った』。またしばらく経つと『また飛び出してさ。面白くないんだよね、企業は』と、それでまた『またオラクルに入った』と大企業ではやりたかったことをできないから、出て、自分でやる。成功すると、企業は買う。大企業ができないことをベンチャー企業がやって、それをまた戻す、この辺の人脈が回っている」(櫛田健児氏)

 シリコンバレーの企業は人脈を評価する。企業内に人材とその人脈がプールされ、時にはM&Aやスピンオフなどを通じて市場に放出され、ベンチャーに移動する。このベンチャーが大きくなり、元の企業にM&Aされる、という好循環ができているのだ。日本の企業は企業への忠誠を重視し、いちど出ていくと絶縁状態になりがちだが、シリコンバレーでは“OB”として積極的に活用しているのだ。

 もちろん、社内では、大企業の中から出ていかないほうが活躍できる人もいる。しかし、そういった人びとも社内外への人脈をより評価する企業風土があれば、人脈をより張り巡らせることができるようになる。

 日本でも、企業内起業とスピンオフの促進を行なっている企業はある。

「企業内起業とスピンオフの促進はリクルートモデルではないかと思います。リクルートは、入社したらすぐに、できるだけ大きな責任を与えて育てて、どんどん起業するようにということを促進して、それに対するリワードも出し、いったんスピンオフをするということに対してのサポートもして、かなりの数のベンチャーがリクルートからは生まれている。そういう意味で、そういった企業内起業プラス・スピンオフという、そのシステムをもう少し日本企業に登用していいのではないか」(橘・フクシマ・咲江G&S Global Advisors Inc. 代表取締役社長)

 さらに、この人脈のオープン化で、シリコンバレーは世界のいいところ取りも可能になっている。移民は、出身国の「頭脳流出」だけになるのではなくて、「頭脳循環」を生み出して、その出身のエリアもレベルアップさせている。

 「企業は優秀な人材を“死蔵”させずに、人生の3分の1は海外で過ごし、出て行く人間もいれば戻ってくる人間もいる『サケマス・エコシステム』を構築すべきではないか。スタートアップはウエストコースト、あるいはボストン、ケンブリッジに行く。その後、成功して日本企業にバイアウトされるといったように頭脳が循環されるべきではないか」(鈴木寛氏)

 質の高いアントレプレナーを生み出すためには、企業という質の高いサポーターが欠かせないのだ。

 

イノベーションはオープンな社会から生まれる

 車の窓、洗濯機……、IoT(Internet of Things モノのインターネット)のデバイスの可能性がシリコンバレーでどんどん広がっていく。そのプロトタイプまではシリコンバレーではできるが、大量生産のためのデザイン、生産ができていない。そこで日本の企業はマインドをオープンにしてプレゼンスを上げれば、パートナーとしてのチャンスができるのだ。

 「日本には、合わせ技をしてリファインする力はある。コンビニやスターバックスを見ても、オリジナルアイデアを生んだアメリカよりも圧倒的にいい。こういうリファインをする力をもっと使って、バリューをつくっていくことが重要だ」(新浪剛史サントリーホールディングス代表取締役社長)

 日本企業とシリコンバレーの組み合わせの事例を重ねて、技術力などの日本の強みとシリコンバレーが新しいイノベーションを起こす時代になる。

 日本の企業がプレゼンスを上げるためには、産業政策も見直しが欠かせない。

 まずは、競争が不可欠だ。競争の結果、時には退出を促すことで、新しい企業も生まれることになる。

 「オープン・イノベーションができたのも、アメリカの企業が激しい競争に直面したというのと、予算が来なかったというのがある。日本の大企業というのは、逆にいうと、そういう必要に迫られないので、いままでどおりのことを続けるのではないか。大企業の競争をアメリカ並みに激しくするということが、一つの回答につながる」(星岳雄スタンフォード大学教授)

 「日本は開業も廃業も5%ぐらいで、アメリカの10%と比べると半分。開業率を10%にしていくためには、撤退しやすい環境を整えることで結果的に廃業率が高くなるようにしなければならない。退出しない限りは、新しいものは生まれてこないし、人も移らない。アメリカの生産性で、製造業、小売り、卸も含めて、どうやって上がったのかということを追いかけると、やはり廃業率が上昇しているんです。小売りでいえば、チェーン店などがどんどんアメリカの地方都市も含めて席巻していって、合理的な配送方法、販売方法を広げていったという歴史がある」(菅原郁郎氏)

 企業が開業、廃業もしやすいオープンな社会が必要なのだ。これまでは、既存の中小企業を温存させるという社会的なニーズが高かったが、自営業者も高齢化し、日本の産業政策の重点を変える時期にいる。

 「10年ターム、20年タームについて、民間だけではできないところを政府がある程度やってきた。ただ、いまから思えば、まだ1980年代から90年代は時の流れが緩やかで、10年間かけて国が基礎的な研究開発を行ない、そこで出た成果を事業化するのにもう10年かけることが許されていた。しかしながら、最近は、研究開発にかける時間も事業化までの時間も、ものすごいスピードになってきており、大学と企業と政府の研究者が一緒になって基礎研究から事業化まで一挙にやらなければならないようになってきた。また、産業政策の対象も、これまでのように製造業とその周辺に焦点を当てて経産省主導で何かをやるというのは、もう限界に来ている」(菅原郁郎氏)

 経産省主導のプロジェクトだけでなく、文科省、厚労省、農水省などでイノベーション促進のための政策が行なわれているが、その方向性は重複していたり、バラバラなことも多い。各省の頑張りがむしろマイナスになりかねない。役割分担を整理して、コントロールタワーを再構築することが重要だ。

 シリコンバレーのイノベーションは省庁の枠内ではなく、つねにオープンに横断的に生まれるものなのだ。

 

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