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		<title>Web Voice</title>
		<link>https://voice.php.co.jp/</link>
		<description>新しい日本をつくる提言を！　「Web Voice」は、月刊誌『Voice』編集部がお届けするWebメディアです。雑誌掲載記事を中心に、政治・経済・社会など、いま注目の話題を幅広く取り上げ、議論を深める場を提供します。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
				<copyright>Copyright PHP研究所　All rights reserved.</copyright>
		
				<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
						
				<item>
			<title>高市政権の積極財政は地方の自立を促すか？ 過去に学ぶ「地方を強くする条件」  山﨑朗（中央大学経済学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/14019</link>
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			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Japan.jpg" width="1200" /></p>

<p>東京一極集中が続くなかで、地方は本当に自力で立ち上がれるのか。国の投資戦略や税の偏り、防衛・エネルギー政策が地域格差をどう変えるのか。過去の教訓から「地方を強くする条件」を多角的に問い直す。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地方創生の誕生と背景</h2>

<p>第二次安倍内閣（2021年12月発足）のもとで2014年に地方創生1.0が策定された。2014年9月には内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、石破茂氏が初代「内閣府特命担当大臣（地方創生担当）」に任命された。地方創生は、それまで政策用語として使用されてこなかった新しい概念であり、2008年をピークに日本の人口が減少に転じたことを背景に登場したものである。</p>

<p>1991年から1993年にかけては、地価高騰とバブル崩壊の影響で東京圏（東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県）は、戦後初めて人口の「社会減」に陥ったが、その後は増加に転じ、2007年にはバブル期とほぼ同じ水準の「社会増」に達していた。</p>

<p>また、戦後の地域振興の基本スキームである工場の地方分散政策や公共事業の地方への優先的配分も、工場立地件数の激減、地方における高規格道路、新幹線、空港、港湾、ダムなどのインフラ整備の概成によって、地域振興効果が薄れている。こうした社会経済情勢の変化を受け、工場誘致とインフラ整備に依存しない、地方における雇用創出と定住促進、さらには東京一極集中抑制と日本の人口減少対策のための、新しい政策スキームが求められたのである。</p>

<p>県単位での人口減少は、1980年から1990年にかけて、国勢調査によってすでに確認されていた。1990年代以降、人口減少、高齢化に加え、若者層（とくに大学卒業時）の流出が進み、地域経済の停滞や地域の医療・福祉・教育・商業・公共交通といった生活基盤の縮小・劣化につながった。</p>

<p>こうした社会経済状況を背景として登場した地方創生1.0は、増田寛也編著『地方消滅』（中公新書、2014年）とその基になった「増田レポート」の影響を強く受けている。衝撃的なタイトルと「消滅可能性都市」の名指しは、政府関係者だけでなく、地方自治体の関係者にも衝撃を与えた。同書では、合計特殊出生率（TFR）の高い地方から、TFRがもっとも低い東京都への若者への流入を抑制することで、日本の人口減少に歯止めをかけうるという論理が展開されており、この論理は、地方創生1.0のなかにも取り込まれた。</p>

<p>しかし、TFRと実際の出生数には必ずしも相関がないことは、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子氏らによって明らかにされている。TFRが2.0を超えている自治体でも、出生数は増加していない。2024年のTFRでは、東京都が0.96と全国で最低であるが、宮城県は1.00、北海道は1.01であり、東京都と大差のない道県も少なくない。東京都には高等教育機関が集中しており、未婚の若年女性の多さがTFRの低さに影響している。</p>

<p>法政大学の小黒一正氏は、国勢調査にもとづき都心3区（千代田区・港区・中央区）の平均出生率は、沖縄県に次いで全国2位の水準にあると明らかにした。東京都への若者の流入が日本の人口減少を加速するという「東京ブラックホール論」には再考の余地がある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地方創生1.0の課題と成果</h2>

<p>地方創生1.0は、2020年に東京圏の人口の「社会増減ゼロ」をKPI（重要業績評価指標）として掲げた。しかし、コロナ禍による2020年から2022年の時期を除くと、東京圏の人口社会増は継続しており、目標は達成されていない。第三次国土形成計画では、改めて2027年度に東京圏の「社会増減ゼロ」というKPIが設定されているが、首都圏直下型地震の発生や感染症の大規模流行など、きわめて例外的事象が発生しない限り、実現は困難だと思われる。</p>

<p>地方創生1.0の予算規模は、当初1000億円（事業費ベースでは2000億円）程度にとどまった。2015年度には1653億円であったふるさと納税全国受け入れ額は、2024年度には1兆2727億円にまで増加している。</p>

<p>また、地方創生1.0は、地方の自主性や主体性を尊重する姿勢を示しながらも、地方自治体には、国のビジョンにもとづいた「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略の策定」が義務付けられた。</p>

<p>2019年の内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の資料で紹介されている調査によると、回答のあった770団体中8割以上の自治体は、東京都などに本社を置くシンクタンクやコンサルにビジョンと戦略の作成の一部を委託したことが判明した。そのため、画一的なビジョンや戦略が多く、地方創生の理念と乖離する状況が生まれていた。</p>

<p>この背景には、小規模自治体に対して、政府が短期間で企画力や事務能力の限界を超える課題を課したことがある。2024年に共同通信社が実施した全国の首長アンケート調査（回答率93％、回答者数1667人）によると、地方創生の成果について、「不十分」とする回答が15％、「どちらかといえば不十分」が54％にのぼった。効果が不十分であった理由は、「自治体単独での対策には限界があった」73％、「予算・人手が足りなかった」13％、「対策のノウハウがなかった」7％であった。</p>

<p>コロナ禍によって2020年から2022年にかけて、東京圏への人口流入は抑制された。だが、これは地方創生の効果ではなく、想定外の外的要因によるものである。その後、東京圏の社会増は再び拡大し、近年は海外からの東京都への移住者が増加している。</p>

<p>地方の自治体の「地方人口ビジョン」は、将来推計人口を過大推計する傾向がみられる。その実現のために、格安住宅地の開発による人口の奪い合いが生じ、都市圏単位でみれば、ゼロサム（都市圏の人口は減少しているので、正確にはマイナスサム）であるだけでなく、地方都市の都心の人口密度低下や都市圏のスプロール化といった負の効果をもたらした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>サナエノミクスと地方創生</h2>

<p>地方創生2.0は、地方創生1.0の課題と限界を踏まえ、石破政権下で始動した。2024年の補正予算において、「新しい地方経済・生活環境創生交付金」1000億円が創設され、2025年度当初予算における同交付金の予算額は2000億円に倍増されている。</p>

<p>さらに、2024年10月には「新しい地方経済・生活環境創生本部」が設置された。地方創生2.0では、より地方自治体の主体性を重視する姿勢と地域経済の活性化の視点が打ち出されたが、その成果についてはまだ評価できる段階ではない。</p>

<p>2025年10月に高市早苗政権が誕生し、地方創生政策の継続性に注目が集まった。新たな地方創生担当大臣には黄川田仁志氏が就任し、地方創生2.0を廃止したり、大幅に見直す動きは、現時点ではみられない。高市総理の所信表明演説では、「地方創生」という用語は用いられなかったものの、「地方の活力は、すなわち日本の活力である」と強調し、熊本県へのTSMCの進出や北海道へのラピダスの工場建設を例に、国の支援による投資誘導効果を全国に拡大していく意欲を示した。</p>

<p>具体的施策としては、①地域を超えたビジネス転換を図る中堅企業の支援、②地域ごとに産業クラスターを戦略的に形成（地域未来戦略）、③二地域居住を含む関係人口の創出、④稼げる農林水産業等の創出、⑤税源の偏在性が小さく税収が安定的な地方税体系の構築、などが掲げられている。</p>

<p>これまでの地方創生の議論において、見過ごされてきた重要な観点は、「非空間的政策」が地域経済に与える影響である。「非空間的政策」とは、全国一律に適用される政策でありながら、地域の産業構造、人口構造、生活様式によって地域に異なる影響を与える政策を指す。</p>

<p>たとえば、国民年金制度は、全国一律で運用されているが、地方に高齢者が多く、東京圏に労働人口が集中している場合には、保険料納付と年金給付を通じて、地方への所得移転が生じる。しかし、東京圏でも高齢化が進めば、国民年金制度を通じた地域間の所得移転効果は次第に薄れていく。</p>

<p>高校3年生までの子どもに対し、一人あたり2万円を支給する「物価高対応子育て応援手当（仮称）」（総額約4000億円）は、2026年度限りとなる可能性のある政策ではあるが、子ども比率の高い沖縄県、滋賀県、宮崎県、佐賀県、愛知県などでは人口比以上の恩恵を受ける一方、少子化が進む秋田県、北海道、東京都では人口比よりも少ない配分となる。</p>

<p>また、物価高対策の柱として拡充される「重点支援地方交付金」は、全国の自治体に配分されるが、財政力に応じて調整が行なわれるため、ゆるやかながらも地域間の所得格差を緩和する効果をもつと考えられる。逆に、所得税の壁の引き上げは、パート労働者が多く居住する大都市圏において、世帯所得の底上げにつながる可能性がある。</p>

<p>サナエノミクスの第一弾として実施が決まった、「ガソリン税の暫定税率の廃止」も、「非空間的政策」の典型例である。</p>

<p>この政策は、自動車保有率の高い関東内陸、山梨県や長野県、東北地方などに通勤通学や買い物にかかる生活コストの軽減というかたちで大きな恩恵をもたらす。軽油引取税の暫定税率廃止を含めると1.5兆円規模の減税であり、恒久減税となれば、自動車交通に依存する地域への経済効果は継続することになる。</p>

<p>それに対して、東京都、大阪府、神奈川県、京都府、兵庫県、埼玉県などの都市圏では自動車保有率が低いため、減税の効果は限定的である。「ガソリン税の暫定税率の廃止」には、二酸化炭素排出量の増加を懸念する声もあるが、鉄道やバスなどの公共交通がなく、移動手段として複数の自家用車を所有せざるをえない過疎地の住民にとっては大きな恩恵であり、地方創生の観点からは評価される。</p>

<p>サナエノミクスの中核をなすのは、17の重点分野への政府投資である。17分野は、伝統的な産業分類とは異なり、名称が独特であるうえに、その具体的対象も明確ではない。おそらく、半導体、人工知能（AI）、造船、防衛産業、核融合分野が主要な投資対象分野となろう。</p>

<p>このような大規模投資は、地域間の産業構造や産業集積の差異によって、地域間の成長率格差をもたらす。九州では、2001年ごろから半導体クラスター戦略を実施してきたが（詳しくは山﨑朗・友景肇編著『半導体クラスターへのシナリオ』〈西日本新聞社、2001年〉）、九州経済産業局によると、九州の半導体生産額は、2024年に全国の48.5％を占めており、過去最高の2000年に迫る生産額にまで回復している。</p>

<p>造船業の振興は、造船所の多い愛媛県、長崎県、広島県、山口県にプラスの影響を与えるであろう。防衛産業の工場は、関東、東海、近畿に多く、地政学リスク削減のためにも工場の地方分散が望まれる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>サナエノミクスの地方創生と国防・平和</h2>

<p>サナエノミクス以前から実施されていた施策として、南西諸島における自衛隊の配備がある。国境離島である与那国島には、2016年に自衛隊の駐屯地が開設され（沿岸監視隊や電子戦部隊の自衛官が150人程度駐留し、家族を含めると250名程度が居住）、与那国島の人口の1.5割を占めている。</p>

<p>石垣島や宮古島の人口増加は、観光業の成長にも支えられているが、自衛隊員の増員配置も影響を与えている。GDP比2％の軍事費が、どの地域に投下されるかによっては、国境地域や国境離島の「活性化」につながる。</p>

<p>エネルギー政策においては、地方における再生エネルギー産業の発展を促すとされている。風力、水力、地熱、太陽光、バイオマスなどの地域資源の活用によって、地域のエネルギー自立と関連産業、とくにデータセンターや電力多消費型産業の立地が期待される。</p>

<p>もちろん、九州と本州、北海道と本州を結ぶ送電網の整備や揚水発電の増強、蓄電池の開発も不可欠である。エネルギーの自給化は、地方創生だけでなく、貿易赤字の削減、地政学リスクの削減にも貢献する。</p>

<p>国土強靱化による災害対策、リダンダンシー（冗長性）の確保のためのインフラ投資は、地方の防災・減災機能を強化し、雇用創出にもつながる。地震や風水害、豪雪の被害の多い地方では、地域の生活と経済活動の安全性を高め、長期的な地域の発展に寄与する。国土強靱化においては、災害危険地域からの撤退や集落の中心地に集住する「小さな拠点」形成と組み合わせることができれば、地域の福祉、生活水準の維持にもつながるであろう。</p>

<p>教育・人材投資においては、地方大学や地方の高等専門学校への支援強化は、地域に根差した人材育成を実現し、域外への16歳、18歳人口の流出を抑制することになる。これらの高等教育機関と地域企業の連携による実践的教育や共同研究開発活動は、地域における新規事業やベンチャーの創出に貢献する可能性も秘めている。ただし、近年、若年層の人口減少により、高等教育機関の閉校が増加しており、地域における学びの場の確保は、地方創生にとって重要な課題である。</p>

<p>高市政権の政策として、カロリーベースで38％の日本の食料自給率100％をめざすという野心的目標も示された。北海道や東北などの5県は100％を超えているものの、国レベルでの実現の可能性はきわめて低い。アメリカからの農産物輸入の削減は、日米貿易摩擦の要因となるであろうし、円安にもかかわらず、米、野菜、果物などの輸入は急増している。100％はともかく、自給率の上昇が実現できれば、地方の農林水産業の持続可能性を高める可能性はある。</p>

<p>さらにいえば、国が除去すべき地方創生の阻害要因も多い。たとえば、新潟県に次いで米どころとなった北海道には、米の生産量と比較して日本酒の酒蔵が少ない。国税庁が輸出用の日本酒醸造以外の酒蔵の新設を禁止しているからである。地域の農林水産業の実情に応じた食料品産業の振興は、国の役割であるはずだ。</p>

<p>米の輸出増加も模索されているが、日本から中国に輸出する米については、中国政府が認可した「指定登録精米施設」で精米し、「登録燻蒸倉庫」で燻蒸しなければならないとされている。「指定登録精米施設」は、北海道石狩市、神奈川県綾瀬市、兵庫県西宮市の三施設のみで、米どころの東北には指定施設はない。「登録燻蒸倉庫」は、7倉庫指定されているが、地域的には北海道小樽市、山形県酒田市、兵庫県神戸市、熊本県八代市の4地域のみとなっている。日本の農林水産物・食品輸入を規制している中国政府との交渉も国の役割である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地方創生にこそグローバルな視点を</h2>

<p>高市総理は、地方税体系の見直しも示唆している。直近の課題は、ネット銀行の隆盛による利子税の東京都集中である。長期的には、地方の高齢者の死去にともない、東京圏在住の子どもや孫に金融資産が相続されるという、金融資産の東京圏集中問題がある（山﨑朗「金融地域創生」山﨑朗編著『地域創生の新しいデザイン』〈中央経済社、2025年を参照〉）。</p>

<p>地方創生は、東京一極集中是正、地域の社会課題解決といったドメスティックな視点が目立っていた。だが、これからの地方創生は、貿易、インバウンドのみならず、外国人政策を含むグローバリゼーションへの対応策が重要である。いまや東京都の人口増加の8割は外国人であり、北海道のリゾート地では、20代の6割程度が外国人という地域も出現している。</p>

<p>地域の平和が国土の末端地域、国境地域の自律的成長を促すことは、EU諸国の国境都市が証明している。日本海側や北海道の自律的成長には、極東地域の平和の実現によるロシア、北朝鮮、中国との交流促進が不可欠である。</p>

<p>台湾有事に関する高市総理の発言は、中国便比率が高い関西国際空港や地方の空港に負の影響を及ぼす可能性が高い。その結果、これらの空港を抱える地域のインバウンド需要にも悪影響が及ぶことが予想される。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[山﨑朗（中央大学経済学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会】人間の身体の「解釈」はどこまで変わっていくのか（ディスカッション・２）  22世紀の人間像研究会</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13752</link>
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			<description><![CDATA[いまや「一人で食べること」は孤立ではなくアイデンティティとして語られるようになりました。これが私たちの追い求めてきた究極の「自分らしさ」の物語なのでしょうか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260216isonomaho4.jpg" width="1201" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。</p>

<p>本稿は文化人類学者の磯野真穂さんによる「文化人類学における身体性の解釈の変容」の話を受けた「22世紀の人間像研究会」メンバーによるディスカッションです。全3回でお届けします。</p>

<p>いまや「一人で食べること」は孤立ではなくアイデンティティとして語られるようになりました。これが私たちの追い求めてきた究極の「自分らしさ」の物語なのでしょうか。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間は経済的範疇だけで生きているのではない</h2>

<p>【先崎】磯野さんの話のなかでンデンブの儀式というのが出てきましたよね。村に困った人がいて、他の村人と反目しあっていたけれど、その状態に「悪霊憑き」という意味付けをして霊を追い払うことで事態が解決したという。</p>

<p>【磯野】はい。この困った人はカマハサニという人なんですよ。</p>

<p>【先崎】同じような話を、僕のやっている日本思想史でいうと、柳田國男の『遠野物語』とか、それを使った吉本隆明の『共同幻想論』に出てきます。それは次のような物語です。山に入った猟師が顔の赤い鬼に会っていろいろな話をして帰ってきた。すると数日たって死ぬんです。なぜ死んだのか。恐らく赤い顔の鬼というのは共同体における禁忌の象徴なのですね。それを見てしまった。その結果、ちょっとしたかすり傷を負っただけで数日寝込んで死んでしまう。もちろん、科学的にはかすり傷で人は死にません。しかし人間はかすり傷に、共同体が共有する「意味」を与えられると、肉体的に死ぬことができる、という話なんです。</p>

<p>また、吉本隆明の『共同幻想論』では、「国家も共同の幻想である」として、国家批判の本として読まれました。しかし吉本の主張は、人間というものは、会社であれ法体系であれ、あらゆる共同性を構築する過程で、かならず「共同幻想」をつくるものである。だからその最良の事例である国家が、どのように成立してくるのかを暴き出したいといものでした。マルクス主義のいうように、人間は経済的範疇だけで生きているのではなく、「共同幻想」を操り、あるいは操られつつ生きていくのだよ、と。</p>

<p>さきほどのンデンブの儀式の話は、科学とか、エビデンス主義とかでこの先いけるのだろうかという話につながっていくように思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「システムからの解放」の最果てにあるリストカット</h2>

<p>【先崎】あと、気になったのは『孤独のグルメ』の話です。</p>

<p>【磯野】はい。人がひとりでものを食べることにフォーカスしたドラマが流行っているという話ですね。</p>

<p>【先崎】そうですね。まず、「食べる」とは生理的な行為ですね。つまり、私たちのアイデンティティが生理的なものになってしまっている。「共同幻想」がむしろ退潮し、僕たちの社会は身体的なものが露出してきているのではないか。</p>

<p>「孤独」の反対は、もちろん「関係性」です。「関係性」とは、食事でいえば、食べる行為そのものではなく、誰かと一緒に食べるとおいしいとか、会社の人と食べるより家族で食べるほうがおいしいとか、そういう文化的価値のことですよね。僕らはそういう、人間同士の複雑な凹凸とか象徴の中を生きているはずです。にもかかわらず、身体性だけがアイデンティティになっていることは問題なのではないか。以前本にも書いたのですが、痛覚、いわゆるリストカットが生きていることを最終担保するものになっているというのと、一人で食することがアイデンティティになっているというのは似ていると思いました。</p>

<p>【磯野】本当にそうですね。『孤独のグルメ』もそうだし、『ソロ活女子のススメ』もそうなのですが、一緒に食べることを強要されるのが苦痛であるというメッセージにもなっているんですね。「一緒に食べるとおいしい」ということをある種の制約と捉えている。「家族はそろってご飯を食べなくてはならない」とか、「会社の飲み会は必ず出ないといけない」という価値観に我々が苦しめられた面もたしかにあるのですが、それを振り切った反動として、別の共同幻想に引き寄せられる面もあるのではないかと。縄文左派や縄文右派もその一つのあらわれだと思います。</p>

<p>【先崎】いや、その通りだと思いますよ。縄文左派と縄文右派というのを具体的に言うと、縄文右派というのは梅原猛みたいな人たちを念頭に置いていて、縄文左派というのはどちらかというと岡本太郎のような人たちがモデルなんだと思います。ここで言われている縄文というのは、近代的な関係性とか境界線からの解放の象徴なんですよ。</p>

<p>対して、弥生は近代的なものの象徴なんです。たとえば「資本主義システムに乗っかっている」みたいなことを批判するときに、過去に回帰して、原始共産主義社会を持ちだすことがあります。マルクスですらそうです。こうした、近代システム批判の日本における典型的バージョンが縄文なのです。縄文には人間の根源的エネルギーが保存されていると。反近代であると。</p>

<p>だから、「資本主義社会の拘束から解放されたい」というときに、「そこに日本の本来の姿がある」というのが縄文右派で、「近代主義の象徴である国家以前の、もっとプリミティブな人間関係に戻りたい」というのが縄文左派になっていく、というふうに僕は思っている。</p>

<p>いずれにしても境界線とか、関係性とか、「何々らしさ」とか、これら全部を含む近代システムから解放されたいというのが基本にある。芸術でもそうですよね。最も象徴的なのは、デュシャンの「泉」という作品で、これはトイレを逆さまにして「泉」と書いただけのものです。これは芸術を「意味」から開放する行為でした。</p>

<p>僕は、芸術の場合は、こうした考え方はすぐれていると思っています。しかし、人間社会をこうした縄文モデル？で考えることが、果して正しいかと言われれば、少し疑問に思っている。あらゆる関係性からの解放は、一見、自由に見える。しかし僕の考えでは、この自由は、あらゆる定義を外的なものとして退けた結果、無色透明の自分が不定形に存在する「自由」になると思う。この「自由」は、結果的に、自己存在を身体性にしかもてない。したがって、絶対の解放がもたらす負の側面として、「自由」はリストカットに行きつくと思うんです。ここで言っているリストカットとは、要するに、自己存在証明＝痛覚という身体性にまで縮減することを言っています。</p>

<p>身体性への過剰な還元については、フランシス・フクヤマが『アイデンティティ』という本でこんなことを書いているんですね。あらゆる何々らしさというのをどんどん破壊していった場合、たとえば「サッカーという競技において男女平等に扱うべき」という今までの境界線に対する異議申立てを通り越して「サッカーという試合自体が男性中心主義に作られたものだから破壊されるべき」となっていく。これをセックスに当てはめると「セックスそのものが男性中心主義だから認められない」となって、普通の性交とレイプの境界をなくせという話になっていく。</p>

<p>ここまでいくと、社会全体の秩序、すなわち関係性のなかで生きているはずの人間存在が、そもそも成り立たたなくなる可能性があると僕は思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自分らしさ」が資本主義を加速する</h2>

<p>【磯野】全く同感なのですが、少し追加をさせていただくと、実は「らしさ」から解放されて「自由になる」「自分らしくなる」という思想は、資本主義とすごく相性がいい。「何でも１人でできますよ」ということは、関係性の中で行われていたものを経済的なものにアウトソーシングしていくということです。資本の力をつかえば自分の身体もいくらでも変えられるし、関係性を切っても生きていけるということです。関係性の負の面ばかり、あるいは解放のいい面ばかりを強調することは、資本主義をよくないかたちで加速させていく気がしています。</p>

<p>【先崎】さきほど、為末さんのお話で、やはりなと思ったことがあります。ドーピング容認の世界大会に対して、シリコンバレーの人たちがすごく関心を示したというところです。代表格のイーロン・マスクなんかは、あらゆる関係性から自由になりたい人ですね。彼には国境も邪魔だし、地球さえ自分を束縛するものと考えて火星を目指す。不老不死を本気で考えているふしもあります。そうした彼らにとって、「ありのまま」の身体で競うような従来の競技のあり方すら、束縛であり、不自由なんですよ。ドーピングでどこまでも滑走していきたいのです。</p>

<p>ただ、こういう考え方が行き過ぎると、反動がおきます。その典型がＪ・Ｄ・ヴァンス副大統領です。ヴァンスのブレーンは大体40歳前後で若いのですが、観念的保守主義で、「古きよきアメリカを取り戻さなきゃいけない」という強烈な共同体主義なんです。共同体主義とは、要するに「自分を社会の関係性のなかに位置づけてほしい」という欲求です。彼らの考える「自由」とは、社会において応分の役割をもらい、やりがいを得ることで、将来的な見通しをもつことができるという意味です。まさしく、イーロン・マスクと正反対の自由観なのです。トランプはマスク的なるものとヴァンス的なるもの、この両者を頭に乗せて、国家像をつくっているわけです。</p>

<p>この現象を日本でみるとどうなるか。ヴァンス含めた観念的保守主義者は、日本で言えば縄文右派なんです。たとえば、参政党は健康食品へのこだわりが非常に強い。身体性に極端にこだわって、たとえば「体の中から汚いものを排除しなきゃいけない」ということを言い出している。この「不浄なものを排除したい」という身体感覚が、国家に転移すると、移民排斥になります。そして不浄とは、実は差別のはじまりであり、あらゆる戦争行為などにおいてあきらかなように、他者を汚いとか、臭いとか、言い始めるのはきわめて危険な兆候なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>文化によって違う「うまくいく謝罪」のパターン</h2>

<p>【為末】ンデンブの話で僕が思い出したのは、タイガー・ウッズのセックススキャンダルがでたときに、すぐさま「自分はセックス依存症だ」ということを本人が告白したことです。村の困った人に悪霊がとりついていたという話と似ていると思いました。「悪霊＝セックス依存症が私の行為を支配していたのです」という話ですね。依存症というシンボルに罪を負わせることによって、本人は免罪になる。</p>

<p>【磯野】確かにタイガー・ウッズはそうでしたね。文化人類学的な観点だと、脱魂、憑依といった状態も使えそうです。魂が抜けたところに悪いものが入ってきて病気になる、あるいは悪霊に憑依されて病気になるという解釈です。現在の病態理解の際に使われる言葉はずいぶん違いますが、これもひとつの責任回避のシステムと言えるでしょう。「私と病気は別」であり、悪いのは病気であるというものの見方です。</p>

<p>【為末】そうですね。病気だったら「気の毒だ」となる。タイガー・ウッズの場合でも一時はスポンサーが降りるのではといわれましたが、「依存症です」となった瞬間に、そういうことならむしろ支援が必要だ、というふうに世論が変わったんですね。</p>

<p>【磯野】それが微妙になるのが連続殺人のようなケースです。「精神に問題があった」で許されていいのか」という話です。</p>

<p>【為末】文化人類学で調査するような、いわゆる伝統的な社会では殺人の許され方も私たちの社会とは違うように思うのですが、どうなんですか。</p>

<p>【磯野】理由にもよりますが、許されるような状況もあります。例えば、フィリピンのルソン島に居住しているイロンゴット族の男性には、耐え難い怒りや苦しみを抱えたときに、その感情を放出するかのように首狩りをするという風習がありました（現在は廃絶）。そこでフィールドワークをしていたレナート・ロザルドという人類学者は、最初なぜ彼らがそんなことをするのが理解できなかったのですが、フィールドワーク中に奥さんが不慮の事故で亡くなるんです。しばらくたったときに、絶えがたい怒りや悲しみが湧いてきて、その時に初めて、イロンゴットの首狩りの儀礼の意味がわかった、ということを『文化と真実（Culture and Truth』という本に書いています。</p>

<p>また国民国家社会では兵士が戦争で兵士を殺すことは罪に問われません。しかしこれもこの文化の外側から見たら奇妙な状況に見えるのではないでしょうか。殺人を徹底的に断罪しながら、他方で、戦争中のそれについては、許容しているのですから。</p>

<p>【為末】殺人ではない罪については儀式として許されるケースもあると思うんです。それが依存症でしたが施設苦しいリハビリを経て復帰を果たしました、というストーリーだったり、日本でよくある記者会見だったり。それぞれの文化圏での許され方みたいなものがあるような感じがします。</p>

<p>【磯野】ニュージーランドのアダーン元首相が、かつてニュージーランド入植者がアボリジニにやったことについて、アボリジニに伝わる謝罪の儀式（https://youtu.be/a4pVL3guMu4?si=enNaQejgIqmCIEJx）を使って、儀式の最中にアボリジニの人が涙を流すという場面がありました。謝罪というのは多分そういう身体性を伴った儀式を経て完了するのかもしれないですね。ただ、今の社会はなにかあると簡単に復帰不可能になる。謝罪の型が消えている気もします。</p>

<p>【為末】スキャンダルになったときにうまくいく謝罪といかない謝罪というものがあると思うんですね。うまくいったのは綾小路きみまろさんです。ネタを盗用したことをあっさり認めて「ついうっかりやってしまいました」で許されたんです。まったく同じ時期にモーニング娘の安倍なつみさんも盗用疑惑で炎上して謹慎処分になった。大ごとになるかならないかに実はそんなにくっきりした基準が無くて、そこを分けるのは社会の文脈のようなものがあるのかなと。タイガー・ウッズはアメリカでは「依存症です」であっさり許されたけど、日本だと「依存症でもやったことには違いない」といわれて簡単には許されなかった気がします。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260216isonomaho4.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[22世紀の人間像研究会]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>学歴をありがたがるのは誰か?　「同じ大学出身者で心地良いチームを作る」功罪  勅使川原真衣（組織開発専門家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/14049</link>
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			<description><![CDATA[学歴をありがたがっているのは一体誰なのか? 日本企業が学歴を重視することの功罪を、組織開発専門家の勅使川原真衣氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="勅使川原真衣 『学歴社会は誰のため』" height="742" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_colleagues.jpg" width="1200" /></p>

<p>学歴不要論が盛んに議論される一方で、学歴社会が根強く残るのはなぜでしょうか。それは一体、誰のために存在するのでしょうか。本稿では「学歴社会と心理的安全性の関係」について、書籍『学歴社会は誰のため』より解説します。</p>

<p>※本稿は、勅使川原真衣著『学歴社会は誰のため』（PHP新書）から一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「心理的安全性」は学歴社会と蜜月?</h2>

<p>「学歴をありがたがるのは誰か?」―そう問うてくるなかで、忘れてはいけない1つの概念がありました。お気づきでしょうか? 「職務遂行能力」と言うほどでもない、「この人ってだいたい『こういう人』かな」などの、人となりのイメージがある程度つく情報へのニーズです。</p>

<p>仲間になれそうか? と言ってもいいのかもしれません。外資系企業の採用では「カルチャーフィット」という言葉に擬態し、求める資質・能力の1つとしていることもあります。文化的親和性、なんて訳すとそれっぽく聞こえますが、要するに、</p>

<p>親近感<br />
仲間意識<br />
安心感</p>

<p>を求める人間の性と言ってもいいでしょう。</p>

<p>この「カルチャーフィット」ですが、この類の話になると、威力をもつのは意外にも「学歴」のようなブランド、序列的に暗示する情報である点は注意が必要です。自分の出身校を否定する人はそういないでしょうし、自分が通っていた大学やその周辺校であれば、馴染みのない学歴と比べたら「察する」部分も多いからです。</p>

<p>こうした文化的な親和性を気にする慣習ですが、昨今の次のような企業にまつわるパワーワードも後押ししているように思います。</p>

<p>「心理的安全性」</p>

<p>です。これはハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が、グーグル社と共同で行なったプロジェクト、その名も「プロジェクト・アリストテレス」において、「生産性の高いチームは『心理的安全性』が高い」と発表したことから広まった組織の生産性にまつわる重要概念です。</p>

<p>生産性が高い、すなわち「成功」するチームとそうでないチームを分かつのは何か? について、グーグル社の数百のチームをさまざまな変数から分析したと言います。</p>

<p>しかし、当初予想していた学歴という共通項や能力の指標、共通の趣味の有無などは、生産性の違いを有意に説明するものにはならなかったそうです。そして最終的に残ったのが、「心理的安全性」であり、その違いがチームの成否を分かつと結論づけたのでした。</p>

<p>とくに、</p>

<p>「例えば、チーム内でいつもしゃべるのは一人だけで他のメンバーはいつも黙っているチームは失敗するが、ほぼ同じ時間だけ全メンバーが発言するチームは成功するというのです。つまり、心理的安全性の高いチームづくりをすることが、成功のカギといえることがわかってきました。」（Unipos HRコラム、2024年7月16日）</p>

<p>という具体例を新鮮に思った企業組織関係者は少なくないのではないでしょうか。</p>

<p>ただここでポイントになるのは、先の例示からもわかるように、チーム内で意思疎通の場があることが暗黙の前提である点です。議論の土俵や共通理解の前提はある状態の話と、まったくの「はじめまして」の場面とは異なります。</p>

<p>しかし、日本においてはあまりにこの概念だけがセンセーショナルに伝えられ、一大ブームになったがゆえに、初対面や、そもそも情報の非対称性や権力勾配があるような場面でも、</p>

<p>安心感<br />
居場所<br />
安全基地</p>

<p>だと職場を思えることの大切さが強調されすぎたように私は思っています。双方向的なコミュニケーションを取る大前提はさておき、阿吽の呼吸ができることの職場としての心地よさを謳ってしまうと、こんな言い分を誘発しても仕方ないのではないでしょうか?</p>

<p>「何を考えているかが想像もつかないような人と一緒にいることは不安だわ」と。さらには安直ながらわかりやすい共通点と言えば、人生をかけた愛憎劇にもなりかねない「学歴（学校歴を含む）」は、じつに使い勝手のいい属性にならないでしょうか。</p>

<p>「〇〇キャンパスの横にある、あの家系ラーメン屋でさぁ......」</p>

<p>と聞けば盛り上がれる。ないしは</p>

<p>「医学部棟のイタリアンよく行ったよねー」<br />
「△△サー（サークル）はやばいって〜」</p>

<p>でもなんでもいいのですが、日常的な逸話（エピソード）から、互いの距離感があぶり出され、ただの思い出話のはずが、心理的な距離感そのものになる。これもまた学歴・学閥マジックだと思うのです。</p>

<p>しかし世の中には「学歴差別はいけません」というのも周知の事実なので、表立っては言わないのがミソです。なんなら、「心理的安全性」という掛け声のもと、あたかも正当な理由（「組織ダイナミクスに詳しい一流企業の知見」というお墨つき）から、訴求して当然のことのような錯覚に陥る。この巧みさの功罪を頭の片隅に置いておくべきでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_colleagues.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会】「文明を継承する」ということ　山形の「王祇祭」を守れるか（第１回）  船曳建夫（文化人類学者／東京大学名誉教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13771</link>
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			<description><![CDATA[抽象的・理念的になりがちな「日本文明」について、船曳建夫氏が「生きた文明」である山形県のある地域で営まれている「王祇祭（おうぎさい）」を例に検討していく。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="762" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260227funahiki1.jpg" width="1200" />平安時代初期の大同2年（806年）創建といわれている山形県・春日神社で毎年2月に旧例祭「王祇祭」が行なわれる</p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会（委員：河野有理、藤本龍児、三宅香帆）」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。今回は、抽象的・理念的になりがちな「日本文明」について、船曳建夫氏が「生きた文明」である山形県のある地域で営まれている「王祇祭（おうぎさい）」を例に4回にわたって検討していきます。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「日本文明」があらためて問われる時代に</h2>

<p>近年、「日本とは何か」「日本文明とは何か」といった問いが注目を集めています。冷戦終焉以降のグローバル化の進展や、昨今の米中をはじめとする保護主義の揺り戻しのなかで、文明という枠組みがあらためて問われているようです。</p>

<p>「文明」という言葉はしばしば「文化」や「伝統」と混同されますが、文明とはいわば「政治体制、言語、信仰、社会秩序、生活様式などあらゆる構成要素の総体」とでも言いましょうか。個々の文化現象やその集積ではなく、社会全体を支える「生の形式」であり、時間的持続性を持つものだと思います。</p>

<p>こうした観点から見たとき、「日本」はきわめて特異な位置を占めています。政治学者サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』（1996年）で指摘したように、例えば日本文明は決して中国文明と同一にできるものではなく、独立したひとつの文明としてその動きを捉えなければ、見えてこないものがあるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「大陸の横の島には文明がある」</h2>

<p>かつて私は、「大陸の横には島があり、そこには一つの小さな文明がある」という仮説を立てたことがあります。アフリカ大陸の横にはマダガスカル、インド亜大陸の横にセイロン（現スリランカ）、オーストラリア大陸の横にはニュージーランド、北アメリカ大陸の横にはキューバ、そしてユーラシア大陸の横には日本がある。これらの島々はいずれも、大陸とは異なるリズムと時間意識をもって社会を形成しているように思われたのです。</p>

<p>私の研究室の学生をマダガスカルに送り出したこともある。やや無茶振りです。しかし、彼はマダガスカルを専門とする立派な研究者となり、現在は東京大学の副学長です。その意味では彼をマダガスカルに派遣した私の判断は間違っていなかったと思いたい（笑）。いずれにしても、外部からの影響を完全には遮断せず、しかし自らの内部秩序を損なわないかたちで異文化を吸収し、独自の世界を築く島嶼文明については今後、誰かが研究を行なうことを期待しています。</p>

<p>この島嶼文明を典型的に体現しているのが、日本ではないでしょうか。外来の制度や思想を柔軟に受けながらも、それらを日本的文脈に落とし込んでいった。とくに6～7世紀、白村江の戦いの後あたりから、中国を意識しながらも「日本文明」というものがはっきりと独自の単位になっていったと考えます。</p>

<p>こうした文明論はしばしば抽象的・理念的になりがちですが、今回、その姿をより具体的に捉えるために、山形県のある地域で営まれている「王祇祭（おうぎさい）」についてお話したい。これは単なる地域のイベント、あるいは民俗的な遺産ではなく、社会秩序と信仰の両面を兼ね備えた現在に「生きた文明」なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>山形県黒川の「王祇祭」とは</h2>

<p>山形県鶴岡市郊外に、現在は行政単位として村でも町でもありませんが、「黒川」という地域があります。この黒川では旧正月として2月1日、2日に毎年、「王祇祭」と呼ばれる祭りが行なわれます。祭りのなかでは神事として能が奉納されます。その「黒川能」は国の重要無形民俗文化財にも指定されています（1976年指定）。</p>

<p>黒川は、じつは私が最初のフィールドワークを行なった地域です。初めて黒川の地を訪れたのは20代初めのころ。黒川は編集者である姉が雑誌『太陽』に黒川能についての記事を書き、黒川能が全国に知れ渡ることになるのですが、その姉に連れられて行ったのが始まりです。</p>

<p>王祇祭、そして黒川能の歴史は、じつに古い。室町時代に京の都で観阿弥と世阿弥によって大成された能が、応仁の乱（1467年～1477年）以降の文化の分散とともに地方に伝搬していきました。黒川に能が伝わったのは、その時期だと言われます。以後、500年もの年月にわたり、この地に伝統芸能が受け継がれてきました。</p>

<p>王祇祭はとても大がかりな祭りです。人数的に大がかりなのではなく、システムとしてとても綿密につくられている。黒川の人々は、生まれながらにして祭祀のサイクルのなかに位置づけられています。</p>

<p>例えば祭りに関しては、さまざまな役職がある。王祇祭において祭礼を主宰し、神（ご神体）を自宅に迎えて祀る家を「当屋（とうや）」と言います。当屋を務めるのは年齢（早く生まれた）順で、生まれたときから当屋になる順番は決まっている。翌年に当屋を受けるのは「受当屋（うけとうや）」で、祭りの責任を受け継ぐ準備をします。</p>

<p>地域は「上座（かみざ）」「下座（しもざ）」という2つの宮座（みやざ）（祭祀を担う氏子たちの組織）に分かれ、それぞれに祭祀の責任を負う宮太夫と、能の太夫がいます。太夫は宗教的中心であると同時に、政治、文化など地域社会全体の秩序を担う存在でもあります。</p>

<p>この地域では60歳あたりから老人組（長人衆）に入ります。これは宮座内で儀礼と秩序を守る長老層の集団です。王祇祭で能が舞われるとき、彼らはその舞台の巡り（周り）にずらりと並んで座る。これを「巡（めぐ）りの長人衆（おとなじゅう）」と言います。長生きをした者はみな、裃（かみしも）を着て、前に大きな提灯を置き、舞台の周りに座って祭りを見守る存在となるのです。</p>

<p>他にも、祭りの会計を担う役、料理を作る「世帯持（しょたいもち）」等々、それぞれの役割が数百年のあいだ途絶えることなく、代々引き継がれているのです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>小さな単位で祭りを継承し続ける</h2>

<p>王祇祭は、その手順も詳細に決められています。全てはとても書ききれないので、その一端をご紹介すると、祭りの最初のほうに「座狩（ざかり）」という儀式があります。上座、下座、それぞれの宮座の者が紋付と裃をつけて集まり、「遠藤重左衛門様、お着きなされましたか」「ようござります」という具合に、一人ひとり名前を読み上げる。こうした名（屋号）が記されている「座狩帳」は、300年ほど前のものまで残っているでしょうか。</p>

<p>祭りの中では「五番立て」の能が奉納されます。「番」とは一つの能の上演単位で、要は、5つの曲目の能が演じられる。さらに、その合間に4つの狂言が挟まります（黒川には、能だけでなく狂言を行なう家もあります）。夕方から翌朝まで、夜を徹して能と狂言が演じ続けられる。能大夫の家では代々の面（おもて）が保存されており、その数は百を超えるほどあります。</p>

<p>ちなみに、黒川の全家庭が芸能を実際に行なっているわけではありません。能に関して言えば、能太夫の家筋と、そこへ習いに行っている人、という具合に、能役者を出している家は地域全体の3割ほどでしょうか。祭りの中で若者だけが参加する儀式などもあり、それをきっかけに笛や太鼓、能を習いに行くようになることもあります。</p>

<p>祭りの最後には、「王祇様（ご神体）」についている布を、「布はぎ」の儀式によって剥がし、翌年の当屋である受当屋に渡される。受当屋はこれに家紋を染め、翌年に着用するための素襖をつくる――こういったことが連綿と続いているのです。</p>

<p>もちろん、日本では各地の祭りに古式豊かなさまざまな手順や儀式があるでしょうが、黒川は全戸合わせても300ほどしかない。それほど小さな地域に、大嘗祭かと思うほどの細かさで全てがあるのです。</p>

<p>日本は全国どこへ行っても祭りがあるという不思議な列島ですが、近代において、これほど小さな単位に祭りがある国は、海外を見渡してもないのではないでしょうか。日本のように、現在の県や市の中に昔からの歴史のある地域的なまとまりが幾つもあって、そこが祭りを長年保持しているということは非常に例外的で、驚嘆に値することでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いま村が蒸発の危機に陥っている</h2>

<p>かつて私は、この黒川の営みについて修士論文を書きました。本編と資料編があるのですが、当時は20代前半で馬力もあったので、資料編には祭りの手順等を綿密に記した。この論文はよく研究室の図書室から借り出されるので、出来は悪くなかったと思われます。</p>

<p>私は団塊世代である昭和23年生まれで、黒川にも同世代の人間が7人ほどいて、親しくなりました。この黒川での調査以後、南洋方面での調査研究に移ったため黒川の調査はストップしていたのですが、彼らとの交流はずっと続いていました。</p>

<p>あるとき、民俗学者の赤坂憲雄氏から、彼が編集責任を務める雑誌『東北学』で「黒川について書いてほしい」と依頼されました。ですが当時、黒川の調査の際にもっともお世話になった家に不幸が続き、書けなかった。そのことを、「書けない理由」というタイトルでエッセイとして書きました（『東北学』vol.4、2001年5月）。外から来たフィールドワーカーであるにもかかわらず、この地域には骨絡みに入り込んで、ついには身内のように「書けなく」なってしまっていたのです。</p>

<p>その黒川の友人たちが、60歳頃から、村で徐々に偉くなっていく。そして、ついに私の親友の1人が、「受当屋」を経て「当屋」になるときがきたのです。私は「ついにきた！」と、お祝いに出かけました。</p>

<p>しかし、そこで大変な衝撃を受けました。村では子どもの声がほとんど聞こえない。聞けば、もっとも山よりの集落であるそこには小学生が5人しかいないという。</p>

<p>長らく祭りの担い手を輩出してきた集落がいま、静かに、しかし確実に「蒸発」しようとしているのです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[船曳建夫（文化人類学者／東京大学名誉教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>関東大震災、コロナ禍...日本人が「過去と向き合う姿勢を問われる」二冊【書評】  奈良岡聰智（京都大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11662</link>
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			<description><![CDATA[京都大学教授の奈良岡聰智氏が、『中国・朝鮮人の関東大震災』（慶應義塾大学出版会）、『きしむ政治と科学』（中央公論新社）の二冊を紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="歴史家の書棚" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_books.jpg" width="1200" /></p>

<p>関東大震災における朝鮮・中国人の悲劇を掘り起こした『中国・朝鮮人の関東大震災』（慶應義塾大学出版会）。そして、コロナ禍を振り返り、政治と科学のあるべき関係を模索した『きしむ政治と科学』（中央公論新社）。現代社会を生きる私たちにとって重要な指針となる二冊を、京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2024年1月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ボランティアと国際支援に焦点</h2>

<p><img alt="中国・朝鮮人の関東大震災" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2024/2024A/241217Naraokasouchi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>武藤秀太郎著『中国・朝鮮人の関東大震災』（慶應義塾大学出版会）</p>

<p>2023年は、関東大震災から100年目となる節目の年であった。震災が発生した9月1日は防災の日となっているが、今年は例年以上の盛り上がりを見せた。近い将来、首都直下型地震や東海・南海地震の襲来が確実視されるなかで、日本人の防災意識は高まっているようだ。</p>

<p>阪神・淡路大震災や東日本大震災に際して、ボランティアや国際支援の活動が活発化したことは記憶に新しい。本書は、このような現象が関東大震災においても見られたことを明らかにした労作である。</p>

<p>日中関係は対華二十一カ条要求以来悪化していたが、日本の赤十字社にあたる中国紅十字会が派遣されるなどした結果、好転した。中国側からは、被災した日本人に対する共助の精神が様々なかたちで発揮された。</p>

<p>東京都復興記念館が位置する横網町公園（墨田区）には、大震災の犠牲者を追悼する「幽冥鐘（ゆうめいしょう）」がある。この鐘は中国から寄贈されたもので、震災時の共助の精神を象徴している。その後、日中関係はふたたび悪化し、やがて日中戦争に至るが、著者は、関東大震災を契機とした日中の連帯は、「東日本大震災でうけた支援と同じく、今後も語り継ぐべきものである」と指摘している。</p>

<p>大震災後の混乱のなかで、多数の朝鮮・中国人が虐殺されたことはよく知られている。不況下で朝鮮・中国人と日本人の労働者のあいだで競合関係が激化していたこと、第一次世界大戦後、朝鮮人の独立運動が活発化していたことなどが背景となっていた。</p>

<p>本書はこれらを分析したうえで、平時から在日外国人との共生の意識を高める必要があると説く。東京都知事が朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を送らないなど、この問題は現在も波紋を呼んでいる。大震災は、日本が過去と向き合う姿勢を問われるテーマともなっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コロナ禍の経験をどう活かすか</h2>

<p><img alt="きしむ政治と科学" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2024/2024A/241217Naraokasouchi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>牧原出、坂上博著『きしむ政治と科学』（中央公論新社）</p>

<p>「コロナは遠くになりけり」。最近国内外から多くの旅行者が京都に殺到しているのを見ると、そう実感する。コロナ禍発生当初、約100年前の「スペイン風邪」の検証記録があまり残っていないことを知り、不思議に思ったものだが、いまとなっては納得がいく。感染症によるパンデミックが終わり、社会経済が平常に復すると、あえて苦しかった時期の経験を振り返るモチベーションが社会のなかで働きにくくなるのだ。</p>

<p>100年前はウイルスが未発見で、感染症拡大の原因も定かではなかったのだから致し方ないが、新たなパンデミックの到来も予測される今日、それでは困る。今後に備えるため、コロナ禍の経験を客観的に振り返る作業がぜひとも必要である。</p>

<p>本書は、今次のコロナ禍に対する政府の方針策定で中心的役割を果たした尾身茂氏へのインタビューをまとめたものである。インタビューは2021年4月～23年2月に、政治学者の牧原出氏らにより24時間以上にわたって行なわれた。安倍、菅、岸田三首相に対する印象、専門家会議内部の様子、今後の課題などが率直に語られており、たいへん価値の高い記録となっている。</p>

<p>尾身氏ら専門家たちは、将来「歴史の審判」を受けることを意識しながら活動していたという。コロナ禍発生当初、厚労省に設置されていた専門家会議では議事録が作成されず、批判を浴びたが、その後メンバー一同によって活動を振り返る文書が発表され、2020年7月に発足した「新型コロナウイルス感染症対策分科会」では、議事概要と速記録が作成されることになった。速記録は非公表だが、10年の保存期間が満了すると国立公文書館に移管され、公開されることになっている。</p>

<p>本書で示されているのは尾身氏個人の見方であり、異なる見方や反論もあり得る。コロナ禍は、政治、行政と医療・感染症の専門家の役割分担がいかにあるべきかという課題を日本に突き付けたが、政治家や厚労省の側からの発信は不十分である。今後の検証が待たれる。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_books.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[奈良岡聰智（京都大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「病院消滅」は地方だけの話ではない　国民全員が向き合うべき“医療のジレンマ”とは？【後編】  森まどか（医療ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13988</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013988</guid>
			<description><![CDATA[現在病院は、物価高騰、人材流出、医療需要の変化という課題を抱えている。構造的なジレンマを指摘し、持続可能な地域医療のために「点」ではなく「面」で支える体制への再編の必要性を説く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="医療のあり方を見直すべき時期がきている、と森まどか氏は説く" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_doctorG.jpg" width="1200" /></p>

<p>かつて「世界一」と評された日本の医療が危機に瀕している。円安や物価高騰が医療資材を直撃し、人材確保は難航、結果的に病床維持を難しくしているのが現状だ。診療報酬を引き上げれば国民負担が増え、下げれば医療機関の経営が苦しくなる。診療報酬という「公定価格」の制約下で、病院はいかにして生き残るべきか。医療ジャーナリストの森まどか氏が、我々国民が向き合うべき「医療のジレンマ」の正体に迫る。</p>

<p>※本稿は『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものの後編です。記載されている情報は執筆当時(2025年12月）の状況に基づいています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>病院経営を圧迫する3つの共通課題</h2>

<p>2025年のはじめごろ、病院の相次ぐ廃院が報じられた。なかでも東京の人気エリア・吉祥寺では、過去10年間で駅周辺の4つの病院が病床廃止や診療休止を余儀なくされ、全国的な注目を集めることとなった。吉祥寺の病院にかぎらず、全国の医療機関が経営的な問題を抱えているのが現状だ。<br />
取材を重ねるなかで、いくつかの共通課題が明らかになっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【1】物価高騰と円安によるコスト上昇</h2>

<p>第一に、物価高騰と円安の影響である。医療現場では日々、ガーゼ、包帯、注射器、手袋、マスクなどの消耗品が大量に使用されている。これらの資材の仕入れ価格が上昇しているだけでなく、心臓カテーテル治療で用いられるカテーテルや、ロボット支援手術で使用される鉗子、チューブ、カニューレといった器具はもともと高コストであり、多くが海外メーカー製であるため円安による値上げが続いている。医療材料や医薬品の費用が前年度より3億円増加した大学病院もある。</p>

<p>医療機器やシステムには保守点検や更新費用も必要だ。電子カルテシステムの更新に年間7億円の見積もりが出されたという話もある。</p>

<p>さらに、24時間病院を稼働させるための水道光熱費の値上げも大きな負担となっている。厚生労働省が2023年に公表した「医療経済実態調査」によれば、一般病院（703施設）の一施設当たりの水道光熱費は2022年度に7780万円となり、前年度比で32.2％増加していた。</p>

<p>2024年度診療報酬改定では一定の措置が講じられたものの、2025年11月に公表された最新の調査結果では、光熱費は前年度比3〜8％程度の増加にとどまったものの、持続的な上昇が確認され、改定措置を上回る負担が続いていると考えられる。</p>

<p>一般企業であれば、生産コストが増加した場合には商品の値上げを検討できる。しかし医療機関の診療行為は、国が定めた診療報酬によって対価が支払われる公定価格であるため、このような費用の高騰は次回の改定で補填されないかぎり、経営を圧迫し続けることになる。コスト管理の徹底は一層重要性を増している。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【2】人材確保と賃上げの限界</h2>

<p>第二に、人材確保と賃上げの問題である。地域医療を担う病院の幹部は「人を辞めさせないことと、人材を確保し続けることが経営安定の条件だ」と語る。たとえば、新人看護師を100人採用しても、年間で合計70人の看護師が退職してしまうという。キャリアの浅い看護師が残り、ベテラン看護師が辞めてしまうことは、医療安全上のリスクを高める要因となる。まずは離職を防ぐことが重要だと指摘する。</p>

<p>また、人材が集まるところにさらに人材が集まるため、看護師の配置に余裕がない病院は採用にも苦労する傾向があるとも述べている。看護師が十分に確保できなければ病床を維持できず、収入の減少に直結する。さらに、救急や緊急入院の受け入れにも影響が及ぶ可能性がある。</p>

<p>人手不足で一人当たりの業務量が増えれば、残業が増え、休暇がとりにくくなり、業務負担感が積み重なって離職につながるという負のスパイラルが生じる。したがって、経費倒れにならない程度ではあるが、人を抱えておく必要があるという。</p>

<p>しかし、働く環境を整える努力をしても、より良い賃金や労働環境を求めて転職するケースは少なくない。診療報酬の範囲内で実施できる賃上げには限界がある。</p>

<p>人材確保に際しては、人材紹介会社を経由する場合の高額な手数料が大きな負担となっている問題もある。また、公立病院では人事院勧告を踏まえて給与が検討されるため、人件費の増加が経営の厳しさを一層強めている病院も少なくない。</p>

<p>さらに、へき地の公立病院では遠方から通う非常勤医師に依存することが多く、飛行機代などの交通費が高額になるうえ、日勤や当直の報酬も一般より高く設定されるため、人件費の負担が経営に大きな影響を及ぼしている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>【3】人口減少と高齢化に伴う医療需要の変化</h2>

<p>第三に、人口減少と高齢化に伴う医療需要の変化に、いかに対応するかという課題である。かつては「病床の数＝病院の力」という価値観が根強く、病床を保有し、さらに増やすことが経営上の大きなメリットとされていた。また、「急性期医療こそが病院の使命だ」と考える医師も少なくなかった。</p>

<p>急性期病院の役割は、重症度や緊張度が高く症状が安定しない患者に対して集中的な医療を提供し、症状を安定へ導くことである。</p>

<p>しかし現在、高齢者は総人口の29.4％を占め、医療需要が大幅に高まる75歳以上は17.2％に達している（2025年9月15日現在、総務省統計局）。その結果、急性期を脱したあとの回復に時間を要し、退院できない患者が増加している。こうした状況のもと、退院後に自宅でできる限り自立した生活を送れるよう回復を支援する病院や、症状は安定していても医療依存度が高い患者に対して長期的な医療管理を担う病院の必要性が、これまで以上に高まっている。</p>

<p>人口減少に伴い病床を減らし、医療需要の変化に応じて病院の機能転換を促す国の方針は、理にかなっているといえる。今後は、地域に必要な医療需要を見通し、柔軟に変化できる&quot;変われる病院&quot;こそが、持続可能な病院と考えられる。</p>

<p>地域の医療の質を維持するためには、個々の病院の医療を「点」で捉えるのではなく、地域全体を「面」で捉える視点が重要である。機能と役割を明確にし、病院同士の連携、病院と診療所の連携を強化し、患者の状態に応じてそれぞれの医療が役割を発揮することがこれまで以上に期待される。</p>

<p>病院は診療科の縮小や再編・統合も必要となり、地域医療の最適化をどう実現していくかの旗振り役の手腕が問われる。一方、住民にとっては不便や不安が生じることもあるだろうが、それらを受け入れることが医療を長期的に守ることにつながるという理解を持ち、受け入れる姿勢が求められる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国民全体で共有すべき医療費のジレンマ</h2>

<p>くり返しになるが、病院や診療所などの医療機関は、かつてないほど厳しい経営環境に直面している。物価高騰や賃金上昇といった、医療機関の努力だけでは解決できない課題には、上昇分に見合う診療報酬の引き上げや補助金による支援が必要と考えられる。診療報酬は2年に一度しか改定されないため、賃上げや物価変動を完全に予測して織り込むことは難しく、その間に発生するコスト増が経営を圧迫している。</p>

<p>こうした状況から、急な物価変動に対応できる仕組みの必要性も指摘されている。しかし、主な収入源である診療報酬の上昇率が抑制され続けているのは、報酬を引き上げれば国民の医療費負担が増え、国民医療費全体の増加を通じて社会保険料の上昇につながるためである。</p>

<p>日本の国民医療費は、高齢化や長寿化の進展、高額な医療の普及によって増加の一途をたどり、50兆円に達しようとしている。診療報酬を1％引き上げれば、単純計算で年間医療費は約5000億円増加すると見込まれる。診療報酬を抑制すれば医療機関の経営が苦しくなり、引き上げれば国民負担が増える...このジレンマにどう向き合うかは、国だけでなく国民全体が共有すべき課題である。</p>

<p>1955年、日本医師会会長であった武見太郎氏は「老人の増加にどう対処するか」（昭和30年3月号『中央公論』）という論文を寄稿し、将来的に高齢化が日本の社会保障制度に及ぼす影響への懸念をすでに示していた。</p>

<p>高齢化は予測可能であったにもかかわらず、1973年から約10年間続いた老人医療費無料化を含む日本の医療政策が、真に将来を見通したものであったかどうかには疑問が残る。医療は安価かつ自由に受けられるものという&quot;受診文化&quot;を形成してしまったことが、その後も続く医療費増加の一因となったことは否めない。</p>

<p>WHO（世界保健機関）が「日本の医療は世界一」と評価したのは2000年である。国民皆保険制度によって、低価格で質の高い医療に自由にアクセスできる点が高く評価された。</p>

<p>その前後10年ほどの国内の医療環境を振り返ると、診療科の細分化が進み、高度な医療機器が積極的に導入された。また、医療はサービス業であるという考えのもと、&quot;患者様&quot;への接遇やアメニティの充実が図られ、ホテルのような病院も登場した。テレビでは「スーパードクター」が人気を集め、「病院ランキング」や「名医ランキング」が出版されれば注目を集める時代でもあった。こうした流れのなかで、医療やサービスに対する期待が膨らみ、結果として本来の必要を超えた過剰ともいえる医療が一般化した側面もあったのではないか。</p>

<p>病院経営を含む日本の医療の質を安定的に維持するためには、医療財政の現状を理解し、医療機関の置かれた立場を踏まえたうえで、患者、家族、医療従事者、医療機関経営層、行政機関など&quot;誰もが&quot;適切な医療のあり方を見直し、人口減少に応じた地域医療の再編成を後押ししていくことが重要である。その先に、持続可能で豊かな地域医療の姿が拓かれていくことを願いたい。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_doctorG.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森まどか（医療ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本社会は「高学歴の人にしかチャンスを与えない」　学歴主義の世知辛さ  勅使川原真衣（組織開発専門家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/14048</link>
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			<description><![CDATA[なぜ日本はここまで学歴社会であり続けているのか? 組織開発専門家の勅使川原真衣氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="勅使川原真衣　『学歴社会は誰のため』" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ochikomu.jpg" width="1200" /></p>

<p>学歴不要論が盛んに議論される一方で、学歴社会が根強く残るのはなぜでしょうか。それは一体、誰のために存在するのでしょうか。教育社会学を修め、企業の論理も熟知する組織開発の専門家による書籍『学歴社会は誰のため』より解説します。</p>

<p>※本稿は、勅使川原真衣著『学歴社会は誰のため』（PHP新書）から一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学歴社会では頑張りたいときに頑張れない</h2>

<p>多くの人の人生は、学校（教育）から仕事へと連綿とつながっていくわけですが、学校の本当のすごみは、「進路」を決定づける力をもっていることです。勉強の出来がとびきりよければ、入るのが難しいとされる難関校をめざすものです。それが仮に高校だとしたら、その後も学びの遍歴を積み重ね、そして次なる学校段階である大学の入学試験にチャレンジすることでしょう。</p>

<p>他方で中学でグレて勉強に身が入らず、昼夜逆転した生活をして出席日数も足りず、読み書きもやっと......ではいわゆる名門難関高校には進学できません。となるといまの社会において中卒で、正社員としていきなり働ける口は狭いものですから、何らかの非正規雇用の形で働きに出るか、入試倍率の低い高校に進む人もいるでしょう。</p>

<p>さて、そうした足跡に対して、こう思う人もいるかもしれません。</p>

<p>「頑張ってこなかったんだから仕方ないんじゃない?」</p>

<p>と。しかし、このことの本当のエグさは、次のような問いから深掘り可能です。</p>

<p>「じゃあ、頑張ろうと思ったときに社会は頑張らせてくれるのか?」</p>

<p>皆さんはどう考えますか。つまり、何らかの事情で学童期に勉強がままならず、能力が低いと見なされた子が、「もう勉強はこりごりだ! 高校も大学も行かない!」といきりたって15歳で社会に出たとします。ただ、人も環境も絶えず変化していますから、何かのきっかけで、「財務省に入って日本の経済をよくするんだ!」と思い立つ可能性もあります。</p>

<p>しかし、学歴主義のある種の世知辛さは、こういった人生の「路線変更」「ギアチェンジ」に際して露呈します。つまり、野望を表明したところで現実世界は、その言葉を額面どおりに受け取るほど人の能力を信用しかねるのですね。</p>

<p>「本当に頑張れる人なら、もっと努力と実績を積み上げてきているけど?」と言い放つ威力を学歴主義は内包しているわけです。仕事の難易度に加えて、多くの人がその仕事をしてみたいと願うのなら、当然そこには選抜が行なわれます。</p>

<p>となると、周り（社会）はある程度の努力の痕跡や実力の証明がないと、大勢の中から「なぜあなたがこの仕事をするのか?」の説明がつかず、認めるわけにはいかないのです。</p>

<p>そうして学校から仕事へと「順当に」進路が水路づけられるよう、過去の積み重ねと現在の実力が学校教育というライフステージで絶えず問われ、鍛えられます。</p>

<p>そうやって、厳しくも正当性をもって仕事が振り分けられていく――これぞ日本の教育システムであり、それと接続する就職システムの基本形と言えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>努力と実力の度合いを測るための学歴</h2>

<p>学歴社会が最高、最善の社会システムかどうかはわかりません。いつの時代も何であれ、ああだこうだと欠陥を指摘されるものですが、かといって、次の素朴な気持ちに反論できる人はいるでしょうか。</p>

<p>「お金をもらってやる仕事（プロフェッショナル）をするうえで、努力し続けられる人でかつ、仕事を全うするうえで必要水準以上の能力はもっていてほしいんですが......」と。</p>

<p>たとえば「やる気はあるけど勉強したことはありません♪」なんて医者がいたら、患者からしたら絶対に嫌でしょう。弁護士もしかり、他のもろもろの職業もしかりだし、政治家だってちゃんと実績といまの手腕を見極めたいですよね。</p>

<p>だって、その仕事の先にいる顧客・サービスの受け手としては我が身に降りかかってくる話なわけです。つまり、能力主義の問題は誰にとっても自分事で、その利害というのは互いに絡み合っているのです。</p>

<p>利害が交錯すると何が起きるか。1つには、相互に監視（評価）し合うことを許してしまうと考えます。</p>

<p>「ちゃんとできるんでしょうね? やってるんでしょうね? 頼みますよもう」</p>

<p>という具合に、誰かの仕事は誰かに絶えず見張られている。この緊張状態のなか、なんとか成り立っているのが近現代の能力主義であり、それを代表的なクレデンシャル（認定証）にした貨幣経済であり、労働社会と言えます。</p>

<p>そう考えると、「努力と実力の度合いを推し測るにあたって、過去の学びの道程と、達成度合いがわかる学歴が参考にならないわけがないよね?」というくらいの話だと思えてこないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人生を左右するなら必死になりますよね?</h2>

<p>試験を行ない、選抜や評価を続ける近現代の学校システムが能力の証明機関となり、能力主義をバックアップする。と同時に、学校には序列ができています。難関校、中堅校、実質的には試験なしで誰でも入れる学校......などと枝分かれし、人びとは「能力」次第で、どの程度の学校をめざすのかを決め、試験の結果で水路づけられていきます。ここまでは序の口。</p>

<p>能力主義が学校教育の前提であることが仮に教育だけの話であれば、人生の一時期の話なので、どこかで終焉を迎えていてもおかしくありません。ただ能力主義が不朽の社会システムであるのは、学校での教育歴が、「稼ぎ」を左右する職業選択にもそのまま多分に影響しているからです。</p>

<p>「あの学校に入れてうまくやれたのなら、きっと難しい仕事もこなせるよね」という学歴（学校歴を含む）の職業分配機能を立派に成り立たせたわけです。職業における「訓練可能性」としての学歴。「誰ができそうか?」のシグナルとしての学歴。</p>

<p>これは社会が学歴を、効率的かつ説得的に社会生活のあらゆる原資を分け合うための重要ロジックだと、合意している状態と言えます。</p>

<p>こうも人生を左右する話が、人びとの話題から消え去るわけがありません。学歴があぁだこうだとしばしば批判されながらも、格好の会話のネタ、酒の肴であり続けるのは、こうした背景からなのです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_ochikomu.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「力の支配」に傾く強国の時代...多秩序世界で求められる戦略外交  墓田桂（成蹊大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/14047</link>
						<guid isPermaLink="false">0000014047</guid>
			<description><![CDATA[混乱に見舞われ、 「世界秩序の断絶」が語られるいま、 日本は何をなすべきか。米中両国を見据え、 「自由で開かれた国際秩序」を世界に拡げることが、 高市政権下における日本外交の進む道となるだろう。墓田桂・成蹊大学教授が高市外交の針路を読み解く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国際秩序" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_earth_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>混乱に見舞われ、 「世界秩序の断絶」が語られるいま、 日本は何をなすべきか。米中両国を見据え、 「自由で開かれた国際秩序」を世界に拡げることが、 高市政権下における日本外交の進む道となるだろう。墓田桂・成蹊大学教授が高市外交の針路を読み解く。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年4月号より、内容を編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ドンロー主義」の衝撃</h2>

<p>2026年初頭、わずか数週間のうちに歴史の歩みが大きく進んだ。</p>

<p>ドナルド・トランプ大統領の指示のもと、アメリカはベネズエラに侵攻し、ニコラス・マドゥーロ大統領を拘束した。電光石火の作戦である。米合同部隊によって拘束されたマドゥーロ氏は、ニューヨークで裁判を受けることになった。</p>

<p>ベネズエラへの軍事介入は、別の独裁政権にも影響を及ぼした。中東のイランでは、アリ・ハメネイ体制を打倒する民衆の動きが勢いを増した。同国の各所で大規模なデモが発生したが、体制側の弾圧も激しい。アメリカは空母打撃群を派遣するなどして、イランを牽制し続けている。</p>

<p>この2カ国をめぐる展開には既視感があるが、重大な問題は、トランプ大統領がグリーンランドの占有に並々ならぬ意欲を示したことだ。</p>

<p>北極圏にあるグリーンランドが地政学的な要衝だとしても、デンマークの一部をなす自治領に対する渇望は尋常ではない。北大西洋条約機構（NATO）の加盟国を揺さぶって、トランプ政権は「合意枠組み」を取り付けた。「アメリカ51番目の州」と蔑んだカナダとの関係ばかりか、北大西洋に深い亀裂が生まれた。</p>

<p>一連の出来事に先立ち、2025年12月、トランプ政権は「国家安全保障戦略」を発表していた。戦略文書は西半球での権益を確保し、アメリカに挑戦する勢力を排除することをめざす内容だ。トランプ流にモンロー主義を解釈した「ドンロー主義」が投影されている。</p>

<p>戦略文書が実施に移された格好だが、政権の威嚇的な手法とあいまって、アメリカの対外姿勢は世界の不安定要因となった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>断絶した世界秩序</h2>

<p>世界の地殻変動は誰の目にも明らかだろう。カナダのマーク・カーニー首相は、2026年1月のダボス会議で「世界秩序の断絶」と描写した。「原則と現実――カナダの進む道」と題した演説で、カーニー氏は「ルールに基づく国際秩序」への幻想を一蹴した。そこにはトランプ時代への危機感と、変わりゆく世界に向き合う覚悟が見て取れる。</p>

<p>同月末には、イギリスのキア・スターマー首相が英首相としては8年ぶりに訪中し、習近平国家主席と関係強化を確認した。米欧不和をよそに、西側首脳の対中接近が際立つ。</p>

<p>比較の原理で中国は大人しく見えるのかもしれないが、独裁体制と覇権主義が和らいだわけではない。習主席は軍幹部を次々と失脚させ、権力をさらに集中させた。中国はロシアとともに日本周辺で示威行為を行ないつつ、尖閣諸島をはじめ南西方面での挑発を繰り返す。わが国に対する経済的威圧も止まない。</p>

<p>世界秩序を支えることに、アメリカはもはや関心をもたない。新たに発表された「国家防衛戦略」は中国を力で抑え込む方針を示したが、西半球を優先するトランプ政権が中国との宥和に傾き、地域覇権を認め合う可能性も完全に排除しきれない。だとすれば、「トランプ・ライン」はどこで引かれるのか。</p>

<p>戦狼の中国と貪狼のアメリカに挟まれた日本は、難しい局面にある。身勝手に振る舞う大国間で振り回される運命なのか。総選挙では高市早苗政権が国民から強い信任を得た。時代が要請したのだろう。その外交手腕がすぐにも試される。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>顕在化した国際秩序群</h2>

<p>中国、ロシア、そしてアメリカの行動は、それぞれに異なるかたちで世界を混乱させている。「秩序なき世界」に見えても仕方ない。</p>

<p>ただ、完全な無秩序に陥ったわけではない。挑戦を受けているとはいえ、国際法秩序も残っている。日本をはじめ数々の主権国家が存立しているのは、秩序が残存していることの証左である。雑然とした様相の根底にあるのは、むしろ多秩序（multi-order）と言える実相だろう。</p>

<p>アメリカ優位の世界秩序が徐々に相対化されていった一方で、さまざまな国際秩序群（international orders）が顕在化した。多秩序の現象は、その新しさを強調した先行議論に反して、従来から存在していた。世界の構造変化が秩序の群像を浮かび上がらせたのである。</p>

<p>今世紀初頭から世界の多極化、あるいは分極化は少しずつ進行していた。アメリカがアフガニスタンとイラクで泥沼に陥る一方で、ロシアと中国はさまざまに現状変更を図ってきた。一帯一路政策や、海洋と陸地での膨張は、中国の企ての一環である。大国以外の国々もそれぞれに伸長した。世界秩序は然るべく変容する。</p>

<p>「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国がもたらした影響はとくに大きい。ゲームを変えたのである。画一的ではなく、一枚岩でもない存在だが、これらの国々のなかで一定の制度化が進んできた。</p>

<p>2025年に10カ国の体制となった拡大BRICSはその一つだが、ここでも新たな秩序が生まれている。BRICSのほかにも、ユーラシアでの上海協力機構や国際連合での「Ｇ77プラス中国」など、いくつもの制度が存在する。それに伴う秩序群が「南」の世界で形成されていることは無視できない。</p>

<p>わが国も多秩序の趨勢と無縁ではない。日米豪印（QUAD）の協力や、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定（CPTPP）は重層的な秩序を創り出した。</p>

<p>種々の秩序が生まれ、それに付随するガバナンス群も現れている。水平的な国家間関係に照らし合わせれば、「統治」というよりは「協治」の空間である。国際秩序群と同様、ガバナンス群は、単数形では語り得ない世界の一端にほかならない。</p>

<p>世界を統べる国は、どこにもない。アメリカも中国も世界秩序を制するには及ばない。</p>

<p>しかしその一方で、主導国や参加国の異なる国際秩序群がまだら模様に散在している。国際連合や地域の枠組みも、主権国家体制という基幹秩序と連動しながら、さらなる秩序を生んできた。これらを含めた国際秩序群は世界に遍在し、時に大小さまざまな非国家主体を巻き込みながら、重なり合って展開している。その強度、規模、性質は、同じではない。</p>

<p>中世的な多秩序の世界が露わになっている。対応は複雑になるが、日本にとって好機と言えるのは、その世界では中国でさえも相対化される点だろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「自由で開かれた国際秩序」</h2>

<p>激変する世界にあって、日本はいかなる国際秩序観を示し、世界に自身の立場を伝えているのだろうか。年頭の所感で高市首相は、「世界を見渡せば、我々が慣れ親しんできた自由で開かれた国際秩序は揺らぎ、覇権主義的な動きが強まるとともに、政治・経済の不確実性が高まっています」と述べている。</p>

<p>2025年11月、Ｇ20ヨハネスブルグ・サミットへの出席に際し、高市氏が南アフリカの地元紙に寄せた文章は示唆に富む。「我々の慣れ親しんだ国際秩序」に対する挑戦に触れたうえで、「我が国は『自由で開かれたインド太平洋』というビジョンに則り、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を目指してい」るとしつつ、アフリカとともに「責任あるグローバル・ガバナンスの構築を目指したい」と記した。</p>

<p>2016年8月に安倍晋三首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋（FOIP）」は、日本外交の柱となってきた。これに加え、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」という理念が、高市首相によってあらためて示されたのである。</p>

<p>『Voice』2024年3月号でも論じたように、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」は外交メッセージとして岸田文雄政権によって定式化され、2023年5月に開かれたＧ7広島サミットの際の標語となった。</p>

<p>しかし、元をたどれば、2017年に安倍政権下で「自由で開かれた国際秩序」が使われ始め、菅義偉政権に引き継がれた経緯がある。石破茂首相も「責任あるグローバル・ガバナンスの再構築」とともに、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」に言及していた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>法の支配、そしてグローバル・ガバナンス</h2>

<p>日本が唱える「法の支配」は「国家間の法の支配（the rule of law among nations）」を指している。「国際的な法の支配（the international rule of law）」とも言い換えられる。「自由で開かれた国際秩序」は「国家間での法の支配」を重視する理念で、力による現状変更を拒絶するものだ。日本は一貫した姿勢で国家間関係における国際法の原則を強調してきた。</p>

<p>「グローバル・ガバナンスの再構築」は石破政権時に政策課題として明示され、高市政権も引き継いだ。次なる外交課題と位置付けられているのだろう。実際のところ、グローバル・ガバナンスは戦略空間として重要性を帯びている。</p>

<p>2025年9月、習主席は中国の天津で開かれた上海協力機構の首脳会議で「グローバル・ガバナンス・イニシアティブ」を掲げた。野心的な提言である。</p>

<p>翻ってアメリカは旧来の制度に背を向ける。2026年1月には、政治的志向や非効率を理由として、国連関連のものを含む60余りの国際的な制度やプログラムから撤退することが発表された。世界保健機関（WHO）からの脱退も完了した。その一方で、パレスチナ・ガザ地区の復興を目的とした「平和協議会」を独自に立ち上げた。「トランプ国連」と揶揄する向きもあるが、平行する多国間制度という点では従来の中国の手法に近い。</p>

<p>日本がどのようにグローバル・ガバナンスの構築を図るのかは明らかにされていないが、地球規模の課題はもとより、中国の野心とアメリカの変心という双子の課題に向き合うことになるだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新たな時代の秩序戦略</h2>

<p>わが国はFOIPと「自由で開かれた国際秩序」という二層のナラティブを唱えてきた。FOIPは政策として具体化されてきたが、高市首相は時代に合わせてFOIPを進化させる意向を明らかにしている。</p>

<p>2026年はFOIPが提唱されてから10年目にあたる年である。広域の秩序を描くこの構想は、中国との勢力均衡に寄与するものとなった。一貫したメッセージングに加え、質の高いインフラや連結性の向上など、日本が主導した取り組みが功を奏した。</p>

<p>ただ、世界情勢は新たな局面に移っている。「世界秩序の断絶」が語られるなか、FOIPの進化は、中国・ロシア・北朝鮮の脅威のみならず、グローバルサウスの台頭、トランプ政権の威嚇外交、そして米欧対立という、複雑な要素を考慮しなければならない。</p>

<p>順当に考えれば、自律性を重んじる新興・途上国に働きかけ、価値と利益を共有するNATO諸国と連携する方向で進むだろう。安倍氏が唱えた「二つの海の交わり」を念頭に、北極圏も視野に入れ、インド太平洋に大西洋を加えた「三つの海の交わり」が語られよう。高市首相が重視する政策も基軸となるはずだ。</p>

<p>日本外交の大きな指針も求められる。それは中国との秩序戦ばかりか、「ドンロー主義」の余波を意識しながら、FOIPの経験を元にして、戦略外交を発展させることにほかならない。インド太平洋地域で主導的な立場につくにも、より広い外層での展開が鍵となろう。地球儀を俯瞰する姿勢が肝要だ。</p>

<p>その観点から、「自由で開かれた国際秩序」を起点に「世界イニシアティブ」を提唱するのも一案だろう。</p>

<p>本来であれば、日本も「グローバル」を看板にするべきだろうが、中国との差別化を考えなければならない。習近平政権は戦略的ナラティブとして、「人類運命共同体」に加え、「グローバル・ガバナンス・イニシアティブ」を含めた「四大グローバル・イニシアティブ（全球倡議）」を提唱してきた。「世界」なら違いを見せられよう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多元的な秩序群の形成</h2>

<p>壮大な「世界イニシアティブ」が日本外交に相応しくないとしても、「世界秩序の再生」くらいは首相演説で述べても良いだろう。いずれの場合も、「自由で開かれた国際秩序」を世界に拡げることが針路となる。</p>

<p>メッセージングに際しては、国際秩序群を擁する「多秩序世界」という考えがプラスに働く。「多秩序」は中国を相対化する解釈も可能である。細分化された世界秩序を日本の秩序構想が統合できるとは考えづらい。ならば選ばれうる理念として提唱し、多種多様な連合を通じて、緩やかな秩序群を多元的に形成していくのが良い。ただし、「多秩序」の言葉は表に出さないのが得策だ。</p>

<p>今後の戦略外交ではミドルパワー（中堅国）が鍵となると考えられるが、「アッパーミドル」から「ローワーミドル」まで広く捉え、連携相手とするのが妥当だろう。日米豪印の一角をなすインドや、パラグアイなどの台湾承認国の存在も、日本として忘れてはならない。世界に散在する途上国の役割も重要になる。</p>

<p>ただ、「非米」と「反米」が入り混じり、中国に接近するカナダの姿勢とは一線を画す必要がある。不在になるとしても、アメリカの関与を粘り強く求めていくしかない。カーニー演説には遅れをとった日本だが、より高い次元で対話を進めていくべきだ。「国際社会を分断と対立ではなく協調に導く」という修辞もふたたび活きてくるだろう。</p>

<p>地域ごとの働きかけも欠かせない。日本の地域外交は信頼を勝ち得てきた。自由と開放性の旗印を示しつつ、最大限に資産を活かす場面となろう。日本と中央アジア5カ国は「自由で開かれた中央アジア」を謳ったことがある。グローバルサウスとの関連では南大西洋地域も見落とせない。「自由で開かれた南大西洋」の提唱は日本外交の地平を拡げるに違いない。</p>

<p>もっとも、外交資源には限りがあるから、対象地域には濃淡をつけて、効果的な手法を追求するしかない。インドの「グローバルサウスの声サミット」のように、オンラインの活用も選択肢である。</p>

<p>「自由で開かれた国際秩序」とともに、FOIPを高く掲げることも重要だ。切れ味の良いFOIPには中国を牽制する含意がある。トランプ政権との精神的紐帯としてもFOIPが役立つ。多層的なメッセージングは時代に合致しよう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>法の支配を支える力</h2>

<p>力を背景とした「ドンロー秩序」は、東半球の覇権主義を勢いづかせ、勢力圏ごとの世界分割を促すのだろうか。</p>

<p>トランプ大統領がグリーンランド領有に躍起になったことは、ロシアに領土拡張を正当化する好条件を与えている。セルゲイ・ラブロフ外相は「グリーンランドがアメリカにとって重要であるのと同様に、クリミアはロシアの安全保障にとって重要である」と言ってのけた。</p>

<p>国際法の原則が危うくなっているのは事実である。しかし、それは法が無意味であることを意味しない。国際法秩序は弱い国にこそ裨益する。日本が追求すべきは法の支配であることに変わりない。</p>

<p>安倍政権の時代から、日本は法の支配を訴え続けてきた。領土一体性の原則があってこそ、日本の領土は守られる。だが、法の支配が中露の覇権主義への抵抗の印だとしても、完全に実現するのは難しい。平和主義に覆われる日本では、法を支える力についての真剣な議論は避けられてきた。国際法や関連する制度への夢想的な信奉もあっただろう。</p>

<p>国力こそが自国の平和を支える。日本は敵意をもつ三つの核保有国に囲まれている。なかでも中国は難題であり続けるだろう。19世紀的な状況に遭遇する日本にとって、抑止と防衛のための軍事力の増強は避けて通れない。当然ながら、核抑止の議論も求められる。同盟国の力を誘導すべく、日本と台湾の防衛こそが国益に繋がるとアメリカに訴求することも重要だ。</p>

<p>ウクライナ戦争以降に語られた「時代の転換点」は、トランプ第2期政権が決定的にした。好むと好まざるとにかかわらず、世界は変わりゆく。</p>

<p>高市政権は地殻変動を奇貨と捉え、能動的に行動するしかない。多秩序世界のなかで埋もれることなく、日本はみずからの安全と国益を守るための旗艦的な外交施策を構想する必要がある。混乱に戸惑う余裕はない。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[墓田桂（成蹊大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会】人間の身体の「解釈」はどこまで変わっていくのか（ディスカッション・１）  22世紀の人間像研究会</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13751</link>
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			<description><![CDATA[人間はついに、自分の身体を「選び直す」段階に入りました。理想の身体とは何か、その基準はどこにあるのかを考議論していきます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260216isonomaho3.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。</p>

<p>本稿は文化人類学者の磯野真穂さんによる「文化人類学における身体性の解釈の変容」の話を受けた「22世紀の人間像研究会」メンバーによるディスカッションです。全3回でお届けします。</p>

<p>人間はついに、自分の身体を「選び直す」段階に入りました。今回は、理想の身体とは何か、その基準はどこにあるのかを議論していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>資本力ある人の身体が理想の身体になっていく</h2>

<p>【中嶋】磯野さんが紹介された「遺伝子最適化で賢い子どもをつくる」という、ウォールストリートジャーナルの記事がありましたが、それで思い出したことがあります。これもニュースで見たのですが、韓国で身長を伸ばす薬を子供に注射したり、背が伸びる体操をするジムに通わせたりする親が増えているそうです。いずれもかなり高額ですが、将来の成功のための投資ととらえているんですね。そのせいかどうかはわかりませんが、実際に韓国人の平均身長は性も女性も日本人の平均よりも高くなっています。</p>

<p>【磯野】それは親として「身長を伸ばしてあげなきゃかわいそう」という感覚だと思います。それは日本では「毛深いといじめられてかわいそうだから脱毛のお金をだしてあげよう」というのと同じですね。外見や体の特徴で人を差別したりしてはいけない、という方向ではなくて、「差別されない身体にしよう」という方向にいくと、資本力のある人の身体が理想の身体になっていくんですよ。　</p>

<p>【為末】人体改造とか遺伝子の話ですね。アスリートの世界だと、黒人選手のパフォーマンスが高いのは自明で、腸腰筋のサイズ、骨格、脊髄神経など、さまざまな比較調査が行われていますが、脳だけはさわれないんです。人種間で脳がどう違うのか、ということはタブーになっている。脳も筋肉や骨格と同様にパフォーマンスに影響を与えているはずなのですが、政治的にさわってはいけない領域になっている。いわゆるIQとか数学能力などの人種間の知能の差は「社会的環境の差」という説明が一般的です。</p>

<p>【磯野】調査する際に人種を特定するのがまず難しいですよね。「黒人」といってもどこまでを含めるのか。</p>

<p>【為末】遺伝学的には明確な区切はないそうですが、そうすると逆にアファーマティブアクションのような社会的な是正措置が意味をなさなくなりますね。人種というものがあるという建前でやっているので。アメリカなどで調査するときは自己申告でやっていることが多いようです。</p>

<p>【磯野】人類学は、植民地主義の過程で政治的な解釈を生物学的事実として扱い、それが重大な差別や暴力を生んだという歴史があって、その反省から社会構築主義的な立場が強くなっています。ただそれが行き過ぎると、例えば男女の差異は100％社会的に構築されているという主張も生まれてしまう。それも踏まえたうえで、今後、「人種」間に脳の違いがあるとわかったとき、これをどう扱うかというのは一つの議論として出てくるかもしれません。</p>

<p>【為末】知性をどのように定義するかという問題もありますよね。たとえば、「知性とは共感力のことだ」となったらどうなるのか。「人とうまくやる」とか、「役割を認識する」ようなことを正確に測定する基準や方法がいまのところは存在しないですよね。</p>

<p>学力測定にも何か見落としのようなものがあるんじゃないかと思います。教育経済学をやっている人にきいたのですが、スポーツと生涯年収は正の相関があるらしいのですが、スポーツと学力はそうでもないらしい。だとすると学力の測定方法の中には含まれていない何かが生涯年収を上げている可能性がありますよね。</p>

<p>ある評価軸で見ると何が優で何が劣かがはっきりするけれども、社会性のような複雑な話になると評価軸がそもそも存在しない。そうすると、いまある軸によって、自分の持っている性質や特徴にコンプレックスを持ったり、その逆もあったりしますね。「体が大きいことがいいこと」という軸があると、背を伸ばしたくなり、「体が大きいことは悪いこと」という軸に変わると、背を丸めてなるべく小さく見せる。すべてのコンプレックスの背後にはこの社会における評価軸があると思います。</p>

<p>18世紀とか19世紀のヨーロッパ人は「体毛は多い方がいい」と考えていたんですよね。軸がかわるとみんな脱毛をしだすという。</p>

<p>【中嶋】最近、豊胸手術を元に戻す人が増えているそうですね。アメリカの女優さんやモデルさんが性的な役割から解放されたいので元に戻してスッキリした、というメッセージを写真とともにインスタで公表したりして、多くの女性たちから「いいね」されています。</p>

<p>【為末】アメリカっぽいですね（笑）。</p>

<p>【磯野】それも今の社会をよく表していると思います。生まれたままの状況をなんとか引き受けていかなくても、科学技術を使えば望みどおりに自分の願望が実現できるという価値観ですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>神よりも宇宙生命体がリアリティを持つ時代</h2>

<p>【高梨】お話を伺っていて思うのは、やはり自分たちの存在を変える技術が手に入ってしまったというのが、この100年ほどでおきた、人類史上において大事な出来事だったということです。</p>

<p>日本ではやってはいけないということになっているけれども、次世代に対する遺伝子操作は原理的にはできてしまいます。実際、海外では禁止されているにも拘わらずゲノム編集を行った赤ちゃんを誕生させるという衝撃的な事件もすでに起きてしまいました。一度欲望に火がついたら、それはなかなか止められないことを象徴する出来事だったと思います。これは、そのやってしまった研究者個人の問題でもあると同時に、欲望に突き動かされる人間のあり方そのものの問題でもあります。つまり、決して他人事とは言えないし、そう考えるべきではない。となると22世紀にはかなり世界は変わって見えてくると思います。</p>

<p>そう考えたとき、理想のあり方として、私たちは何に向けて自分たちを近づけていくのか。いまは見当もつきません。「全知全能の神」がリアリティを持って想像できた時代には、そこに向かって自分たちを改造・改善していくということもあったかもしれません。いまだにそういう感覚を持っている人たちもいるかもしれないですね。一方で「全知全能の神」がどういうものなのか想像できないからこそ、私たちはありたい姿を模索し、日々葛藤していると言えます。この葛藤に耐えられないと、耳あたりのよいことに惑わされて極端に走ることもあるでしょう。</p>

<p>天文をやっている人間としては、そこに何か宇宙を絡めて語れるといいなと思います。</p>

<p>大胆なことを言えば、神にはリアリティがない時代ですけれども、他の星の生物は逆にリアリティが増してきていると私は思います。彼らはどんな姿をしているのかを知りたい。自分を改造していく欲望とは別に、そういう欲望の向け方もあるんじゃないか、それを知るためにお金を惜しまない人も出てくるんじゃないかと思います。</p>

<p>仮にどこかの惑星に何かいることがわかったところで、だからどうしたという話かもしれませんが、相対的に考えずに自分たちだけで「あるべき姿」というのを構築することはできないと思うのです。</p>

<p>【為末】身体を人為的に加工するとして、どのくらいまで許容できるんですかね。</p>

<p>【高梨】昔から不老不死についてはいろいろなチャレンジが行われてきましたよね。つい2、30年前、「アメリカ横断ウルトラクイズ」の優勝商品がコールドスリープしてもらう権利だったりしましたよね。あれはテレビ的なしゃれだったと思いますが、永遠に存在できることに対する我々の欲望の現れのひとつであったと思えば、「そこに向かっていって何が悪い」というふうに考える人たちも絶対いるでしょう。</p>

<p>いまはそのような欲望を社会的には許容していないというか、抑え合っている状態ではないでしょうか。でも、みんな本心ではどうなんですかね。「あなたは来週から全く違う自分として生まれ変われますよ」と言われたら、飛びつきたくなる人はいっぱいいるんじゃないかな。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>健康に悪くないのにドーピング禁止なのはなぜか</h2>

<p>【為末】スポーツでは「ドーピングはなぜだめなのか」という議論がもう長いこと続いています。競技場の中では厳しく制限されていますが、競技場の外ではどこまで許容されるのか。不老不死はまだ社会的に認められてないけれど、どこまでならいいのかという話とも重なりますね。</p>

<p>昔はドーピング禁止には「選手の健康を害する」という大義があったのですが、最近はロンジビティ（長寿）のための技術が転用されたりしているので、「体に悪くないのに、なぜドーピングを禁止しているのか」という議論になるわけです。健康にいいか悪いかではなく、人為的にどこまでパフォーマンスを向上させていいのか。どこまでもやっていいとなると、当然のことながら国力がある国が有利です。磯野さんがおっしゃっていた、「資本力のある人の身体が理想の身体になる」というのと近い話です。</p>

<p>投薬ではなく高地トレーニングによって緩いドーピングと同じぐらいの効果が出せるといわれているのですが、それも一定の技術力がないとできないので、先進国しか行っていません。</p>

<p>経済力によって選手のパフォーマンスに差がついているということは、禁止されているドーピング以外のところでいろんなことが試されているということです。アンチドーピングの人たちにすら、どこまでがトーピングなのか、投薬以外はいいのか、という基準がないんです。　</p>

<p>【中嶋】2026年はドーピング容認の国際競技大会がアメリカで開催されると聞きました。　</p>

<p>【為末】はい。ラスベガスで開かれる「エンハンスト・ゲーム」ですね。ドーピング容認といっても、途中のプロセスで何を摂取するかドクターがちゃんと見ます。健康に負担がかかるドーピングはできないのですが、それ以外は認められます。かつては健康に悪いといわれていたドーピングですが、いまや健康に悪くないからやっていいというところまできました。このこと自体いろんな矛盾をはらんでいると思いますが、アスリートのなかでも面白がっている人はいます。それ以上に興味深いのは、シリコンバレーの人たちがこの動きに乗ってきたということです。オリンピックの報酬の10倍ぐらい賞金が出る。それでオリンピックの金メダリストが出場を決めているんです。</p>

<p>エンハンストのほうが儲かるようになった時に、オリンピックの権威ってどうなるのかなと思います。マジな奴はみんなエンハンストに出て、無垢な「ありのまま」を大事にする人たちだけオリンピックに行くとか、そういうことが起き得るのかもしれない。</p>

<p>【磯野】「オリンピックは無垢な大会」って面白いですね。これだけ身体変工が盛んになったのに、「ありのまま」とか「自分らしさ」というのが今ほど称揚されている時代もかつてなかったと思います。一度読売新聞と朝日新聞でカウントしてみたことがあるのですが、1990年代から一気に「自分らしさ」という言葉の利用が増えています。80年代は年間50回以下だったのが、90年代だと約2000回に、2000年以降は約7200回にまで増えている。（拙著：『他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学 』(集英社新書)に詳述）　ありのままへの欲望がある一方で、手を加えまくって自分の身体を抜け出したところに理想があるという、対極の価値観が拮抗している状況ともいえます。この二つは反目し合いながら手を結び合ってもいるのだろうなと。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[22世紀の人間像研究会]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>吉祥寺から救急病院が消える　地方だけではない「医療危機」と病院経営を阻む壁【前編】  森まどか（医療ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13987</link>
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			<description><![CDATA[吉祥寺で救急病院が消えた衝撃の背景を探る。物価高や人件費高騰による経営難に加え、医師の退職による収益低下、地域医療構想の壁など、都市部と地方それぞれが抱える病院経営のジレンマ、医療崩壊の危機を解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="経営難により廃業危機を迎えている病院は地方だけではない" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hospital_1.jpg" width="1200" />「住みたい街」として人気の高い東京・吉祥寺で、病院の廃業が相次いだ。これは医療機関の抱えている問題が、過疎化する地域だけでなく、都市部でも進行している事実を浮き彫りにする。物価や人件費の高騰、人材不足...。全国の病院が直面する「淘汰の時代」の真実と、単一の病院では解決できない「地域医療構想」の課題について、医療ジャーナリストの森まどか氏が迫る。</p>

<p>※本稿は『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものの前編です。記載されている情報は執筆当時(2025年12月）の状況に基づいています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>東京・吉祥寺から救急病院が消えた衝撃</h2>

<p>「住みたい街トップ・東京吉祥寺から救急病院が消える」...などのセンセーショナルな見出しで、病院の相次ぐ廃院が報じられたのは2025年のはじめごろである。</p>

<p>過去10年間で吉祥寺駅周辺の4つの病院が病床廃止や診療休止を余儀なくされ、比較的高齢者が多いこの地域で&quot;医療のよりどころ&quot;だった吉祥寺南病院も診療を休止した。その結果、吉祥寺では330床以上の病床が失われ、救急車の搬送先となる病院も消えた。住民の戸惑いは大きく、不安の声が多数メディアで取り上げられている。こうした事態が、過疎の進む地方ではなく東京の人気エリアで起きたため、「いま病院に何が起きているのか」と全国的な注目を集めることとなった。</p>

<p>1970年に建てられた吉祥寺南病院の建物は、現在の耐震基準を満たしておらず、建物だけでなく電気設備も老朽化していたため、建て替えの計画があった。しかし、建築資材の高騰により断念せざるを得なくなり、診療の継続が困難となったことが診療休止の理由である。</p>

<p>この病院にかぎらず、機能を維持するためのコストに対して十分な収入が得られないというのが、現在全国の医療機関が抱える問題だ。長年くすぶっていたこの課題が、急な物価高騰と人件費の上昇によって顕在化したといえる。</p>

<p>医療機関関係者に病院が潰れるかもしれないという現状についてどう思うかを尋ねたところ、インフレによる経営難という問題は大きいものの、「それでも最終的には国や県が助けてくれるだろう」「さすがに病院を潰すことはないだろう」と考えて運営している民間病院が少なくないという印象を受ける、との回答があった。</p>

<p>これは、医療情報システムの構築を専門とし、現在は病院の経営支援にも携わっている方の率直なコメントである。実際に経営支援のため現場を訪れると、多額の設備投資を重ねてきたうえに、物価や人件費の高騰によって運転資金が不足し、経営が苦しくなってさらに借入金が増加しているケースが見受けられるという。</p>

<p>しかしながら、病院経営のトップである院長や理事長には、これまで通りの運営を続けながら金融機関の支援を受ければ何とかなるのではないかという意識が依然として残っていると感じることもあるそうだ。人口減少と医療需要の変化に伴い、病院が淘汰される時代に入ったことを認識する必要があるのではないか、と続いた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地域医療を支える民間病院のジレンマ</h2>

<p>一方、異なる意見もある。公立病院や準公立病院が存在しない地域で医療を担う400床規模の地方民間病院の経営幹部は、「公的病院の代わりとして地域医療を支えている以上、病院がなくなってよいとは思わない。もしそのような民間病院が経営難に陥っているのであれば、国や県、自治体が経済的な支援を行なう必要があるのではないか」と語る。その背景には、首都圏から離れた地方で地域医療のハブとして役割を果たすことの難しさがある。</p>

<p>具体例として、直面している事例を挙げてくれた。億単位の設備投資を行ない病院の主力となっていた治療が、医師の退職によって継続できなくなったというものだ。</p>

<p>10年前に着任した循環器内科の医師は心臓カテーテル治療を得意としており、地域でニーズが高かったため費用をかけて治療環境を整備した。県内のその地域では導入されていない治療であったことから、周辺診療所との連携を強化し、市民セミナーなどで住民への情報発信も積極的に行ない、十分に採算がとれるペースで患者を集めていた。さらに、その医師のもとで治療技術の習得をめざす医師も採用でき、直近6〜7年は病院の&quot;目玉&quot;となる治療として稼働していた。</p>

<p>しかし、予期せぬ事態が起きる。循環器内科のみならず病院全体を牽引していたその医師の出身大学で人材不足が深刻化し、歴史ある大学病院の機能低下を防ぐため上司やOBから強い要請があったこともあり、当該医師は退職し県外の大学に戻ることとなった。一人の医師が退職したことで治療の継続は困難となり、その治療にやりがいを感じていた若手医師や看護師、臨床工学技士も連鎖的に退職。その結果、高額な治療機器は稼働できず宙に浮いた状態となり、病院の収益は低下している。</p>

<p>地域的な必要性を踏まえて導入し、採算がとれると見込んでいた治療が予期せぬ理由で継続できなくなった場合、それを&quot;過剰投資&quot;と判断されてしまえば、地域医療を支え発展させることは難しくなる。</p>

<p>経営幹部は「医師の人事は不確かで予測できないことが起こる。協力先の医局や主力医師のネットワークで医師を集めているケースは多く、医局の人事や主力医師の退職によって他の医師も辞め、これまで可能だった治療ができなくなり、大きな減収につながる例は他の病院でもいくらでもあるはず」と述べた。現在、後任の医師をあらゆるネットワークを使って探しているというが、地方の病院に医師を迎えるのは容易ではないという。</p>

<p>立ち位置が異なれば見方も当然異なり、病院の規模、期待される機能、所在地などさまざまな要因で状況が異なることが、病院経営の評価の難しさである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地域医療構想と再建計画の難しさ</h2>

<p>前述の吉祥寺南病院は、大手医療法人グループが運営を引き継ぐことが決定し、急性期医療に加えて高齢化に伴う回復期医療の需要に応えるべく、300床規模の病院整備が計画されている。武蔵野市も「吉祥寺地域の医療体制の整備に関する支援方針」を発表し、新病院の開設に際して市有地の活用や都市計画の変更を検討するなど、支援策で後押しする方針を示した。</p>

<p>順調に再建が進むと思われた矢先、この計画に対し、武蔵野市が属する北多摩南部の「東京都地域医療構想調整会議」で、当該医療圏における病床数の過剰や医療人材不足が問題視され、周辺病院への負の影響が懸念されるとして、計画の見直しを求める意見が多く出された。</p>

<p>国が推進する「地域医療構想」とは、厚生労働省によれば「中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進め、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の確保を目的とする」と説明されている。</p>

<p>吉祥寺南病院の再建計画は武蔵野市にとって必要である一方、二次医療圏といった地域単位で考えると、将来的な医療需要に合致していないとも判断されることになる。人口減少と超高齢社会の進展に伴うこれからの病院経営は、病院単体で資金調達すれば解決できるという単純なものではなく、地域全体に極めて大きな課題を突きつけている。さらに、日本の医療全体が&quot;これまでどおり&quot;では通用しない大きな転換期を迎えているといえる。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_hospital_1.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 26 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[森まどか（医療ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>高市政権が進める「労働時間規制緩和」は少子化対策と矛盾するのか？  小黒一正（法政大学経済学部教授／ 東京財団上席フェロー）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13992</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013992</guid>
			<description><![CDATA[高市政権が進める労働時間規制緩和は、少子化対策と必ずしも矛盾するものではない―。小黒一正氏がデータを引用しながら解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="労働時間規制緩和と少子化対策" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_people_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>高市政権が進める労働時間規制緩和は、少子化対策と必ずしも矛盾するものではない―。賛否を生む「労働時間規制緩和」の議論に「少子化対策」の視点から新しい光を当てる。</p>

<p>※本稿は『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>労働時間規制緩和をめぐる現在の政治論争</h2>

<p>高市早苗首相が「労働時間の上限規制の見直し」に言及して以降、国会では激しい論争が続いている。背景には、生産年齢人口が急速に減少するなか、とくにサービス業や医療・介護、建設、物流など幅広い分野で慢性的な人手不足が続き、日本経済全体が本格的な人手不足経済に移行しつつあるといった要因も大きいことは間違いない。</p>

<p>企業側からすれば、柔軟な働き方を認めることで、イノベーションの加速や人材確保につながるとの期待がある一方で、「希望する人にはもっと働いてもらいたい」という思惑も透けて見える。高市首相も、こうした現状を踏まえつつ、個々人がライフステージに応じて働き方を選択できる「選択的労働」の必要性に言及している点は注目に値する。他方、労働側や野党は「過労死の増加」への懸念から、規制緩和そのものに強く反対している。</p>

<p>このように、議論はしばしば「働かせすぎを防ぐ規制」か「柔軟性を高める規制緩和」かという二項対立で語られがちである。しかし、今日の日本が直面している最大の構造問題は「少子化」そして「人口減少」である。労働時間規制緩和の議論が、少子化対策の視点を欠いたまま、あるいは人手不足への即効薬としてのみ進めば、国家としての持続性が損なわれる危険性があるのではないか。</p>

<p>少子化が進むいま、本来、労働時間の制度設計は、「どれだけ産業を成長させられるか」とともに、「どれだけ子どもを産み育てやすくできるか」という2つの観点から組み立てなければならない。そのうえで、人手不足経済にどう対応するか、多様な働き方・選択的労働をどう位置づけるかを考える必要がある。しかし、この視点が政策議論において十分に共有されていない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>見落とされてきた「時間」と「生産性」の関係</h2>

<p><img alt="各国の一人当たり実質GDP" height="873" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260318Ogurokazumasa01.jpg" width="1200" /></p>

<p>労働時間の議論に立ち返ると、基礎となる試算は次の2つであろう。</p>

<p>〈試算1〉もし日本が1990年と同じ労働時間（2031時間）を維持していた場合、2023年時点の一人当たり実質GDPは「1.69倍」となり、アメリカ（1.68）やイギリス（1.55）を上回り主要国でトップクラスになっていた。</p>

<p>1990年の日本の年間労働時間は2031時間であり、アメリカ（1764時間）、イギリス（1618時間）よりも250時間以上も長かった。この時期の日本は、まさに「世界一働く国」であり、その労働量が当時の圧倒的な経済力を支えていた。実際、一人当たり名目GDPでも日本は米英を上回り、世界の先頭を走っていた。</p>

<p>しかしその後の約35年間で、日本の労働時間は急速に減少し、2024年には1617時間へと大幅縮小した。一方、アメリカは1796時間と1990年とほぼ変わらず、日本はアメリカより約180時間短くなるかたちで「逆転」した。</p>

<p>この変化の背景には、以下の制度的経緯がある。</p>

<p>・ 1980年代の貿易摩擦で「日本人は働きすぎ」という批判が国際問題化<br />
・ 1988年の「経済運営計画」で政府が「年間1800時間」を公式目標として設定<br />
・週休2日制が急速に普及<br />
・ 1992年の時短促進法、1994年の労基法改正で法定労働時間を週40時間に固定</p>

<p>こうした政策的な時短の流れが定着し、日本は「労働時間を強制的に縮める」方向へ大きく舵を切った。その結果、実質賃金や経済成長の伸びが鈍化する構造問題が生じた側面も否めない。</p>

<p>では、労働時間を大幅に増やしても労働生産性が低下しないという前提のもと、日本がもし1990年と同じ労働時間を保っていたらどうなっていたか。推計方法の詳細は省くが、その試算結果が図表1である。日本の経済力が最も力強かったのは1990年ごろのため、日本の仮定試算を含め、各国の一人当たり実質GDPが1990年で1.00になるように基準化している。</p>

<p>この主要7カ国のなかで最も高い成長を示し、一人当たり実質GDPトップになっているのは試算1で算出した「日本（仮定試算）」の1.69である。しかしながら、実際の日本は1.30にとどまり、これらの国々のなかで下位2番目の結果になっている。もっとも、この事実は「長時間労働に戻るべきだ」という結論を導くものではない。</p>

<p>試算1は、労働時間を増やしても生産性が変わらないという&quot;量の効果のみ&quot;を見た機械的な仮定である点に注意が必要である。むしろ後述のとおり、日本は短時間労働のほうが生産性が高まる可能性もある。</p>

<p>重要なのは、働く時間の最適化であり、量を増やすか減らすかの二択ではなく、個々人が最も成果を出せる時間を選択できる制度が不可欠である。 高市首相が口にする「選択的な働き方」を本当に実質ある制度にできるかどうかが問われている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>重要なのは働く時間の最適化</h2>

<p><img alt="生産性と労働時間の関係" height="852" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260318Ogurokazumasa02.jpg" width="1200" /></p>

<p>〈試算2〉日本（約1600時間）は依然として先進国のなかで長時間労働だが、OECDデータから「約1360時間まで減らしても一人当たりGDPはむしろ増える」可能性を示している。</p>

<p>1990年代以降、日本の労働時間は減少してきたとはいえ、アメリカ以外の欧州との比較では依然として長い。最新のOECDデータでも、2024年の日本の年間労働時間は1617時間であり、イギリスの1512時間、フランスの1491時間、ドイツの1331時間と比べても高い。</p>

<p>しかし同年の「労働時間1時間当たり生産性」（購買力平価換算USドル）は、日本が56.8ドルで、欧州主要国（イギリス＝80.6ドル、フランス＝92.8ドル、ドイツ＝96.5ドル）に大きく後れをとっている。つまり、日本は（ドイツ等との比較で）「長時間労働にもかかわらず低生産性」という構造的な非効率に陥っている。</p>

<p>決定的なのは、OECD35カ国（1970〜2015年）の長期データ分析である。年間平均の労働時間（横軸）と「一人当たりGDP／労働時間」（縦軸）をプロットすると、両者には明確な負の相関が確認される（図表2）。</p>

<p>なお、時系列データにおいて、先進諸国の「年間労働時間」は低下傾向にある一方、「生産性（一人当たりGDP／労働時間）」は経済成長で上昇する傾向をもつことから、通常のプロットでは「見せかけの相関」を表す可能性が高い。</p>

<p>この問題を取り除くため、各OECD諸国の「生産性（一人当たりGDP ／労働時間）」の値は、各年において、OECD諸国の平均が100となるように基準化したものを利用しているが、労働時間が短い国ほど単位時間当たりの生産性は高いという関係が極めて頑健に観察される。</p>

<p>この図表2から明らかなとおり、「労働時間」と「生産性（一人当たりGDP／労働時間）」は負の相関関係をもつ。両者が負の相関関係を有するとしても、「年間の労働時間が減少すれば、生産性（一人当たりGDP／労働時間）が高まる」という因果関係を表す保証はないが、知識集約型経済の飛躍的成長の「起爆剤」となる柔軟な発想や斬新なアイディアを生み出すためには、「時間的なゆとり」も必要なはずである。</p>

<p>では、生産性（一人当たりGDP／労働時間）が増加すれば、一人当たりGDPも増加するのか。年間の労働時間が減少し、単位時間当たりの生産性（一人当たりGDP／労働時間）が増加しても、一人当たりGDPが低下しては意味がない。</p>

<p><img alt="一人当たりGDPと労働時間の関係" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260318Ogurokazumasa03.jpg" width="1200" /></p>

<p>このような現象が起こるか否かは、「一人当たりGDP＝生産性&times;年間平均の労働時間」という関係から判別できる。まず、図表2のプロット・データから、ｙを「生産性（一人当たりGDP ／労働時間）」、ｘを「年間平均の労働時間」として、近似曲線を求める。この近似曲線ｙとｘの積から、「一人当たりGDP」（＝ｙ&times;ｘ）が計算でき、その関係をプロットしたものが、図表3である。この図表の横軸は「年間平均の労働時間」、縦軸は「一人当たりGDP」を表す。</p>

<p>この図表3の「曲線」（上に凸の曲線）が、一人当たりGDPと労働時間の関係を示している。この曲線が妥当な場合、横軸の「年間平均の労働時間」が約1000時間のあたりが、縦軸の「一人当たりGDP」が最大になる労働時間であることがわかる。もちろん、1000時間は実在データがほとんど存在しない領域も含むため、その厳密な解釈は慎重であるべきだ。</p>

<p>しかし実在データが存在する領域（1360時間前後）だけに基づいても、日本は労働時間を1600時間前後から1360時間へ削減しても、一人当たりGDPが増加する可能性がある。年間240時間の削減は、1日8時間労働で換算すれば約30日分のゆとりに相当する。この「余白の時間」は、単なる休暇ではなく、創造的思考、新規事業の立案、知識集約型産業における競争力向上といった、生産性の核心に関わる。</p>

<p>以上の2つの試算は、一見すると矛盾するように見える。</p>

<p>・ 長時間労働を続けていればGDPは維持できた（試算1）<br />
・しかし短時間労働のほうが生産性は高まる（試算2）</p>

<p>実際には矛盾ではなく、「量」と「質」をどう最適化するかという問題である。したがって結論は明確である。固定的な労働時間制度ではなく、個々人が「選択できる労働制度」に転換することこそが、日本の成長戦略の中核となる。</p>

<p>これは高市首相が掲げる「選択的な働き方」と軌を一にするものであり、産業構造転換、人手不足経済への対応を同時に可能とする唯一の道である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>少子化対策の観点から見た労働時間規制見直しの評価</h2>

<p>加えて、急速に進む人口減少との関係では、労働時間規制緩和が少子化対策と両立しうるかという問題も重要であり、労働時間規制の議論は、「子育て世帯全体の時間制約への理解」が前提にならなければならない。</p>

<p>〈時間の不足が出生率を下げる最大の原因〉</p>

<p>子育ての負担において、最も深刻な課題は「お金」ではなく「時間」である。仕事・家事・育児をすべて背負う共働き世帯では、平日の時間不足が慢性化し、第二子・第三子を諦めるケースが多い。出生動向基本調査でも、出産をためらう理由の最上位は「仕事と育児の両立の難しさ」である。</p>

<p>〈「選択的労働」の導入こそ少子化対策の核心〉</p>

<p>少子化対策としての労働時間政策は、次の3点を満たさなければならない。</p>

<p>①働きたい人は柔軟に働ける環境を用意すること<br />
②子育て期は労働時間を自由に変更できる制度を保障すること<br />
③変更した労働時間が将来の賃金や昇進に不利に働かない設計をつくること</p>

<p>ここに、もう一つ加えるべき視点がある。それは、「企業ごとの子育て環境の見える化」である。企業別の出生率（たとえば、一定期間内に在籍社員世帯当たり何人の子どもが生まれているか）や、育休取得率・短時間勤務利用率といった指標を公表し、社会全体で共有することによって、「どの企業が本当に子育てしやすい職場か」を可視化できる。</p>

<p>こうした情報が公開されれば、就職活動を行なう若者や転職希望者は、賃金やブランドだけでなく、「将来子どもをもちやすい企業かどうか」を判断材料にできる。企業もまた、採用力・レピュテーション（評判）の観点から、労働時間の柔軟化や育児支援策の拡充に取り組む強いインセンティブをもつことになる。</p>

<p>高市政権が進める「規制緩和」は、①についてはプラスに働く可能性がある。しかし②と③は、何も手当てしなければむしろ逆効果になる恐れがある。人手不足を理由に労働時間規制を緩めれば、企業は長時間労働を求めやすくなり、子育て世帯は働き方を選択する余地を失いかねない。つまり、労働時間規制緩和は、そのままでは「少子化対策」と矛盾する。</p>

<p>しかし逆に、「選択的労働」を制度化し、その実効性を企業別出生率などの見える化で担保すれば、規制緩和と出生率の向上を同時に達成することが可能になる。高市首相が掲げる「選べる働き方」の理念を、少子化対策と組み合わせた具体的な仕組みに落とし込めるかどうかが、今後の成否を左右する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人口減少社会で求められる新しい成長戦略</h2>

<p>日本は少子化・人手不足が同時進行する歴史的転換点にあるが、以上のことから、今後の成長戦略（とくに労働供給）は、「時間の再配分」と「生産性の最大化」を軸に再設計する必要がある。加えて、企業の行動変容を促す「情報公開（可視化）」を組み合わせることで、政府の規制強化に依存せずとも、民間みずからが子育てしやすい職場を整備していく仕組みを構築できる。この三位一体の戦略こそ、人口減少社会にふさわしい日本型成長モデルとなる。</p>

<p>（１）労働時間の柔軟化と「選択の自由」の制度化</p>

<p>労働時間政策は、「増やすか・減らすか」の単純な対立軸ではなく、個人が選べる働き方を制度として保障することが最も重要である。労働時間規制の見直しは、働きたい人に柔軟性を与える一方、子育て期や介護期には大幅に労働時間を調整できるような制度設計と不可分である。</p>

<p>・ 多く働きたい人には、上限規制緩和による柔軟性を確保<br />
・ 子育て・介護期には、労働時間を大幅に減らして働ける制度を法的に保障<br />
・副業、学び直し（リスキリング）の推進や拡充</p>

<p>この発想こそが、高市首相も言及する「選択的な働き方」の実質的なコアとなる。</p>

<p>（２）「余白の時間」こそ日本の成長力を左右する</p>

<p>OECDデータが示すように、年間労働時間と生産性には負の相関が見られ、知識集約型経済では長時間労働がむしろ成長の阻害要因になりうる可能性がある。デジタル化・AI化が進む現代では、価値を生むのは「余白の時間」である。短く働き、集中して成果を出す働き方が広がれば、</p>

<p>・イノベーション<br />
・新規事業の創出<br />
・企業の競争力強化</p>

<p>につながり、「時間的ゆとり」がそのまま生産性向上の原資になる。人口が減少する社会では、労働量ではなく、生産性そのものが成長力の源泉となる。</p>

<p>（３）企業行動を変える「見える化」の導入</p>

<p>時間政策と並び、企業行動を自発的に変える仕組みも不可欠である。その中心にあるのが「企業別出生率・両立指標の公表」である。</p>

<p>・ 企業別の出生率、平均子ども数、育休取得率、短時間勤務利用率などを集計・公表<br />
・ 統合報告書や就活サイトで「賃金」「成長性」と並んで「子育てしやすさ指標」を掲載<br />
・ 高い指標の企業には税制優遇・公共調達での加点などインセンティブを付与</p>

<p>政府が企業を細かく規制するのではなく、情報公開と市場の評価によって企業の行動変容を促す。これは過度な規制を避けつつ、民間主導で「子育てしやすい職場」への競争を引き起こす最も効率的な仕組みである。</p>

<p>いずれにせよ、少子化と低成長に苦しむ日本にとって、労働時間規制に関する議論は、単なる労働政策ではなく、国家戦略そのものである。労働時間の単なる見直しではなく、時間を「選べる」制度へと転換することが、人口減少社会における新しい成長モデルの核心となる。そこに、企業別の出生率や両立指標の公表という「見える化」を組み合わせることで、企業行動を内側から変える力が生まれる。</p>

<p>すなわち、</p>

<p>「働きたい人は柔軟に働ける」<br />
「子育て期には時間的ゆとりがある」<br />
「労働時間を短くしても生産性は上がる」<br />
「子どもを産み育てやすい企業が、採用市場で正当に評価される」</p>

<p>この4つを同時に実現することが、日本の成長戦略と少子化対策を結びつける唯一の道である。高市政権が進める労働時間規制緩和は、少子化対策と必ずしも矛盾するものではない。むしろ、制度設計次第で両立は十分に可能であり、その中心にあるのは「時間」を再分配し、「企業別出生率の見える化」で企業行動を変えていくという新しい発想である。</p>

<p>日本が再び力強い成長軌道に戻るためには、単なる働く「量」ではなく、働く「質（労働生産性）」と「時間」、そして「情報公開」を組み合わせた制度の再構築こそが鍵となる。人口減少社会でこそ、これらを軸とした成長戦略が求められている。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_people_1.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小黒一正（法政大学経済学部教授／ 東京財団上席フェロー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会】人間の身体の「解釈」はどこまで変わっていくのか（２）  磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13750</link>
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			<description><![CDATA[文化人類学では人間の身体を「象徴」と捉える見方があります。身体を何かの象徴としたときに、私たちの意識や行動はどのように変わるのでしょうか]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="22世紀の人間像研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260216isonomaho2.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。</p>

<p>今回からは、研究会のメンバーがそれぞれの専門分野から22世紀の人間像を考えるための視点を提供していきます。人類学者の磯野真穂さんには「身体性」という観点から、身体と象徴や儀式の関係についてお話しいただきます。2回にわたって掲載するこちらの議論は、そのあと展開される「対話」の出発点になります。</p>

<p>文化人類学では人間の身体を「象徴」と捉える見方があります。身体を何かの象徴としたときに、私たちの意識や行動はどのように変わるのでしょうか――。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>身体は「象徴」である</h2>

<p>人類学は身体を象徴であるととらえます。身体が、身体そのものとは別のものも表現しているということです。</p>

<p>私たちは、何を見てもそこに解釈を加えます。たとえば駅前で携帯を見ている人を見て「誰かを待っているのかな」と思ったりしますね。また、私がここまで走ってきて息をきらしているとしましょう。それを見て「遅刻しそうだったので走ってきたのかな」などと想像します。</p>

<p>こういうかたちで身体、もしくは生物学的な現象が象徴になっていきます。</p>

<p>この象徴が権力者に使われるようになると、「体毛がないということは、劣っているということだ」というような解釈につながり、植民地化を正当化する材料にもなるという話をしました。</p>

<p>象徴は「表現する」ものでもあります。たとえば「鳩は平和の象徴」というとき、鳩は平和を表現しています。同じものが地域によって異なるものを表現することもあります。</p>

<p>入道雲がたちのぼってゴロゴロ音がなってぴかっと光ったりすると、日本では「雷様が太鼓をたたいている」などといいます。それがヨーロッパに行くと「怒ったゼウスが雷を投げる」とか、「エルフが空の上で影を動かしている」といった表現になります。</p>

<p>象徴はまた、「生成する」ものでもあります。</p>

<p>たとえば役者がステージに立って衣装をまとい、小道具を手にすると、それらしく演じられるようになる。これを「象徴の行為遂行性」と呼びます。看護大学を出たばかりのおどおどした看護師がナース服を着て聴診器を持ち、血圧計を持つと、振る舞いそのものがしっかりしてくる、といったこともそうです。スキルが上がったわけでもないのに、ナースを象徴する服を着ただけでそれらしくなるということは実際にあるわけです。</p>

<p>身体が象徴的に使われるとき、そこには何かが作り出されています。ここでお話ししたいのが、「象徴操作と病からの回復」についてです。</p>

<p>私たちの身体に関する情報は、個人情報として医療従事者と患者の密室の空間の中に閉じ込められていますが、伝統的社会ではそうではありません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ンデンブ医の治療</h2>

<p>1967年にヴィクター・ターナーという有名な人類学者が書いた The Forest of Symbols: Aspects of Ndembu Ritualというエスノグラフィがあります。ターナーはアフリカの現在のザンビアに当たる地域のンデンブ族の集落をフィールドとしていました。</p>

<p>その本の中に、動悸と背中の激痛と衰弱に苦しむカマハサニという男性が、集落のシャーマンが取り計らう儀式を通じて回復するという話が登場します。</p>

<p>カマハサニは、集落の住民たちが自分に敵意を抱いていると信じ込んで社会生活の場から退いていました。この人は集落の人の悪口を言ったり、威張りちらしたりして酷い人なのですが、カマハサニ本人は「みんなから意地悪されている」と考え、体調不良もあるので引きこもっています。</p>

<p>ンデンブの儀式は、カマハサニと集落の者が一堂に介して行われます。その儀式の中で、カマハサニがいかに酷いか行いをしていたのかを集落の住民たちが語り、カマハサニ自身も集落への不満を語るという局面があります。いまの常識ではちょっと考えられません。</p>

<p>シャーマンの理解によると、カマハサニの病気は取り憑いた悪霊によるもの。ですからこの儀式は悪霊を取り払うために行われます。儀式の最後でシャーマンは、彼の歯を抜くような身振りをし、カマハサニは血を流します。すると周りで見ているものがワーッと盛り上がる。この儀式が終わると集落全体が安堵をしたような不思議な静けさに包まれていたそうです。この儀式を通じてカマハサニは体調の不良から解放され、そしてターナーがしばらく経って集落を訪ねた際も、集落になじんで、うまく暮らせていたそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生物医学的根拠がなくても「回復」が成立する</h2>

<p>患者の回復に生物医学的な根拠はないのですが、儀式によって仲たがいしている状態はとりあえず解決しています。儀式のなかでは互いに不満を言い合いますが、どちらか一方のせいにするのではなく、最終的には悪霊という神話的な存在に責任を押しつけるという方法で共同体内のいざこざを仲裁し、治療を行う。</p>

<p>ンデンブの儀式は、患者の状態を共同体の調和が乱された兆候と捉え、乱れた人々の関係性をよい方向に調整する機能があったと考えることができるでしょう。患者の体から血が出て、歯を抜くパフォーマンスは、共同体の不安定を作り出していた原因が取り除かれたことを象徴的に意味している。これを生物学的に「あなたはセロトニンが足りていない状態です」などと診断したとしても、なんの解決にもなりません。私たちの身体はそれが住まう社会と密接に結びついているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現代の身体理解にも象徴操作が働いている</h2>

<p>ンデンブの話は時代的にも地理的にも遠い話だと思いきや、意外とそうでもないんです。最近は糖質制限が一般的な健康管理の手法としてありますよね。糖質制限は、2009年にメタボ検診がはじまったことで一気に広まりました。特に40代以上の中高年男性がメタボ健診をきっかけに一気にダイエットに励むようになりました。</p>

<p>以前糖質制限をしている人にお話を聞いたとき、「糖質を食べると体が汚れた気がする」とおっしゃったのが印象的した。糖質は栄養学の中で作り出された、食べ物を捉えるための概念です。その概念にきれいも汚いもないでしょう。しかし糖質制限に熱心に励んでいる人は、パッケージの糖質何グラムというのを見ただけで恐怖心を感じ、それを体の中に入れると「汚れた」と感じてしまうのです。</p>

<p>循環器治療で使われる抗血栓薬についての医師と患者の語りもフィールドワークを行ったことがあるのですが、お医者さんからは「血液がサラサラになる」と説明されることが多いこのお薬、薬理学的に見ると血液をサラサラにしてはいないのです。血液の凝固因子の働きを抑えている薬なので、血液がサラサラになるというよりは、出血を起こしやすくしているという方が、薬理学的には正しい。しかしこれを「血液サラサラ」と表現し直すだけで、患者はこの薬をより受け入れやすくなるのです。</p>

<p>これが集合的に起こったのがコロナワクチンです。日本はこれまでワクチンの副反応にきわめて敏感な国でしたが、コロナワクチンに関しては、39度とか40度の高熱が出ても、数日間体調が悪くなっても「これは打ったほうがいい」と大半が受け入れました。「熱が出るのは若い証拠だ」といういま考えると笑ってしまうような話も雑談の中でなされました。</p>

<p>一見すこぶる科学的に見える薬品であっても、その表現のされ方で、私たちがそれに向き合ったり、体に取り入れたりする際の身体感覚が変わるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>身体変工マーケットはどこまで拡大するのか</h2>

<p>これまでの議論を踏まえた上で、身体変工のマーケットの拡大はどこまで続き、どうなるのかを考える意義はあるでしょう。</p>

<p>電車のなかの宣伝でも、最近は男性専用の美容クリニックをよく見かけるようになりました。ある美容クリニックのコピーには、「超えるのは敵ではなくこれまでの自分」「進化し続けるために男を磨く」「勝つこと以上に大事なことは、理想の自分を追い求めること」「あなたのピークはそこじゃない」などとありました。医療技術を使って男性が美を追い求めることは、恥ずかしいことでもなんでもなく、むしろ男性としての強さを磨く方法であるというコピーが流されているわけです。</p>

<p>身体変工のマーケットは、従来の女性だけでなく、男性、子どもととどまるところなく広がっており、そして変工を加える場所は、遺伝子のレベルまで細分化されていっています。このような身体がどのように解釈され、表現され、私たちの身体感覚を変化させるのかをつぶさに見ていくことは、22世紀の人間像を考える際の一つの視座と言えるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分を「歴史に位置づける」という行為</h2>

<p>身体を考えたり、いじったり、考えたりすることは実は、自分自身を何かに位置付ける作業であり、それがどのように何と繋がっているのかを見ることで、それぞれの身体が住まう社会の状況を分析することができます。</p>

<p>たとえば先崎彰容さんが書かれた評伝『本居宣長』（新潮社、2024年）では、本居宣長がアイデンティティクライシスに陥ったとき、日本の古代まで戻って「自分は何者か」を探そうとする様子が丁寧に描かれています。本居の場合、この個人的な試みが国学という学問体系の創出につながっていったわけです。これは最近中島岳志さんの書かれた『縄文』（太田出版、2025年）という本にも共通するところがあります。これは縄文に自分の起源を見出したい人たちの話なのですが、面白いのは、縄文左派と縄文右派に分かれるということです。しかも本居のように、文献を辿ったり、詳細を読み込んだりして歴史の古層を丁寧にたどり着くというよりは、縄文にロマンティシズムを感じ取り、それぞれにとって都合のいい物語を作り、それによって自分の原点を確立しようとしていることです。左派と右派は政治的には相入れないはず。それなのに、いずれも縄文に戻ってもっともらしい起源の物語を作り上げていることが興味深い。ただいずれも共通するのは自分の外部に自己を求めようとしている点です。</p>

<p>他方、このような外部を見出さない自分探しもあります。最近「孤独がいい」「１人でいい」というメッセージを発するドラマが大人気です。『孤独のグルメ』『ソロ活女子のススメ』などいろいろありますが、これらドラマの主人公は、外部に自分の起源を探そうとしない。これらドラマの主人公は大体、食べています。食べてその感覚を味わうことで、自分と向き合う。だから話はいつも、食と周りにいる数名で完結する。自分を自分の感覚の中に見出そうとするこのやり方は、歴史の中に自分を位置付けるやり方と比べるとかなり射程が短いと言えるでしょう。これは個人主義が進んだ現代社会に特徴的な一つの自分探しの方法であると思われます。</p>

<p>これは近年急速にマーケットを広げている美容整形の文脈ともつながります。美容外科のサイトを見ると、たとえば鼻の整形だけでも十何種類もパターンがあります。マーケットが作り出した美しさの基準の中に、自分を位置付け、それにより自分を見出す。自分が何者であるかがマーケットの価値観で決められてしまう。先に紹介したドラマが人気を得るのは、このようなマーケットの価値観に疲れてしまった人たちを癒す物語なのではないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「想像力の欠如」「もっとも破滅的な自傷行為」 人類が選択すべきは「脱成長」ではない  ダニエル・サスキンド（ロンドン大学キングス ・ カレッジ研究教授）,インタビュアー：大野和基（国際ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13862</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013862</guid>
			<description><![CDATA[世界中の「政治の中心」であり続けた経済成長。 しかし、私たちはこの冷戦期に生まれた思想を、 現代に至るまでアップデートできていないし、 なかには「脱成長」を提唱する識者も存在する。 私たちがめざすべき「成長のかたち」とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ダニエル・サスキンド氏" height="761" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260225Susskind.jpg" width="1200" /></p>

<p>世界中の「政治の中心」であり続けた経済成長。 しかし、私たちはこの冷戦期に生まれた思想を、 現代に至るまでアップデートできていないし、 なかには「脱成長」を提唱する識者も存在する。 私たちがめざすべき「成長のかたち」とは――。（取材・構成：大野和基）</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>――（大野）日本も含め、各国の政治リーダーは経済成長の必要性とその手段について国民に向けて声高に訴えることにより、支持を得ようとしています。つまりは経済成長を目的化してきたわけですが、そうした潮流の歴史的背景をどのように整理されていますか。</p>

<p>【サスキンド】経済成長は今日では「政治の中心」にありますが、じつのところ、それを追求するという考えが生まれたのはごく最近のことです。1950年代以前には政治家や政策立案者、経済学者などを含め、経済成長についてはほとんど語られていませんでした。</p>

<p>経済成長が今日のような優先事項となった経緯は興味深いものです。第2次世界大戦後、戦争で疲弊したイギリス政府は、自国の経済規模の程度を把握する術をもっていませんでした。そこでイギリスの偉大な経済学者であるジョン・メイナード・ケインズが、経済規模を測る信頼できる指標に着眼した。それが私たちもよく知るGDP（国内総生産）です。</p>

<p>その後の世界で、GDPの増加を容赦なく追求すべきという考えが一般的になったのは、実際の戦争（hot war）ではなく米ソの冷戦（cold war）の結果です。アメリカとソ連は実際に戦火を交えませんでしたが、ならばどちらがこの競争に勝利しているかをいかに見極めればよいのか。その指標として、互いの経済成長の度合いを参照するという感覚が芽生えたのです。</p>

<p>冷戦とは資本主義と共産主義という、経済活動を組織するまったく異なる二つの思想と手法のあいだで行なわれた争いであり、こうして「経済成長政策の時代」が始まりました。</p>

<p>その後、20世紀の終わりに冷戦は終わりを迎えましたが、戦争からの必要性は薄れたものの、経済成長の思想は依然として残りました。なぜならば、経済の成長が人間の繁栄の多くの尺度と結びついていると考えられたからです。こうして私たちはいまに至るまで成長にこだわり続け、追求すべき優先事項に掲げ続けているのです。</p>

<p>――あなたは新著『GROWTH』（上原裕美子訳、みすず書房）で、自然環境の破壊や、地域の文化やコミュニティの荒廃など、かつてないほど大きくなっている経済成長の代償を指摘されています。経済成長至上主義の功罪については、どのように認識されているでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】まさに本書の核心ですね。いまお話ししたように、経済成長は人類の繁栄を測る多くの尺度と関連しています。だからこそ、私たちはさらなる成長を切望しているし、政治指導者たちもそれを実現させようとしてきた。他方で、経済成長は伝統的に気候変動などによる生態学的破滅に結びつくとも語られてきました。</p>

<p>ただし私が本書で主張しているのは、そうした論調でさえも、成長にまつわる「真のコスト」を過小評価しているのではないか、ということです。</p>

<p>経済成長が呼び起こすデメリットは、何も気候変動だけではありません。社会における不平等の拡大とも関連づけられるし、AIなどの技術の発達は私たちの仕事や政治にも破壊的な影響を及ぼすかもしれない。とくに経済成長と密接な関係にあるグローバル化は、特定の産業の喪失や、地域のコミュニティの壊滅とも関連します。経済成長は、近年指摘される社会課題のほぼすべてとつながっているのではないか。</p>

<p>もちろん、成長がもたらすメリットもあるので、私たちはいま相反する二つの方向から同時に引っ張られているようなもので、まさにジレンマに直面している状況だと表現できるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「脱成長」は破滅的な自傷行為</h2>

<p>――日本でも「脱成長」を掲げる識者が一定の支持を集めています。しかし「脱成長」は、ともすれば人びとをいまより貧しくする可能性があるかもしれません。この点について、あなたはどう考えますか。</p>

<p>【サスキンド】あえて端的に言うならば、もしも「脱成長」を本気で追求するのであれば、それは人類がみずからにもたらすもっとも破滅的な自傷行為の一つとなります。「脱成長」とは、世界の一人当たりGDPを現在の水準のまま凍結することを意味するかもしれない。それはつまり、世界の何十億の人びとを極度の貧困のまま放置することにつながる。</p>

<p>「脱成長」を掲げる人びとが、その考え方が気に入らないと言うのであれば、豊かな先進国に住む人びとの所得を大幅に削減する方法などを見つけなければいけません。しかし、あらゆる事情や権利に鑑みたとき、それは現実的に考えて可能な選択肢と言えるでしょうか。</p>

<p>実際にもしも成長が鈍化すれば、政治的な不満や社会的な怒りがこの世界を覆うでしょう。その波紋が広がれば、各国でさまざまな混乱が起きることは火を見るよりも明らかです。もしかしたら、当面や今後10年など時限的に成長を抑えるという論調であれば、いくらかは検討の余地があるかもしれません。しかし、将来ずっと成長を停止すべきという主張であれば、それは想像力の欠如と言わざるを得ない。</p>

<p>とはいえ、「脱成長」を掲げる人びとの主張にも耳を傾ける価値があります。先ほどお話ししたように、経済成長は並外れた代償を伴います。その現実から目を背けずに、何らかの対策を講じなければいけないという指摘については、私も強く賛同するところです。</p>

<p>――あえて言い換えるならば、「脱成長」を提唱する人びとは、成長のデメリットを叫ぶことに重きを置きすぎていて、現実的な対策の議論が不十分ということでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】多くの人が「成長」という概念について考えるとき、経済を列車に喩えると、運転士としてハンドルを引いてスピードを上げるか、奥に倒してスピードを落とすか、について議論しています。</p>

<p>すなわち、列車の前には線路が敷かれていて、基本的には前にしか進まないように、私たちが直面している唯一の問いは「成長をさらに望むのか、それとも抑えるのか」の二者択一であるかのように認識されている。しかし、私に言わせればそれは間違った比喩です。</p>

<p>私たちは列車ではなく、海上を進む船に乗っていると考えるべきです。マストに帆を張ってスピードを上げることも、その反対に下げることもできるだけでなく、進む方向について裁量権を与えられている。それこそがこの本で言いたかったことでもあります。</p>

<p>私たちは「成長を増やすか、あるいは減らすか」ではなく、「どのような成長を望むか」を議論するべきなのです。人類がより豊かになるとともに、自然環境をはじめ私たちが価値があると考えるものを守るような成長を追求することは、本当にできないのでしょうか。私は可能だと信じています。<br />
成長の「質」を変えなければいけない</p>

<p>――本書の核心は「成長のジレンマ」をいかに乗り越えるか、という点だと思います。私たちは実際にどのようなアイデアを具体的に描き、それを実行に移すべきでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】冒頭でご指摘いただいたように、いまや世界中の政治家や政策立案者が経済成長を実現することを目的とした政策を掲げて、国民の支持を得ようとしています。このときに大きな問題となるのが、経済活動における成長の要因について、多くの政治家が非常に古い見方に基づいて認識している点です。</p>

<p>たとえば、道路を広くしたり、鉄道網を張り巡らせたり、住宅を建てやすくしたりするなど、物質的な面だけを見て成果を上げようとしているケースが散見されます。たしかに、これらは成長を損なうものではありません。しかし、私たちがいま問うべきなのは、どうすればさらなる技術の進歩を生み出すことができるのか、いかにして資源をより適切かつ効果的に活用できる社会をつくれるのか、などのはずです。</p>

<p>そのためには、私たちは目に見えたり手で触れられたりする具体的なモノの世界から、目に見えないアイデアの世界に焦点を移したうえで、成長のあり方を追求しなければいけません。こうお話しすると、賛同していただける読者が多いかもしれませんが、実際にいま政治の世界で議論されているのは、往々にして物質的なモノに成長の源泉を求めるアプローチばかりです。</p>

<p>次に意識すべきなのが、成長の「質」を変える努力です。私たちが大切にしている価値を守るような成長を追求するには、どうすればいいのか。私が考えているのは、まず社会におけるインセンティブを変えなければいけない、ということです。</p>

<p>これまで技術の進歩といえば、私たちの暮らしをいかに豊かにするかが目的とされてきましたが、すでにフェーズは変わりつつあります。象徴的な例がやはり環境問題で、人びとはこのテーマを議論するときにかなり暗く悲観的になりがちですが、実際には近年、技術革新によって成長のあり方が根本的に変革されたことで、はるかに楽観的な見方もできます。</p>

<p>たとえば、二酸化炭素の排出量を削減するために代償として支払わなければいけない年間GDPは、この10年、20年のあいだで劇的に少なくなっています。私たちは環境へのダメージを軽減しながら経済成長を可能にするグリーン技術を、物凄いスピードで発達させてきました。世の中の望ましい規範や法律、慣習が私たちの暮らしを豊かにするのはもちろんですが、環境問題を解決する技術を開発・導入することを奨励する流れを生み出してきたのです。</p>

<p>このような技術の活用は、社会の不平等の解消や地域のコミュニティの維持など、環境問題以外の分野でも進んで実践していかなければいけません。これこそが「異なるタイプの成長」なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政治が果たすべき役割</h2>

<p>――あなたが本書で用いた言葉を借りれば「directed growth or technological changes」（方向づけられた成長や技術変化）ですね。</p>

<p>【サスキンド】そうです。私たちがいま自問しなければいけないのは、どれだけ技術を向上させるかではなくて、どのような技術を欲するのか、ということです。実際に環境問題の分野では、その考えのもと再生可能エネルギーの技術が劇的に進化しました。私たちはより豊かになるだけでなく、二酸化炭素の排出量も削減できる技術を開発してきたのです。社会として、技術進歩の望むべき方向性を決めて、その結果として私たちが享受する成長の性質を変えなければいけません。</p>

<p>――具体的にはどのような取り組みが考えられるでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】私はこれまでに、技術が仕事と社会に与える影響について研究し続けてきました。たとえば自動化が労働市場に与えるインパクトを見ていくと、二つの可能性が浮かび上がります。</p>

<p>一つは多くの人間の仕事が取って代わられることで、これは読者の不安を掻き立てて興味を引く見出しになるので、大衆紙などでよく目にする類の話でしょう。それに対して、自動化されない仕事を人間が行なうことについては、むしろ需要を高める可能性もあります。つまりは、ある種の有益な補完効果が生まれるかもしれない。</p>

<p>私たちが問うべきなのは、科学者やビジネスリーダーに対して、どのような技術を開発するように社会のインセンティブが機能しているか、という点です。わかりやすく言えば、労働問題においても私たちのことを助ける技術を開発するために必要な、規則や規制のあり方を検討しなければいけないのです。</p>

<p>――AIの導入や自動化によって、経済成長だけではなく、労働者がよりよい暮らしができる未来を築かなければいけないはずですが、そのために政府が最優先で果たすべき役割は何でしょうか。</p>

<p>【サスキンド】出発点として、成長とはそれ自体が目的であってはならないことを、政府は自覚しなければいけません。成長は目的を達成するための手段であり、その目的とは人類に物質的にとどまらない繁栄をもたらすことです。そのためにいかに技術を進歩させるかが、21世紀を生きる私たちに課せられたミッションと申し上げてもよいでしょう。</p>

<p>そのうえで、ご質問いただいた政府が果たすべき役割が何かといえば、技術の進化がもたらす繁栄をいかに分配するのか、その然るべき仕組みを整えることです。これは政府にしかできない仕事のはずです。</p>

<p>20世紀の国家では、賢い人びとが中央政府機関に座り、遠くから経済を指揮・統制しようとしてきましたが、もはや時代は大きく変わりました。そうした「巨大な分配国家」ではなくて、たとえ労働市場がその役割を効果的に果たせなくなった場合でも、国家が社会のなかで不平等が生じないように、繁栄の分配においてより大きな役割を担わなければいけません。</p>

<p>――あなたは本書で、市民が集まって大切な事柄について議論する新たな制度の必要性を指摘されています。民主主義のアップデートにもつながる議論と思いますが、市民参加の拡大がなぜ重要だと思うか、あらためて教えてください。</p>

<p>【サスキンド】私たちはこれまで成長を測定可能な問題として捉え、GDPという数字を追求してきました。しかしこれからは、環境や格差などの問題を解決することについても真摯に検討しなければいけない。これはある意味では、私たちは国家として、ひいては人類として何を重視するべきかという命題にもつながる話で、言うなれば道徳的な議論でもあります。</p>

<p>当然、一人ひとりで考え方は違うはずで、皆が100％納得するということは難しいでしょう。ですから私は、「バランスのとれた不満の状態」をつくるべきと考えているんです。必ずしも全員が結果に満足しているわけではなくとも、結果の決定について自分が何がしかの貢献はしたという正当性を感じられるような状態をめざすべきではないだろうか。そこで大きな役割を果たす必要があるのが政治なのです。</p>

<p>ただし私がいま懸念しているのは、世界中の政治指導者を見ると、はたして何を重視するべきなのか、そのうえでどのような不満が生まれるのか、という議論に市民をまったく巻き込んでいません。それは大きな誤りです。</p>

<p>社会として何を追求するべきかという道徳的な問題については、市民をもっと参加させたうえで考えなければいけないし、そのうえで生まれる不満に対していかにバランスをとるのか、政治が責任をもって考えなければいけません。そこで必要不可欠になるのが、国民のさらなる政治参加なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>変わりうる「人口減少」の意味と影響</h2>

<p>――日本では、人口減少と高齢化が「成長の限界」の証拠として語られがちです。人口動態が厳しい社会においても、成長に代わる繁栄の概念は実効性をもちうるとお考えでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】20世紀において、国の繁栄は労働力のスキルと能力への投資意欲にかかっているという考えが生まれました。いわゆる「人的資本の世紀」です。それに対して私は、21世紀における世界に関する最高のアイデアは、賢い人間の頭脳からではなく、AIのような高性能化するテクノロジーから生まれるだろうという考えを深めています。</p>

<p>これはもしかしたら、きわめて挑発的な問いかもしれませんが、同時にきわめて重要なテーマでもある。実際、本書でも記しているように、人間ではなくAIが驚くべき発見をして、イノベーションと生産性の向上を推進している事例はすでに数多く存在しています。</p>

<p>そう考えると、今世紀が進むにつれて、従来重視されてきた人口動態への関心や懸念は、経済成長を考えるうえではそれほど重要でなくなるかもしれません。今後の経済成長は、AIのようなますます高性能化するテクノロジーへの投資意欲から生まれるものになるのではないでしょうか。</p>

<p>さらに言えば、本日申し上げてきたように、成長の概念そのものを考え直すべき局面ですから、少なくとも従来の価値観で人口減少のデメリットを捉えるべきではないでしょう。</p>

<p>――かつて世界2位を誇った日本経済は長期停滞を続けており、国内ではその点が大テーマとして議論され続けていますが、意識を変える必要がありそうです。</p>

<p>【サスキンド】まさにその通りです。経済活動に関する旧態依然とした考え方に囚われてはいけません。私たちがめざすべき成長は、新しいアイデアの発見から生まれるのですから。そしてそれは技術進歩から生まれる。ですから、日本の政治指導者や政策立案者にとっての課題は、新しいアイデアを生むイノベーションを起こすことであり、そのための仕組みや制度を整えることです。</p>

<p>――ところで、日本では女性で初めて高市早苗氏が首相に就きましたが、彼女はマーガレット・サッチャーを尊敬していると公言しています。日本ではサッチャーはポジティブに評価されていますが、あなたが住むイギリスでもそうでしょうか。</p>

<p>【サスキンド】率直に言えば、尊敬と批判の両方が入り交じっていますね。彼女が首相になった一九七〇年代の終わりは、イギリスはまさに混乱状態にありました。彼女はその状況下において、素晴らしいビジョンのもとに並外れた仕事をした。</p>

<p>一方で弱者に対してはある意味冷酷で、社会格差を広げたのも事実です。たとえば、炭鉱や重工業の拠点を大量に閉鎖し、多くの地域が衰退を経験しました。また、福祉の削減によって貧困層が苦しんだ、という評価も非常に根強いですね。</p>

<p>その意味では、サッチャーはイギリス史上もっとも評価が分かれる首相の一人と言っても過言ではありません。少なくとも日本で語られているように、尊敬という言葉だけが当てはまる女性としては認識されていないことはたしかです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260225Susskind.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 18 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[ダニエル・サスキンド（ロンドン大学キングス ・ カレッジ研究教授）,インタビュアー：大野和基（国際ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>女性首相誕生への違和感はなぜ生まれるか　高市内閣を「素直に喜べない」理由  田中世紀（オランダ王国フローニンゲン大学助教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13916</link>
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			<description><![CDATA[なぜ初の女性首相の誕生を素直に喜べない女性が存在するのか。背景にある日本社会の構造を、オランダ王国フローニンゲン大学助教授の田中世紀氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国会議事堂" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/kokkai.jpg" width="1200" /></p>

<p>初の女性首相の誕生に期待する声の一方で、「素直に喜べない」という意見も上がった。背景にある日本社会の構造をいま一度深掘りする。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本における男女平等の現在地</h2>

<p>2025年10月、日本憲政史上初となる女性首相が誕生し、日本中、いや世界中が沸いた。長らく男女平等の「劣等生」として扱われてきた日本が、この歴史的なイベントをきっかけにどのように変わっていくのか、世界中が注目している。</p>

<p>もっとも、一人の女性首相が誕生したからといって、日本が男女平等の「優等生」になったと考える人は少ないだろう。たとえば、政治の世界では衆議院・参議院を合わせた女性議員の割合は約19％にとどまり、先進民主主義国のなかでも最低水準にある。単純に「数」を男女平等の指標と考えた場合、男女平等の実現にはほど遠い。依然として「男の国会」が続いており、女性は政治の「表舞台」で十分に活躍できていないのが日本の現状だ。</p>

<p>ただし、女性政治家が少ないからといって、日本の有権者が女性政治家にあからさまな拒否感を抱いている、と言われればそれも違う。たとえば、朝日新聞社が高市早苗内閣発足直後に実施した世論調査によると、内閣支持率は68％に達し、2001年以降の新内閣としては三番目に高い水準だった。とくに若年層の支持が高いようだ。</p>

<p>私自身の研究でも、日本の有権者の多くは、性別よりも所属政党、あるいは政治家の政策や能力といった要素を重視して投票行動を決定する傾向があることが確認されている。21世紀になり、日本でも「男か女か」で政治家の良し悪しを決める時代ではなくなりつつあるのかもしれない。</p>

<p>しかし、「拒否感がない」ことと「差別がない」ことは同義ではない。目に見えにくいバイアスが、女性政治家や政治家を志す女性をさまざまな場面で苦しめているからだ。たとえば、早稲田大学の尾野嘉邦教授らの研究チームによれば、有権者は、女性政治家を「衆議院のような強い権限をもつ場」よりも「参議院のような補完的役割をもつ場」にふさわしいと判断する傾向にあるという。これは、「男性がリードし、女性は支える」という固定的なジェンダー観が、いまだ投票行動に影響していることを示唆している。</p>

<p>つまり、多くの有権者は「女性が政治家になること」には賛成しても、「権力の中心に立つこと」にはいまだに慎重なのかもしれない。</p>

<p>さらに問題なのは、そもそも「男女格差」に関心をもつ人が少ないことだ。私の好きなお笑いコンビ・さらば青春の光のコントに『若菜まもる』というのがある。候補者・若菜まもる扮する森田哲矢が「女性の社会進出」を訴えるのに対し、選挙参謀の東ブクロが「カジノ誘致とゴミ処理場建設」を主張して票をとるよう助言する。笑い話にされてはいるが、実際の選挙現場をうまく風刺しているように思う。実際の選挙でも、「女性の社会参画」が主要な争点になることはない。</p>

<p>2025年に行なわれた東京大学と朝日新聞社の共同世論調査によれば、有権者が「最も優先的に政治に取り組んでほしい課題」として挙げたのは「年金・医療・介護」や「景気・雇用」であり、「女性の社会進出」といった選択肢はそもそも設けられていなかった。前回の参院選でも、主要な争点は物価高などの経済政策や外国人労働者問題であり、女性天皇や選択的夫婦別姓など特定の制度論が話題になることはあっても、「女性の社会参画」そのものが大きな争点になることはほとんどなかった。</p>

<p>コントのなかの選挙参謀・東ブクロのほうが候補者・森田哲矢よりも、現実の有権者心理をよく理解しているといえるかもしれない。森田は、「女性の社会進出」を訴えると、女性から「モテる」と思っていたが、残念ながら現実問題、得票には繋がらない。</p>

<p>男性の多くは、格差があっても直接的な不利益を感じにくいため、こうした問題に関心が薄いのはある意味で自然だろう。だが、女性のなかにも関心が低い人は少なくない。「現状で十分」、あるいは「どうせ変わらないでしょ」と諦めている人もいる。または、「自身の生活や子育てのほうが重要であり、社会全体の男女平等まで考えが回らない」、そのように感じている女性は多いだろう。</p>

<p>コンプライアンス意識の高まりとともに「男女平等」という言葉は日常的に聞かれる言葉になった。だが、それはしばしば形式的に唱えられるスローガンに過ぎず、上辺だけで「時代は変わった」とはいうものの、現実には、他の課題のほうがどうしても優先されてしまう。これが日本の「現在地」である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高市政権誕生の影響</h2>

<p>では、初の女性首相の誕生によって、この現状はどのように変わるのだろうか。</p>

<p>まず、高市首相の誕生は日本社会で大きなニュースとなり、男女平等やリーダーシップの在り方に関する関心をにわかに高めた。発足直後の高支持率が示すように、高市政権に対する期待は非常に高い。これは、女性の社会進出や政治参加の重要性について、国民がポジティブに考えるきっかけとなり、今後の男女平等の推進に向けた議論を活発化させるかもしれない。</p>

<p>これまでも女性閣僚や都道府県知事は存在したが、「首相」という国家権力の頂点に女性が立ったことは象徴的であり、政治家を志す女性たちにとって「自分にもできる」というロールモデル効果をもたらす可能性もあるだろう。</p>

<p>国民のあいだに「女性でも首相になれる時代が来た」という感慨が広がり、若い世代にとっては、女性が首相である光景が「異例」ではなく「日常」として記憶される最初の機会になるかもしれない。これは日本社会にとって非常に大きな一歩である。</p>

<p>しかしながら、ここで違和感があるのは、「はたして高市首相は女性のロールモデルなのか」という点である。誤解や切り取りを恐れずに言えば、高市早苗という政治家を単純に「女性政治家」として扱って良いのかどうか、ということである。</p>

<p>政治学では、一括りに「男性政治家」か「女性政治家」、いわば白か黒かの構図で分類することが多く、それぞれ「典型的な男性政治家」「典型的な女性政治家」とはどういう政治家なのかについて、研究が進められてきた。</p>

<p>それらの研究では、一般的に、女性政治家は福祉・教育・家族政策といった社会的支出を重視し、男女平等や社会参画を推進する傾向があるとされる。だが、高市首相はむしろ保守的で国家主義的な政策を重視し、選択的夫婦別姓や同性婚といったリベラルな社会政策には慎重な立場をとってきた。その意味で、彼女は「典型的な女性政治家像」からかけ離れている。</p>

<p>ちなみに、安全保障面においての「典型的な女性政治家像」については議論がわかれている。かつては「女性リーダー＝平和志向」という通説が広く受け入れられていたが、近年は必ずしもそうとは言えない。実際、イギリスの「鉄の女」マーガレット・サッチャーのように、強硬な外交・軍事政策を推し進めた女性指導者は少なくない。</p>

<p>だが、これは女性リーダーが生まれつき好戦的だからではない。むしろ、女性政治家は「柔和で、控えめであるべき」というステレオタイプが根強く存在する国際社会において、女性政治家が「弱く見られないため」に防衛的な戦略をとらざるを得ないという構造的要因が大きい。</p>

<p>言い換えれば、女性リーダーがしばしば強硬的な外交・防衛姿勢を示すのは個人の性格の問題ではなく、リーダーシップに求められる「男らしさ」を体現しなければならないという見えないプレッシャーの結果でもある。</p>

<p>一方で、日本では長らく「政治とカネ」の問題が取り沙汰されてきたが、女性政治家の増加が腐敗の抑制や政策の透明性向上に寄与するという研究も少なくない。実際、女性議員の割合が高い国ほど汚職件数が少ない傾向があることも確認されている。</p>

<p>しかし、これをもって既存の研究でよく論じられる「女性は男性よりも本質的に清廉で実直だから」と結論づけるのは早計だろう。むしろ、生まれつきの男女の資質の違いというよりは、女性議員が長らく政治の本流から排除され、既存の利害ネットワークに組み込まれにくかったという制度的・構造的要因のほうが説得力をもつ。この観点から見れば、高市首相の登場も「政治刷新」の象徴とは言い切れないだろう。</p>

<p>実際、高市首相は安倍晋三元首相の路線を継承し、内閣の布陣も自民党の既存ネットワークの延長線上にあると見られている。したがって、高市首相が「女性首相」であるという理由だけで、政治とカネの構造的問題を直ちに是正してくれると期待するのは現実的ではない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「女性首相」ではなく「一人の首相」として</h2>

<p>以上のように見てくると、高市首相を「女性のロールモデル」として単純に位置づけることはできない。たしかに、女性が国家のトップに立ったという事実は歴史的な意味をもつが、それをもって直ちに社会の意識が変わるわけではない。高市首相の誕生を必ずしも素直に喜べない女性が少なくないのは、その象徴的な意味と現実の距離を感じ取っているからだろう。</p>

<p>そもそも、日本で初めて女性首相が誕生したとはいえ、それはまだ「一人」に過ぎない。そして、その人物像は一般的に想定される「女性政治家」のイメージとは重ならない。そう考えれば、「一人の女性首相が出ても、私たちの現実は変わらない」と感じる人がいるのは至極当然だろう。</p>

<p>また、彼女が「女性である」ということだけに政治的変革を期待することの危うさもある。昨年刊行された拙著の『なぜ男女格差はなくならないのか』（講談社現代新書）でも似たような趣旨のことを書いたが、懸念されるのは、彼女の登場によって「女性も首相になれたのだから、もう十分だ。男女平等は達せられた」という社会的満足感が広がること、あるいは、もし高市政権が期待に応えられなかった場合、「やはり女性では無理だった」という男女平等へのバックラッシュが高まることである。</p>

<p>いずれも、「高市首相＝日本初の女性首相」という過剰な象徴化がもたらす副作用であり、それこそが真の男女平等を遠ざける最大の要因となりかねない。</p>

<p>しかし、現実問題として、高市首相は本人の意図にかかわらず「女性首相」として評価される宿命にある。メディアの報道でも、「女性なのに」「女性だから」という言葉がしばしば枕詞のように添えられ、政治的な手腕よりも、外見や振る舞いに焦点が当てられがちだ。</p>

<p>たとえば、米海軍横須賀基地の原子力空母ジョージ・ワシントンでトランプ大統領が演説した際、高市首相が笑顔で跳びはねながら右手を突き上げ「はしゃいでる」件が話題になった。APEC首脳会議の会場では、高市首相の「社交的な」外交手腕を評価する報道もあったが、そこでも「女性」という目線は少なからずあった。私の大学の同僚が、高市首相が誕生した際にBBCの報道映像を送ってきたが、そこではなぜかカメラが彼女の「スカート」をアップで映していた。</p>

<p>過去の男性首相に「男性首相」というラベルが付けられたことはないし、歴代首相のスーツがことさらメディアで話題になったこともない。男性政治家は「個人」として評価され、女性政治家は「女性」として評価される。この構造が変わらない限り、形式的な平等がどれほど進んでも、実質的な平等は実現しない。高市首相誕生という単発的なイベントだけに、こうした構造的変化を期待することもできないだろう。</p>

<p>ただし、このような女性政治家の「特別扱い」は、程度の差はあるが日本だけに限った現象ではない。先進民主主義国の多くでも、女性政治家は政策や政治手腕よりも、「女性としての印象」や「外見」「話し方」といった点に焦点を当てて評価されがちだ。その結果、女性政治家は男性以上に自らの言動やイメージに細かく気を遣わなくてはならない。</p>

<p>たとえば、ドイツのアンゲラ・メルケル元首相は感情的に見られないよう努め、米国のヒラリー・クリントンも声の高さや語調を意識的に「男らしく」なるように変えていた。しかし、それでも彼女たちは批判を免れなかった。政治学やジェンダー研究が指摘する「ダブル・バインド（二重拘束）」と言われる現象で、優しさや気遣いを見せれば「政治家としては弱すぎる」と切り捨てられ、強さを示せば「威圧的だ」「女性らしくない」と批判される。この「ダブル・バインド」はいまも多くの女性リーダーを縛っている。</p>

<p>こうした構図は、文化や国境を越えて共通しているが、日本でも高市内閣の誕生によってこの評価の仕組みが急に変わるとは考えにくい。むしろ短期的には、日本で初の女性首相であるがゆえに、高市早苗が「女性であること」そのものに過度の注目が集まり、彼女の一挙手一投足がこれまでの（男性）首相以上に細かく吟味されるだろう。こうした過剰な視線は、高市首相をはじめ女性政治家が「女性であるがゆえに」説明責任を二重に負わされている現実を映し出している。</p>

<p>しかし、重要なのは、この過剰な注視を一過性の現象としてどう乗り越えるかである。長期的に日本が本当にめざすべきは、「女性首相が当たり前になる社会」である。女性政治家の数が増え、女性が首相の座に就くことがもはや珍しくなくなれば、「女性だから」「女性なのに」といった枕詞は不要になるし、私のこんな記事もなくなるだろう。</p>

<p>もっと言えば、高市首相が「女性首相」としてではなく、「高市首相」として語られるようになる。その日が来たとき、日本の民主主義はようやく男女平等の劣等生から抜け出すスタートラインに立つことになるのかもしれない。</p>

<p>そのような立場から、私は、高市首相を女性首相としてではなく、高市早苗という一人の政治家として期待し、どのような成果を見せるか見守りたいと思っている。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/kokkai.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[田中世紀（オランダ王国フローニンゲン大学助教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>名門ケンブリッジ大が800年守る「最高の勉強法」 天才を育てる学びの掟  飯田史也（ケンブリッジ大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13920</link>
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			<description><![CDATA[数々のエリートを輩出する名門ケンブリッジ大学。同校では教育の核として「人と人とのコミュニケーション」を据えている。一体それは何故か。ケンブリッジ大学教授の飯田史也氏に話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ケンブリッジ" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Cambridge.jpg" width="1200" /></p>

<p>ニュートンやダーウィンをはじめ、多くのノーベル賞受賞者と世界的リーダーを輩出してきたケンブリッジ大学。その教育の根幹には、800年前から受け継がれてきた「学びの掟」がある。なぜ同大学は&quot;コミュニケーションを中心に据えた学び&quot;を重視してきたのか。ケンブリッジ大学教授・飯田史也氏に、その教育哲学を聞いた。　</p>

<p>聞き手：編集部（阿部惇平）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>800年受け継がれた「学びの核」</h2>

<p>――本書は、イギリスの名門・ケンブリッジ大学が約800年にわたる歴史のなかで培ってきた「学び」の仕組みと本質をまとめた一冊です。執筆の動機や経緯について、伺えますか。</p>

<p>【飯田】私はもともとロボット工学を専門とする研究者で、大学院までは日本にいました。その後、世界の大学を渡り歩くなかで、偶然流れ着いたのが、ケンブリッジ大学です。世界各国の大学を見てきた私でさえ、着任当初、ケンブリッジの特異な教育システムに心底驚かされました。国の文化・慣習の違いを差し引いても、こんなにも違うのか、と。</p>

<p>当時、ハーバードなどほかの名門校についての書籍は多かったけれど、ケンブリッジの「学び」を体系的に解説した本はエッセイを除き、私の知る限り見当たりませんでした。</p>

<p>そこで、教育の本質レベルまで掘り下げれば、何か共通する原理原則が見出せるのではないか。そう考え、執筆に取り掛かりました。もちろん、学びのかたちは学生の数だけあり、単純化が難しいことは十分承知していました。</p>

<p>――本書では、その原理原則を「ケンブリッジ流・学びの七つの掟」として提示していますね。</p>

<p>【飯田】詳細は本書に譲りますが、すべての「掟」に通底しているのは、「人と人とのつながり」を学びの中心に据えるということ。約800年の歴史のなかで受け継がれてきた教育哲学です。</p>

<p>ケンブリッジでは、教授と学生の距離が驚くほど近い。日本を含む多くの大学では、新入生と教授が親密な関係を築くことは稀です。ケンブリッジにおいては、両者がまるで家族のような付き合いをすることも少なくありません。</p>

<p>背景の一つには、世界でも数少ない「カレッジ制」を採用している点が挙げられるでしょう。ケンブリッジには29の学部生用のカレッジがあり、新入生は、原則としてカレッジの寮で生活します。教員も各カレッジに所属し、徹底した少人数教育を行なう。時にはプライベートの悩みに至るまで、密にコミュニケーションを重ねていきます。ほかにも、ケンブリッジには人と人との交流・対話を促す仕組みが随所に見られます。数百年にわたり、受け継がれてきた大学の伝統です。</p>

<p>――なぜケンブリッジは、「人と人とのつながり」を学びの中心に据えているのでしょうか。</p>

<p>【飯田】私が得た結論の一つは、人と人が出会い、対話を重ねたときにこそ、個人の思考の延長線上にはない学びが生まれるから、ということです。本書では、「学びの奇跡」と表現しています。大げさに聞こえるかもしれませんが、ほかに適切な言葉が見つからなかった。</p>

<p>ケンブリッジの「奇跡」を身をもって実感したのが、宗教音楽を専門とする同僚教員との出会いでした。</p>

<p>ケンブリッジでは、教員同士の関係もきわめて親密です。私の専門はロボット工学で、彼の研究とは一見まったく無関係。しかし、お互い家族ぐるみで付き合い、語り合うなかで、教育とは何か、感性とは何かという問いに、驚くほど共通点があると気づいた。その対話から「ピアノを演奏するロボット」という発想が生まれ、実際に大成果を上げる研究プロジェクトになりました。</p>

<p>なぜあのタイミングで、彼と出会うことができたのか。偶然と言えば偶然ですが、振り返ればまさに「奇跡の出会い」としか言いようがない。学生においても同様に、親密な関係性のなかから、個人の力を超えた学びが創発されている。ケンブリッジから数多くの才能が生み出されてきた所以です。</p>

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<h2>変わらない軸が奇跡を支える</h2>

<p>――一方で、勉強とは一人で黙々と取り組むものだというイメージも根強くあります。日本では2020年に『独学大全』（読者猿、ダイヤモンド社）がベストセラーとなるなど、「独学」に注目が集まりました。</p>

<p>【飯田】学びにはさまざまな方法があり、一人で勉強する時間ももちろん大切です。問題は、学びの軸足をどこに置くか。私が問いかけたかったのは、「独学偏重の姿勢によって失われるものは何か」という視点でした。</p>

<p>端的に申し上げれば、失われるのは「奇跡が起こる瞬間」ではないか。少なくとも私は、自分でも想像していなかった場所へ到達したい、という思いで研究を続けています。しかし、その地点は一人で積み上げた先にあるとは限らない。異なる価値観をもつ他者と出会い、対話を重ねるなかでこそ、個人を超えた学びが立ち上がるはずです。この視点は、学びを考えるうえで欠かせないものだと考えています。</p>

<p>――『独学大全』がベストセラーになったのは、コロナ禍の時期でした。外的要因で人と人とのつながりが制限された時期に、ケンブリッジではどのように学びを継続させたのでしょうか。</p>

<p>【飯田】とても大事なご指摘です。コロナ禍は、「学びの掟」をあらためて浮き彫りにする機会となりました。ケンブリッジは歴史上、14世紀の黒死病のようなパンデミック（疫病の大流行）を幾度か経験してきました。おそらく過去においても、そして今回のコロナ禍でも揺らがなかったのが、「コミュニケーションを止めてはならない」という教育の大前提です。</p>

<p>もちろん、試験や指導は対面からオンラインへと移行しました。しかし、学びをたんなる「独学」「自習」に置き換える選択肢はとらなかった。印象的だったのは当時、普及しはじめたオンラインツールを積極的に活用し、むしろ疎遠になりがちだった卒業生や関係者とのつながりをいっそう強め、教育に生かした点です。</p>

<p>――逆境を機に、「コミュニケーションを中心に据えた学び」をむしろ加速させたわけですね。</p>

<p>【飯田】はい。ケンブリッジでよく語られる、次の言葉があります。「変わることを恐れるな。変わることは自分を知ることだ」。そして「だからこそ、何を変えないのかを明確にせよ」。</p>

<p>当時のパンデミックは、「人と人とのつながりこそが学びの核である」というケンブリッジの教育の掟をあらためて確認する機会になったのだと思います。</p>

<p>――変化が激しく、価値観や生き方が多様化する現代だからこそ、歴史のふるいにかけられてもなお残るケンブリッジの「本質的な学び」が、多くの人にとって意義をもつのではないでしょうか。</p>

<p>【飯田】そのとおりです。現代は、昔のように決められたコースを進めば安泰という時代ではありません。選択肢が増えた分、何を判断基準にすべきかが見えにくくなっている。だからこそ、普遍的で本質的な判断軸が求められているのだと思います。</p>

<p>800年の歴史を経たケンブリッジの強さは、この「変わらない核」を持ち続けてきた点にあるのではないでしょうか。それが「人同士のつながりとコミュニケーション」という揺るぎない土台です。どれほど優れた才能をもっていても、基本的な対話や人間関係のルールを押さえていなければ、学びも人生もうまく機能しません。</p>

<p>ケンブリッジでは、定期的にフォーマルディナー（晩餐会）が開かれます。スーツ、ガウンなどの正装で教授と学生、ゲストがディナーを一緒にとることにより、個性的な学生も社交性やテーブルマナーを身につけ、フォーマルな場できちんと振る舞えるようになる。礼節など基礎の土台があるからこそ、自由に挑戦できるという考え方です。</p>

<p>たしかに、日本の大学には誇るべき研究や技術があります。しかし、文化や慣習の異なる人びとと対話する力という点では、まだ学ぶ余地があるのではないでしょうか。オンラインの発達によって、海外との距離は縮まりました。あとは、異なる人びととどうコミュニケーションを築くか。</p>

<p>世界と対話する力を育てることが、これからの教育にとって重要です。願わくは、本書がそのきっかけになればと思います。</p>

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]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯田史也（ケンブリッジ大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会】人間の身体の「解釈」はどこまで変わっていくのか（１）  磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13749</link>
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			<description><![CDATA[人間の優劣や役割を生物学的に説明しようとする生物還元主義は、かつて植民地主義を支える論理として用いられてきました。そうした思考は、すでに過去のものになったと言い切れるのでしょうか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="22世紀の人間像研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260216isonomaho1.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。</p>

<p>今回からは、研究会のメンバーがそれぞれの専門分野から22世紀の人間像を考えるための視点を提供していきます。人類学者の磯野真穂さんには「身体性」という観点から、身体と象徴や儀式の関係についてお話しいただきます。2回にわたって掲載するこちらの議論は、そのあと展開される「対話」の出発点になります。</p>

<p>人間の優劣や役割を生物学的に説明しようとする生物還元主義は、かつて植民地主義を支える論理として用いられてきました。そうした思考は、すでに過去のものになったと言い切れるのでしょうか――。（構成：中嶋 愛）</p>

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<h2>文化人類学では身体をどのように見るか</h2>

<p>文化人類学的な身体の捉え方をざっと知るためには、二つの視点を持つと便利です。一つは「身体と権力」に関する話。もう一つは「身体と象徴」に関する話です。</p>

<p>まず「身体と権力」に関してですが、文化人類学と植民地主義は切っても切れない関係にあります。それと深く結びつくのが、生物還元主義（バイオロジカル・リダクショニズム）と呼ばれる考え方で、人間の優劣や役割を生物的な特徴に落とし込んでいくものの見方です。これの何が問題かというと、「生物学的にはこうである」と断じることで、政治的な意図や権力の構造が隠されてしまうという点です。そのメカニズムについては後述します。</p>

<p>一方で、社会進化論呼ばれる考え方があります。「人間は最も進化した欧米人に向かって直線的に進化する」という考え方です。さまざまな問題を含んでいるため一度は後退しましたが、最近ではこの考え方を潜ませているようなものも見られます。</p>

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<h2>生物還元主義と単系進化論がもたらしたもの</h2>

<p>実は、生物還元主義と社会進化論の歴史をたどると、かなりおぞましい事例が確認できます。</p>

<p>たとえば南太平洋にあるタスマニア島に起きたことです。この島はオーストラリア大陸の南東に位置し、周囲の潮の流れが強いために人が近づきにくく、独自の文化が育っていました。19世紀になるとここにイギリスが入植します。その結果、先住民に何が起きたか。</p>

<p>1803年にイギリス人が上陸した際には4000人の先住民がいたといわれていますが、1859年には15人まで激減し、1876年には0人(入植者との間に子どもが生まれた場合もある。ここで示した数字は、隔絶した環境の中で生きていたタスマニア島の人々のこと)になりました。イギリス人が持ち込んだ伝染病、レイプ、殺人など、死因はさまざまです。</p>

<p>この時代、非欧米人は進化の途中にある人種という考え方がイギリスをはじめとする欧米人にはありました。十分に進化した自分たちの身体からは進化の痕跡が消えてしまっているが、進化の途中にある非欧米人の身体には残っているはずだと考え、その視点から非欧米人の身体に強い関心が集まりました。</p>

<p>欧米人が非欧米人に邂逅することになる大航海時代からこうした考え方は存在していましたが、ダーウィンの進化論がそれに「裏付け」を与えるかたちになりました。ダーウィンの進化論に触発され、イギリスの社会学者のスペンサーが「適者生存」という言葉を提唱します。スペンサーは、ダーウィンの進化論をそのまま人間社会に適用したのです。これが社会進化論であり、劣等な民族がより優秀な民族によって支配されることは自然の摂理なのだという思想的根拠が生まれました。生物還元主義にはさまざまなパターンがありますが、社会進化論はその典型です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>タスマニア先住民の身体への執拗な関心</h2>

<p>タスマニア島に入植したイギリス人には「進化の途上にある人間の身体には、ある種のミステリアスな力がある」という発想もあったようです。実際、当時の王が亡くなった時は、その墓が暴かれ、手と足が盗難に遭うという事態にもなったそうです。</p>

<p>加えて、いまだと考えられないような話ですが、女王であるトラゴニーニが亡くなった際、彼女の骨格は、「原始の骨格」として博物館に展示されました。彼女の骨が故郷で埋葬されたのは1976年、彼女の死後100年たってからのことです。</p>

<p>植民地において白人の植民者が先住民の身体に示した並々ならぬ関心の背景には、自分たちは何者なのかを歴史のなかに位置付けたいという欲望があり、それは非白人たちの存在を自分たちの歴史の中に都合のいいように位置付けていく実践でもあったのです。</p>

<p>これは日本と無関係の話ではありません。今年の12月15日、日本人類学会は、過去において一部の遺骨収集や保管、研究活動がアイヌ民族を傷つけてきたとしてお詫びするという声明を発表しました（三股智子「アイヌ遺骨の収集、日本人類学会が初の謝罪　研究目的で1700体以上」毎日新聞, 2025年12月15日）。アイヌの遺骨は研究資料として大量に収集され、中には動物の骨と一緒に扱われたケースもあるそうです。アイヌ民族が研究対象とされたのは明治期以降とのことですが、ここには「動物&rarr;アイヌ&rarr;和人」といった極めて恣意的な分類による社会進化論的な図式が読み取れます。社会進化論は至る所に現れる。そう考えておくべきでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>植民地主義と「体毛」の問題</h2>

<p>植民地主義の文脈では、体毛といった身体の細部までもが解釈の対象になっていました。レベッカ・M・ハージグという歴史学者の『脱毛の歴史』（東京堂、2019年）という本があります。この本の第１章には、植民地主義の時代、いわゆるネイティブアメリカンの人たちは当時体毛を火で焼いていたらしい、という話が出てきます。それで体がツルッツルだった。</p>

<p>当時、欧米人の男性は「体毛が豊かなほどいい」とされていたので、「なぜインディアンに毛がないのか」という議論が盛り上がったそうです。いまだと想像しづらいことですが、アメリカ先住民の人たちを前にして「この体毛のない人たちを欧米化することは可能なのか」と本気で考えていたのです。さらにぞっとするのは、「アメリカに住んでいる未開人に体毛がないのは、意志や意欲、論理的思考能力、社会の規律を守る能力が欠如している証拠である」といって、植民地化を正当化しようとしたことです。</p>

<p>老いも若きも、男性も女性も脱毛にいそしんでいる現代の社会状況からは考えにくいのですが、ここで申し上げたいのは、身体の理解というのは常に政治的な問題をはらんでいるということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>摂食障害は母親が社会に出て働いたせい？</h2>

<p>社会で権力を持っている人が、社会問題としての身体をどう解釈するかは、文化や国によっても変わってきます。私が調査をしていたシンガポールと日本での摂食障害の原因に関する言説がそのことをよく表しています。</p>

<p>日本で摂食障害が出始めたのは1970年代後半から1980年ぐらいにかけてのことです。当時、「なぜいま、若い女性たちに摂食障害が広がっているのか？」をいろんな人が解明しようとしました。これもいま聞いたら驚くようなことですが、精神科医が「女が男のまねをして社会に出るからこんなことが起こるのだ」などと言っていたのです。</p>

<p>特に拒食症は、極度の痩せが特徴の病気です。体が女性らしい体つきになることを拒否しているように見えると表現もできます。このような解釈が医療専門家に採用され、母親が自分の女性性を受け入れることなく、「男のまね」をして社会に出て働こうとした結果、それを見た娘が女性性を拒否する、という解釈がまかり通っていました。</p>

<p>実際、80年代、90年代くらいに出た日本の論文を見ると、医師や心理学者がまことしやかに母親原因説を裏付けるような研究結果を出しているのです。</p>

<p>私は2001年にシンガポールで摂食障害の調査を実施したのですが、母親原因説なるものはほぼ一蹴されていました。シンガポールで摂食障害が出始めたのは、日本よりも少し遅れて1990年代の後半からです。もともと母親原因説は欧米から来ているのですが、日本はそれを受容した一方で、シンガポールではそうではない。同じ西洋医学を学んだ医師のいる国で、同じ病気に対する解釈がこれほどまでに違うのはなぜなのか。</p>

<p>私の結論は、この違いはシンガポールと日本の経済発展過程の差に起因するというものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本は男女完全分業、シンガポールは全員労働</h2>

<p>日本は経済成長をする時に、男女分業をはっきりすることで経済発展をしていきました。男性はとにかく外で働きまくり、女性は家庭で家事、子育て、介護に従事するという男女の分業です。</p>

<p>シンガポールは、1963年にイギリスの植民地からマレー半島やボルネオ島と合わせてマレーシア連邦として独立しましたが、華僑主体のシンガポールはクアラルンプールの政府と対立して、1965年にシンガポール単体として独立したという歴史があります。</p>

<p>淡路島くらいの大きさの領土しかなく人口も少ないため、労働力をどう確保するかが大きな問題になりました。男女の区別なくみんな働いてもらわなければ経済がまわらないので、保育所をどんどんつくるなどして女性も外に出て働ける環境を作りました。それであっという間に男女の労働比率が半々ぐらいになりました。</p>

<p>小さいこどもの子育てや家事は、マレーシア、フィリピン、インドネシアなどの周辺国から来たメイドがやるのが普通なので、「お母さんの温かい手作りのお弁当がなければ子供がおかしくなります」というような発想は全くない。母親起源説が定着するような土壌がないということです。</p>

<p>シンガポールでむしろ注目されていたのは、欧米化の影響です。シンガポールでは英語も公用語になっているので、当時からイギリスやアメリカのテレビ番組が普通に放映されていました。そうした番組を通じて、特に女性の美や成功を痩せた身体と関連付けるような価値観が浸透し、それが規範となって摂食障害が増えたという説明が、シンガポールでは説得力を持ちました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>女性を「異分子」とする社会構造</h2>

<p>日本でもっとも影響力があったのは、久徳重盛さんという内科医が書いた『母原病』という本で、大ベストセラーにもなりました。ただ、母原病だけでは説明しきれずに、最後は父性の欠落も現代の病理であるといって「父原病」まで持ち出してくるのですが。</p>

<p>これもいま読み返すとびっくりする話なのですが、子供のアトピー性皮膚炎、不登校、家庭内暴力、喘息などは全て母親のせいであると書かれています。重要なのは、これらが「科学的な裏付けがある」かのように書かれていることです。</p>

<p>日本で母親原因説が定着しやすかったのは、もともと日本の経済発展が男女の完全分業で成り立っていたので、子どもの問題を女性が働き始めたことと結びつけて一見科学的な感じで説明する母原病のような言説が支持を得やすかった。</p>

<p>変化を嫌がる人たちにとって、社会に出て男性と同じように働く女性は「異分子」だったわけです。その異分子に責任を押し付けるかたちで、「客観的な生物的、医学的な事実」として語られたのが母原病です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現代社会にも現れる生物還元主義</h2>

<p>実は、この生物還元主義のようなものは現代社会でもときどき出てきます。ここでひとつクイズです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「放射〇」「ワクチン〇」「コロナ〇」の〇に共通の漢字一文字を入れてください。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>何だかわかりますか。そう、「脳」です。</p>

<p>放射能をうんと怖がる人を「放射脳」、ワクチンをうんと怖がっている人はワクチン脳、コロナを怖がる人はコロナ脳、と呼ばれることがあります。</p>

<p>自分と明らかに違う考え方をしている人に対して「脳が違う」という生物学的な表現を使い、「私たちとあの人たちは身体が違う」ことを示唆する。私たちには誰しもこういう傾向があることに自覚的でなくてはならないと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>シリコンバレーでは広がる「遺伝子最適化」の動き</h2>

<p>生物還元主義の最新の事例のひとつとして「遺伝子最適化」の話があります。最近、ウォールストリートジャーナルで「賢い子ども需要、米テック業界で沸騰（Inside Silicon Valley&rsquo;s Growing Obsession With Having Smarter Babies）」（2025年8月12日）という記事が掲載されました。</p>

<p>シリコンバレー超富裕層のあいだでは、子どもを持つときに胚のIQなどの特性を予測して選別したり、知能の高いパートナー同士でこどもをつくるための高額なマッチングサービスを使ったりする人たちが出てきているそうです。</p>

<p>テクノロジーによる「遺伝子の最適化」によって子どもの成功可能性を高めたり、人間を進化させたりできる、という考え方です。もちろんこれは眉唾物の考え方であって、そんなに都合よく思い通りの子どもが生まれるわけはありません。ただ生物還元主義は、人間が自分を納得させたり、正当化したりするための手法として、現れやすい思考の癖であることは押さえておくべきでしょう。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「中国と台湾は一つの家族」という幻想　中国が抱えている台湾問題「最大の弱点」  岡本隆司（早稲田大学教授）,野嶋剛（ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13864</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013864</guid>
			<description><![CDATA[2025年11月7日の高市早苗首相の「台湾有事」 を巡る国会答弁以来、日本に対して経済カードを切るなど中国が強硬な姿勢をとり続けている。岸田政権や石破政権の時代と比べて、高市政権が誕生すると仮面を捨てるかのように態度を豹変させた中国。それは、現在の日本が彼らにとって恐れるべき対象であることを意味する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中国国旗" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Chinaflag.jpg" width="1200" /></p>

<p>2025年11月7日の高市早苗首相の「台湾有事」 を巡る国会答弁以来、日本に対して経済カードを切るなど中国が強硬な姿勢をとり続けている。岸田政権や石破政権の時代と比べて、高市政権が誕生すると仮面を捨てるかのように態度を豹変させた中国。それは、現在の日本が彼らにとって恐れるべき対象であることを意味する。（構成：編集部）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>悪しき経験から学ばない中国</h2>

<p>【野嶋】じつのところ、昨年11月の高市首相の国旗答弁以来の日中関係の緊張について、中国の一般民衆は2012年の「尖閣諸島国有化」の騒動のときと比べると、かなり冷静です。政府が「反日」を掲げても、以前ほどには中国国内で盛り上がらなくなっている。中国が著しい経済発展を遂げたこともあり、日本は徐々にアジテートの対象としての価値が薄くなっているのでしょう。</p>

<p>【岡本】それでも中国共産党のイデオロギーからすれば、中国の富裕層が日本とのあいだを行き来して関係が深まっていくのは好ましくなく、今後も台湾問題にかかわらず日本に厳しい目を向けてくるでしょう。</p>

<p>【野嶋】基本的には「陰謀論」の世界なんですよね。香港を例に挙げれば、中国共産党は現地の運動家や活動家が欧米から資金援助を受けて「カラー革命」を行なったと定義したことで、強硬な手段に打って出ました。今回も、中国では台湾の独立派と高市政権が示し合わせているとの報道がある。もちろんそんな事実はなくて、現在は日台の政権が立場的に似ているから、結果としてそう見えるだけの話です。尖閣国有化のときでさえ、当時の民主党の野田政権と石原慎太郎都知事が結託した陰謀だと彼らは吹聴していたくらいです。</p>

<p>【岡本】中国はもはや自他ともに認める大国なのですから、静かに堂々としていればいいはずです。そうすれば東アジアは丸く収まるのですが、どうしてもそうはいかない運動律が中国にはある。人間とは学ばない生き物で、しかも世代は変わりますから、過去の悪しき経験から教訓を得ることは容易ではない。結局のところ、中国政府の行動は尖閣国有化のときと何ら変わりありません。もちろん、過去の経験から学んでいないのは中国だけではなく、日本にも当てはまることなのですが。</p>

<p>【野嶋】たしかに、尖閣国有化のとき習近平が強硬な態度をとらなければ、第二次安倍政権があれだけ長続きすることはなかったかもしれないし、安保法案がスムーズに成立することもなかったでしょう。</p>

<p>今回の中国の動きを受けて東アジアで何が起きるかを考えると、日本と台湾、フィリピン、オーストラリアの海洋国家連合の結成につながるかもしれません。台湾は正式には加盟できないとしても、実質的には入るでしょう。もしも現実化すれば、中国が実際に恐れていたシナリオです。なぜ中国共産党はその方向に事態をみずからプッシュしてしまったのかは日本や欧米の理屈からはわかりづらいですが、彼らは歴史を知っているものの、そこから学べてはいないから損をしているわけです。</p>

<p>【岡本】言い換えると、これくらいならばまだ「損」だと思わないだけの余裕があるのでしょう。本当に国内外の状況が悪化して、中国共産党の正統性が揺らぎかねない事態に追い込まれれば、鄧小平時代のように「改革・開放」路線に向かうかもしれません。ですが、少なくともいまのところその可能性はゼロに近いでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>台湾人にとっては「いつか見た光景」</h2>

<p>【野嶋】今回の件について、台湾の反応もお話しすると、日本では左右のメディアや論壇がいずれも自分たちが「見たい・聞きたい」情報だけを都合よくピックアップしています。すなわち、与党の民進党はともに中国に対抗してくれる期待を日本に向けているし、国民党は高市首相の発言は台湾海峡の安定を脅かす怪しからん内容だと批判していて、日本の保守は前者を、リベラルは後者の発言を引用して自説を補強しています。しかしこれでは、実際の台湾の温度感が見えてきません。</p>

<p>台湾人の関心がどこにあるかと言えば、中国と台湾が開戦するかしないかであり、彼らはどの立場であろうといかに中国との全面対決を避けるかについて日々苦心しています。開戦したあとにアメリカがそれに関与するか否かはその次の議論であり、その後日本が集団的自衛権を行使するかどうかについては、台湾人からすればほとんど意識しようがない世界です。さらに言えば、そもそも一般市民は日本国内の細かい安全保障論への関心はさほど高くありません。</p>

<p>とはいえ、中国が日本にかけている経済的圧力については、台湾の人びとからすれば「いつか見た光景」であり、その点については、日本にシンパシーを抱いています。国民党の馬英九総統時代、中国から台湾への観光客は最大年間418万人で、台湾の人口が2300万人であることを考えれば物凄い数でしたが、2016年に民進党の蔡英文政権が誕生して以降は激減し、2024年は24万人程度にとどまっています。台湾が受けた経済的なインパクトは今回の日本の比ではありませんでしたが、それでも彼らは中国リスクを避けられないものとしてインプットしていますから、厳しい変化にも対処し続けてきました。ですから現在の日本が置かれている境遇はよくわかりますし、一部では日本食を食べたり日本に旅行に行ったりして支えようという機運があります。</p>

<p>【岡本】日本で台湾の声を議論に引いても、台湾がどれだけ日本を応援しているか／していないかに終始しがちで、現状をどう分析して、いかに戦略的に中国と対峙するかという話はほとんど見受けられません。そのうえで、右の識者やメディアは威勢のいいことばかりを発信し、左は日本が悪いと叫ぶだけで、いずれも生産的ではありません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>台湾問題における中国の「弱点」</h2>

<p>【野嶋】日本人が台湾を語るうえで大きな問題は、本来であれば台湾有事とは2300万の台湾人の命がかかっている話なのに、彼らのことが「主語」として登場しないことではないでしょうか。この点は日中国交正常化以降、とくにリベラルのメディアや論壇が放置し続けてきた大きな欠点です。他方で保守にも問題があって、私は今回の高市首相の国会答弁はやはり、国益上あえて言う必要がないことを口にしてしまったと評価していて、本来であれば保守でもその点はしっかり批判して然るべきです。たしかに発言内容そのものは、台湾問題に関する政府の従来方針から逸脱していませんが、それと外交的な言動としてどう評価するかは別の話でしょう。</p>

<p>台湾を巡る問題で、中国にとって最大の弱点は台湾の民意です。習近平はよく「両岸（中国と台湾）は一つの家族」「運命をともにする血を分けた兄弟であり血は水よりも濃い」などと口にしますが、台湾の人びとが一向にシンパシーを感じていないのが現実です。そうであるならば、われわれ日本としては、「台湾の人たちが望まないかたちでの台湾問題の解決は認めない」と言い続けていればいいのです。平和的解決を望むことは従来も掲げてきた方針ですが、今回を機にもう一歩踏み込む選択肢もあるのではないでしょうか。</p>

<p>【岡本】現在の状況下で高市首相が政府の立場としてそう言ってしまえば、まさに火に油を注ぐようなものですから、あくまでも輿論として呼びかけるべきでしょうね。日本人はその自覚と覚悟をもつべきだと思います。</p>

<p>私に言わせれば、中国は明代のころからずっと変わらずに帝国的な振る舞いがこびりついていて、とくに現在その正統的な継承者と言える習近平がトップにいる。裏を返せば、習近平の登場で「本来の中国」に戻ったとも言える。鄧小平、江沢民、胡錦濤の時代はむしろ例外でしたが、かつての日本人はそうとは知らずに明日の中国を信じ込んで莫大な投資をして、中国経済を育て上げてきました。私は日中友好が叫ばれた時代に学生時代をすごし、中国史研究の道を歩み始めましたが、当時見ていたのは例外の時代の中国だったわけです。</p>

<p>【野嶋】私も岡本先生と同じ世代ですから、その感覚はとてもよくわかります。実際、その後の中国を見て残念ながら「裏切られた」という思いにしばしば駆られます。今日でもなお盲目的に中国を信じるジャーナリストや学者もいますが、知識人や学者など「自由派」と呼ばれた中国人の友人たちが捕まったり国外に追いやられたりする様子を見ると、私にはそう思えません。</p>

<p>岸田政権や石破政権の時代には日中関係は比較的落ち着いていましたが、それはあくまでも習近平にとっては与しやすい相手であったからで、高市政権が誕生すると仮面を捨てるかのように態度を豹変させた。その姿から、日本を警戒し、台湾との接近を認めないとする本質はやはり変わらないのだと再認識させられました。</p>

<p>【岡本】日本のことを「許せない」などと騒ぎ立てているということは、彼らにとって日本が恐れるべき対象だということです。岸田政権や石破政権はそう思われていなかったのでしょう。今後は、強硬な態度で迫られたとき、中国に謝らずとも経済的にも精神的にも生きていける日本をつくらなければいけません。中国人観光客が去れば経済が立ちいかなくなるというのであれば、あまりにも情けない話です。</p>

<p>【野嶋】そこで模範とすべきなのが台湾です。今回の高市首相の発言によって、たとえば旅行業界が窮地に立たされていると指摘されます。同情を禁じ得ませんが、中国とは経済、観光、交流を外交的武器として利用する国なのです。台湾では、中国経済への依存が政治に及ぼす影響力のメカニズムを「中国ファクター」と定義して警戒してきました。前述のとおり台湾はかつて約400万人だった中国人観光客が約20万人に激減しても持ちこたえて、半導体やバイオなど旅行業界以外に「稼げる分野」を戦略的に育てることで対中依存度を減らしつつあります。日本の各分野も、政治的リスクが大きい中国に過度に頼る構造からは脱却しなければいけません。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Chinaflag.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡本隆司（早稲田大学教授）,野嶋剛（ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>消費税減税で消費者は本当に得をするのか　インフレの財政的帰結と価格制御の危うさ  渡辺努（東京大学名誉教授／株式会社ナウキャスト創業者・取締役）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13872</link>
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			<description><![CDATA[高市政権が 「積極財政」 を志向する背景には、2022年春以降のインフレと、 それと連動した税収増がある。ならば、 政府はインフレによる利得を何に用いるべきなのか。現下の問題は 「物価の高さ」 ではなく 「所得の低さ」 にある。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="お金" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_1000yen.jpg" width="1200" /></p>

<p>高市政権が 「積極財政」 を志向する背景には、2022年春以降のインフレと、 それと連動した税収増がある。ならば、 政府はインフレによる利得を何に用いるべきなのか。現下の問題は 「物価の高さ」 ではなく 「所得の低さ」 にある――。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インフレの到来と税収増</h2>

<p>高市政権の経済政策の目玉は何といっても、「積極財政」だ。そもそも高市政権は、なぜ積極財政を志向するのだろうか。その財源はどこにあるのか。何に支出すべきなのか。以下ではこうした点を考察したい。</p>

<p>なぜ積極財政を志向するのかから考えてみよう。すぐ思いつく答えは、やりたい施策が多いからということだろうが、どの政権であれ、さすがに財源がない環境下で支出を増やそうとはならない。いまの日本では財源が潤沢で、そこに高市政権は目をつけ、積極財政を進めようとしている、というのが筆者の見立てだ。</p>

<p>では、はたして財源は潤沢なのか。国の税収について、当初予算策定時の見通しと決算時における実績を比較すると、2021年度以降、決算の数字が当初見通しの数字を一貫して上回るという現象が起きている。つまり、予想外に多くの税収が集まっているということだ。2025年度についても、当初予算の数字は約78兆円だったが、最終的にはこれを上回る約81兆円の着地になると見込まれている。</p>

<p>つまり、財源は潤沢ということだ。では、なぜ税収は増えているのか。理由は極めて単純で、インフレがついにやってきたからだ。10年前のアベノミクスのときから、デフレを脱却し緩やかなインフレへと移行することを政府はめざしてきた。しかし残念ながら、政府や日銀が総力を挙げて取り組んでも、インフレを起こせなかった。</p>

<p>ところが、2022年春以降、海外のインフレの日本への流入を契機として、インフレが始まった。それに刺激されて賃上げ率も2023年春闘以降、高まった。インフレと賃上げが好ましいサイクルを描きながら定着しつつある。</p>

<p>インフレが起きれば消費の金額は膨らむ。すると、それと連動して消費税収が増加する。また、賃金が上がれば所得が増えるので所得税収が増える。さらに、企業はインフレ下で価格を引き上げるので収益が改善し、法人税収が増える。このようにして、インフレは税収増をもたらしてきた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政府債務の対GDP比は近年、低下傾向</h2>

<p><img alt="純債務の対GDP比" height="850" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260227watanabetsutomu1.png" width="1200" /></p>

<p>これまでの政権は、財政の指標として毎年のプライマリーバランス（利払いを除く歳出と歳入の差）に注目してきたが、高市政権はこれを変更し、政府債務の対GDP比という指標を、より重要なものと位置付けている。その指標はインフレの到来に伴い、近年、低下基調にある。</p>

<p>国際通貨基金（IMF）の公表値によれば、日本のグロス債務（総債務）の対GDP比は2020年までは上昇してきたが、それ以降は低下に転じており、2025年までの低下幅は29％ポイントとなっている。反転に転じたタイミングは日本にインフレが訪れたタイミングと一致しており、債務の改善の要因がインフレであることを示している。</p>

<p>グロス債務は国の所有する資産を勘案していないので適切ではないというのが高市政権の見方であり、年金積立金管理運用独立行政法人（GPIF）などが保有する金融資産を差し引いたネット債務（純債務）こそが、わが国の債務状況を正確に表すとしている。図１はそのネット債務の対GDP比を示したものであるが、グロス債務と同じく、2021年以降、低下基調であり、2025年までの低下幅は32％ポイントと、これもグロス債務とほぼ同じである。</p>

<p>政府債務の対GDPは、下がってきたとはいえ、まだまだ高水準であることに変わりはない。ただ、他国もパンデミック中の大盤振る舞いが祟り、債務水準が上がってきている。</p>

<p>現時点でのネット債務の対GDPを見ると、日本（130％）がＧ７のなかでもっとも高いのは以前と変わらないが、第二位のイタリア（127％）や第三位のフランス（108％）との差はかなり縮まってきている。この事実は、高市政権を積極財政へと向かわせる重要なファクターとなっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インフレが生み出す債務者利得</h2>

<p><img alt="住宅ローンのシミュレーション" height="868" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260227watanabetsutomu2.png" width="1200" /></p>

<p>インフレが財政を好転させ、それが政府のスタンスを変えたというのが筆者の見方だが、インフレの到来を受けて、日銀は2024年春以降、政策金利を引き上げており、これに伴って、政府が支払う国債の利払い費も増加している。日銀の利上げで利払い費が大幅に増えれば、財政は好転どころか悪化するとの懸念も根強い。この点をどう考えればよいのか。</p>

<p>政府の財政の話は複雑なので、住宅ローンを抱えるごく普通の生活者を例に考えてみよう。かつての日本は賃金と物価の上昇率がともにゼロ％、金利もゼロ％だった。しかしいまは、賃金と物価の上昇率がともに2％程度、金利も2％程度の経済に移行しつつある。</p>

<p>この移行に伴って、生活者は得をするのか、それとも損をするのか。それは住宅ローンが変動金利か固定金利かに依存する。ゼロ％金利の時代に住宅ローンを変動金利で組んだ生活者は、2％経済への移行で金利負担が増加する。他方で、その人の賃金も2％程度で上昇するので、金利負担増と賃金上昇が見合い、トントンだ。</p>

<p>これに対して、ゼロ％金利の時代に固定金利でローンを組んだ生活者は、2％経済に移行しても金利負担は増えない。一方で、その人の賃金は2％で上昇するので生活は改善する。</p>

<p>図２は、ゼロ％経済から2％経済に移行することで住宅ローンの返済がどうなるかをシミュレーションした結果を示している。当初のローン残高が2000万円として、ゼロ％インフレの下では残高が破線のように徐々に減り、最終的に30年で完済となる。</p>

<p>これに対して、2％経済では、住宅ローンが固定金利で組まれていれば、完済の時期は22年後と大幅に短縮される。固定金利で組んだ人はたしかに儲かっている。一方、変動金利の場合は、完済は30年後と、ゼロ％経済のときと変わらない。</p>

<p>住宅ローン金利が上がっているのに得をする人がいるというのは、奇妙な話に聞こえるかもしれない。しかしここで押さえておくべきポイントは、金利上昇が単独で起こるわけではなく、賃金と物価の2％への上昇とセットで起きている点だ。つまり、金利上昇はインフレの副産物にすぎず、すべての発生源はインフレだ。</p>

<p>古今東西の真理として、インフレは債務の実質的な価値を目減りさせる。したがって、債務者に有利、債権者に不利だ。住宅ローン（とくに固定金利のもの）を抱えている債務者が2％経済への移行で利得を得るのは、極めて理に適っている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インフレに伴う政府への所得移転</h2>

<p>一般的に住宅ローンは数千万円の規模なので、利得があったとしても高が知れている。しかし世の中には、比較にならないほど巨額の債務を抱えている存在がある。それはわが国の政府だ。政府の債務は1100兆円にのぼり、しかもその大部分は、住宅ローンで言うところの固定金利だ。また、すでに述べたとおり、私たちの賃金が増えているように、政府の税収も近年増えている。</p>

<p>インフレに伴って、家計・企業から政府へと所得が移転するという現象は「インフレ税」とよばれる。インフレ税は中央銀行の通貨発行益（シニョレッジ）の別称として使用されることが多いが、インフレによって国債の価値が実質的に目減りし、国債保有者から国債の発行者である政府へと所得が移転する現象もインフレ税とよばれている。いまの日本で起きているのは、後者の意味でのインフレ税だ。</p>

<p>国債保有者から政府への所得移転が問題になる典型的な例は、戦時下や戦後に起きる激しいインフレだ。戦費調達のために大量の国債が発行され、しかし戦況悪化でその償還財源が確保できないとなると激しいインフレが起き、それによって国債の実質価値が大きく目減りする。こうしたインフレ税は当然、望ましくない。</p>

<p>これに対して、今回のインフレとそれに伴うインフレ税には望ましい面がある。そもそも今回のインフレは戦時インフレのような過度のインフレではなく、慢性デフレ下の低すぎるインフレ（インフレ率ゼロ％）からインフレの望ましい水準である2％への移行である。また、日本が抱える巨額の政府債務の軽減にインフレ税が資するのは、言うまでもなく望ましい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インフレから政府が得る利得をどう使うべきか</h2>

<p>では、賃金と物価の上昇率がゼロ％、金利もゼロ％のかつての日本経済から、賃金と物価の上昇率がともに2％程度、金利も2％程度の状態に移行することで、政府はどれだけのインフレ税収を手にするのか。筆者の試算によれば、その額は180兆円に達する（試算の詳細は、渡辺努「賃金・物価・金利の正常化―2040年までの展望―」、SBI金融経済研究所所報VOL．7〈2025年2月〉を参照）。</p>

<p>180兆円は政府債務残高の約16％であり、大きな金額だ。インフレ税収は所詮一過性なので、それを当てにするのは不適切との見方が少なくない。インフレ税収はたしかに一過性であり、今回の場合も、インフレ税の発生は、インフレの到来から9年間に限定される（9年間は国債の平均残存期間に対応）。</p>

<p>しかし一過性とはいえ、180兆円は巨額である。また、政府がこれだけの大きな利得を手にする機会は、今後まずないだろう。そう考えれば、高市政権がそこに着目し、インフレによって生み出されたフィスカルスペース（財政余地）を活用しようとするのは自然であり、賢明とも言える。</p>

<p>ただし、問題はその使い方だ。現在のように、税収が毎年、予想を超えて増えるたびに、その分をあたかも特別なボーナスのように受け止め、入るそばから使っていくというのは、どう見ても賢くない。これだけのまとまった金額を今後手にすることがないことをふまえれば、180兆円をテーブルに乗せ、国民の声を聴きながら、与野党でしっかり検討すべきだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>問題は「物価の高さ」ではなく「所得の低さ」</h2>

<p><img alt="今後の実質賃金に関する予想" height="897" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2026/20260227watanabetsutomu3.jpg" width="1200" /></p>

<p>たとえば、国防の強化が最重要の課題という認識を与野党で共有できるのであれば、防衛費に投入するという選択肢も当然あり得る。同様に、教育であれ、産業投資であれ、合意できるところに税収を振り向けるべきであろう。もちろん、財政再建が最重要との見方で合意できるのであれば、180兆円を国債償還に回すということもあり得る。</p>

<p>筆者は財政の専門家ではないので、どう使うべきかについての特別な知見はない。ただ、180兆円がインフレによってもたらされたことをふまえると、今回の補正予算におけるエネルギー補助金のように「物価を下げる」ためにインフレ税収を使うのは本末転倒と考えている。</p>

<p>財政事情の好転の背景にあるのはインフレ、そしてそれに触発されて起きた賃金上昇なのだから、税収はその流れを促進する方向で使われるべきだ。たとえばトランプ関税のような外的な圧力で、インフレと賃上げの流れが途絶えてしまうリスクはつねにある。そのリスクが高い局面では、税収を賢く使うことでそうならないようにすべきだ。</p>

<p>その点で筆者が評価しているのは、岸田政権以降とられている、中小企業の賃上げを支援する施策だ。日本では下請け企業と親企業の力関係の歪みが著しく、コスト増加を価格に転嫁するという、真っ当な値上げができない中小企業が少なくない。価格転嫁が難しいのは人件費の増加も同じで、そのために従業員からの賃上げ要請に応えられない中小企業が多い。そうした中小企業をインフレ税収を活用して支えることは、賃上げの定着に資するものであり、理に適っている。</p>

<p>図３は、筆者が創業して現在取締役を務めるナウキャスト社とインテージ社が共同で行なった、生活者を対象としたアンケート調査の結果であり、自分の賃金が、物価を調整した実質で見て、先行き一年間で「上がる」と見ているのか、それとも「下がる」と予想しているのかを示している。</p>

<p>残念なことに最新の調査では、約80％の回答者が自分の実質賃金が「下がる」と予想している。「据え置き」の予想が16％、「上がる」と予想する人はわずか4％だ。しかも、実質賃金が「下がる」と予想する人の割合は、インフレの始まった2022年以降、趨勢的に増えており、足元も改善の兆しが見られない。</p>

<p>今回の補正予算でも、中小企業の賃上げの支援策にインフレ税収が使われており、その点は評価できる。政府には、生活者がみずからの実質賃金の先行きに自信をもてる環境の整備に向けて、積極的なメッセージの発信を期待したい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>価格コントロールの多用は危険</h2>

<p>一方、筆者が問題視しているのは、価格を抑える施策だ。今回の補正予算にも、ガソリンと電気・ガス料金を抑える施策が含まれている。エネルギー価格の高騰が生活者の負担を増やしているのは間違いないが、問題は負担が増えたことではなく、その負担を賄うための所得が十分に伸びていないことだ。</p>

<p>エネルギー価格を政府が人為的に抑え込む「価格コントロール（price control）」は市場価格を歪め、資源配分を悪化させることが知られている。その認識があるがゆえに、日本以外の大多数の国々では、エネルギー価格の人為的な制御は、ウクライナ戦争の勃発直後などに限定しており、あくまで緊急避難的な措置と位置付けている。日本は、インフレと賃上げの流れを促進しなければならないという、他国と異なる特殊な状況にあるのだから、価格コントロールについて、他国よりも慎重でなければならない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>消費税減税で消費者は得をするのか</h2>

<p>先般の衆院選でチームみらい以外の各党が公約に掲げた消費税減税も、「物価を下げる」方向の施策であり、インフレと賃上げの流れをつくるという観点からは筋悪だ。それに加えて、仮に消費税減税を行なったとして、そのときに何が起きるのかに関する詳細な議論が欠落している。</p>

<p>消費税を下げれば家計の負担が軽くなり、個人消費の活性化が期待できるというのが減税支持派の立場である。消費税は消費者から直接徴収されるため、減税されれば当然その分、消費者が得をするというナイーブな前提があるようだが、これは本当に正しいのか。</p>

<p>実際には、消費税減税によって商品価格がどれほど下がるかが重要である。たとえば、税率が10％から7％に引き下げられたとして、価格がそのまま3％下がれば、消費者の負担は軽減される。しかし、販売側が同時に課税前価格を引き上げた場合、価格は1％しか下がらないこともあり得る。この場合、減税の恩恵の大半は販売側に流れ、消費者の得は限定的となる。こうした価格反映の割合を「転嫁率」とよぶが、上記の例では0.33にすぎない。</p>

<p>さらに極端なケースでは、転嫁率がゼロ、すなわち減税による価格の変化がまったく見られない可能性もある。この場合、減税の利益を享受するのは売り手だけである。</p>

<p>では、実際に日本で消費税減税を行なった場合、転嫁率はどの程度になるのか。残念ながら、日本ではこれまで消費税を引き上げた経験しかなく、減税に関するデータは存在しない。</p>

<p>しかし、欧州では、リーマンショックの直後やパンデミックの際に、英国、ドイツ、フランスなどで消費喚起などを目的として引き下げが実施された。</p>

<p>たとえばフィンランドでは2007年から2012年まで、美容サービスに対して14％の税率引き下げが行なわれたが、2007年の引き下げ時には価格は約6％しか下がらなかった。つまり、転嫁率は0.42にとどまった。一方、2012年に税率がもとに戻された際には、価格は約11％も上昇し、転嫁率は0.76に達した。</p>

<p>このように、減税時と増税時で価格への影響は非対称であり、そのため、税率が同じ水準に戻っても、価格は引き上げ前より高くなるという現象が生じる。欧州のほかの国々でも同様の傾向が確認されている。</p>

<p>欧州の経験をふまえると、減税により一時的に消費者は得をするが、その利益は限定的であり、減税終了後には価格上昇でより大きな損を被る可能性がある。「消費税減税＝消費者の得」という単純な構図は成り立たないことを認識すべきである。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_1000yen.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渡辺努（東京大学名誉教授／株式会社ナウキャスト創業者・取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>イギリスでさえも二大政党制が融解　ヨーロッパに見る従来型政党政治の限界と模索  網谷龍介（津田塾大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13861</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013861</guid>
			<description><![CDATA[政治状況の流動化と従来型の政治運営の困難は、何も日本だけで起きているわけではない。欧州における連合政治の多様な事例をふまえつつ、新たな政治運営の可能性について考える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ウエストミンスター寺院" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_westminster.jpg" width="1200" /></p>

<p>政治状況の流動化と従来型の政治運営の困難は、何も日本だけで起きているわけではない。欧州における連合政治の多様な事例をふまえつつ、新たな政治運営の可能性について考える。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政治変容のトレンドのなかに日本を位置づける</h2>

<p>第2次石破内閣、高市内閣と少数派政権が続き、公明党が政権から離脱するなど、日本の政党政治は流動化の時期を迎えている。そのような現状を俯瞰するために、本稿はヨーロッパ政党政治の巨視的な変化を紹介し、比較というかたちで視野を広げるための情報を提供したい。ヨーロッパを対象とするのは筆者の専門分野の制約によるものだが、議院内閣制という制度を共有する点で、今後の日本の政治運営のあり方を考える一助にはなるだろう。</p>

<p>昨今の日本の政治状況は、何か異常なものというわけではない。ヨーロッパでも、政治状況の流動化と従来型の政治運営の困難は生じている。今後も類似の状況が継続する可能性を念頭に置きつつ、われわれは事態を理解していく必要がある。</p>

<p>本稿の論点は次の四つである。第一に、有権者の選好は多様化し、多党化が進行している。第二に、ある時期に有力視された二ブロック化の傾向は、深く定着したものにはならなかった。第三に、多政党による連合政権はほぼ必須となっているが、その円滑な運営にはさまざまな制度的工夫がある。そして最後に、少数派政権をはじめとして新たな政治運営の型が模索されるなか、現状を丁寧に認識したうえで過去の常套的議論の型を離れた検討が必要である。順次検討していこう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>有権者の選好の多様化</h2>

<p>政党政治を論ずるうえで、一つの範とされてきたのはイギリスである。一回投票単純多数小選挙区制に支えられた二大政党制のなかで、単独政権をどちらが運営するかが選挙結果によって一義的に決まる、というあり方は、多くの政論にインスピレーションを与えてきた。</p>

<p>そのイギリスですら、有権者の支持において二大政党制は融解している。現在のスターマー労働党政権は411議席（650議席中）という安定多数を2024年選挙で獲得したが、得票率は33％強にすぎなかった。保守党が約24％、英国改革党が約14％、自由民主党が約12％と票が割れていた結果の過半数にすぎないのである。</p>

<p>2025年11月末時点の世論調査では、英国改革党が30％程度、保守、労働両党が20％前後、自民、緑が10％台前半の支持率と、多党化状況は継続している。</p>

<p>次回選挙は遅ければ2029年8月となるため、この支持が投票行動にどう反映され、議席にどう変換されるかには不確定要因も多いが、現状では英国改革党の過半数獲得や同党を第一党とするハング・パーラメント（過半数政党のない状態）といった予測が示されている。少なくとも、労保二大政党の構図は過去のものと言えるだろう。とくに、地方の政治とロンドンにおける政治の乖離が指摘されていることは、二大政党の復権の難しさを予想させる（若松邦弘『わかりあえないイギリス』岩波新書、2025年）。</p>

<p>比例代表制が一般的な大陸ヨーロッパ諸国で、多党化傾向はより顕著である。有効政党数という指標があるが、政党政治が比較的安定していると目されるドイツでは、1987年の3.56が、2009年には5.58に、そして2025年の選挙では6.64に増加している。同様にスウェーデンでも3.92（1988年）が4.79（2010年）に、そして現在では5.34（2022年）と推移している。西欧15カ国の平均では1900年時点で4.25だったものが、2025年には6.04である。</p>

<p>選挙ごとの勢力変動も激しくなった。政党単位の結果の変動を全体として示す変易性指標を見ると、ヨーロッパ全体でその値が着実に増加していることが示されている。それだけではなく、有権者単位でも投票行動はより「移り気」なものとなっている。早くから浮動票が注目されていた日本と異なり、西ヨーロッパの選挙は1980年代ごろまで支持者動員競争の色彩が強く、ある調査では1960年代ごろのイギリスで投票先を変更した有権者の割合は10％台前半であった。しかし2010年代にはそれが30％台となっている。</p>

<p>このように有権者の選好は多様化し、流動化している。政治的争点の多様化や、世代ごとに「左右」の意味が異なることに鑑みれば、この傾向が逆転するとは考えにくい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>二ブロック化の限界</h2>

<p>有権者の選好の多様化や流動化が生じたとしても、多党化につながらない可能性もある。たとえば経済状況への賛否に選挙の争点が集約されるのであれば（経済投票、業績投票）、与野党二つのブロックの対峙が生じることも考えられる。欧州政党政治研究の第一人者であったメアが2000年代に提示したのは、多党制の基礎にある社会的亀裂（階級、宗派など）の影響力が弱まる結果、政治は政権獲得競争の色彩を強め、二ブロック化していくのではないかという仮説だった。</p>

<p>同時期に、大統領制化や個人化といった、トップリーダーの影響力増大傾向が論じられていたこともあり、この仮説は注目された。実際、スウェーデンでは1998年以降、左右ブロックが明確化していく（渡辺博明『スウェーデンの政党政治と民主主義』晃洋書房、2025年）。</p>

<p>イタリアは、制度変更による誘導が行なわれた点で興味深い。大規模な汚職・腐敗の摘発などもあり、同国では1990年代前半に選挙制度を小選挙区中心のものに変更した。その結果、1994年から2008年までの五回の選挙において、右・左・右・左・右、と二大政党ブロックのいずれかが勝利しており、政権交代のある民主主義をめざした政治改革が成功したかに見えた。</p>

<p>しかし、その選挙制度の再改革を行なったことなどもあり、現在の同国は二ブロック間競合のダイナミクスで動いているとは言えない。ほかの多くの国でも、左右の中核的大政党の衰退は顕著である。たとえば、北欧の社会民主主義政党と言えば、かつては得票率40％台の巨大政党であったが、現在は30％をのぞむのがやっとである。右でもドイツのメルツ首相率いるキリスト教民主党の2025年選挙の得票率は30％を割っており、ド・ゴール派の流れを汲むフランスの共和党の議席数は全体の一割に満たない。</p>

<p>その結果、いくつかの国では第一党と第二党を合計しても、過半数に満たない事例が生じることとなっている。オランダでは2006年選挙で初めて発生して以降、この事象が繰り返されていることから、比較政治学者ヒックスはこれを「オランダ化」と呼んでいる。</p>

<p>大政党の急速な衰退と政党間対抗の構図の複雑化は、1990年代から2000年代の改革論議の射程をこえるものであった。オーストリアでは、小選挙区型への選挙制度改革を行なうことで、当時の二大政党である人民党（国民党）と社民党の二大政党化によりアカウンタビリティを高める議論があったが、急進右翼政党である自由党が大きく勢力を伸ばし、緑の党やリベラル政党が進出したこともあって、議論は終息した。</p>

<p>つまり、制度改革による二ブロック化の誘導に一定の効果があることは否定されないものの、その限界も見えつつあるのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>連合政治運用の工夫と限界</h2>

<p>選挙で多数派が生み出されないならば、選挙後の政党間交渉が重要となる。連合政治の局面である。日本で早くからこれに注目した篠原一は、1970年代以降、ヨーロッパの経験を伝えることで二大政党一辺倒の議論に一石を投じようと試みていた（篠原一編『連合政治（Ⅰ、Ⅱ）』岩波書店、1984年）。</p>

<p>ただし、現在のヨーロッパの連合政治は、篠原らの時期に比べ、制度化されたものになった。政党エリートと支持者のあいだの無形の絆が希薄化した結果、政党指導者の舞台裏での交渉への信頼は期待できなくなり、政党側も透明化と正統性確保に力を注ぐようになったのである。この点をドイツの例で確認してみよう。</p>

<p>たとえば、選挙に向けた綱領は、長大なものになりつつある。選挙綱領を作成する習慣はドイツにおいても1960年代以降のものであり、主として野党側の政権担当能力アピールの手段だった。1990年段階でもそれはまだ20頁程度だったが、2010年代以降はA５で100頁を超すことも珍しくない。これは選挙綱領が党内のさまざまな集団の合意形成過程の帰結だからであり、各集団の主張が少しずつ盛り込まれるからである。</p>

<p>時間をかけた党内合意形成が可能なのは、ドイツにおいて選挙が基本的に任期満了で行なわれ、時期が予測可能だからである。次期選挙に向けて、首相候補を選出し、選挙綱領を作成する長いプロセスがあってはじめて、党内合意確保は可能となる。それに最終的な承認を与えるのが党大会であり、そこまでに時間をかけて候補も政策も淘汰されていく。</p>

<p>綱領に盛り込まれた項目を基礎に、「連合協定締結のための主張すりあわせ」を行なうのが連合交渉である。連合協定も、1980年代ごろまでは十分に確立された慣行ではなかったが、1990年代以降、政党間の「契約」としての整備と詳細化は進み、2010年代にはA4で150頁前後が常態となった。さらに連合協定は一部指導者の合意にのみ基づくものではなくなった。党によって手続は異なるが、臨時党大会や党員投票を行なって、党として協定を承認することなしに政権参加はないのである。そのため、多党化と相まって、連合交渉は全体として長期化する傾向にある。</p>

<p>政権成立後も、党や議員団を政策決定過程に組み込んでいくことは一般的である。ドイツでは非公式の協議体である連合委員会の利用が1960年代以降一般化していった。現在の連合委員会は、キリスト教民主党側がメルツ首相、議員団長、バイエルンのキリスト教社会同盟党首など6名（公式にはキリスト教民主同盟とバイエルンのキリスト教社会同盟は別組織であるため、対等に3名ずつ出すかたち）、社会民主党側が副首相兼共同党首、連邦議員団長など3名であり、そこに首相府長官と財務省次官が定期陪席者となっている。</p>

<p>閣内大臣だけではなく、党首と議員団長を協議に組み込んでいるのが特徴である。内閣で合意形成ができない問題について、この回路を通じて根回しやトップ交渉が行なわれる。非公式の場での実質的決定にはもちろん規範的批判が絶えないが、連合政治において組織としての党や議員団の合意調達手続が必要となることもまた事実であろう。</p>

<p>このようにドイツにおける連合政権運営においては、連合交渉手続の整備と協定の文書化、さらに党内合意獲得手続の明確化が一体となって制度化し、党内合意確保と政党間交渉を両立させる工夫がなされてきた。</p>

<p>ただし、参加政党が増え、距離の離れた政党が参加するようになれば、このような工夫が限界に突き当たる可能性は排除できない。実際、連合交渉は長期化する傾向にある。また2017年選挙後には、有力視されたキリ民、自民、緑の三党交渉が決裂し、下野の意向を明言していた社民党に同党出身の大統領が強い圧力をかけ、ようやく第四次メルケル政権の樹立にこぎつけている。ドイツのための選択肢のようなアウトサイダー政党の台頭は、その主張自体もさることながら、既成政党間の交渉を困難にする点により直接的な影響がある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新たな政治運営の模索</h2>

<p>このように、ヨーロッパ連合政治の多様な事例のなかにそれぞれの工夫を見出すことはできるが、従来型の政治運営の限界は各所に露呈している。新たなかたちが模索されている点は日本と大差はない。</p>

<p>そのなかで、注目されているものの一つが少数派政権である。ドイツではワイマール期の政権不安定とナチスの台頭という歴史的な経緯もあって、多数派政権重視の傾向が強かったが、近時さかんに議論されるようになり、2025年選挙の投票前には公共放送の第一テレビで「少数派政権はドイツにとってモデルか？ 北欧の事例」が放送された。学術的には、少数派政権に関するはじめての国際比較研究が2022年に（威信の高い）オックスフォード大学出版局から刊行されている（Field and Martin,ed.Minority Governments in Comparative Perspective.OUP,2022）。</p>

<p>スウェーデンやデンマークなど北欧で、少数派政権が一般的であることはよく知られてきた。これに加え、チェコ、ニュージーランド、スペインなどでも1990年以降の政権の過半は少数派であり、カナダ、イタリア、フランスなどでは3割程度が少数派である。</p>

<p>このような少数派政権は、直感的には、不安定で政策パフォーマンスも劣ったものとなりそうだが、経験的研究の示すところによれば、多数派政権とのあいだに大きな差はないという。むしろ、少数派政権のなかで野党と協定を結ぶかたちのものが増え、その存続期間は長い一方、そうではない少数派政権は相対的に短いなど、少数派政権のなかのバリエーションにも注目が集まっている。</p>

<p>これとは別に、研究上の新しい主張として、ドイツの比較政治学者ガングホーフによる半議院内閣制論がある。これは政府の存否を司る院は多数派が構築されやすい選挙制度とする一方、立法に必要なもう一つの院は比例型の制度とすることを提案するものである（加藤雅俊「「半議院内閣制」としてのオーストラリア連邦」『年報政治学』、2023年Ⅰ号）。</p>

<p>主張の当否は別として、ガングホーフが、政権の安定と、多様な意見の立法への反映という要請の双方を折り合わせようとしている点に注目すべきだろう。二大政党制か多党制かという古典的図式は退けられている。</p>

<p>定数の小さい比例区を多数配置することで、選挙制度の「スイートスポット」をさぐる研究も、同様の発想に基づいている。あるいは、少数派政権論のなかには規範的優位を指摘するものもある。法案ごとの多数派形成の必要性から、政策ごとの真の多数派を多数派政権よりも代表しやすいというのである。そこには、左対右といった一次元的な対立図式は、多元的な政策対立軸と市民の多様な選好のもとでは、政策の抱き合わせ販売にすぎず、市民の政策位置に合致していないという現状認識がある。</p>

<p>すなわち、現状を丁寧に把握したうえで、社会的前提条件を失いつつある過去の議論の型に懐疑の目を向けることが、政党政治の現在と未来を考えるうえでの第一歩である。</p>

<p>日本の文脈では、二大政党制を聖化し選挙制度を中核とする大きな制度改革で変化をもたらそうとする1993年パラダイムから適切に距離をとることが、まずは必要ではないか。国会の会期や解散権の運用など、二大政党待望論の陰に追いやられた課題は、いくつも存在する（大山礼子『国会改革の「失われた30年」』信山社、2025年）。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 11 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[網谷龍介（津田塾大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ日本だけが「目の敵」にされるのか　習近平政権が台湾問題で絶対に譲らない理由  岡本隆司（早稲田大学教授）,野嶋剛（ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13863</link>
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			<description><![CDATA[2025年11月7日の高市早苗首相の「台湾有事」 を巡る国会答弁以来、日本に対して経済カードを切るなど中国が強硬な姿勢をとり続けている。習近平政権による対応の背景を考えるうえで、中国国内の経済不振などをはじめ、短期的な文脈から分析しようとすると見誤る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="台湾の国旗" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Taiwan.jpg" width="1200" /></p>

<p>2025年11月7日の高市早苗首相の「台湾有事」 を巡る国会答弁以来、日本に対して経済カードを切るなど中国が強硬な姿勢をとり続けている。習近平政権による対応の背景を考えるうえで、中国国内の経済不振などをはじめ、短期的な文脈から分析しようとすると見誤る。（構成：編集部）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦狼外交の裏にある習近平への忖度</h2>

<p>【野嶋】高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁（2025年11月7日）に中国が猛反発して以来、今回の中国の強硬姿勢をどう読み解くべきか、さまざまな議論が行なわれています。まずは中国政府の一連の対応から考えると、おそらくは習近平国家主席が高市首相の発言に対して机を叩いて嚇怒し、それを受けて一気に国を挙げて「反日」に動いたのでしょう。なぜ習近平がそれほど怒ったのかと言えば、「台湾有事は日本有事」と唱えた安倍晋三元首相の「正統な後継者」を自認する高市首相への強い警戒感が背景にあると推察できます。</p>

<p>じつのところ、高市首相は10月31日、APEC首脳会議出席のために訪問した韓国で習近平と会談しており、「戦略的互恵関係」の推進と「建設的かつ安定的な関係」の構築で一致しました。習近平からすれば、高市首相を警戒しつつも穏当な態度で接したわけですが、その直後、高市首相がAPEC首脳会議に台湾代表として参加した林信義氏と会談した様子をSNSにアップしたことを受けて、まずは一度「カチン」ときた。それから一週間も経たずに例の国会答弁なので、「全面闘争」に舵を切らざるを得ないと判断したと考えられます。</p>

<p>さらに大きな視点から見ると、中国の歴史観や世界観からすれば、日本が台湾と接近して仲良くすること自体が生理的にも理念的にも許せないのでしょう。中国共産党にとって、台湾統一とは理屈ではありません。結党以来の夢であり、ドグマであり、成し遂げなければいけない命題です。そう考えたとき、先の大戦で「罪」を犯した日本が台湾問題に首をつっこむのは、モラルとして「レッドライン」を越えたという判断になる。日本からすれば軍事行動を起こしたわけではないし、どこに中国が考えるレッドラインがあるかは判然としませんが、いずれにせよ習近平は台湾問題を、政治利害を超えたメンツや道徳の問題として捉える傾向が強い。</p>

<p>【岡本】私は習近平国家主席を、近年の中国において最も「中国史の正統」を体現する指導者として位置づけています。彼ほどイデオロギーに忠実で皇帝のように振る舞う人物は毛沢東以来で、この点については『習近平研究』（東京大学出版会）を上梓されている鈴木隆先生（大東文化大学東洋研究所教授）の優れた研究がありますが、そんな習近平が最も執着するのが台湾です。彼はかつて台湾との窓口となる福建省厦門市の副市長を務めたほか、琉球（沖縄）との窓口で台湾とも関わりの深い福州市のトップを務めていましたから、特別な感情があるのかもしれません。</p>

<p>習近平からすれば、その台湾に接近しようとしているのが日本ですが、そもそも中国は日本に対して十九世紀の日清戦争で敗れたことも含めて、歴史的な恨みを積み重ねていますから、原則として厳しいスタンスをとります。しかも今回、高市首相は「核心的利益の核心」である台湾の問題に言及した。戦後の中国知識人が抱き続けてきた「一つの中国」を明確に脅かす相手がいると認識すれば、彼らからすれば強硬な手段で対抗するのは当然です。しかも中国は、いまや軍事的にも経済的にも大国ですから、日本に対してまさに公然とハラスメントを繰り返しているわけです。</p>

<p>また厄介なのは、いまの中国では官僚や軍の高官が習近平の顔色を窺い、忖度する体制が構築されていることです。ですから昨今、「戦狼外交」という言葉が使われるように、周辺の国や地域と摩擦する局面が多くなっている。今回の事象にしても、薛剣駐大阪総領事がSNSに「汚い首は斬ってやる」という内容を投稿したことが導火線になりましたが、おそらくは習近平から具体的な指示を受けた言動ではなく、勝手に習近平に忖度した結果の「勇み足」だったでしょう。すぐ投稿を消していますから、本人も「やりすぎた」と思っているかもしれません。私は以前に薛総領事と話したことがありますが、少なくとも今回の振る舞いのような過激な人間という印象は受けませんでした。</p>

<p>【野嶋】薛総領事自身は日本語にもある程度通じているかもしれませんが、あの投稿は日本語としてはやや不自然で、私は彼が中国語の伝統でもある大げさな四字熟語を、ＡＩで翻訳してそのまま発信したのではないか、と感じました。本国と相談して練られた文章ではないと思われますが、最近の中国の当局者は品がありません。</p>

<p>【岡本】その後の12月6日に起きた中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射も、習近平自身は明確な指示を出しておらずとも、皆が彼の方向ばかりを見ながら行動する組織の不健全さが招いた事件のような気がします。その行動がはたしてどのような影響を及ぼすかについては、深く考えられていないでしょう。</p>

<p>一方の習近平としても、官僚や軍が何かやりすぎたケースがあっても、それを咎めたり処罰したりすれば、今度は「弱腰の指導者」として共産党内での自分の求心力が失われかねません。この構造が「戦狼外交」を生んでいるわけで、習近平もそれを利用し、あわよくば東アジアの現状地図の改変に結びつけようと目論んでいるのではないでしょうか。</p>

<p>【野嶋】私は高圧的な中国の官僚の振る舞いを「王毅モデル」と呼んでいるんです。王毅外相はまさに、対外的に強硬でとんでもない発言を繰り返すことで習近平の歓心を買い、いまの地位まで上り詰めました。彼の「成功体験」を見て、「俺も一発かまして出世しよう」と考える官僚や軍人がいても不思議はありません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本は「永遠の大患」</h2>

<p>【岡本】私が今回の中国側の対応で象徴的だと感じたのが、2025年11月19日、中国共産党機関紙である人民日報系『環球時報』が、沖縄県を設置した明治政府による1879年の「琉球処分」について、「日本軍が琉球併合を強行した」とする記事を掲載したことでした。彼らは現在の日中間に存在する問題について、いずれも十九世紀の歴史に起因していると理解しています。だからこそ、沖縄の地位はいまなお未確定であると言い続けているし、台湾問題についても、もとはといえば1874年の「台湾出兵」で日本が台湾の地に「土足で踏み込んできた」ことから始まったと認識しています。</p>

<p>【野嶋】非常に重要なご指摘です。日本と清国は1871年9月に日清修好条規を締結し、表向きは手を取り合って西洋列強の脅威に対抗することを確認しました。ところがその3年後に日本は台湾に出兵したわけで、清国側には「裏切られた」という失望感が広がった。台湾出兵とは1871年12月、遭難して台湾に流れ着いた宮古島民が原住民に殺害された事件を受けて、日本政府から抗議を受けた清国政府が「化外の民」（統治の及ばない民）と返答したことが契機でしたが、いずれにせよその後日清両政府間で行なわれた交渉で、沖縄は日本、台湾は清国のものとして切り分けられました。</p>

<p>しかし清国は沖縄も台湾も自分たちの縄張りだと思っていましたから、「沖縄を奪われた」というルサンチマンを抱きました。しかもその後、1894年からの日清戦争で敗れたことで、今度は台湾までも日本への割譲を余儀なくされた。中国の「近代史の屈辱」といえばアヘン戦争での敗北などが挙げられますが、もう半分は列強ではなく日本によってもたらされたものなのです。とくに中国にとって、日本は近代以前には見下していた存在でしたから余計に腹立たしく感じたことでしょう。こうした歴史が習近平政権の対日観や対日政策の背景にあるので、問題の根は深く、民族感情にまで関わります。</p>

<p>【岡本】中国ではそれらの出来事が、当時から現在に至るまで150年にわたり、屈辱の歴史として連綿と語り継がれています。現在の一般庶民がどこまで理解しているかはわかりませんが、少なくとも知識人エリートは歴史をインプットすることは当たり前で、そこから彼らなりのロジックがつくられて政策が考えられる。</p>

<p>中国と比較すると、日本人・日本政府はあまりにも歴史を知らなさすぎます。沖縄といえば基地問題ばかりがフォーカスされ、台湾については「親日」の側面がことさら強調されたり、旅行やグルメの情報ばかり語られたりする。それもたしかに一面ではあるのですが、歴史をふまえて行動を規定する中国と対峙しようとするならば、率直に申し上げてお話になりません。沖縄や台湾にどのような歴史的背景があるかを知るのは当然として、その歴史をふまえて中国は何を考え、どのようなアクションをとりうるのかを検討しなければいけないはずです。</p>

<p>【野嶋】戦前に『帝国主義下の台湾』（1929年、岩波書店）などを著した矢内原忠雄（東京大学総長などを歴任）は、台湾を「日本と中国のあいだにある、いつでも燃え盛る火」と評しています。さらにさかのぼると大隈重信は「大陸の中国と台湾をどう切り分けるかで、東アジアの未来は決まる」と述べている。このように日本でも、台湾領有の前後から第2次世界大戦に至るまでのあいだは、東アジアにおける台湾の重要性はある程度認識されていました。しかし、敗戦と戦後の日中国交正常化という二重の忘却のメカニズムが生まれたことで、李登輝総統が登場したあとの1990年代までは台湾の存在や意味合いについてまったく語られなくなりました。</p>

<p>私がいま懸念しているのは、今回の中国の横暴についても、不動産バブルの崩壊や地方政府の巨額債務など中国経済の停滞という国内問題から目を逸らすため、高市政権を叩くことで団結を図ろうとしている、などとする分析が語られていることです。とくに欧米の識者がそうした見方をしているように感じますが、習近平にとって経済問題は二次的、三次的な問題にすぎません。経済が落ち込んでローンを返せない中国人が出てくるくらいならば、究極的に言えば彼にとっては大きな問題ではない。重きを置くのは、あくまでも中国共産党の正統性の堅持であり、だからこそ「核心的利益の核心」と位置づける台湾は絶対に譲れないと考えているのです。</p>

<p>冒頭でもお話ししましたが、今回の行動の本質はあくまでも習近平が怒ったという話で、国内の不満を解消するといった戦略的なものではないでしょう。だからこそ厄介とも言えるのですが、ともあれ国際政治の文脈から中国共産党の動きには合理的で複合的な背景があるなどと判断することは、実際の中国の意図や行動原理からズレており、かえって誤解を生みかねません。</p>

<p>【岡本】おっしゃるとおりで、「経済が落ち込んでいるから国外的な問題に活路を見出した」などという短期的な問題として今回の行動を理解されてしまうと、中国史を研究してきた立場としても甚だ不本意です。それこそ李鴻章は台湾出兵の際、中国にとって日本は「永遠の大患」と評しましたが、さかのぼれば16世紀・倭寇の時代から中国ではそう考えられている。中国人からすれば、欧米がどれだけ脅威だとしても地理的には遠い存在です。それよりも、地政学的に身近な日本のほうが大きな患いになりうる。そう考えればこそ、李鴻章はかつて北洋艦隊を建設したのです。</p>

<p>近年、中国は韓国やオーストラリアに対しても「戦狼外交」を繰り広げており、今回の日本への対応もそれに類するものとして位置づける見方もあります。たしかに経済カードを切って脅しをかけるという点では共通していますが、日本と韓国やオーストラリアでは、地政学的にも歴史的にも置かれている立場が違います。日本では従来しばしば、「欧米も同じ行動をしているのに、日本だけこれだけ中国に目の敵にされるのは釈然としない」と語られますが、中国にとっての位置づけが異なるのですから当然です。そもそも、国際社会のなかで皆が対等な立場だとする考えはあまりに理想主義的でナイーヴでしょう。中国にとっては、隣国のなかで日本が最も「不届き者」なのです。</p>

<p>【野嶋】自分たちよりも先に近代化したことも含め、日本は中国に不快感を与える存在でしょうね。</p>

<p>【岡本】裏を返せば、日本は中国にそうして敵視されているうちが華という見方もできます。もしも何も言われなくなれば、中国はいよいよ日本のことを属国的な存在として見下し始めていると考えたほうがいい。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡本隆司（早稲田大学教授）,野嶋剛（ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>現役医師が考える 「地域医療」の持続可能性　病院の赤字は悪いことなのか  日下伸明 （株式会社FLOCAL代表取締役）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13874</link>
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			<description><![CDATA[人口減少のなかで、地域医療はいかに持続できるか。現役医師であり、株式会社FLOCAL代表取締役の日下伸明氏が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="病院" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_byouin.jpg" width="1200" /></p>

<p>人口減少のなかで、地域医療はいかに持続できるか。多拠点の地方で勤務しながら、現場のあらゆる課題解決に取り組む現役医師の日下伸明氏に話を聞いた。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より加筆・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「人、モノ、金、情報」が足りない</h2>

<p>――日下さんは現役の医師として診療経験を重ねるかたわら、2024年、地域医療に対して新たな価値を提供することをめざしてFLOCALを起ち上げ、現場の課題解決をサポートしています。とくに地方の医療課題について、現場でどのように実感されていますか。</p>

<p>【日下】医療分野にかかわらず、経営資源を構成する要素として「人、モノ、金、情報」が挙げられますが、地方の病院ではこのどれもが不足しています。</p>

<p>人手不足については、居住環境が大きく影響しているでしょう。たとえば、若いうちに「田舎に行こう」と思い立って移住しても、娯楽がなくて寂しい思いをしてしまったり、子どもが生まれるとベビーシッターを探すのにも苦労してしまったり、その後の教育環境が懸念材料となったり。生活の利便性を考慮すると、病院についても地方の場合は勤務先として選ばれにくいのが現実でしょう。</p>

<p>じつのところ、一人前になるまでの過程で、地方の基幹病院で研修するのは素晴らしいことだと私は考えていますが、一方で都市部の病院で経験を積むことを求める人もいて、もちろんそうした選択自体は否定できません。</p>

<p>さらに言うと、最近の若い人はキャリアの多様性を重視する傾向がありますが、医療職はそもそも専門性が高く、ある意味では多様なキャリアを積みにくい業界です。それに加えて地方で働くということになれば、どうしても制限が増えるので、医療人材が偏在してしまうのは無理もありません。</p>

<p>「モノ」について言えば、地方の病院は往々にして設備投資が難しく、施設が老朽化したり検査機器などの改修が追いつかなかったりしています。医療器具は高額なのでできるだけ安く仕入れたいところですが、病院や自治体によっては業者と交渉するノウハウに乏しいこともあります。</p>

<p>DXの遅れも指摘されますが、それにしてもお金がかかる。また、職員も高齢化していて、「電子カルテ」に変えたとしても扱いに慣れず逆に時間がかかってしまうことがあるし、患者の質問にAIが回答してくれるシステムを導入しても、結局は看護師が患者と直接話したほうが早いケースも珍しくない。</p>

<p>このように環境を変えにくい状況があるため、なかなかDXに踏み切れない病院も多いのです。マイナ保険証の導入のように、国の強制力があれば広まるのですが、そうでない以上は簡単ではありません。</p>

<p>三つ目の「金」に関しては、国自体が高齢化に伴い医療費を抱えられなくなっているいま、地方自治体も同じ状況です。公立病院の赤字はかねてより問題視されていますが、とはいえ地方の病院は都会に比べて患者の数が少ないので、構造的に収益を上げにくい。さらに救急科や小児科、産婦人科はさらに患者が限定されるので、より採算がとりにくい。なかには赤字を減らしたいがため、それらの診療科を閉じてしまうことがありますが、本来の公立病院の役割は民間病院が収支的に難しい医療を提供することのはずでしょう。</p>

<p>以上の三つに加えて、地方の病院には「情報」も不足しています。自治体や病院同士の連携が不十分で、隣の病院が何をやっているかが意外と知られていなかったりする。学会などの場では医療従事者同士で情報交換できますが、地方の病院に勤める医師にとっては、その機会さえ限られています。学会が開かれる病院は中心的な地方都市であり、たとえばアクセスの悪い山間部や離島の病院の医師が交通費や時間をかけて、しかも病院を空けて赴くかと言えば難しいでしょう。</p>

<p>もう一つ、公立病院では十分な引き継ぎが難しいことも問題として浮上しています。3年で職員が変わってしまい、しかも4月1日の転勤の辞令が出るのが3月20日ということもある。これでは現場として引き継げることは限られてしまいますよね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地域枠入学制度の課題と展望</h2>

<p>――地方の医師不足を助ける制度として、医学部の地域枠入学制度が2008年に始まりました。該当都道府県内で大学卒業から9年間以上従事するという要件を課しています。</p>

<p>【日下】私個人としては、一定の効果があると評価しています。大学卒業後の9年間、その地域に残ってもらうことは「医療過疎」を救う一助になるでしょう。問題点は、大学卒業後の9年間を働き続けてもらうための取り組みが、大学ごとにかなり異なるため、必ずしも全都道府県で機能しているとは言えないことです。</p>

<p>個人的に疑問に感じるのが、縁もゆかりもない土地の大学に、入りやすさや金銭的理由などで地域枠入学制度で入ったとして、ルーツのないその地域にどこまで定着できるものでしょうか。「一度決めたことなんだから、その地域に居続けることは当たり前じゃないか」という議論もあるかもしれません。</p>

<p>でも実際に、その決断をするのは高校卒業の18歳ごろのことですよね。そのときの選択で、その先の大学卒業後9年間までのキャリアを決めるというのは、かなり難しいことではないでしょうか。</p>

<p>大学には地域枠入学制度について入学前にきちんと説明したり、地域医療体験などの工夫を行なってもらい、さらに入学した人たちが「この地域に居続けたい」と思えるような取り組みをして、卒業後もキャリア相談や結婚出産などの相談や支援を行なうなどの工夫が必要でしょう。たとえば大学生活を大学のなかだけで過ごすのではなく、他職種や飲食店との交流を促すなど地域に愛着をもってもらうことも意外と効果的かもしれません。</p>

<p>地域枠入学制度は2008年に本格化し始めたので、医学部の6年間、そしてその後地域の病院で9年間働くということは、2023年にようやく最初の義務年限を終えた人たちが出てきたことになります。効果があるか否かについては、これから本格的に検証できるでしょう。いずれにしても、内発的にその地域で働いてもらう発想が求められるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「赤字だから悪い」とは言えない</h2>

<p>――公立病院が多くの赤字を抱えているなかで、厚生労働省としても「病床数適正化支援事業」などさまざまな支援に取り組んでいます。「病院の赤字」について、現場ではどのように認識されているのでしょうか。</p>

<p>【日下】そもそも診療報酬にも課題がある前提として、赤字を抱える病院が十分に経営努力しているのか、改善の余地がある場合が多いのではないか、と感じています。たとえばよくあるのが、地域のサイズに合わない病院運営をして、その地域の人口が少ないにもかかわらず、複数の医療機関で急性期医療（病気の発症から回復期や亜急性期に移行するまでの期間における医療）を拡大してしまうこと。</p>

<p>また、「患者が来るのを待つもの」というスタンスで、病院に来てもらうための広報活動が足りないケースも見受けられます。病院からもっと積極的に自分の病院の使い方を伝えるようなアプローチがあっても良いのではないでしょうか。</p>

<p>人材配置の難しさもあります。看護師は看護配置基準によって、入院患者13人に対して1人以上、10人に対して1人以上などと決められていますが、「できるだけ減らせばよい」というものではありません。また、公立病院の職員は自治体に準じた年功序列の給与制度であることも、人件費率の高さに影響しています。</p>

<p>ただ先ほども述べたとおり、公立病院の役割は公益性の担保のはずで、営利企業や民間病院では手を出しにくい分野を受け持っている結果、赤字になっていることもあるでしょう。満床近くで運営して、人件費をギリギリまで削ったとしても、赤字が消えないこともある。こうした議論を突き詰めると、「赤字病院が悪くて、黒字病院が正しいのか？」という疑問にたどり着きます。</p>

<p>少なくとも私は、経営状況だけで病院の機能を見ることは正しくないと考えています。もしも病院が、自分たちが生き残るためだけの戦略をとるならば、入院が長引きそうな患者を「断る」選択につながるでしょう。でもそれでは、地域に本当に必要な医療が担保されないですよね。</p>

<p>とはいえ、もちろん病院の赤字が続いて、結果として地域に必要なはずなのに不採算部門になりやすい診療科を閉じることになってもいけませんから、その塩梅が難しいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「どのように集約するのか」が重要</h2>

<p>――地方の場合、病院へのアクセスが障壁となっている側面はないでしょうか。医療機能をふくめて、町をコンパクトにしていこうという国の計画もあります。</p>

<p>【日下】地域の公立病院の赤字の問題に対しては、「医療機能を集約して対処すべき」とよく言われます。たしかに、リソースが分散していると効率やパワーが落ちますから、ある程度の集約は必要でしょう。Ａ病院とＢ病院で同じ循環器科の先生がいたとして、それぞれの病院で2人ずつが疲弊しながら診療していたのが、一つの病院となって4人で余裕のあるシフトを回しながら診療できたら現場の負担を減らせます。</p>

<p>しかし問題は、「どのように集約するか」を十分に考えないと、必要な機能が担保されなくなってしまうことです。Ａ病院に循環器科のリソースをすべて移したとき、それまでＢ病院で診てもらっていた患者の対応にも考慮を要します。</p>

<p>現在、一つの理想論として、機能ごとに医療の拠点をわけることが考えられています。たとえば、重篤な疾患への医療機能を一箇所に集めたうえで、その治療が終わったあとのリハビリや地域包括ケアについては別の箇所で行なうというもの。この場合、各拠点のあいだで患者の情報が正確に管理・伝達されるというのが、集約化の前提となります。</p>

<p>とはいえ、医療リソースの集約は、現場としては簡単ではありません。病院ごとに構造が異なりますから、「なんで一緒にならなければいけないんだ」という感情にもなりやすい。</p>

<p>また各地の病院を支援していて感じるのが、もしも集約を進めるならば、自治体や病院の歴史的背景も大きく影響するということ。長い歴史のなかで、もともと関係がよくない自治体同士もありますよね。あるいは地理的にも、患者にとってそれまでより1時間以上病院が遠くなるなどの事例にどう向き合うかも課題です。</p>

<p>また、高齢化のなかで、急性期医療から地域包括ケアに力を入れていく病院も少なくないのですが、それまで急性期医療に従事してきた医師がすぐに回復期医療を担当できるかと言えば、それはやはり難しい。</p>

<p>さらに言えば、医療専門職は一般的に専門性が高い職業なので、「この仕事をやめて新たな働き方をしてください」ということも難しい。そこで必要になるのは、医療者たちの仕事を調整する「ファシリテーター」のような役割の人間です。</p>

<p>しばしば「人口何万人以下の自治体同士は病院を一つにすべき」「黒字の自治体に集まればいい」などと言われますが、そんなに単純な話ではありません。そして、あまり論じられていないのが「統廃合した病院の結果」です。実際に調査すると、「それまで上手くいっていない」病院同士が合併するので、相当工夫して病院機能や運営の中身を検討しないといけない。残念ながら結局のところ実態が変わっていない事例は珍しくありません。</p>

<p>――そのほかにも地域医療をめぐる課題はありますか。</p>

<p>【日下】医療従事者以外への情報提供が足りていないように思います。たとえば地域の住民が「自分たちの町にも救急科や小児科、産婦人科が必要だ」と訴えたとき、その自治体の首長は次の選挙に勝とうとして「病院を建てよう」と言い出すことがあります。でも、病院を建てれば地域財政は逼迫しますから、はたしてどれだけ優先するべきなのか。住民に対して医療に関するさまざまな学びの機会を提供したうえで、自治体にとって何が適切な意思決定なのか、議論されるべきでしょう。</p>

<p>医療従事者へのキャリア支援にも、改善の余地があります。じつは、医療職はほかの仕事に比べて、組織のニーズと個人のニーズが合致しにくい特徴があります。たとえば、「将来在宅医療に関わりたくて患者さんのケアを学びたいけど、人手不足の手術室での勤務を強いられている」という場面があり得ます。</p>

<p>また一般企業であれば一対一の面談や希望の働き方を尊重する工夫などを通して社員のキャリアを支援すると思いますが、そうした手法は医療の世界ではそれほど浸透していません。医療従事者に対するキャリア支援を、業界として真剣に考えなくてはいけない時期に来ているのではないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>持続可能な地域医療に向けて</h2>

<p>――日下さんを含む現役医師3人は株式会社FLOCALを起ち上げ、現場に医師として入りながら、経営支援を行なっています。ここまでお話しいただいた医療業界の課題に直面したことが、会社を立ち上げた背景にあるのでしょうか。</p>

<p>【日下】3人とも地域の医療現場を経験するなかで「これでは日本の医療がよくなっていかない」というもどかしさを感じていたんです。とくに痛感したのが、問題を解決する際にはハード面だけでは決して変わらないということ。</p>

<p>たとえば、現場で人が足りないからといって派遣で人材を補充したり、「何床まで埋めよう」などの数合わせのアドバイスをしたりするだけでは、根本的な問題の解決につながらないのです。ソフト面での丁寧な改善意識が重要ではないか、という問題意識を抱きました。</p>

<p>また、どうしたら人材が地域に定着するのかを考えたとき、たしかに待遇面も重要ですが、定着する人には「ふるさと意識」がある、ということに気がつきました。結局のところ、「この地域に貢献したい」「相性がいい」と思っている人たちが残る事例を多く見受けました。そうした気持ちを思い出したり抱いてもらったりするために何かできることがあるのではないか、と思いました。</p>

<p>また、医療について学んだことのない医療従事者ではない人が病院の経営を改善しようとしても、見えない部分がたくさんあります。一方で、医療従事者であるわれわれであれば、広報や経営の専門家と連携しながら、「外からの風」を適切に取り入れてもらうことができるのではないか。FLOCALの「F」は、「ふるさと」の頭文字と、流れを意味する「FLOW」の頭文字から来ています。</p>

<p>――FLOCALには首長や病院経営者からよく声がかかるとのことですが、どのような点を評価されていると思われますか。</p>

<p>【日下】病院をサポートしていて感じるのは、首長や病院経営者などのリーダーたちも、じつは孤独を感じている、ということ。そこに対して、医療の視点に加えて経営や地域全体への視点などをもったわれわれが、リーダーに伴走している点を評価いただいているように感じています。</p>

<p>具体的には、「病床を何割にしたい」などと決めた際に、「同時に、現場を見てみると、ここの業務改善も必須ではないですか」などの現場目線をふまえた改善点を院長に伝えるなど、対話を促進しています。</p>

<p>また、その土地の人間ではないからこそわかる地域の良さも、広報戦略に活かすようにしています。地域に住んでいる人は「（うちの町には）何もないよ」と言いがちですが、土地の魅力は意外と外の人のほうが気づくこともあるのです。</p>

<p>そのほかの取り組みとしては、病院と地域をもっとつなげようと、「病院祭り」を開催した病院もあります。たとえば昨年（2025年）11月には、千葉県鴨川市の鴨川市立国保病院にて、第二回「鴨国病院祭」を開催しました。病院長はもちろん、首長や議員、市の職員、さらに市民や子どもたちが参加して、健康講話のほか、スタンプラリーなどで交流しました。地域と医療のつながりを深められたのではないかと思っています。</p>

<p>――将来的に、日本の地域医療はどのようになっていくことが望ましいでしょうか。</p>

<p>【日下】人口が減少するなかで、すべての地域が盛り上がっていく、ということはどうしても想定しにくいでしょう。それよりも、いかに持続可能な体制をつくれるかが大事だと思っています。その際、医療機関が突然閉院しないような医療体制を整えるのも重要ですが、それ以上に公立病院を抱える自治体としての方針、そして居住環境や教育環境などが連関すると思っています。</p>

<p>医療では、「アドバンスケアプランニング」という概念があります。これは、もしものときのために、自分が望む医療やケアについて前もって家族や医療・ケアチームなどと繰り返し話し合う取り組みのことです。つまりは「残りの時間をどう生きていたいか」を考えることで、「抗がん剤を使って、人工呼吸器もつけて、できるだけ延命したい」という人もいれば、「ここまでもう頑張ったから静かに過ごしたい」という人もいます。</p>

<p>この考え方は、「消滅可能性自治体」と指摘される地方にも応用できるのではないでしょうか。地域について客観的なデータを現実的に判断し理解していただくことに加えて、「皆が何を望んでいるのか」を対話しながら、地域や医療体制をつくることも重要な視点ではないかと思います。</p>

<p>また、世の中には「病気でないこと」が正義であるかのような考え方がありますが、物差しは一つではありません。たとえば、「タバコを吸っていて肺がんになったけれど、タバコは生きがいだよ」と幸せに生きている人もいるわけです。それと同様に、地域の人びととの対話を通じて、一つの尺度ではなく「全体的な幸せ」を見つけること。それが持続可能かつ幸せに生きられる日本社会への第一歩ではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_byouin.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 09 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[日下伸明 （株式会社FLOCAL代表取締役）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「成長産業に女性が少ない」 違和感から始まったドローン業界への挑戦  井口恵（株式会社Kanatta代表取締役社長）　</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13696</link>
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			<description><![CDATA[成長産業であるドローン・宇宙業界で女性の挑戦を後押しする株式会社Kanatta代表・井口恵さん。起業の背景やコミュニティを通じて描く未来に迫る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="井口恵" height="947" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260131Iguchimegumi02.jpg" width="1200" /></p>

<p>成長産業として注目を集めるドローン業界や宇宙業界において、女性たちの挑戦を力強く後押ししている株式会社Kanatta代表取締役社長・井口恵さん。起業に至った背景や、コミュニティづくりを通じて思い描く未来について、井口さんに話を伺った。</p>

<p>（写真：吉田和本　取材・文：Voice編集部（田口佳歩））</p>

<p>※本稿は『Voice』（2026年3月号）「令和の撫子」より抜粋、編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>成長産業にもっと女性たちの力を</h2>

<p>ドローン業界や宇宙業界で、女性向けのコミュニティ「ドローンジョプラス」「コスモ女子」を運営するほか、エンジニアのマッチングサービスを手がける、株式会社Kanatta代表取締役社長の井口恵さん。コミュニティでは、業界で活躍する講師による勉強会やイベントを開催。参加者が各業界に就職する事例も増えている。また2024年には、「コスモ女子」に所属するメンバーが、未経験ながら人工衛星の打ち上げに成功したことも話題を呼んだ。</p>

<p>起業の背景には、会社員時代に抱いた問題意識があった。</p>

<p>「最初は公認会計士として、深夜までハードに働いていました。しかし30代、40代になって家庭をもってからも同様の働き方を続けるのは難しいと感じ、ファッション業界に転職しました。働きやすくなった一方で、女性社員が8割を占めるのに対して、役員は男性ばかり。起業して、ジェンダーギャップの解消をめざしたいと思いました」（井口さん）</p>

<p>ちょうどそのころ、首相官邸の屋上でドローンが見つかるという事件（2015年4月）が発生した。これをきっかけに井口さんはドローンに興味をもち、ドローンが成長分野である一方、男性ばかりの業界であることも同時に知った。歪な構造を変えようと、初心者向けの勉強会などを行なう女性限定のコミュニティを設立。しかし、ドローンやドローン活用も進む宇宙産業について一から学ぶのは簡単なことではなかった。</p>

<p>「ある教授に『こんなことも知らないのか』と怒られたこともあります（苦笑）。でもそれ以上に、『成長産業に女性が少ないのはもったいない』という強い思いでここまでやってきました」（同）</p>

<p>最後に目標を聞くと、明確な答えが返ってきた。</p>

<p>「『仲間と一緒にステージアップし続ける』という目標があります。それを通して、誰かのロールモデルになれたらとても嬉しいですね」（同）</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【井口恵（いぐち・めぐみ）】<br />
2010年横浜国立大学経営学部卒。監査法人やファッション業界での経験を経て、2016年に株式会社Kanattaを創業。「ジェンダー平等の実現に貢献する」ことをミッションに、男性主体のドローン業界および宇宙業界で、「ドローンジョプラス」「コスモ女子」の2つの女性コミュニティを運営し、女性の活躍の場を提供している。FORBES JAPAN WOMEN AWARD 2024でパイオニア賞を受賞。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260131Iguchimegumi01.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[井口恵（株式会社Kanatta代表取締役社長）　]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>依存とは「意志の弱さ」ではない  松本俊彦（国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13839</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013839</guid>
			<description><![CDATA[「ゾンビたばこ」のニュースが喧伝される一方でメディアが報じない、最も深刻な若者の薬物依存症とは？ 専門医が語る最新動向、「病的な水準に置かれた人を頭ごなしに叱る誤り」について。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="757" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/matsumototoshihiko.jpg" width="1200" /></p>

<p>「ゾンビたばこ」のニュースが喧伝される一方でメディアが報じない、最も深刻な若者の薬物依存症とは？ 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長の松本俊彦氏に話を聞いた。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>麻薬撲滅に隠された米国のダブルスタンダード</h2>

<p>――2026年1月、米国のトランプ大統領が南米ベネズエラに対して大規模な軍事攻撃を行ないました。理由の1つに、麻薬撲滅が挙げられています。どうご覧になっていますか。</p>

<p>【松本】薬物依存の問題を考える際に、かつての帝国主義が世界にもたらした傷痕を忘れてはいけないでしょう。南米の人びとが依存症や麻薬ビジネスに関与する現状について、元をたどればアングロ・サクソンの植民地政策に根があります。</p>

<p>大麻はもともと中央アジア～北アフリカで使われていたものが、奴隷貿易の時代にアフリカから中南米へ持ち込まれ、サトウキビ畑で働く労働者が疲れを癒すために使うようになったものです。</p>

<p>宗主国側も、奴隷がよく働くように使用を認め、その後、中南米で嗜好品として文化に根付きました。</p>

<p>ちなみに、コロンブスの往来を契機として、もともと新大陸の先住民族の風習であったたばこがヨーロッパ社会に持ち込まれた際、コカインも一緒に持ち込まれたのです。</p>

<p>ところが、たばこがたちまちヨーロッパ全域、さらにはアジア全域にまで広がったのに対し、少なくとも統治期の時点ではコカインは不人気で、ほとんど広まりませんでした。依存性という点では、コカインよりもたばこのほうが勝っていたのでしょう。</p>

<p>さらに、サトウキビをはじめバナナ、コーヒー豆など国ごとに単一の産品をプランテーション（大農園）の畑でつくらせることで、中南米にモノカルチャー経済が浸透してしまい、多様な産業振興を阻んできた側面もあります。結局、若者たちは生活するためにはコカインの密売をするしか手がなかったのです。</p>

<p>そして、中南米で生産されたコカインの8～9割は、米国内で消費されています。</p>

<p>米国がコカインに対する厳罰政策をやればやるほど、末端価格は上昇し、密造・密売組織が儲かる仕組みです。それで、ますます中南米の人たちはコカインビジネスから離れることができなくなってきたわけです。</p>

<p>トランプ政権がこうした点に背を向けるのは、結局のところ、自分たちの文化に根を張った習慣は認めるけれども、他の文化は認めない、というキリスト教的自文化中心主義が背景にあるわけです。</p>

<p>麻薬撲滅という一見、説得力をもつスローガンの背景に、帝国主義・植民地時代から現代へ至る人種差別と分断が隠されている点は見逃せません。</p>

<p>嗜好品への迫害は歴史上、差別や排外主義と結びつきやすい。たとえば米国におけるコカインの生涯使用経験率を見ると、有色人種と白人のあいだに大きな違いはありません。ところが、刑務所に収監されている使用者の率は圧倒的に有色人種が高い。</p>

<p>――なぜでしょうか。</p>

<p>【松本】理由は2つあります。1つ目は、白人に比べて有色人種が警官の職務質問を受けやすいこと。2つ目は、量刑による差別です。発端は1986年、麻薬撲滅を目的に制定された反麻薬乱用法にあります。</p>

<p>同じコカインでも、白人が吸うパウダー（粉末状）コカインより安く効き目があり、有色人種が嗜好するクラック（結晶状）コカインにはるかに厳しい量刑が科せられたのです。</p>

<p>国内で有色人種への差別や迫害を放置しながら、国外には麻薬撲滅という美辞麗句を発信するトランプ大統領の姿勢は、したがって米国のダブルスタンダードといわざるをえません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ゾンビたばこ」を喧伝する不自然さ</h2>

<p>――他方で日本に目を転じると最近、若者が「ゾンビたばこ」に依存している、という報道があります。いったい何のことでしょうか。</p>

<p>【松本】ゾンビたばこと呼ばれるものの実体はエトミデート、麻酔薬の一種です。沖縄で問題になって東京に上陸した、という話は私も聞くものの、現時点までのところ、薬物依存症の外来では1人もゾンビたばこの患者に会ったことがありません。</p>

<p>――えっ？</p>

<p>【松本】実際に使用した、という例にもお目にかかったことがない。じつに不思議な現象で、実際のところ、ゾンビたばこの依存症はさほど大きな規模ではないのではないか、と私は見ています。</p>

<p>理由は、危険すぎるから。漂白剤の依存症患者がいないのと同じで、通常のたばことはまったく別物なのです。</p>

<p>むしろ若者たちのあいだで蔓延し、深刻な健康被害を引き起こしているのは、誰が何といおうと、後述するように、圧倒的に市販薬です。</p>

<p>同じように、大麻依存症の患者も増えていません。マスメディアでは近年、若者たちのあいだで大麻乱用が蔓延しているとさかんに報じています。実際、大麻による逮捕者も急激に増加しています。しかし、それに見合った大麻依存症患者の増加は見られていないのです。</p>

<p>おそらく大麻に手を出す人は増えていて、それで逮捕される人も増加しているのでしょうが、依存症になる人は多くはないのだろうと思います。その意味で、そこまで厳しく罰し、ただでさえ少子化が進むなか、若者たちを「前科者」にする必要があるのだろうか、と思うことがあります。</p>

<p>ともあれ、ゾンビたばこに関する報道は、薬物依存症の臨床現場からすると現実と乖離していて、何かことさらに煽る意図があるのだろうかと訝く思います。</p>

<p>――不自然ですね。</p>

<p>【松本】昔から悪玉とされるコカイン、大麻、オピノイド（阿片類）は現在「依存症のリトル3」と呼ぶべきもので、覚醒剤依存の患者も激減している。</p>

<p>やや穿った考え方かもしれませんが、ゾンビたばこや危険ドラッグの例を針小棒大に報じるのは、他の本質的な問題から目を逸らさせるためではないか、と私は見ています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>市販薬への依存という深刻な問題</h2>

<p>――本質的な問題とは、いったい何でしょう。</p>

<p>【松本】感冒薬（風邪薬）や鎮咳薬（咳どめ薬）、睡眠薬など市販薬のオーバードーズ（過剰摂取）です。</p>

<p>2000年代以降、精神科の医療機関が国内で増えると、薬物依存はたんなる犯罪ではなく「病」である、という認識が生まれはじめました。</p>

<p>依存症の歴史を見ると、当初は意思の欠如あるいは犯罪の問題として捉えられてきました。アルコール依存を例に取ると、たとえば1920年代の米国は、アルコールを犯罪と見なして禁酒法を制定しました。</p>

<p>しかし取り締まりを厳しくするほど闇価格は上がり、ギャングのアル・カポネが台頭するなど、密造酒の販売業者が潤ってしまった。</p>

<p>1980年代後半に旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長が行なった反アルコール・キャンペーンも同じく密造酒の横行を生み、失敗に終わりました。帝政ロシアが革命で崩壊したきっかけの1つも、1914年に酒の生産・販売を禁じた皇帝令にあるといわれます。</p>

<p>このように、アルコール依存を犯罪として取り締まり、排除しようとしても実効性がないことに気づき、病気として取り扱うことで、ようやく前進を見た経緯があります。</p>

<p>1980年代のキャンペーンCM「覚せい剤やめますか？ それとも人間やめますか？」を契機として、「薬物を使った者はもはや人間ではない」と見る依存症患者への差別と断罪の意識が強まり、薬物依存症患者に対するスティグマ（烙印）は、一般の人びとだけではなく、精神科医療関係者のあいだでも強まっていきました。</p>

<p>しかしその一方で、精神科クリニックの増加や一般の精神疾患に対する啓発活動により、精神科受診に対する心理的抵抗感は減じていきました。</p>

<p>おかげで、多くの国民が精神科治療薬を服用するようになりましたが、その副作用として、精神科処方薬の依存症患者が増加したのです。これは2000年ごろから増加し、2010年ごろにピークを迎えました。</p>

<p>そのころより、精神科医のあいだでも、患者に漫然と与える抗不安薬や睡眠薬が新たな依存症を生んでいるのではないか、という意識が生まれ、依然として事態は軽視できない状況ではあるものの、さらなる悪化はしていない感じではあります。</p>

<p>そして2010年代後半以降、若年層のあいだで劇的に増えたのが市販薬の依存症です。親の扶養下にある未成年者は、保険証を自由に使って薬を入手できない。さらに「捕まらない薬」として、合法であるドラッグストアの市販薬に手を出すようになりました。</p>

<p>背景の1つには、ドラッグストア業界の急成長があります。2025年度の国内売上は9兆円を突破（『ドラッグストア白書2025』より）。アルコールを含めたすべての飲料市場が約8.5兆円（5.3兆円＋3.2兆円）ですから、いかに巨大な規模かがわかります。実際、新規開業店舗数は前年比1000～1500店前後増というすごいペースで増えています。</p>

<p>さらに、政府が推進するセルフメディケーションの政策が、この流れに拍車を掛けています。</p>

<p>セルフメディケーションとは、「自ら健康に責任を持ち、軽い体の不調は自分で手当てをする」（WHO＝世界保健機関による定義）ということを意味しますが、現在わが国ではセルフメディケーション推進議員連盟（セルメ議連）もあり、OTC（Over The Counter、医師の処方箋がなく薬局・ドラッグストアで買える市販薬）を控除するセルフメディケーション税制の対象拡大、恒久化をめざしています。</p>

<p>2025年5月には改正薬機法が参議院本会議で成立し、 コンビニエンスストアでの市販薬販売が可能になりました。さかのぼると2014年、薬事法の改正により一般医薬品（第1類、第2類、第3類）がインターネット、電話で販売可能になりました。</p>

<p>この規制緩和に伴い、乱用リスクの高い市販薬について販売個数の制限が加えられるようになりました。</p>

<p>それにもかかわらず、市販薬の乱用が増えているのはなぜか。単純な話で、ドラッグストアが増えているからです。「1人1箱まで」の薬を複数店回り、購入すればよいわけです。</p>

<p>これだけドラッグストアが増えれば、市販薬の乱用が増えるのはむしろ当然です。とりわけ、女性に多い。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>若年層の自殺は増え続けている</h2>

<p>――なぜ女性に多いのでしょうか。</p>

<p>【松本】男性の場合、ストレスを感じたときや眠れないとき、お酒を飲んで現実を忘れようとする人が大半です。女性のほうがより現実的で、ドラッグストアに行って市販薬を買う、という具体的な選択を取る傾向があります。</p>

<p>また、女性の最大の関心事はなんといっても「ヘルス＆ビューティ」なので、ドラッグストアへの親和性が高い。とくに10代の女性にとって買い求めやすい、比較的安価なコスメ用品がいちばん揃っているのはドラッグストアです。</p>

<p>彼女たちは、そこで容姿のコンプレックスを解決するとともに、市販薬で心理的苦痛を解消しているわけです。</p>

<p>しかし、親からの虐待や級友からのいじめなど、薬では解決できない現実的問題を解決しなければ、その効果は一時的です。市販薬のオーバードーズばかりがエスカレートしていく結果となってしまうわけです。</p>

<p>私たち国立精神・神経医療研究センターが行なった「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」（2024年）では、市販薬の依存症患者の約9割（89％）が女性であり、過去1年以内に自殺・自傷経験のある人が同じく約9割を占めます。</p>

<p>ご存知ない方も多いかもしれませんが、日本の若年層の自殺は増え続けています。世界における10代の自殺者数が減少傾向にあるなか、日本では顕著に増えている。とくに深刻なのは、中学生と高校生の女子です。</p>

<p>自殺の疫学については、世界の多くの国で共通する「ジェンダー・パラドックス」という現象があります。自殺者を既遂者と未遂者に分けると、自殺既遂者は男性が、未遂者は女性が圧倒的に多い。</p>

<p>ところが現在の日本の中学生・高校生はジェンダー・パラドックスが当てはまらず、自殺既遂者・未遂者ともに女性が多いのです。</p>

<p>筑波大学の太刀川弘和教授が、厚生労働省と文部科学省、総務省、経済産業省のマクロ統計データを集計し、10代男女の自殺と相関が高い指標を調べた調査があります。</p>

<p>10代女性の自殺者数と最も高い相関（相関係数0.78、1に近いほど相関が高い）を示したものの1つがOTC医薬品、すなわち市販薬の年間販売額でした。</p>

<p>この調査は、両者の直接的な因果関係を示したものではありません。ただし、自殺リスクの高い10代女性が市販薬を使っている、あるいは、市販薬でつらい気持ちを紛らわせている、という意味では関係があるといえます。</p>

<p>さらにいえば、市販薬のオーバードーズによる酩酊のなかで衝動性が高まり、高所からの飛び降りや縊首に及んでいる現実があります。</p>

<p>いずれにせよ日本の若者たちがいま、過去にないほどの生きづらさを抱え、自殺に追い込まれているのは間違いありません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大人に絶望する子どもたち</h2>

<p>――若者たちの薬物依存に向き合うには、どのような姿勢が求められますか。</p>

<p>【松本】2025年、厚生労働省のキャンペーン動画「OD（オーバードーズ）するよりSD（相談）しよう」が「薬物問題を軽く見ている」として炎上し、削除されました。</p>

<p>2017年以降、学校現場では年に1度、SOSの出し方を学ぶ教育を行なっています。にもかかわらず自殺者が増えているのは、結局のところ子どもが必死で出したSOSを大人の側が受け止めておらず、失望した子どもが自死に至っているから。オーバードーズを告白すれば、停学や退学の恐れもあるわけです。</p>

<p>「正直にいえば怒らない」といって、SOSを出すと罰せられる。二枚舌が社会全体に満ちているのです。</p>

<p>「ODするよりSDしよう」などという能天気なダジャレを考える大人の浅はかさを、子どもたちは完全に見抜いている。大人たちに絶望し、大人に相談するより「薬は裏切らない」と感じてオーバードーズに至るわけです。</p>

<p>信用を失っていることを自覚し、反省して若者と接する態度が求められるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>溺れる者「だから」藁をもつかむ</h2>

<p>――依存は「意思の弱さ」ではないのですね。</p>

<p>【松本】薬物依存症患者さんの多くは、他に頼るものがない人間が「溺れる者は藁をもつかむ」の諺どおり、藁にもすがる思いで最初の薬物使用をしています。</p>

<p>平穏に日常を生きる人からすれば、藁（薬物）などゴミ同然であり、捨て置くべきものです。</p>

<p>しかし周囲に1人も助けがおらず、水に落ちてもがいている状況から見れば、たとえ藁1本でも希望になります。藁を求める欲求が、他の状況に置かれた人と比較にならないほど増幅されているのです。</p>

<p>だからこそ、ひとまず楽になれる唯一の支えとして薬物に手を伸ばしてしまう。これは薬物だけでなく、リストカットでも同じです。</p>

<p>溺れて死にかけ、藁への欲求が数十倍に高まった人が同じ程度、意思の力を高められるのか。人間としては無理、といわざるをえません。</p>

<p>意思ではいかんともし難い、病的な水準に置かれた人に対して「意思を強くもちなさい」「絶対に駄目」と頭ごなしに叱る人は、まず相手の置かれた環境に想像力を発揮していただきたい、と思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/matsumototoshihiko.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[松本俊彦（国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>アベノミクスを超えんとする政策構想　「サナエノミクス」の全容とグランドデザイン  飯田泰之（明治大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13856</link>
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			<description><![CDATA[国内外で起きている経済の大きなフェーズ変化。それに対して、合理的かつ整合的に対応した経済政策パッケージが 「サナエノミクス」 だ。その全容とグランドデザインを解き明かす。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国会議事堂" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kokkaigizidou.jpg" width="1200" /></p>

<p>国内外で起きている経済の大きなフェーズ変化。それに対して、合理的かつ整合的に対応した経済政策パッケージが 「サナエノミクス」 だ。その全容とグランドデザインを解き明かす。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>構造化される政策</h2>

<p>自由民主党総裁選での党内支持動向や経済政策ブレーンの顔ぶれから、高市政権の経済政策を、アベノミクスの継続・強化ととらえる論評も多い。その一方で、政権発足前後来の発出文書、さらには日本維新の会との政策合意から窺われる政策理念は、アベノミクスの成果を継承しつつも、それを超えんとする意欲的な政策構想が垣間見える。</p>

<p>両者の相違は、現実の要請によってもたらされたものである。直面している状況が異なるのだ。</p>

<p>第2次安倍政権が誕生した2012年時点の日本経済は、明確な需要不足状況にあった。消費者物価指数を起点とすると、1998年以降の日本経済はほとんどの期間で、物価の下落が需要の萎縮を招き、その需要不足が物価を下落させるデフレ不況状態にあった。内閣府の推計では、通常時のGDPに比べ、2012年末ごろの実際のGDPは2％下回っていたとされる。</p>

<p>総需要の不足に対する経済学の一般的な処方箋は、マクロ経済政策による総需要の支持である。ここから導かれたのが、アベノミクス第一の矢（大胆な金融緩和）と第二の矢（機動的な財政出動）である。一方で、総需要政策は一国経済が「実力通りの供給能力」を発揮するための手段である。長期的な経済成長は第三の矢（成長戦略）が担う。</p>

<p>アベノミクスの三本の矢は、それぞれがある程度独立して当時の課題への改善をめざすという意味で、並列的な政策「プラン」であり、むしろ政策「リスト」と呼ぶほうが妥当かもしれない。この需要政策と供給力強化の二分法は、伝統的な経済理論の特徴であり、さらに当時の日本経済への妥当性の高い経済学的な提案であった。</p>

<p>一方で、高市政権の経済政策はその中心に【危機管理投資】が据えられ、【責任ある積極財政】や金融緩和の継続がそれを支える構造をもつ政策プランである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人手不足経済への転換</h2>

<p>現下の日本経済が、デフレ状態にあると考える者はいないだろう。2025年については米価の影響が大きいが、26年中のインフレ率は目標である2％前後の推移が予想される。民主党政権下で一時一ドル70円台にまで高騰し、国内製造業の空洞化を招いた為替レートは、現在では円安の行き過ぎを心配される局面に至っている。</p>

<p>何よりも大きな変化は、雇用情勢の変化であろう。アベノミクス期に雇用者数は540万人、正規雇用は200万人増加した。需要不足によって活用されていなかった労働力という資源が掘り起こされたのだ。</p>

<p>長いデフレ不況の経験からもわかるように、二度と日本をデフレ不況に陥れてはいけない。その意味で、これからも景気に配慮した財政・金融政策運営は必須の営為だろう。先日発表された2025年7-9月期の実質GDPは6四半期ぶりのマイナス成長となったが、内閣府・日銀が推計するGDP・需給ギャップ指数は、ゼロ（需給均衡状態）に近くなっている。過少推計を指摘されることが多い両推計ではあるが、少なくとも現下最大の問題がデフレと失業にはないこともまたたしかである。</p>

<p>インフレと人手不足のなかでの財政・金融政策に求められるのは、需要不足を埋める投薬型の政策ではない。供給制約下での緩和的な政策は、経済に供給能力を超える需要圧力を加えることで、供給能力そのものを向上させることが狙いだ。いわば筋トレ型の経済政策思想と言えよう。</p>

<p>需要圧力や人手不足が供給能力そのものを向上させるとの論理は、履歴効果、または高圧経済論と呼ばれる。人手不足は省力化のための設備投資や研究開発を後押しするとともに、成長産業への人の移動を通じて平均的な生産性を向上させる。2016年に当時ＦＲＢ（連邦準備制度理事会）議長であったジャネット・イエレンがこれらの効果を強調したことで注目を集めた。</p>

<p>伝統的な経済理論では、長期的な生産性向上と景気変動は、それぞれ別の論理で決まっていると想定されてきた。アベノミクスはある意味で、この二分法に沿った政策構想と言える。一方で、高圧経済論は需要が供給に与える長期的影響を重視する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>財政政策の「中身」</h2>

<p>財政・金融政策による需要拡大が供給能力そのものを向上させると言うと、拡張政策が経済を成長させ、さらなる財政拡大を可能にするという、夢のような提案のように感じられるかもしれない。しかし、需要超過経済はバラ色の未来ではない。</p>

<p>供給能力をフルに活用した状況での財政支出拡大は、民間経済の活動を停滞させることがある。労働者の人数が限られている状況を想像されたい。政府が大規模な公共事業を行なうと、その事業に人手をとられるため、民間の建設業はさらに深刻な人手不足状況になる。官需が民需をクラウド・アウトしてしまうのだ。供給余力に乏しい経済では、「何かをすることは何かをできなくなること」という関係が成り立つ。</p>

<p>ここが、需要不足経済との大きな違いだ。デフレ不況と失業が喫緊の問題となっているとき、財政支出や成長政策の「中身」は最重要課題ではない。どのような事業であっても、何も生産しない失業状態よりは生産性は高いからだ。</p>

<p>供給能力と需要との大小関係は、産業によって異なる。需給ギャップやGDPギャップの推計値は、それらの平均を示すものにすぎない。供給能力不足産業の需要を急拡大しても、その産業での人手不足をさらに深刻化させるだけだ。その一方で、需要不足産業への支援は、ともすると衰退企業の温存につながる。</p>

<p>需要不足産業から供給能力不足産業へ、低生産性企業から高生産性企業へと人材・資金を移動させる必要がある。高圧経済は需要圧を用いて、民間経済の自発的な産業構造転換を促すものだ。各種補助金、税制はこのシフトを促進するもの、少なくともそれを阻害しないものでなければならない。</p>

<p>「責任ある積極財政」の司令塔である片山さつき財務大臣の正確な肩書は、「財務大臣、内閣府特命担当大臣（金融）、租税特別措置・補助金見直し担当」である。昨年（2025年）11月25日には、内閣官房に「租税特別措置・補助金見直し担当室」が設置された。</p>

<p>租税特別措置（租特）は、住宅ローン減税から経済特区での立地誘導まで、多岐にわたる本則以外の税制の総称である。分類法によって数は前後するが、現在約200種の租特が講じられている。そのなかには、衰退産業保護を目的にしていると疑われるもの、大企業に有利なものもある。補助金と合わせて、これらを成長志向の税制に整理していく必要がある。</p>

<p>経済産業省の本年度税制改正要望にも、その端緒が見られる。中小企業向けの投資減税制度を、規模を問わずに適用する提案は、これまで中小企業向けと大企業向けに分断されていた租特を簡素化するとともに、いま利益を上げている企業にこそ、投資を積み増すインセンティブを与えることが期待される。</p>

<p>歳出削減のための補助金・税制改革ではなく、需要維持のための政府支出拡大でもない。成長促進型への組み換えを主眼とする見直しは、政権がめざす「責任ある積極財政」の内容を示唆している。</p>

<p>さらに、財政におけるもう一つの課題は社会保障、なかでも医療・介護における人的制約である。高齢者医療や介護を高生産性産業ととらえるには無理がある。今後さらに増加する医療・介護需要に対し、それと比例的に従事者数を増やしていくことは、日本経済の平均的生産性の足かせとなるだろう。</p>

<p>人手不足は業界のＤＸ化を進める契機となる。しかしながら、社会保険によって賄われる医療・介護事業の価格や従事者規定は、個々の事業所の判断で決められるものではない。診療報酬体系や設置基準を決めるのは政府である。いかに少ない従事者でのサービス提供を続けることができるか、さらには急増する医療・介護需要をいかに緩和していくかは、福祉問題である以上に経済問題である。</p>

<p>日本維新の会との政策合意では、社会保険改革に多くの紙幅が割かれている。その一方、両党合意にあるＯＴＣ類似薬（湿布や鎮痛剤などの医薬品）の保険適用除外について、厚生労働省は早速に保険適用の継続を示唆している。巨大な労働需要をもたらす同産業といかにうまく付き合っていくかは、高市政権に限定されない、人口減少時代の経済政策の要点となるだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現代サプライサイド経済論</h2>

<p>「責任ある積極財政」と並ぶ経済政策の看板が、危機管理投資である。昨年10月21日の政権発足と同時に発出された18閣僚指示書では、全閣僚共通指示として「官民手を携えて先手を打って行う『危機管理投資』を肝として、日本経済の強さを取り戻す」とうたわれる。</p>

<p>この危機管理投資の理論的支柱となるのが、現代サプライサイド経済論（Modern Supply Side Economics :MSSE）である。米バイデン政権の経済政策を表す用語として登場したが、現在は、より広い経済政策思想を表す単語となりつつある。同趣旨の政策思想は、定まった邦訳はないが、生産主義（Productivism）、安全保障経済論 （Securonomics）と呼ばれることもある。</p>

<p>需要圧力によって民間の自発的な産業転換を促進する発想に対し、MSSEはより能動的に政府による人材育成、インフラ整備、産業育成を志向している。</p>

<p>仮に、精密機器製造業が成長産業になったとしよう。製造ラインを支える水の利用、出荷のための交通網なしでは、いかに需要があっても産業は成長しない。さらに日本においても、深刻な問題となりうるのが人材の問題だ。製造業の好適地は大都市部でないことも多い。東京一極集中の是正なしには、工場は人手を確保できない。製造工業に従事するだけの知識がある労働者なしの成長産業は絵に描いた餅となる。</p>

<p>AI（人工知能）やロボットの活用は、企業の判断で進めることができる部分もあろう。しかし、インフラ整備や人材育成は一企業の努力では如何ともしがたい。</p>

<p>1970年代から80年代の（旧）サプライサイド経済論は、減税と規制緩和を中心に富裕層・企業行動から生産力の向上をめざした。一方で、MSSEは人材育成とインフラ整備によるボトムアップ型の構造をもつ。</p>

<p>補正予算に増額が盛り込まれた大学向けの理系学部新設・文理融合学部転換支援は、その一環と言えよう。今後は文部科学大臣への指示である「高等専門学校（高専）や専門高校の職業教育充実」がどのような具体性をもったものになるかに注目していきたい。</p>

<p>一方で、MSSEに見え隠れする「政府による産業育成」という思想には懸念も多い。高度成長期の日本の産業政策については、1990年代から2000年代の研究成果によって、成長産業支援よりも衰退産業保護の色彩が強かったこと、通商産業省（現経済産業省）などは民間の成長を追認したにとどまることなどが指摘された。あくまで過去の日本における経済成長の主役は民間であった。また、2000年代にはじまる産業クラスタ政策が顕著な効果を得ていないという批判も多い。</p>

<p>過去に成功例に乏しい、政治家・官僚による産業育成が「今度こそ」成功すると考えることは難しい。筆者自身も危機管理投資は人材育成とインフラを中心とし、成長産業の能動的な育成に重点を置きすぎないように留意すべきだと考えているが、この筆者の見解には再反論も多いだろう。</p>

<p>2010年代には韓国や台湾、さらには中華人民共和国の経済成長に関して、政府の産業政策の有効性を示す分析が増えてきた。明確な成長産業、または「成長させる必要のある産業」がある場合には、政治による経済誘導は有効なことがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>変化する世界経済とサナエノミクス</h2>

<p>国内におけるデフレからインフレへの移行が始まったこと以上に、世界経済は大きな転換点を迎えている。そのきっかけはコロナ禍とウクライナ戦争である。</p>

<p>1990年代以降の世界経済は、グローバル化の時代であった。企業活動は国境を越え、グローバル・サプライチェーンを通じた効率的な経済活動が称揚された。</p>

<p>しかし、コロナ禍による生産活動の寸断は、世界中に張り巡らされた緻密なサプライチェーンの脆弱性を露わにした。グローバル・サプライチェーンは、緻密であるがゆえに複雑であり、平時の効率性の対価としてショックに弱い構造をもつ。名前も知らない海外生産拠点の生産中止が自社の活動の足かせとなる状況は、長期的な意味では合理的とは言えない。</p>

<p>さらに、ロシアによるウクライナ侵略は、権威主義国家との経済的なリンクが、大きなリスク要因であることを示した。これは、グローバル化時代の寵児であった中華人民共和国と強く結びついたサプライサイド構築の危険性を示す。西側諸国はサプライチェーンの国内化、同盟国・友好国を重視した再構築を迫られている。</p>

<p>グローバル化の時代から経済新時代への移行において、日本には西側諸国の生産拠点、技術センターの役割が期待される。喫緊の課題としての半導体生産網の構築、造船能力の拡充、レアアース採掘など現代の日本経済には「成長させる必要のある産業」が数多くある。このような経済安全保障上の必要性に迫られた産業政策を、いかに中長期的な成長の種とすることができるかに危機管理投資の成否はかかっている。</p>

<p>サナエノミクスは、国内外における経済のフェーズ変化に対応した経済政策パッケージである。一方で、内外経済の変化は激しく、その構造は複雑化している。人手不足を梃子とした産業構造の高度化を進め、世界経済の変化に対応した国際分業の一翼を担うという政策方針は、かなりのナローパスであることはたしかだ。しかし、困難な道であると同時に、日本経済にとって残された数少ない道の一つであることを意識する必要もあろう。</p>

<p>サナエノミクスの政策構想は、その賛否をさておくとして、合理性・整合性をもつ提案である。その一方で、いずれの政策もより細かな具体策の巧拙が結果を大きく左右する構造をもっている。</p>

<p>神は細部に宿る。個々の政策が政策構想の実現に向けて合理的に立案され、遂行されるか。高市政権の実行力が問われていくだろう。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kokkaigizidou.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 05 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[飯田泰之（明治大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>安野貴博氏が目指す「デジタル民主主義」　テクノロジーでいかに分断を解消するか？  安野貴博（チームみらい党首）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13797</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013797</guid>
			<description><![CDATA[安野貴博氏が提唱する「デジタル民主主義」の実装。テクノロジーはいかにして世代間の分断を解消し、一人ひとりの声を政治に届けるのか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="安野貴博" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260217Annotakahiro01.jpg" width="1200" /></p>

<p>デジタル民主主義の実装を粛々と進める――。テクノロジーの現在と将来について、チームみらい党首・安野貴博氏に話を聞いた。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年1月号より加筆・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>デジタル民主主義を粛々と実装する</h2>

<p>――安野さんが参議院議員としての活動を開始されたのは、今年（2025年）7月末のことです。その具体的な内容については、YouTube「新党『チームみらい』公式チャンネル」の週次活動報告などでも発表されており、さまざまな改革を進めている様子が窺えます。政治家になられてから、どのような手応えを感じていますか。</p>

<p>【安野】現時点では国会が開かれていませんので（編集部注：取材を行なったのは10月21日に臨時国会が開会される前）、やれることは限定的ですが、党内の組織づくりや、他党との連携を模索したり政策を検討したりしてきました。とくに、「チームみらい」のマニフェストにも掲げていた政治資金の流れを「見える化」するプロダクト「みらいまる見え政治資金」のリリースなど、私たちとしてやるべきことは順調に進められています。</p>

<p>政治家になってから知った「バッドニュース」を挙げると、永田町ではFAXを使う文化が依然として健在だったり、本会議場には情報機器をもち込んではいけなかったり、オンライン参加も禁止されていたり。知識としては知っていましたが、改めて実態に触れて、実感したところでした。</p>

<p>その一方で「グッドニュース」もあって、僕は政界の「異分子」として当選したようなものですから、じつは他党の議員から煙たがられ、場合によっては排除されるのではないか、と懸念していたんです。しかし実際には、いろいろな政党の方とお話しすると、多かれ少なかれ「チームみらい」の活動に興味をもっていただいていると実感しています。</p>

<p>――東京都の外郭団体のアドバイザーも務めていた今年1月には、「2025年はデジタル民主主義元年になる」と発言されていました。実際にこの1年で、日本のデジタル民主主義はどのくらい進んだでしょうか。</p>

<p>【安野】僕は「デジタル民主主義元年」と呼ぶに値する1年であったと感じています。というのも、みずから言うのは憚られますが、デジタル民主主義を掲げる「チームみらい」が国政政党になり、1議席を得たことは大きな前進だと言えるはず。また私たちに限らず、少なくない政治家が「テクノロジーを使わなければいけない」と言い始めていて、これは大きな変化ではないでしょうか。</p>

<p>僕は7月の選挙期間中、政党のビジョンや政策を学習させたAIアバター「AIあんの」を公開し、多くの方とコミュニケーションをとりました。その後、10月の自民党総裁選では、高市早苗候補の政策や発言をもとに質問に答える「教えて⁉ AIサナエさん」が登場するなど、同じような取り組みが行なわれていました。この件に限らず、「チームみらい」の活動も参考にしていただきながら、各党がテクノロジーの活用を模索している印象です。</p>

<p>とはいえ良い話ばかりでもなくて、参議院選挙では「SNS上で外国からの選挙介入があったのではないか」という指摘もありました。「ボット」という自動投稿プログラムが使われて、政府や特定の政党に対する批判的な投稿に「いいね！」が大量に押されたり、リポスト（転載）が繰り返されたりする仕組みです。そうした悪い面も含めて、政治とテクノロジーの距離はぐっと近づいた1年だったと言えるでしょう。</p>

<p>――「チームみらい」としては、来る2026年はどのような活動をめざしていますか。</p>

<p>【安野】今年がデジタル民主主義の「元年」ならば、来年は本格的に実装し始める年にすべく、引き続き粛々と準備を進めていきます。やはり国会で1議席をとれた事実は非常に大きくて、政党交付金を活動資金に安定的に開発を進める、「永田町エンジニアチーム」を発足させることができました。このチームの活動によって、新しいテックプラットフォームを実装していきたいと考えています。</p>

<p>すでに二つのプラットフォームをリリースしていて、一つが先ほど紹介した「みらいまる見え政治資金」、もう一つが「みらい議会」です。「みらい議会」とは、国会の議論の内容を国民にわかりやすく伝え、理解を深めていただくプラットフォームです。現在のものをアップデートさせて、やがては国会で議論される法案について広く意見を募り、意思決定に活かせないかと検討しています。</p>

<p>「チームみらい」としてめざしているのは、①政党としてのシンクタンク機能、②テクノロジーの活用（エンジニアチーム＆プラットフォーム）、③メディア機能、です。まずは私たちが、この三つが垂直統合された組織になれば、日本のデジタル民主主義の実装をさらに進められるはずです。</p>

<p>以前から、共産党であれば『しんぶん赤旗』、公明党であれば『公明新聞』のように、政党とメディアという二つの垂直統合はありました。また近年の新しい動きとしては、国民民主党や参政党、日本保守党などのYouTubeチャンネルも政党と垂直統合しています。</p>

<p>私たちの場合はそこからさらに一歩進み、YouTubeチャンネルも使いながら、より多くの人の声を集められるテックプラットフォームの実装をめざしている。これにより、従来の政党よりもさらに大規模なメディアやテクノロジーとの垂直統合を可能にできるはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>超党派の取り組みはどのくらい進んでいるか</h2>

<p>――超党派のAI勉強会（「AIと民主主義に関する超党派勉強会」）の第1回が10月に開かれ、台湾の初代デジタル大臣であるオードリー・タン氏も登壇したことが話題となりました。この勉強会にはどういった意図があるのでしょうか。</p>

<p>【安野】AIやテクノロジーの活用については、与野党という枠組みに囚われず広く話し合う場が必要です。これまでもAIの産業政策などは国会で話し合われてきましたが、AIやテクノロジーを民主主義そのものにいかに活用するかについては、残念ながら議論されてきませんでした。</p>

<p>また、2021年にデジタル庁が発足して以降、行政のDX（デジタルトランスフォーメーション）は考えられているものの、立法府のDXはあまり検討されていません。しかし立法府のDXも喫緊の課題で、冒頭で申し上げたように、本会議場に通信機器をもち込めなければ、オンラインでの参加もできない。</p>

<p>たとえば、審議を聞いている議員にとって、もしも理解が曖昧な専門用語があったとき、デジタル機器を使ってその場で調べられれば、議論のクオリティが上がるかもしれません。</p>

<p>議会へのオンライン参加を認めるかどうかについては、細かい話だと感じる方もいるかもしれません。でもそれが認められれば、その先にはどのようなシステムを使ってどう導入するかという議論になります。最終的には、デジタル民主主義そのものをいかに進めるかという話につながるでしょう。</p>

<p>勉強会にはまずは主要政党の六党から3人ずつの計18名に参加していただきましたが、立法府のDXを進めるため、これからも他党と議論を重ねていくつもりです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テクノロジーをめぐる分断を乗り越えられるか</h2>

<p>――お話を伺い、テクノロジーの活用を迅速に検討していかなければならない実情がよくわかりました。このような話に対する国会議員の反応はいかがでしょうか。テクノロジーに精通していない政治家もいるはずです。</p>

<p>【安野】僕個人の印象としては、AIに興味のある議員は多いと感じています。とはいえ、抵抗なく「僕と接している」議員であれば、必然的にテクノロジーに関心がある傾向が強いでしょうから、実際のところは何とも言えないところはあります。</p>

<p>ただ、僕は国会議員の全員がテクノロジーに関して、プロフェッショナルである必要はないと考えているんです。むしろ、各議員にそれぞれ専門分野があり、さまざまなタイプの政治家がいるほうが望ましい。AIやテクノロジーの話に限らず、どれだけ重要なテーマであっても、時間をかけて説明したところで全員が興味をもつわけではない、とも思っています。</p>

<p>――「いまの時代、AIを活用できない政治家は退陣すべきだ」との意見もあります。ここまで言ってしまうと分断につながるように思いますが、安野さんはどう考えますか。</p>

<p>【安野】「批判」の声はあってもいいと思うんです。世の中を変えるうえでは、そういう考えが存在することは決して悪いことではない。でも、そこから相手を過度に攻撃したり、「あいつは馬鹿だから」などと侮辱したりすることには、断じて賛同できません。</p>

<p>――政治家に限らず、テクノロジーに慣れることが難しい国民もいるでしょう。今日お話しいただいたように、テクノロジーを活用することでより多くの意見を収集できる一方で、テクノロジーに不慣れな国民の意見にはどう向き合うのでしょうか。</p>

<p>【安野】私たちが掲げているデジタル民主主義は、「これまでのやり方をやめよう」という取り組みではありません。そうではなくて、「新しいやり方を導入すれば、より多くの人びとの声が聞けるでしょう？」と呼び掛けているのです。</p>

<p>つまりは、従来の手法で国民の意見を集約する政党がある一方で、私たちのようにテクノロジーを利用した政党もあったほうが社会にとっていいよね、という考えです。重要なことは、情報を集めるうえでのチャンネルを増やすことではないでしょうか。</p>

<p>たとえば、街頭演説に来る人にしても属性や立場に何がしかの偏りがあるわけで、それは政治集会に来る人やインターネット上でコメントする人にも言えることでしょう。それらに横串を刺してみたうえで、「おおよその民意はこうだろう」と政治家が判断して、適切に意思決定することが、政治にとっては大事なことではないでしょうか。</p>

<p>――言い換えるならば、社会のいろいろな場所で起きている「フィルターバブル」を懸念されているのですね。その問題意識はいつからあったのでしょうか。</p>

<p>【安野】おそらく10年くらい前からでしょうか。たとえば、政治家は「陳情」する人たちの声を聞きますよね。でも陳情なんて、国民の99.9％はしたことがないはずです。そこには大きな不均衡があると、以前から感じていました。政治家が陳情の声を聞いて「それはたしかに問題だ」と解決に動くとしても、実際には大多数の国民の声は届いていないのです。</p>

<p>数年前に『FACTFULLNESS（ファクトフルネス）』（邦訳版は2019年、日経BP）という書籍が世界中で大ベストセラーになりました。著者は小児科医のハンス・ロスリングさんらですが、彼がアフリカのある国に赴任したときの話がとても印象的です。その地域では子どものあいだでひどい病気が流行っていて、次々に命を落とす状況でした。実際にロスリングさんが赴任した病院も病気の子どもで溢れていて、同僚の医者は毎日のように定時を越えて働き続けていた。しかし、彼は必ず定時で帰るのです。</p>

<p>それを見かねた同僚が非難するのですが、ロスリングさんは次のように答えたといいます。「この病院のなかで死ぬ子よりも、外で死んでいる子のほうが統計的には多い。そうであるならば、帰って公衆衛生プログラムについて研究し、普及させるほうが多くの命を救えるのだ」。</p>

<p>これまでの日本の政治のやり方も、じつは似たような構図ではないでしょうか。目の前に陳情に来た人が並んでいるとしても、国民の大多数はその「外」にいる。 だからこそ私たちは、その「外」の人たちの声も聞くことができるシステムをつくりたいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>意見を深掘りし、処理できるようになった</h2>

<p>――とても頷かされるお話である一方で、たとえばネットに書かれたコメントには、陳情を行なう人と比べて責任なく放たれた意見も多いのではないでしょうか。</p>

<p>【安野】たしかにネットには無責任なコメントも多いですし、事実を誤認している書き込みも少なくない。さらに言えば、アカウントを大量につくって、「みんなでこの内容を投稿しよう」と呼びかける「多数派工作」も行なわれています。皆で書き込んで大きな声にすることで、世論を自分たちに有利に誘導しようとする活動です。</p>

<p>ただ僕は、これらの問題はいずれもテクノロジーで解決できると考えています。たとえば、それぞれマイナンバーと認証した意見なのかそうでないかをサイトと連携させれば、一人で複数のアカウントを利用することは防げます。</p>

<p>間違った知識に基づくコメントに対しても対応は可能です。一例として、「税率は低いほうがいい」「福祉は充実したほうがいい」などの意見は反射的に言われやすいですよね。そこでいま発達しているAIのLLM（大規模言語モデル）を活用すれば、「なぜそう思うのですか」「こういう意見もありますがどう思いますか」と問いかけて、相手にいま一度考えさせることができる。その過程で、自分の事実誤認に気付くことがあるかもしれない。</p>

<p>もちろん人間の質問と比べれば質は下がるかもしれませんが、そうした過程を経たコメントは、一方的に放たれたものよりは深い内容になるはずです。最先端の技術を使い、また利用者の背景にどういうバイアスがあるのかをふまえて最終的に人間が判断すれば、多くの問題を解決できると考えています。</p>

<p>2000年代以降のインターネット環境の変化を経て、誰でもネット上に意見を表明できるようになりました。それからさらに進んで、いまでは「大量にある情報をどう処理するか」が重要なボトルネックとなっています。</p>

<p>じつは、その解決に資するLLMはもう登場しているのですが、ここで問題なのが、それを社会のために推進できる組織や人が多くないこと。なぜかというと、儲かる仕組みではないので営利企業は目を向けませんし、行政は取り組むためのリソースやノウハウが少なく進めづらい。ならばNPOが担うべきかといえば、資金調達が簡単ではありません。</p>

<p>そこで辿り着くのが、一定の予算と時間を自分たちで決められる「政党」が課題を解決すべきだという答えです。その意味では、「チームみらい」がいま政党として存在しているのはとても大切で、行政や社会全体に対して積極的に働きかけたいと考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>低コストの熟議の重要性と台湾の事例</h2>

<p>――「チームみらい」は子育てや教育などへの長期的な投資も重視されていますが、裏を返せば既存の権利をもつ人の理解を得にくいとも言えます。デジタル民主主義は、政策の実現をどのように可能にするでしょうか。</p>

<p>【安野】まず一つは、人は議論を重ねることで態度が変容することがあるため、「熟議」を低コストでできる仕組みをつくることができれば、非常に大きな意味があります。</p>

<p>スタンフォード大学の政治学者ジェイムズ・フィシュキンは、1988年にデリバラティブポーリング（討論型世論調査）という社会実験を行ないました。無作為に抽出した調査対象者に資料や情報を提供し、十分な討論を経たうえで再度アンケートを行なう内容で、結果としては、熟議が行なわれたあとはテーマへの賛成と反対の立場が一定数入れ替わることがわかりました。そうであるならば、社会全体としても熟議を経ることで、同じような分布になるのではないかというのが彼の理論です。</p>

<p>とても面白い説ですが、ここで問題になるのが、調査対象者を無作為に抽出するのも、十分な熟議を行なうのも膨大なコストがかかることです。ならば、無作為の抽出については条件を緩め、熟議は先ほども提案したように、ネット上でのAIを介した議論にするのはいかがでしょうか。そうした工夫によってコストを下げつつ、熟議によって歩み寄れる社会をつくることは、僕は可能だと考えています。</p>

<p>また、素晴らしい政策のアイデアがある政党や政治家がいても、人口分布の偏りなどによってどうしても選挙では勝ちようがないケースがあります。そこで、政策の議論を直接的に立法府に届けるシステムをつくるのはいかがでしょうか。</p>

<p>台湾ではすでに行なわれている取り組みで、政府がつくったプラットフォーム「公共政策網路參與平臺（ジョイン）」では、誰でも法案を提案できます。そのアイデアが一定数の賛同を得た場合、行政の関連部門は2カ月以内にその提案に対して回答しなければならないルールもある。</p>

<p>台湾ではその結果、10年で約200本の法案が通っています。このようなシステムがあれば、「自分の提案次第で社会が変わるかもしれない」という体験をつくることができます。それが積み重なれば、若年層の政治的効力感も上がり、投票率も上がるのではないでしょうか。そして最終的には世代間の分断の緩和につなげたい、というのが僕の考えです。</p>

<p>――デジタル民主主義を参照するうえでは、やはり台湾が一つのモデルケースとなるのでしょうか。</p>

<p>【安野】そう思います。欧米諸国は良くも悪くも民主主義が育った場所なので、現状のかたちを変えることには意識的にも困難が伴うように思います。加えて欧米では、日本や台湾と比べてはるかに深刻な分断が広がっています。分断が進みきっていないほうが、社会全体として新しい仕組みを一緒に模索することができるはずで、その意味でも日本は、台湾のようにデジタル民主主義を推進しやすい土壌があると言えそうです。</p>

<p>台湾についてもう一つお話しすると、多民族の社会なので言語的にも国内の多様性が高く、さらに中国との関係性という問題も抱えていますから、ある意味では「自分たちの軸」を打ち出すことが求められる。そうした流れのなかでオードリー・タンさんのような方に政治的な活躍の場が与えられ、デジタル民主主義が実装されていったのでしょう。</p>

<p>また、「アジア的世界観」という表現は言い過ぎかもしれませんが、一神教に対して多神教の価値観のほうが多党制に近いモデルと親和性があり、さまざまな背景がある者同士でコミュニケーションをとるうえでのモードチェンジをしやすいかもしれません。</p>

<p>これは日本政治にとって、今後の重要なテーマの一つだと言えるでしょう。というのも、7月の参院選では自民党や公明党、立憲民主党という既存のプレーヤーが勝ちきれませんでした。SNSが登場し、社会が多様化した結果、新しい政党が伸びたのです。</p>

<p>僕はこれを「マクロトレンド」だと認識していて、新聞やテレビなどのマスメディアしかなかった時代から、細分化したメディア環境に変わったことも背景にあるでしょう。こうした傾向も含めて、社会全体に「多党化」の流れがあるのならば、そのなかでいかに物事を決めていくかが問われてくる。</p>

<p>ところが政界には依然として、従来めざされてきた二大政党制で物事を決めることに最適化されたプロトコルがあります。可及的速やかに、霞が関と永田町がどのようにコミュニケーションをとるか、与党は野党とどう協議するかといった根本的な部分から、多党化の時代に適切なかたちへ変えなければいけないはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>将来のことは誰にもわからない</h2>

<p>――近い将来に「AGI（人間のような汎用的な知能をもつ人工知能）」が登場するとされます。安野さんはAI教育や安全性に対する投資の重要性も訴えていますが、将来の社会についてはどう想像されていますか。</p>

<p>【安野】テクノロジーの進化については「ソフトランディング」は難しく、負の影響は少しずつ出始めると覚悟しています。でもそれを放っておくわけにはいかないので、安全に対する投資などの膨大な作業にも速やかに着手するしかない。AIの進化に対してどれくらい「ショック」を緩和できるかが、ここ10年の政治の大きなテーマになるはずです。</p>

<p>正直に言えば、AGIが登場したあとの世界がどうなるかは、誰にもわかりません。でも僕は、人間って暇になったらきっと「遊ぶ」生き物だと思うんです。ならば、皆が「全力で遊ぶ」世の中になればいい。</p>

<p>お祭りがわかりやすい例で、学校の文化祭だって多くの学生がものすごい熱量で打ち込んでいるわけです。どんな時代が訪れても、たとえばチェスや将棋は指されているだろうし、小説やマンガが読まれたり、つくられたりしているはずです。こう考えていくと、人間が文化で人生を全うする未来があり得るかもしれないし、その意味でも、多様な文化を守り、育てていく重要性を強く認識しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【安野貴博（あんの・たかひろ）】<br />
参議院議員／チームみらい党首。1990年生まれ。東京大学工学部卒業。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2016年にAIチャットボットの株式会社BEDORE（現PKSHA Communication）を創業。18年にリーガルテックのMNTSQ株式会社を共同創業。21年、『サーキット・スイッチャー』で第9回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を受賞し、作家デビュー。24年7月、東京都知事選に立候補し、「デジタル民主主義」を掲げて15万票超を獲得。24年11月には、東京都のデジタル化を推進するGovTech東京のアドバイザーに就任。25年7月、参議院選挙に初当選。党首を務める「チームみらい」が国政政党となる。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260217Annotakahiro01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[安野貴博（チームみらい党首）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>量子コンピュータ開発における日本の勝ち筋　周回遅れの現状を覆す4つの戦略  小池千万人（富士通フューチャースタディーズ・センター主任研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13838</link>
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			<description><![CDATA[量子コンピュータ開発で日本は勝つことはできるのか？ 富士通フューチャースタディーズ・センター主任研究員の小池千万人氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="量子コンピュータ" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_technolosy5gG.jpg" width="1200" /></p>

<p>量子コンピュータの革新は、産業や社会に計り知れない変化をもたらしている。しかし、その一方で、技術の優位性を巡る国際競争は激化し、日本の立ち位置が問われる時期に差し掛かっている。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年1月号より加筆・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>量子コンピュータが拓く未来と安全保障の脅威</h2>

<p>現代文明の基盤であるデジタル社会は、半導体技術の驚異的なスピードでの進歩のうえに成り立ってきた。しかし、その進歩も物理的な限界を迎えつつある。</p>

<p>この閉塞感を根本から打ち破り、計算のあり方を根本から変える可能性を秘めているのが、「量子コンピュータ」である。これは、従来型のコンピュータとはまったく異なる動作原理を用い、計算能力に桁違いの飛躍をもたらす技術である。結果として、特定の問題に対し従来のスーパーコンピュータが数千年を要する計算を、わずか数秒で解くことができると期待されている。</p>

<p>この飛躍的な計算能力は、単なる技術革新に留まらず、我々の生活や社会に多大な恩恵をもたらす力となり得る。医療分野では、患者一人ひとりの体質や病状に合わせたオーダーメイド医療や、アルツハイマー病など難病の克服に道を開く可能性がある。環境・エネルギー分野では、再生可能エネルギーの不安定さを解消する究極のバッテリー技術や、二酸化炭素を資源に変える新素材の開発が期待される。</p>

<p>さらには、世界的な金融危機を未然に予測し、社会全体の物流やエネルギー網を最適化するなど、社会インフラをより賢く強靱にすることにも貢献し得る。すなわち、量子コンピュータは既存産業を根底から覆す「ゲームチェンジャー」となる。また、現在急速な発展を遂げているAI分野においても、量子計算がその進化を更に加速させると期待されている。</p>

<p>同時に、安全保障面でも重大な影響をもたらす。現在のインターネット社会は、従来型のコンピュータでは「解読が事実上不可能」とされる高度な暗号技術によって通信の安全性が担保されている。しかし、実用的な量子コンピュータはこれを容易に解読し、暗号を無力化する能力をもつとされる。これは、国家の機密情報、金融取引、重要インフラ等が重大な危険に晒されることを意味する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>熾烈化する「量子覇権競争」</h2>

<p>各国はこの技術の戦略的重要性を認識し、国家の威信をかけた「量子覇権競争」に突入している。これは単なる企業間の技術開発競争ではなく、未来の経済と安全保障の根幹を自国のコントロール下に置くことができるか否かを賭けた、「量子主権」を巡る国家間の総力戦である。</p>

<p>この覇権競争をさらに複雑にしているのが、技術的な不確実性である。量子コンピュータの実現方式には「超電導」「イオントラップ」「中性原子」「光量子」など複数の原理が乱立し、現時点ではどの方式が最終的に主流となるか定まっていない。そのため、各国は「どの技術方式に国家リソースを賭けるか」という巨大な戦略的リスクを抱えながら、開発競争を進めている。</p>

<p>米国は、政府と民間が一体となった「国家総力戦」を展開している。政府は2018年に「国家量子イニシアティブ法」を制定し、公的資金を投入しているが、米国モデルの真の強みは、Google、IBM、Microsoft、Amazon、Intelといった巨大IT企業による民間投資にある。彼らは政府予算を凌駕する数千億円から1兆円規模の資金を投じ、基礎研究からクラウドサービスを通じた実用化まで一気通貫で進め、デファクトスタンダードを確立しつつある。</p>

<p>最近では、AI半導体で圧倒的シェアを握るNVIDIAも、AI半導体と量子コンピュータを接続するシステムを発表するなど、本格参入を表明している。これら巨大IT企業に加え、IonQやRigetti Computing、PsiQuantumといった新興ベンチャーが最先端の基礎研究を迅速に事業化することで、米国の競争力を一層強固にしている。</p>

<p>中国は、量子技術を「国家事業」として最重要課題に位置づけ、凄まじい規模の投資を行なっている。その政府投資額は1兆円を超え、日本の20倍以上に達するとも言われる。中国はとくに、絶対に盗聴・解読が不可能な「量子通信」の分野で世界をリードしている。これは暗号解読の脅威を直接的に反映した国家戦略と言える。</p>

<p>注目すべきは知財戦略であり、量子技術関連の公開特許出願数で中国は米国を上回り世界トップとなっている。量・質ともに世界を席巻しようとする中国の国家戦略は、米国にとって最大の脅威であり、日本にとってはそれ以上に深刻な脅威である。</p>

<p>米中二強を追うかたちで、欧州、インド、中東諸国等も国家戦略として量子開発に巨額の投資を始めている。EUが今年7月に公表した「欧州量子戦略」では、EUと加盟国が過去5年間で量子技術に2兆円以上を投資したとされる。更に2030年までに欧州が量子技術分野のグローバルリーダーとなることを目標に、最大約540億円の公的資金を投じて6つの量子チップ試作ラインを設置する。</p>

<p>インドも2023年に「国家量子ミッション」を承認し、8年間で約1000億円規模の予算を投じて量子コンピュータと量子通信ネットワークの開発を急ぐ。更にアラブ首長国連邦やサウジアラビアといった中東諸国は、豊富な資金力を背景に、世界中の有力ベンチャーと次々に提携し、最先端技術の「ハブ」としての地位を確立しようとしている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の強みは「有望な芽」と「サプライチェーン」</h2>

<p>これら世界の動向に対し、日本にも世界レベルの多様なプレイヤーと技術の蓄積が存在している。</p>

<p>前項で述べた複数の実現方式のうち、超電導方式では理化学研究所が国産初号機を稼働させ、富士通と大阪大学も連携し独自の「スターアーキテクチャ」の確立をめざしている。光量子方式では、NTTが長年の研究で世界をリードしている。中性原子方式では、北川拓也氏がPresidentを務める米国のQuEra Computingが、産業技術総合研究所へのマシン導入などを通じて、日本での実用化を推進している。</p>

<p>さらに、日本は部品のサプライチェーンにおいても強みをもつ。量子コンピュータは、極めて高度な技術力が要求される部品の集合体である。正確な計算を行なうためには装置を超低温状態に維持する必要があるなど、部品に求められる性能は通常の環境下と大きく異なるが、日本にはこれらの特殊な要求に応えられる高い技術力をもつ企業が数多く存在する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ソブリン量子コンピュータ」の必要性</h2>

<p>このように個々のプレイヤーは奮闘しているものの、国家としての戦略、とくにリソースの投入量において、決定的な差をつけられている。</p>

<p>米中が年間数千億円、あるいは数兆円規模の投資で競い合うなか、日本の量子分野への政府関連予算は、その数分の1、あるいは10分の1にも満たない。開発に必要な装置、人員、試行錯誤の回数において米中と圧倒的な物量差に直面し、その不足はハードウェア開発の「周回遅れ」に直結する。</p>

<p>このまま日本が量子コンピュータの開発競争に敗北することは、経済と安全保障の基幹インフラを他国に依存する「量子敗戦国家」化にほかならず、その損失は計り知れない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(1) 経済の海外依存</p>

<p>将来、あらゆる産業の中核プロセスが量子コンピュータ上で行なわれるようになったとき、計算プラットフォームをすべて海外企業に依存すれば、日本企業は高額な「利用料」を支払い続けるだけの存在となる。これは、かつてOSをMicrosoftに、検索エンジンをGoogleに、クラウドをAWSに握られた構図の延長線上にあり、経済の海外依存をさらに深刻化させる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(2) 安全保障の脆弱化</p>

<p>&nbsp;これが最も直接的な脅威である。実用的な量子コンピュータは現在の公開鍵暗号を無力化する。問題は未来のコンピュータが「未来」の暗号を破るだけではないことだ。</p>

<p>「Harvest Now, Decrypt Later（いまは収穫し、あとで解読する）」という言葉に象徴されるように、敵対国は「いま」この瞬間も、日本の外交、防衛、産業に関わる暗号化された機密情報を傍受・蓄積し続けている。そして「未来」に量子コンピュータが完成した時点で、それらの情報を遡ってすべて解読するのである。</p>

<p>この脅威に対抗する「耐量子計算機暗号（PQC）」や「量子鍵配送（QKD）」といった新技術の開発・実装もまた、高度な量子技術がなければ行なえない。自国の情報を自国の技術で守れない、安全保障上の深刻な脆弱性を抱える状態は、国家主権を維持できているとは言えない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(3) 基礎科学研究の遅れ</p>

<p>物理学、化学、生物学、宇宙科学といった基礎科学の最先端は、いまや高度な計算機シミュレーションなしには成り立たない。量子コンピュータはそのシミュレーションの精度と規模を格段に引き上げる。この最先端の計算基盤をもたない国は、基礎科学研究においても他国の後塵を拝することになる。</p>

<p>このような危機的状況を直視し、日本が再び技術立国としての地位を取り戻す道筋として、ハードウェア、ソフトウェア、運用人材までを自国で揃え、技術的自律性を確保する「ソブリン量子コンピュータ」の確立こそ、日本がとるべき最重要の国家戦略である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「周回遅れ」を生む国内の構造問題</h2>

<p>日本の量子コンピュータ開発の遅れは、国家戦略の根幹にある構造的欠陥に起因している。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(1) 戦略なき「選択と集中」の罠</p>

<p>日本の科学技術政策は2000年代以降、限られたリソースを有効活用するため、「選択と集中」を基本方針としてきた。その思想は現在の「科学技術・イノベーション基本計画」や「統合イノベーション戦略」にも色濃く受け継がれており、そのなかで「量子技術」は、AIや半導体と並ぶ最重要の「選択」分野として位置づけられている。</p>

<p>しかし、これが機能不全に陥る原因となっている。第一に、「集中」させるべき投資額が絶対的に不足している点だ。これはすでに述べたとおりである。第二に、その限られた予算さえも国内で「分散」配分している点だ。日本は、複数ある実現方式のすべてに対して予算を薄く広く配分する投資に終始している。これでは、どの方式も世界と戦えるだけの技術水準に達することができない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(2) 深刻な「量子人材」の枯渇</p>

<p>「ソブリン量子コンピュータ」を支えるエコシステムの核は「人材」だが、日本は最も深刻な危機に瀕している。</p>

<p>&nbsp;第一の側面は、「量」の不足、すなわち専門人材の育成基盤が極めて脆弱な点だ。量子コンピュータに必要な「量子力学」と「情報科学」の双方を体系的に学べるカリキュラムをもつ大学・大学院はごくわずかである。近年、いくつかの大学で学際的なプログラムや学科がようやく設立され始めたが、そこから輩出される人材は年間数十人規模に過ぎず、国家的な需要を満たすには不十分である。</p>

<p>第二の側面は、「質」の不足、すなわちトップ人材の「頭脳流出」だ。国内で育った数少ない優秀な研究者や学生が、国内に留まらない。米中の巨大IT企業は、量子分野のトップ研究者や優秀な博士号取得者に対し、日本の大学や研究機関、国内企業が提示する給与の数倍から10倍以上の報酬と、潤沢な研究予算を提示する。</p>

<p>優秀な学生にとって、自らの能力を最大限に活かし、正当な評価を得て最先端の研究に打ち込むためのキャリアパスは、残念ながら国内ではなく「海外の巨大IT企業への就職」が最適解となっている。結果として、日本は税金を投じて育成した最高の人材を、競争相手である海外企業に無償で提供し続けているという、極めて不合理な構造になっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(3) 縦割り行政と非効率な実行体制</p>

<p>前述した2つの課題をさらに深刻にしているのが、実行体制の構造的欠陥である。米中が「国家総力戦」を戦うなか、日本は強力な司令塔が不在のまま、伝統的な「縦割り行政」によって貴重なリソースを非効率に運用している。</p>

<p>具体的には、量子関連の予算と権限が、基礎研究を担う文部科学省、産業応用を担う経済産業省、通信・暗号を担う総務省などに完全に分散している。国家目標の達成よりも省庁間の縄張り意識や予算配分が優先されかねないこの体制こそが、「ソブリン量子コンピュータ」実現の最大の障壁の一つである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ソブリン量子コンピュータ」実現への道筋</h2>

<p>「量子敗戦国家」という最悪の未来を回避するために、日本は国家戦略として「ソブリン量子コンピュータ」の確立を最優先課題に設定し、以下の4つの柱を早急に、かつ同時に実行すべきと考える。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(1) 異次元の国家予算の確保と長期的コミットメント</p>

<p>従来の数％、数十％の予算増額では、もはや周回遅れを挽回できない。米中に匹敵するレベル、すなわち「最低でも10年間で数兆円」規模の国家予算を確保し、複数年度にわたる継続的支援をコミットする必要がある。「ソブリン量子コンピュータ」の確立は、将来の数兆円、数十兆円規模の経済的利益と国家安全保障への「投資」であるという国民的コンセンサスを形成し、財源を捻出すべきだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(2) 量子人材育成計画</p>

<p>量子エコシステムの基盤である人材問題の抜本的解決のため、大規模な量子ネイティブ人材育成計画を策定する。まず、政府と企業が協力して、世界トップクラスの研究者に対し海外IT企業を凌駕する報酬と研究環境を保証し、戦略的に招聘する。また、大学・大学院の教育において、物理と情報の両方を学ぶカリキュラムを標準化する。更に、既存のエンジニアや研究者に対する量子技術の大規模な再教育プログラムも国の支援の下で展開する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(3) 国家量子技術司令塔の設置</p>

<p>「縦割り行政」の弊害を打破するため、強力な権限をもつ「司令塔」を設置する。この組織は、各省庁に分散した量子関連の予算と権限を一元的に掌握し、「ソブリン量子コンピュータ」戦略の策定から実行までを担う。米国のDARPA（国防高等研究計画局）のように、リスクをとってスピード感ある予算執行と規制改革を断行できる組織でなければならない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>(4) 官民一体の技術開発</p>

<p>前項で提示した司令塔の指揮の下、「ソブリン量子コンピュータ」実現のエンジンとなるのが官民連携の研究開発組織だ。ここで範とすべきは、1980年代に官民が結集し、米国を凌駕する半導体技術基盤を確立した「超LSI技術研究組合」の成功モデルである。当時の成功の鍵は、日立、NEC、富士通といったデバイスメーカー群だけでなく、関連する製造装置メーカーや材料メーカーといったサプライチェーン全体を巻き込み、オールジャパン体制で共通基盤技術を開発した点にある。</p>

<p>量子コンピュータもまた、日本が強みをもつ高性能な部品・装置の集合体だ。設立すべき組合は、ハードウェア開発企業、ソフトウェア企業、ユーザー企業、大学・国立研究所に加え、日本の強みである部品・装置メーカーを中核に据えることで、日本の限られたリソースを真に「集中」させ、サプライチェーン全体を国内で完結させる、自立した「ソブリン量子コンピュータ」のエコシステムを築くべきである。</p>

<p>ただし、この組合の設立にあたっては、過去の成功体験のみに頼ることは危険だ。1990年代以降の技術・人材流出、メモリ市場での韓国や台湾への敗北、水平分業モデルへの転換失敗といった「半導体敗戦」の反省を活かさなければならない。すなわち、共通基盤技術の開発で終わるのではなく、その技術をいかにして持続的な国際競争力とビジネスに結びつけるかという市場戦略までを、官民が一体となって共有する覚悟が求められる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【小池千万人（こいけ・ちまと）】<br />
富士通フューチャースタディーズ・センター主任研究員。東京工業大学大学院理工学研究科集積システム専攻修士課程修了、修士（工学）。2007年、株式会社富士通研究所に入社、無線通信システム（4G／5G）の研究開発に従事。2015年、富士通株式会社知的財産部門に異動、技術広報・学会発表支援等に従事したのち、2022年7月より現職。国際情勢分野の調査・研究を担当している。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_technolosy5gG.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小池千万人（富士通フューチャースタディーズ・センター主任研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会】文明史のなかの日本のリベラル・デモクラシー（第４回）  苅部直（東京大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13408</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013408</guid>
			<description><![CDATA[近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が４回にわたって概観する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本文明研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/karubetadashi4.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会（委員：河野有理、藤本龍児、三宅香帆）」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が4回にわたって概観します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本に「ナショナリズム」が確立したのはいつか</h2>

<p>「日本」という国土の一体性の意識と、言語・文化の共有の広がり。そうした条件の上で主権国家の概念がすんなりと受容され、日本の国家形成（state-building）は早期に進みました。また、内と外の意識の滲透、言語の共有が進んでいたことを考えると、その時にすでにナショナル・アイデンティティが確立していたと評価するとも可能でしょう。</p>

<p>しかし、この事態に関して「日本は前近代から国民国家として成立していた」と早合点してはいけません。極端に言えば、先にふれたように、18世紀ごろにはすでに国家形成が済んでいたと強引に評価することも不可能ではありませんが、そうしてできあがった空間の住人たちが、ナショナリズムと呼べるような感情を共有するようになるのは、早くても1880年代、明治時代の中ごろです。</p>

<p>ナショナリズムを論じるさいに、1980年代から定番として引用されている古典的な著作、文化人類学者ベネディクト・アンダーソンによる『想像の共同体』（原著1983年、増補版の翻訳は白石隆・白石さや訳『定本　想像の共同体』書籍工房早山、2007年）で、次のように記しています。</p>

<p>「国民は一つの共同体として想像される。国民のなかにたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は、常に、水平的な深い同志愛（comradeship）として心に想い描かれるからである。そして結局のところ、この同胞愛（fraternity）の故に、過去二世紀にわたり、数千、数百万の人々が、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいったのである」（同書第１章「序」）。</p>

<p>つまり、単に同じ「日本」という空間に住み、共通の日本語を用いているというだけでは、ナショナリズムが成立したとは言えません。徳川末期には平田篤胤系の国学者の著作が、日本人はみな天皇や公方と同じ血統に属する「神胤」だという説明を展開していましたが、そうした言説がある程度流布していたとしても、「あるいはむしろみずからすすんで死んでいった」というほどの強い紐帯を、広い範囲に生み出すことはなかったでしょう。</p>

<p>「同志愛(comradeship)」は共産主義の革命運動組織を思わせる単語で、それほどに堅い結束力をもち、メンバーが全体の活動に自分の命を捧げるほどに強い愛着を示すことで、初めてナショナリズムと呼ぶに値する感情となります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「尊王攘夷」は明治維新に至る「きっかけ」にすぎなかった</h2>

<p>徳川末期に「尊王攘夷」運動に奔走した武士や大名は、そうしたナショナリズムに近い心情を抱いていたかもしれません。しかし、日本社会の大多数の人々はまったくそれを共有していなかったことを示す、おもしろい逸話があります。英国の作家、ジャーナリストだったサミュエル・モスマンがその日本紀行の著書に記している話ですが、元治元年8月（1864年9月）、英国・フランス・アメリカ・オランダの四か国からなる連合艦隊が、長州藩に賠償を求めて来航し、下関に砲撃を加え、上陸して長州藩の砲台を占拠、破壊する事件がありました。</p>

<p>しかし下関の対岸にある豊前藩は長州藩と仲が悪かったので、その砲台は沈黙したまま。それどころか、長州藩が砲撃されるようすを、人々が大喜びで見物していたのでした（岡義武『明治政治史』上巻、岩波文庫、2019年、83-85頁）。</p>

<p>他の藩の人間が外国から攻撃され、苦しんでいるのだから、自分も連帯して一緒に戦おう。そういう「同志愛」「同胞愛」が、この時代の日本人には乏しかった証拠でしょう。さまざまな村や町の境界内、そして身分の上下の壁の間に閉じこめられ、それを越えるような「国民」の連帯感など、ほとんどの人が抱いていなかったのが実状でした。</p>

<p>福澤諭吉もまた『文明論之概略』（1875・明治8年）の第5章で、「王室の威光」すなわち京都の天皇に対する人々の尊崇が「王制一新」と「廃藩置県」をもたらした、という見解を否定しています。福澤によれば、社会に広まっていたのはむしろ、「門閥を厭ふの心」すなわち身分制度に対する不満でした。国学者・儒学者の「尊王論」も、そうした不満が形を変えて現れたものにすぎず、それが外交問題をきっかけにして「攘夷論」に変じて激化した結果、徳川政権の瓦解という「革命」に至ったと福澤は説明しています。</p>

<p>同時代の人々の実感としては、この「革命」の政治変動を衝き動かした感情は、決してナショナリズムではなかったのでした。</p>

<p>モスマンが伝える長州藩と豊前藩の逸話は、吉野作造が大正時代にデモクラシーの意義を説いた有名な論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」（『中央公論』1916年1月号）で言及したものでもありますが、吉野はまた論文「明治維新の解釈」（『婦人公論』1927年12月号）のなかで、日本人が伝統的に「朝廷尊崇」「勤王の志」を厚く保っていたことが「王政維新」を可能にしたという見解を、きびしく批判しています。</p>

<p>徳川時代の武士の「忠義」の対象は、自分が仕えている大名であって、皇室ではなかった。明治時代に入っても明治20年頃までは、明治政府に対する不満を述べ、「薩長嫌厭の情」を社会に煽る人物がいたるところにいた。これが、明治20年ごろからしだいに変わりはじめ、日清戦争のさいには「国民的精神の統一」がすでに確立していることが示された（『吉野作造選集』第11巻、岩波書店、1995年、217-221頁）。</p>

<p>日本において、ナショナリズムはようやく明治20年代になって広い範囲に広まったのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の「国民」意識を可能にしたもの</h2>

<p>では、自分たちが一体の「国民」だという意識が育ったのはなぜか。</p>

<p>日清戦争の前の時代に対外的な危機感が高まり、あえて踏み切った戦争で勝利したので、広い範囲の人々がおたがいを「同胞」「同志」と見なす結束を実感するようになった。そういう説明は簡単につきますが、しかし吉野作造が、明治20年頃からそうした意識が生まれ始めたと言っていることが気になります。このことについては、かつて、加藤秀俊・前田愛『明治メディア考』（中公文庫、1983年）が、そのころ鉄道網の整備が全国で急速に進み、文化の首都への一極集中が始まったことに注目していました。また、初等教育における「修身」科目の影響も無視することはできないでしょう。</p>

<p>しかし、情報の流れや教育の普及だけで、国家を支える強い紐帯の意識ができるかどうかは疑問です。むしろ、人々が全国から実際に集まり、一国の政治を支える代議制のしくみが、広い「同胞」意識の形成に役立ったということはないでしょうか。もちろん、1890（明治23）年に帝国議会が開設されたときは、衆議院はまだ制限選挙制ですから、下層の国民までもが国政参加の意識を持ったということはないでしょう。</p>

<p>しかし、議員になる政治家に限らず、ある程度広い幅をもった社会層の人々が、全国でいっせいに活動する機会が、ここで初めて生まれたのです。そのことを考えれば、選挙による代議制システムの確立こそが、日本人が「国民」としておのれを意識することを可能にした。そんな風に考えることもできるように思います。</p>

<p>自由民権運動の思想的指導者であった中江兆民が、その当時に提唱していた政治構想について、藤川剛司「民に代わり議するために」（『国家学会雑誌』136巻11・12号、2023年）という論文が解明を試みています。選挙に立候補する人だけではなく、選挙民たちによる討論すなわち「公論」の場を全国に展開し、そうした「公論」のネットワークによって支えられた政党が、国会での「公論」を形成する主体になるという構想。兆民の考えでは、そこでの議論は各人が自己の利益を超える「公共心」を育んでゆく場となるはずのものでした。</p>

<p>もちろん、帝国議会がそうした理想的な対話の場になることは、現実にはありませんでした。政治家たちの努力と紆余曲折を経て、1930年代ごろに確立した、地域の利益政治と政党政治との結合が、全国の秩序を一つに結ぶようになります（池田真歩「地方社会と明治憲法体制」、前掲『アステイオン』90号を参照）。</p>

<p>いずれにせよ、広い範囲の人々を国家全体の公共秩序に組み込んでいく有力な回路として、代議制が機能したとは言えるように思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>議会制民主主義への信頼を取り戻すには</h2>

<p>先にふれたように、日本人の議会に対する信頼が高いのも、「国民」意識の形成に代表制が果たした役割の大きさのゆえかもしれません。しかし他面で、政党もしくは政治家に対する信頼は低い。漠然とした直接民主政への憧れは、このギャップを埋める方向には働かず、むしろ大きくしているように思えます。これが進むと、せっかく継続してきた議会への信頼も怪しくなるでしょう。それはリベラル・デモクラシーにとっては根本的な危機です。</p>

<p>それならば、どうすればいいのか。</p>

<p>一つ挙げるとすれば、現在、政治家と一般の人との交流経路があまりにも限られていることが問題だと思います。政治家は特定支援者に顔を合わせるだけで精いっぱいで、一般の人と接する機会が少ない。これでは一般の人が政治家を知る機会も、政治や政策に興味を持つ機会も生まれないでしょう。その点を考えると、参政党や国民民主党のような新興政党に比べて、既成の大政党がSNSの活用に出遅れているのは、はたしてどうなのかと思います。</p>

<p>また、公職選挙法に見られる、戸別訪問の禁止のような厳しい選挙規制も、そろそろ見なおしたほうがいいのではないでしょうか。選挙カーが名前を連呼して走っているだけの選挙運動では、政治参加に魅力を感じろという方が無理ですよね。</p>

<p>これはあくまでも一つのアプローチに過ぎませんが、こうした改善を繰り返し続けることで議会制民主主義に対する実感と信頼を取り戻しながら、維持・継続していくべきだと思います。</p>

<p>本稿の冒頭でもふれたように、現代人はリベラル・デモクラシーの「危機」とやたらに言い過ぎなのではないでしょうか。たとえば19世紀の西ヨーロッパ諸国は、激しい階級対立があっても、何とかそれを乗り越えて、リベラル・デモクラシーを発展させてきました。リベラル・デモクラシーは、危機に陥っても回復する能力がある。</p>

<p>これに対して独裁制の国家は、指導者が死んでしまえば、混沌状態に陥りかねません。さまざまな利害や価値の対立を前提として、それらが共存するためのシステムとしては、やはりリベラル・デモクラシーが望ましいように思うのです。</p>

<p>かつてウィンストン・チャーチル「民主主義は最悪の政治形態である。ほかに試みられたあらゆる形態を除けば」と言いました。その言葉のとおり、決して完全ではありませんが、最良の政治制度。特に日本の場合は100年以上、議会制を維持しながらここまでやってきた歴史がある。ゆえに今後も、これをみずからの制度として、改善を繰り返しながら、運営し続けていけばいいのではないでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 23 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[苅部直（東京大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>イーロン・マスクがトランプ支持に転じた「本当の理由」 保守派を超えた広がり  スティーブ・イエーツ（ヘリテージ財団シニア・フェロー）,渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13829</link>
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			<description><![CDATA[トランプを支持する層はいまや「草の根保守」にとどまらず、テクノロジー業界にまで及んでいる。チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副補佐官を務め、トランプ政権の対中政策を支えるシンクタンクの要人が、米国の本音を明らかにする。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="スティーブ・イエーツ氏" height="828" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/steveyates.jpg" width="1200" /></p>

<p>トランプを支持する層はいまや「草の根保守」にとどまらず、テクノロジー業界にまで及んでいる。チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副補佐官を務め、トランプ政権の対中政策を支えるシンクタンクの要人が、米国の本音を明らかにする。</p>

<p>※本稿は、フレッド・フライツ、スティーブ・イエーツ、渡瀬裕哉著『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>単なる保守の集合ではない</h2>

<p>【渡瀬】トランプ大統領を支持する人々のなかで、テクノ・リバタリアン（リバタリアン＝経済的な自由だけでなく、個人的な自由を重視する思想の持ち主。他者の身体や私的財産を侵害しない限り、すべての行動は自由と考える）と呼ばれる人々がいます。</p>

<p>彼らがトランプを支持する理由、中国に対して持っている不満はどこにあるとお考えでしょうか。</p>

<p>【スティーブ・イエーツ（以下「イエーツ」）】それは非常によい質問だと思います。そして、私が説明する現実を指し示しています。</p>

<p>つまり、現在行政機関を動かしている政権およびそのグループは単なる保守の集合ではないのです。</p>

<p>MAGA（Make America Great Again：アメリカを再び偉大に）連合やトランプ連合、そしてトランプ政権は、それよりもはるかに広範な支持を受けているのです。</p>

<p>私は保守派であり、ヘリテージ財団も保守派の人々が大勢います。私たちは政策が私たちの同意する方向へ大きく進んでいると感じていますが、（それ以外の動きを含む）大統領の連合が向かう方向と私たちの見解が完全に一致し、100%重なるというつもりはありません。</p>

<p>私たちは彼らを「テック・ブロ」と呼んでいます。ベンチャーキャピタルとテクノロジーの組み合わせです。あなたが指摘するように、彼らはリバタリアンを起源とし、リバタリアン的な見解を持っています。</p>

<p>そして、彼らが民主党の投票グループから離脱した最初の要因は、アメリカにおける検閲運動でした。</p>

<p>テクノロジーやソーシャルメディア・プラットフォームが傷つけられることは、アメリカという理念にとって致命的なものであると同時に、技術、科学、開発など起業家精神に富む探求の基盤を傷つけることでもあると彼らは考えました。</p>

<p>イーロン・マスクがその最も有名な例であり、デヴィッド・サックスは、現在ホワイトハウスで正式な常勤職に就いている、そのグループの象徴のような人物です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国との競争に勝つために必要なエネルギー</h2>

<p>では、なぜ彼らは（トランプ）連合の一員であり、（トランプ）連合はなぜ彼らをその一員として迎え入れたのでしょうか？</p>

<p>まず第一に、トランプ大統領は、自分が信じる「アメリカ第一」政策を実行するために継続的に与党多数派を確保するには、従来の共和党の支持基盤を超えたパートナーが必要であることを認識していました。</p>

<p>トランプは、支持層を広げようとしたのです。最初の大きな拡大は、労働者層へのアプローチと貿易政策の調整でした。</p>

<p>第二の大きな要素は、テクノロジー業界でした。彼らが成功するためには、米国におけるエネルギーとインフラの根本的な改革が必要です。</p>

<p>宇宙、AＩ、その他の分野で勝利を収めるためには、豊富で手頃な価格の、かつ信頼性の高いエネルギーが必要だからです。</p>

<p>気候変動「カルト教団」の政策である二酸化炭素の計量化で、世界がより安全で健康な場所になったわけでも、それで実際に、地球の気温に影響を与えているわけでもありません。</p>

<p>彼らがしていたのは、この競争に勝つために必要なエネルギーを私たちから奪うことだけでした。もし私たちが勝たなければ、この競争には地球上で最も汚染の激しい国、中華人民共和国が勝つことになります。</p>

<p>テクノロジー業界のリーダーたちがトランプ連合に参加したいと考えているのは、そのためです。トランプ主義、MAGA、ニュー・ライト（新右派）。この連合がアメリカにとってのベストな道、テクノロジー分野が発展し続けるための最善の道なのです。</p>

<p>それでこそ、投資家や起業家の克己心が高まり、成功する。それが、テクノ・リバタリアンたちがトランプ政権を支持する理由です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>トランプだけが人々の苦痛に耳を傾けてくれた</h2>

<p>ドナルド・トランプは、従来の政策によって損害を被った人々を擁護すべきだと考え、自分に共感する国民がアメリカにはたくさんいるだろうと思いました。</p>

<p>それまでにも、保守主義の原則を信じる人々はいました。共和党の候補者の多くが、自由貿易、自由な事業、強力な国防など、私たち全員が共感できる多くのことに賛成でした。</p>

<p>しかし、それは人々の頭に働きかけましたが、人々の心を動かすものではありませんでした。人々を傷つけ、損害を与えた要因が、トランプにそれまでと異なる連合（coalition）を見出すきっかけとなりました。</p>

<p>第1の問題は、NAFTA（北米自由貿易協定）です。トランプは最初からNAFTAに強く反対していました。</p>

<p>第2の大きな問題は、イラク戦争です。トランプは一貫してイラク戦争に反対していました。アメリカ人を害した第3の要因は、我が国への不法移民の侵入でした。</p>

<p>トランプが問題視する第4の要因は（ほかにも挙げることができますが、ここでは4つで終わりにします）、米国と中国の関係における不均衡です。トランプはこれが米国の製造業を空洞化させ、私たちの生活様式に対する重大な挑戦だと見ていました。</p>

<p>共和党候補の多くが、中国を国家安全保障の課題であると語りましたが、トランプのように中国を経済安全保障の課題として語った候補は少なかったのです。</p>

<p>彼が集会を開催すると、数千人が1日中、ときには2日間も会場に列を作って待っていたのはなぜか。なぜそんな現象が起きたのか。</p>

<p>それは政府の政策で苦痛を味わってきた人々が、トランプだけが唯一彼らに耳を傾けてくれた、トランプこそ彼らを代表する人物だ、と感じたからなのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/steveyates.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 20 Feb 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[スティーブ・イエーツ（ヘリテージ財団シニア・フェロー）,渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「高市首相は強力な味方だ」トランプ政権キーパーソンが断言  フレッド・フライツ（アメリカ・ファースト政策研究所副所長）,渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13828</link>
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			<description><![CDATA[高市自民党の圧勝で日米関係はどうなるのか。第1次トランプ政権で国家安全保障会議参謀長を務め、第2次トランプ政権の外交安全保障政策を指南するキーパーソンが答える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="フレッド・フライツ氏" height="776" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/fredfleitz.jpg" width="1200" /></p>

<p>高市自民党の圧勝で日米関係はどうなるのか。第1次トランプ政権で国家安全保障会議参謀長を務め、第2次トランプ政権の外交安全保障政策を指南するキーパーソンが答える。</p>

<p>※本稿は、フレッド・フライツ、スティーブ・イエーツ、渡瀬裕哉著『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>トランプ大統領に似た「日本ファースト」の姿勢</h2>

<p>【渡瀬】日本の有力政治家にどのようなリーダーシップを期待されますか？<br />
【フレッド・フライツ（以下「フライツ」）】そのような質問をされると、私は通常、友好国の政治に干渉するのは好ましくないとお答えしています。</p>

<p>私はちょうど韓国の議員団と会談し、「（第一次）トランプ政権はリベラル派の文在寅大統領と生産的に協力してきたし、同じくリベラル派の李在明大統領の新政権とも、親米であり、安全保障、経済、中国、北朝鮮に関して正しい立場を取る限り、生産的に協力していく」と伝えました。</p>

<p>また「韓国をどの政党が率いるかにかかわらず、米国と韓国の関係は揺るぎないものであり、いかなる選挙や短期的な政策の違いをも超えて存続する」と述べました。</p>

<p>これは、トランプ政権の日本との関係にも当てはまると考えます。米国は親米的で、主要な安全保障問題において正しい立場を取り、経済問題でも適切な姿勢を示す日本政府との協力を望んでいます。</p>

<p>ただ強調したいのは、トランプ政権関係者が望んでいるのは、親米的で安定した日本政府、地域の安全保障上の脅威に対して強固な政策を持つ政府、そして貿易問題について交渉可能な政府と連携・協力していくことです。</p>

<p>とはいえ、高市早苗首相には非常に感銘を受けています。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」に似た「日本ファースト」の姿勢で政治に取り組んでいるように見えるからです。</p>

<p>高市氏は米国とトランプ大統領にとって強力な味方となるだろう、と確信しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日米関係は持続する</h2>

<p>【渡瀬】日本とアメリカの関係について、どうお考えですか。<br />
【フライツ】これはアメリカにとって最も重要な友好関係の一つであり、最も重要な安全保障関係です。もちろん両国間にはいくつかの違いがあるでしょうが、それらは友人として解決していく違いです。</p>

<p>また、特定のアメリカ大統領や日本の首相の間で、意見の相違も生じるでしょうが、私たちの関係は持続するでしょう。それは両国の未来にとって極めて重要です。そして、それがアメリカ国民の信じるところです。</p>

<p>トランプ大統領は、米国と日本の関係を非常に重視しています。現在の貿易をめぐる意見の相違は、長きにわたる重要な関係における一時的な問題にすぎません。</p>

<p>トランプ政権が日本との間で優先する課題は、中国、ロシア、北朝鮮といった安全保障上の共通課題です。これこそが日米が注力すべき事項です。</p>

<p>バイデン大統領が在任中に推進した〔日米韓〕3カ国関係は、彼の外交政策において数少ない成功事例の一つでしたが、この取り組みは主に反応的なものでした。</p>

<p>1991年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領は韓国からすべての米核兵器を撤収させていましたが、尹錫悦大統領が韓国の独自核兵器計画の開始に言及し、米国に韓国への核兵器再配備を要請するまで、バイデン政権は日本と韓国を無視していました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>憲法改正で自衛隊に制限がなくなることを願う</h2>

<p>【渡瀬】日本の自衛隊が、東アジアや東南アジア諸国との関係を緊密にしていることについて、どうお考えですか？</p>

<p>【フライツ】これは日本にとってよいことだと思います。日本の安全保障にも、地域の安全保障にとっても有益です。いずれ憲法が改正され、自衛隊に制限がなくなることを願っています。</p>

<p>この10年間で日本がこうした関係を促進し、自衛隊を強化してきた進展には感銘を受けています。</p>

<p>【渡瀬】クアッド（Quad：Quadrilateral Security Dialogue、日米豪印戦略対話）についてどうお考えですか。</p>

<p>【フライツ】オーカス（AUKUS、米英豪３国安全保障枠組み）も含め、大小さまざまな安全保障協力関係は、インド太平洋の安全保障にとって極めて重要です。私の理解では、ルビオ国務長官およびヘグセス国防長官は、それらを支持する意向です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ルビオは強い親日派</h2>

<p>【渡瀬】日本との安全保障上の協力において、最も重要なことは何だと思いますか。</p>

<p>【フライツ】いま申し上げた以上に、付け加えることはありません。これは米国にとって極めて重要な同盟関係です。日本は米国の核の傘の下にあります。我々は同盟国との約束を守ります。</p>

<p>マルコ・ルビオ国務長官が日米関係に対して非常に強い支持を示している点は留意すべきです。</p>

<p>日本や韓国では、トランプ政権の実際の政策を反映していない、トランプ政権高官やトランプと親しい米政府外の人物による誤った発言を耳にすることがあるかもしれません。</p>

<p>こうした人々が提唱する考えは、トランプ大統領が決して支持しないものばかりです。</p>

<p>だからこそ、日本の友人にはルビオ国務長官の日米関係に関する発言に細心の注意を払ってほしい、と強く訴えたいのです。ルビオは強い親日派であり、トランプ大統領にとって日本問題における最重要アドバイザーです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/fredfleitz.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 19 Feb 2026 17:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[フレッド・フライツ（アメリカ・ファースト政策研究所副所長）,渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会】文明史のなかの日本のリベラル・デモクラシー（第３回）  苅部直（東京大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13407</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013407</guid>
			<description><![CDATA[近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が４回にわたって概観する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本文明研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/karubetadashi3.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会（委員：河野有理、藤本龍児、三宅香帆）」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が4回にわたって概観します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本が「国家」の概念を受容した背景とは</h2>

<p>前回、前々回に見てきたような、リベラル・デモクラシーをめぐる議論の現代における動向を念頭に置きながら、近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景を概観してみましょう。</p>

<p>先にふれたリチャード・タックの議論は、近代に主権国家が登場したとき、それを説明する理論が含んでいた「主権」と「統治」との区別という発想に、新たに光をあてるものでした。そうすると、西洋近代の文化産物である主権国家の概念を、19世紀に日本が受容した基礎にあったものは何か。そのことがまず問題になります。</p>

<p>拙稿「日本が『国家』になったとき」（『アステイオン』90号、2019年5月）で詳しく書いていますが、日本の文化史・思想史においては、主権国家の概念を受け入れやすい素地が、すでに中世からできつつありました。村井章介（『アジアのなかの中世日本』校倉書房、1988年）や黒田日出男（『龍の棲む日本』岩波新書、2003年）の歴史研究が明らかにしたように、日本列島を結ぶ海運の発達を背景として、列島全体を一つの「日本」の空間ととらえ、その外側と区別する意識が、13世紀ごろから庶民にまで広がり、確立しています。当時になって初めて登場した日本の列島全図が、「日本」を取り囲んでその内と外とを区別する境界を、巨大な龍や蛇によって表現しているのが、その好例です。</p>

<p>ただし中世においては、「日本」の内側がすべて均質な空間として思い描かれていたわけではありません。さまざまな地域・都市を結ぶ線が走っているという空間像だったと思われます。これが面として広がった国土のイメージに変わってゆくのは、徳川時代に作られた各地方の「国絵図」によって、広い範囲の空間が画像として描かれるようになったのちのことだと考えられます（新田一郎『中世に国家はあったか』山川出版社、2004年を参照）。</p>

<p>さらに徳川時代には、参勤交代をはじめとする武士の長距離移動や商業の発展によって、全国を結ぶ交通網が発達します。したがって出版文化の隆盛とともに、書物の流通も全国に広がってゆく。文化史家の守屋毅が『村芝居』（平凡社、1988年）で明らかにしたことですが、各地の村で祭のさいに村人たちが上演する芝居の脚本は、全国共通です。つまり、話し言葉は地方によってさまざまであっても、書き言葉や、物語の背景をなす文化的な素養は、庶民まで含めて全国共通のものになっていたのです。</p>

<p>言語の共有によって支えられた、人と情報の交通ネットワークの全国大での確立。この状況を指して、日本は18世紀にはすでに「近代」に突入していたという見解があります（加藤秀俊『メディアの展開』中央公論新社、2015年）。「近代」の定義に関しては異論もあるでしょうが、納得できる説だと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国家を「一つの人体」にたとえる発想</h2>

<p>徳川時代の日本においては、列島全体を一つの「日本」という空間としてとらえる意識に加えて、そこに住む日本人が共通の言語と文化を共有しているという感覚も、社会の広い層にわたって共有されていたと思われます。おそらくそうした感覚を基盤として、日本という国の全体を、一つの人体のようにとらえる発想が生まれてきます。</p>

<p>それが明確に現れているのは、水戸学の思想の代表的な著作とされる、會澤正志斎による『新論』（文政8年・1825年執筆）の巻頭にある「緒言」の冒頭の一節です。そこでは、日本は「太陽の出づる所、元気の始まる所（太陽の昇る所、生命の源が発生する所）」であると述べ、これを「大地の元首」と呼び直しています。文字どおり、人間の頭部にあたる国ということになる。さらに、西洋諸国は卑賤な「脛足」「股脛」であるがゆえに海上交通を発達させアジアにまで進出してきたと述べ、アメリカは「背後」すなわち背中にあたると語ります。</p>

<p>つまりこれは、当時に西洋から輸入された両半球世界図で日本が一番東に位置しているのを見て、ユーラシア大陸の全体を一つの人体にたとえているのでしょう。そういう論理で、頭部である日本こそが、世界でもっとも優れて道徳的な国だという自己賛美を基礎づけたのでした。</p>

<p>會澤のこの著作は、「國體」という言葉を強調し、しかもそれを「国のありさま」「国の体面」といった一般的な言葉ではなく、天皇が代々その国を治めており、王朝交代が起こらないという日本独特の特質を示す言葉として意味づけし直すものでした。これが徳川末期に広く読まれて尊王攘夷論の隆盛を支え、「國體」の概念が近代の国民道徳論や治安維持法体制に継承されてゆくのですが、會澤がこの言葉を記したときは、文字どおり「日本の国という人体」の独自の個性という感覚をもっていたのではないでしょうか。</p>

<p>この人体のイメージが、西洋の主権国家の概念を受容するのに役立った。そう見ることもできるでしょう。ホッブズの『リヴァイアサン』は冒頭で、主権国家を巨大な「人工人間（artificial Man）」にたとえていますし、国家を一つの有機体（organization）にたとえるのは、19世紀の西洋思想にしばしば見られる論法です。</p>

<p>そして、「主権」の国法理論を日本に初めて紹介した書物、津田真道による『泰西国法論』（慶應4年・1868年）の第1篇第1章には、「国家は幹なり国民は支なり」という言い回しが見えます。「幹」「支」は木の幹と枝のことでしょうが、人体の体幹と手足も想起させます。また津田は、『明六雑誌』第2号（1874年）に寄稿した「学者職分ノ論」では、より明確に「政府ハ猶精神ノ如ク人民ハ猶体骸ノ如クナリ」と語ります。これは、すでにあった人体としての国家観とつながるものとして、西洋の主権理論を理解し導入した跡ではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「公論による政治」の意識が早くから定着</h2>

<p>19世紀の日本においては、やがて主権理論の受容につながるような、一つの人体としての国家のイメージが育ちつつあった。政治学の用語で言う国家建設（state-building）の日本独特の形と呼ぶこともできるでしょう。しかもこれと並行して、のちに議会制度の受容につながるような政治構想が、西洋思想ではなく朱子学を基盤にして登場したことが重要です。</p>

<p>そうした動向の先駆者と言える思想家が、熊本の朱子学者・横井小楠です。もともと朱子学には、実現すべき「理」について、師と弟子たちとが対等に論じあう「講論」の方法論があり、徳川時代の儒者による私塾や学校では、そうした対等な討論としての「会読」が普及していました。小楠はそれを政治制度に転用し、身分をこえて幅ひろい主体が参加する「公論」を活発に行なうことが、一国における「理」の発見と実践につながると唱えたのでした。</p>

<p>やがてこの発想は、西洋の政治制度に関する知識を得たことによって、徳川末期における議会導入論、すなわち「公議」による政治の提唱へと展開します。</p>

<p>こうした「公論」「公議」による政治という体制構想が、徳川政権と薩摩・長州の両者に受容された結果、明治政府による「公議」機関の設置、さらには府県会、帝国議会の開設へとつながってゆきます。政治決定は「公論」によって行なわれなくてはいけないという方針は、明治政府と自由民権運動とが、ともに最初から共有したものでした（鳥海靖『日本近代史講義』東京大学出版会、1988年を参照）。そもそも王政復古の直後に発せられた施政方針である、五箇条の「御誓文」の第一条は、「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」。この文書の起草には、かつて横井小楠ともに福井藩の藩政改革を実行した由利公正が、新政府の参与として関わっていました。</p>

<p>もちろん、結果としてできあがった帝国議会の権限が必ずしも大きくなかったことが、立憲体制としては不十分だったという批判も、早くからありました。しかし近代の日本が1890（明治23）年に帝国議会を開設して以降、昭和の戦争期も含めて一度も議会を停止していないことは、注目に値するでしょう。</p>

<p>主権国家という発想が早く定着したのと並行して、議会による政治が正しい政治制度だという感覚もまた早期に生まれ、日本人の意識にしっかりと定着しているのだろうと思います。<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 16 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[苅部直（東京大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会】文明史のなかの日本のリベラル・デモクラシー（第２回）  苅部直（東京大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13406</link>
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			<description><![CDATA[近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が４回にわたって概観する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本文明研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/karubetadashi2.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会（委員：河野有理、藤本龍児、三宅香帆）」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が4回にわたって概観します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ルソー的近代」を理想とした日本の戦後民主主義</h2>

<p>前回のジョン・グレイ、リチャード・タックの議論を「ホッブズ的近代」の再評価と呼ぶならば、いわゆる日本の戦後民主主義の思想が理想としてきたのは、「ロック、ルソー的近代」とでも言うことができるのではないでしょうか。ジョン・ロックについては、日本国憲法の前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて」とあり、ロックが『統治二論』で展開した「信託（trust）」の理論を参照して起草されたことが明らかですし、前文と第１条が掲げる国民主権に関しては、それを説いた政治思想の古典の代表としてジャン＝ジャック・ルソーの『社会契約論』がしばしばとりあげられます。</p>

<p>さしあたりジョン・ロックは措いておくとして、ホッブズとルソー、この2人の政治思想については、法哲学者の長尾龍一が「学内行政の法哲学」（1993年初出、『純粋雑学』信山社、1998年所収）というエッセイでおもしろい比較を試みています。そこでは、大学教員の2つの類型という形で、「ホッブズ主義」と「ルソー主義」とを対比して説明しています。</p>

<p>ルソーは、あらゆる政治秩序の根源には、社会契約によって設立された市民（citoyen)の共同体があると論じています。そうした原初の共同体においては、「各構成員は自分の持ついっさいの権利とともに、自分を共同体全体にたいして完全に譲渡する」（『社会契約論』第一篇第六章、平岡昇・根岸国孝訳、角川文庫、1965年、28頁）とされます。すなわち、一つの意志によって結ばれた緊密な共同体が生まれ、各人はその総体の力すなわち主権をともに行使し、他面でともに義務を負う。</p>

<p>したがって全体の生存を確保するために、戦争に参加し生命を献げるのも、また重大な罪を犯した場合は死刑に処されるのも当然ということになります。これと同じように大学行政において、書類作成や会議で忙殺される管理職の仕事を進んで引きうけ、自分の研究を犠牲にすることを厭わないのが「ルソー的教師」です。</p>

<p>ルソーとは対照的に、ホッブズは『リヴァイアサン』の第21章で、「人間が自らを保護するために本来的に有している権利は、他の誰も彼を保護しえない場合には、いかなる信約によっても廃棄されえない」（加藤節訳『リヴァイアサン』上巻、ちくま学芸文庫、2022年、349頁）と説いています。したがって、主権者が人民に兵役に就くよう命じた場合、臣民（subject）の側がそれを拒否して代役を立てる行為も不正ではないということになります。</p>

<p>そのとき、主権者は臣民の生命と身体の安全を保護するという約束を果たしていないので、臣民も命令に従う義務はなくなる。長尾はこの議論を敷衍して、大学行政の仕事を極力さぼり、管理職になるのを避けることで自分の時間を確保し、すぐれた研究業績を積み重ねる大学教員を「ホッブズ的教師」と呼んでいます。</p>

<p>市民の一人ひとりが主体的に政治秩序の運営を担うことを推奨するルソー。それに対して、主権国家が成立したあとは、そこに暮らす人々は秩序を破壊するような行動をとらない限り自由とする（ただし先にふれたように、宗教の問題を度外視する限りのことですが）ホッブズ。</p>

<p>もっともルソーの議論は、原初の市民の共同体が最初の立法権を行使したのち、執行権を委ねる対象としては、市民全員（民主政）、代表議会も含む少数者（貴族政）、一人（君主政）と3つの場合があるというもので、現実の政治制度として直接民主政を推奨したわけではありません（熊谷英人『ルソーからの問い、ルソーへの問い』吉田書店、2023年、317-321頁を参照）。しかし、社会契約と市民の共同体について語る箇所に注目するかぎり、市民の直接参加という理想像を読者の心のなかに喚起する著作であることは否定できないでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の「国民主権」は本音と建前が分離している？</h2>

<p>終戦直後における政治・社会の改革に始まる、いわゆる「戦後民主主義」の思想潮流は、長尾の言う「ホッブズ主義」と「ルソー主義」との対比に即して言うならば、明確に「ルソー主義」の色彩の強いものだったと言えるでしょう。</p>

<p>『国史大辞典』（吉川弘文館）の項目「近代」のなかで、思想史家の鹿野政直は「戦後民主主義」を以下のように説明しています。「丸山真男・大塚久雄・桑原武夫らによって、近代日本の封建遺制をするどくつく論議が展開される一方、竹内好のようにアジアの変革から学ぼうとする論議もあらわれた。また、教育における社会科の設置や、生活重視の視点の登場や、広汎な民衆運動の勃興や戦争責任論・天皇制論の展開など」。</p>

<p>「アジアの変革から学ぼうとする論議」を主要な特徴として挙げるのは、「アジアの変革」が1949年の中国の共産革命のことを指しており、終戦直後からあった動向ではないことを考えればやや疑問ですが、それ以外の諸点に関しては、「戦後民主主義」と聞かされた場合、普通に想起する内容を拾いあげていると言えるでしょう。ここで「教育における社会科の設置」が挙がっていることが、いかにも戦後日本らしい特徴です。</p>

<p>その社会科が始まった年、1947（昭和22）年の8月に刊行された中学生用の社会科教科書（パンフレット）として、『あたらしい憲法のはなし』という有名な一冊があります。文部省による発行で、施行されたばかりの日本国憲法の趣旨を解説した本ですが、憲法学者の浅井清が委嘱を受けて執筆したことが、現在では明らかになっています。</p>

<p>　この本の「主権在民主義」に関する説明は、以下のようなものでした。</p>

<p>「こんどの憲法は、民主主義の憲法ですから、国民ぜんたいの考えで国を治めてゆきます。そうすると、国民ぜんたいがいちばん、えらいといわなければなりません」（髙見勝利編『あたらしい憲法のはなし　他二篇』岩波現代文庫、2013年、37頁）。</p>

<p>この文章をよく読むと、「国を治めてゆきます」の主語がありません。「国民ぜんたい」が主語になってもよさそうなのに、そうなってはいない。</p>

<p>前回ふれた、リチャード・タックによるボダンとホッブズに関する理解、また政治体制をめぐるルソーの議論の二重構造を念頭において読み直すと、これはまさしく、「主権」と「統治」の区別、ルソーの言う市民の共同体と具体的な政治体制との関係を念頭においた、国民主権の説明だということがわかります。</p>

<p>日本国憲法では、主権が国民にあると規定されてはいても、一つ一つの立法に関して国民がみずから関与する制度にはなっていません。まして行政、司法に関して、その意志が直接に反映されることもない。統治の実態においては国民の意向を直接に実現する制度になっていない状態を前提として、「国民主権」をどのように説明すればいいのか。それを考えた末の苦肉の策だったのでしょう。</p>

<p>戦後の日本においてはずっと、初等・中等教育において、また大学の憲法の授業でも、日本国憲法の三大原理が必ず説明され、その第一に国民主権が挙げられています。金子宏ほか編『法律学辞典』第3版（有斐閣、1999年）によれば、それは「国の政治のあり方を終局的に決定する力（主権）が一般国民にあるという原理」と説明されます。「終局的に」という留保が微妙ですが、さしあたりこういう説明を聞くと、普通の読者は「一般国民」がみずから参加して政治を「決定」する直接民主政を思い描くでしょう。</p>

<p>しかし、国会で展開する立法過程や、さらにそれ以前に法案が政府与党と行政官庁の内部で練り上げられてゆく過程に、国民が参加しているわけではない。地方自治体において、個別の案件に関して住民投票が例外的に行なわれる場合くらいしか、実効性をもった直接参加の機会はありません。国民主権という原理を強調してとらえる限り、日本のリベラル・デモクラシーは、建前と本音とが分離した状態で運営され続けているのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「議会制民主主義」の価値が低く見積もられる日本</h2>

<p>「国民ぜんたいの考えで国を治めてゆきます」というデモクラシーに関するイメージは、終戦直後の「戦後民主主義」全盛期をこえて、現在に至るまで一般社会には根強く普及しているように思えます。現実の政治を論じるさいに、どんな問題の場合でも、「市民の声が反映されていない」という批判や、「市民参加のいっそうの活性化が望まれる」といったひとことで話を結んでしまう。そうした傾向が、ジャーナリズムにおける報道にも、知識人による評論やSNS上の投稿にも、しばしば見られます。</p>

<p>もちろん、デモクラシーの政治制度をしいている限り、何らかの形で国民の意向が政治に反映されることが不可欠ですから、そうした結論を述べるのもおかしなことではありません。しかし、人々の共有している理想像が著しく直接民主政のイメージに傾いている結果、先にふれた政治的決定の現実のありさまに直面することで、人々に深い失望を呼びおこしてしまう。そうした負の影響関係が生じていないでしょうか。いわゆる「政治的無関心」や投票率の低下には、そんな要因も働いているような気がします。</p>

<p>東京大学法学部「現代と政治」委員会編『東大政治学』（東京大学出版会、2024年）という本の第8章でも詳しく紹介したことですが、こうした直接民主政への素朴な憧れは、高校の「公共」科目の検定教科書にも、しばしば見られます。文部科学省で定めている学習指導要領は、「公共」で現代日本の政治制度について説明するさいに「議会制民主主義」についての記述を盛り込むように指定しています。</p>

<p>ところが、これに即して作成された教科書のなかには、直接民主政についてまず紹介し、その次に議会制民主主義についてふれ、しかも後者を「間接民主政（制）」というもう一つの名前で呼び直している例が見られます。</p>

<p>たとえばある教科書（2021年検定版）は、古代ギリシアのポリスにおける「直接民主制」をとりあげ、こちらが「民主政治のあり方としては理想的であるが、国土・人口の規模が大きい近代以降の国家では、その実施は困難である」と説明した上で、いわばその代替措置として現代の諸国では「議会制民主主義」を採っていると説明し、「間接民主制」という名称を付け加えています。直接民主政が理想だが、国家の大きさという事情のせいでやむなく採用した制度。そういう意味あいが、「間接」（directに対するindirect）という表現から感じられます。</p>

<p>しかしたとえば、英国で刊行された全8巻の『Encyclopedia of Political Thought（政治思想大辞典）』（Willey Blackwell, 2015）のindirect democracyという項目の説明に見えるのは、現代では「直接」民主政よりも「間接」民主政のほうが、自由を旨とする統治体制（a free government）において、より安定した公正なしくみを提供できるという理解です。広い国土に対応するための便宜上の手段として、代表民主政（議会制民主主義）を意味づけているわけではありません。</p>

<p>リチャード・タックもまた、先に挙げた『眠れる主権者』において、代表民主政は決して直接民主政の代替手段ではなく、そこでは代表議会それ自体が法を定め政府構成員の人選を行なう権限をもっているという点で、「統治」でなはなく「主権」の位置にあると論じています。</p>

<p>高校教科書の執筆者が、学習指導要領にはない「間接民主政（制）」という言葉を追加して、日本国憲法が定めた「議会制民主主義」の価値を低く見積もるような記述を付け加えているのです。おそらくそのような説明が、戦後はずっと、多くの高校の教室で行なわれてきたのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦後の左派知識人の影響が教育に残っている</h2>

<p>私見では、この傾向は日本国憲法の制定よりもずっと前の時代、1930年代の政治学に由来しています。</p>

<p>昭和戦前期に刊行された『法律学辞典』の第3巻（岩波書店、1936年）には「デモクラシー」という大項目があり、当時は東京帝国大学法学部の教授として政治学（政治原論）の講義を担当していた矢部貞治が執筆しています。そこで強調されているのは、同時代の欧米諸国と日本における「デモクラシーの危機」の動向です。</p>

<p>従来の「自由的・議会的デモクラシー」すなわち「議会・政党による間接政」が機能不全に陥り、それに代わって議会の機能の縮小もしくは廃止を唱え、代表制を介さない人民の直接参加を標榜する「ファシズム」と「ボルシェヴィズム」の政治勢力が左右から擡頭し、現実にイタリア、ドイツ、ソヴィエト連邦で政治体制を変革した時代。その空気のなかで、従来のリベラル・デモクラシーの体制を「間接」民主政として批判する論法が登場したのです。</p>

<p>矢部が辞典項目で「デモクラシーの危機」を論じた10年後に、日本では終戦直後の衆議院議員選挙と日本国憲法の公布を通じて、リベラル・デモクラシーの体制が復活・強化されました。しかし、リベラル派や左派（マルクス主義派）の知識人の議論には、「間接」民主政というとらえかた、そしてそれを低く評価する視線が残り続けます。矢部の「政治学」講座を継承した堀豊彦による教科書『政治学原理』増補版（東京大学出版会、1959年）には、「間接民主政治または代議的民主政治」という名称と、先ほど挙げた「公共」教科書と同じような論法が、やはり見えます。</p>

<p>さらに、日本共産党系のマルクス主義法学者だった平野義太郎が『世界歴史辞典』第18巻（平凡社、1953年）に寄稿した項目「民主主義」になると、「間接民主制」に対する嫌悪が露骨に表れています。そこで平野は、同時代の自由主義諸国における「代議制」を「ブルジョア民主主義」として否定し、事実上の一党独裁である東欧諸国、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）の政治体制を「人民民主主義」として礼賛したのでした。</p>

<p>もちろんここまで露骨な代表制批判は、冷戦終了後にはほとんど見かけなくなりますが、戦後の教育界、言論界、人文系の学界における左派の影響力の強さのゆえに、こうした「間接」民主政に対する冷たい視線が、教育現場や知識人の思考の内に根強く残ってしまった。「公共」教科書の例は、それをよく示しているのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>代表制への嫌悪をこえて</h2>

<p>もちろん先にもふれたとおり、市民の直接参加への憧れそのものは、デモクラシーを活性化させるためには重要な役割を果たします。実際に戦後日本では、そうした憧れが1960年代以降の市民運動や自治体改革を支え、成果を残してきたことも確かでしょう。</p>

<p>しかし、現実に機能しているはずの代表民主制への不信が、素朴な常識として定着してしまっていることは、デモクラシーを支える市民の意識のあり方として健全とは言えません。それは時として、民意を代弁すると称する強権的なリーダーや政党に対する、思慮を欠いた支持にもつながってしまうでしょう。他面で、政治家を目指す若者が極端に少ないという現状にも、「間接」民主政をめぐる否定的な感情が働いていないでしょうか。</p>

<p>こうした状況をのりこえるためにはどうすればいいのか。国民投票などを通じて直接参加の範囲を拡大し、タックの説く「眠れる主権者」が目覚めることを期待する。代表制の活性化に努め、その意義を人々がしっかりと実感できるようにする。政治参加に人々が主体性を発揮し、国民全体の強い一体性の内に生きるといった可能性はあきらめ、グレイが説くような「ホッブズ的近代」を現実化する。そんな3つの選択肢が考えられると思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 09 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[苅部直（東京大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>繰り返された「その場しのぎ」の政策...痛みを避け続けたメルケルの16年間が残した負債  岩間陽子（政策研究大学院大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13529</link>
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			<description><![CDATA[痛みを避け、 波風を立てず、 安定に徹したメルケル政権が「負の遺産」を残したメルケル政権を評価する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ドイツ　国会議事堂" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Germany.jpg" width="1200" /></p>

<p>ドイツのアンゲラ・メルケル氏は16年にわたる首相在任時に、人気も実績も、揺るがぬ支持も手にしていた。しかし彼女が去ったあとのドイツは、いま迷いのなかにある。それは、痛みを避け、 波風を立てず、 安定に徹したメルケル政権が「負の遺産」を残したからだ――。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より加筆・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>カメレオンの如く擬態し、変化し続けた</h2>

<p>アンゲラ・メルケルを一度だけ、間近で見たことがある。1998年だったはずだ。まだドイツ政府はボンで仕事をしていた。環境・自然保護・原子力安全担当大臣だった彼女は、日独対話の場で挨拶をしていた。</p>

<p>当時、大使館の専門調査員をしていた私は、ボンのペータースベルクの山上にあるホテルのレセプションの場で、彼女のスピーチを聞いた。内容はまったく覚えておらず、ただ逐次通訳をされた方のよどみのない通訳ぶりに感嘆したことだけ記憶している。メルケルに関しては、地味な女性だとしか思わなかった。将来彼女がドイツ首相になるだろうとは、夢にも思わなかった。</p>

<p>彼女の自伝『自由』（上下巻、KADOKAWA）の書評で私は、「彼女の政権が8年程度なら、極めて有能な首相として記憶されただろう」と書いた。その評価はいまでも変わっていない。夜を徹して続くマラソン会議で、明け方に合意をまとめ上げる彼女の手腕とスタミナは、何度となく目撃されてきた。戦後東西ドイツを通じて初めての女性首相であり、理知的な演説が印象的だった。</p>

<p>彼女が首相だった時代の連邦首相府のウェブサイトは、情報が早く、よく整理されていた。自分に関する情報管理に、とても気を使っていたのだろう。おそらく、東ドイツという監視社会のなかで抜け難く身についたものだったのだろうが、「自分がどう見られているか」ということをつねに強く意識していた。</p>

<p>決して間違いを犯さなかったわけではないが、何かミスをしたときは、静かにそれを修正して、あとから辻褄を合わせて言い繕った。その結果、当初とまったく違う場所に行きついても、素知らぬ顔で控えめな笑顔を浮かべていた。</p>

<p>1990年代の彼女はほとんど化粧っけがなく、髪型にもまったく気を使っていなかった。しかし、その後どんどん変化していった。もっとも化粧が濃いのは、2005年に首相に就任した当初だろう。アイラインやアイシャドウ、チークにも気を配り、髪型もプロに仕上げてもらっている。</p>

<p>しかし、じきに化粧も髪型もよりシンプルになっていった。「女性」を前面に出すよりも、「母親的」であることのほうが受けがよい、と学んだからだろう。身体の前でひし形に指をつくる姿勢も、トレードマークとして定着していった。自分を、庶民的で気取らない、普通のドイツのお母さんのような人物として演出しようという気持ちは、彼女の自伝を通じて見られる。</p>

<p>メルケルはつねに、国民が求めているものを鋭敏に察し、それに自分を合わせていった。ドイツ人は気取ったり、派手過ぎることは、とくに女性に関しては好まない。16年分にすればそれほど長くはない自伝のなかに、何度も首相府の食べ物の話が出てくる。</p>

<p>「ケールと豚の塩漬け」が大好物だと言い、首相府に2005年に入ったときと、2021年に去るとき、ソーセージとハンバーグとポテトサラダという同じメニューを食べたことを強調している。そのほかにも、チキンスープ、ジャガイモやレンズ豆のスープなど、あえて庶民的でドイツらしい、素朴な食べ物ばかりあげている。別にみずから台所に立つわけではなく、それらは料理人がつくってくれているのだが。</p>

<p>ほとんどカメレオンのように、国民の求めているものに合わせて擬態し続けたからこそ、彼女は16年間無敵だった。選挙には強かった。ただ、首相在任期間が長くなるにつれ、彼女が以前の自分の言動と矛盾することを平然とやっていることに、私は違和感を強めていった。</p>

<p>よく知られているのは、原発問題に関する姿勢の180度転換だ。CDU（キリスト教民主同盟）は伝統的には原子力エネルギー推進派であり、彼女も原子力安全担当大臣として、当然その政策に則っていた。しかし、2011年の福島原発事故直後に反原発政策に転じたことはよく知られている。</p>

<p>中国の人権問題も同様だ。彼女が昔、ダライ・ラマと会見したことなど、記憶している人は少ないだろう。自伝にも、ダライ・ラマの名前は一度だけさりげなく登場する。だが、就任当初は意気込んでダライ・ラマに会ったのだ。それが当時の彼女の考える国民受けだったのだろう。しかし、中国の反応を過少評価していた。</p>

<p>メルケルとダライ・ラマは、まだ彼女が政権に就く前に一度2005年に会っている。その後ドイツ首相としては初めて、2007年9月にベルリンで会談した。その前の月に訪中した折も、メルケルは人権問題を中国に対して何度も提起していた。ダライ・ラマと会うに及んで、中国側はメルケルを激しく非難し、スケジュールされていた独中対話をキャンセルした。メルケルの勇気ある行動に対して、ドイツ国内からは野党緑の党を含めて、多くの賞賛の声が上がったが、その後彼女がダライ・ラマと会うことはなかった。</p>

<p>このあと彼女は習近平との緊密な関係を築く。特徴的なのは、彼女がさりげなく、静かに立場を変えることだ。ダライ・ラマに会うほうが国家の代表としては拙策だったのだ。だから、訂正することは別に恥ずかしいことではない。これくらいのことは、多くの政治家が素知らぬ顔をしてやるだろう。</p>

<p>しかし、一旦親中派になったメルケルは、頑なに親中派のままである。任期の最後に強引に押し込もうと試みたのは、EU・中国投資協定だった。経済は政治ではない、と彼女は強弁し続けた。しかし、じつは経済を恐ろしく政治にした。その一つが中国であり、もう一つがロシアだった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>保守政権でありながらリベラル政策を推進</h2>

<p>ベルリン中心部にある動物園では、きらびやかな「パンダ・ガーデン」がいまも人気だ。やはり親中派だったヘルムート・シュミット首相の時代に借り受けたパンダが死去したあと、ベルリンにはパンダがいなくなった。在任中延べ一二回にわたる訪中を行なったメルケルは、ベルリンにパンダを連れてくる合意を取り付け、2017年7月5日に習近平と並んで華々しくパンダ・ガーデンをオープンさせた。</p>

<p>メルケル在任期間の終盤、ドイツ外交は徐々に中国から距離を置き始めていたが、彼女はいまだに自分の外交を悔いていない。自伝のなかでも、「通商関係において特定の産品を特定の国に依存するのを避ける」デリスキングはデカップリングと大差ないと批判し、重要なのは中国をルールに基づく多国間関係に取り込むための「巧みな交渉」であり、対話と協力を続けることだと主張している。</p>

<p>「特定の産品を特定の国に依存する」とは、まさにメルケルが天然ガスに関してロシアとのあいだで行なったことだ。バルト海の海底ガスパイプライン、ノルドストリーム１と２に関して、自伝では多くの頁が割かれている。ソ連／ロシアとのエネルギー経済関係を重視するというのは、じつはドイツ社民党の1970年代以来の政策である。</p>

<p>メルケルの政策はしばしば指摘されるように、非常に社民党的である。16年間の在任期間中12年間、社民党との大連立政権が続いた。オープンな移民政策や同性婚など、従来の保守政権では考えられないほどリベラルな政策を取り入れた。2015年夏の難民危機の際は、当初非常に難民に対してオープンな立場を取ったこともよく知られている。難民受け入れに関してはその後政策修正に追い込まれたものの、全般的にはシュレーダー政権時代のオープンな外国人政策が維持されていた。</p>

<p>反原発政策も社民党と緑の党の伝統的政策である。原発を放棄した結果、水素や再生可能エネルギーへの移行までの過渡期、天然ガスへの依存度を上げざるを得なかった。ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアからのパイプライン経由のガスが途絶え、エネルギー価格が高騰したことの影響を、ドイツ経済はもろに受けている。</p>

<p>2014年のロシアによるクリミア侵攻以後、EU全体としてもロシアへのエネルギー依存を減らす方向性が出されていたにもかかわらず、メルケル政権の反応は鈍かった。安全保障面への影響に対する鈍感さというのは、メルケル政権を通じて見られる特徴だ。</p>

<p>対中政策のバックラッシュ（逆流）も始まっている。長らく中国はドイツ車にとっての重要な市場だった。しかし、中国へのドイツ車の輸出は頭打ちになっており、逆に中国産ＥＶ車の輸出攻勢にEU市場がさらされ始めている。安いロシアのガスも、ドイツ車の輸出のための中国との良好な関係も、ドイツ経済界が強く望んだことではあった。その結果、ドイツ経済は潤い、相対的に安いユーロのおかげもあり、2010年代はまさにメルケルにとってもドイツ経済にとっても黄金期となった。</p>

<p>しかし、政治の役割とは、国民が望むことを実現するだけだろうか。将来を見据え、いま痛みを伴い、不人気な改革でも、国民を説得し、実現していくこともまた政治の役割ではないだろうか。メルケル政権には、この側面が欠けていた。その瞬間、瞬間の最適解を求め、国民の望むものを与え続けたため、つねに人気は高く、選挙には強かったが、将来へのビジョンや投資はおざなりにされた。16年にわたる長期政権で、その場しのぎの政策を続けたことの弊害は大きい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>おとなしい表情の裏に隠された巨大なエゴ</h2>

<p>メルケル政権のアプローチが含む問題を体現しているのが、彼女の任期中に基本法に組み込まれた「債務ブレーキ」である。この債務ブレーキに象徴される「国家財政の再建」を、メルケルはみずからの功績の筆頭にあげている。ドイツ人のインフレ嫌いは、国民的DNAに組み込まれている。安倍政権の財政拡大政策に関して、私は何度もドイツの保守政治家から強い批判を聞かされた。</p>

<p>ドイツの歴史上最大の悲劇の一つが、1923年のハイパーインフレーションである。文字どおり、お金が紙屑と化したこのインフレーションは、いまも国民のなかにトラウマとして残っており、財政均衡主義はドイツ政治文化の大きな特徴である。ユーロの設計も本来はこれを強く反映していたのだが、徐々に周辺諸国の圧力と現実の必要性に迫られて、規律は緩んでいる。</p>

<p>しかし、ドイツ単独で行動するとき、このインフレ嫌い、赤字嫌い体質は強く表れる。メルケルは誰よりもこの価値観を体現することとなった。2008年の世界金融危機のあと、彼女は財政規律を重んずる立場を「シュヴァーベンの主婦」という言葉で表現し、有名になった。「自分の身の丈を超える生活を長く続けてはならない、それこそがこの危機の本質なのです」と彼女は語った。節約と質素を重んじるドイツ国民の心の琴線に触れるセリフだった。この価値観を憲法の規定にまで高めたのが、「債務ブレーキ」だった。</p>

<p>財政規律を重んじること自体は、悪いことではない。むしろ良いことである。しかし、非常事態において、あるいは将来のためには、時にはそこから逸脱することも必要だ。世界金融危機に続いて欧州を襲ったユーロ危機の際にも、彼女は財政均衡原則から逸脱しようとしなかった。</p>

<p>2011年11月のＧ20での場面の追想は、象徴的だ。「いま必要なのはバズーカだ」と、オバマ米大統領、サルコジ仏大統領、バローゾ欧州委員会委員長など、実質上すべての首脳陣が彼女に対して景気拡大策を迫ったのに対して、彼女はたった一人で涙を流しながら抵抗したと、得意気に記している。</p>

<p>実際にユーロの信用危機を回避するにあたっては、その後ECB（欧州中央銀行）総裁となったマリオ・ドラギの活躍が大きかったと言われている。「ECBはユーロを維持するために、必要なことは何でも（whatever it takes）する用意があります」という彼の言葉は、ユーロ危機の転換点だったと言われている。</p>

<p>しかし、メルケルの自伝には、ドラギは自分に何の相談もせずにこういう発言をし、結果として自分は連邦憲法裁判所に訴えられることになったと、恨みがましい短い記述があるのみだ。メルケルのなかでは、みずからが大きな敵と戦った記憶だけが残されているらしい。彼女にはエゴがない、という表現をした伝記作家がいるが、それは違うと思う。首尾一貫したイデオロギーや思想はない。だが、一見おとなしそうな表情の裏には、巨大なエゴが隠されていたと私は思っている。</p>

<p>もう一つメルケル時代の負の側面としてあげねばならないのは、安全保障と対米関係だ。この二つが表裏一体であるのは、自明のことだろう。しかし、メルケルにとってそれは自明のことではなかった。東ドイツ育ちであるメルケルの世界観がもっとも強く表れているのが、外交・安保面だと思う。彼女にとっては、もはやアメリカもフランスも特別な国ではなく、ロシアや中国と同じようにその時々の損得で関係を考えてよい国であった。この点が、しばしば比較される安倍晋三元首相との最大の違いである。</p>

<p>トランプ第一期政権の時代、安倍晋三とアンゲラ・メルケルは「自由主義の擁護者」と持ち上げられていた。しかし、安倍晋三は一貫してトランプ大統領との良好な関係に腐心し、日米同盟における日本の安全保障上の役割を拡大しようと努力した。</p>

<p>これに対して、メルケルはトランプ大統領への嫌悪感を隠さず、経済を武器にしようとするトランプに対して正論で反論しようとした。トランプ大統領への感情を隠さないメルケルの「正直さ」「勇気」に対して、多くの国民が快哉を叫んだ。</p>

<p>しかし、対米関係は、そのほかの二国間関係とは決定的に違う。日本もドイツも、安全保障の多くをアメリカに依存している。アメリカをたんなる外国として扱うつもりならば、安全保障面でより自立する必要がある。実際、メルケルはこの時期何度も、もはやアメリカには頼れない、欧州は安全保障でも自立する必要がある、と演説している。一方で、ドイツ連邦軍への投資は怠り続けた。ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、ドイツ連邦軍の準備がいかに不足しているかは、白日の下にさらされている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>将来への投資には及び腰になりがちだった</h2>

<p>2014年初頭、クリミア危機が起こり、今日のウクライナ戦争につながるドンバス紛争が始まった。メルケルはマクロン仏大統領とともに外交交渉を行ない、ミンスク合意という妥協案を取り付けた。この外交に関しても、さまざまな批判が寄せられている。</p>

<p>ただ、ウクライナに対する軍事的コミットメントを、アメリカをはじめどの国もするつもりがまったくなかった以上、何らかの時間稼ぎ以上のことが、この時点でできたとは思えない。時間稼ぎをしつつ、本来なされるべきことは、NATOの防衛計画の見直しと並んで、ドイツ連邦軍への投資やウクライナの防衛能力の向上であった。このどちらも、メルケル下のドイツが積極的に取り組んだ形跡はない。</p>

<p>彼女の安全保障観をよくあらわしているのが、2015年5月10日モスクワでの発言だ。この前日の5月9日、対独戦勝70周年記念パレードがモスクワで催され、習近平も出席した。しかし、西側首脳は誰も出席しなかった。さすがのメルケルもパレードには出席しなかったが、その翌日モスクワを訪問し、無名戦士の墓に献花をした。そのとき彼女は、プーチン大統領と並んだ記者会見の冒頭で、「歴史は私たちに、どんなに難しくとも平和的に、対話を通じて解決しなければならないことを教えています」と語った。</p>

<p>クリミア併合への批判の言葉も忘れなかったが、ロシア側が力を使っている現状においても、対話を通じて平和的に、と語り続けたのは、それが彼女の信念に基づいていたからだろう。このあくまで平和的アプローチを説く姿勢が、彼女の人気の理由でもあり、同時に政治家としての限界でもあった。</p>

<p>ドイツ連邦軍と並んで、将来の投資への欠如を体現してしまっているのが、ドイツ鉄道の現状だ。かつてドイツ人の勤勉さ、几帳面さ、正確さを象徴する存在であったドイツ鉄道が、いまや惨めなまでに遅延や欠便が多くなり不満の対象となっている。ITやインフラへの投資の欠如が反映されているのだが、それはドイツ鉄道に限らない。</p>

<p>極右AfD（ドイツのための選択肢）人気がとくに旧東ドイツ諸州で強いことの一因は、都市部以外でのインフラの劣化があげられている。シュヴァーベンの主婦も、財布の紐を締めっぱなしでは、自宅のリノベーションすらできないだろう。20年に一度くらいは、借金してでも将来に投資をしなければ、結局は大切な自宅の寿命を縮めることになる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦後初の東独出身の女性首相が残した負債</h2>

<p>メルケルは、保守CDUのメインストリームではなかった。女性で、プロテスタントで、リベラルな価値観をもつ彼女は、中道層に人気があった。そして、それゆえCDUのメインストリームの保守男性陣にとって利用価値があったのだ。自分たちでは獲得できない票をとってきてくれ、支持層を拡大してくれる、と期待された。</p>

<p>最初の政府声明演説の決め台詞に、メルケルは戦後西ドイツ初の社民党首相ウィリー・ブラントの「もっと民主主義を」をもじった、「もっと自由を」を用いた。そしてその「自由」を自伝のタイトルに使っている。実際、かつて社民党に投票していたような知識人層が、こぞって彼女に投票した。</p>

<p>しかし、それは逆に右に空白をつくった。その空白に現れたのが、現在CDUと支持率で首位争いを続けている極右ＡｆＤだ。あまりに長期に及んだ中道寄り政策によって、CDUは本来の保守層の支持基盤を失った。1999年に資金スキャンダルをめぐり、ヘルムート・コール元首相を追い落としたことは、しばしば彼女の「父親殺し」と言われる。だが、CDUという政党自身を換骨奪胎させたという意味では、彼女はもっと大きな「父親殺し」を行なったとも言えるのではないだろうか。</p>

<p>「自由」は本来責任を伴うものだ。しかし、メルケル国家の「自由」は、それを自分で守るためのコストを負うという姿勢を欠いていた。力によって自由が脅かされたとき、力を用いてでもそれを守る覚悟に欠けていた。アメリカと距離を置くならば、みずからの自由を守るための防衛力や基盤インフラに投資すべきだった。</p>

<p>しかし、そこで彼女が重んじたのは、財政規律であり、対話と強調による外交的解決だった。2022年のウクライナ戦争開始後も、彼女はかつての自分の外交を反省する言葉を一言も発していない。これは、はっきりとロシア政策の過ちを認めたシュタインマイヤー大統領とは好対照をなしている。</p>

<p>2005年に始まったメルケル政権が、2013年で終わっていたならば、多少ふらつきながらもドラギとタッグを組んでユーロ危機を乗り切った戦後初の東独出身の女性首相、として人びとの記憶に愛されながら留まることができただろう。</p>

<p>しかし2014年以後、世界は力の要素がより大きな役割を果たす時代に入った。力の言語を用いる相手を交渉に持ち込むには、こちらも力の後ろ盾をもたねばならない。この厳しい世界で偉大な政治家として記憶されるには、彼女の原則や手法では到底及ばなかった。</p>

<p>ドイツはいま、彼女の時代の負債の重みに喘ぎ苦しんでいる。しかし、日本人もまた、将来を見据えた痛みを伴う改革を、避け続けていないか、目先の甘いお菓子をくれる政治家を求め続けていないか、みずからに問うべきだろう。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 06 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岩間陽子（政策研究大学院大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>大学院生が読む「新しい階級社会、岩盤保守の転換」 【読書会レポート】  Voice編集部</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13688</link>
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			<description><![CDATA[大学院生7名による、橋本健二・早稲田大学人間科学学術院教授による論考「新しい階級社会、岩盤保守の転換」を題材にした読書会の様子をレポート。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="読書会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_book_3.jpg" width="1200" /></p>

<p>都内の大学院に通う7名が集まり、『Voice』2025年10月号の橋本健二・早稲田大学人間科学学術院教授による論考「新しい階級社会、岩盤保守の転換」を題材にした読書会を開催しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アンダークラスの理解をどう得ていく？</h2>

<p><img alt="読書会の様子" height="556" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260130Voice02.jpg" width="1200" /></p>

<p>HR：本日はお集まりいただきありがとうございます。政策シンクタンクPHP総研でインターンをしているHRです。本日は、『Voice』2025年10月号の橋本健二先生の論考「新しい階級社会、岩盤保守の転換」について、学んでいる分野もバックグラウンドも異なる7人で話し合えればと思います。</p>

<p>皆で率直に議論できればと考えていますが、とはいえ誰の意見が正しいかと対決させるのではなく、「こういう見方もあるんだ」というお互いの気づきにつなげていきたいです。まずは自己紹介とともに記事への感想を話していきましょう。</p>

<p>まずは私から感想を話すと、タイトルにも使われている「新しい階級社会」という言葉が印象的でした。この記事では、近年の非正規労働者の急増に伴い、まとまった一つの階級だった「労働者階級」のなかで大きな格差が生まれたと指摘されています。</p>

<p>そのうえで、上位と下位にそれぞれ位置するのが正規雇用労働者階級と非正規雇用労働者階級で、非正規雇用労働者である「アンダークラス」が主要な階級の一つになった社会を「新しい階級社会」と定義している。そして、「アンダークラス」はいま、じつに困難な状況にあることが強調されています。僕は今年（2026年）の4月から国家公務員として働く予定ですが、こうした階級の変化にも敏感にならなければいけないと痛感しました。</p>

<p>またこの論考では、憲法改正や軍備増強などに加えて排外主義的な主張をする「岩盤保守」の実態について、指摘されています。橋本先生は「岩盤保守」は第2次安倍政権までは自民党政権の主要な支持基盤だったものの、現在はその一部が参政党や日本保守党に投票したと分析されています。</p>

<p>そのうえで「伝統保守」と呼ばれる層は格差拡大に反対して自民党から国民民主党に流れたことで、自民党政権が「岩盤保守」と「伝統保守」のいずれからも見放されたと指摘されている。</p>

<p>個人的にこの分析は面白かったです。行政からの目線で考えると、これまでは「支持基盤の強い自民党の理解を得れば政策が進む」と考えられてきたかもしれませんが、少数与党の時代ではその考え方は通用しない。たとえば「岩盤保守」の層に理解を得られる政策を立案して、理論的な説明をするうえでは、「ポーズ」として何かを示していくことも重要なのかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>欧米と日本で異なる排外主義の傾向</h2>

<p>A：私はいま大学院2年生で、ルーマニアにルーツがあります。ここ半年はルーマニア大使館のローカルスタッフとしても働いていて、そちらが本業のようになってあまり勉強に力をいれられていません（苦笑）。</p>

<p>本題に入ると、論考の序盤で紹介されているように、たしかに日本では平成以降に政治改革が行なわれ、2011年には東日本大震災が起きて、また中国や北朝鮮の軍事的脅威を受けて、防災や安全保障の問題がより活発に議論されるようになりました。私自身、政治に興味を持ち始めたのはここ10年くらいのことですが、それにしても安全保障への関心がきっかけでした。</p>

<p>また、論考では日本の有権者を5種類のクラスターに分けて分析していますが、その内容にも納得させられました。私が大学院のゼミでヨーロッパのポピュリズム政党について学んだとき、欧州では排外主義の傾向は所得が低い人にあると教えられました。でもこの記事では、現在の日本で排外主義的な主張をする政党を支持する傾向がある「岩盤保守」と「新自由主義右翼」は、比較的所得も大きいと紹介されている。その違いがなぜ生まれるかと私なりに考えていたのですが、リベラル側にも問題があるのかもしれません。</p>

<p>リベラル政党は以前であれば平等などの観点から所得の問題にも焦点をあてていましたが、次第にLGBTQなどの問題にシフトしていった。これまでリベラル政党に「守られていた」と感じていた人たちが「守られていない」という気持ちを持ちはじめて離れていったことも関係しているのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>投票行動の連関を挙げるだけで十分なのか</h2>

<p>K：私はHRさんと同じく大学院に在籍して3年目です。2025年6月までイギリスに留学していました。イギリスでは、とくにグローバル化による恩恵に与れない人たちが排外主義的な行動に走ると見られています。それに対して、Aさんもいまお話しされましたが、排外主義の傾向が強い日本の「岩盤保守」層の人びとの平均世帯年収が高くなっているのであれば、とても興味深い現象だと感じました。</p>

<p>一方で疑問に思ったのは、政治的な論点に対する意見と投票行動が、実際にどこまでつながっているのかについてです。本論考では、クラスター分析の結果、「こういう意見をもつ人はこういう投票行動をする」と整理されていますが、たとえば「岩盤保守」とカテゴライズされる層のなかで、所得の多い人が排外主義に走る理由や、その背景については、自分なりに問いを立てて考えたものの、なかなかストンと理解できませんでした。</p>

<p>「新自由主義右翼」の人たちは「大卒者比率が66.8％と高い」と分析されていますが、重要なのは、高等教育を受けているのになぜそうした行動に走るのか、ひいてはそうした傾向をどう評価するべきなのか、などの点ではないでしょうか。私たちがそうした議論もせず、もしも「排外主義に陥るのは知識が足りていないからだ」という態度をとってしまえば、さらなる対立が起きてしまうのではないかと懸念しました。</p>

<p>S：ドイツの大学に留学している大学院2年のＳです。正直なところ、私は「社会にとって何が正しいのか」について思いを巡らせることはありますが、「それをどうやって達成すべきか」について深く考えたことはありません。こうお話しすると「政治の初心者」と思われるかもしれませんが、温かい目で聞いていただければ嬉しいです。</p>

<p>本論考を読んでまず疑問に感じたのは、いまＫさんが指摘されたのと同じくクラスター分析についてです。たとえば「新自由主義右翼」の人たちに憲法改正や日米安全保障に対して賛成する傾向があるとしても、人によって考え方にはグラデーションやバリエーションがあるはずですよね。そう考えると、どこまで一つの名前でまとめられるものだろうかと思いました。</p>

<p>また、著者は自民党が「伝統保守」に戻って格差是正を進めることで、有力政党としての地位を守れるだろうと分析しています。第二次安倍政権から岸田政権にいたるまで、自民党は「新自由主義右翼」に近かったとされますが、それは「一番票が多く取れる」と考えたからでしょう。それなのに今度は「伝統保守」などにターゲットを移したとして、簡単に票は取れるかと言えば、私は疑わしいかなと感じました</p>

<p>HH：大学院１年のHHです。政治について関心はありますが、深い知識があるわけではないので、ハードルを下げて聞いてください（笑）。</p>

<p>大まかな感想になるのですが、私と著者は見えている景色が多少違うんだろう、と感じました。たとえば排外主義について、本論考では中国や韓国、そして在日中国人や在日コリアンを敵視し、移民の流入を嫌悪する姿勢だと記述されています。一方、私が「排外主義」という言葉から真っ先に思い浮かべたのは、クルド人の問題が話題になっているように、東アジア系ではない方々全般を忌避する考え方や行動でした。</p>

<p>また、Sさんがいま触れたように、自民党が生き残るためには「伝統保守」に回帰すべきという主張がされていますが、参院選で一度は参政党などの支持に移った「新自由主義右翼」や「岩盤保守」の票が自民党に戻ってくることは本当にありうるのか、とても気になりましたね。たしかに、保守派とされる高市（早苗）首相であれば、たしかに「新自由主義右翼」を吸収できるかもしれませんが。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>地方行政の目線からも考えていきたい</h2>

<p>HA：大学院2年のHAです。以前に３年ほど自治体に勤務してから進学しており、今年からまた自治体に戻ります。私はそもそも学術的に論じつつ最後に著者が主張するスタイルの文章を読む機会がなく、今回このような文章を読んだこと自体が新鮮で貴重な機会でした。</p>

<p>私が読後に考えたのは、国政の影響を受けて地方行政がどう変わりうるだろうか、ということでした。すでに議論に上がったように、自民党をもともと支持していた層がいま分裂しているわけですよね。ならば、はたして地方政治でも同じような傾向がみられるのでしょうか。実際、参政党が地方の駅前で熱心に活動している様子を見て、地方で着実に地盤を固めしようとする意思を感じました。</p>

<p>また、行政は「アンダークラス」のニーズにこれからどう対応するべきかについても考えさせられました。というのも、行政による援助が必要でも、日々の暮らしで手いっぱいであえて声を上げない方々もいるわけで、彼らの声をいかに拾うかはこれからの地方自治体の現場に求められるはずです。たとえば、一般的に所得が低い人ほど健康にも問題を抱える確率が高いとされますが、これは「経済的に補助すればいい」という単純な対策では済まない話でしょう。</p>

<p>W：大学院2年のＷです。僕は昔から政治にとても関心があって、中学生のころから新聞を4紙読んでいました。バカロレア教育を受けていて、「どんな情報にもバイアスがあるからいろいろな視点から物事を見よう」という教えがベースにあったからです。ルーツは日本育ちのバングラデシュ人で、この論考で言うところの「アンダークラス」で、なおかつ外国人でもあるのでピンポイントで心に響く内容でした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>排外主義的な考えの背景にあるもの</h2>

<p>皆さんのお話を聞いていて、日本でもなぜ排外主義的な議論が生まれているかが主な論点の一つだと受け止めています。その理由について、私は「ジャパニーズドリームの終焉」を挙げられると考えています。いまの時代、たとえば塾に入らないと進学校に入れないし、進学校に入れないとトップレベルの大学にいけない。そして、トップレベルの大学に行かないと社会で稼ぎにくい。実際に、東京大学の出身者の世帯年収は、どの大学の卒業生よりも高いといわれています。</p>

<p>つまりは、どのような環境からでも、頑張ればトップレベルの大学に入れて大企業で勤められる、などのかつての夢がなくなったのが現在の日本で、そうした社会的背景が人びとのあいだに鬱憤を溜め、排外主義に向かわせているのではないでしょうか。</p>

<p>ちなみに、国民の政策の理解度についても気になっています。ある政策が社会に与えるインパクトについて、はたしてどれだけの国民が考えているのか。あるいは、参政党の支持が伸びているのならば、好き嫌いではなくその社会的な背景をどのように分析するのか。こうした議論ができなくなっているのは、日本だけでなく世界的な傾向でしょう。最後に個人的な考えを付け加えると、日本人は宗教心が薄いから、排外主義的なものが宗教の代わりに入り込んでしまっているとも言えるのではないでしょうか。</p>

<p>A：アメリカやヨーロッパのポピュリズム政党を支持する人たちは、よく「昔に比べて権利がなくなった」「新しい人たちが来たことで自分たちの権利が失なわれた」と話しています。日本社会でも最近、Ｘなどで「外国人がなぜ日本の保険制度を使うんだ」などの議論を見かけますが、おそらく背景は似ているでしょう。実際に権利が奪われてるかは別として、少なくない人びとが「自分の権利が損なわれている」という感覚があるのかもしれません。たしかにそうした認識は、排外主義につながりやすいのだろうと思います。</p>

<p>HH：皆さんが触れた日本の「新自由主義右翼」は比較的年収が高いというデータですが、そもそもこれは三大都市圏の調査データとして紹介されているものですよね。都市圏の人たちであれば、そもそも大卒で年収が高い割合は高くなるでしょう。日本全体で調査した場合は、また異なる傾向を見てとれるかもしれないと思いました。</p>

<p>HR：首都圏の大学で学んでいると、確かにメディアで論じられているような排外主義的な発言をする人はいないと言っても過言ではないですね。</p>

<p>HA：以前に自治体に勤めていたときには、定期的に「日本から中国人を追いだせ」という趣旨の手紙が来ました。たとえば、地主の方が「あの土地を中国系の企業が買ったことが許せない」と書いてこられたのです。私が勤めていたのは地方の自治体ですが、たしかに耕作放棄地を中国企業が買って太陽光パネルを設置しているケースがある。当事者間で合意がとれている話なのですが、隣の土地をもつ方からすると感覚的に看過しにくいのでしょう。</p>

<p>W：僕はリベラル的な思想の持主だと自認していますが、それでも国家安全保障の観点から、外国人、とくに永住権を持っていない人に土地を売るのは避けるべきと思っています。</p>

<p>S：排外主義的な考え方って、じつは日本を守るためには重要な感覚なのではないか、とも思うんです。私は海外旅行が好きで、また他国の文化を知るのはとても大事だと考えていますが、一方で「日本が日本であるために大事なもの」が海外から来た人によって奪われかもしれないと感じること自体は全面的に否定されるべきではないでしょう。もちろん、そうした考え方から攻撃的な言動をとるのは絶対に許されませんが。</p>

<p>では、日本にとって何が大事なのかを考えると、それは建物などではなく、考え方や対応など「目に見えないもの」ではないでしょうか。たしかに、海外の人が日本各地にたくさん入ってくることとすれば、2000年以上続いてきた文化や環境を失いうるインパクトかもしれません。</p>

<p>私は鹿児島出身で祖母が農家であるため、そういう人の暮らしや文化を守らなきゃいけないと考えやすいのかもしれません。ただ、さまざまな情報が入り混じる東京に住んでいると、文化を大事にするという考え方が少しずつ薄れていきやすいでしょう。</p>

<p>W：とても重要な着眼点だと思います。外国人問題については環境の変化も見逃せない背景と考えていて、ネットがつながる現在は、外国人はわざわざ日本人とのコミュニティに入らなくても外国人同士で人間関係を築けます。その結果、日本人と外国人のあいだで距離感が生まれているのではないでしょうか。</p>

<p>とくに懸念しているのが、外国人が自分の子どもを日本の学校に入れずに日本文化に触れないケースが増えることです。僕はインターナショナルスクールの出身ですが、そこで日本文化に触れたことで、僕の親も日本について学ぶということが少なくありませんでした。これはあくまで一例ですが、外国人にもそういう機会が大切だと思います。</p>

<p>K： 本論考が掲載された『Voice』2025年10月号のほかの記事（佐伯啓思『現世的かつ現実的な「日本思想」の可能性』）では、西洋が個人主義である一方、日本には「家」を守らなきゃいけないと考える人が一定数いるという趣旨が書かれています。この「守らなきゃいけない」という感覚をもっている人は比較的年収が高い層ではないでしょうか。</p>

<p>たとえばお墓のように、お金がなかったら守るものも余裕もありませんから。少し前の議論につながりますが、排外主義の傾向があるとされる「岩盤保守」と呼ばれる人たちには、共通する傾向かもしれないと思いました。</p>

<p>HR：排外主義について自分の考えをもって、言語化して話す機会って、普段ではなかなかありませんよね。私自身、貴重な機会になりました。皆さん、率直な意見をありがとうございました！</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 03 Feb 2026 12:00:15 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[Voice編集部]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>自民党が生き残る唯一の道は「伝統保守」への回帰　なぜ所得再分配が必要か  橋本健二 （早稲田大学人間科学学術院教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13689</link>
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			<description><![CDATA[自民党が進むべき道とは? 新著『新しい階級社会』が注目を呼ぶ著者・橋本健二氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国会議事堂" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kokkaigizidou.jpg" width="1200" /></p>

<p>「この本は参院選の結果とその後の政局を予測していたのではないか」―。新著『新しい階級社会』が注目を呼ぶ話題の著者が、拡大する「アンダークラス」の実態、自民党の主要な支持基盤の変容、自民党が進むべき道を提言する。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。<br />
※この記事を題材にした読書会を開催しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>参院選結果の衝撃と「新しい階級社会」</h2>

<p>参議院議員選挙の投開票があった7月20日のほぼ1ヶ月前、私は『新しい階級社会　最新データが明かす〈格差拡大の果て〉』と題する著書を上梓した。脱稿したのは2月だから、参院選について言及しているわけではないのだが、投開票の直後、何人かのメディア関係者から「この本は参院選の結果とその後の政局を予測していたのではないか」という趣旨の問合せや取材依頼を受けた。</p>

<p>この問いは、半分は当たっているが、半分は外れている。たしかに私は本書で、新興の右派政党、つまり参政党と日本保守党が自民党の支持基盤の重要な一部である、いわゆる「岩盤保守」を切り崩して支持を集める可能性を指摘していた。しかし参政党に集まった支持は、予想を遙かに上回っていた。</p>

<p>さらに私は、自民党の支持基盤が切り崩されたあとの政治の行方についても言及し、自民党はそれまでの「岩盤保守」に迎合した路線を修正するのではないかと論じた。しかし政局は今のところ（少なくともこれを執筆している8月中旬時点では）流動的だから、当たっているかどうか、まだわからない。順を追って説明していこう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>拡大する「アンダークラス」</h2>

<p><img alt="図表1 5つの階級の特徴" height="893" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260130Hashimotokenji01.jpg" width="1200" /></p>

<p>一般的に資本主義社会、つまり資本主義を主要な経済構造とする現代社会には、4つの階級が存在するとされてきた。両極に位置するのは、企業の経営者からなる階級である資本家階級と、雇用されて現場で働く人びとからなる労働者階級だが、それ以外に2つの中間階級が存在する。ひとつは資本家階級と労働者階級の中間に位置する新中間階級、もうひとつは独立自営の農業や商工サービス業などを営む旧中間階級である。</p>

<p>ところが近年、変化が生じてきた。一方では経済のグローバリゼーションとサービス経済化というマクロな変化、他方では新自由主義的な経済政策と労働政策によって、非正規雇用の労働者が激増してきたからである。非正規労働者は以前からいたのだが、その大部分は人生の一時期だけ非正規労働者として働く、学生アルバイト、パート主婦、定年後の嘱託などだった。</p>

<p>ところが1990年代から、学校を出たあと正規雇用の職を得ることができずにフリーターとなる人びと、さまざまな経路から非正規雇用へと流入してくる人びとが増え、不安定かつ低収入の貧困層、または貧困層予備軍を形成するようになった。</p>

<p>労働者階級はこれまで、まとまったひとつの階級で、資本家階級と並ぶ資本主義社会の二大階級のひとつとされてきた。ところが今日では雇用形態の違いによって、その内部に大きな格差が生まれ、事実上は2つの階級に分裂している。上位に位置するのは正規労働者階級である。下位に位置する非正規雇用の労働者階級は、ここではアンダークラスと呼んでおこう。「新しい階級社会」とは、アンダークラスが拡大して主要な階級のひとつになった社会のことである。</p>

<p>「2022年三大都市圏調査」から得られたデータをもとに、5つの階級の特徴を示したのが図表1である（※1）。ただし人数と構成比については、政府統計の「就業構造基本調査」を用いている。有配偶の女性非正規労働者であるパート主婦は、その大部分が新中間階級または正規労働者階級の夫をもち、生計の多くを夫に依存しており、独立した階級とはいえないことから、別扱いとしておいた。</p>

<p>アンダークラスがほかの階級とは明らかに異質で困難な状況におかれていることは、一見して明らかだろう。個人年収はわずか216万円、世帯年収も379万円に過ぎず、貧困率は37.2％にも達している。未婚率は、69.2％と極端に高い。経済的理由から、結婚することも子どもを産み育てることも困難な人びとが多数を占めるのである。</p>

<p>アンダークラスの拡大は、1980年ごろから続く日本の格差拡大の、もっとも大きな原因である。その窮状が放置されるなら、やがて多くの困難を抱えた巨大な高齢貧困層が形成されることになる。しかもアンダークラスは、学卒後に安定した職を得ることのできなかった若者たちを中心に、いまも生み出されつつある。このままなら少子高齢化の流れが止まることはない。2023年の合計特殊出生率は1.20にまで低下した。日本社会は、いままさに存続の危機にあるといわなければならない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>（※1）調査は2022年1月から2月にかけてインターネット調査の方法で実施された。調査対象は20－69歳の住民で、有効回収数は4万3820人だった。なおアンダークラスのうち60歳以上の部分は、長年にわたって正規雇用者として働いたあと、再雇用で非正規労働者となった人びとを含んでおり、年収・資産総額とも低くないため、人数と構成比以外の集計から除外している。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政治の対立軸と政治意識の5類型</h2>

<p><img alt="図表2 政治意識から抽出された5つのクラスター" height="890" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260130Hashimotokenji02.jpg" width="1200" /></p>

<p>格差拡大の事実が広く知られ、「格差社会」が流行語となり、広く社会的関心を集めるなかで起こったのが、2009年の自民党から民主党への政権交代だった。この時期、格差の問題はまぎれもなく政治の中心的な争点だった。</p>

<p>その後、東日本大震災を経て高まった防災への関心、自民党の政権奪回と第二次安倍政権の下で国論を二分した安全保障問題、繰り返される「政治とカネ」問題などがあり、やや後景に退く局面もあったが、それでも格差の問題は主要な政治的争点のひとつであり続けた。</p>

<p>しかし今日、日本では新たな政治的争点が重要性を増してきているようだ。それは、中国や韓国、そして在日中国人や在日コリアンを敵視し、移民の流入を嫌悪する、排外主義である。2022年あたりから使われるようになった言葉である「岩盤保守」は、憲法改正や軍備の増強など保守の伝統的な主張に加えて、排外主義的な主張をする人びとを指している。これが「岩盤保守」だというのだから、排外主義はすでに「保守」の構成要素だということになる。</p>

<p>つまり現代日本には、主要な政治的争点が3つある。第一は、戦後保守―革新の代表的争点である憲法と安全保障、第二は格差、そして第三が排外主義である。「2022年三大都市圏調査」では、この3つの政治的争点についていくつかの設問を設けた。これら3つの争点に対する人びとの態度は、互いに関係し合いながらも、ある程度まで独立している。そこでクラスター分析という手法を用いて、人びとの政治意識の類型化を試みたところ、5つの非常に特徴的な集群（クラスター）が抽出された。図表2は、それぞれの特徴を示したものである。</p>

<p>クラスター分析に用いたのは、ａからｆまでの6つの設問である。ａとｂは格差を縮小させる所得再分配政策に対する評価、ｃとｄは憲法改正と日米安保体制に対する評価、ｅとｆは外国人忌避と嫌中・嫌韓である。</p>

<p>クラスター1は全体の26.4％を占める最大のクラスターである。所得再分配を支持する人の比率が高く、憲法改正を支持する人と米軍基地の沖縄への集中を容認する人はいずれもわずかである。典型的な戦後革新の立場をとる人びとであり、その特徴をひとことで表わすなら「リベラル」だろう。自民党支持率は12.1％と低く、野党（立民、共産、国民、れいわ）支持率は16.4％とやや高い。ただし約6割には支持政党がない。</p>

<p>クラスター2は二番目に大きいクラスターで、全体の21.0％を占める。所得再分配を支持する人の比率が「リベラル」の次に高い半面、半数近くが憲法改正を支持し、米軍基地の沖縄への集中を容認する人も4割に近い。戦後保守の立場に立ちながら、生活困窮者に対して温情的な態度を示す人びとで、「伝統保守」と呼ぶことができる。自民党支持率は27.9％と高いが、公明、維新、野党などほかの政党を支持する人も25.3％おり、自民党一色というわけではない。</p>

<p>クラスター3は全体の20.9％を占める。所得再分配を支持する人の比率は高くないが、じつは「あまりそう思わない」と回答した人がきわめて多く、強硬に反対しているわけではない。</p>

<p>顕著な特徴は、憲法改正と米軍基地の沖縄への集中を支持する人がほとんど皆無であることで、「リベラル」と同様に戦後革新の立場をとる人びとともいえるが、所得再分配への態度が明確でない点で「リベラル」とは異質である。「平和主義者」と呼ぶのがふさわしいだろう。自民党支持率は14.3％と二番目に低く、野党支持率が8.2％とやや高いが、支持政党なしが65.6％とほぼ3分の2を占めている。</p>

<p>クラスター4は全体の18.5％を占める。このクラスターの特徴は、はっきりした態度をとらないことで、所得再分配、安全保障、排外主義のいずれに対しても、回答は「どちらかといえばそう思う」「あまりそう思わない」、あるいは「どちらともいえない」に集中している。おそらく、あまり関心がないのだろう。予想されるように支持政党のある人は少なく、支持政党なしが62.1％に上っている。「無関心層」と呼んでおこう。</p>

<p>クラスター5はもっとも小さいクラスターで、全体に占める比率は13.2％である。所得再分配を支持する人の比率はきわだって低く、数％にとどまる。これに対して憲法改正を支持する人、沖縄への米国基地の集中を容認する人はいずれも過半数を占める。さらに排外主義的な傾向が異様なほど強い。</p>

<p>伝統的な保守の立場を支持するとともに排外主義の傾向がきわめて強く、所得再分配政策を強硬に拒否する人びとで、「新自由主義右翼」と呼ぶことができる。自民党支持率が36.7％と高く、野党支持率はわずか4.5％である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「新自由主義右翼」の正体と政治的影響力</h2>

<p>この「新自由主義右翼」こそが、いわゆる「岩盤保守」の実体だろう。どのような人びとなのか。男性比率が67.3％と3分の2を超え、大卒者比率は66.8％と高く、ほかを大きく上回る。世帯年収は812万円、資産総額は3370万円とほかを大きく上回っており、その豊かさはきわだっている。</p>

<p>しかも「新自由主義右翼」は「国政選挙でいつも投票している」という人の比率がもっとも高い。「新自由主義右翼」は、小さなクラスターであるにもかかわらず、自民党支持者に占める比率は23.5％で、規模の上では大きい「伝統保守」（28.5％）に近い。しかも投票率がほかのクラスターより高いのだから、自民党の得票に占める比率は、さらに高いはずだ。</p>

<p>このように自民党は「伝統保守」と「新自由主義右翼」を主要な支持基盤としているのだが、自民党の現実の路線は、2009年に政権を奪われ、安倍元首相の下で政権を奪還したあと、岸田政権に至るまでをみる限り「新自由主義右翼」に近かった。安全保障に関して、国民の多くが反対した施策を次々に打ち出す一方で、格差解消や所得再分配に対しては消極的な姿勢をとり続けた。この時期の自民党は、少数派である「新自由主義右翼」を過剰に厚遇し、ある意味では「新自由主義右翼」に乗っ取られていたといってよい。</p>

<p>このため、本来は自民党の支持基盤であるはずの「伝統保守」の人びとは、難しい選択を迫られてきた。憲法改正を望んではいるが、憲法改正を掲げる自民党は「新自由主義右翼」に迎合し、所得再分配に消極的で格差拡大を放置している。だから不満を抱えながら仕方なく自民党に投票するか、あるいはほかの政党に投票するしかなかったのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自民党は「伝統保守」に回帰すべきだ</h2>

<p>しかしここで、自民党よりさらに右に位置する右派政党が登場したとすれば、どうなるか。それはすでに部分的には、2024年の衆議院議員選挙の結果にあらわれた。「岩盤保守」の一部が自民党から離れ、新興の右派政党である参政党と日本保守党に投票したのである。今回の参議院選挙では、この傾向がさらに全面化したといってよい。</p>

<p>しかし、それだけではなさそうだ。比例代表区における参政党の得票率は12.5％に達した。日本保守党と合計すれば17.6％である。「新自由主義右翼」の支持だけではこれほどの躍進は説明できない。おそらくは政治意識の高い「新自由主義右翼」だけではなく、それほど政治意識が高くない、ただの「外国人嫌い」や、所得再分配に反感をもつ「弱者嫌い」などが参政党に票を投じたとみるべきである。</p>

<p>さらに国民民主党（得票率12.9％）も躍進した。誰が国民民主党に票を投じたのか。それはおそらく「伝統保守」である。つまり、「新自由主義右翼」に迎合した安倍路線とは一定の距離をとる一方で、所得再分配など格差拡大を食い止める政策にまでは踏み込まなかった自民党政権が、「新自由主義右翼」と「伝統保守」の両者から見限られたのである。</p>

<p>今回の選挙から、新興の右派政党が「新自由主義右翼」の支持を集めるという流れが明らかになった。おそらく当分、この流れが止まることはないだろう。これまで自民党が「新自由主義右翼」の支持を集めることができたのは、自民党の右に有力な政党がなかったからに過ぎないからである。</p>

<p>これに対して有権者の多数派は、安全保障問題については立場が分かれるとはいえ、格差の縮小を求めている。だから自民党が今後も政権党、あるいはこれに準ずる有力政党の地位を守り続けたいなら、所得再分配によって格差の縮小を図る政策を前面に掲げ、「伝統保守」の支持を取り戻すしかない。これはそれほど難しいことではないはずだ。戦後の長きにわたり、自民党は憲法改正と日米軍事同盟堅持を掲げる一方で、中小零細企業と自営業者の利害を守る、弱者重視の政党でもあったからである。</p>

<p>自民党がこのように方針を転換すれば、憲法と安全保障の問題での対立が続く一方で、所得再分配を通じた格差の是正と貧困の解消については合意が形成されることになる。そうなればアンダークラスの境遇は改善され、すべての人びとが次世代を再生産することができるだけの所得を手にし、出生率は回復する。消費の拡大によって経済は安定し、社会保障システムが破綻する心配もなくなる。</p>

<p>また憲法や外交など重要な政治的課題について、一部の人びとの主張が過剰に代表されることはなくなり、異なる立場が偏りなく代表されて対話が展開される、健全な政治社会が実現するだろう。</p>

<p>自民党が生き残る唯一の方法は、安倍路線と決別し、原点ともいうべき「伝統保守」の立場に回帰することである。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kokkaigizidou.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 03 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[橋本健二 （早稲田大学人間科学学術院教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会】文明史のなかの日本のリベラル・デモクラシー（第１回）  苅部直（東京大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13405</link>
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			<description><![CDATA[近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が４回にわたって概観する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本文明研究会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/karubetadashi1.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会（委員：河野有理、藤本龍児、三宅香帆）」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。近代の日本においてリベラル・デモクラシーの政治制度が採用され、定着するに至った、その文明史的な背景について、苅部直氏が4回にわたって概観します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現代では「新たなリヴァイアサン」が登場している？</h2>

<p>「先進諸国のリベラル・デモクラシー（自由民主政）が、いまや危機に瀕している」――近年、特にアメリカで第２次トランプ政権が始まってから、よく耳にする言説です。1990年代初頭、ソヴィエト連邦と東欧諸国の共産主義体制が崩壊し、東西の冷戦が終了を迎えた直後には、リベラル・デモクラシーの勝利が声高に語られましたが、その勝利の物語が崩れ始め、新たな時代に入った。現代に関する、そうした時代認識です。</p>

<p>英国の政治哲学者ジョン・グレイ（ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授）が著した『The New Leviathans ; Thoughts After Liberalism』（Allen Lane, 2023）が、そうした議論の中のおもしろい例です。題名は、17世紀のイングランドで書かれた政治思想の古典、トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』をもじったもの。人間が純粋にその本性のみに従って行動する自然状態では、お互いに争いあう「各人が各人に対して敵である戦争」（『リヴァイアサン』第14章）が展開し、全員が死の恐怖にさらされる悲惨な状況が続いてしまう。その混乱状態に終止符を打つために、人々が契約を結び、政府を設立して、自分たちの権利を国家権力に委ねる。そうして設立される強大な国家（主権国家）を、ホッブズは『旧約聖書』に出てくる恐ろしい怪獣「リヴァイアサン（レビヤタン）」に例えたのでした。</p>

<p>このホッブズの理論が近代西洋の古典的なリベラリズムを基礎づけてきた、とグレイは考えています。ホッブズ自身の議論は、人々は自分の権利のほとんどを国家に委ねてしまうので、国家が設立されたあとは、原則としてその命令に抵抗できないと説くものです。しかし、のちにジョン・ロックなどの思想家がホッブズの議論を継承しつつ批判することで確立していった近代のリベラリズムの理論においては、人々の生命・自由・財産の保持に関わる権利や言論の自由、信教の自由といった諸権利は、国家が保障すべきものであり、基本的には政治権力が侵害してはいけないということが原則として定着したのです。</p>

<p>グレイは、そうしたリベラルな諸自由の理念は、根本的にはキリスト教が生んだ文明の一部分だという理解を示しています。「生きる意味は何か」といった窮極の問いに関しては個人の内面の信仰に委ね、国家はあくまでも形式的な制度の体系としてその問題に介入せず、思想や信仰の自由を外側から保障するというあり方。それが、キリスト教においては神が人間に与えたものとされる理性への信頼と、宗教戦争の苛酷な経験から生まれた寛容の精神に基づく、リベラリズムの原則だというのでしょう。</p>

<p>しかし、この21世紀、とりわけポスト・パンデミックの現在には、上に述べたようなリベラルな近代国家の原理とは異なる「新たなリヴァイアサン」が登場し、猛威をふるっている、とグレイは説いています。一つは、ロシアのプーチン政権、中国の習近平政権に見られる新独裁主義の傾向。そしてもう一つは、西欧諸国やアメリカに広がるアイデンティティ・ポリティクス、キャンセルカルチャーの横行です。</p>

<p>前者は国家権力が社会生活に直接に介入することを通じて、そして後者は左派の運動家たちが国家による格差是正措置などを要求し、対立者を排除することによって、政治権力に関するリベラルな制限をとり払い、権力が統制する範囲を大幅に広げている。どちらの動向においても、国家が強力な検閲体制をしき、かつてヨシフ・スターリンが文学者をそう呼んだと言われる「人間の魂の技師」として、臣民たちの生に意味を与えながら、治安の確保にあたることが期待されています。そうした国々では、近代のリベラリズムはすでに終わりを迎えているというのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「多元的リベラリズムこそが、秩序を維持できる」</h2>

<p>この新著におけるグレイの展望は暗いものですが、彼は20数年前に、やはりホッブズの思想を参照しながら、リベラリズムの新たな展望を示していました。2000年に刊行された著書『Two Faces of Liberalism』（松野弘監訳『自由主義の二つの顔』ミネルヴァ書房、2006年）では、従来のリベラリズムとは異なる、ネオ・ホッブズ主義と言うべき、もう一つのリベラリズムへの転換を提唱しています。</p>

<p>グレイによれば、ジョン・ロック、イマヌエル・カント、ジョン・ロールズといった思想家に代表される従来のリベラリズムは、すべての人間に共通する価値観が存在すると信じ、その理想に向けて社会を構築する「合理的リベラリズム」と呼ぶべき思想でした。そうした一つの原理・原則に基づいて国家の諸制度を定めることで、近代国民国家もしくは主権的国民国家は成立すると考えられてきたのです。</p>

<p>しかし現代では、一つの価値観を社会の構成員の多くが共有しているという考えがすでに疑われるようになり、様々な文化や価値観が社会のなかに混在していることを、正面から認める必要がある。そこでグレイが提唱するのは、多様な価値観の共存を認める「多元的リベラリズム」です。そこでは、理性的な説得を通じて一つの価値を共有するというのではなく、異なる価値を追求する主体どうしが、「暫定協定（modus vivendi）」を時々に結び直す営みを通じて、おたがいの衝突を避け、共存することが推奨されます。</p>

<p>政治共同体で一つの価値を共有する必要はなく、個人がそれぞれにみずからの追求する価値を選んでよい。国家の役割は、価値に関する多元主義を前提としながら、多様な人々の権利を守り、生命の安全を確保することである――この考え方は、実はホッブズの唱えた国家観に近い。ホッブズの言う主権国家は、（その教会論を度外視すれば）思想・信条の統一をさしあたり求めず、平和と秩序を優先的に考えるものだからです。グレイは、価値が多元化した時代には、市民どうしの「暫定協定」と、その外側で法秩序を保つ国家こそが、リベラルな秩序を実現できると語っています。</p>

<p>ジョン・グレイの師は、20世紀を代表する政治哲学者・思想史家で、価値の多元性と共存を説いたアイザイア・バーリンです。一つの価値・原理を共有するリベラリズムの構想に対して批判的なのは、バーリンの影響によるところも大きいのでしょう。『The New Leviathans』には、こうしたリベラリズムの選択肢に関する言及が見えませんが、国家が最小限の力の行使によって秩序を保障し、そのもとで多様な価値観を持つ人々が、互いに「暫定協定」を結び直す作業を繰り返してゆくのが望ましいという考えは、まだ維持しているのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「主権」の概念をとらえなおす試みも</h2>

<p>近年にホッブズの思想をおもしろく読み直した試みは、グレイの著作だけではありません。ケンブリッジ大学に学んだ政治思想史研究の大家で、ハーヴァード大学教授であるリチャード・タックが2015年に著した『The Sleeping Sovereign』（小島慎司・春山智・山本龍彦監訳『眠れる主権者』勁草書房、2025年）です。そこでタックは『リヴァイアサン』ではなく、その前にホッブズが書いた著作『市民論（De cive）』に注目しています。</p>

<p>先にふれたように、『リヴァイアサン』の議論においては、主権国家が設立されたあとは、人々の権利は主権者、すなわち君主もしくは元老院・議会のような合議体にほとんど委ねられるので、一般人民の意志が国家の運営をじかに左右する可能性はありません。しかし『市民論』の第7章においてホッブズは、デモクラシーはさまざまな形式をとりうるのであり、選挙による君主政もそこに含まれると説くことで、主権が実質的に人民に由来すると指摘していた。タックはそう理解します。</p>

<p>ホッブズが下敷きにしているのは、16世紀フランスの思想家ジャン・ボダンが主権国家の理論を定式化したときに持ち込んだ、「主権」と「統治」の区別です。「主権」は最高の立法権であり政府の高官を選任する権利で、根本的には人民に属する。統治の現実の運用においては、主権者から委託を受けた統治者が支配の実務を担うことになるが、その間、人民は言わば眠っている状態にあり、必要なさいには目覚め、統治者を選び直すことがある――そうした論理が、ボダンやホッブズによって創始された近代主権国家の理論には潜在しているとタックは指摘しています。</p>

<p>たとえば、英国の政治体制で事実上の最高権力を持っているのは議会（立法府）ですが、本来、全体の制度を決めた存在は人民だと考えられる。したがって憲法制定などの重大な制度変更を行なう局面では、国民投票という形で民主的主権はいつでも現れうるということになる。このように読み替えることで、絶対主義の擁護者ではなく、近代デモクラシーの先駆者としてホッブズをとらえ直すことが可能になったのでした。</p>

<p>ホッブズの議論の出発点は、どうすれば人間が互いに殺しあいに至らずに共存できるかという問いです。中東やウクライナにおける戦争・紛争で、歴史観や宗教観の異なる勢力どうしの激しい戦闘を目の当たりにしている現代人にとっても、生々しく迫ってくるものでしょう。グレイとタックは、前者は市民どうしの「暫定協定」とそれを外から保護する国家の役割、後者は潜在している人民の主権の発動と、強調点がそれぞれ異なります。しかしいずれにせよ、ホッブズの思想を手がかりにして、現代におけるデモクラシーと国家のあり方を考えるための、新しい視点を提供しています。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/karubetadashi1.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[苅部直（東京大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「トランプは中国との関係改善を望んでいる」 米中関税戦争の休戦に合意した理由  渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13569</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013569</guid>
			
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="米中関係" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAchina.jpg" width="1200" /></p>

<p>中国はアメリカにとって「競争相手」ではなく、世界の安全保障を脅かす明確な対立勢力である──。<br />
第一次トランプ政権で国家安全保障会議参謀長を務め、CIAや国防情報局（DIA）などで要職を担ったフレッド・フライツ氏は、習近平体制下の中国をそう断じる。本稿では、トランプ政権の対中認識について書籍『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』より解説する。</p>

<p>※本稿は、フレッド・フライツ、スティーブ・イエーツ、渡瀬裕哉著『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中国はアメリカの対立勢力である</h2>

<p>【渡瀬】中国と習近平について、ご意見をお聞かせください。</p>

<p>【フライツ】中国はアメリカに敵対する国だと考えています。アメリカの指導的立場にいる人達のなかには、中国をパートナーや競争相手として扱うべきだと述べる人もいますが、それは間違っています。</p>

<p>日本やフランスは友好的な競争相手です。貿易で競争し、影響力でも競争しています。</p>

<p>しかし、中国は競争相手ではありません。「敵（enemy）」とまでいってしまうと問題がありそうなので、この言葉は避けますが、アメリカと世界の安全保障に対する実在の脅威である対立勢力（adversary）だと考えています。</p>

<p>ルールを守らず、技術を盗み、不当な貿易を行なう。核兵器を増強している。技術を盗む。中国は、世界の安全保障に対する巨大な脅威となる国家です。トランプはそのように見ています。トランプ政権を支える主要スタッフもそう見ています。</p>

<p>今、トランプはこの脅威に対処しつつ、関係改善を試みようとしています。ある国を脅威と認識しつつも、その脅威を軽減し、友好関係を育みたい場合、非常に高度な外交手腕が求められます。これが、トランプ大統領が韓国・慶州で開催されたAPEC（アジア太平洋経済協力）首脳会議で習近平国家主席と合意した理由です。米中関税戦争の休戦と、来春に中国を訪問する方針を原則合意したのです。習近平主席は米国訪問に同意し、おそらく2026年秋になる見込みです。</p>

<p>トランプは、取引のできる大統領です。米国と必ずしも良好な関係にないものの、共存せざるをえない諸国の首脳とも取引を成立させられる交渉人なのです。これがトランプの中国へのアプローチ方法です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>市場経済改革の土台を崩した習近平</h2>

<p>【渡瀬】中国の経済は現在、あまりよい状態にありません。中国が将来、米国にとって経済的な脅威になることはないという意見もあります。それについてどう思いますか。</p>

<p>【フライツ】その話は以前から聞いています。中国経済の運営がうまくいっていないこと、習近平国家主席が1980年代から90年代にかけての市場経済改革（※）の土台を崩したことで自国経済に多大な損害を与えたことも承知しています。しかし、中国は依然として重大な安全保障上および経済上の脅威です。</p>

<p>毛沢東路線の政策を転換し、改革開放政策を推し進め、中国は急速に経済発展した。1989年の天安門事件以後、役職を退いたが、それ以後も影響力を持っていた。レアアースの戦略的価値を重視し、大規模生産を推し進める路線を決めたのも鄧小平とされる。</p>

<p>最近参加した会議で、中国がアメリカのAI専門家数百人を中国に移住させるために数十万ドルを支払っていることを知りました。その目的は、彼ら技術者が中国人学生にAIを教授し、（学んだ技術で）いずれ中国がAI分野で支配的地位を確立するためです。中国が真剣な政策として行っていることに疑いの余地はありません。つまるところ北京は、外国の専門家たちに賄賂を贈ってこのようなことをやらせているのです。</p>

<p>（※）1980年代から90年代の市場経済改革を導いたのは鄧小平（1904―1997）である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>民主的蜂起には長い時間がかかる</h2>

<p>【渡瀬】アメリカは、脅威である中国共産党政権自体を変えるつもりでしょうか。それとも共産党政権の脅威を封じ込めようとするのでしょうか。</p>

<p>【フライツ】私の意見ですが、アメリカが中国の政権を変えるというのは現実的ではありません。はっきりと申し上げますが、トランプ大統領は現政権下で政権交代を主張したことはありません。トランプは、米国がこれまで政権交代を試みたことで多くの問題に巻き込まれたと考えています。政府の変革を試みる過程で、我々はあまりにも多くの兵士を失い、あまりにも多くの資金を費やしてきました。</p>

<p>かつて、中国が2001年12月にWTOに加盟し、貿易を自由化すれば、自由貿易が自由な中国をもたらすという理論がありました。しかし、それは実現しませんでした。中国共産党は自由貿易を歪め、搾取する手段を見出し、国民への抑圧を継続しました。習近平政権下ではこの傾向がさらに悪化し、経済への国家統制強化、よりイデオロギー的な中国共産党の主張、自由市場原理を犠牲にした国家安全保障重視といった政策が推進されています。</p>

<p>私たちはただ、中国の人々が自分たちの自由の欠如と、国境を越えた世界にある自由な機会を認識する日を待つしかないのです。しかしご存知のように、中国には報道の自由はない。Ⅹ（旧ツイッター）もない。欧米の新聞も読めない。残念ながら、中国共産党を打倒する民主的な蜂起が起きるまでには、まだ長い時間がかかるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 26 Jan 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>大卒ホワイトカラーは危険な道？ トランプ関税・移民対策が変える若者の人気職  渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13570</link>
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			<description><![CDATA[AIの台頭で米国の若者が「手に職」へシフト。パシフィック・アライアンス総研の渡瀬裕哉氏が、トランプ政権の関税・移民対策がもたらす労働構造の激変と、技能職がホワイトカラーを上回る新時代のメカニズムを解説。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="工場" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_factory_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>AIの台頭が労働市場の構造を変え、米国の若者の間では「手に職」を求める動きが加速している。パシフィック・アライアンス総研所長の渡瀬裕哉氏によれば、この技能職への回帰は、トランプ政権が掲げる関税・移民対策による「海外の労働者に依存してきた構造を見直す」方向性と合致するという。書籍『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』より解説する。</p>

<p>※本稿は、フレッド・フライツ、スティーブ・イエーツ、渡瀬裕哉著『トランプ・高市同盟で日米は繁栄する』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ホワイトカラーの仕事は、エリート層以外にとっては危険な道</h2>

<p>ワシントンDC近郊に居宅を構えていたころ、街中で非常に多くの配管工トラックが走っている光景を見かけた。冬になると水道管が凍結して、ヒビなどが入りやすいことが原因であった。筆者もちょっとした油断で水道管を破裂させ、配管工に自宅の修理を頼んだことがある。彼が現場状況を診断し、すぐに適切な処置をしてくれて非常に助かった。</p>

<p>人間が生きていくためのサービスや商品は、デスクワークのホワイトカラー労働者のみで提供できるものではない。実際には、熟練した技能を持って現場で仕事をする人や、汗を流して働く人材が必要だ。</p>

<p>米国の学歴競争は厳しい。そして、高レベルの学歴コミュニティに加わることは成功への切符であると考えられてきた。実際、一流大学大学院のコミュニティは排他的であり、さながら現代の貴族階級のように見える。</p>

<p>しかし、かつては憧れとされてきたステータスも、近年の高等教育の学費の著しい高騰もあり、Z世代においてはやや見直されつつあるようだ。法外な学費を支払い、人生の船出に際して莫大な借金を背負うことに本当に意味があるのか、と考えることは妥当な問いであろう。</p>

<p>実際、米国労働統計によると、2024年に仕事を失った米国人労働者の4人に1人が専門的およびビジネスサービスに属していた。これはホワイトカラーの労働市場が高金利とAI（人工知能）による代替などの影響で厳しさが増しており、米国の労働市場が静かな構造変化に直面しつつあることを示唆している。</p>

<p>そして、いつの時代も若者は時代の変化に敏感である。若者の間ではキラキラした学歴の代わりに、実践的な技能を身に付けるための職業訓練を重視したコミュニティカレッジなどの人気が高まりつつある。全米学生情報センターによると、2019年から2024年春にかけて、学士号取得者数は3.6％減少し、準学士号取得者数は15.9％減少する一方、専門学校進学率は同時期に4.6％増加しているとのことだ。</p>

<p>ホワイトカラーの仕事の多くはAIによって代替される可能性があり、実は中長期的な雇用安定の面から考えても、ごく限られたエリート層以外にとっては危険な道だと認識されはじめているのだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIで代替困難な職種の給与は上がり続ける</h2>

<p>直近では、熟練工がホワイトカラーの給与を上回ることはザラにあり、建設などの分野を中心として新卒給与などで上回る例も出てきている。理由は簡単で、専門的な技能職は人手不足に陥っているからだ。</p>

<p>そしてトランプ政権が重視する方向は、この米国のトレンドに合致するものだ。なぜなら、空調の利いたオフィス内で怠惰を貪ってきた米国の労働者がまともに働くようになるための政策だからである。</p>

<p>トランプ政権は製造業の海外移転を防止し、米国内に雇用を戻すことを狙っている。もちろん関税によって物の価格は上がり、その点においては米国民が必ずしも豊かになるとはいえない。関税は米国民の消費生活に一定の悪影響を及ぼすだろう。</p>

<p>しかし、同時に米国民は海外の労働者に働かせてサービス・商品を消費する、という怠惰な人生を見直さざるを得なくなる。そして、トランプ政権による不法移民対策は米国の雇用市場をさらに圧迫し続けることになる。従来は不法移民が代替してきた仕事も、米国民自身の手元に戻ってくるのだ。</p>

<p>今後、AIなどで代替しにくい専門技能職やエッセンシャルワーカーの担い手の給与は上がり続けていくだろう。トランプ政権の経済政策は米国民に汗水垂らして働く生活を思い出させることになる。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 23 Jan 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[渡瀬裕哉（国際政治アナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>プーチンの要求を叶えた者が権力を握る　ロシア政治を覆う「親分への忖度」  小泉悠（東京大学先端科学技術研究センター准教授）,小谷賢（日本大学危機管理学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13548</link>
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			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ロシア" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_russia_flag.jpg" width="1200" /></p>

<p>ロシアの情報機関は、革命直後のチェーカーに始まり、スターリン期の粛清を担ったNKVD（内務人民委員部）、冷戦期に巨大な権力を誇ったKGB（ソ連国家保安委員会）へと変遷を遂げてきた。1991年のソ連崩壊に伴い、KGBは解体・再編されたが、プーチン政権下でその機能は再び強化され、現在はFSB（連邦保安庁）を中心に複数の治安・諜報機関が並立している。</p>

<p>本稿では、小泉悠氏と小谷賢氏による著書『戦闘国家』より、現在のロシアでの情報機関の実像について解説する。</p>

<p>※本稿は、小泉悠、小谷賢著『戦闘国家』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いまのロシアは「親分への忖度システム」</h2>

<p>【小泉】ロシアと言えばKGB（ソ連国家保安委員会）やFSB（連邦保安庁：国内の監視・旧ソ連諸国での諜報活動・対テロ作戦等）などの諜報機関がどうしても注目されますが、ロシア政治のプレイヤーの一つではあっても、圧倒的強者ではありません。</p>

<p>たしかにNKVD（内務人民委員部）時代はスターリンの粛清の先兵になりましたし、KGBも強大な権力を有していました。ただ、KGBとソ連軍はどちらも強力で、互いに簡単には手を出せない存在です。スターリン政権時のNKVDが軍の将軍をバンバン捕まえて拷問・追放・処刑していたあの大粛清の期間が異常だったのです。</p>

<p>冷戦時代には「ソ連の政治システムの中で共産党と軍は対立しているのか」という議論がつねにありましたが、「皆同じ共産党であり、単純に両者が対立しているとか従属しているとかいう捉え方はできない」という方向に落ち着いていきました。KGBに関しても同様です。</p>

<p>冷戦後から現在のロシアに関しても、情報機関は強力なのだけど、彼らがすべてを支配しているわけではない。プーチンも情報機関出身だけれども、だからといって自動的に情報機関が優遇されているわけでもない。ロシアの政治権力の中でどのように権力の強弱が決まっているのか、利権を確保しているのかは、ロシア政治全般のパターンの中で位置づけて考える必要があります。</p>

<p>ロシアのある政治評論家は、ロシアの各役所は横の連携がなく、プーチンを中心としてしかつながっていない「ハブ＆スポーク的な権力」である、と指摘しています。</p>

<p>しかもプーチンは、各役所や各権力者同士を競わせたりはするけれど、明確な指示を出しているわけではありません。プーチンの要求を叶えるために皆が頑張って、成功した人間が権力を得られるという、究極の忖度システムです。そのなかで、情報機関同士や、軍と情報機関が対立したり協力したりしている。いずれにせよ皆、上にいる親分を見ながら振る舞っている気がします。</p>

<p>【小谷】KGBの後継機関であるFSBもそのうちの一つの組織にすぎない、と。</p>

<p>【小泉】そう思いますね。FSBにあまりにも絶大な権力を持たせるのは危ない、とプーチンは思っているのではないでしょうか。だから情報機関の統合もしようとせず、2016年には内務省から実力部隊を独立させて治安部隊「国家親衛軍」をつくり、そのトップにかつて自身のボディガードを務めたゾロトフを据えた。</p>

<p>【小谷】実力組織を複数持っておいて、その中の一部を自分の腹心にして身近に置く、というのがプーチンの権力バランス術なのかな。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>プーチンが頼った「レニングラード時代の人脈」と「KGBの人脈」</h2>

<p>【小谷】ですが実際、プーチンの取り巻きを見ると、基本的にFSB（KGB）出身者でしょう。やはりFSB出身者でないと信用されないのか、もしくはFSBをコントロールするうえでそのほうが有利だと判断しているのか、または別の理由があるのか。</p>

<p>【小泉】プーチンは政権初期、FSBしか信用できなかったのでしょう。彼は1991年8月の保守派のクーデターをきっかけにKGBを辞職するわけですが、最終階級は中佐にすぎませんでした。</p>

<p>その後、故郷レニングラード（現サンクトペテルブルク）に帰り、レニングラード大学の学長補佐官に就きます。大学の恩師であるアナトリー・サプチャークが市長に当選すると、副市長に抜擢。しかし結局、サプチャークが市長再選に失敗して無職になります。1997年、モスクワの大統領府総務局長パーヴェル・ボロディンの誘いで同局次長の職を得るわけですが、いわば中堅幹部の地位です。そこからKGBの後継組織であるFSB長官、安全保障会議書記、首相を経て、大統領になったのが2000年。ものすごいスピード出世です。</p>

<p>プーチンは、モスクワという場所に地縁がない。エリツィンのようにソ連共産党内で歩んできた人でもない。こうした状況下で彼が頼れるものは、レニングラード時代の人脈と、出身母体であるKGBの人脈しかなかった。だからプーチンは、政権初期にはこの2つをバックボーンに持つ人間を多用せざるをえなかったのでしょう。</p>

<p>ただプーチンは、初期の自分を支えてくれた老臣たちを徐々に引退させていっています。じつは現政権では、FSB出身者の比率はそれほど高くありません。どちらかと言うとテクノクラートを好んでいる印象です。</p>

<p>現首相のミハイル・ミシュスチンは元連邦税務庁出身で、税金の専門家です。第一副首相のデニス・マントゥロフは長年にわたり産業政策に携わってきました。国防大臣のアンドレイ・ベロウソフも元経済学者です。政治家というよりは、何らかの専門的バックグラウンドを持つ有能な行政担当者を自分の周りに置いている。言わば「皇帝プーチンからある部門を任されている代理人」といったイメージでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_russia_flag.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小泉悠（東京大学先端科学技術研究センター准教授）,小谷賢（日本大学危機管理学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本は米国に「生殺与奪の権」を握られている？ 安全保障を他国に委ね続けた代償  小泉悠（東京大学先端科学技術研究センター准教授）,小谷賢（日本大学危機管理学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13538</link>
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			<description><![CDATA[これまで日本は、アメリカの「情報の傘」に依存してきた。しかし、小泉悠氏と小谷賢氏によれば、国際情勢が複雑化するなかで、情報依存からの脱却と防諜の重要性が一層高まっている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日米同盟" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_usajapan.jpg" width="1200" /></p>

<p>インテリジェンスとは、膨大な情報を分析・評価し、国家の意思決定や危機管理に活用できる形へと昇華させたものである。軍事行動の局面に限らず、外交や長期的な国家戦略を支える基盤として、その重要性は近年いっそう増している。</p>

<p>一方で日本は、長らくアメリカによる「情報の傘」に支えられてきた。しかし国際情勢が不透明さを増す現在、こうした構造に依存し続けることの限界も指摘されている。本稿では、小泉悠氏と小谷賢氏の著書『戦闘国家』より、その課題を読み解く。</p>

<p>※本稿は、小泉悠、小谷賢著『戦闘国家』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>アメリカの「情報の傘」だけに頼ることの危うさ</h2>

<p><img alt="米英のインテリジェンス・コミュニティ" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2026/2026A/260107Koiuzumiyu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>【小谷】欧米諸国では第一次世界大戦あるいは第二次世界大戦を契機に、インテリジェンス機関が制度的に整備・常設化されます。ほとんどの国では、対外情報組織、国内の防諜・保安組織、軍事情報組織の3つが中心となって国家インテリジェンスを運営していきます。</p>

<p>たとえば、アメリカであれば順にCIA（中央情報局）、FBI（連邦捜査局）、DIA&nbsp;（国防情報局）もしくはNSA（国家安全保障局）。イギリスであればMI6（秘密情報部）、MI5（保安部）、GCHQ（政府通信本部）、といった具合です。それらが発展し、現在アメリカでは約18もの情報機関が、イギリスでは6つの情報機関が存在している。こういった情報機関を総称して「インテリジェンス・コミュニティ」と言います。</p>

<p>日本では戦後、対外情報組織はなく、国内の保安組織として警察庁警備局、公安調査庁、軍事情報組織として自衛隊の情報本部がインテリジェンス・コミュニティを形成していました。しかし東西冷戦に突入し、日本は基本的に日米同盟のもとで外交・安全保障問題を独自に考える必要性がなかったため、インテリジェンス・コミュニティにも大きな発展が見られなかった。一貫してアメリカの「情報の傘」に依存していたわけです。これが現代日本のインテリジェンス体制の脆弱性につながっています。</p>

<p>アメリカの「情報の傘」だけに頼ることがいかに危ういかを示した一つの例が、2003年のイラク戦争でしょう。イラク戦争開始直前、日本はアメリカから、イラクの大量破壊兵器に関する情報を提供されていました。このとき日本は独自に精査することが不可能で、さらにアメリカを支援する以外の選択肢を事実上取ることができなかった。</p>

<p>【小泉】自前のインテリジェンス体制をもたない限り、自らの立ち位置を自分で決めていくことはできません。インテリジェンスを他国に完全に依拠することは、少し前に流行った言い方をすれば、「生殺与奪の権」をその国に握られているも同然だということです。</p>

<p>【小谷】とくに現代のような多極化している世界においては、日本独自の戦略がますます必要になると思われます。加えて、台湾有事や朝鮮半島有事の危険性も年々高まっている。国内の自然災害やテロへの危機管理に対応するためにも、インテリジェンスを上手く使いこなしていく必要があります。自国の安全保障について誤魔化し続けてきた日本は、もはや「耳をふさいだまま」ではいられない状況でしょう。</p>

<p>【小泉】 日本は自国周辺で起こるリスクについて、自分たちで情報を取得して判断するという姿勢がますます求められてくるでしょうね。韓国にしろ台湾にしろ、相当な数の邦人がいます。有事が起こる兆候をなるべく早くつかまなければ、彼らの避難がまずできなくなります。</p>

<p>実際、2021年にタリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧した際、日本人の関係者や家族500人が置き去りにされてしまった。日本が有事に巻き込まれるとなれば、必要な避難の規模ははるかに大きくなるでしょう。とくに前線に近い地域の住民の避難は急を要します。その時間的余裕を稼ぐのが、情報力なのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>カウンター・インテリジェンスの重要性</h2>

<p>【小谷】また、情報は収集するだけではなく、守ることも大切です。要は、防諜（カウンター・インテリジェンス）と言われる、外国の情報機関によるスパイ発動、技術窃取、内部工作などを発見・防止・無力化する活動です。</p>

<p>東西冷戦が終わるとともに世界を取り巻く情勢が大きく変わり、それに伴ってインテリェンスの環境も変化しています。まず、脅威の対象が従来の国家に加え、テロリストや武装集団などの非国家主体が加わったこと。これにより戦争だけではなく、破壊や攪乱などの謀略活動が行なわれるようになっています。</p>

<p>また、20世紀までは軍事的優位が争われていましたが、21世紀に入り経済的優位が国家存立の重要なファクターとなり始めました。そのため軍事や外交だけでなく、経済、金融、科学情報など多岐にわたる分野の情報に、国として目を光らせなければならなくなっています。</p>

<p>【小泉】いちばん大きな変化は、IT技術の発達・普及ではないでしょうか。つまり、「戦いの場」がサイバー空間というとてつもなく広い領域に広がったのです。サイバーテロや偽情報工作の危険につねにさらされるようになっています。</p>

<p>【小谷】ええ。サイバー空間においては攻撃の主体の特定が難しく、しかも瞬時に攻撃や偽情報の流布を達成でき、さらに瞬時に世界的な影響を与えることが可能なわけです。欧米においてサイバーセキュリティを担うのは、インテリジェンス機関とされています。その理由はインテリジェンスとサイバー空間での行為はともに国際法で規定されていないグレーソーンの領域なので両者の親和性は高く、さらにインテリジェンス機関は高い技術力も持っているからです。</p>

<p>他方、日本ではサイバーセキュリティは技術領域、つまり技術に詳しいエンジニアに任せておけばいいという考えが根強く、最近まで国も本腰を入れてきませんでした。そもそも日本には本格的な通信傍受を行なう組織も存在していませんので、サイバーセキュリティを担うべき母体もない状況です。ごく最近になってようやく、警察と自衛隊による能動的サイバー防御の体制が構築されたところです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_usajapan.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 16 Jan 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小泉悠（東京大学先端科学技術研究センター准教授）,小谷賢（日本大学危機管理学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「教育先進国」シンガポールでの子育て　海外の公立校で教育を受ける意味とは  大井真理子（英国放送協会〈BBC〉プレゼンター）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13519</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013519</guid>
			<description><![CDATA[年少からスペリングテスト、小6で進路が決まるシンガポールの公立校。PISA世界トップの背景にある教育制度と、現地で子育てする親の視点から、大井真理子氏がその実像を伝える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="シンガポールの教育" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixabay_classroomG.jpg" width="1200" /></p>

<p>2022年度の学習到達度調査「PISA」で3分野とも1位となったシンガポール。実際にどのような教育システムがあるのか。BBC史上初の日本人プレゼンターで、シンガポールを拠点に活動する大井真理子氏が伝える。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>6、7歳児が自ら志望理由をタイピング</h2>

<p>もうすぐ小学6年生になる長女がシンガポールの公立小学校に入学した約5年前、初めての週末に出された宿題への驚きをいまでも鮮明に覚えている。</p>

<p>まず全国の学校で使われている教育省認定のウェブサイトにログインし、パスワードを変更。その後、先生がアップロードして下さったパワーポイントプレゼンテーションをダウンロード。リストされている教室内での役割（黒板消し係、図書係など）のなかから自分がやりたいものを選び、その理由を6、7歳児自らタイプして提出して下さいというものだった。</p>

<p>「難しすぎない？」と心配する親を尻目に、大興奮で宿題をする娘の姿も目に焼き付いている。それまではコロナ禍の在宅授業以外でのiPadの使用を許していなかったため、彼女にとっては遊びの延長だったのだろう。いまでも自作の小説を書くのが大好きな娘が、生まれて初めて、自分の言葉で自分の気持ちを表現することの楽しさを知った瞬間だ。そして夫と私は、デジタルネイティブ世代のICT機器への対応力の高さを痛感させられた。</p>

<p>シンガポールの教育DXは、驚くほどのスピードで進む。前述の長女がプリスクールに入園した2015年当初は、ミルクを飲んだ時間などが手書きでノートに書き込まれていたが、数年後、ある日突然すべての連絡がアプリになった。日本だったら「スマホをもっていないご家庭は？」と議論になりそうだが、こちらでは話題にすらならなかった。シンガポール人の親御さんは「日本のやり方のほうが民主的だ」と言っていたが、これくらいトップダウンの勢いがないと、この小さい国の急成長は達成できなかったのかもしれないと思わされた経験の一つだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>熱心な人材育成の一方でプレッシャーも多い</h2>

<p><img alt="年少からスペリングテストに臨む（写真提供：筆者）" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251223Ooimari01.jpg" width="1200" /><br />
年少からスペリングテストに臨む（写真提供：筆者）</p>

<p>天然資源の少ないシンガポールは人材育成に熱心だ。学校は外国人が通うインターナショナルスクール（以下、インター）以外は公立で、シンガポール国民は政府の許可がない限りインターに通えない規則のため、ほぼ全員が無償の公立の学校に行き、貧富の差が原因で生まれがちな教育格差を防ごうとしている。</p>

<p>年少から英語と中国語のスペリングテストがあり、長女が5歳で「favourite」と書けるようになったときには心底驚いた。その娘が小学校高学年になり、イギリス人の夫が「これ中学か高校で習った記憶がある」というほど難易度の高い内容を学校で学んでいる。16歳までは日本で教育を受けた私は、もはや宿題を手伝うこともできなくなった（私は高二から英語を学んだため、小中学校で学んだ惑星や魚の名前は日本語でしかわからず、逆に大人になってから担当した経済報道の専門用語の日本語訳は、辞書で確認することも多い）。</p>

<p>インターに子どもを通わせるお友達は口を揃えて、「シンガポールの公立は勉強が大変だから」と言う。小6で受ける試験の結果で、国内の一流大学に進めるかどうかが決まってしまうなど、プレッシャーの多い環境だ。我が家の長女も来年小学校卒業試験（PSLE）を受けるが、英語、母国語、算数、科学の4教科の結果によって進学する中学校のコースが決まり、進学校に入れないと、大学に進める可能性が大幅に減り、専門学校にしか行けなくなる。</p>

<p>日本のように中学受験に失敗しても、大学受験で挽回できる機会はほぼないシステムのため、教育熱心な親御さんは、ほぼ毎日子どもを塾やお稽古に通わせている（母国語は、うちの子どもたちは中国語を選んでいるが、シンガポールの公用語であるマレー語、タミル語を母国語として選択することもできる）。試験の出来によっては進学できず、「特別教育学校」に進む可能性もある。規制がかかるため詳細は報道されないが、若者の死因の第1位は日本と同じく自殺だ。</p>

<p>しかしインターの学費は公立校の10倍近く、永住権をもっている我が家は「とりあえず公立の勉強についていけるか様子を見よう」と決心した。いまのところ、上の2人の子どもは楽しそうに通ってくれている。</p>

<p>シンガポールは、一部の学校で2005年にグローバル人材を育成するための教育プログラム・国際バカロレア（IB）を導入して以来、毎年世界の満点者の半数以上を輩出し、OECDが実施する15歳を対象とした学習到達度調査PISA（2022年度）で読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野すべてで世界1位となる「教育先進国」だ。</p>

<p>公立校に無償で通えるシンガポール国民と比較すれば高額とはいえ、毎月3万5000円ほどの学費で、英語と中国語でこれだけのレベルの教育を受けられるのは、我が家がシンガポールに残ろうと決めた理由の一つだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>IQを重視しすぎ？ EQの高いオーストラリアへ</h2>

<p><img alt="オーストラリアにて「EQの大切さがわかった」（写真提供：筆者）" height="1199" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251223Ooimari02.jpg" width="1200" />オーストラリアにて「EQの大切さがわかった」（写真提供：筆者）</p>

<p>その一方で、IQに焦点を当てすぎではないかと感じることも多々ある。世界ランキングでアジアトップクラスのシンガポール国立大学を卒業した学生と仕事で知り合うと、指示を出されたことは完璧にこなす一方で、はじめましての挨拶もままならなかったり、自身の想像力を使ってクリエイティブに考えてほしいと言うと戸惑う人も多い。普段の生活のなかでも、同じマンションに住むご近所さんたちにエレベーターで「おはようございます」と挨拶をしても、無視されることも珍しくない。</p>

<p>これが普通だとは思わせたくないと感じ、学校の春休みに上の2人をオーストラリアに連れて行った。私が16歳から約7年住み、日本やイギリスと比べてもEQが高く、フレンドリーな国民性だと私は思っている（もちろん個人の性格もあるが、私が夫を初めて実家に連れて行ったとき、母が「真理ちゃんのオーストラリア人の元彼は、ママのつくったご飯をWow, wonderful!! って大げさなほどに褒めてくれたけど、イギリス人の彼はNot badとしか言ってくれないのね」と悲しんでいた記憶がある）。</p>

<p>シドニーに到着した初日、娘は私の友人に借りたオーストラリア伝統の帽子をかぶり、みんなでオペラハウスに行った。見知らぬ人に、それも10人近くに、「Nice hat!」と声をかけられ、反応に困っていた長女。そしてその後、宿泊していたホテルの近くのお店で、私が学生時代に好きだったスナックなどを買いながら、初対面のオーナーさんと長々と話していると、息子にも「なんで知らない人とずっと話していたの？ シンガポールじゃあんな風に話さないのに」と聞かれた。</p>

<p>「オーストラリアはみんなフレンドリーだよね」と言っても、いまいち納得していなかった2人。しかし翌朝、子どもたちだけで朝食を買いに行き、私が頼んだ飲み物と違うものを買ってきてしまったときに、彼らは大事なことに気づく。私が「値段は一緒だから、もう一度行って交換してもらって」と頼んでも、「絶対無理だよ、換えてくれるわけがない」と言う子どもたち。「とりあえず聞いてみて」と送り込んだ。</p>

<p>さすがEQ大国・オーストラリアである。「あったりまえだよ、その2つの飲み物は見た目は似ているけれど、全然味が違うんだよ！ 換えていいよ。もう一本おまけしてあげるから、ママに持って帰ってあげな」と言われ、大興奮でホテルに帰ってきた子どもたち。「ママがいつも言っていたEQの大切さがわかった気がする」と言われたとき、私は思わずガッツポーズをしそうになった。</p>

<p>オーストラリア以外でEQが高い国民性と言えば、アメリカだろうか。ニュースを毎日読むようになり、銃犯罪の多さにショックを受けた長女は、アメリカの学校に行きたいとは言わないが、シンガポールでアメリカンスクールに通うお友達から聞いた興味深い話がある。</p>

<p>授業で「あなたが一番好きな人は誰？」と聞かれたそうだ。どこの国の学校でも聞かれそうな質問だ。日本やシンガポール、おそらくイギリスやオーストラリア育ちの場合、ほぼ全員、自分以外の人を答えるだろう。しかしアメリカンスクールの生徒の多くは「自分！」と答えたというのだ。</p>

<p>正直に言えば、20年のキャリアで知り合ったアメリカ人の同僚のなかには、「こんな片言の日本語しか話さないのに、なぜペラペラだと面接で言ったのだろう」と思うほど、自信過剰な人もいた。しかし自己犠牲が美徳とされる環境で育った私にとっては、目から鱗の教育の違いだった。</p>

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<h2>日本の学校給食と放課後の掃除の重要性</h2>

<p>日本とイギリスのルーツをもつ3人の子どもたちを、なぜ母国のどちらかで育てないのか。もちろん幾度も検討したことはある。</p>

<p>まだ3歳だった長女が、シンガポールの建国記念日に国歌を完璧に歌い、国旗の絵を描いたことがある。「上手だね」と褒めたら、「だって私はシンガポール人だもん！」という返事が返ってきた。幼稚園で毎朝、シンガポール国旗を掲揚し、国歌を斉唱、その後、右手を胸に当てて国家への忠誠を示す「国民の宣誓」を誓っているのだから当然かもしれない。</p>

<p>「え？ パパとママは？」と聞くと、「パパはイギリスの人、ママは日本の人」と言うのだ。興味本位で日本とイギリスの国旗と国歌を知っているか聞いてみたが、当然知るわけがない。そんな娘が小学生になり、歴史の授業で日本軍によるシンガポール侵略を学ぶ。私が事前に史実を説明し、学校の先生方がいまの世代には責任がないと教えて下さっても、長女は「申し訳ないことをしたと感じた」と泣いてしまったことがある。</p>

<p>私自身オーストラリアの学校に留学していたとはいえ、まだ幼い子どもが海外の公立校で教育を受けることの影響を、そのとき初めて考えさせられた。当然、シンガポールの学校では日本やイギリスの歴史は学んでこない。</p>

<p>自分のルーツを知るためにも、土曜日の日本語のレッスンだけでなく、日本の教育も経験してほしいと思い、シンガポールの学校の休みに東京の実家の近くの学校に通わせていただいたことがある。とくに日本の学校の給食と放課後の掃除、そして体育の授業をどうしても体験させたかったのだ。</p>

<p>なぜならこちらの学校では、食堂で自分の好きなものを買って食べられるため、好き嫌いを克服できないからだ。そして自分たちで教室を掃除しないうえに、我が家も含め、共働き家庭の多くは住み込みのヘルパーさんを毎月6万5000円の最低賃金で雇える環境を政府が整えているため、「掃除＝誰かがやってくれる」と思って育ってほしくないという私の強い希望だ（家でのお皿洗いや片付けも必ず子どもたちにやらせてほしいと、私はヘルパーさんに頼んでいる）。</p>

<p>なぜ体育の授業？ と思われる方もいらっしゃるかもしれない。シンガポールの学校では、成績表で評価されるのは前述のPSLEで評価される英語、母国語、算数、科学の4教科のみ。図工や体育の授業もあるものの、成績がつかないため、力を入れているとは言い難く、跳び箱や鉄棒の授業がない（親世代と比べると、近年は子どもたちへのプレッシャーを減らそうと、シンガポール政府がテストの数を減らしたと聞く。またオリンピック出場選手を増やそうと、全国の子どもたちの能力をまとめて審査するような会も行なわれている）。</p>

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<h2>「日本もシンガポールの制度を真似すべき」？</h2>

<p>一方でイギリスの教育で魅力的なのは、たとえ相手が先生でも、自分の意見と違ったら、きちんと議論をしようという教育だ。</p>

<p>長女がまだ小3だったとき、ロンドン本社への異動を検討し、日本人のママ友にイギリスの教育事情を聞いたことがある。これでもかというほど欠点をあげてくれたあと、「でも最近あった授業は、真理ちゃんが気に入るかも」と言われた。来週から食堂でのジュース販売が中止になったと仮定し、どう抗議するのか考えようというものだ。暴力は絶対にダメ。ポスターをつくるのか、平和的なデモをするのか、小学生が議論するのだ。シンガポールや、おそらく日本でも根強い「お上には逆らわない」教育とは正反対と言える。</p>

<p>実際、私が社内で応募した仕事に決まらず、再考してほしいとアピールした際、シンガポール育ちの長女に「ダメだよ、先生が、ママの場合は上司が決めたことに逆らっちゃいけないんだよ」と言われたことがある。先生の言ったことが絶対に正しいわけではないと話したが、おそらく彼女はいまでも先生に挑戦するようなことはしていない。</p>

<p>私が2006年にこちらに引っ越してから何度も、「日本もシンガポールの制度を真似すべきだ」という意見を読み聞きした。しかしシンガポールの人口は、東京の半分ほどの600万人。だからこそ可能なことも多い。</p>

<p>それと同時に、20年前には日本とほぼ同じか、肌感覚では日本以下くらいだったシンガポールの賃金は、いまや日本の2倍近いというデータもある。英語を公用語としたこの国でハイレベルな教育を受けて育った人材は、どんどん世界中の企業の管理職に就き活躍している。</p>

<p>子どもには子どもらしく、勉強ばかりでなくのびのびとした環境で育ってほしいという親としての気持ちもある一方で、シンガポールの教育格差を防ぐためのシステムや政府による幼いころから勉強が得意な子を最大限伸ばそうとする努力、そして働くお母さんの負担をできるだけ減らそうとする制度からは、日本も学べることがあると思う。</p>

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<p>【大井真理子（おおい・まりこ）】<br />
英国放送協会（BBC）の日本人初のプレゼンター。シンガポールを拠点に、2025年11月からYouTubeとBBC Soundsで放送を開始したアジアのニュースに特化したポッドキャスト「Asia Specific」のキャスターを担当している。06年に入社し、BBCニュースチャンネルでアジア時間朝のニュース番組「ニュースデイ」、「ビジネストゥデイ」の番組キャスターや特派員としてアジアや世界のニュースを世界に向けて報道してきた。</p>

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]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixabay_classroomG.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 06 Jan 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大井真理子（英国放送協会〈BBC〉プレゼンター）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>なぜ日本の避難所は変わらないのか　抜本的な改善に必要な人権意識  石井美恵子（国際医療福祉大学大学院教授／同災害保健医療研究センター副センター長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13453</link>
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			<description><![CDATA[災害後の避難所は「命さえ助かれば」でよいのか。ルワンダ紛争を契機に生まれた国際基準スフィアと、日本の避難所の現実を比較しながら、防災庁設置がめざすべき方向と課題を整理する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="防災庁" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bousaigoods.jpg" width="1200" /></p>

<p>災害が起きたとき、避難所は「とりあえず身を守る場所」だと考えられてきた。しかし国際社会では、避難所は人命だけでなく、人間の尊厳や健康を守る場であるという考え方が共有されている。本稿では、難民キャンプの教訓から生まれた国際基準「スフィア基準」を手がかりに、日本の避難所・避難生活が抱える課題について考える。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>難民キャンプとスフィア基準</h2>

<p>複雑な緊急事態（Complex Emergencies）という言葉をご存じでしょうか。災害医療の分野では、災害の種別によって自然災害、人為災害、複合災害、複雑な緊急事態の4つに分類します。米国では、この4つに人間が技術を開発しなければ発生することはなかった災害として技術災害が加わり、5つに分類されています。東京電力福島第一原発は技術災害と捉えることができるかもしれません。</p>

<p>さて、複雑な緊急事態とは内部紛争と大規模な人びとの避難、大飢饉または食料不足、脆弱または失敗した経済的、政治的、社会的制度、自然災害などに影響されて複雑な緊急事態をもたらすと定義されます。一般的には難民が発生するような事態で、難民キャンプが国際基準を満たさない場合には多くの人びとが生存危機や健康危機に晒されます。</p>

<p>1994年ルワンダ紛争による避難民が難民キャンプで多数死亡したことを受けて、1997年に非政府組織（NGO）グループと国際赤十字・赤新月社運動によって、スフィアプロジェクトが開始されました。1998年に難民や被災者に対する人道憲章と人道対応に関する最低基準を定めたスフィア・ハンドブックが取りまとめられました。</p>

<p>災害や紛争の被災者には、「尊厳ある生活を営む権利があり、援助を受ける権利がある」、「災害や紛争による苦痛を軽減するために、実行可能なあらゆる手段が尽くされなくてはならない」として、尊厳のある生活への権利、人道援助を受ける権利、保護と安全への権利を保障しようとするものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>令和8年度防災庁設置に向けて</h2>

<p>2024年11月1日石破茂総理は、発災後早急にすべての避難所でスフィア基準を満たすことができるよう事前防災を進めるとして防災庁設置準備室を設置しました。2025年1月24日第217回通常国会で、赤澤亮正防災庁設置準備担当大臣が「人命と人権を守る防災庁にする」と発言されました。これまでの日本の防災行政では「人命の保護」のみがうたわれ、人権や尊厳への言及はありませんでしたので、日本の防災行政が大きく変わるという期待と希望を感じました。</p>

<p>そして、2025年1月30日に防災庁設置準備アドバイザー会議が開始され副主査を拝命いたしました。約半年間に8回の会議が集中的に開催され、各分野の専門家20名による議論やゲストスピーカーの意見聴取などが行なわれました。</p>

<p>しかし、さまざまな視座、立場があるのだとは思いますが、「避難所なんか良くしたら人は出ていかなくなる」「仮設住宅なんか良くしたら人は居ついてしまう」「水と電気さえあれば災害関連死にはならない」「南海トラフ地震で想定される災害関連死は5万2000人に対して、直接死は最悪で29万8000人に及ぶため避難所環境の改善より耐震化の強化や高台移転などの事前防災が優先」「日本には、1230万人の避難者を救うリソースはない」などの意見が飛び交い、日本の人権意識の危うさを感じざるを得ませんでした。</p>

<p>国際人権では、政府の3つの義務として、①人がすることを尊重し、不当に制限しない尊重義務、②人を虐待から守る保護義務、③人が能力を発揮できる条件を整える充足義務があると定義されます。もし、政府が被災者を救えないとするならば、私たちは国連高等難民弁務官事務所等の国際社会に国内避難民、つまりは難民なので助けて下さいと訴えなければいけない事態となる、ということを意味します。</p>

<p>少子高齢社会、人口減少が進む縮小社会、失われた30年によってGDPも2024年にはドイツに抜かれ4位となりインドにも抜かれようとしているとはいえ、先進国として能力は失われてはいないはずです。</p>

<p>さまざまな議論が展開された末に防災庁設置準備アドバイザー会議の報告書が取りまとめられ、2025年6月4日に赤澤大臣への報告書の手交が行なわれました。この報告書に、迅速な被災者支援の実現、スフィア基準を踏まえた避難生活環境の抜本的改善、避難所運営に係る訓練の実施・標準化が主な取り組み事項として明記されたことは画期的であると評価しています。</p>

<p>日本には1741の基礎自治体ごとにさまざまな避難所が設営され、格差が生じたりもしていますので、日本全国どこでも標準化された避難所が設営されるようになることを期待しています。また、基礎自治体の防災担当部門と教育委員会との縦割り行政の影響で実現が難しかった指定避難所への非常用発電機と空調設備の設置も推進できれば、避難所環境の改善が見込めます。</p>

<p>しかしながら、石破総理の退陣が防災庁にどのような影響を及ぼすのか、先行きは不透明であるようにも感じます。ただ、東日本大震災以降、避難所・避難生活の環境改善を訴えてロビー活動を続けてきました。防災庁の設置が示されたことを受け、ようやく避難所と避難生活の抜本的環境改善を実現する超党派議員連盟が結成されました。</p>

<p>2025年8月4日に第一回総会が開催され、日本の避難所・避難生活の課題とイタリアの避難所対策について紹介させていただきスフィア基準の重要性を共有することができました。党派を超えて、国会全体で人権をまもる防災庁の設置を実現するように働きかけていきたいと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の避難所・避難生活の課題と健康問題</h2>

<p><img alt="避難所のトイレ" height="929" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251215Ishiimieko03.jpg" width="1200" /><br />
花壇を掘ってつくったトイレ</p>

<p>日本の避難所・避難生活の課題として、災害関連死の発生ということに注目が集まりがちですが、多くの被災者が健康危機に晒された帰結としての災害関連死であると認識する必要があります。厚生労働省は、避難生活で生じる健康問題として、感染症、慢性疾患の悪化、深部静脈血栓症いわゆるエコノミークラス症候群、生活不活発病、夏季ならば熱中症、冬期ならば偶発性低体温、便秘、心理的ストレスがあると指摘しています。このような健康危機によって、リスクが高い高齢者等が災害関連死に至ってしまうのです。</p>

<p>2004年中越地震では深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群による死者が報告され、2011年東日本大震災では避難所等における生活の肉体的・精神的疲労を原因とする震災関連死が発生しました。災害による直接死を免れた避難者の死は、避難所や避難生活の環境が整備されていれば防ぎ得たといえます。</p>

<p>日本の指定避難所の多くは、生活に必要な環境が整備されていない小中学校の体育館や公民館などです。プライバシーの確保は疎か、ライフラインが途絶し電気も冷暖房もない環境で床に雑魚寝というのが昭和初期から続く日本の避難所です。寒冷地であっても災害発生直後にはブルーシートに毛布が配られ、寝袋が支給されることはありません。上下水道の被害によって建物内にある水洗トイレは使用できなくなり、量的にも質的にも余りにも不十分なトイレ環境となります。</p>

<p>東日本大震災では、学校の体育館横に穴を掘りブルーシートで囲ってトイレとして使用した避難所もありました。2024年能登半島地震では、花壇を掘ってトイレをつくった避難所や、バケツをおまるのようにしてトイレとして使用した避難所もありました。</p>

<p>衛生的で十分な数のトイレがないと避難者は水分摂取を控えます。東日本大震災で深部静脈血栓症が確認された人は、トイレへ行く回数を減らしていたという報告があります。能登半島地震の被災地では、発災から1週間程度の期間における一人あたり一日の水分摂取量は300ml～500mlであったという記録が残されています。</p>

<p>成人に必要な一日の水分摂取量は1500ml～2000mlです。水分摂取不足は、深部静脈血栓症のみならず心筋梗塞や脳梗塞のリスクも高めます。食事の支給も十分ではなく、何とか被災地へ届けられるのは冷たいおにぎりや菓子パンでタンパク質やミネラル、ビタミンなどの栄養素が不足します。</p>

<p>日本の給水車はポリタンク等に給水することを目的に運用されるため、水道の代替システムがなく流水による手洗いや洗浄ができなくなります。水道の代わりにアルコールの手指消毒薬などが設置されますが、皮膚が乾燥するため使用を控えたりします。</p>

<p>また、アルコール消毒では予防効果のないノロウイルスなどによる感染症が避難所で発生することもあります。自衛隊による入浴施設はすべての避難所には設営されないため、東日本大震災から1か月が経過しても洗髪も入浴もできなかった避難所も複数確認され、十分な着替えもない状況で洗濯もできませんでした。</p>

<p>日本の避難所・避難生活の現状がイメージできたでしょうか。テレビで見る避難所と実際の避難所では大きなギャップがあるかもしれません。日本の被災地では、それまで存在した現代文明が一気に失われてしまい、日本の初期文明の時代に遡るようにすら感じられます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ、日本の避難所・避難生活は変わらないのか?</h2>

<p><img alt="イタリアの避難所" height="781" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251215Ishiimieko02.jpg" width="1200" /><br />
イタリアの避難所</p>

<p>イタリアでは、1960年代に大規模災害が相次いだことや改革の70年代という時代思潮などから1970年12月8日法律第996号「被災人民の救援・救助、災害防護に関する規定」が成立しました。</p>

<p>1992年2月24日には法律第225号「災害防護国民サービス設置法」が成立し、市民保護局の設置や避難所の設営・運営に関する標準化も推進されました。48時間以内に家族単位でプライバシーが保たれるテントが設営され、水洗トイレ・シャワー・手洗いが設備されたトイレカーの設置、食中毒やアレルギーにも配慮したキッチンカー、冷蔵庫・冷凍庫、洗濯乾燥機などが配備されスフィア基準に基づいた対応がなされます。</p>

<p>避難所の設営・運営に被災地の行政職員は関与しません。行政職員も被災者であり、援助を受ける権利があるとして、100時間程度の教育・訓練を受け、国に登録された企業等に勤務する専門職やボランティア団体に所属する人びとなどが被災地外から支援に行き避難所の設営・運営にあたる体制となっています。</p>

<p><img alt="避難所のキッチンカー" height="900" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251215Ishiimieko01.jpg" width="1200" />キッチンカー</p>

<p>日本では1995年阪神・淡路大震災の教訓から、災害拠点病院の整備やDMAT体制の整備等、災害医療体制の整備が図られましたが、Health（保健）という広い概念での体制整備には至りませんでした。なぜ、日本の避難所環境は変わらないのか、または変われないのでしょうか。</p>

<p>被災者支援の本質は人道支援であり、人命救助、苦痛の軽減、人間の尊厳の維持及び保護のための支援と定義され、人間の安全保障の確保のための具体的な取り組みの一つであるとされます。身近な人間の安全保障として、火災発生時に住民や地域を守るための組織として総務省・消防庁があり、各地域には消防署があります。消防車や救急車を税金の無駄だとは認識しないのが一般的です。</p>

<p>しかし、イタリアのような避難所の設営・運営の話となると、予算の確保はどうするのかという意見が多く聞かれます。イタリアの市民保護局の年間予算は4000億円くらいで、日本の人口比で試算すると6000億円程度になるそうです。日本の国家予算レベルで実現不可能な金額とは到底思えません。</p>

<p>イタリアの災害対策・対応の専門家らは、哲学のない災害対応はうまくいかないと指摘します。イタリアでは高校の必修科目に哲学があり、Well-beingの語源とされるベネッセレということを大切にしているそうです。</p>

<p>さらには、情緒的ではなく合理的な思考に基づき、被災者（避難者）を幸せにすることをめざしています。被災によるストレスに晒された人びとに、快適な生活環境や温かい食べ物を提供して回復を促進しようとする試みなのです。個人の回復の促進は、地域の復旧・復興の促進にも繋がります。</p>

<p>日本では、災害時だから仕方がないとして我慢を強いる傾向があるように感じます。政府には助ける義務があり、その助けを要求する権利が人権であるという認識が欠如しているのではないでしょうか。</p>

<p>日本の人権教育は、自分の人権を守り、ほかの人の人権を守ろうとする意識・意欲・態度であるとして、優しさや思いやりをはぐくむことを目的とした「優しさ・思いやりアプローチ」が強調されています。これでは災害対応も自助・共助・ボランティア頼みとなり、被災者の権利としての公助への要求に繋がらないのではないでしょうか。さらには、公助は施しという感覚が潜んでいる印象もあります。</p>

<p>令和7年度の防衛関係予算は、防衛力整備計画等を踏まえて8兆7005億円（対前年度比＋9.4％）が計上されています。</p>

<p>戦争は人間の叡智によって「始めない」ことができるかもしれませんが、自然災害を人間の力で「発生させない」ことはできません。自然災害の発生に対して何の責任も罪もない人びとが、それまで当たり前にあった人生や日常生活が奪われ、人権も尊厳もまもられずに「がまん」を強いられる社会からの脱却を防災庁に求めていきませんか。</p>

<p>日本には福祉避難所という概念がありますが、これは日本の避難所が福祉的ではないことの証左でもあります。国際的な避難所とは本来福祉的な場であり、すべての人びとは、適切な居住への権利を有すると定義されます。日本国憲法第25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と示されています。被災者にも保障された権利であるはずですし、誰もが当事者となり得るのです。</p>

<p>日本の避難所で何か月ものあいだ、生活したいと思いますか? 避難所環境の抜本的な改善には権利としての人権教育が必要なのかもしれません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【石井美恵子】<br />
医学博士（危機管理医学・医療安全学）。1995年、米国で危機管理システムや災害医療を学び、教育や医療支援活動に従事。日本災害医学会理事、避難所・避難生活学会理事 、防災庁設置準備アドバイザー会議副主査、外務省女性参画推進室女性・平和・安全保障に関する行動計画評価委員、東京都防災会議委員等、日経WOMAN 「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012」 大賞受賞。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bousaigoods.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 24 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[石井美恵子（国際医療福祉大学大学院教授／同災害保健医療研究センター副センター長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>40度の夏は「人災である」 世界で最も深刻な日本の猛暑の原因  立花義裕（三重大学大学院生物資源学研究科気象・気候ダイナミクス研究室教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13454</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013454</guid>
			<description><![CDATA[40度が当たり前になる日本は、予測ではなく現実になりつつある。猛暑の原因は温暖化だけでは説明できないのか。海面水温、偏西風の蛇行、ゾンビ梅雨による豪雨まで、異常気象の連鎖を読み解き、脱炭素の遅れがもたらすコストを示す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="地球温暖化" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_ondankaLI.jpg" width="1200" /></p>

<p>日本はいま、地球温暖化による「アナザーワールド」の入口に立っている――。</p>

<p>夏には40度を越える気温や災害旧の豪雨が「ニューノーマル」となりつつある「危機の時代」において、異常気象・気候力学の第一人者が、日本が直面する危機の内実と必要な対策を提言する。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>40度が当たり前の日本へ</h2>

<p>今年7月上旬に上梓した拙著『異常気象の未来予測』（ポプラ新書）において、世界は地球温暖化による&quot;アナザーワールド&quot;の入り口に来ていると書いた。アナザーワールドとは、たとえば「日本の夏の気温が、40度が当たり前の世界」のこと。</p>

<p>この夏、「40度の夏」という私の未来予測が、日本ではすでに現実となってしまった。私の想像よりも早く異常気象が進み、日本はアナザーワールドに半歩足を踏み入れている。今年の日本列島は猛暑に襲われ、過去最高気温を次々と更新し、夏（6～8月）の平均気温が観測史上最高となった。涼しいはずの北海道でも40度に迫る気温を記録した。</p>

<p>私たちは、特定の地点の、特定の日の気温につい目がいきがちだが、社会や経済全体に強く影響を及ぼすのは、特異点の気温ではない。重要なのは、夏を通じての平均気温といった「長期の平均的気温」なのだ。瞬間の気温は特定の気象現象で決まる。しかし、調査する期間が長期になればなるほど、異常高温の原因の主役は、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化となる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>二酸化炭素削減の緊急性と温暖化懐疑論への警鐘</h2>

<p>前掲書で、「二酸化炭素などの温室効果ガスの削減がなされないなら、40度を越える酷暑が日本のどこでも起こり得る時代となってしまう。放置すれば、異常気象がニューノーマルに」という趣旨の記述をしたが、今年はニューノーマル時代の幕開けとなったのかもしれない。40度越えが当たり前の日本を望む人は皆無だろう。だからこそ、二酸化炭素削減は待ったなしの課題なのだ。</p>

<p>ところが、いまだに二酸化炭素削減に後ろ向きな人が多い。異常高温の原因が温室効果ガスであるという事実を信じたくない人びとは、科学的に完全なフェイクである「温暖化懐疑論」、あるいは「猛暑は認めるが、原因は温室効果ガスの増加ではない」というフェイクに飛びつく。このような風潮こそが、真の「危機」なのだ。</p>

<p>気候危機は人類の最大の危機だが、それよりも危険なのは、「無関心層」や二酸化炭素削減に「後ろ向き」な人びとが多数いることだ。賢明な『Voice』読者はこうしたフェイク情報に惑わされないと思うが、念のため、典型的なフェイク事例を紹介したい。</p>

<p>・ 猛暑の原因は太陽光パネルの増加である。<br />
・ 二酸化炭素濃度はわずか400ppm程度であり、このような低濃度では温室効果は生じない。</p>

<p>少し考えれば、これらがフェイクであることは誰でもわかる。たとえば、一酸化炭素はその濃度がわずか400ppm程度でも人命に関わるほどの危険濃度であることを考えれば、このような主張がフェイクであることは明らかだ。</p>

<p>話題を猛暑の原因に戻す。温室効果ガス増加に伴う地球温暖化は、全世界が「公平」に温度が上がる現象だと思う人も多いだろう。しかし、それは違う。ここ数年続く猛暑は、日本が世界で最も深刻と言っても過言ではない。今年も日本は、ダントツで異常な状況にある。日本に住む私たちこそが、異常気象に対して敏感であるべきなのだ。だからこそ、脱炭素において、日本は世界でリーダーシップをとらねばならない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本を狙い撃つ温暖化の特異性</h2>

<p>では、なぜ温暖化は日本を「狙い撃つ」のか? 今年の夏の暑さの原因を理解すれば、未来の日本の気候も見えてくる。一昨年も昨年も、日本は観測史上最も暑い夏となった。そして、今年の夏は、それら2年をはるかに上回る異常高温となった。昨年や一昨年には存在しなかった「何か」の影響を考慮しなければ、今年の猛暑の理由を説明したことにはならない。</p>

<p>多くの気象キャスターは猛暑の原因をよく太平洋高気圧といった典型的な現象で説明しようとするが、それだけでは今年の夏が異常に暑かった理由を十分に説明できない。昨年も一昨年も、太平洋高気圧は強かったからだ。</p>

<p>では何が違うのか? 今年と昨年、一昨年の違いは、太平洋高気圧に加え、海水面の温度が異常に高くなっていることにある。日本周辺の今年の海面水温は、過去最高を記録し、しかも去年よりもはるかに高い。海に囲まれた日本列島は、まるで煮えたぎった釜の中心にあるようなものだ。だから、異常な暑さが続いているのだ。国連事務総長が2023年に発した「地球沸騰化」の中心が、日本近海なのである。</p>

<p>海水温の異常な高さにより、海上の気温も上昇している。海から陸へ吹く高温の空気は水蒸気を多く含んでいる。水蒸気も二酸化炭素と同様に温室効果ガスとして機能する。日中に暖まった地面からの熱を水蒸気が吸収し、夜間の放射冷却を抑制する。これが、日本の夏が夜でも暑い理由である。</p>

<p>海水温上昇の影響はじわじわと、そして根深く、ボディーブローのように効く。夏を通した平均の気温がダントツに高い理由がこれだ。だからこそ、日本に住む私たちは、もっと海に関心を向ける必要がある。</p>

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<h2>6月の異常気象と地球温暖化</h2>

<p>では、なぜ今年の日本周辺の海面水温がこれほど高温だったのか。その原因は6月の異常気象にある。順を追って説明しよう。</p>

<p>例年ならジメジメとした梅雨が続く6月だが、今年は様相が異なっていた。6月18日には北上していた梅雨<br />
前線が消え、日本列島各地で35度を越える猛暑日が相次いだ。このような異例の気象状況はなぜ発生したのだろうか。</p>

<p>今年は6月から偏西風が日本のはるか北を蛇行していた。偏西風は南からの暖気と北からの寒気の境目で吹く風で、梅雨前線はこの偏西風の上にできる。偏西風が日本の北側を通り、南からの高気圧が張り出したことが、梅雨前線北上の直接の原因となった。偏西風の蛇行は、猛暑が続く真夏によく見られる。しかし、6月中旬に激しく蛇行することは過去にはなかった。</p>

<p>なぜ、このような状況になってしまったのか。理由は三つある。一つめは、日本の西に位置する中国のチベット高原の気温が春から継続的に高かったことである。右の現象の背景には、地球温暖化がある。気温が高いと雪解けが早まり、地面の温度が上昇していく。チベット高原は標高約5000ｍの高地であるため、その高度にある気温も上がっていく。そして、この熱くなった空気が偏西風に乗って日本へと到達するのである。</p>

<p>二つめは、日本の南にある太平洋やインド洋などの熱帯地方の海面水温が非常に高いことである。この影響で、熱い空気が熱帯から日本のある中緯度まで移動し、太平洋高気圧を北にグッと押し上げるのである。熱帯地方の海面水温はほぼ全域で高くなっており、これも地球全体の温暖化が一因となっている。</p>

<p><img alt="南北傾斜高気圧" height="836" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251215Tachibanayoshihiro01.jpg" width="1200" /></p>

<p>三つめは、北海道の北に南北傾斜高気圧があることである。この高気圧は北海道の北から日本列島のほうに向かって斜めに降りてくるものである（図〈145頁〉、Amano Tachibana Ando （2003）、アメリカ気象学会誌　Journal of Climate）。この北方の高気圧は、北極地方の極度の温暖化の影響を受けて発生する。北極の雪や氷が加速度的に解けているのも地球温暖化が原因である。雪氷は色が白く、太陽光を反射することで寒さを維持していたが、その面積が減少すると地表面は太陽光をより吸収するようになり、北極の温暖化に拍車がかかる。</p>

<p>このように、強力な高気圧があるために、偏西風や梅雨前線は北に押しやられてしまっていた。結果として、6月は記録的な猛暑となった。</p>

<p>前述のように、6月の猛暑は海面水温を上昇させた。気温が高いと地面の温度が上がるだけでなく、日本周辺の海面水温も上昇する。とくに夏至（6月21日）の前後が暑いと、海面水温は上昇しやすい。夏至が昼の時間が最も長い日であり、晴れていれば年間で水温を最も上げる効果が大きいためである。今年の夏は6月の梅雨前線消失の影響が海に蓄積され、8月まで暑い状態が続いた。6月の異常気象が、7月や8月の「異常」を引き起こしたのである。</p>

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<h2>「ゾンビ梅雨」の脅威と「人災」の側面</h2>

<p>今年の夏は、猛暑だけでなく、災害級の豪雨が各地で発生した。8月の九州熊本の線状降水帯による豪雨が注目されたが、同時に石川県、北海道、東北などを含む日本各地で、観測史上最大の豪雨に見舞われた。とくに特徴的だったのは、通常、雨量があまり多くない日本海側や北海道でも豪雨が発生したことだ。</p>

<p>じつは猛暑と豪雨には密接な関係がある。これら豪雨の構造は、気象天気図上では、梅雨前線とそっくりだった。先にも触れたが、今年の梅雨明けは異常に早かった。梅雨前線は一旦消滅したあと、8月になって復活した。これが豪雨の直接的原因である。偏西風が一時的に南下し、それが梅雨を復活させたのだ。まさに「ゾンビ梅雨」と言っても過言ではない。</p>

<p>ゾンビ梅雨は、梅雨期の「普通の梅雨」よりも強力である。その理由は、海面水温の異常な高温にある。温暖化と6月から続く史上最高の猛暑により海水温が上昇し、大気中の水蒸気量が増えているのだ。</p>

<p>水温が高いほど、海からの水蒸気は大量に蒸発する。海面水温が高いということは、それだけ水蒸気が大量に海面から上がって強力な積乱雲を生むため、豪雨被害が起こりやすいということだ。温泉の露天風呂から、もうもうと上がる湯気を見れば想像できよう。低気圧や前線が海上にある場合、海面水温が高いほど水蒸気が大量に空気中に吸収されるため、豪雨が強化される。これが全国での激しい豪雨発生の原因となる。つまり、猛暑と豪雨は連鎖する。晴れれば猛暑、降れば豪雨という二極化が生じる。</p>

<p>真夏に梅雨前線が一時的に下がることは、過去にもしばしばあり、珍しいことではない。今年が過去と決定的に違う点は海水温だ。観測史上最高の異常高温の海から大量の水蒸気が大気に供給され、それが豪雨となっている。通常、雨量が少ない北海道や東北北部沖の水温も高いため、北方地域でも豪雨が起こった。</p>

<p>豪雨は甚大な災害をもたらし、道路や鉄道などの社会インフラや建築物を破壊する。これは、「自然災害」と呼ばれるが、人災の側面ももつ。豪雨を強化させたのは、まぎれもなく「地球温暖化」だ。</p>

<p>つまり、脱炭素に本気で取り組まなかった「人間」が災害の増幅に加担したと考えられる。道路や鉄道の復旧費は、温暖化がもたらす社会的コストと見なせるだろう。「自然現象だから仕方がない」という考えは誤りだ。脱炭素を進め、元の気候に戻せば、気象災害やそれに伴う復興費用は確実に減少する。</p>

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<h2>「狙い撃ち」にされる地理的要因</h2>

<p>日本は世界最大の大陸である「ユーラシア大陸」の東岸に位置し、同時に世界最大の大洋である「太平洋」の西岸にも位置している。この地理的位置こそが、温暖化が日本を「狙い撃ち」する理由だ。大陸は海よりも熱容量が小さいため、地球温暖化のスピードは大陸のほうが速く進行する。中緯度の偏西風は大西洋からヨーロッパに「上陸」し、世界一大きなユーラシア大陸を延々と東進する。東進しながら、陸に溜まった熱を受け続け、それが日本へ到達する。このため、大陸の東岸に位置する日本は、とくに暑くなりやすい環境にある。</p>

<p>太平洋に目を移そう。太平洋での海流は時計回りの循環をしている。赤道付近では海流は西向きに流れ、フィ<br />
リピン付近で北向きとなり、それが日本列島にぶつかる。ぶつかったあとは、向きを東に変えて、アメリカ大陸に達し、その後南下し、赤道に戻る。つまり日本付近は、赤道から北向きに流される熱い海流「黒潮」がぶつかる地域なのだ。</p>

<p>また、日本は温暖化する赤道の海の影響を直接受けるため、周辺海域の水温は高い。したがって、海からも陸からも温暖化は日本を直撃する。この影響は、将来さらに高まるだろう。これが脱炭素を実現できない場合の日本の異常気象の未来図だ。日本に住む私たちこそが、この問題の一番の当事者であることをご理解いただけるだろう。</p>

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<h2>深刻化する人命・食料への影響と「悪政」批判</h2>

<p>日本では、熱中症で命を落とす人数は近年ほぼ毎年1000人を超えている。2024年には、2000人に達したとの報告もある（『朝日新聞』2025年5月3日）。この増加ペースは、環境省が「21世紀後半には1万人規模の死亡者が出る」と予測したスピードをはるかに上回っている。</p>

<p>このまま温暖化が進めば、環境省予測の1万人に達するタイミングは、はるかに早まる可能性がある。熱中症が日本の死亡原因の主因の一つとなる時代が迫っている。猛暑は、人の寿命を縮めるという研究もある。人命を守りたいという想いから医学を志す若者はいまも昔も多いが、同様に人類を守るためには、より多くの若者に気象学や気候科学を学んでほしい。しかし、現状の教育システムでは、これらを学ぶ機会がほとんどなく、指導できる教員も不足している。</p>

<p>温暖化に伴う異常気象は食糧問題に直結する。気候変動により、日本や世界の農作物の収穫量や品質が悪化するのだ。代表例が、米である。とくに2023年の猛暑では、新潟県の主力品種のコシヒカリの一等米比率が、過去最低の5％以下まで落ち込んだ。「凶作」がトリガーとなり、2024年から米価の高騰が始まったのだ。</p>

<p>米価の高騰によって多くの市民は気候の異常を実感することになった。政府の農業政策における「悪政」が米価高騰の原因だとする見方もあるが、政府の農業政策の責任だけでは、このような急激な米価高騰は起きるわけがない。最大の「悪」は、温暖化問題から背を向けてきた私たち自身だ。政府に責任を問うなら、脱炭素政策に本腰を入れてこなかった、真の「悪政」を非難したほうがよいであろう。</p>

<p>米価高騰をはじめとする食料価格の上昇を目の当たりにしたいま、「経済優先か脱炭素か」という二者択一の考え方が誤りだと気づく人が増えている。脱炭素対策を怠れば、世界経済は悪化する。これは多くの研究論文が示している事実だ。</p>

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<h2>政治の無関心と気候危機への取り組みの遅れ</h2>

<p>7月に実施された参議院選挙を通じて、日本社会の温暖化問題への無関心さを痛感した。観測史上最高の猛暑のなか、各政党の党首たちは、毎日毎日、屋外で街頭演説を行なった。彼らは気候危機を、身をもって強く実感していたはずだ。炎天下で演説を聴いた多くの市民も同じ「危機」を「共有」した。しかしながら、気候危機問題は選挙の争点にはまったくならなかった。理由は簡単だ。政治家たちは気候危機問題では票につながらないと判断したからだろう。</p>

<p>だから政治家だけを責めるべきではない。気候問題に背を向ける無関心な市民が多数存在することが、今回の参院選に如実に表れていたと私は感じている。昨年のアメリカ大統領選挙は、気候問題が争点の一つとなった。現アメリカ大統領の脱炭素に逆行する政策を非難する声は多いが、それでもアメリカのほうが日本よりもまだましだ。少なくとも選挙の争点の一つになっていたからだ。</p>

<p>参議院選挙時に主要政党の気候問題への取り組みを見ていたが、ある政党は、「温暖化対策の否定」を公約に掲げ、「温室効果ガス増と異常気象は科学的に未解明」と主張していた。この見解には、さすがに開いた口が塞がらなかった。</p>

<p>本稿執筆中、「石破自民党総裁の退陣」のニュースが入ってきた。石破総理は、「防災庁」設置の提案など、気象災害の軽減や防除に積極的な姿勢を示してきた。地球温暖化が一因となる激甚化する気象災害において、熱中症も重災害の一つである。</p>

<p>私は、省庁間でバラバラとなっている災害対策を、気候危機問題と融合させる方向性をもつ防災庁設置に強く期待していた。異常気象が原因の災害は、脱炭素を進めることで確実に減らすことができる。次期内閣総理大臣指名選挙で誰が選ばれるのかは現時点でまったく不明だが、新総理大臣には「防災庁」設置を継続し、そしてその充実を図ってほしい。</p>

<p>異常気象がニューノーマルとなる日本の未来。それは、日本の国力をも弱めかねない危機である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【立花義裕】<br />
1961年、北海道生まれ。三重大学大学院生物資源学研究科、地球環境学講座・気象・気候ダイナミクス研究室教授。札幌南高等学校卒業。北海道大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士（理学）。<br />
小学生のときに、雪の少ない地域や豪雪地域への引っ越しを経験し、気象に興味をもつ。「羽鳥慎一モーニングショー」（テレビ朝日系）をはじめ、ニュース番組にも多数出演し、異常気象や気候危機の情報を精力的に発信。北海道大学低温科学研究所、東海大学、ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、現職。専門は気象学、異常気象、気候力学。2023年三重大学賞（研究分野）、24年東海テレビ文化賞。日本気象学会理事、日本雪氷学会理事。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Sat, 20 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[立花義裕（三重大学大学院生物資源学研究科気象・気候ダイナミクス研究室教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>100年前の「少数与党政権」が直面した困難とは？ 多党化時代が到来した現代日本への教訓  村井良太（駒澤大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13387</link>
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			<description><![CDATA[135年にわたる日本の憲政史を振り返ると、第一次世界大戦後の「憲政常道」と呼ばれた時代には、多くが少数党のリーダーとして首相となっていたことがわかる。多党化時代が訪れた現代の日本政治は、近代史から何を学ぶべきか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国会" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/kokkai.jpg" width="1200" /></p>

<p>135年にわたる日本の憲政史を振り返ると、第一次世界大戦後の「憲政常道」と呼ばれた時代には、多くが少数党のリーダーとして首相となっていたことがわかる。多党化時代が訪れた現代の日本政治は、近代史から何を学ぶべきか。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>歴史のなかの少数与党政権</h2>

<p>本稿は歴史のなかから少数与党政権でのリーダーシップに注目する。</p>

<p>戦後政治では1955年の自民党結党以来、1993年まで38年間政権を維持し（途中短期間の新自由クラブとの連立あり）、第二党に社会党を配する55年体制と呼ばれた。その後日本政治が流動化した「改革の時代」のあと辿り着いた政治システムは、安倍晋三長期政権を経て「ネオ55年体制」とも呼ばれた（境家史郎『戦後日本政治史』中公新書）。その数年後の現状である。1986年に衆参同日選挙を強行した中曽根康弘首相が、与野党伯仲状況を吹き飛ばす圧勝に、「1986年体制」の始まりを説いたことを思い出す。顧みれば中休みでしかなかった。</p>

<p>戦後日本国憲法下で少数与党政権として発足したのは、1948年の第二次吉田茂内閣、1954年の鳩山一郎内閣、そして1994年の羽田孜内閣である。そのあいだに55年体制期がすっぽり入る。では、戦前はどうだったか。困難な時代には視野を広げ、思考を柔軟にすると良いだろう。</p>

<p>日本憲政135年のなかで、第一次世界大戦後には衆議院多数党が政権を担うことが賛同者、批判者の双方から常態化していると見られ、「憲政常道」と呼ばれた。現在との対比で重要なのは、その時期多くが少数党のリーダーとして首相になり、事後的に衆議院での多数を得たことである。現在に何を示唆するのかを考えてみたい（事実や先行研究は村井良太『「憲政常道」の近代日本』〈ＮＨＫブックス〉を参照）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大政党の分裂と多党化</h2>

<p>1890年施行の大日本帝国憲法では、首相は天皇の指名によって誕生し、議員である必要はなかった。衆議院は藩閥政府を批判する民党が多数を占めるとの予想から新たに華族をつくって貴族院を設け、帝国議会とは別に条約など重要国務を審議する枢密院を設置して政府の合理的統治への防壁とした。さらに政府は、一党一派に偏せず政党内閣を否定する「超然主義」を掲げた。</p>

<p>それでも訪欧憲法調査時のプロイセンでの助言に反発してつくった真っ当な憲法、すなわち議会を通さないと予算と法律ができないなか、政党は政府内での存在感を次第に高めていった。早くも1898年に初の政党内閣、第一次大隈重信内閣が誕生した。その後も1900年には憲法制定を主導した伊藤博文自身が立憲政友会を組織し、政党内閣を担った。いずれも短命内閣であったが、日露戦争後には政党が統治の一角を担うようになり、1912年には第一次憲政擁護運動が起こって多数党が政権を担うべきであるという「憲政常道」論が社会に浸透していった。天皇の指名といっても、君主無答責原則から実際の首相選定は天皇の助言者である元老などが行ない、その際の非人格的ルールを求める主張であった。</p>

<p>1914年からの第一次世界大戦は、この流れを加速させた。政治学者吉野作造を筆頭に二大政党による政党内閣制が主張され、大戦末期の1918年には衆議院で多数を占める政友会の原敬内閣が成立した。原は力強い施政運営で政党内閣の能力を示したが暗殺され、あとを継いだ高橋是清政友会内閣は短命に終わり、ふたたび官僚内閣が続いた。このころには納税資格を撤廃した男子普通選挙制の実現が喫緊の政治課題として意識されていた。</p>

<p>そして関東大震災が起きた翌年の1924年、清浦奎吾内閣の成立に、政党が政権を担う政党内閣制を求めて第二次憲政擁護運動が起こった。その過程で多数党政友会が大分裂を起こし、政友会、憲政会、革新倶楽部が「護憲三派」として連合し、政府支持の新党、政友本党と対峙した。衆議院解散後の総選挙では憲政会152、政友本党111、政友会102、革新倶楽部30議席となった。清浦首相がみずから退陣したため、元老西園寺公望はやむなく第一党憲政会の党首加藤高明を首相に奏選した。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>加藤高明「護憲三派」内閣―多党化後の過大連立内閣</h2>

<p>西園寺にとって加藤指名は不本意であった。加藤は第二次大隈内閣外相時に対華二十一カ条要求を行ない、近隣関係に加えて対欧米関係をも傷つけたからであったが、憲政会内の雑多さも不安材料であった。結党以来、一貫して日本政治の中心的存在であった政友会に敵した政党政派の離合集散の帰結が憲政会であった。改革でも政党内閣制を重視する官僚出身の幹部層と男子普通選挙制を重視する党人層で違いがあった。</p>

<p>社会でも「護憲三派」の協力が続くか懸念されていたが、大命降下を受けた加藤は、高橋と革新倶楽部代表の犬養毅を訪ねて連立を呼びかけた。注目されたのは伝統ある大政党の党首で首相経験者でもある高橋の動向であった。高橋は貴族院議員から衆議院に転じて原の故郷から選挙を勝ち抜いており、日本政治の未来のために欣然として犬養と入閣した。これで衆議院464議席中284議席を占める過大連立内閣となり、また貴族院は政党化の途上にあったが、第二次護憲運動で強く批判され、衆議院がまとまっている限り院として挑戦できる時代ではなくなっていた。</p>

<p>「護憲三派」内閣は次々と課題に対処していく。象徴は長く懸案であった男子普通選挙制の導入と貴族院改革であり、そのほかにも日ソ基本条約の締結、治安維持法の制定、宇垣陸軍軍縮も実現していく。そして男子普通選挙制の実現は久布白落実や市川房枝らによる婦人参政権獲得運動を活発化させた。しかし、政権課題の達成は連立を弛緩させる。高橋は政友会総裁を引退し、陸軍出身の田中義一に譲った。加藤首相の慰留も空しく、閣僚も辞任した。引き続き政友会は与党だったが、田中新総裁は入閣の求めには応じなかった。</p>

<p>革新倶楽部の犬養も内閣を去った。政友会への合同のためで、長い政治歴をもつ犬養は政界引退を希望していた。政友会は革新倶楽部の産業立国論を看板政策に取り込み、のちには犬養が総裁となる。総裁の入閣者は加藤一人となり、政友会と憲政会の二派は数でも拮抗した。そして1925年7月、憲政会の浜口雄幸蔵相が出した税制整理案に政友会出身閣僚が反対し、閣内不統一で内閣は総辞職した。</p>

<p>次の首相に誰を選ぶか。遺された元老は西園寺一人であり、宮中官僚の内大臣と話し合うようになっていた。政友会と政友本党は合同の意向を西園寺に伝えており、与野党間での政権交代であればそのまま政友本党に政権が渡るかもしれなかった。しかし、西園寺はふたたび加藤を選んだ。西園寺は困難な連立内閣を運営してきた加藤の立憲手腕を評価するようになっていた。こうして三党鼎立下で少数与党政権が誕生する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>憲政会少数与党政権の発足と模索――第二次加藤内閣と若槻礼次郎内閣</h2>

<p>年末の通常議会召集時、憲政会165、政友会161、政友本党87議席であった。政友本党は政友会への合同をめざす者、憲政会との連携を模索する者で混乱し、数を減じていた。過半数を失った政府は多数工作を進める。ところが、まさに審議が始まる1926年1月、加藤首相は議場で体調を崩し、急死した。そして首相臨時代理に就いていた若槻礼次郎内相が次期首相に選ばれた。</p>

<p>若槻は多数工作も引き継ぎ、政友本党総裁床次竹二郎と連立交渉を行なって閣内協力を求めた。しかし、政友本党もまとまらず、憲政会内にも不満があるなかで連立は実らなかった。</p>

<p>それでも年末の通常議会は来る。連立内閣を組めず少数与党内閣だったので解散による初の男子普選総選挙が予想された。ところが大正天皇が崩御し、すでに摂政を務めていた昭和天皇が即位するなかで、若槻首相は党にも諮らずに田中、床次と話し合いをもち、諒闇中の政争中止に合意した。三党首妥協と言われる。憲政会の浜口は選挙をすれば勝てるのにと若槻の判断を惜しんだ。</p>

<p>政争中止の合意は頼りにならなかった。多数を必要とする憲政会は政友本党との繋がりを深めようとし、それを見た政友会は強く反発した。</p>

<p>そこで起こったのが蔵相の失言に端を発した金融恐慌であった。政友本党の協力で議会は乗り切れたが、対立は枢密院に波及し、台湾銀行救済案を否決されて総辞職した。</p>

<p>そもそも三党首妥協は曖昧ながらも若槻内閣の退陣を約束していたとも言われた。では若槻はなぜ妥協を選んだのか。解散して選挙に勝つ自信がなかったとのちに語ったが、当時の選挙予想では憲政会は22議席上乗せして188議席、政友会は15議席減じて147議席であった。過半数を得るには結局議会内で多数工作を重ねるか再解散に賭けるしかない。牧野伸顕内大臣は「憲政の常道」により政友会総裁の田中を次期首相に推す意見を西園寺に伝えた。西園寺は倒れた政権党以外での比較多数党を重視し、田中を選んだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政友会少数与党政権の発足と不安定な二大政党――田中義一内閣</h2>

<p>政権交代後の田中義一内閣も少数与党であった。しかも金融危機下での政変である。ここで尽力したのが野党憲政会の若槻総裁であった。枢密院の求めで臨時議会を開いても政友会は多数を占めていない。他方で課題解決は待ったなしであった。若槻は憲政会をまとめ、高橋を蔵相に据えた田中内閣の危機対応に全面協力した。</p>

<p>そして憲政会と政友本党が合同して浜口を新総裁に立憲民政党が組織された。政友本党のなかで憲政会との合同を望まない人間は政友会に復帰していった。鳩山一郎もその一人であった。床次は新選挙法への対応と時論が小党分立に満足しないことを合同の理由に挙げた。</p>

<p>金融危機に目処をつけ、政友会は多数をめざして衆議院を解散した。初の男子普通選挙制に基づく総選挙である。三党首妥協で遅れたので浜松市会議員選挙など地方選挙で実施例があった。結果、政友会と民政党は217と216の1議席差となった。第一党だが過半数をもたない政友会は3議席の実業同志会と政策協定を結んだ。また野党は無産政党との連携を模索するとともに、政府からの議員引き抜きに缶詰と言われる合宿で対抗した。狂奔の様は新聞に揶揄された。田中は再解散も考えていたが、昭和天皇と宮中官僚は同一理由での再解散には消極的であった。</p>

<p>混乱下でしのいだ田中内閣だったが、第一党と第二党の拮抗は続かなかった。張作霖爆殺事件が起こるなか、床次が民政党を飛び出し、差が広がった。貴族院も枢密院も衆議院で多数をもつ内閣は倒せず、結局田中内閣は昭和天皇の「辞表を出してはどうか」という強い言葉を受けて退陣した。昭和天皇は中国政策への憂慮に止まらず、田中首相の立憲的でない行動に批判的であった。西園寺と牧野は野党総裁の浜口を首相に選んだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>二大政党の少数与党政権発足――浜口雄幸内閣と犬養毅内閣</h2>

<p>浜口内閣も少数与党で発足した。床次はついに政友会に合流する。このころにはジャーナリストの馬場恒吾が、少数党として政権に就き選挙で多数を獲得する「憲政常道」について、多数党が政権に就くよう今後の課題を説いた。また識者のなかには政権発足後すぐに国民に信を問うべきだと主張する者もあった。議会までにできることを行ない、議会で信任を問うのは古典的な英国モデルと言うべきであろう。浜口は金解禁後に総選挙を行ない、圧勝してからロンドン海軍軍縮会議での交渉を本格化させた。</p>

<p>浜口内閣は選挙で少数派に転落したから退陣したわけではなかった。世界大恐慌下で社会不安が昂じるなか、テロに襲われた。第一次世界大戦後の平和的な大国間協調を象徴する海軍軍縮条約を成立させた直後に浜口は撃たれ、結局その傷がもとで死去する。回復困難ななかで西園寺と牧野は次期首相にふたたび若槻を選んだ。若槻を選んだのは民政党でもあり、加藤死去後とは違い首相選定時には次期総裁に決定していた。</p>

<p>その若槻内閣も多数を失って倒れたわけではない。浜口内閣下で婦人の地方参政を認める政府法案が衆議院で可決され、貴族院で否決されていた。近い将来に国政参加の実現も見込まれていたが、出先陸軍軍人の陰謀による満州事変で吹き飛んだ。確信犯として戦線を広げる出先を政府・軍中央も抑えられないなかで、国民代表性をより高めようと二大政党の過大連立の動きが進んだが、与党内の混乱を招き、閣内不統一で総辞職した。</p>

<p>西園寺は野党政友会の犬養総裁を選び、犬養は単独内閣を組織した。しかし、犬養内閣が倒れたのも多数喪失が理由ではない。総選挙圧勝後の5.15事件、海軍青年将校を中心とするテロであった。政友会の次の総裁は首相就任を確実視していたが、政党と軍の対立の激化を恐れた西園寺は、国際派の海軍軍人斎藤実を選び、時勢沈静化後の政党内閣復帰をめざした。しかし2.26事件というふたたびの官製暴力によって敗戦後まで果たせなかった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>困難なリーダーシップから何を学ぶか</h2>

<p>約100年前の少数与党政権下でのリーダーシップから私たちは何を学ぶか。第一に少数与党内閣は大変だということである。身内をまとめ多数獲得のために奔走しつつ、男子普通選挙制の導入や軍縮会議への参加など、時代を画する課題にも答えなければならない。しかも多数工作は政治への信頼を下げかねない。当時は社会主義が議会批判を行なっており、右翼にも利用された。困難な時期にこそ業績を上げる努力が求められ、しかも最善を尽くしても業績が上がるとは限らない。政治の信頼、国民との絆が大切であり、政治と金の問題は破壊的であった。</p>

<p>第二に既成政党批判である。既成政党とは社会主義政党に対して従来の自由主義政党を批判する言葉であったが、新しい政党は概して好ましく見える。しかしそうではない。政党づくりにも長い時間が必要で、新鮮さがなくなってからが政党の真価である。政友本党は政友会の本流と訴え、民政党は進歩党以来の伝統のうえに新時代性を主張した。政治家も当選回数は別として長い時間と経験のなかで育つ。</p>

<p>第三に政治と暴力の問題である。議会で多数を追求するのは立憲政治の常であるが、業績と信頼によっては暴力すら肯定されかねない。原暗殺後も政党政治は勢いを維持したが、世界大恐慌下の暴力は政党政治を壊した。しかも身内から組織暴力を起こした陸海軍関係者は逆に政党や議会を批判する始末であった。国民は混乱期にも暴力を肯定してはならない。目的は手段を正当化しないのである。</p>

<p>今回与党が衆参両院で多数を失い野党に受け皿もないことは、有権者の意思であると同時に大変困難な状況である。「マッドル・スルー（迷いながら進む）」と言うが、自由民主主義は泥のなかを掻き分けて進む。19世紀末の経済学者アルフレッド・マーシャルは「競争は建設的であることも破壊的であることもありうる」と説いたが、貧すれば鈍することなく、政党政治家の奮起と、未来を見すえた国民の忍耐と賢慮に期待したい。</p>
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						<pubDate>Tue, 16 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[村井良太（駒澤大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>救国の想いに動かされた「初の女性首相」高市早苗はマーガレット・サッチャーになれるか  中西輝政（京都大学名誉教授）,冨田浩司（前駐米大使）</title>
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			<description><![CDATA[京都大学名誉教授の中西輝政氏と、前駐米大使の冨田浩司氏が、チャーチルやサッチャーの事例から「危機の指導者」の要諦を考える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="国会議事堂" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_KokkaiyoruG.jpg" width="1200" /></p>

<p>ウィンストン・チャーチルとマーガレット・サッチャー。現下の「大乱の時代」における危機の指導者の要諦を考えるうえで、歴史上の二人の英国首相から学ぶべき点は多い。</p>

<p>京都大学名誉教授の中西輝政氏と、前駐米大使の冨田浩司氏が、チャーチルとサッチャーの手腕から、政治リーダーのあり方について議論する。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>チャーチルに見る「危機の指導者」の要諦</h2>

<p>【中西】この「大乱の時代」における危機の指導者のあり方を考えるうえで歴史にヒントを求めるならば、冨田先生がそれぞれ出色の評伝を発表されている、イギリスのウィンストン・チャーチルとマーガレット・サッチャーを振り返ることに大きな意味があるはずです。チャーチルについて、冨田先生は「第二次世界大戦でもっともヴィジブルなリーダーだった」と評価されていますが、いま彼の手腕から何を学ぶべきと考えますか。</p>

<p>【冨田】まず大前提として、指導者論の難しさは、政治指導者はその時代の要請に応えることが責務である点にあります。チャーチルの指導力が普遍的で、いつの時代にも通用するかと言えば、そうとは限らない。チャーチルは、やはり「危機の時代」においてこそ優れた指導者であったと言えるでしょう。</p>

<p>チャーチルの手腕から危機の指導者の要諦を考えると、一つは「コミュニケーション能力」です。チャーチルが首相に就任したのは1940年5月ですが、それまでは戦局の中心は東部戦線であり、イギリス国内では Phoney War（まやかしの戦争）という表現も用いられていました。</p>

<p>遠隔の地での戦争は自分たちには関係ないとの声もあるなかで、西部戦線の電撃戦が始まり、瞬く間に国家存続の危機に直面する。そのためチャーチルがまず取り組まなければならなかったのが、混乱する国民に戦争の目的を理解させて結束させることでした。この点、彼の生来の「コミュニケーション能力」が死活的に重要であった。</p>

<p>二つめが、私は「行動志向の実務主義」と表現しているのですが、チャーチルは弁舌に優れているばかりでなく、じつは外務大臣以外の主要ポストはいずれも務めた経験があり、実務に関する深い知識をもっていた。そうした経験を武器にして、彼は戦争努力のあらゆる側面に口を出し、時には下僚に煙たがられるときもありましたが、政府全体が行動する前向きのエネルギーを生み出したのです。</p>

<p>危機に際しては、何かをやって失敗するよりも、何もやらなくて失敗するコストのほうがはるかに大きい。不作為は敗北主義につながります。</p>

<p>最後の三つめが「歴史観」で、チャーチルが危機的な状況を迎えていたイギリスをいかにまとめたかと言えば、大英帝国の栄光の歴史をリマインドすることで国民を一致団結させたのです。第二次世界大戦の最中、あれだけの歴史観をもつ政治家が指導者であったことは、国家にとってまさに僥倖であったと思います。</p>

<p>【中西】最後にお話しいただいた「歴史観」こそ、とくにチャーチルという指導者の真骨頂ではないでしょうか。私はチャーチルを、イギリスの貴族制が生み出した最良の結晶のような人物として評価しています。先祖である初代マールバラ公が17世紀の名誉革命とその定着に非常に大きな役割を果たした人物で、その直系の子孫としてチャーチルは自分のことを、大英帝国の歴史とともに歩んできた系譜につながる人間であるとするアイデンティティを自負していました。</p>

<p>ただし皮肉なことに、それだけ強固に連続性を核とする歴史観をもっていたチャーチルに課せられた指導者としての使命は、大英帝国の歴史に幕を下ろすことでした。それでも彼は、「自分は帝国の葬儀委員長を務めるために首相を引き受けたのではない」と啖呵を切っています。</p>

<p>チャーチルは帝国こそが人類に文明をもたらす役割を担うと考えており、実際、大英帝国の残る国力のすべてを傾けてでも、自由で文明的な世界秩序を守ろうとして死力を尽くし、ナチス・ドイツと戦いました。結果として刀折れ矢尽きるとしても、大英帝国の意義は歴史的に残る。チャーチルはそう考えればこそ、断じてアドルフ・ヒトラーとは和平交渉をせず、覚悟と矜持を胸にナチス・ドイツに強硬な姿勢をとり続け、それがやがてアメリカ人にも伝わり、アメリカの参戦へとつながるのです。</p>

<p>そんなチャーチルという人物を、おそらく20世紀における最大のリーダーだと評しても、決して過大評価ではないでしょう。彼がいればこそ、大英帝国は覇権国としての使命を全うしたし、それ以上にナチス・ドイツに徹底抗戦して人類文明を守った。それでイギリスは帝国を失ったけれども、その高潔な姿はトランプ大統領のアメリカとはあまりに対照的だと言えるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国民に求められるフォロワーシップ</h2>

<p>【冨田】チャーチルをめぐって印象深いことをもう一つお話しすると、それまでの政治家人生で失敗や挫折を繰り返していたにもかかわらず、「この局面ではチャーチルしかいない」と、第二次世界大戦に際しては国王を含め皆が彼を首相に指名する決断を下した点です。イギリスという国の懐の深さを表すとともに、政治家や指導者に何を求めるかという議論にもつながる挿話ではないでしょうか。日本では先般、自民党総裁選が行なわれましたが、メディアで語られていた人物評には、指導者に求められる資質とはあまり関係のないゴシップ的な議論も多かった。</p>

<p>【中西】たしかに、チャーチルは周囲からはほとんど好かれていなかったし、ぶっきらぼうで、いわゆる「付き合いの悪い男」という評すらありました。</p>

<p>【冨田】彼が自民党の総裁選を戦えば、絶対に当選しないでしょうね。しかし当時のイギリスでは、もう一人の首相候補だったエドワード・ウッド外相はみずから身を退いたし、追いやられる立場のネヴィル・チェンバレン前首相もチャーチルを推薦した。そうして、もっとも慎重だった国王も最終的には決断を下したのです。どのような人物が指導者に選ばれるかは、その国や時代を映す鏡であり、そうしたイギリスという国のあり方にも目を向ける必要があるでしょう。</p>

<p>【中西】きわめて重要なご指摘です。指導者論を語るときには、リーダーシップだけではなく「フォロワーシップ」にも目を向けなければいけません。1930年代のイギリスでは、チャーチルはあらゆる面で批判され、政界でも長期にわたって孤立状態でした。ところが、1940年、イギリス人は自由世界を守るために、こぞってチャーチルを選んだ。社会主義者でさえも、いまであれば「極右政治家」と表現されるかもしれないチャーチルを受け入れたのです。</p>

<p>いまお話ししたような国民のフォロワーシップは、イギリスという国だけが発揮できるポテンシャルではありません。危機の指導者を見出し、それを支えるには何が必要かを、われわれ一人ひとりがもっと考えねばなりません。</p>

<p>ところが現在の日本では、「指導者を盛り立てる」ことが国民の役割だとは思われていない。だからこそ、どの選挙候補者がよいか、自分を高みに置いて品定めするような議論ばかりが行なわれているわけです。それでは民主主義国家の有権者としては、未熟な政治観であると慨嘆せざるを得ない。目の前の課題を解決してくれる指導者を求めるばかりでなく、フォロワーである自分たちも現下の危機を「わがこと」として認識して、指導者を盛り立てなければいけません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>チャーチルを凌駕するサッチャーの信念の固さ</h2>

<p>【冨田】続いてサッチャーについて考えると、チャーチルとはかなり異なるタイプの指導者です。中西先生はサッチャーについてはどう評価されていますか。</p>

<p>【中西】サッチャーが教育科学相時代、ケンブリッジ大学の学生たちをはじめ国民は「ミセス・サッチャー、ミルク・スナッチャー（サッチャーはミルク泥棒）」と叫び、連日抗議デモが行なわれました。福祉予算を削るために牛乳への補助金を減らしたことに対する非難の声で、それはもうたいへんな「憎まれ役」だった。実際、数年後に首相になるまでの過程は逆境の連続でした。それでも彼女はその苦難の道を耐えながら歩み続け、やがて国民からの非難の大合唱は止むのです。</p>

<p>サッチャーが首相の座に就いた1970年代末のイギリスは「イギリス病の極み」と揶揄されるほど経済がどん底まで停滞していましたが、あれほどの逆境に捨て身で立ち向かったサッチャーの姿勢に、私はまず指導者としての稀有な資質があったと評価しています。</p>

<p>もう一つここで紹介したいのが、アンドレ・シーグフリードというフランスの評論家が論じたイギリス人の国民性についてです。フランス人から見ると、イギリス人はティネイシャス（tenacious）、つまりたいへんな「粘り強さ」が際立ったキャラクターとしてとくに目立つらしい。また、在英のアメリカ人やカナダ人の友人によれば、とくにイギリスの女性はウィルフル（wilful、一徹）だと言います。</p>

<p>たしかにイギリス史を振り返ると、プロテスタントを多数処刑して「ブラディ・メアリー」と呼ばれたメアリー1世、たった一国でスペイン無敵艦隊と戦い撃破した、あのエリザベス1世、名誉革命で夫のウィリアム3世とともに立憲君主制を築いたメアリー2世と妹のアン、そして頑固一徹のヴィクトリア女王とわれわれも知るエリザベス2世と、いずれもじつにティネイシャスでウィルフルな女王たちがイギリス史を彩ってきました。</p>

<p>じつのところ、いま列挙した女王のうち、エリザベス1世は知性を兼ね備えた人物でしたが、それ以外は皆、知的に際立っていたとは言えないかもしれない。ただしそれはもしかしたら、ティネイシャスやウィルフルと背中合わせの関係で、たとえばイギリスの立憲君主制が固く定着したのは、ヴィクトリア女王がそれを強い信念として一度も揺らぐことなく推し進めたからでした。</p>

<p>ここでサッチャーに話を戻すと、彼女を評価するうえでも、イギリス人女性の国民性におけるこうした際立つ特性が、イギリスの女性リーダーとしての歴史的伝統として発露したと言えるのではないでしょうか。彼女の信念の固さは、あるいはチャーチルを凌いでいる。だからこそサッチャーは、当初の国民の強い抵抗を押し切って、歴史的な改革を成し遂げられたのだと思います。しかし他方で、最後に保守党を二分して失脚する隘路にはまったのは、彼女のこうしたパーソナリティの負の面が表出したのでしょう。</p>

<p>【冨田】指導者とは危機であれ平時であれ、大前提としてビジョンとコンピタンスの二つを備えているべきだというのが私の考えです。人びとを引っ張ろうとするならば、どこへ向かおうとしているのかビジョンを示す必要があるし、それを実現するためのコンピタンス、言うなれば実務的な能力が求められる。</p>

<p>サッチャーはチャーチルとは異なり、豊富な実務経験があるわけではなかった。しかし、政府が高度に巨大化・専門化した時代では、ある意味では大企業を経営するのと同じ能力が求められますが、サッチャーはその面で優れていた。イギリスの内閣制はprimus inter pares（同輩中の首席）という言葉があるように、首相は全体のまとめ役という立ち位置ですが、サッチャーは直属の政策ユニットを設けたり、首相補佐官に権限を集中させたりして、自分の意志を貫徹する仕組みをつくりました。</p>

<p>ビジョンとコンピタンスの両立ということで、私が思い出すのが安倍晋三元首相です。第一次政権のときには非常に立派なビジョンをもっておられたものの、それを実現するための体制が不十分でした。そこで、その後の在野の時代、政権に戻ったときに自分のビジョンを実現するためにどうすればいいか、徹底的にお考えになったのではないでしょうか。だからこそ第二次政権では、いかに政府という組織を動かすかに腐心され、結果として成功につなげられたのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高市首相が尊敬する政治家</h2>

<p>【中西】サッチャーについて一つ、まだ私のなかでも答えが出ていないのが1982年のフォークランド紛争で、彼女はなぜ国内外から停戦を求める強い圧力を受けながら、強硬路線をとり続けられたのか。アメリカが支持するかどうかは不透明で、また財政を著しく圧迫することも明らかでしたから、当時の状況としてはかなり危ない賭けでした。</p>

<p>【冨田】サッチャーは軍事に関しては素人で、アルゼンチン侵攻の報せが届いた段階では、派遣艦隊がフォークランド島に到着するまで何日かかるかも知らなかったというエピソードがあります。それでも、島を奪還するために軍事作戦を行なうと決断するまでは非常に速かった。彼女の決断力の成せる業と言えますが、同時にその当時、サッチャー政権の支持率はひどく低迷していて、ここでしくじれば政権が崩壊するという心理的圧力もあった。結果的にフォークランド紛争の勝利によって安定した政権基盤をつくることができたので、まさに危険な賭けに勝利したと言えるでしょう。</p>

<p>【中西】イギリスの政治史にはleap in the dark（闇のなかに飛び込む、無謀な賭け）という言葉があって、これは19世紀のディズレーリ政権が保守党なのに労働者に選挙権を与える第二次選挙法改正に踏み切ったときに使われたフレーズでした。言うなれば、あの「アニマル・スピリット」があればこそ、サッチャーはフォークランド紛争に踏み切れたのかもしれません。ビジョンとコンピタンスとともに、これはイギリスの歴史に残る指導者たちに共通する資質だと私は思いますし、もちろんチャーチルもきわめつきの「アニマル・スピリット」の持ち主でした。</p>

<p>【冨田】高市早苗首相は、尊敬する政治家としてサッチャーを挙げておられますが、彼女の信念の強さに感銘<br />
を受けておられるのだと推察します。他方、政治指導者として成功するためには、信念とそれを結果に結びつける態勢づくりの両方が必要で、サッチャーですらこうした態勢を整えるために相当の苦労があった。自民党を取り巻く環境には厳しいものがありますが、高市首相におかれても、現下の難局に対して粘り強く取り組まれることが大事でしょう。</p>

<p>ちなみにサッチャーは、文字どおりの仕事の虫で、休暇に行っても、二日目には仕事が気になり、あちこちに電話をかけまわったという逸話があります。彼女の辞書には、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉はなかったようです。</p>

<p>【中西】今回、高市氏がこの国の舵取りをすることになったのは、ちょうどサッチャーが1979年のあの時点で首相になったのと、どこか符合する歴史の巡り合わせを感じます。一つは、当時のイギリスは急性、いまの日本は慢性の違いはあっても、随所に国の衰退が進行し、もはや万策尽きた正念場を迎えたそのときに政治が出した結論が、深い救国の想いに動かされた明確な保守のリーダーが「初の女性首相」として登場したという事実でしょう。</p>

<p>サッチャーが遺した言葉に、「殿方は振り返るでしょうが、（私たち）レディは決してそうしません」というものがあったと記憶しています。みずからの不退転の信念を語ったものでしょう。高市氏も今後、自民党内の「穏健保守」を自称する男性幹部の包囲網に苦労することと思います。そのときはぜひとも、この言葉を思い起こすべきでしょう。</p>

<p>もう一つ、高市氏とサッチャーとの類似点を申し上げれば、何といっても政策上の卓越した実務能力です。その背後には、たしかに「仕事中毒」と噂されるほどの研鑽があるのでしょうが、日本の総理の職はそれほど甘いものではありません。生命あっての政策実現なのだということも、ぜひ念頭に置いていただきたいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>指導者に求められるもの、国民に求められるもの</h2>

<p>【冨田】これからの日本社会に求められるのは、まずは先ほど中西先生にも強調いただきましたが、指導者ひいては政治にどのような役割を果たしてほしいか、国民の側が明確な問題意識をもつことでしょう。</p>

<p>そのうえで、これからの政治指導者に期待したいことを考えると、アメリカの国務長官などを務めたヘンリー・キッシンジャーが自著『外交』で指摘している点が思い出されます。すなわち、キッシンジャーは、偉大な大統領とは、国民の将来とそれまでの国家の経験のあいだに存在するギャップを埋めるための教育者でなければいけない、と記しています。言い換えれば、国民が急激な時代の変化に対応できるように啓蒙することが政治指導者の役割だと定義しているわけですが、このことは現在の日本にも当てはまると思います。</p>

<p>たとえば昨今、国内外を問わず、グローバル化の帰結について啓蒙してきた政治指導者がどれだけいたでしょうか。その営みが欠落していればこそ、国民は先行き不透明な現状に不安を感じ、政治への不満を爆発させている。日本においても、これからどのような変化が起こりうるのかを説明したうえで、国民が必要な心構えを行なう手助けをしていくことが、今後の政治指導者にとっては重要な役割になるはずです。</p>

<p>【中西】私としては、まずは声を大にして、政治指導者に期待するよりも先に、いま有権者としての日本の国民に求めたいことが山ほどあります。そのうえで冨田先生のいまのお話をふまえるならば、たしかに日本では教育<br />
的あるいは啓蒙的な役割を果たす政治家は極端に少なく、その種の議論を避けているようにさえ思われる。</p>

<p>そのなかでも、安倍元首相はやはり「偉大なコミュニケーター」でした。永田町的な感覚に陥らずに大衆を意識しつつ、知的にビジョンを示そうとしていた。おそらくは、「国民に意識を変えてほしい」という強い想いがあったからでしょう。政治家にはぜひとも勇気をもって、教育者や啓蒙家、さらに言えば説得者としての役割を担ってほしいところです。</p>

<p>具体的な政策課題について言えば、日本の場合は外交・安全保障の議論を避けて通れませんが、いま焦眉の問題として浮上しているのが財政政策であることは多くの日本人が実感しているとおりです。これから「積極財政か、規律重視か」という議論に収斂していくでしょうが、専門的な議論はさて措くとして、私としてはこの機に「受益者としての国民」が求めているものだけを前面に出し、それに阿るだけの政治に陥ることなく、政治指導者にはあえて大局的な視座から、広く問題提起をしてほしい。</p>

<p>たとえば、ドイツなど欧州では、安全保障の財政的なコストの負担について、国家存立の危機を認識しはじめた国民が大きく意識を変えています。日本でもまもなく、そうした次元にまで議論が及ぶであろうことを国民も覚悟するべきだし、政治指導者はそれを待つのではなく、勇気を奮って呼びかけなければいけません。そうすれば国民は必ず変わると思います。</p>

<p>【冨田】いま世界では、移民問題といった個別政策をめぐり政治の分断が進んでいますが、政治の大きな方向性については、かえって対立軸が見えにくくなり、極端な主張が通りやすい状況が生まれています。</p>

<p>日本でも、従来であれば国民は、「保守vs進歩」「日米安保vs非武装中立」といった大きな対立軸をめぐって政治選択が行なわれてきましたが、昨今はコメの流通やガソリンの暫定税率といった個別問題の次元で選択が求められている。そうした状況のもとでは、国の進路についてなかなか方向性がわかりにくくなっているのは必然なのかもしれません。</p>

<p>政治指導者は国民に対してもっと大きな対立軸を明らかにしたうえで問題提起しなければいけないし、国民はそれを「わがこと」として政治選択しなければいけない。この一連の流れこそが、いまの日本にもっとも求められているはずです。<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 12 Dec 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中西輝政（京都大学名誉教授）,冨田浩司（前駐米大使）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「国民に覚醒を呼び掛けてほしい」元衆議院議長が高市早苗首相に求めること  伊吹文明（元衆議院議長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13393</link>
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			<description><![CDATA[高市首相に求めることについて、衆議院議長などを歴任し、 2021年に政界を引退した伊吹文明氏に聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="伊吹文明" height="742" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251204ibukibunmei.jpg" width="1200" /></p>

<p>多党化が進み政局が混迷するいま、 宰相には何が求められるのか。難局が続く自民党の進むべき道と、 高市早苗新総理に課せられた使命とは。そして、 この内憂外患の時代に 「保守」 政治家が果たすべき役割とは――。</p>

<p>衆議院議長などを歴任し、 2021年に政界を引退した伊吹文明氏に聞いた。（聞き手：編集部、写真：稲垣徳文）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高市総裁への期待と懸念</h2>

<p>――2025年10月4日、自民党の総裁選が行なわれ、高市早苗元経済安全保障担当相が新総裁に選出されました。伊吹先生は昨年の総裁選が行なわれる前には「国民の意識を変えるリーダーシップ」の重要性を強調されていましたが、高市総裁には何を期待されますか。</p>

<p>【伊吹】総裁選を振り返ると、各候補者が同じように「物価を上回る賃金を実現する」「強い日本経済をつくる」などと発言していました。「強い経済」とは何かと考えると、一つには高度経済成長期のように労働生産性が他国と比べて高く、また国民のあいだで活気のある状況だと定義できるでしょう。</p>

<p>わが国のいまの経済状況を見れば、積極的に設備投資をすることで時間単位の生産性を高めるとともに、国民一人ひとりが目的のために頑張って働くよう意識が変革しなければ、各国に対抗できる経済は再生できません。新しい政治リーダーには、できるかぎり条件や環境を整えることを約束したうえで、国の将来は国民の皆さまの双肩にかかっていることを率直に述べ、日本をいま一度世界のなかで存在感のある国にするために、ともに歩んでいこうと呼びかけられる人であってほしい。それが私の願いです。</p>

<p>――裏を返せば、その呼びかけを聞いた国民が、この人であればついていこうと感じられる政治指導者が求められている、ということですね。</p>

<p>【伊吹】少なくとも、国民の皆さまが「自分たちの未来を切り拓いてくれる」と予感できる政治家でなければいけない。もちろん、権力の上に胡坐をかいたり、政治家である以前に世間様に顔向けできないようなことをしたりしている人間では共感を得られませんし、理論的には正しい主張を呼びかけても誰もついてこないでしょう。</p>

<p>歴史を振り返れば、アメリカのケネディ大統領は大統領就任演説の際に、国民に対して「国が自分に何をしてくれるかではなく、自分が国のために何ができるかを考えてほしい」と訴えかけています。また、イギリスのサッチャー首相は国民に向けて「政府だけでは力は限られ、国民の支持があってこそ成功する」というメッセージを投げかけている。</p>

<p>政治が国家の未来に対して大きな責任を負っているのは事実ですが、国とは国民の存在から成り立っているわけで、ケネディもサッチャーもだからこそ国民に協力を呼びかけた。そして、この二人は国民を納得させられるだけのリーダーシップを備えていた。現在の内憂外患の時代、まさしく政治指導者に求められる資質ではないでしょうか。</p>

<p>――先ほど例に挙げた高度経済成長期にしても、国民の力が成し遂げた事例と言えるでしょう。</p>

<p>【伊吹】当時の日本は現在ほど豊かではなく、アメリカの生活水準に憧れていた時代でした。そこで池田勇人首<br />
相が「所得倍増計画」というスローガンを打ち出し、国民のあいだで「自分たちも（家電の）『三種の神器』をもてるんじゃないか」「頑張ればいい家に住めるはず」という空気が醸成されたのです。</p>

<p>当時と現在ではさまざまな環境が違いますから、ただ昔を回顧するだけでは意味がありません。それでも、日本をふたたび世界のなかで存在感ある国にするには、政治家と国民が同じ方向を目がけて進んでいかなければいけません。</p>

<p>――その意味では、高市総裁が総裁選に勝利したあとの両院議員総会で、自民党の議員に向けて「ワークライフバランスを捨てて働く」などと決意を表明した発言は、物議を醸した一方で、新総裁の覚悟に共感したと反応した国民もいました。伊吹先生は政治家としての高市総裁をどう評価されていますか。</p>

<p>【伊吹】よく勉強されているのは間違いありません。あとは、ご自身の政治家としての理想を実現するための能力があるかどうかでしょう。それは政権担当能力とも言えますが、確たる理想をもつのであれば、さまざまな現実の制約のなかでいかに我慢しながら、たとえ歩みは遅くとも一歩ずつ地道に着実に進んでいく。高市総裁にこれから求められるのはその力であり、その意味では、あまり性急に物事を運ばないようにお願いしたいですね。</p>

<p>一つ懸念を申し上げるならば、高市総裁に与野党問わずどれだけの人脈的な広がりがあるのか、ということです。石破（茂）前総裁も彼を助けてくれる周囲の人間が非常に少なかった印象で、結局はかなり苦労された。高市総裁の場合も、党役員人事を見るとかなり偏った人選であり、公明党の連立離脱にしても人間関係が希薄であったことと無縁ではないでしょう。</p>

<p>人にはそれぞれ得手不得手があります。とくに政治については、ビジョンや政策は一人の頭のなかで考えられる。その点について高市総裁はじつに真面目な政治家ですが、ビジョンや政策を実現するには人間関係が求められます。もしも高市総裁が、当たり前のように公明党との連立は継続すると考えていたのであれば、権力を行使するうえでは周囲の人間関係への目配りや心配りが大切になることを、この機に自覚されたのではないでしょうか。その後、日本維新の会とのあいだで連立を合意しましたので、高市総理には引き続き安定した協力関係を構築するために、人間関係を育む力が問われます。</p>

<p>――政治を動かすためには現実の問題として権力が必要ですが、その権力を一人あるいは少数で行使するには限界がある、ということでしょうか。</p>

<p>【伊吹】繰り返すようですが、政治は一人ではできない。いろいろな人の力を借りなければいけませんが、これはあらゆる仕事、さらに言えば人の生き方に通ずる話でしょう。池波正太郎さんは随筆で、人間は一人で世を渡ることはできないと書いていますが、世を渡るうえで助けてくれた人への感謝の気持ちを5年、10年、20年にわたって抱き続けて接することで、人間関係は生まれる。インスタントラーメンをつくるみたいには人との繋がりはつくれませんし、そんなに簡単にできた人間関係であれば、いざというときに馬脚をあらわしますよ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いま「保守」が果たすべき役割</h2>

<p>――今後の政局がどう推移しようとも、単独過半数を獲得している政党が存在せず、まさに政党間の関係や繋がりをどうつくるかが焦点になるでしょう。多党化時代と言われる現状について、伊吹先生はどう見ていますか。</p>

<p>【伊吹】日本という国が随分と豊かになり、価値観を自由に主張できるような社会になっていますから、ある意味では多党化が進むのは必然だとする見方があるでしょう。ですが、日本の選挙制度は小選挙区と比例代表の並立制で、比例代表では多党化の方向に進みがちですが、小選挙区についてはまだわかりません。現時点で「連立の時代の到来」などと決めつけて本当によいものか。</p>

<p>ヨーロッパでは、ほとんどの国が選挙制度としては比例代表制を採用していると同時に、キリスト教文化ですから「天にまします神とわれわれを繋ぐのはキリスト唯一人」という文化が確立されています。それが個人の自己主張を是とする文化を生み出し、昨今の多党化の背景にあるのではないか。それに対して日本は、八百万の神々を信仰する農耕民族でした。鎮守の森に皆で集まり五穀豊穣をお恵みでいただいたことに感謝するなど、個人よりも共同体を大切にする国民性です。</p>

<p>日本人の国民性・文化は、ともすれば同調圧力を生みますが、それでも私は誇るべき協調・協力の美徳だと思う。そうした文化の違いから、日本もヨーロッパと同じく個人が際限なく自己主張を強め、その結果として多党化や連立の時代が来るのか、私はもう少し落ち着いて予測したほうがよいのではないかとする立場です。</p>

<p>――とはいえ議席数を見ても、依然として比較第一党ではあるものの、自民党がかつてのような存在感を発揮できない時代が訪れているのは事実でしょう。これからの自民党には何を求めますか。</p>

<p>【伊吹】自由と民主主義には、主役が人間ゆえのどうしても避け得ない欠点があります。自由はともすれば我儘と区別がつかない人がいる。手段を選ばず競争に勝てばよいとする勝者の論理が社会を覆いかねません。民主主義はポピュリズムに陥る危険性をつねにはらんでいる。これらの欠点が社会の分断というかたちで世界的な課題として浮上しているわけで、それをどう克服するかが、保守にもリベラルにも突きつけられている大テーマですが、私はいまこそ保守が果たすべき役割が大きいと考えています。</p>

<p>保守とは人間の理性を大切にしたうえで、物事を判断するときには、自分は間違えるかもしれないというきわめて謙虚な姿勢をつねにもつ思想だとするのが、私の定義です。だからこそ、いま生きている私たちだけの判断でなく、長年にわたって祖先が積み上げてきた文化や伝統、規範に立ち戻って考えていく。このように謙虚で慎重で、懐が深く、異なる考えや価値観を許容するのが保守であるとすれば、ポピュリズムや排外主義に対する防波堤になりうるでしょう。私に言わせれば、他者を攻撃したり排他的な自国第一主義を掲げたりするのは本来の保守ではありません。</p>

<p>ただ、いまでは保守という言葉の定義がじつに曖昧なまま使われている。だからこそ、ともすれば極端な方向に流れていきかねない。具体的には、先の総裁選では7月の参院選でシングルイシューをポピュリズム的に主張する政党に票が流れたから、それを取り戻すという議員や党員の心理が高市総裁誕生の原動力と言われています。しかし、自民党が今回の件に限らず易きに流れれば、今度は穏健保守や中道リベラルの支持を失うでしょうから、高市総裁にはバランス感覚を意識した舵取りが求められます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>バランスが壊れた自民党</h2>

<p>――2025年7月の参院選を振り返ると、伊吹先生は自民党の敗因について「左右の羽のバランスが壊れてしまった」と分析されています。</p>

<p>【伊吹】自由民主党が立党したのは1955年のことです。当時はまだ共産主義が日本でも力をもつと危惧されていた時代でした。1955年10月、左右の社会党が統一したことへの危機感から、その翌月に自民党が誕生した。つまりは自民党とは「反社会主義・反共産主義」を掲げ、生産と分配の国家管理に反対する勢力として生まれた自由と民主主義の政党です。そして当時から、保守とリベラルいずれの政治家をも内包する国民政党で、思想的には保守とリベラルの混在政党です。</p>

<p>1970年代に日中国交が正常化されたころも、青嵐会のようなグループから河野洋平さんのような議員もいました。保守とリベラルが調和しながら地域社会に根を下ろしてきたのが自民党でしたが、いま明らかにバランスが崩れ始めています。</p>

<p>これからの自民党が進む道としては大きく三つあって、保守的な政党になるか、リベラル的な政党になるか、それとも双方を包含した政党として続けるのか。自民党の歴史を遡ると、じつは綱領に「保守政党」と明記したのは、野に下っていた民主党政権時代の2010年が初めてでした。それ以前には「国民政党」という表現のみ用いていた。</p>

<p>社会主義に近づきうるリベラル的な政策を行なう民主党に対するアンチテーゼを確立するために、「我が党は常に進歩を目指す保守政党である」と掲げたのですが、いま思えば「進歩を目指す国民政党」と記してもよかったかもしれない。そうした歴史をふまえたうえで、どの方向性で自民党を再生させるのか、高市総裁におかれては、非常に難しい局面ですが、多党化時代が本当に到来するかどうかを見極めたうえで、しっかりと議論することを願いたいと思います。</p>

<p>さらに言えば、自分の政治理念を言語化できる政治家が少なくなっているように思いますね。小選挙区制では中選挙区制とは違い、選挙区内の過半数の票を獲得することをめざしますから、必然的に浅く広く有権者に支持されようと考え、政治信条が「のっぺらぼう」の政治家が増えているように思えます。</p>

<p>――平成の選挙制度改革の結果、善かれ悪しかれ政治家の性質も変わったということでしょうか。</p>

<p>【伊吹】私もそう感じています。民主主義において政治を動かす権力を得るには、やはり選挙に勝たなければなりません。ところが小選挙区制に変わってから、支持者や推薦状をもってきた団体が自分のことを支援してくれていると誤解する候補者が目につきます。</p>

<p>もちろん候補者のことを立派だと認識して後押しする有権者や団体もいるでしょうが、実際にはその政治家のパーソナリティとは関係なく、政権与党という権力の座にいる一員だから支持しているケースもある。その事実を虚心坦懐に受け止めたうえで、候補者は有権者や支援団体の構成員のお宅を一軒ずつお訪ねして、自分の考えを述べて支持をお願いして然るべきですが、現実は違います。</p>

<p>いま申し上げたのは、中選挙区制の時代であれば当たり前の政治活動でしたが、現在の候補者は充分の努力はしていないように思いますね。昨今の自民党の凋落は、もちろん「政治とカネ」の問題などが主たる理由でしょう。しかしそれだけでなく、選挙準備のエネルギーの少なさも大きな原因だと私は考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>多党時代に求められる政権・議会運営</h2>

<p>――現実的な政治スケジュールの話として、衆議院議長をお務めになられたご経験から、多党時代における政権運営と議会運営のあり方についてはどのように考えていますか。</p>

<p>【伊吹】現実的にはたしかに多党化の状況が訪れているわけで、単独で過半数の議席を獲得している政党はありません。比較第一党である自民党からすれば、公明党と袂を分かったいま、日本維新の会との連立を軸としつつ、ほかの野党とも案件ごとにいかに協力できるかが問われている。少数与党であっても政権を運営するのであれば、政治を安定させたうえで国家の安全と国民の日常を守らなくてはならない。そのためには予算を通して法律を通すことが必須条件です。</p>

<p>一般論として、国会で多数の議席を得られていないときに権力を行使するには、どこかから人数を借りてこなければならない。ここで二つの問題があって、一つは他党とのあいだで人間的な信頼関係や相互理解を構築するために、普段から努力を重ねられているか。もう一つは野党サイドも、もしも予算に賛成したのであれば、それが部分的であろうが行政権に関与したことを意味するわけですから、責任を分担する覚悟がはたしてあるのか。</p>

<p>従来の安定した自公政権であれば、野党はつねに少数派でしたから、批判したり文句を言ったりしながら、与党に譲歩させて「良いところ取り・つまみ食い」をしてきました。その意味では、与野党とともに意識を変革しなければいけない。</p>

<p>石破政権の時代には、補正予算や本予算を通すときには国民民主党や日本維新の会と調整をしていましたが、あの時点ではそうした覚悟を共有している兆しは見えませんでしたね。今回、閣外連立という道を選んだ維新には、とりわけその覚悟を期待したいです。</p>

<p>――先ほど高市総理について、党内外の人間関係の希薄さを指摘されていましたが、まさにいまこそ求められる資質だと言えそうです。</p>

<p>【伊吹】多党化が進めば進むほど、政権や議会の運営では複雑な交渉が求められます。今後、どのような政権が誕生しようとも、政治指導者には与野党を問わず多くの政治家などと関係を構築する能力が求められるし、交渉に応じる側にも相応の責任が求められる時代であることは間違いありません。</p>

<p>――いまの時代の政治家に求められる資質という意味では、ＳＮＳの普及もあって現在ほど国民の「声」が可視化されている時代もないでしょう。そうした時代の変化に政治家はどう向き合うべきですか。</p>

<p>【伊吹】まずメディアの問題について言えば、テレビや活字などのいわゆるオールドメディアは先の総裁選でもことごとく予測を外していましたね。小泉進次郎さんが当選する前提で人事を予測するワイドショーなどはじつにみっともなかった。他方で、オールドメディアには本来、相応の役割があるはずで、たとえば甲乙いずれの議論も併記して示すことができます。ＳＮＳではフェイクニュースも流通しやすいし、また自分と異なる意見は表示されにくい仕組みですから皆が極端な方向に流れる危うさがある。注意が必要でしょう。</p>

<p>そのうえで質問いただいた政治家がとるべきスタンスについてお話しすると、私はいまも毎週月曜日にフェイスブックを更新していますし、ＳＮＳの活用そのものは否定しませんが、多くの政治家が「どこで何を食べた」「今日は誰と握手した」という類の内容ばかり発信している。親しみやすさをアピールしようとそうした投稿をしているのでしょうが、もう少し自分の政治的な主張や意見を発信してほしい。</p>

<p>――伊吹先生は37年間にわたる議員生活で、とくに何を意識して政治活動を続けてきましたか。</p>

<p>【伊吹】偉そうなことは言えませんが、政治家だからと言って国民の皆さまの感覚と異なる振る舞いはしないようにしてきたつもりです。たとえば、大臣や幹事長など党の役員に任命されたり、衆議院議長になったり叙勲を<br />
受けたりしたときには、いろいろな方からお祝いをしようと声をかけていただきましたが、一度もやりませんでした。</p>

<p>政治家は、皆さんから投票していただいて議員に選出されて初めて仕事ができるわけで、自分の努力で会社を興したり利益をあげたり、社会貢献したり、素晴らしい研究を発表したりするわけではありません。何かの役職をいただいたからといって、お祝いをしていただくような立場ではないと思うのです。</p>

<p>また、私は2021年に政界を引退しましたが、当時はありがたいことに、もう少し議員を続けるべきだとする意見もいただきました。ただ、国会議員は国民の皆さまの投票によって主権をお預かりしている立場で、任期中に私に万一のことがあれば有権者の方々に申し訳が立たない。</p>

<p>身内の人間を後継に立てるべきとも言われましたが、それもお断りしました。身内が政治の世界に飛び込むということであれば全力で応援しますが、そのときには私の選挙区からは出るべきではないでしょう。議員として活動させていただいているのは個人の財産ではないので、世襲はするべきではないというのが私の考えてきたことです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高市総理は安倍元総理とサッチャーに学んでは</h2>

<p>――自民党幹事長や衆議院議長などを務めた経験から、あらためて政治指導者にとっての要諦を挙げるとすれば、それは何でしょうか。</p>

<p>【伊吹】政治指導者は、権力と道徳という矛盾したものを両立させなければなりません。たとえば、内閣総理大臣には解散権があると言われます。憲法の7条と69条がその根拠ですが、じつは七条は解散の権利ではなく手続きを記しているという憲法上の解釈もある。いずれにせよ、政治指導者には政党や自分の権力を維持するために解散することは慎む良識が求められるべきでしょう。</p>

<p>あらゆる制度には長所と短所があるけれども、長所を引き出して短所を露呈させないようにするには、その仕組みを使う人間の自己抑制や謙虚さにかかっている。私自身、この点については強く意識して37年間、国会議員を務めさせていただきました。</p>

<p>――これからの日本の政治指導者に期待する具体的な政策を挙げるとすれば、何でしょうか。</p>

<p>【伊吹】私がお願いしたいのは、日本をもう一度、世界のなかで一目置かれる国にしていただきたい、ということに尽きます。たとえばアメリカから無理難題を言われたとき、「少しでも穏当な内容で勘弁してください」とお願いするような交渉をしていては、やはり残念でしょう。日本の歴史や憲法を考えると、軍事力を強化して外交の交渉力とするのは現実問題として無理ですから、やはり高度経済成長期のように経済力を甦らせなければいけません。当時であれば、アメリカに対して繊維製品の輸出を抑える代わりに沖縄の返還を交渉したと言われています。</p>

<p>外交交渉力になるほど経済を強くするには、たとえば科学技術への助成や海外からの国内工場誘致など、政治がさまざまな努力をしなければなりません。ただ、これらは政治だけで決められる話ではなく、企業とともに進めなければいけない。物価を上回る賃上げにしても、そうした環境をつくるのは政治の役割ですが、最終的に賃上げの判断を下すのは経営者です。</p>

<p>強い経済を甦らせるうえでは、何よりも労働生産性の向上が必須で、高市総理のようにワークライフバランスを捨てるべきとまでは言いませんが、日本人が皆一所懸命に働ける社会をつくることをめざさなければなりません。現在多くの辛い仕事や単純労働を避けて外国人労働者に委ねていますが、その一方で彼ら彼女らに批判の言葉を投げかけるというのは、恥ずかしいことだと思う。</p>

<p>高市総理には、ぜひとも国民に対して覚醒を呼びかけてほしい。彼女が尊敬しているのはサッチャーと安倍晋三元総理とのことですが、安倍さんはとくに第二次政権において、戦後レジームからの脱却や防衛力強化を進めるなどのきわめて保守的な姿をもちながら、消費税率引き上げの延期や「一億総活躍社会」の提唱など、リベラル的な政策を行なうことで権力を維持してきた。サッチャーにしても冒頭でお話ししたように、イギリスの栄光を取り戻すために国民に協力を呼びかけている。高市総理が尊敬されているこの二人の政治家のやり方を学べば、道は拓けるはずです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251204ibukibunmei.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 11 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[伊吹文明（元衆議院議長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「1月解散」の可能性は...？「高市長期政権」に向けたグランドデザインと戦略を語る  山田宏（参議院議員／自由民主党副幹事長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13396</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013396</guid>
			<description><![CDATA[高市政権が果たすべき使命や長期政権に向けたグランドデザインについて、山田宏議員に話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="山田宏" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251204yamadahiroshi.jpg" width="1200" /></p>

<p>世界的な変動期に発足した高市政権が果たすべき使命とは何か。長期政権に向けたグランドデザインはあるのか - ――。 同じく松下政経塾で学び、 2025年10月の総裁選をそば近くでともに戦った山田宏副幹事長に話を聞いた。（聞き手：金子将史、構成：編集部）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2026年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。インタビュー全文は発売中の『Voice』2026年1月号に掲載しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「妥協」ではなく「信念」の政治</h2>

<p>――長く政治の現場を見てこられた立場から、高市総理の指導者としての器や、ほかの政治家と際立って異なる資質はどこにあると思われますか。</p>

<p>【山田】「妥協の政治」ではなく「信念の政治」を高市総理はめざしている。これまでの日本の政治では往々にして党内外での擦り合わせを経て、言うなれば妥協的に政策が決められてきました。ときにはそれも必要な手続きでしょう。しかし近年の日本政治は、結果としてすべてが積み上げ式になり、トップダウンで思い切った決断が下されることはなかった。変革を起こすには、信念をもって「この道を進もう」と働きかけられるリーダーが必要なのです。</p>

<p>その意味において、いまこそ高市総理の出番だと私は思う。彼女は嫌われたり誤解されたりすることをまったく恐れない。批判の言葉を受け止めたうえでなお、信じる道を進もうとする政治家です。</p>

<p>高市総理がめざす「国家としての日本を取り戻す」仕事をするには、彼女のように批判されることを厭わない人物でなければ務まらないでしょう。それこそが、高市総理の「指導者としての器」であり、これまでの政治家とは異なる資質だと私は思う。各種の補助金を削り、時代から取り残された産業や企業に退場していただくにはそれだけの覚悟が必要で、そのうえでさまざまな支援を充実させることを約束するべきなのです。</p>

<p>――党役員人事については一部では「偏っている」と評されました。一方、閣僚や秘書官の顔ぶれを見るとバランスのとれた人事を行なった印象ですが、どんな思惑だったのでしょう。</p>

<p>【山田】閣僚人事については、ポイントだけは必ず抑えたうえで、あとはバランスをとろうという意図だったでしょう。その「ポイント」とは何か。片山さつき財務大臣と、小野田紀美経済安全保障担当大臣です。高市政権は経済を伸ばすうえで、いますぐに財政収支を合わせるのではなく、先ほども申し上げた三本目の矢を放つことによって成長を促し、その果実によって財政を健全化させようとしています。そうした政策を実行に移せるよう人事にも意を用いたはずです。</p>

<p>それ以外の人事でバランスを意識したのは、「全員野球」をめざしたからでしょう。前政権では残念ながら主流と反主流がわかれたり、旧安倍派が抑制されたりしたことで、党内が随分とギクシャクしていました。そうした空気を一掃したのが今回の人事だったと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>年明け1月にも解散に打って出るべき</h2>

<p>――公明党の連立離脱で政権運営の先行きが不安視されましたが、その後は日本維新の会と連立を組むに至りました。多党時代をどう乗り越えますか。</p>

<p>【山田】あくまでも私個人の考えを申し上げると、なるべく早期に解散に打って出て、衆議院で最低でも与党として過半数の確保をめざすことが先決で、他党との交渉などはそのあとに検討すべき話ではないか。年初に通常国会を召集したら即解散すべきだと考えています。臨時国会で補正予算を通したあと、高市政権が打ち出している政策と維新との連立合意内容について「国民の信を問いたい」と呼びかければ、それは解散を決断するに十分な大義と言えるでしょう。</p>

<p>衆参いずれも過半数割れしている現在の状況で通常国会に臨むのは、日本の政治にとって得策ではありません。ならば選択しうる道は、早期の解散しかない。常識的な判断では、選挙に勝つことはできないのです。もちろん連立相手である維新も納得できるように丁寧に事を進めなければなりませんが、選挙を通じて自民と維新という連立政権への支持を得ることができれば、政治を前に進めやすくなる。</p>

<p>――早期解散を望む声は、党内からも聞こえてきているのでしょうか。</p>

<p>【山田】もちろん、はっきりと口にする議員はいませんよ（笑）。私にしても、繰り返しますがあくまでも「個人的な見解」です。ただし、期待している人間は少なくないのではないか、というのが実感です。</p>

<p>――11月初旬に行なわれたＪＮＮの世論調査では82％が高市政権を支持しています。この高支持率をどのように受け止めていますか。</p>

<p>【山田】あくまでも、「ご祝儀」として認識しています。これだけ高い数字だとあとは下がるしかないわけで、実際のところは五割を維持できれば御の字でしょう。</p>

<p>――とはいえ、一時的だとしても多くの国民が高市政権を支持しているのは事実です。その要因は何だと認識されているのでしょうか。</p>

<p>【山田】あえて申し上げれば、高市政権としてまだ何かの成果を出しているわけではありません。それでもこれだけの支持を得られているのは、高市総理の「姿勢」に共感いただいているからではないでしょうか。自分の考えを前面に出し、型にはまることなく、それを成し遂げようとしている姿に期待していただいているのでしょう。石破（茂）前総理との対照で、高市総理の姿が国民の目にはポジティブに映っているのかもしれません。皮肉な話かもしれませんが、強力なリーダーシップを発揮された安倍元総理の次であれば、また違った受け止められ方だった可能性もあるでしょう。</p>

<p>高市総理にとっては、内閣総理大臣になることが達成すべき目標ではありません。これまでの政治家人生のなかで一所懸命に考え続けてきた政策を、いかにして実現するかで、いまも頭のなかが一杯のはず。就任してからわずかな日数だとしても、どれだけの想いや覚悟で責務を全うしようとしているのか、国民はその温度感を一瞬で鋭く見抜けるはずですよ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「国家100年の計」を立てる気概をもて</h2>

<p>――高市総理は山田先生と同じく松下政経塾出身ですが、同塾での学びは、指導者としての高市総理にどのような影響を与えたと思われますか。</p>

<p>【山田】国家の政治を経営的な視点から「国家経営」と捉え、いかにして安い税金で良い公共サービスを提供するかを追求する。それこそが、松下政経塾を設立した松下幸之助の考えの根幹であったと、私としては理解しています。また、松下幸之助とは改革者であると同時に、愛国者でもありました。国家というものが、何か悪いイメージで語られていた戦後教育の風潮とは一線を画していましたし、国家としての日本の継続性を重視されていました。</p>

<p>高市総理が5期生として入塾した1984年当時は、国を愛するということ自体に何となく引け目を感じやすい時代でしたが、それを堂々と述べることができた松下政経塾という空間で学んだことは、高市総理に日本という国への自信を植え付けたのではないでしょうか。そして何よりも、「国家とは何か」を正面から考える時間をもてたことは、自分のなかに確たる国家観や歴史観をつくる契機になったはずです。</p>

<p>それから、松下幸之助が口を酸っぱくするほど繰り返していたことが、日本政治に長期的なビジョンが欠けていることに対する危機感でした。</p>

<p>日本がいかなる理念のもとで存在し、国家はいかにして国民を豊かにして、世界の平和に対して役割を果たすのかというビジョンが欠けている。松下幸之助はその点を強く危惧していたわけで、高市総理におかれては物価高対策など目の前の課題の解決に動かなければいけない一方で、それこそ「国家100年の計」を立てるくらいの気概をもってほしい。</p>

<p>高市総理は尊敬する人物としてマーガレット・サッチャーの名前も挙げていますが、サッチャーはイギリス首相に就任する前の1974年、Centre for Policy Studies（ＣＰＳ：政策研究センター）というシンクタンクをキース・ジョセフと設立しています。私はこのシンクタンクを訪ねたことがありますが、当時一〇人程度の若い研究者が、じつに一所懸命に世界中の情報や文献を集めて分析していました。そのようにして、サッチャリズムと呼ばれた政治理念と政策を結び付けたわけです。</p>

<p>高市総理も同じように長期的な国家経営の理念や方針を打ち立てる努力をしなければならないし、そのための仕組みをつくらなければいけない。そうした姿勢なくしては、松下政経塾出身の国家リーダーとしては画竜点睛を欠くのではないかと思います。</p>

<p>――サッチャーの名前が出ましたが、経済政策については、積極財政を掲げる高市総理はサッチャーとは逆だと言えませんか。</p>

<p>【山田】個人の自立を重視するという、根幹となる思想は同じではないでしょうか。国民の自由の範囲をなるべく広く確保して、いろいろな仕事に就いたり企業を興したりできるようにする。そうした自由な社会の先に平等がある。ところが昨今では、自由の前に平等が先に叫ばれています。</p>

<p>自由を確保するには、たとえば税制については長期的には国民の負担率を下げていくべきだし、そのために採るべき政策は何かを研究していかなければいけない。いますぐ消費税率を下げる、あるいはゼロにするなどという「思いつき」レベルの議論ではなく、50％近い国民負担率を20年や30年をかけてどのように下げていくか、膨れ上がりすぎて雁字搦めの福祉国家構想をいかに軌道修正するか、などの発想がもっとも大事になるでしょう。</p>

<p>具体的に求められる政策としては、少子高齢化の時代においては、ＡＩやロボットに任せられる仕事は任せ、定年を引き上げるか制度そのものを廃止したうえで、働きたい人は何歳まででも働ける制度を設計するべきだと思うし、ＮＰＯや地域での社会活動に携われる環境を整えなければいけません。それが結果として、病気を減らすなど健康寿命を引き上げることにもつながるでしょう。</p>

<p>いずれにせよ、人口が増えておのずから経済が大きくなる時代と同じようにＧＤＰやＧＮＰを考えるべきではなく、私たちは「豊かさ」についてあらためて考えなくてはいけないはずです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「高市長期政権」への条件</h2>

<p>――長期的なビジョンについて伺いましたが、短いスパンで考えたとき、来る2026年に先決して解決しなければいけない課題は何でしょうか。</p>

<p>【山田】政権としては、勢いがあるうちに厳しい課題に着手する必要があります。高市政権については、まずはやはり、いわゆる「178万円の壁」の突破に向けてどこまで引き上げられるかでしょう。同時に、不均衡になっている課税をどう改善するか。飴玉ばかりでは国はもちません。これらの政策は速やかに実行しなければいけない。</p>

<p>それと高市総理本人も強調しているように、防衛力の整備についてはさらにスピードアップさせる必要があります。防衛費の増額だけではなくて、軍事・産業の両方で使えるデュアルユース技術を育てることが日本経済にとって大きなメリットにつながるでしょう。それから来年ということで言えば、安保三文書の改定も行なわれるので、主権国家としての防衛力の基盤をつくりつつ、日本経済の大発展をいかにして同時に進めていくか、その仕組みを考えなければいけません。</p>

<p>――高市政権が長期的に成果を出すうえでは、どのような構えや戦略が必要だと考えますか。</p>

<p>【山田】サッチャー政権は11年半、第二次安倍政権は7年8カ月続きましたが、高市政権については10年先を見越したうえで、それを裏付ける30年プランをつくり、自分は総理として何をめざして、いかなる10年後の目標に向けて活動していくかというメッセージを国民に投げかけるべきではないでしょうか。そして、その目標を達成できれば、3年後、5年後、10年後の国民の生活や社会の風景がどう変わっているのか、数値を用いてビジュアルで示すべきです。</p>

<p>なぜ数値が必要なのかと言うと、日本の役所はいろいろなプランはつくりますが、それが本当にうまくいったのかという検証はほとんど行なわない。シンガポールのように仕組みとして政策の効果をチェックしている国もあります。</p>

<p>国民の役に立たない政策をずるずると続けさせないためにも、計画の段階で数値を約束して、それが達成できなかった場合には理由を国民に説明する。そうした仕組みを整えたうえで、努力を積み重ねることが政治への信頼を高めることにつながるし、結果として長期的な政権運営を実現させるはずです。</p>

<p>とはいえ、2年後の2027年9月にはまたフルスペックの総裁選がありますから、短期的にはその節目にみずからの政権がもたらした成果を話せるようにしておかなければ元も子もありません。長期的な国家ビジョンを掲げつつ、短期的な成果についてもスピード感をもって着実にあげていく。その先に、「高市長期政権」が見えてくるはずです。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 09 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[山田宏（参議院議員／自由民主党副幹事長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「行政の長」と「体制の変革者」という二つの面...指導者としてのトランプをどう評価するか  中西輝政（京都大学名誉教授）,冨田浩司（前駐米大使）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13380</link>
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			<description><![CDATA[京都大学名誉教授の中西輝政氏と、前駐米大使の冨田浩司氏が、指導者としてのドナルド・トランプについて議論する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="MAGA派シンクタンク" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_whitehouseG.jpg" width="1200" /></p>

<p>トランプ大統領の政策の中身については、あるべき国際的な理念をふまえて西洋諸国からも批判されているが、他方でその指導者としての多面性とその政策の意外な方向性にも目を向ける必要がある。</p>

<p>京都大学名誉教授の中西輝政氏と、前駐米大使の冨田浩司氏による対談から、指導者としてのドナルド・トランプについて考える。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>曲がり角を迎えている世界</h2>

<p>【中西】現下の国際情勢を見渡せば、日本の舵取りを担う政治指導者にとっては非常に厳しい「世界大乱の時代」であることがわかります。冷戦後に期待された安定した世界秩序はいまや遠くに退き、眼前にはカオスでまったく不透明な世界が広がっている。そのことは最近、国際社会で起きたごく卑近な事例を見てもわかります。ただしよく目を凝らすと、そのさらに向こうには新たな可能性も見てとれるでしょう。</p>

<p>去る2025年9月9日、ロシアの無人機がポーランド領空を侵犯しました。アメリカのトランプ政権は曖昧な態度をとりましたが、これに対してNATOは背骨のしっかりとした対応をしました。中東に目を向けると、同日にネタニヤフ首相のイスラエルがカタールにミサイルを撃ち込んだことも、中東が「超大乱」に陥るか、はたまたアク抜きになり和平を後押しするか、一種微妙な展開でした。</p>

<p>さらに翌10日には、アメリカで第二次トランプ政権誕生の立役者の一人と言われた保守派の活動家チャーリー・カークが暗殺されています。MAGA派がこの事件について「民主党のせいだ」と声をあげている様子を見ると、アメリカの分断はいよいよ暴力的な要素を加速させていくかもしれないけれども、他方、トランプ陣営内部に亀裂が生じる可能性もあり、とくにJ・D・ヴァンス副大統領の動きには注視する必要があると思います。</p>

<p>これらの直近の動きを見ても、世界がいま一つの曲がり角を迎えているのは事実でしょう。そこで私が強調したいのが、われわれは観察者として、この曲がり角の、さらに「その先」を見なければいけない、ということです。さらに言えば、時代の大きな転換期の渦中では往々にして悪い面ばかりが語られますが、ただの悲観論に陥ればそれは思考停止にほかならず、実務的にも政策論的にも健全ではありません。</p>

<p>【冨田】カオスに包まれる現下の世界で、いまもっとも世界的に注目されているのが、トランプ外交であることは論を俟ちません。ただし、トランプ大統領が出す「解答」は正しくないかもしれないけれども、提示する「質問」は必ずしも間違っているわけではありません。</p>

<p>昨今、よく「戦後秩序が危機に瀕している」と指摘されます。しかし、そもそも戦後秩序とは何であるかと考えると、かつての冷戦構造下で、アメリカがいかにソ連に勝つかを思索するなかで生まれた秩序でした。その結果、アメリカが西側の盟主として、安全保障にしても経済にしても大きな負担を引き受けたのです。</p>

<p>問題なのは1990年代に冷戦が終結しても、従来の仕組みがそれなりに機能していたがゆえに、新秩序について真剣な議論が行なわれてこなかったことでしょう。この「不都合な真実」を白日のもとに晒し、負担のリバランスを求めているのがトランプ大統領なのです。</p>

<p>とはいえ、とくに中国の脅威に鑑みれば、安定した世界秩序のためにはアメリカの指導力と貢献が不可欠です。そうであるならば、どうすれば引き続きアメリカに世界の繁栄と安定のため関与してもらえるのか、西側はよく考える必要がある。その点、負担のリバランスという観点では、アメリカがもっとも不満を抱いていた欧州の自主的な防衛努力は改善されはじめていますから、トランプ外交は前向きな成果を収めていると言えるかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>問題の根源は「冷戦の終わり方」</h2>

<p>【中西】結局のところ、「冷戦の終わり方」に大きな問題があり、それが現在に至るまで尾を引いているということでしょう。冷戦終結後のアメリカは、製造業を支える社会構造が著しく劣化するなど、国内問題が非常に深刻な状況に陥っていました。それでも湾岸戦争を契機に、ブッシュ（父）政権やネオコンの識者などは一極主義を唱えて、この「アメリカの衰退」を放置し、世界の民主化のためには武力を用いた介入も辞すべきではないとして、引き続き「世界の警察官」を演じてみずから進んで大きな負担を背負い込んだのです。</p>

<p>そうしてアメリカは、足元の大きな国策の方向がいい加減なまま、世界の問題に関わり続けることになりました。そして当然のこととして、「なぜアメリカだけが大きな犠牲を払って世界に関わる必要があるのか」という素朴な疑問がアメリカ人のあいだで広がり、それがいま、トランプ大統領の大きなパワーを支えている。</p>

<p>【冨田】先ほどトランプ大統領の「正しい質問」についてお話ししましたが、「誤った解答」についても指摘したいと思います。アメリカではグローバル化に取り残された人びとの不満が鬱積していて、それが政府への不満につながりました。言い換えれば、世界に対する「開放性」のコストが意識されるようになった。</p>

<p>その結果生まれたのが、関税政策や移民排斥など、開放性を制限する政策ですが、しかしそうした閉鎖的政策にもコストは伴う。アメリカでもいずれ物価は上がるし、移民がいなくなれば労働力が不足するでしょう。開放性と閉鎖性にはそれぞれコストがあり、今後の政治はその均衡点を求めて動いていくことになるように思えます。</p>

<p>閉鎖性のコストはアメリカ国内の問題に留まらず、国際的に戦略的な意味をもちます。アメリカが冷戦に勝てた大きな理由の一つが開放性でした。世界から資本、技術、人材を自由に受け入れ、活用することで、閉鎖的なソ連に勝利できたのです。</p>

<p>ところがアメリカはいま、その比較優位性を放棄しようとしている。中国との競争を考えたとき、その判断は誤ってはいないか。まして中国はソ連のように完全に閉ざされた国ではなく、開放性のメリットを享受しています。そうした戦略的な視点をふまえ、いま出している「解答」が本当に正しいのか、トランプ大統領にはぜひ自問自答していただきたい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>懐が深かった第二次大戦後のアメリカ</h2>

<p>【中西】冨田先生がいま強調されたように、アメリカの開放性とは冷戦に勝利するための大戦略でもあったのです。同国の歴史を紐解くと、もともとアメリカは近代世界でも指折りの閉鎖的な国でした。保護貿易は共和党の伝統的な政策とさえ言えるし、1924年の排日移民法では日本も酷い目に遭っています。むしろ、第二次世界大戦後、アメリカがあれだけ開放の方向に舵を切ったこと自体が、マクロヒストリーの観点から見ると稀有な出来事でした。</p>

<p>事実、第二次世界大戦後のアメリカ外交を見ると、じつに賢明で懐が深かったことがわかります。彼らは個人に基礎を置いた自由という価値観を深く重視し、当時のアメリカ外交の神髄とも言えるマーシャル・プランを実行に移しました。</p>

<p>アメリカの歴史家・評論家ウォルター・アイザックソンは、The Wise Men（ザ・ワイズ・メン：賢人たち）という本（共著）で、国務長官のジョージ・マーシャルや彼のブレーンであるウィリアム・クレイトンにも触れて、当時のアメリカの安保・経済・外交は稀に見る開明的な人びとに主導されたと評価しています。たしかに、あれほど優れた指導者集団は、歴史的には共和政ローマの元老院の賢人たち以来かもしれない。</p>

<p>【冨田】明治維新期の日本は、もしかしたらそれに匹敵するかもしれません。</p>

<p>【中西】おっしゃるとおり、あの時代の日本にも、開明的な指導者がたいへんな密度で群を成して登場しましたね。いずれにせよ、第二次世界大戦後のアメリカと、いま世界を搔き乱しているトランプ大統領のアメリカを比べると、カルチャーや倫理観の点でも両者のコントラストがあまりにも目立ちます。</p>

<p>とはいえ、西側諸国のメディアが競って行なう「トランプ叩き」が生産的とは思えません。たしかに、トランプ大統領の政策の中身については、あるべき国際的な理念をふまえれば幾重にも批判されるべきですが、他方で<br />
ドナルド・トランプという指導者の多面性とその政策の意外な方向性にも目を向ける必要がある。</p>

<p>また、トランプ大統領の強圧が欧州の防衛意識を高めたのは事実だし、中国の脅威を世界に強く意識づけたのも彼のリーダーシップのポジティブな成果です。トランプ大統領が推進する製造業の国内回帰という世界経済のパラダイムシフトにしても、「失われた30年」を経験した日本にとっては一考の余地があるはずでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>指導者としてのドナルド・トランプ</h2>

<p>【冨田】指導者としてのトランプ大統領を評価するうえでは、まずトランプ主義とは何かを考えなければいけません。アメリカ国内でトランプ大統領を支える政治的なマグマがあるのは事実ですが、マグマにいろいろな金属成分が含まれているのと同じように、彼の支持層にはポピュリストもいれば宗教保守やテック右派など、さまざまな勢力が集まっています。</p>

<p>これらの勢力は既存の体制を変革するという目的で一致し、そのための政治力を期待してトランプ大統領を担いでいる。そしてトランプ大統領本人は、みずからの権力欲や名誉欲を満たすためにこれらの勢力を利用していて、そこに一種の共生関係があるわけです。</p>

<p>さらに事態を複雑にしているのは、トランプ大統領が共和党を掌握したことです。このことで、体制変更を求めるグループが正当性を獲得し、政権の座に就くという不思議な状況が生まれています。したがって、トランプ大統領のリーダーシップを評価するうえでは、行政の長としてだけではなく、体制の変革者としての役割も考えなければいけません。前者については、いまのところは前向きに評価しても「中の下」くらいでしょう。ただし後者については、彼の政策の中長期的な影響を見定める必要があるので現時点で何かを明言するのは難しい。</p>

<p>【中西】指導者としてのトランプ大統領については、モラルの問題も評価軸の一つとして避けては通れないでしょう。パワー・ポリティクスの論理から言っても、あからさまにモラルを無視した振る舞いを続けていては、どのような大国であろうとも世界秩序を安定させる役割は担えません。その意味においても、狭い目先の利害関係のみで発想するいまのアメリカ外交は、非常に大きなリスクを孕んでいます。</p>

<p>この問題を考えるうえで一つのヒントになるのが、ドイツのメルツ現政権です。欧州では、たとえばドイツではいまＡｆＤ（「ドイツのための選択肢」）などの極右勢力が力を増していますが、メルツ政権はアジェンダとしては同党などが主張する移民問題などを部分的に取り入れる一方、連立など政党間の関係は一切もとうとしません。私はこのプラグマティックな姿勢にドイツの伝統保守の可能性を見出しているし、参政党が台頭する日本でも参考になる事例ではないでしょうか。</p>

<p>【冨田】民主主義国家ではいま、指導者に権力の行使がどの程度許されるかという問題が浮上しています。トランプ政権が誕生した背景には、政治の機能不全という状況があった。それに対してトランプ大統領はこれまで以上に大統領権限を強化して対応しようとしている。その結果が、大恐慌時代のフランクリン・デラノ・ルーズベルト（FDR）以来の数の大統領令の乱発です。</p>

<p>強権的な権限の行使には大きな危うさがありますが、政治が前に進むのであれば国民は許容するかもしれない。FDRにしても、現在でこそアメリカの進歩派のあいだでは神格化されていますが、当時は権力の濫用だという批判もありました。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 09 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中西輝政（京都大学名誉教授）,冨田浩司（前駐米大使）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>結婚のメリットをいかに引き出すか　幸福度を左右する「仕事と家庭の切り離し」  筒井淳也（社会学者）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13257</link>
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			<description><![CDATA[結婚は人を本当に幸せにするのか。データから見える「つながり」と幸福の深い関係、そして現代の結婚が抱えるリスクと課題を読み解く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="結婚" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Peoplegrean.jpg" width="1200" /></p>

<p>幸福度に最も影響するのは「他者とのつながり」であり、その中心にあるのが結婚という共同関係だ。しかし現代日本では、家庭と仕事が切り離せず、結婚のメリットが十分に生かされていない現実があると、社会学者の筒井淳也氏は語る。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「つながり」が幸福に強く関連する</h2>

<p>たくさんの調査データを扱ってきた社会学者として、人びとの「幸福度」にもっとも強く影響する要因をあえて選べと言われたら、こう答えたくなる。それは「他者とのつながり」である。そして現代社会において、大人が親族以外の別の大人と深く結びつくとすれば、ほとんどが結婚あるいはそれに類するパートナーシップだ。</p>

<p>結婚は現代社会において、大人どうしの共同生活の大半を占めている。結婚あるいは事実婚をしていない誰かと一緒に暮らしている人は、現時点では例外的だ。</p>

<p>実際、結婚は人びとの幸福度と強く関連する。もちろん、そもそも幸福は一律の定義もできないし、したがって測定も難しい。そのような難しさはありつつも、研究者は何らかの方法で幸福度あるいはそれに関連する生活の満足度を測定しようとしてきた。</p>

<p>もっともシンプルなのは、「あなたは現在どれくらい幸せですか」と尋ね、4～10段階くらいの選択肢から選んでもらう方法だ。「こんな単純な方法で何がわかるのか」という気もするが、このようにシンプルに測定した場合でも、それなりに回答結果は人によっても違うし、またその人の属性（性別など）、国、所得などによってはっきりと違う。</p>

<p>世界66カ国、計9万7220人分のデータを含む『世界価値観調査』（第七波、2020年前後に調査）のデータでは、同じ設問において幸福度を4段階で尋ねている。共通設問（質問文＋選択肢）をもとにした調査ではあっても現地の調査時点では言語は違うわけで、微妙なニュアンスによって回答傾向が異なることもありうる。</p>

<p>ただ、同じ英語の調査票を用いた国でも、幸福度の最上位の選択肢を選んだ回答者の割合はオーストラリアで31％、カナダで21％とかなり異なる。</p>

<p>このような多様性を含んだデータであるが、多くの国、とくに近代化された経済先進国において、結婚あるいはパートナーシップは、幸福度や生活満足度と強く関連している。パートナーシップ状態による幸福度の違いは、法律婚のパートナーがいる人でもっとも高く、次にパートナーとの事実婚（同棲）、パートナーなし、離死別状態、と続く。この違いの大きさは、概して性別による違い（男性で若干幸福度が高い）よりも大きい。</p>

<p>もちろん、このことは単純に因果関係として考えられるようなものではない。「どうしたら幸福になれるのか」という問いを因果的な問い、「どういう人が幸福だと感じているのか」を社会学的な問いだとすれば、いわゆるアンケート調査からわかるのは、たいてい社会学的な問いへの答えだ。</p>

<p>「結婚している人はそうではない人に比べて平均的に幸福を感じている」ということは、「結婚すれば人は幸せになれる」ということを必ずしも意味しない。そもそも最初から条件を満たしている（経済的に恵まれている）人が結婚している、あるいは結婚することで幸福になれるという見込みがあるから結婚する、という要素もあるからだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>変化する結婚の意味とコミットメント</h2>

<p>ただ、じつはこのこと（「結婚することで幸福になれるという見込みがあるから結婚する」）に現代社会における結婚の意味が隠されている。かつて結婚は、現代社会における義務教育と同じく、たいていの人にとって必須のイベントだった。結婚は家族あるいは家が、ひいてはそこに所属する人びとが生き残るための戦略の一環であって、個人の幸福のための手段ではなかった。</p>

<p>いまでは違う。とくに女性の高学歴化や雇用労働化が進むと、結婚はますます「結婚することで幸せになれるのならする。幸せになれないのならしない」という選択になった。人びとはたんなる結婚ではなく幸福な結婚をめざすようになった。上手くいかなければ離婚である。現代において、自己選択は結婚の本質である。ならば、結婚が幸福に結びつくのも当然だといえる。</p>

<p>選択の自由と幸福の追求が結びついたところに結婚がある。これでよいではないか、という考え方もある。ただ問題は残る。日本では同性婚が選択できないといった問題もあるが、ここではほかに二つ指摘しておこう。</p>

<p>一つは、どの国でも「パートナーがいること」と「子どもがいること」が強く結びついているため、大人の共同関係は、当事者以外の他者、すなわち子どもの幸福度を左右する。さらに大人の共同関係の自由化は、社会保障体制の維持に影響する出生率が低い状態を招きやすい。個人にとっての自由の帰結は当人たちの範囲を超えて子どもや社会全体に波及する。</p>

<p>もう一つは個人にとっての問題だ。結婚することで幸福が見込めるからこそ私たちは結婚するのだが、実際には結婚してそれなりに長い時間をともに過ごして、場合によっては子どもをもってみてはじめて、その結婚が幸福に結びついているのかがわかるのであって、結婚すると決めた時点では未来のことは不確定だ。このことを「コミットメント」という。</p>

<p>コミットメントとは、関係に入れ込まないとそこから得られるメリットは享受できないが、本当に関係が上手くいくのかどうかはやってみないとわからない、ということだ。大きな幸福を得ようとして他者と深い共同関係を結んだはいいものの、逆にそのことが地獄のような苦しみに変わり、しかも抜け出しにくい状態に陥ることがある。</p>

<p>コミットメントは企業社会にもある。この会社との取引に入れ込むことは、吉と出るか凶と出るか。いったん雇ってしまうとなかなか解雇できない状況で、どうやって人を選ぶか。予測できることもあればできないこともある。できない度合いに応じて、特定の状況、関係にコミットすることになる。</p>

<p>コミットメントは人生の至るところにもある。結婚は、進学先を選ぶこと、就職先を選ぶことに並ぶ、あるいはそれよりも大きなコミットメントだ。やり直しはきくが、一度結んだ関係をご破算にすることの損失は大きい。</p>

<p>かつてのように結婚が社会全体あるいは個々の家族の本質として組み込まれていれば、そこに不満はあっても不安（「失敗したらどうしよう」）はそれほど大きくなかった。不確実性のリスクは感染症やパンデミックによる高い死亡率や戦争・紛争にあり、結婚はむしろ安定化要因だった。よい結婚相手の条件も単純だった。家どうしが釣り合っている範囲で裕福な家の出身であること、健康であること、などだ。</p>

<p>現在でも、未婚時の所得や職業によって、とくに男性の結婚可能性が左右されることはたしかであり、このことについての経験的な証拠もある。ただ、こういった条件の問題をクリアすればすぐさま幸福な結婚にたどり着けるというわけではない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>共同関係の構築という難しい課題</h2>

<p>私たちは、結婚あるいは他者との持続的な共同生活を構築することにおいて重視したいさまざまな要素をもっており、それを関係に持ち込もうとする。「一緒にいて（話をしていて）楽しい」「やさしい（寛容だ）」「稼ぐ力がある」「容姿が好みである」「趣味が合う」「食べ方が汚くない」「タバコを吸わない」などだ。重視している要素を達成できないようであれば、関係をもたないほうがましかもしれない。</p>

<p>ただ、関係をもったあとで相手に直してもらえることもありそうだ。それでも、結婚後に見つかるミスマッチも多い。いろいろなことを総合的に考えたうえで私たちは他者と関係をもち、「いける」と思えば本格的にコミットする。日本の場合、たいていそれは法律婚である。</p>

<p>結婚に至るこのような面倒で複雑な作業を、そして予測できない結果を受け入れて判断することを、会社の場合と違い、私たちは自分たちだけで行なうことを期待されている。人に相談することもできるが、なにしろ状況は多様で、あてになるとは限らない。</p>

<p>このハードルが高いプロセスをくぐり抜けられない人、そもそも尻込みしてしまう人も多い。楽観的な性格の人ならばひょいと乗りこえてしまう可能性もあるが、だからといって楽観は持続的な共同関係が上手くいく保証にはならない。</p>

<p>結婚は個々人の幸福に関連するのみならず、親子関係にも強く結びついている。子どものために壊れてしまった関係に留まることは必ずしも子どものためにはならないが、離婚やその後の（再婚を含めた）大人の共同性の再構築は、子どもに少なからず負担を強いる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>結婚とその他の人生の「切り離し」</h2>

<p>要するに、結婚あるいは大人の持続的な共同関係の在り方は、大人自身と子どもの幸福度と強く結びついているのに、なんとも面倒で、リスクが高く、結果が予測しにくいものなのだ。このようななかで個々人の不安を緩和し、結婚のメリット――個人的なものも社会的なものも――を引き出そうとするなら、何が必要になるだろうか。</p>

<p>一つの方法は、結婚や出生といった家族のキャリアと、人生におけるその他のキャリアやイベント、とくに仕事キャリアを「切り離す」ことだ。</p>

<p>家族生活とは別に、やりがいのある仕事や安定した稼ぎ、あるいはいざというときの行政や司法の支援があれば、自分の人生がまるごとそこにかかっている場合と比べて、人びとはまだ安心してコミットメントの決断をすることができる。失敗しても結婚生活とは別に生活基盤を確保できていれば、やり直しもやりやすい。</p>

<p>両立支援制度や両立を可能にする働き方がある程度発達したヨーロッパ社会において、事実婚を含めると日本よりも「シングル」の割合が若干小さい背景には、この「切り離し」があると考えてもよい。両立とは、苦労してなんとか仕事と家庭生活をやりくりすることというよりは、一方が他方にそれほど影響しない体制を本来は意味するべきだ。</p>

<p>こういった事情から、フランスやスウェーデンの人びとのほうが、他者とのコミットメントの壁を日本よりは軽く越えていく。「やってみないとわからない」という要素がなくなったわけでもないし、離別が人生に影響しないわけでもない。しかし、その影響をある程度ブロックできているわけだ。</p>

<p>欧米では、成人の共同関係と親子関係の「切り離し」も一定程度進んでいる。すなわち、多様化する成人の共同関係――法律婚、事実婚、離婚、同性婚――が子ども、あるいは子どもの福祉にあまり影響しないような措置である。</p>

<p>西欧では、親が結婚していても、結婚していなくても、子どもとの関係はそれほど違わない。多くの国ではすでに、同性婚の当事者も生殖補助技術と配偶子提供を利用して子どもをもつことができる。離婚後に子どもの安定した生活が構築できるように、司法を含めてさまざまな対応が制度化されている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>安心してつながりをつくることができる社会とは</h2>

<p>まとめてみよう。人は他者との共同性から大きな幸福を得るが、一定の深さの関係を築くためにはコミットメントが必要であること、しかし関係に入れ込んだあとでその関係が上手くいかないこともあり得、そのことで大きな心理的損失を被る可能性もある。したがってコミットメントが上手く構築できない、あるいはコミットメントから撤退してしまう人も出てくる。</p>

<p>ここで、他者との共同生活（現状ではたいていは結婚生活）とそのほかの人生の局面との「切り離し」がある程度進めば、コミットメントのハードルが若干下がり、私たちは他者との協働関係の構築に取り組み、またそれを再構築する際にやりやすくなるかもしれない。</p>

<p>この切り離しは、基本的に社会全体の制度としてしか実現しない。たしかに「実家が裕福」「近隣の援助がある」といった要素によって結婚相手との関係に依存しなくてすむ場合もあるだろう。しかし、地理的移動が当たり前になった社会では、どうしても勤め先の企業や公的機関の力が必要になる。</p>

<p>たとえば離婚後の子どもの養育体制についてだが、もし共同親権（日本では2026年度から導入予定）を設定する場合、かなり面倒な取り決めが必要になる。司法（家庭裁判所）の力なしでは難しいこともある。子どもの幸福に直結する問題だが、日本では家庭問題に行政や司法が介入する際の基準について、しっかりと議論されていない。</p>

<p>雇用や働き方は、欧米では家族生活との切り離しがある程度進んでいるものの、日本では道半ばだ。日本でも仕事キャリアを蓄積する女性が増えてきたが、未だに大半の有配偶女性はパートタイマーとして働いている。</p>

<p>「男性的働き方」、すなわち家庭のことをしてくれる人が別にいることを前提とした働き方と、家庭責任があるために仕事にコミットできない「女性的働き方」が分かれているからである。このような状況では、結婚生活が自分に幸福をもたらしていないと感じていても、経済的安定のためには、おいそれと離婚というわけにはいかない。</p>

<p>課題はほかにもある。大人の共同関係と子どものリスクを緩和するために「公的支援が必要」「働き方改革が必要」といってみたところで、それはどちらの部門にも重い負担を強いる。体制の構築のためには、政府と私企業の負担を軽くするための最低限の経済成長と、社会的な合意が必要なのだ。</p>

<p>日本では、少子化対策としての家族支援政策が大筋の合意を得ている。出生数の低下が危機的だという認識が有権者のあいだで広がっているからだ。</p>

<p>しかし結婚・パートナーシップへのコミットメントを後押しするような、よりトータルな体制づくりは、その負担の大きさもあって思うように進んでいない。家族、とくに「しっかりとした男性稼ぎ手のいる家族」ではないといろいろな面で生活が苦しくなる。稼ぎ手男性との相性がよくない場合、幸福度が低くてもそこにしがみつくしかない。</p>

<p>かつて「リベラリズム」を思想的に再構築したといわれる政治哲学者ジョン・ロールズは、「もっとも不利な立場に置かれた人の利益が最大となる範囲で格差を容認する」というmaxmin（マキシミン）原理を提起した。</p>

<p>それがもっとも不利な状態なのかどうかはさておき、結婚という共同関係をポジティブに構築・維持することに失敗すると、人は非常に大きな心理的損失を被ることがある。</p>

<p>そしてこの損失を回避するためにそもそもコミットメントのリスクを冒さないという選択がとられることもある。人が関係性から大きな幸福を引き出す生き物である以上、深い関係性に突入することの壁を社会的に低くしてあげることには、全体の幸福においても意味をもつ。</p>

<p>以上のような意味で、家族に対する公的支援、仕事と家庭の両立制度は、少子化対策のみならず幸福度の点からも社会的に大きな意義があるものだ、という認識をもつ必要がある。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Peoplegrean.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 08 Dec 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[筒井淳也（社会学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>政治は幸せをつくれるか？ 岸谷蘭丸氏が語るデジタルネイティブの行動原理  岸谷蘭丸（MMBH株式会社代表）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13340</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013340</guid>
			<description><![CDATA[「若者は政治に関心がない」「政治家にはなりたくない」といわれる。しかし現在、国民民主党や参政党の台頭で若者の政治意識はむしろ上昇傾向にある。実業家・インフルエンサーが語る潮目の変化とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岸谷蘭丸" height="813" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/kishitanirannmaru.jpg" width="1200" /></p>

<p>「若者は政治に関心がない」「政治家にはなりたくない」といわれる。しかし現在、国民民主党や参政党の台頭で若者の政治意識はむしろ上昇傾向にある。実業家・インフルエンサーが語る潮目の変化とは。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>石丸伸二現象の大きさ</h2>

<p>――岸谷さんは、教育事業の運営とともにSNSやYouTubeを通じて若者の政治意識を高め、「将来は政治家をめざす」と発言されています。現在の日本政治をどのようにご覧になっていますか。</p>

<p>【岸谷】明らかに時代の節目であり、風向きが変わっていると思います。とくに石丸伸二現象が与えた影響の大きさをいま、まざまざと感じています。</p>

<p>2024年7月、東京都知事選挙で石丸伸二候補（41歳、当時）がSNSを駆使して約165万票を集め、蓮舫候補（56歳、同）や田母神俊雄候補（75歳、同）を抜いて次点になりました。</p>

<p>従来、若者にとっての都知事選挙は「おじいちゃんA、おばあちゃんB、おじいちゃんCのなかから選びなさい」という選択。もし石丸さんが出馬しなければ、現状を変えたい人は泣く泣く蓮舫氏に入れるしかない、という状況でした。</p>

<p>ところが、あのときは初めて自分たちに近い、上司にあたるような世代の何者かが候補として現れた。おじいちゃん、おばあちゃんに代わるオルタナティブな選択肢が生まれ、自分たちで選ぼうというムーブになった、ということでしょう。</p>

<p>驚いたのは、SNSのダイレクトメッセージで「石丸伸二は悪人なのか」「石丸さんってどうなの？」という問い合わせが友人から次々に届いたこと。インターネット界隈で若者がざわめき出し、ようやく選挙が自分ごとになった感があります。とくに「蓮舫を倒した」という成功体験は大きい。</p>

<p>あのとき「政治を変えるうえで、東京の存在は大きい」と痛感しました。大阪府知事選挙であれば、同じような変化は起きなかったでしょう。石丸現象で芽生えた若者の政治意識がSNSやYouTubeで一般層まで浸透し、2025年7月の参議院選挙で表面化しました。</p>

<p>――国民民主党の玉木雄一郎代表が「国民の手取りを増やす」と訴え、与党の自民党・公明党が過半数割れ。19歳、20代前半と後半、30代前半と後半の投票率はいずれも10ポイント以上、上がっています。</p>

<p>【岸谷】手取り政策に加え、参政党が訴えた外国人問題など、政策がぐっと身近になり、選挙が自分ごとになった感があります。</p>

<p>――政治家が自分たちのほうを向いてくれた。</p>

<p>【岸谷】「インフレ率を上げる」「金利を下げる」「夫婦別姓を実現する」という話は生活とつながりを感じづらく、若者にとっては気持ち悪かった。政策が自分ごとになった、という意味では本当に局面が変わったし、政治が現代にアップデートされたのではないでしょうか。</p>

<p>――消費税の減税も大きな争点になりました。</p>

<p>【岸谷】増税か減税かはいまや「宗教」の違いで、他人の信条に口を出すつもりはありません。ただ一点、「生活が苦しいから消費税を減らす」というのはわかるけれど、それを餌に投票をさせるのは「悪」だと思います。</p>

<p>確実にいえるのは、消費税を減税した分、お金が多く戻るのはお金持ちのほうだ、ということです。貧富の差が縮まるわけではないのに、消費税を減らせば貧困層の生活がよくなる、と宣伝するのは詐欺に近い。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>インスタグラムを握った政治家が勝つ</h2>

<p>――政治家や政党のSNSをどうお感じですか。</p>

<p>【岸谷】政治の変化という面で注目しているのは、常時接続のインスタグラムです。XやTikTok（動画アプリ）も生活密着型のSNSだけれど、個人の生活に24時間、入り込むという意味では、インスタグラムの力がいちばん大きい。</p>

<p>インスタグラムの基本は、「生活のすべてをシェアする」こと。ストーリーズ（写真や動画を24時間限定で公開・共有する投稿）で流れてくるのは、自分がいかに高い食事をしたか、良いホテルに泊まったか、豪勢なパーティへ行ったか、素敵な仲間と過ごしたか。</p>

<p>そんな日常におけるイベントを良くも悪くも見せつけるSNS空間にまで進出できた政治家は強いな、と思います。石丸さんのときがまさにそれで、ふだん政治に興味を示さない友だちがかなりの数、ストーリーズで彼のことをシェアしていました。</p>

<p>――TikTokはどうでしょうか。</p>

<p>【岸谷】TikTokは新しい人やもの、出来事と出会える生産性があります。若者のニュースソースもTikTokが多く、ニュースサイトとしての機能を果たしています。政治の話題についても、Xの発信から生まれた火種が徐々にTikTokへ広まっている。</p>

<p>――政治利用も懸念されます。</p>

<p>【岸谷】利用というか、世の中で起きている話題として政治や政治家がTikTokに進出するのはむしろ自然だと思います。</p>

<p>ただ、デジタルネイティブ世代とおじ様おば様世代が上げるものはそうとう乖離があるとは感じていて、TikTokを上げたからといって簡単に若者にリーチできるかというと、そうでもない。</p>

<p>ネイティブ世代が感覚で捉えられる〝TikTokのトンマナ&ldquo;（Tone &amp; Manner）を攻略できるか、が鍵だと思います。例外は国民民主党の玉木さん。そうとう使い込んでネイティブに近付いている。おじさんなんだけどギャルみたいな雰囲気すらあるな、という印象です。</p>

<p>XからTikTokに向かう流れは、いずれインスタグラムに波及するでしょう。当時、石丸さんがインスタまで現象の波を届かせたように、プラットフォームを貫通できるほどのムーブメントが起きれば、そこで有権者を握れた政治家が勝っていく時代が来るのかな、と見ています。最後はインスタグラムで有権者を握った政治家が勝つ、と思います。</p>

<p>――自民党のデジタル活用については。</p>

<p>【岸谷】追いついていないですよね。SNSやデジタルに強い議員は一定数いると思うけれど、デジタルの世界で趨勢を決めるのは「好きかどうか」。彼らからは好きそうなオーラを感じない。</p>

<p>何だかんだいって僕もＸの空間が好きで、Ｘに落ちている情報の収集や発信に、呼吸をするような居心地の良さがあります。だからこそ、そこまで苦労せずSNSを続けられている。</p>

<p>ただそれも自然だと思っていて、楽しみ方というのは、教わるものではなく身につけるもの。とくに、同時代かどうかで差がつくのは否めません。</p>

<p>高度成長期、1970年代のディスコブームでも、楽しみ方がわからない世代は「何だ、このわけのわからない英語の歌や歌詞のない音楽は」といってディスコミュージックを毛嫌いしたはずです。</p>

<p>SNSに消極的な政治家は、要するに世代じゃなさすぎてデジタル空間が好きになれていないんです。インターネット空間はゴミ箱だと感覚的に思う人がいて、たしかに俗物も色物も多いので否定はできません。</p>

<p>とはいえ、Xに興じる人たちを上から見下して「SNSの言論まで下りていく」という表現をする議員がいる。ネット時代の選挙にやる気を感じないし、負けるのも当然です。</p>

<p>参院選のとき、僕のYouTube動画やSNSがバズり、各党から続々と出演依頼が届きました。自分のチャンネルでは玉木さん、チームみらい党首の安野貴博さん、他のチャンネルでは石丸さん（参政党の神谷宗幣さんはABEMA Primeに全党が呼ばれた週にたまたま。党首格ではないものの自民も出ていました）、YouTubeの「公明党のサブチャンネル」にも出ました。</p>

<p>共産党を除いた主要政党で声を掛けてこなかったのは、自民党、立憲民主党と維新だけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>すべては教育</h2>

<p>――岸谷さんの活動についてお伺いします。メディアに登場して政治の啓蒙を行なうかたわら、実業家として教育事業を行なうバランスをどのように見ていますか。</p>

<p>【岸谷】最初は政治をめざすのか教育をめざすのか、タレントになるのか、方向性がバラバラで、抑制のないまま活動していました。でも最近は、自分のなかでのつながりや連続性が生まれています。</p>

<p>ウェイトでいえば、いちばん大きいのは教育事業。メディアの活動はもともと得意で、事務所もマネージャーもアドバイザーもいなかったので、プロデュースも含めて1人でなんとかやってきました。</p>

<p>必死こいて頭を使ってきましたし、自分の見せ方にはつねに気を払っているので、もはや見せ方ネイティブといってよい（笑）。長年、ネット配信を続けた経験から、コメントの反応に合わせて見せ方や発言をコントロールし、ブラッシュアップすることは人よりはできるかな、と。ある程度の得意分野だし、勝てる感触もあります。</p>

<p>一方、事業の分野はまったくもってネイティブではなく、ライバルやめちゃくちゃすごい先輩たちがたくさんいて、どうしたら勝てるのかもまったくわからない。感情の動きをキャッチしながら人間関係を保つのも大変で、つくづく会社経営は難しい、と感じます。</p>

<p>自社のアドバンテージは、自分のメディア活動と連関し、教育というジャンルでの唯一性が担保されていること。僕の世代であれば、守備範囲は音楽やファッション、カルチャーが大半で、たまに社会・政治系のライターがいる程度。同世代がいない教育のフィールドに立つことで、特殊な個として認められてきました。</p>

<p>そして、僕自身が広告塔になることで広告費を一切使わず、結果として適正価格で良い品質の教育を提供できています。</p>

<p>教育に加えて、最近は福祉や小児医療の分野にも軸ができつつあります。僕自身が重い小児リウマチの患者だったこともあり、子どもや社会のために仕事をしたい、という意識があります。</p>

<p>インフルエンサーとして手にした影響力も、運よく社会から与えてもらったものでもあるし、せっかくなら人のために使いたい。小児医療に対する関心から病院の現場を視察し、小児慢性特定疾病と向き合う子どものためのプロジェクト「WonderMeta&times;PABLOS美術館」の公式アンバサダーとしてクラウドファンディングを行なっています。</p>

<p>2025年9月、同プロジェクトが小児がん支援チャリティイベント「ゴールドリボンフェス2025」と合同開催した子どものアート作品の展示会と表彰式、アンバサダー就任式（香川県高松市）に参加しました。</p>

<p>ABEMAと日テレ、TBSを呼んで特集を組んでもらい、「ABEMA Prime」では小児慢性疾患の医療における実態、社会復帰の難しさについて話しました。</p>

<p>僕個人の発信によって自社の教育事業の知名度や評価が高まり、メディアに出ること自体が広告になる。したがって、MMBH留学を広告費ゼロで展開できるという圧倒的な強みがあります。</p>

<p>広告に金をかけまくってブランド価値をつくって、他社との効果に大差ない教育商品を高値で売るような事業のカウンターとしてやっていきたい。</p>

<p>他人からの評価それ自体が価値として走っていくような、岡田斗司夫さんが「評価経済社会」だというふうに論じていたものに感銘を受けて意識していたけれども、個人としての活動と事業、そしてキャリアを通じて大きな波をつくってみたいな、と思っています。</p>

<p>教育ビジネスにおける不正義を駆逐したい、という思いもあります。教育事業が打算的であってはならないと考えていて、情報を持っていない人びとに高値で授業を売りつけたり、そもそもほとんどのサービスが前払いで高額の授業料を取っているのがまずおかしいだろう、と思う。</p>

<p>ビジネスにおける短期的な利益よりも社会のなかでどうあれるか、に意欲をもつタイプで、事業においても可能なかぎり「善」の道を歩みたい。</p>

<p>――岸谷さんをいまのような人格へ成長させた要因は、何でしょう。</p>

<p>【岸谷】しつけと教育、これに尽きますね。人間を人間たらしめる思考やコミュニケーションの能力とスキル。人の気持ちを慮るとか、自分がされて嫌なことは他人にしない等々、社会生活と仕事の基礎。ものすごく人よりも欠陥が多い分、優しさとか愛情の部分でソフト、ハードともに万遍なく与えられ、鍛えてもらったという自覚があります。</p>

<p>アメリカの高校にも通わせてもらいましたが、国が広すぎて、徒歩でどこかへ遊びに行くことができない。だからアメリカ人は、テレビやネットで見る娯楽が大好きです。</p>

<p>したがってアメリカの政治はTVショーであり、完全なエンタメ。人気歌手のテイラー・スウィフトが大統領選挙で投票を訴える光景は、ある種のカオスです。トランプのような人間がヒーローとなり、また悪役にもなって注目を集めるゆえんです。</p>

<p>大学ではイタリアに留学し、アメリカや日本が世界の中心ではないことを学びました。イタリアはある種、日本に近い国です。小さいし、狭い。</p>

<p>ミラノやローマ、ヴェネチアは美しいけれども、東京に比べてやることがない。音楽が大好きなんですが、クラブ（エレクトロニック・ミュージックやヒップホップが流れるダンス・交流の場）が苦手なので、住みたいと思うほどのパッションは感じません。</p>

<p>僕の通うボッコーニ大学はマクロ・ミクロ経済学の講義が多く、一方でイタリアの法律が必修になっていたりと、意義的にしんどいものもあります（笑）。</p>

<p>――日本の受験勉強についてはどう思われますか。</p>

<p>【岸谷】金銭的理由は別として、わが子に中学・高校受験をさせない親はかなりもったいない。中学受験という経験の有無でその後、本気を出したときの馬力が異なります。言語を使って論理的に考えるトレーニングを集中的に行なった人と、そうでない人のパフォーマンスには違いがあります。</p>

<p>また、受験は志望校や点数、周囲との比較によるベンチマーク（指標）が明確で、努力と目標までの距離感や達成度を明確に測れます。「目的をもって頑張る」という行為を高い強度と耐久度で実行した経験が将来、物をいうわけです。</p>

<p>――偏見ながら、詰め込み教育否定の「個性尊重」のゆとり教育で育った人ほど個性が薄い気がしますが。</p>

<p>【岸谷】たしかに、それもあるかもしれません。人間の成長には、何らかの「圧」が必要です。やりたいことがない、わからない若者が多いのも、じつは圧が足りないから。</p>

<p>たとえば10代の子が親から「明日から自分でお金を稼ぎなさい」といわれると、初めて自分の好きなことや嫌いなこと、やりたいことを考えるようになります。</p>

<p>不幸にも、ゆとり世代は圧がないがゆえに選択を迫られることもなく、成長の機会が奪われていたのかもしれないですね。その意味で、やはりすべては教育にかかっているんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>幸せとは未来の見通しのことである</h2>

<p>――結局、政治に幸せはつくれるのでしょうか。</p>

<p>【岸谷】社会のマイナスを極力減らすこと、不幸の総量を減らすことは可能だと思います。しかし、個人が幸せになれるかどうかは、結局のところ個人の努力や見方しだい。</p>

<p>たとえば南米やアフリカの一部の国のように、政治のガバナンス（統治）が崩壊した国であっても、幸せそうに見える人びとが多くいる。</p>

<p>僕は「幸せとは未来の見通しのことである」と考えています。理想と現状の自分のあいだにギャップがない状態、とも言い換えられます。</p>

<p>衝撃的だったのは以前、医療がかなり発展途上なカンボジアで病院を視察したときのことです。足に腫瘍ができた子どもが歩けず、壊死を止めるために手術で足を切らなければならない、という。サッカー好きの子で、切断手術を受けた日は泣き叫び、目も当てられない状態でした。</p>

<p>ところがさらに驚いたことに翌日、その子はサッカーゲームの「ウイイレ（ウイニングイレブン）」で遊んでいた。自分なら、少なくとも半年はサッカーに関するものは目に入れたくない、と思います。いったいどういうことなのか。</p>

<p>思うに、人間は将来が見えてしまうがゆえに不安になり、弱くなるのではないか。豊かさや進歩ゆえの代償というか、情報を知れば知るほど未来のマイナス面を想起し、精神的に脆くなるように感じます。</p>

<p>たぶん彼は、足を失ったことによって待ち受ける〝かもしれない&rdquo;将来の苦労や不幸を見ていない。その姿に、強さを感じました。</p>

<p>政治が未来の不安を取り除き、考えても仕方のないような〝嫌な世界線の未来&rdquo;を考えないようにしてくれれば、それは不幸の総量を減らすんじゃないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>東京都知事になりたい</h2>

<p>――岸谷さんは「最終的には東京都知事をめざす」と公言されています。なぜ、都知事なのでしょうか。</p>

<p>【岸谷】前述の東京から起きる変化のインパクトに加え、やはり僕は東京が好きで、大変さを承知したうえで魅力的な仕事だと思ったからです。昔から政治には関心があって、政治家になりたいと考えていました。</p>

<p>――国会議員は志望されない？</p>

<p>【岸谷】自分が肌に合わないのは、JTC（ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー、伝統的日本企業）の体質。自民党という組織は、まさにJTCの権化でしょう。一定数以上の当選回数、勤続年数がなければ大臣になれません。</p>

<p>年功序列制は人生の時間を溶かすクソゲーで、成果を出さず、波風を立てずに務め上げることだけが目標になってしまう。その点、都知事には一発逆転があります。どんな人でも選ばれれば就任できるので、夢がある。</p>

<p>個人的な野望であるとともに、「30代で大成したい」という若者のロールモデルになれる、という思いもあります。僕自身、母（岸谷香氏）の若いうちの成功に学ぶところが大きかったので。</p>

<p>僕が30歳で都知事になったら、それだけで若い人が日本という国に希望をもつようになるでしょう。一度は見てみたい、と自分でも思っています。もし仮にダメな都知事だったら、そのときは容赦なく次の選挙で落としてください（笑）。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/kishitanirannmaru.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 05 Dec 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岸谷蘭丸（MMBH株式会社代表）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「里山スタジアムは聖堂である」岡田武史氏の地域コミュニティ再生に寄せる思い  岡田武史（FC今治会長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13322</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013322</guid>
			<description><![CDATA[サッカー元日本代表監督が愛媛県今治市を訪れてから、10年以上がたった。主体性と自主性の違い、FC今治の本拠地がもつ意味など、次世代リーダーの育成と地域のコミュニティづくりに取り組む覚悟を語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岡田武史" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251125Okadatakeshi03.jpg" width="1200" /></p>

<p>2025年8月、愛媛県今治市を舞台に、次世代リーダー候補が集うワークショップ「Bari Challenge University」が開講された。これまで計7回、若い世代の成長と新たな挑戦の場づくりに取り組んできたプログラムだ。本稿では、主体性と自主性の違い、FC今治の本拠地がもつ意味を、岡田武史氏に聞いた。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>遺伝子にスイッチを入れる</h2>

<p>――16歳から28歳まで広い世代に、次世代リーダー育成プログラム「Bari Challenge University」（BCU）の参加を募った理由は何でしょうか。</p>

<p>【岡田】 高校生も参加できるようにしたい、ということと、大学生にとどまらず、社会へ出た人が加わったほうが多様なメンバーで新しい発想が生まれる、という狙いありました。ただしあまり年長者が入ると、上から目線の意見でチーム内にギャップが生じてしまう、という点も考慮しています。</p>

<p>――BCUのプログラム初日には、なんと「FC今治高校生徒によるオリエンテーション」がありましたね。</p>

<p>【岡田】 「今治にあるコミュニティを知る」というテーマを企画して各地域を案内、紹介してもらいました。FC今治高校里山校の生徒は日ごろから地域のコミュニティと接して活動しているので、ごく普通のことです。なかには参加者側ではなく、BCUの運営サイドを手伝っている生徒もいますよ。</p>

<p>――それはすごい。1点、気になるのはインターネット・SNSが当たり前のデジタルネイティブ世代に特有の「ネットに頼ってしまう」懸念です。</p>

<p>【岡田】ネットを利用することは悪いことではないし、もう避けて通れないと思っています。<br />
また、2024年に開校したFC今治高校里山校には、野外体験教育のカリキュラムがあります。たとえば、お遍路。「四国巡礼チャレンジウォーク」と題して1年生から2年生、3年生がタスキをつなぐようにリレーを行ない、各年400km、計1200kmを歩く旅です。</p>

<p>このように、野外体験を通じて生きる力に目覚める経験を、われわれは「遺伝子にスイッチを入れる」と呼んでいます。</p>

<p>われわれ人類には、氷河期や飢饉など絶滅の危機を生き抜いた祖先の遺伝子があります。便利・安全・快適な現代の生活から離れ、生存本能を起動させることで、AIもITも関係なく、自分の力で道を開く力を身につけてもらいたい。</p>

<p>たしかに人間には絶滅へ向かいかねない愚かさがあります。たまに噓をつくし、悪いこともする。かといってAIにすべてを委ねて人類をコントロール下に置いたら、この社会から自由は消えるでしょう。いま、われわれ人類がどのような道を歩むかの選択が問われている。</p>

<p>こうした話を生徒にすることで、高校生のうちから危機感と主体性をもってもらおう、と考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>主体性と自主性は違う</h2>

<p>【岡田】BCUについては毎年、運営や参加人数、期間に関してさまざまな変遷がありました。われわれが事業として利益を得られるわけではなく、スタッフの負担も決して少なくない。持ち出しを重ねるわけにもいきません。</p>

<p>スポンサーの支援をいただきながら、やれる範囲でどこまでできるか、試行錯誤を重ねています。参加者への負荷が軽すぎて正直、得られた成果が乏しい年もありました。</p>

<p>2025年の今回に関しては、本気で社会を変えるため、地域の現場を自分の目で見て、考え方の異なる仲間と時に衝突しながら、協力して死に物狂いでアイデアを絞り出すことを求めました。「就職に有利かもしれない」という甘い気持ちでは参加できない厳しさが求められます。</p>

<p>――「参加者1人ひとりが自分自身と徹底的に向き合い、主体的に挑戦すること」が開催趣旨に記されていますね。</p>

<p>【岡田】これからは社会に生きる1人ひとりに、当事者意識と主体性がなければいけない。思うに、主体性と自主性は異なるものです。</p>

<p>自主性というのは親や学校、会社が「こうしてほしい」と決めた範囲のなかで自ら動くこと。主体性というのは、めざす行き先も含めて自ら決め、行動することです。決定するのは自分ですから、親や教師、上司のせいにはできません。</p>

<p>われわれはこの国で生きるにあたり、自分の人生を周囲の環境や他人のせいにしてはならない。自ら歩く道を決めることで、はじめて当事者意識が生まれてきます。そのあたりの変化も今回、BCUの開催で期待しているところです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>聖堂としての里山スタジアム</h2>

<p>――岡田さんが今治を訪れてから、はや十年以上がたちました。現在の心境をお聞かせください。</p>

<p>【岡田】最初は地元の人に全然、相手にしてもらえず「有名人が田舎に来て、ちょっとしたら帰るんだろう」「今治のことをおまえは何もわかっていない」といわれました。自家用車にガムテープでポスターを張って街中を回り、駅前でビラ配りをしても2、3年は駄目で、よそ者扱いでした。</p>

<p>しかし徐々に空気が変わり、「こいつ、まだいる、帰らないぞ」と。転機はFC今治がJリーグに加盟し、J2に昇格したこと。そして最大の変化は、本拠地のアシックス里山スタジアムが完成したことです。</p>

<p>よく布教の条件として、教祖・経典、儀式・教会が必要である、といわれます。里山スタジアムはまさに今治の人びとが集う教会であり、聖堂といってよい。</p>

<p>ご覧のとおり、このスタジアムの周りには壁もフェンスもありません。いつでも、誰でも散歩の途中にでも入ることができる。設計時に「夜中に侵入者が訪れ、芝生の上でボール蹴りをしてスタジアムを荒らされますよ」といわれたけれども、私は内外に「日本一モラルの高いスタジアムにする」と宣言し、地域に対して開く方針を変えませんでした。</p>

<p>さらによく見れば、スタジアム内や周辺にゴミが落ちていないことに気付くはずです。散歩で訪れる人がゴミ袋を持ち、拾ってくださっているんです。自分たちの地域にとって大切な施設だとわかれば、わがものとして綺麗に保とうと思います。われわれのことを認めてくださった証として、誇りに思っています。今治を訪れてから10年間で、大きな変化が生まれています。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/author/okadatakeshi3.JPEG" />
						
						<pubDate>Fri, 28 Nov 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡田武史（FC今治会長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>岡田武史氏はなぜリーダー育成に燃えるのか？ 今治で生まれる次世代の希望  岡田武史（FC今治会長）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13321</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013321</guid>
			<description><![CDATA[地域からリーダーを――。人口減少と経済低迷、コミュニティの衰退に苦しむ自治体の希望が「若者」だ。元サッカー日本代表監督・岡田武史氏が愛媛県今治市で長年、次世代リーダーを育成中と聞き、現地を訪れた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="岡田武史" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251125Okadatakeshi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>2025年8月、愛媛県今治市で次世代リーダーに向けたワークショップ「Bari Challenge University」が開催。計7回、若い世代の育成と新たな挑戦の機会を創出してきた。リーダー育成とコミュニティの共生に懸ける思いを、岡田武史氏が語る。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIでは答えが出せない時代</h2>

<p>――あらためて、次世代リーダーを今治で育成しようと考えた理由をお聞かせください。</p>

<p>【岡田】2014年に株式会社今治．夢スポーツのオーナーになったとき、青野慶久さん（サイボウズ株式会社社長）や日比野克彦さん（アーティスト・東京藝術大学学長）、古田敦也さん（野球解説者）、鈴木寛さん（前文部科学大臣補佐官・元文部科学副大臣）、田坂広志さん（学校法人21世紀アカデメイア理事長・学長・多摩大学大学院名誉教授）、藤沢久美さん（株式会社国際社会経済研究所理事長）など、著名な方々にアドバイザリーボードメンバーに加わっていただきました。</p>

<p>ある日、東京でメンバーが集まったときに「せっかくこれだけの面々がいるのだから、何か社会に有効なことができるのではないか」という話になったんです。</p>

<p>われわれの問題意識として今後、世界と日本はＶＵＣＡ（「Volatility：変動性」「Uncertainty：不確実性」「Complexity：複雑性」「Ambiguity：曖昧性」）と呼ばれる以上の先が見えない時代、過去の経験が役に立たず、ロールモデル（お手本）のない時代に突入する。</p>

<p>何が起きるかわからない時代に備えて、いまから社会起業家やリーダーを生み出す必要があるのではないかと考え、次世代リーダーをインキュベート（育成支援）する人材輩出のプロジェクトを始めました。</p>

<p>現代の世界は、たとえば気候変動問題一つをとっても、従来のように春に作物の苗を植えて水抜きをやり、秋に収穫する、というサイクルが危ぶまれる変化が発生しています。</p>

<p>2024年にアラブ首長国連邦の（年間平均雨量わずか97㎜の）ドバイに過去75年で最大の降雨によって洪水が起き、アフリカのサハラ砂漠に広大な湖ができる、という事態を誰が予想したでしょうか。</p>

<p>地球規模で起きる環境変化について、学者も政府、官僚も原因を究明できず、インターネットを検索しても確たる情報がない。未知の問題、課題について、誰にアドバイスを求めたらよいかわからず、調べる方法がない。</p>

<p>AI（人工知能）の分析は過去のデータ蓄積をもとにしているので、前例のない現象には答えを出せません。</p>

<p>また、格差と分断で資本主義が行き詰まり、民主主義がポピュリズムで信頼をなくし、専制主義的な政治家や国が増えています。</p>

<p>AIが人間の職を奪う、という現象も進んでいます。かつてはプログラミングができれば一生、食うに困らないといわれていたのに、現在はプログラマーのニーズが失われています。</p>

<p>画像技術に関しても、たとえばスーツ姿の僕がドリブルをしてボールを止める、などという映像があっという間にAIで生成できてしまう。</p>

<p>AI・ロボットが人類を支配するというSFの世界も、あながち夢物語ではありません。以前に見た映画『アイ，ロボット』では、ロボットが人間のあらゆる生活をサポートする時代になり、進化したロボットが人類を拘束してしまう。</p>

<p>理由をロボットに問うと、自ら愚行によって破滅に向かう人類を、支配することで「守ろう」としているのだという。</p>

<p>――背筋が寒くなりますね。</p>

<p>【岡田】人工知能が健康によい食事を選び、最適な運動や睡眠について指示してくれるようになれば、われわれは何も判断しなくてよいでしょう。しかしそれは、人間がAIに飼われたペットになることを意味します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>共通の目的のために違いを受け入れる</h2>

<p>――大変な時代になってしまいました。</p>

<p>【岡田】企業経営にも同じことがいえます。事業計画は必要だけれども、経営が計画どおりに進むことはまずありません。売り上げが見込まれる商品やサービスに経営資源を投じて採用と教育を施しても、期待外れに終わる可能性がある。</p>

<p>頼りになるものがない状況で、人間にできることとは何か。まず行動を起こし、結果や反応から学び、修正することです。そのためには自ら行き先を決め、チャレンジする主体性を磨かなければいけない。過去の成功例や誰かの発言に従うのではなく、自ら考え実践してみ<br />
る。</p>

<p>そうしてやってみると半分は失敗します。したがってエラー＆ラーン、失敗を通じて学習するしかない。何が正解かわからない以上、まずはトライし、駄目ならば次に進めばよい。当然、メンタルの強さを含めた適応力が求められます。</p>

<p>「僕はこの条件を与えられたら活躍できます」という甘えや、自己中心的な考え方では通用しません。</p>

<p>われわれは1人では生きていけず、人間にはコミュニティが必要です。主体性の発揮といっても、各人が自己主張をするだけでは組織にならない。共通の目的のために違いを受け入れる。この作業を経ることで、はじめてコミュニティが成立します。</p>

<p>私は長年、サッカーチームの監督を務めて常時20名から30名の選手をマネジメントしてきました。しかし、チーム全員が仲良しだったことはただの1度もありません。会社の組織も同じこと。10人の部署でメンバー全員が仲違いをしない、ということはまずあり得ないでしょう。</p>

<p>――おっしゃるとおりです。</p>

<p>【岡田】サッカーでいえば「あいつとはそりが合わないけれども、ゴール前でパスを出したら必ず点を決めてくれる」「あのキーパーは偉そうに指示を出すけれども、ピンチでは絶対にシュートを止めてくれる」。</p>

<p>勝利という共通の目的のために、お互いの違いを受け入れることが、チームをつくるうえで不可欠な条件です。</p>

<p>私が学園長を務めるＦＣ今治高校里山校では、教師のことを「コーチ」と呼んでいます。私がつねづねコーチに伝えているのは、たとえば生徒同士が殴り合いの喧嘩をした場合、「君が裁判官になったら駄目だ」と。</p>

<p>喧嘩した生徒を問い詰めてあれこれ指図するより、たとえば「明日から毎日、相手と殴り合いの喧嘩をしたいか」と聞いてみる。</p>

<p>「いや、さすがに毎日は」と答えたら、それが共通の目的になり、「じゃあ、どうしたらいい？」といって自ら考えさせる。さらに相手との共通の目的を何度も確認させて、落としどころを見つけていく。</p>

<p>「あいつは間違いだ」「ここが間違っている」と違いにこだわることで、感情の問題となり組織に混乱が生じ、メンバー間の争いと分断が助長されるわけです。</p>

<p>各人の考え方や価値観が異なるのは当たり前で、片方が善で片方が悪ということはない。あくまでも人間同士の違いとして認めたうえで、共通の目的を繰り返し意識させていく。究極的には皆、幸せに生きたいと思っているわけですから。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>小善は大悪に似たり</h2>

<p>【岡田】主体性をもった個人をチームに巻き込み、共通の目的へ向かわせる能力を、私はリーダーシップではなく「キャプテンシップ」と呼んでいます。リーダーシップは「俺についてこい」と皆を引っ張ることで、特別なカリスマ能力がないとできません。</p>

<p>一方、キャプテンシップというのは、スーパーヒーローではない人がメンバー同士に話し合いを求め、意見を集約して共通の方向にチームを導くことです。</p>

<p>マネージャーは、リーダーともキャプテンとも異なります。企業であれば、いまいる人と資源をいかに効率よく運営、管理するかを本気で考え、実行する人。リーダーというのは、私利私欲のない志や思い、夢をもち、人びとをまだ見ぬ世界へ導く人のことです。</p>

<p>また、マネジメントには覚悟が必要で、亡くなった稲盛和夫さん（京セラ創業者）がよくおっしゃっていたのは、「小善は大悪に似たり。大善は非情に似たり」。</p>

<p>「ここで叱ったら可哀想」とか「こういったら喜ぶかな」という小さな善意が大局を見失わせ、組織を誤った方向へ動かしてしまう。皆を大きな善へ導くため、時に非情な決断もしなければなりません。</p>

<p>有名になりたい、お金持ちになりたいというような私利私欲を排して自らリスクを冒してチャレンジし、気付いたら後ろに人がついていた、というのがリーダーのあるべき姿です。</p>

<p>桃太郎は、リーダーになろうと思ったわけではありません。鬼退治という目的を掲げた桃太郎にサル、キジ、イヌが自然と付き従ったわけで、きび団子が目当てだったわけではない（笑）。坂本龍馬も同じです。この国を何とかしたい、という思いで命懸けのチャレンジを行なう姿を見て、助ける人びとが現れたということです。</p>

<p>以上のような危機感、考え方をバックボーンに、個々が主体性と当事者意識をもったうえで集団として助け合う。さまざまな情報が飛び交うなかで、感情を共有し、信頼し合えるコミュティをつくる。そんな集団を引っ張るキャプテンを生み出すために、Bari Challenge University（BCU）を続けてきました。</p>

<p>地域社会の未来を考える若きリーダーを募り、今治．夢スポーツの企業理念である「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」ことを実現すべく、2024年まで約350名の若きリーダーを生み出しています。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251125Okadatakeshi01.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 26 Nov 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[岡田武史（FC今治会長）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>いま振り返る、大阪・関西万博、喫煙所設置の意義  村中洋介（近畿大学准教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13223</link>
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			<description><![CDATA[2025年10月13日に閉幕した大阪・関西万博。同6月、当初の方針が変更されて喫煙所が設置されたが、その一連の流れから見えてくる政治が果たすべき役割とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="村中洋介" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251105muranaka.jpg" width="1200" /></p>

<p>2025年10月13日に閉幕した大阪・関西万博。同6月、当初の方針が変更されて喫煙所が設置されたが、その一連の流れから見えてくる政治が果たすべき役割とは。 政治家はいかにして、「中庸」と「中立地」の設置をめざすべきなのか――。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>全面禁煙から喫煙所の設置へ</h2>

<p>――「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げて開催中の大阪・関西万博。運営にあたっては、理想と現実のギャップも見られます。たとえば、喫煙所について。当初は「会場内は全面禁煙」との方針でしたが、喫煙者からの不満がSNSなどで拡散し、2025年6月、会場内に喫煙所を設置しました。村中先生はどのようにご覧になっていますか。</p>

<p>【村中】私が聞くところでは、大阪府・市が万博会場を整備する段階から「会場内に喫煙所をつくったほうがよいのでは」「あとで問題にならないか」という声が、たばこ会社などから寄せられていたようです。</p>

<p>しかし、大阪府・市や万博協会は「喫煙所は設置しない」という方針を貫き、当初は大阪メトロ夢洲駅に近い東ゲートの外側にのみ、喫煙所を設置しました。</p>

<p>ところが、事はこれで済みません。何といっても、万博の会場はたいへん広い。東京ディズニーリゾート（東京ディズニーランド＋ディズニーシー）の約1.5倍、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン（USJ）の約3倍にあたる面積で、会場の外まで出て喫煙するのはきわめて困難でした。</p>

<p>「夢の国」ディズニーランドでさえ園内に喫煙所があるのに（笑）、万博の会場内全面禁煙は現実的ではなかった、ということです。</p>

<p>来場客だけのことであれば、まだ数時間の我慢が利きますが、会場内で各国のパビリオンをはじめ各種施設で働く喫煙者にとっては、水が飲めないのと似たようなストレス。吸わない人からすれば「喫煙所など必要ない」と思うけれど、労働環境という面では問題があった、といわざるを得ません。そして喫煙所の設置を頑なに拒んだ結果、隠れたばこや自前の喫煙所を無許可でつくる事態が横行していました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>中途半端にグローバルに事を進めたがる日本</h2>

<p>――全面禁煙の理想だけでは運営が成り立たない、ということですね。加えて万博は、世界中の人が訪れる国際イベント。配慮が必要です。</p>

<p>【村中】世界を見れば、野外の公共空間でたばこを吸えるのは当たり前で、喫煙者も多い。ヨーロッパの喫煙率を見ると、フランスが34.6％、イタリアが22.4％。日本の19.2％よりも高い割合です（WHO〔世界保健機関〕2024年版「世界保健統計」）。アジア諸国でも、日本より喫煙率の高い国があります（韓国や中国のほうが日本よりも喫煙率が高い状況にあります）。</p>

<p>海外の来場客やスタッフがいる以上、「自分の国では屋外で吸えるのに、なぜ全面禁煙なのか」という声が上がるのは自然なことでしょう。外国人に「喫煙所をつくったので所定の場所で吸ってください」と伝えるならともかく、「いっさい吸ってはいけません」と求めるのは、無理があります。</p>

<p>もし大阪・関西万博のテーマが「たばこのない健康な世界をめざす」であれば、会場内を全面禁煙にすることにも一理あったかもしれない。ただし、その場合は「なぜたばこだけが駄目なのか」という問いが生じます。会場内で販売している糖分の高いジュース、脂質の多い料理はOKなのか。嗜好品のなかで唯一たばこだけに規制をかけるのは不自然で、結局は喫煙所の設置が最もオーソドックスな方法だったわけです。</p>

<p>日本という国は、どうも中途半端にグローバルに事を進めたがる傾向があります。観光の視点で考えても、インバウンド（訪日外国人観光客）を呼び込もうというときに、日本独自のルールを強要するというのはいかにもチグハグです。仮に国内全土が禁煙の国があったとして、その国が万国博覧会を開いたら、やはり喫煙所は設置すると思いますよ。</p>

<p>子供の来場者のことを考えても、むしろ吸わない人のために喫煙所を整備しておかないと、前述した隠れ喫煙による受動喫煙が発生してしまう。どこにも喫煙所がなく、会場内のそこかしこでたばこを吸っている大人・外国人の姿を見たら、子供にとって悪影響です。喫煙所をつくり、ルールを守って決められた場所で吸ってもらうほうが、はるかに健全でしょう。なぜこの点が万博会場の準備段階で抜け落ちてしまったのか。疑問が残ります。</p>

<p>――メタンガスの爆発事故もあったように、火気厳禁の埋立地という立地の安全管理にも、似たことがいえますね。喫煙所の設置によって、イベントの安全性が高まったのではないでしょうか。</p>

<p>【村中】津波のように事前のリスク想定やマニュアル対応が難しい事象に比べれば、外国人の来訪に備えて喫煙所をつくるのは、はるかに易しい。新しい技術や発明品が求められるわけではなく、従来あるものを設置するだけですから。以前に私も、「宇宙服のように内部で空気が循環する喫煙服を発明したらどうか」と提案したことがありますが（笑）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>今後の国際会議、イベントのスタンダードに</h2>

<p>――喫煙所の設置により、喫煙者と非喫煙者がともに万博を楽しみ、来場者の満足度が高まったという点は評価できますね。</p>

<p>【村中】万博における喫煙所の設置は今後、国際会議や五輪などの国際イベントを開催するうえで一つの教訓、スタンダードになるでしょう。グローバルな趨勢を見ても、健康ブームの旗手であるWHOを含め、めざすべき世界標準は禁煙ではなく「分煙」（受動喫煙対策の徹底）です。</p>

<p>喫煙者と非喫煙者が共存するために、喫煙所という環境整備は必要です。国際的な会合や催しを開くにあたり、該当エリアを訪れる多様な人びとへの制限を一部解除し、喫煙所のような緩衝地をつくることで、多くの人が集まるようになります。</p>

<p>たばこをめぐる話は、外国人も含めて喫煙者を社会のなかでどのように位置付け、お互いの共存を図るかという点に関わります。ほとんどの喫煙者は、なにも意図して周囲の人に迷惑をかけようとしているわけではないはずで、生活の一部として、たばこを好んで吸っているわけです。スマホを触る、水やコーヒーを飲むのと同様の行為をどこまでルールによって規制できるか。慎重に考えたほうがよいと思います。</p>

<p>たとえばデンマークでは2011年、国民の健康増進を目的に「脂肪税」（fat tax）を導入しました。飽和脂肪酸を含む食品を中心に課税を行なう政策ですが、消費者や食品業界による批判を受け、2013年に廃止されました。肥満を防ぐためにポテトチップスなど高脂肪の食品価格に上乗せをする、という方向性は悪くないと思いますが、全面禁止とは次元が異なります。</p>

<p>もちろん、鉄道や飛行機のような密閉空間で他人に迷惑をかける喫煙行為は禁止すべきです。しかし、万博のような開かれた広大な敷地内で、朝から晩まで「開場前も閉場後も禁煙してください」と規制をかけるのは、さすがに行き過ぎのように思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>お互いの立場を尊重する政策を</h2>

<p>――事前に喫煙所設置の提案があったにもかかわらず、行政が最初から動かなかった点について、思われるところはありますか。</p>

<p>【村中】政治による影響が少なからずある、と思います。石破茂首相も愛煙家で、以前は自民党たばこ議員連盟の活動も盛んでした。しかし、近年は政治家でもたばこを吸わない人が増え、肩身が狭くなっているでしょう。</p>

<p>また政治家の政策や立ち位置は、有権者の空気を見て決まります。たばこを吸わない人が8割に増えれば、残り2割の喫煙者を悪者にすることで自分たちに票が集まる、と考えても不思議はありません。</p>

<p>他方で日本の財政を考えれば、湯水のごとくたばこ税を納めてくれる喫煙者はむしろ大事にすべき層です。しかし結局は反たばこのマジョリティに押されてしまい、全面禁煙という方向性に政策の舵が切られている気がします。</p>

<p>喫煙所に加えて、ごみ処分場や墓地、原子力発電所など、必要ではあるけれども設置に際して反対が起きる施設はあります。住民から反対の声が寄せられたとき、窓口の行政としては突き返すわけにはいきません。市民からの苦情の電話を1時間も2時間も職員が聞かなければならず、建設的ではない意味不明な主張に応対を迫られることも多い。</p>

<p>そこで政治家がポピュリズムに走ってしまい、「ややこしい争点には関わらない」といって住民に耳を貸さなければ、行政としてはなす術がありません。ましてや票欲しさに多数派の側に立ってしまえば、対立が深まるだけです。</p>

<p>逆に、議員が対立する現場に赴いて利害の調整を行ない、議会が調停の役回りを担うようになれば、政治家や議会に対する有権者の支持や信頼度はむしろ上がるでしょう。</p>

<p>たばこ自体はお酒などと同じく、法律で禁止されているわけではありません。他人に迷惑をかけないように喫煙所で自由に吸ってください、というのが基本的な考え方。お互いの立場を考え、尊重する政策を取る必要があるのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>政治家の役割は「中庸」への落とし込みにある</h2>

<p>――日本が理想主義に傾きがちな理由として、歴史性や民族性の影響はあるのでしょうか。</p>

<p>【村中】歴史的に見れば、日本を含むアジア圏の基本的な考え方は「中庸」にあります。対立軸をつくって異なる意見を戦わせるのではなく、両者の中間を落としどころとし、皆が矛を収める。戦後の一時期、共産主義革命の理想を掲げて抗争を繰り返した日本赤軍などの例外はありますが、和を尊んで仲良くするのが本来のあり方だったはずです。</p>

<p>ところが全体主義や個人主義の議論が盛んになるにつれ、個人の発言が無制限に尊重される空気が広まり、インターネット・SNSでは根拠のない主張や憶断、他者への攻撃が横行しています。中庸の発想が社会から薄れるなかで、政治家もまた、個人的な主義・主張を展開するようになりました。</p>

<p>元来、政治家の役割は異なる人たちの意見を聞き、とりわけ社会的に弱い立場の少数派の意見を汲み、中庸へ落とし込むことにあります。ところが、最近は自らの主張を訴えるのが政治だとばかりに、個人の意見を発する政治家が増えている。</p>

<p>大局を判断して社会を中庸へ導くのではなく、「敵」や「悪者」をつくることでむしろ対立軸を増やしています。このような政治家が日本のみならず、世界でも少なくありません。米国のトランプ大統領はまさに典型でしょう。</p>

<p>もちろん、個人の主張を発するのは正しいことです。しかし政治家の役割として、人びとの対立をコントロールして政策へ反映し、なおかつ結果に責任を負わなければならない。政治が機能するための条件として、忘れてはならない点だと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「中立地」をつくることの意義</h2>

<p>――ひるがえって喫煙所を社会全体のなかで捉えると、どのようなことがいえるでしょう。</p>

<p>【村中】私自身についていえば、たばこを吸いません。率直にいえば、煙に対する拒否感もあります。しかし、好悪を主張して他人の自由を否定したら、社会というものが成り立たない。</p>

<p>不快であるという理由ですべての場所を禁煙にすることは、自由と他者への配慮を失わせ、社会をさらに分断に導くでしょう。対立を調整する「中立地」が求められるゆえんです。</p>

<p>――それが喫煙所ということですね。</p>

<p>【村中】喫煙所のメリットは、じつはたばこを吸う人、吸わない人の双方にあります。</p>

<p>喫煙者にとっては、喫煙環境が確保されることによって周囲に配慮してたばこを吸うようになり、ポイ捨てなどのマナー違反の改善や、受動喫煙の防止につながります。</p>

<p>非喫煙者にとっては、望まない受動喫煙を避けることができ、喫煙所から距離を置けば不快な思いをすることもありません。</p>

<p>喫煙所の設置は、喫煙者の権利を守るだけではなく、非喫煙者にも利益をもたらします。互恵的利益というべき環境整備により、双方がルールを守り、互いを尊重するようになるでしょう。</p>

<p>したがって、受動喫煙の防止に実効性を求めるのであれば、より小さなエリアに、数多く配置するのが望ましい。喫煙者だけに負担を強いること、喫煙所の数を減らして遠ざけることは、たばこを吸わない人にとってむしろマイナスなのです。</p>

<p>――規制だけではなく、現実に即した「場」づくりが必要ですね。</p>

<p>【村中】規制というのは、環境整備と表裏一体です。自由に制限を加えるだけでなく、どこかで仕組みをつくらなければ、共生という理想は実現しません。喫煙所は公共空間にこそ設けるべきで、万博のような多国籍の人びとが集まる空間であればなおさらです。政治家は万博の好例に学び、喫煙所の設置によって対立軸ではなく「中立地」をつくることに意義があると思います。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 06 Nov 2025 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[村中洋介（近畿大学准教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会・第3回】「1つの文明圏」としての日本、受け継がれている精神性  藤本龍児（帝京大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13003</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013003</guid>
			<description><![CDATA[西側諸国のあいだで普遍的とされてきた世界観が疑われ、国際政治や歴史、文明などについて見方が大きく変わるいま、「日本とは何なのか」を見つめ直す時期に来ている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250920fujimoto.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。同研究会の委員が、日本文明を検討するにあたって必読の3冊を紹介します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>疑われ始めている「普遍的な価値観」</h2>

<p>ここ最近、「グローバリズムの終焉」や「リベラル・デモクラシー（自由民主主義）の衰退」といった話題を耳にする機会が増えてきました。1989年に東西冷戦が終わってからというもの、盛んに「世界はグローバル化して一体になる」とか「リベラル・デモクラシーが世界を覆う」などと西側諸国で言われてきました。ところが近年になって、その普遍的な世界観が疑われ始めています。</p>

<p>国際政治や歴史、文明などについて見方がガラッと変わる時期にあるのではないか。また、それにともなって、「日本とは何なのか」を見つめ直す時期にあるのではないか、と思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ハンチントンの「文明の衝突」は正しかった？</h2>

<p>このことを考えるためにはまず、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』（1993年）を挙げたいと思います。この本の意義は、その前に出された国際政治学者フランシス・フクヤマの論文「歴史の終わり」（1989年）と並べることで見えやすくなります。</p>

<p>先に「リベラル・デモクラシーが世界を覆う」という展望を紹介しましたが、それを示すのが「歴史の終わり」という概念です。人類は、自由を目指してイデオロギーを戦わせることで進歩してきた。しかし東西冷戦は、間もなくアメリカを代表とする西側の勝利で終わるだろう。となれば「西洋の自由民主主義」が普遍化することによって「歴史は終わる」と言える。フクヤマはそういうふうに論じたのです。</p>

<p>実際、「歴史の終わり」論が発表されてすぐに東側が崩壊したため、この概念は非常に有名になりました。もちろん「世界を楽観視している」「複雑な世界を単純化している」などの批判はありました。しかし、端的にいってフクヤマが示したのは、自由と民主主義、法の支配、市場経済といった政治経済体制がグローバル化するだろう、という展望です。</p>

<p>それらのほかにめざすべき理念や政治経済体制が思い当たらないのであれば、フクヤマに賛成するか否かにかかわらず、基本的には「歴史の終わり」の展望を共有していることになります。その意味で「歴史の終わり」論は、冷戦後の世界をたしかに覆っていました。ところがいまや、それが疑われ始めたわけです。</p>

<p>その代わりに見直されているのが『文明の衝突』にほかなりません。ハンチントンは世界的に有名な国際政治学者であり、フクヤマの師でもありますが、対照的なヴィジョンを打ち出しました。</p>

<p>ハンチントンの議論の特徴は、国際政治をみるのに「文明」という観点を持ち込んだところにあります。冷戦後の世界では「文明」が、国際政治を動かす中心的な役割を果たすことになる。世界は、西欧文明、イスラーム文明、中華文明、ヒンドゥー文明、ロシア正教会文明、ラテンアメリカ文明、日本文明、アフリカ文明といったように分かれて争われる。</p>

<p>こうしたハンチントンの議論は、当初から学者や専門家にさんざん叩かれてきました。たとえば「文明という概念が曖昧である」「そういう見方や議論そのものが、対立を生じさせてしまう」といった批判です。</p>

<p>しかし、もし「文明の衝突」論が意味のない議論であれば、すぐに忘れ去られたでしょう。にもかかわらず、今世紀に入ってもずっと批判され続けました。ということは、多くの人がそれなりに何か思い当たることがあったのだと考えられます。</p>

<p>「文明」とは、「人のもつ文化的アイデンティティの最も広いレベルのことだ」とハンチントンは言います。たとえばローマ人であれば、ローマ市民、イタリア人、カトリック教徒、キリスト教徒、ヨーロッパ人、西洋人、といったようにさまざまなレベルで自分を規定します。</p>

<p>文明は「われわれ」と呼べる最大の分類なのです。たしかに、曖昧な概念ではあります。ただ、9.11テロからロシアのウクライナ侵攻までをふり返ってみて、次第に「ハンチントンの言っていたことには一理ある」と思われるようになりました。経済などの合理的な要素では説明できない国際政治の動きに、何がしか「文明」の要素が入っている、と考えられるようになったわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「日本の愛国心」とアンパンマン</h2>

<p>ハンチントンは、こんなに小さな国にもかかわらず、日本を1つの文明圏として考えました。では、日本はどのような文明なのでしょうか？　これはとても大きな問いですが、ここでは佐伯啓思『日本の愛国心』（2008年）を挙げたいと思います。今年は終戦から80年目にあたり、本書は「先の戦争」の問題を題材にしながら、日本文明の核となる「日本人のこころ」を考えているからです。著者は「愛国心」という言葉へのアンヴィヴァレントな感情を吐露するところから始めています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>三島由紀夫は「愛国心」という言葉が嫌いだったそうだが、私も、正直にいえば、愛国心という言葉は決して好きではない。そもそも私のような一介の平凡な人間が「国」を愛するとか愛さないなどというだいそれたことをいえるのか、という気にもなる。私の「愛」の対象は、せいぜい、身近な家族や友人や同僚程度のことで、それさえも適切に処遇できない者が「愛国」などといえたものではない、という思いがある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>こういう感情をもとにして議論が展開されていきます。そして、「日本の愛国心」について考える場合、どうしても「先の戦争」にたいする評価が大きく関わってくる。著者が述べるように、日本の愛国心は、先の戦争で亡くなった人びとに対する負い目を抜きにしては語れません。とくに特攻隊についての想いは、人によってするどく分かれます。</p>

<p>こうした問題を、身近なことから考えるにはどうしたらよいでしょうか。今年はとくに「アンパンマン」が格好の作品だと思います。作者であるやなせたかしさんの弟は、特殊潜航艇の乗組員でした。やなせさん自身も戦争でつらい体験をされ、「戦争なんて大嫌い」と言う。そうした経験から描き出されたのが「アンパンマン」です。</p>

<p>困っている子がいれば、すぐに飛んでいき、お腹を空かせている子には自分の顔を食べさせる。どんなヒーローでも、何かしら自己犠牲の精神をもっているでしょうが、自分の顔を食べさせるヒーローなんて海外ではまず見られません。しかし日本では、自然と受け入れられている。やなせさんが作詞した「アンパンマンのマーチ」は、いまも子どもたちに親しまれている歌です。これを、やなせさんの戦争への思いや、弟さんへの想いをふまえて聴いてみてもらいたいですね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「令和の精神」はあるのか？</h2>

<p>3冊目は、日本の精神性を考えるための本として、いわずと知れた国民文学の代表作、夏目漱石の『こころ』（1914年）です。</p>

<p>この小説は、語り手の「私」と、私が鎌倉で出会った謎めいた人物である「先生」、そして先生の親友「K」など、さまざまな登場人物の孤独や愛情、裏切りなどが掘り下げられています。とうてい語り尽くせない作品ですが、最後のほうで「明治の精神」という文言が出てきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、腐れかけていたものとみえます。妻の冗談を聞いてはじめてそれを思い出した時、私は妻に向かってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。私の答もむろん冗談に過ぎなかったのですが、私はその時なんだか古い不要な言葉に新しい意義を盛りえたような心持ちがしたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>この「明治の精神」とは何なのか。そして「明治の精神に殉死する」とはどういうことなのか。思想をはじめ歴史、社会、政治、教育、経済など、幅広い領域にわたって考えなければ、漱石の言わんとする「明治の精神」に近づくことはできません。</p>

<p>これを現代で考えるとどうでしょう。たとえば、この春に映画化された人気漫画に『かくかくしかじか』があります。この作品は東村アキコさんの自伝的漫画で、絵を「かく」ことを通じてつながる「先生と私」が描かれています。絵の道に殉じる先生、すこし違う道を進みながらも「かく」ことを通じてその精神を受け継ぐ私。すれ違いながら「かく」ことで共鳴し、古いものが受け渡され、新しい「絵」が描かれていく。</p>

<p>私は原作を読んだときに『こころ』に通じるものがあると思いました。もちろん、この2つの作品は一見かけ離れています。ただ、「明治の精神」とは言わないにしても、「昭和の精神」にはつながっている、と言っていいかもしれません。いま『こころ』や『かくかくしかじか』を読んで感動するとすれば、そこに令和の現在にも受け継がれている日本の精神性がある、と言えないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「日本文明研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250920fujimoto.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 05 Nov 2025 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[藤本龍児（帝京大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>彬子女王殿下とほしよりこ氏が語る「学問のこと」～学問から得られる知性は「国の財産」～  彬子女王＆ほしよりこ</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13197</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013197</guid>
			<description><![CDATA[『赤と青のガウン オックスフォード留学記』 の文庫版が38万部を超え、9月には新著 『飼い犬に腹を噛まれる』を上梓された彬子女王殿下と、 漫画『きょうの猫村さん』シリーズで日本中の老若男女を虜にした、ほしよりこ氏の特別対談。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="彰子女王" height="1659" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251028hoshiyoriko02.jpg" width="1200" /></p>

<p>女性皇族として初めて海外で博士号を取得された彬子女王殿下。その英国留学記『赤と青のガウン オックスフォード留学記』 は「プリンセスの日常が面白すぎる」という一般読者のX投稿をきっかけに話題となり、瞬く間に38万部を超えるベストセラーとなりました。この秋には、『赤と青のガウン』のその後の日常が綴られた新刊 『飼い犬に腹を噛まれる』が発売となり、発売10日で10万部を突破しています。<br />
<br />
新刊の共著者である彬子女王殿下とほしよりこ氏のおふたりに、現在の日本における文系の学問を取り巻く環境や、明治期までの先人が果たした役割などについて、京都産業大学の彬子女王殿下の研究室で語っていただきました。ほしよりこ氏の絵とともにお楽しみください。（聞き手：編集部）<br />
<br />
※本稿は、『Voice』2025年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分が「何をやりたいか」</h2>

<p>【彬子女王】科研費を獲得できる人が評価されるという面が今の大学にはあります。大学からお給料をもらって研究する立場になると、その科研費を獲得できるようなテーマ選びや申請書の書き方を指導されることもあります。ただ私は、一時期、研究するためにお金をもらっているのか、お金をもらうために研究しているのかわからなくなって、どうにも楽しくなくなってしまったことがあったのです。</p>

<p>【ほしよりこ】そうだったのですね......。</p>

<p>【彬子女王】そうしたときに、石川県の輪島で漆芸家の若宮隆志さん（故人）と出会いました。若宮さんは、お金の面でどんなにいいお仕事であっても、心が動かないとお引き受けにならない。逆に、やりたいと思うと、ものすごく変わったものも作られる方でした。高野山開創1200年のときに、あの弘法大師が投げたという「三鈷杵」や、「曜変天目」という国宝の茶碗を、漆器で作られたり.....。いつも「こんなもの、誰が買うんでしょうね」と笑っていらっしゃいましたが、若宮さんの作品にはとても力があるので、展示会があると、お客さんが買っていかれるのです。</p>

<p>【ほしよりこ】わかるような気がします。</p>

<p>【彬子女王】若宮さんのお姿を見ているうちに、「自分が本当におもしろいと思っていること以外を研究テーマにするのは、もうやめよう」と。そうでないと、その研究テーマの申請書を読んでくださる査読の先生方にも失礼になりますから。そして本当に自分のやりたいテーマで申請書が通らないのなら仕方ないと思い、書いて出したところ、通ったのです。</p>

<p>――「何をやりたいか」が原動力ということなのですね。会社に勤める私のような者は、稼ぐために、つい「何をやれるか」から考えてしまいます.....。何かと厳しい社会環境ですから。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>知性は、国の財産</h2>

<p>【彬子女王】私は、立命館大学衣笠総合研究機構で、「（文部科学省が選定する）グローバルCOEプログラム」の拠点に勤務していたときがあるのですが、何の前触れもなく予算が削られ、お給料が月額で6万円ほど減るという経験をしました。理由は、人件費にお金がかかりすぎているからだそうです。</p>

<p>でも、文系は人がものを見て、考えて、生み出していく学問ですから。たくさんの資料の中から、一所懸命にいろいろな人が向き合って、知見を見出していかないと形にならないし、1年や2年で、すぐに目に見える結果が出るというような学問ではない。そうした面が、理系よりも、文系の学問に対する理解を少ないものにしていると思うのです。</p>

<p>【ほしよりこ】そうした学問から得られる知性は、国の財産ですよね。続けていかないと育たない面もあるでしょうし、失くしてしまってから、一からまた始めるのは、ものすごく大変なことだと思うのですが。</p>

<p>【彬子女王】たとえば、韓国では、ハングルを公式の文字にしたことで、今の若い韓国の人たちは、漢字を読むのが難しくなってきているといいますね。</p>

<p>――昔の自国の歴史は漢字で書かれているでしょうからね.....。一方で、韓国の人の方が、日本人よりも英語をよく勉強するとも聞きますね。</p>

<p>【ほしよりこ】でも私は、今の日本の人は、英語ができないというより、英語を勉強する必要が少ないという面もあるように思うのです。</p>

<p>――といいますと？</p>

<p>【ほしよりこ】明治期までの昔の人たちは、すごく勉強をし、翻訳をすごいスピードでやられたのですね。私の祖父は「染め」の研究をしていたのですが、ドイツから新しい染料がどんどん入ってきていたからか、ドイツ語で書いてある本を持っていました。英語、ドイツ語と懸命に勉強していた人が、当時の日本にはすごくいらっしゃったと思うのですね。</p>

<p>【彬子女王】以前、別のところでも書いたのですが、「自国の言葉で高等教育を受けられるのは日本くらいだ」という話を聞いたことがあります。学問を究めようとすると、英語圏やフランス語圏の大学などに行かないと評価されない面もありますが、京都産業大学の名誉教授でいらっしゃった益川敏英先生（故人）は、海外に出られたことがなく、英語もあまりお得意ではないということで、2008年のノーベル物理学賞の受賞スピーチは日本語でしていらっしゃいます。それでも、世界的な賞がとれる研究ができるというのはすごいことです。</p>

<p>ほしさんが言われるように、明治期までに入ってきた様々な外来語を一所懸命、日本語に翻訳した人たちがいて、新しい言葉をつくっていったことで、日本語が飛躍的に多様になって、今、私たちが学問を究めることができている。そのことに、日本人は、もっと自信を持っていいと思うのです。</p>

<p>【ほしよりこ】先人のおかげで今があるということですね。昔の人は、学んだことがすぐに役立つとは考えていなかったと思います。いろいろな人を育てたい。若い人に勉強をしてほしい。国としても負けたくないし、豊かにしていきたい。そういう研究者の欲求みたいなものがあふれていたのでしょうね。それって、すごく「豊か」なことですよね。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251028hoshiyoriko02-2.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 05 Nov 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[彬子女王＆ほしよりこ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>彬子女王殿下とほしよりこ氏が語る「仕事のこと」～「好き」を追求した時間は人生の宝物～  彬子女王＆ほしよりこ</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13195</link>
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			<description><![CDATA[『赤と青のガウン オックスフォード留学記』 の文庫版が38万部を超え、9月には新著 『飼い犬に腹を噛まれる』を上梓された彬子女王殿下と、 漫画『きょうの猫村さん』シリーズで日本中の老若男女を虜にした、ほしよりこ氏の特別対談。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ほしよりこ　彰子女王" height="1200" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20251028hoshiyoriko01.jpg" width="1415" /></p>

<p>女性皇族として初めて海外で博士号を取得された彬子女王殿下。その英国留学記『赤と青のガウン オックスフォード留学記』は「プリンセスの日常が面白すぎる」という一般読者のX投稿をきっかけに話題となり、瞬く間に38万部を超えるベストセラーとなりました。この秋には、『赤と青のガウン』のその後の日常が綴られた新刊 『飼い犬に腹を噛まれる』が発売となり、発売10日で10万部を突破しています。</p>

<p>新刊の共著者である彬子女王殿下とほしよりこ氏のおふたりに、「言葉」や「絵」で表現するお仕事をするうえで大切にされていることを語っていただきました。ほしよりこ氏の絵とともにお楽しみください。（聞き手・編集部）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>偶然が重なった不思議な縁</h2>

<p>――おふたりは、そもそも、どのように知り合われたのでしょうか？</p>

<p>【彬子女王】お互いの共通の知人がおり、その知人から、ほしさんのことは以前よりお聞きしていて、「いずれ、どこかでお会いできるのでは？」と思っていました。初めてお会いしたのは、上皇上皇后両陛下が御観覧にいらっしゃった賀茂祭（葵祭）のときですから、2023年の5月のことですね。</p>

<p>【ほしよりこ】まだ2年前ですか。もっと昔のことのような感じがします。</p>

<p>【彬子女王】その日は雨天で、私も臨席させていただく予定だった「路頭の儀」が順延になり、お昼過ぎから急に時間が空いたのです。そこで、京都に来ていたその知人に、「今からだったら行けます」と連絡して向かったカフェに、ほしさんがいらっしゃいました。</p>

<p>【ほしよりこ】私も、彬子さまのことは以前から伺っていましたが、「今から彬子さまが来られるよ」とその知人から突然の連絡をもらい、心の準備が何もできないまま（笑）、お茶をご一緒させていただきました。少し前に、旧知の編集者の方から『ひげの殿下日記』（寬仁親王著、彬子女王監修）を送っていただいていて、そのお話もしましたね。</p>

<p>【彬子女王】そうでしたね。</p>

<p>【ほしよりこ】ご本を拝読して、「皇族の方のお仕事って、こういう感じなんだ」と初めて知った気分でした。ものすごく正直に、いいことも、悪いことも、あったことすべてをお書きになっていらっしゃる。まっすぐな光に照らされているような気持ちになりました。</p>

<p>【彬子女王】30年分くらいの文章が、ギュッと詰まった一冊です。基本、おっしゃることはブレないのですが、たとえば、最初の方で「ゴルフ、あんなもんはダメだ」とおっしゃっているのに、最終的には.....（笑）。</p>

<p>【ほしよりこ】ふふふ（笑）。その後も、彬子さまとは平成中村座の姫路城公演でも偶然お会いして。去年は、洛趣会でもお会いしましたね。</p>

<p>【彬子女王】そうでした。「売り申さずお褒めいただきたく候」を合言葉に、京都の老舗が一堂に会して自慢の品を披露する会ですね。</p>

<p>【ほしよりこ】母と姉と一緒に行ったら、彬子さまが会場にいらっしゃって、声をかけていただきました。母は「徹子の部屋」の彬子さまの回を拝見して「すっかりファンです～」なんて言って（笑）。いい親孝行になりました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>思ったことを思ったまま書きたい</h2>

<p>――おふたりは、言葉や絵で何かを「伝える」お仕事をされていますが、その際に心がけていらっしゃることはありますか？</p>

<p>【彬子女王】「思ったことを思ったまま書きたい」という気持ちはあります。ただ、今も『和樂』という雑誌で連載を続けていますが、その連載のお話をいただいたとき、日本美術の研究者としての実績があるからお声がけをいただいたと思っていて、「研究者らしいことを書かなければいけない」と、すごく気負っていた時期があったのです。</p>

<p>【ほしよりこ】そうだったのですね。</p>

<p>【彬子女王】ところが、しばらくしてから編集者の方に「彬子さまの文章は、研究者らしく書こうとしなくても、研究者らしくなる。読者の方は、彬子さまの文章を通して、彬子さまの体験したことを追体験したいので、思ったことを思った通りに書いてくれれば、それでいいです」と言われて。そこから「知らないことは知らないと言ってよかったんだ」と気づき、とても楽になりました。</p>

<p>もちろん間違いがあってはいけないので調べるときもありますが、変に気負って書くことがなくなりました。研究者としてというより、いち素人として体験したことを皆さんと同じ目線で伝えられるようになったのが、私にとっては、とてもよい変化だったと思っています。</p>

<p>【ほしよりこ】知らないことを知らないときちんと言える大人って、とても素敵です。彬子さまの文章には、リズムがあって、ビートがあって、読んでいてとても楽しい。予定調和にならず、「語りだす」というのか「乗ってくる」というのか、とにかく読みやすいのです。</p>

<p>【彬子女王】ありがとうございます。私は今、何か文章を書くときは、構成や流れなどは全く考えずに書き始めます。「こんな話を書こう」と思っていることはあるのですが、書いているうちに「この話を入れる予定だったのに」とか「こんな展開にするつもりじゃなかったのに」となることも（笑）。書いたものを何度も読み返しながら、足したり引いたりして仕上げています。</p>

<p>【ほしよりこ】私もコンテやラフは描かずに、いきなり描き始めるタイプです。以前、銀行のWebサイトに載せる漫画のご依頼をいただいたことがあって、楽しくなって途中まで一気に描きあげました。ところが、担当の方にお見せすると、「この漫画は、とてもおもしろいんですけど、話の展開が読めなさすぎて.....。銀行なので、これを載せるのは.....」と言われて、その仕事はなくなってしまいました（笑）。私は初めから話の展開は考えないし、キャラクターが動き出したら、そのまま自由に動いてもらいます。</p>

<p>――『きょうの猫村さん』のキャラクターも自由に動き出すのですか？</p>

<p>【ほしよりこ】はい。「猫村さん」に、やりたいようにやってもらっています。そもそも最初に考えていたのは、今のような話ではなかったのです。猫村さんも脇役のつもりでしたし。でも、もう勝手に猫村さんが動き出して、そうなったら猫村さんを追いかける方が楽しいのです。</p>

<p>――他に、作品を描くときに大切にされていることはありますか？</p>

<p>【ほしよりこ】今の自分がおもしろいと思うことに正直でいることですね。よく「この作品と似た感じで描いてください」などと言われるのですが、それは過去の自分がもう描いているので、それで充分と思ってしまいます。過去にやったことをまたやるのは、自分の真似をするようでつまらないし、読者の方にも誠実ではないと思います。何かをやるなら、これまでとは少し違うものになった方が、自分もやっていて楽しいですし。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「好き」を活かせる世の中であってほしい</h2>

<p>【彬子女王】誰もが「好き」と思えるものが見つかるといいなと思います。仕事以外にも、アイドルでも、音楽でも、漫画でも、本でも、何でもいい。「好き」と思えるものが見つかること自体、なかなかないことだと思いますが、その「好き」を活かせる世の中であってほしいと思いますから。好きなことをやってきた過程は、絶対に無駄にならないし、宝物のような時間になると思うのです。</p>

<p>私はお笑いが好きでよく見るのですが、芸人さんがよく「売れない頃、毎日ご飯にお醤油だけかけて食べていた」なんていうお話をされますよね。それは「好きなことを続けてきたから、今の自分がある」という思いがあるから、そういうお話を包み隠さずされるのでしょう。自分の「好き」を追求する時間は、たとえその夢が叶わなかったとしても、とても大切な時間だと私は思います。</p>

<p>【ほしよりこ】私は美術大学で学び、教えた経験もあります。みんなが美術家にはなれないのは事実ですが、彬子さまがおっしゃるように、私も自分の「好き」を追求した過程は絶対に無駄にならないと思います。それに、たとえ好きなことを仕事にしなくても、自分の好きなことは、いろいろな場面で活きると思います。</p>

<p>たとえば、美大を卒業して一般企業に勤めたとしても、自分の「好き」を追求する側に立ったことがある人は、企画書を書くときやプレゼンのときなどに、物の見方が全く違ってくると思います。会社で大勢の人が無意識に受け入れているようなことに対しても、「こういう考え方もあるのになぁ」と他人とは違う視点を持つことにつながるかもしれないし、それが未来の自分を助けることになるかもしれない。だから、自分に正直になって、好きなことに夢中になるって、やっぱりすごく素敵なことだと思います。</p>

<p>【彬子女王】そして、自分に「答え」を持っておくことが重要なのではないでしょうか。いろいろな方に「それでは食べていけないから、やめなさい」とか「公務員の方が安定して.....」などと言われることもあるでしょう。そのとき自分が「本当に何をしたいか」という答えを持っているかどうかで違いが出てくるのではないでしょうか。</p>

<p>「親がああ言ったから」「先生に反対されて」と言い訳にして、あきらめる癖がついてしまうと、どんどん自分というものがなくなっていってしまうような気もします。でも、「選んだのは自分」という確固たるものがあれば、今後どういう道を選び、進んだとしても、そのことに後悔せず、前を向いて進めるように思います。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[彬子女王＆ほしよりこ]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会・第4回】地球も人間も宇宙で唯一無二の存在ではない  高梨直紘（天文学者／東京大学EMP室特任准教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12913</link>
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			<description><![CDATA[ここ30年で天文学上の発見が一気に進んできている。それらの発見は私たちの宇宙観、ひいては人間観にどのような影響を与えるのか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905takanashi.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「宇宙的視点」から人間を考える</h2>

<p>私の専門は天文学ですが、普段やっているのは社会人教育です。東大ではいま、課題設定型のリーダーを育てようということで、社会人向けの教育プログラムを提供しています。</p>

<p>そこで掲げている中核課題が「人間の再定義を通して共生の未来を創造する」ということなので、そういった意味では&ldquo;人間とは何か&rdquo;を問う今回の議論は、私にとっても興味深いものです。ただ、いきなりそんな大きな問いを考えても取り付く島がありませんので、その問いの周辺にどのようなブレークダウンした問いを立てることができるのかということが大事なのだろうなと思っています。</p>

<p>その一つとして、宇宙的視点というのも面白いのではないかと思っています。「＜わたし＞の宇宙誌を考える」というテーマで、少しお話をさせてください。研究会では「自分は人間像をどのような視点から捉えたいか？」という問いかけをいただきましたが、理系人間の癖として、この問いの意味をより明確にするところから始めたいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「わたし」はわたし以外の誰かに見つけてもらって初めて成立する</h2>

<p>まず、ここで言っている「人間」という言葉のイメージは、「ヒト」「人」「人間」のどれなのか。たとえば、片仮名で「ヒト」であれば、動物としての人間、すなわちホモ・サピエンスという種族を指しているイメージです。それに対して、ひと文字で「人」であれば個人のイメージが強くなり、「人間」というと社会的な存在というイメージを私はもっています。</p>

<p>仮にこれが人の集団としての人間だとしたら、そこには果たして私は含まれているのか。ここでも、漢字の「私」とひらがなの「わたし」ではイメージが違ってきます。日々の暮らしのなかにある「わたし」に対して、そういった五感的なものが捨象された概念としての「私」。そこにはたしかに差があるように、私には感じられます。</p>

<p>たとえば「人間」といったときに、わたしのことを含む話をしているのか、それとも、わたしじゃない誰かたちのことを言っているのか。なにを前提として考えるかで、視点もまた変わってくるでしょう。</p>

<p>私は、人間という問題を考えるときには、「わたし」を出発点にするのも一つのやり方だと思います。「わたし」は何者であるのか。それを知るためには、他者の存在が不可欠です。私がもしこの宇宙で唯一の存在なのであれば、私には「わたし」という自我が生まれないでしょう。「わたし」ではない誰かから呼びかけられることで、初めて「わたし」の存在に気がつくはずです。そのようにして見つけた「わたし」を、「わたしたち」に拡張していくことで初めて、私ごととして人間のありようを問うことができるように感じられるのです。</p>

<p>「わたし」と対になる「あなた」についても、少し考えてみます。「わたし」に呼びかける「あなた」は何者なのでしょうか。一般的な意味では人ということになろうかと思いますが、もしかするとそれも人に限定する必要はないかもしれません。</p>

<p>地球で共に生きる動物や草木などの自然もまた、「わたし」に何かを呼びかける存在と見なすこともできそうです。大胆なことを言えば、地球以外の、宇宙のどこかにいるかもしれない何者かもまた、「わたし」に何かを呼びかける存在かもしれません。そのようなこともまた、よく考えてみるとこれまでとは違った人間像が見えてくるような気がします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宇宙に人間のような生命はたぶんいる</h2>

<p>この研究会に参加するにあたって、松下幸之助さんの『人間を考える』を読んでみましたら、第一章のところにいきなり宇宙の話がたっぷり書かれていて驚きました。恥ずかしながら、そのようなことを松下さんがお考えになっていたとはまったく知りませんでした。一流のリーダーの思想の根幹には宇宙があった、というのは天文学業界にある者としては心強い限りです。</p>

<p>さて、松下さんはこの本のなかで「人間が万物の王者としての天命を与えられていると断定しても、なんらさしさわりはないといってもよいでしょう」とおっしゃっています。これは現代的な感覚で言えば少し強い表現だと思いますが、じつはその前段で「いまのところ、人間のようにすぐれた特質を持つ生物はほかには存在しないと考えてよいと思います」という前提条件を書かれています。</p>

<p>天文学の教えるところによれば、この前提条件はもはや崩れつつあります。人間のような生命がいるかどうかはまだ分かりませんが、地球のような環境を備えた惑星であれば、銀河系の中にも無数にあっておかしくないことが分かっています。そんな現代の宇宙観を松下さんが知れば、「人間は万物の長」とは言わず、また別の論の立て方をされたのではないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>この30年で宇宙の理解が劇的に進んだ</h2>

<p>天文学の歴史は古く、よく5,000年の歴史があると言います。農耕文明の始まりからいまに至るまで、人は天のありようを理解しようと努力し続けてきました。</p>

<p>ただ、宇宙の理解は順調に進んできたわけではありません。長らく停滞が続くこともありました。しかし最後には必ず、新しいパラダイムが切り拓かれてきたのです。</p>

<p>たとえばコペルニクスやケプラー、ガリレオといった天文学者の活躍した15〜17世紀には、それまで広く信じられてきた天動説から地動説へと、文字通り天地がひっくり返る大転換が起きたことは有名な話でしょう。このように、たまに階段のようにぐっとベースが上がり、そこからまた新しい世界が開けていくということを繰り返してきているのですが、じつは20世紀以降のこの100年間が、宇宙の理解が急速に進んだ時代と言っても良いでしょう。</p>

<p>とくに最近30年間の進歩には目を見張ります。なぜそんなに急に研究が進んだのか。その理由の一つは、学問を支えるための技術的インフラが整ったことです。計算機の能力が飛躍的に向上したことや、ネットワークで世界中の研究者が繋がったことも大きな追い風となりました。</p>

<p>その結果もたらされたさまざまな発見のなかでも、太陽系以外に惑星があるということが分かったことは大きなインパクトがありました。そのような惑星を、太陽系外惑星と呼びます。最初の太陽系外惑星が見つかったのは、1995年のことです。</p>

<p>じつはそれまでも太陽系外惑星を探す努力は長年行われていたのですが、見つけることができませんでした。いくら探してみても、惑星が見つからない。この宇宙には、太陽系にしか惑星が存在しないのかもしれない。そんな絶望の裏返しとして、「奇跡の惑星、地球」などといったフレーズが流行ったのかもしれません。</p>

<p>しかしいまやそれも昔の話。1995年に最初の一つが見つかってからも発見は続き、現在では7,000個を超える太陽系外惑星が見つかるに至っているのです。もはや、地球は唯一無二の存在ではないということです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宇宙はやがて終わることは、人びとに何か影響を及ぼすのか？</h2>

<p>宇宙はどうやって始まって、どうやって終わるのか。そんなことについても、理解が進みつつあります。ビッグバンから宇宙が始まって以降、宇宙は膨張し続けてきましたが、その膨張速度が加速していることが1998年に初めて明らかになりました。</p>

<p>それまでも宇宙が膨張していることは分かっていましたが、その勢いがそのうち止まるのかどうかといったことは分かっていませんでした。しかしいまでは、宇宙は永遠に、加速度的に膨らみ続けるであろうと考えられています。いつの日か素粒子レベルからすべてのものがばらばらになり、宇宙は終わりを迎えるかもしれないのです。</p>

<p>ほかにも重力波の検出に成功したり、ブラックホールの撮影に成功したりと、ここ30年で天文学上の発見が一気に進んできています。そういった発見がどのように人びとに影響を及ぼすかは、興味深いところです。仕事の効率化や新しいビジネスの展開などには、きっとほとんど何も影響を及ぼさないでしょう。しかし、私たちの宇宙観、ひいては人間観にはなんらか影響を与えるはず。そのように、希望も込みではありますが、考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「宇宙誌」を考えるということ</h2>

<p>最後に、「宇宙誌」という言葉の説明も少しさせてください。東京大学名誉教授の松井孝典さんもこのテーマで本を書かれていますが、私の着想は中村桂子先生（生命誌研究館名誉館長）の「生命誌」からです。中村先生は生命誌（ナチュラル・ヒストリー）が非常に大事だということを常々おっしゃっています。その定義は次のようなことです（生命誌研究館ウェブサイトより引用）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「生命誌」とは、人間も含めてのさまざまな生きものたちの「生きている」様子を見つめ、そこから「どう生きるか」を探す新しい知</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>とても味わい深いですね。そして、このような努力は天文学分野でもやらなければいけません。「生命誌」にならって「宇宙誌」という言葉を作るのであれば、こんな感じになるでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「宇宙誌」とは、人間も含めてのさまざまな生きものたちのいまに至るまでの道のりを見つめ、そこから「どう生きるか」を探す新しい知</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>「天文学者は宇宙の研究をしているのですよね」とよく言われますが、そもそも自然哲学である天文学には、自然のありようを見つめて、その先に人間像を描き出すというルーツがあります。宇宙の理解を通じて人間を理解する。これは天文学に限らず、自然科学全般に共通する、根源的な目標だと思います。宇宙の先には人間があるということも、そんなに不自然な話ではないかなと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ここが気になる！</h2>

<h3>磯野真穂（人類学者）</h3>

<p>医療において、「天」という言葉が消えるのが明治からと私は見ています。</p>

<p>それ以前の、たとえば貝原益軒の『養生訓』だと、「寿命」とか「健康」とかいう言葉は出てこなくて、「天命」という言葉が出てくる。そこにはもらったものを大事にしましょう、命がどのくらいかはわからないけれど、天からもらった命を全うしようという発想がある。これが明治に入って、「健康」といういわゆる西洋の概念が入ってくると、命とは全うするものではなく、人間が自分の手でコントロールするものであるというように考えが変化する。と同時に、よく分からないものとつながっている人間の身体、生命に対する畏怖というものが消えていく。健康が「天」を消したとも言えるでしょう。天命は、生存率に置き換わった。</p>

<p>人間が命も含めて、ありとあらゆるものを全部支配下に置けるという近代科学の人間像に対する違和感というのがいま、出てきているように思います。</p>

<p>天文学って唯一「天」を残している学問ですよね。私は結構、「天」という神秘的なニュアンスを残す言葉が学問名の中に残っていることは意外と重要ではないかと思います。狩猟採集民のエスノグラフィーを読むと、大抵の場合、人間をその他を司る「天」とつながる宇宙観が現れる。とはいえ、いま「天とつながった人間観」を唱えても、たんなる怪しい人になるか、妙な国粋主義にもなりかねない。「天」という言葉を通して、私たちが手放したものを捉えることができるだろうと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h3>為末 大（元陸上選手）</h3>

<p>私が知りたいのは、宇宙で生命が見つかった場合に、地球上の生命と同じような法則で支配されているのか、違う形で命はあり得るのかということです。それがわかると、いまの私たちと違った人間はあり得たのかということもわかるのかなと。</p>

<p>もう一つ興味があるのは、人間の倫理の起源です。進化のプロセスで必要とされて倫理ができたのか。要は倫理があったほうが生き残りやすかったという話なのか。ピダハンというアマゾン奥地の少数民族の話を読むと、彼らの言語構造や倫理観がわれわれとはかなり違うと書かれていました。人間の倫理観は普遍的なものではないということです。だとしたら地球的な利他と宇宙的な利他も違うのかなと。そもそも人間社会における善も悪も宇宙的に見たら大差ないということになってしまうのか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「22世紀の人間像研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905takanashi.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 31 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[高梨直紘（天文学者／東京大学EMP室特任准教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ふえると困る「絶滅危惧種」 保全と経済発展のはざまで翻弄される野生動物  豊田有（霊長類学者）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13048</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013048</guid>
			<description><![CDATA[保護で個体数が回復した絶滅危惧種が、農地被害や軋轢を生む現実。タイのベニガオザルを例に自然保護のジレンマについて、霊長類学者の豊田有氏が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="生物保護" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251014Toyotayuu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>「守るべき存在」であった絶滅危惧種が、守って個体数が増えた結果、「厄介者」「排除すべき存在」になってしまうという現実は、自然保護という活動が抱える深いジレンマに他ならない――。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年9月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>社会的正義としての「生物保護」</h2>

<p>「絶滅危惧種を守ることは大切ですか？」と聞かれたら、もちろん大切であると誰もが答えるでしょう。なぜ守ることが大切かと問われれば、それは人類の活動によって地球環境が破壊された結果、招いた事態であるからだと言わざるを得ません。絶滅危惧種は人類の活動の「犠牲者」であり、われわれ人類は「加害者」として、被害の軽減と損失の回復に努める義務があるということです。</p>

<p>「絶滅危惧種」と称される種は、国際自然保護連合（IUCN）が作成するレッドリストにおいて、2025年3月現在で、哺乳類だけで1363種、動物の合計は1万8109種、植物や菌類その他を含めると生物種全体で4万7000種以上がリストアップされています。これだけの数の絶滅危惧種を保護するには、一体どれくらいの資金が必要でしょうか。</p>

<p>少し古い論文ですが、たとえばScience誌に掲載されたMcCarthyら（2012）の試算によれば、鳥類の絶滅危機種の保全だけでも、年間で少なくとも8億7500万～12億3000万ドルが必要であり、哺乳類や両生類などほかの分類群も含めると、その額は年間34億～47億ドルに達すると言われています。</p>

<p>世界各地では官民問わず環境保全・保護政策が立ち上げられ、「ネイチャーポジティブ」「サステナブル」「カーボンニュートラル」などさまざまな標語のもと、自然を守る取り組みが推進され、多額の資金が投入されています。われわれ人類は、かつて環境を破壊し経済発展を遂げて得た利益をもって、まるで借金を返すかの如く、環境の保護や保全・回復に多額の費用を費やしています。</p>

<p>絶滅危惧種を守るためのこうした取り組みのなかには、成果に結びついたものもたくさんあります。一方で、同時にその「成功」が新たな問題を引き起こす、すなわち、保護された種の個体数が回復したことで、人間社会とのあいだに新たな軋轢が生まれてしまう事例もあります。</p>

<p>たとえば、農作物の被害、生活空間への侵入、インフラの破壊といった経済的・社会的な損失が、増えた絶滅危惧種によって引き起こされてしまうのです。</p>

<p>このように、かつて「守るべき存在」であったものが、守って個体数が増えた結果、「厄介者」「排除すべき存在」になってしまうという現実は、自然保護という活動が抱える深いジレンマにほかなりません。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>絶滅危惧種・ベニガオザル</h2>

<p>私が10年にわたり研究をおこなっているタイ中部に位置するカオタオモー保護区に生息するベニガオザルの事例は、まさにこのジレンマを象徴する典型例です。ベニガオザルはインド・中国・タイ・ベトナム・マレーシアなど、アジア地域に生息しているマカク属のサルの一種です。森林伐採や土地開拓によって生息域が消滅・分断化され、IUCNのレッドリストでは野生下での地域個体群の絶滅が危惧されるVulnerable（絶滅危惧Ⅱ類）に分類されています。</p>

<p>急峻な石灰岩質の岩山を好んで生息するためか、人間が追跡して観察・研究することが非常に難しく、野生下での研究はほとんどおこなわれていません。本種に関する長期的・継続的な研究を実施している場所は、世界でも私の調査地以外にはありません。</p>

<p>このカオタオモー保護区は、現在はタイ国立公園野生動植物保護局が管理する国立公園に準ずる「禁猟区」ですが、かつてはただの森でした。契機は1984年、ここで初めて野生のベニガオザルの群れの生息が確認・記録されたことでした。</p>

<p>当時の論文によると、確認されたのはわずか22頭という、非常に小さな群れだったようです。岩山であるがゆえに開発の手が及ばず、かろうじて残された麓の森の恵みを頼りに生き延びていたのでしょう。この野生群の発見を踏まえ、現地研究者がこの地域とベニガオザルの保全の重要性を当局に訴え、1999年に「禁猟区」に制定されることとなりました。この区域内でのベニガオザルを含むすべての野生動物の狩猟・捕獲が禁止され、タイ国立公園野生動植物保護局の職員が駐在する場所となりました。</p>

<p>禁猟区制定当時は森の奥まった場所にある広場でしかサルを見ることができなかったようです。そのため、入り口にはゲートが設けられ、サルを見にきた人から入園料を徴収していました。広場ではサルにエサをあげることもできたようです。サルたちは保護されるようになってから、地元の観光客を呼び込みお金を生む&quot;観光資源&quot;になったのです。</p>

<p>仏教国であるタイ王国では、地域住民や観光客による野生動物への餌付け行為が頻繁に見られます。お腹を空かせている（ように見える）野生動物に食べ物を与えることは道徳的行為であり、徳を積む行動（&quot;タンブン&quot;と言います）であると考えられているためです。当然ながらこのカオタオモー保護区でも、地域の人が野菜や果物など余剰生産農作物を&quot;タンブン&quot;するために持ってきてはサルに与えるようになりました。</p>

<p>ヒトから食べ物をもらうことを覚えたサルたちは、次第に森の奥から山の麓の道沿いや近くのお寺にも出てくるようになりました。サルの出没範囲が広くなったのみならず、餌付けによる栄養状態の好転により、当然ながら個体数もどんどん増加していきます。</p>

<p>1984年には22頭しかいなかった、もはや絶滅寸前だったこの地域のベニガオザルは、2012年の段階で4群・計296頭、2018年には群れがひとつ増えて5群・計391頭、そして2025年現在では6群・460頭以上にまで増えました。非自然的であるとはいえ、個体数は見事に回復し、その保護に&quot;成功&quot;したと言えるわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>保護&ldquo;成功&rdquo;のあとに待ち受けるもの</h2>

<p><img alt="日常的に行われるサルの餌付け風景" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251014Toyotayuu03.jpg" width="1200" /><br />
日常的に行われる餌付け風景。2tトラックに満載した果物が与えられ、サルたちが全て食べきるのに1週間を要したこともある。恒常的に超過剰な食べ物が与えられるため、個体数は当然ながら急激に増加する。</p>

<p>これで話が終わっていれば、「日本では考えられないけれど、こういう動物保護のあり方もあり得るか」という学びのある事例と言えます。</p>

<p>しかし、そうは問屋が卸さないのが現実です。カオタオモー保護区では2020年以降、保護区周辺の農地にサルが出没し農作物を食い荒らす&quot;猿害&quot;被害が深刻化し、地域の農家との軋轢が激化しているのです。対応に苦慮したタイ国立公園野生動植物保護局の役人から相談を受けた私は、研究者の立場からこの問題の解決に関わることとなりました。</p>

<p>ここで10年もサルたちを見てきている私からすれば、農作物被害の発生はある意味で、&quot;起きるべくして起きている当然の帰結&quot;でした。地域の住民や農家は皆、口を揃えて「サルが増えすぎているのが原因だ！」と言います。それはある意味で正しいのですが、サルが増えすぎているそもそもの原因は、ヒトが無秩序に餌付けをおこなうからです。</p>

<p>仮に1984年にいた22頭がこの森にいたサルのすべてだとして、2025年現在の460頭に至る個体数の変遷状況は、とても自然な個体数増加とは言えません。</p>

<p>私が簡易に試算した限りにおいても、メスが性成熟後に毎年子どもを産み続け、乳児の死亡率は極めて低く、寿命ギリギリまで全頭が生き延びるという、相当な条件をクリアしないと整合性が合わないような経過を辿っているわけですから、自然要因以外に人為的な要因が甚大な影響を与えているのは間違いありません。サルは自然に増えたのではなく、まさにヒトが「増やした」のです。</p>

<p>もうひとつ、個体数増加以外の大きな要因があります。それは、保護区周辺の土地利用の変化です。われわれは衛星画像を用いて、過去10年間に保護区周辺の土地利用がどのように変化したかを解析したところ、禁猟区指定エリア以外の周辺の雑木林が、境界際々まで農地や太陽光発電所などに転換され、自然植生が破壊されていたことが可視化されました。</p>

<p>要するにサルたちは、個体数は毎年増えていくのに、森はどんどん破壊されて年々生息空間を奪われている状況でした。サルの遊動域が保護区からどんどん外に拡大していくのも、仕方がない状況です。</p>

<p>2020年以降で土地開発が急速に進んだ理由は、同年から施行された改正土地・建物税法による影響でした。この改正法下では、未使用の土地には税金が課せられる一方で、開発された農地であれば課税が免除されるのです。よって保護区周辺の土地所有者は、課税を逃れるために雑木林を次々と伐採して農地にしていったわけです。</p>

<p>さらに悪条件が重なります。雑木林を伐採して切り開いた農地で、サルたちが日常的に人間からもらって食べている果物を栽培作物として植えているのです。バナナやパイナップル、マンゴーやジャックフルーツといった果物は、自然の森には存在しない食べ物です。こうした果物が「食べられる美味しい食糧資源である」とサルたちに教えているのは、日常的に餌付けをしている人間です。</p>

<p>その人間が、サルの生息空間である森を伐採し、そこに農地を作り、普段サルたちに与えている果物を作っているのです。かつての遊動域を習慣的に訪れるサルたちがそれらの農作物を見つけたら、食べるのは当然です。サルにとっては、人間から&quot;タンブン&quot;で与えられるパイナップルと、農地に植わっているパイナップルの区別はありません。</p>

<p>ここまでくると、もはや人間側にはサルを非難する道理はまったくありません。個体数の増加、生息域の破壊と農地への転換、農作物への誘因......問題となっている事象のすべてが人間のせいで起きていることは、誰の目にも明らかです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>仏教国タイならではの苦悩</h2>

<p><img alt="タイではカニクイザルの個体数増加も問題になっている。都市環境へも容易に進出するカニクイザルは人との軋轢を生みやすく、タイ各所で大規模な捕獲措置が取られている。撮影：プラチュアップキリカーン県フアヒン市内" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251014Toyotayuu01.jpg" width="1200" /><br />
タイではカニクイザルの個体数増加も問題になっている。都市環境へも容易に進出するカニクイザルは人との軋轢を生みやすく、タイ各所で大規模な捕獲措置が取られている。撮影：プラチュアップキリカーン県フアヒン市内</p>

<p>タイ国内での増えすぎたサルによるこうした問題は、私の調査地に限った話ではありません。あちこちで餌付けが日常的に行なわれているわけですから、サルはどんどん増えていきます。タイではこうした増えすぎて問題を起こす動物に対する対策は、避妊手術か、捕獲後にケージへの収容ないしほかの場所での放獣が一般的です。しかしどれも科学的には正しい対策ではありません。</p>

<p>避妊手術は、その個体から「次世代を残す権利」を生涯にわたって不可逆的に剥奪する行為であり、動物福祉の観点から容認できる対策ではありません。</p>

<p>仮に避妊をするにしても、どれだけの個体数を避妊すれば効果的に個体数の増加を抑制できるのか、非常に複雑な個体群動態モデルを組んで検証をしなければなりません。無計画に必要以上の個体を避妊してしまうと、将来急激に少子化し、群れが消滅する恐れがあるためです。こうした取り組みは世界中で行なわれているものの、多くの場所で個体数増加の抑制に失敗しています。人間の考えた予定どおりにうまく進まないのが自然です。</p>

<p>捕獲後ケージへの収容は、まさに「投獄」と同じです。何の罪もない野生動物をある日突然、ケージに押し込めるのは非常に残酷です。かといって、別の場所に放獣するのは、人為的遺伝撹乱の原因となるため、これも悪手です。タイで一般的などの方策をとっても科学的には間違ったアプローチばかりですが、動物の殺処分をしない仏教国ならではのジレンマがここに垣間見えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>生物保護のジレンマとどう向き合うか</h2>

<p>正直に告白すると、私は長年、野生動物の保護保全との関わりを意図的に避けて、行動観察という純粋科学の&quot;コンフォートゾーン&quot;で研究をやってきました。「絶滅危惧種の保護」というのは、場合によっては複雑な利害関係に絡め取られて「科学的正しさ」が役に立たないことが多く、もはや学術研究の領域を超えて「政治化」「ビジネス化」する傾向があると思っていたからです。</p>

<p>しかし、自分の調査地で、自分の観察対象のサルたちが農作物を食べるせいで、地域住民によって殺されている可能性があるという事実を突きつけられたことにより、私はこの領域に足を踏み入れることになりました。</p>

<p>活動を始めて3年目になりますが、ベニガオザルによる農作物被害の話をしていると、いつも引っかかることがあります。「農作物被害問題」という表現のなかに、人間があたかも「被害者」であるかのような構図が内在していることに対する違和感です。</p>

<p>こういう表現を使わないと一般的理解が得られないので、本稿でもやむなく使用していますが、もとを辿れば自然環境を破壊し、野生生物の生息地を奪って動物を絶滅の危機に追いやってきたのはほかならぬ人間なのです。</p>

<p>そして人間の都合で、数が減ってしまった動物を保護するという選択をしたあとで、その&quot;成果&quot;が人間社会に「跳ね返って」くるとき、あたかも人間側が損害を受けているかのような立場をとる構図に、動物学者としてはうんざりとすることがあります。</p>

<p>もうひとつの引っかかりは、研究費の獲得の難しさです。自然保護の枠組みのなかで、多くの研究費や助成金は「絶滅回避」「個体数の増加」を最終目標として活発な資金投下が行なわれている一方で、保護成功後の動物と地域経済との共存や、適切な個体数の管理には関心を払われることなく、なかなか研究資金を獲得することができません。まるで「保護するために活動すること」そのものが目的化してしまっているような雰囲気さえあります。</p>

<p>「絶滅危惧種の保全」と「地域経済の発展」の持続可能な両立という難しい問題への対処は、もはや動物保護としての&quot;魅力&quot;が失われたものとして後回しにされ、別スキームの構築を求められるのです。</p>

<p>数が減っては困りますが、増えても困るわけです。つまり、絶滅危惧種は「絶滅の危惧が懸念される状態のまま」「保護活動が必要とされる状態のまま」存続してもらうほうが、人間にとっても、社会にとっても、都合がいいわけです。</p>

<p>まさに一部の人間のエゴとも言える&quot;保護活動&quot;に翻弄されている動物たちを見ながら、彼らを保護することが本当に彼らのためになるのか、研究者として自分がなすべきことは何なのか、自問自答を繰り返す日々です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>タイで初のモデルケース構築をめざして</h2>

<p>ベニガオザルたちによる農作物被害にどんな生態学的な背景があろうが、地元の農家からしたらそんなことはどうでも良い話です。今日も、明日も、自分の農地にサルが来て、農作物を食べ荒らすわけで、その経済的な損失は日々大きくなっていくばかりです。そのサルが絶滅危惧種であろうとなかろうと、自分の生業を脅かす存在であることには変わりなく、&quot;排除&quot;を望む声が年々高まっています。</p>

<p>そこで私は、タイの二大学と共同で、この地域のベニガオザルの保護保全に関するプロジェクトを立ち上げることにしました。コンセプトは、「科学的根拠に立脚した保全計画の策定」です。</p>

<p>このプロジェクトは、二つの大きな柱で構成されています。柱の一本目は「自然淘汰による適正頭数への収束に向けた学術調査」で、もう一本は「農作物被害の即時的な軽減に向けた農地防護技術の普及」です。</p>

<p>自然淘汰による適正頭数への収束に向けた学術調査は、人為的・侵襲的な個体数管理の方策をとらず、自然淘汰によって、保護区の環境収容力に適した頭数まで自然に収束させることをめざすものです。</p>

<p>現在サルたちは、人間から超過剰な食糧供給を受けて個体数を増やしています。まずはこの餌付けを規制し、保護区内の植生内で入手可能な食糧資源のみで、自然に生きていけるようにしなければなりません。その過程で、森の環境収容力が現状の個体数を下回っていれば、サルたちは淘汰によって自然に個体数が適正サイズまで減っていくことになりますが、その環境で安定して持続的に生きていくことができるようになります。</p>

<p>実際に、保護区の森にどれくらいの環境収容力があるか（何頭くらいのサルたちが食べ物に困ることなく暮らしていけるか）を調べるには、植生調査や果実生産量の調査などをおこなう必要があります。</p>

<p>また、サルたちが自然植生内で何をどれくらい食べているのかという採食生態データも必要です。こうしたデータをもとに、適切に保護区内の森林を保全・管理できれば、サルたちは保護区内だけでその暮らしを完結できるようになるでしょう。</p>

<p>とはいっても、自然に適正な個体数に収束するまでには相当な時間を要します。その間もサルたちによる農作物被害は出続けます。そこで二本目の柱に、農作物被害の即時的な軽減に向けた農地防護技術の普及を掲げています。</p>

<p>農作物被害を軽減するには、サルを農地に侵入させない対策をとる以外に方法はありません。サルから農作物を守るシステムが構築されれば、軋轢を軽減することができ、サルたちが自然に適正な頭数に収束するまでの時間を稼ぐこともできます。</p>

<p>こうした科学的根拠に基づく保護動物の保全管理と地域経済との持続可能な共存をめざす取り組みは、これまでタイでは実施されてきませんでした。</p>

<p>今回、われわれがタイの大学と協力して推進するこの事例が成功すれば、タイで初のモデルケースとなります。この国の生物保護の新たなあり方を模索する一歩となるように、今後も取り組みを推進していきたいと思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/251014Toyotayuu02.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 30 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[豊田有（霊長類学者）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会・第2回】家父長制、集団と個、無常観...現代日本を考えるカギとは  三宅香帆（文芸評論家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13004</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013004</guid>
			<description><![CDATA[家父長制、集団と個...現代日本を考えるカギについて、文芸評論家の三宅香帆氏が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="731" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250926miyake.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。同研究会の委員が、日本文明を検討するにあたって必読の3冊を紹介します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>欧米と異なる「マッチョイズム」</h2>

<p>日本というものを考える際、さまざまな視点があると思います。欧米諸国と日本との比較で何がいちばん違うだろうかと考えたとき、私が最初に思い浮かんだのは、男らしさというもの、いわゆる「マッチョイズム」の考え方ではないかということでした。</p>

<p>今年春、国際的にヒットしている英国ドラマ『アドレセンス』の動画配信が、日本でも始まりました。13歳の少年がマノスフィア思想（男性至上主義的な思想）に影響されて同級生を殺害してしまうという話なのですが、「男は強くあるべき」という価値観を父親が息子へ受け継ごうとする描写がとても多くありました。</p>

<p>欧米の作品には往々にしてこの傾向があり、現代においても「男は強くあるべき」という考えが根強く存在することを感じます。対して日本は、そうした「マッチョイズム」への呪縛がまったくないわけではありませんが、欧米のものとは形が異なるように感じるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>欧米のつながりは「父と息子」、日本のつながりは「母と息子」</h2>

<p>それらを考えるうえで非常に参考となるのが、瀬地山角さんの『東アジアの家父長制』（1996年）です。本書は、家族の関係性を、まず欧米と東アジアで対比し、次に東アジアの韓国、台湾、中国、日本で対比し、日本の特徴を捉えようとするものです。</p>

<p>では、どのような特徴があるのか。系図をイメージすると分かりやすいかと思いますが、家族のなかで夫婦という「横」の関係と、親子という「縦」の関係があるとしたら、欧米では横の関係が強い。家族のなかで重視するのは横の夫婦関係であって、子どもは自立させるものである。対して東アジアでは、縦の親子関係を重視する傾向にある。</p>

<p>そして日本においては、親子関係のなかでも母と子の結びつきが強い。息子が嫁をむかえると、息子と嫁という横の夫婦関係ではなく、嫁とその子の結びつきが誕生し、そちらの関係が重視される。さらに、母と息子ではさらに強い結びつきとなっている、というのです。</p>

<p>これは、日本社会では欧米ほど「マッチョイズム」が強くない、もっと言えば父・息子間のマッチョイズムの継承がそこまで強く行なわれないという話と、どこか通じるものがあるように思えます。</p>

<p>私は昨年、『娘が母を殺すには』（PLANETS、2024年）という本を出しました。日本において「母と娘の物語」を描いた作品を分析し、母・娘問題への解法を探ろうという本なのですが、刊行時から私のもとに、若い男性読者から「実は母との関係に悩んでいて&hellip;&hellip;」という意見がとても多く寄せられたのです。これまで母・娘関係は日本でも普遍的な問題として捉えられてきましたが、現代では母・息子関係も顕在化してきたのかもしれないと思わされました。</p>

<p>しかし振り返れば、古くは江藤淳による「&ldquo;母&rdquo;の崩壊」（母と子の密着こそが日本的家族の代表であり、母が&ldquo;崩壊&rdquo;しない限り成熟した個人にはならないという論）にも表れているように、母・息子関係は日本の文学批評でもメジャーなテーマでした。</p>

<p>河合隼雄の『母性社会 日本の病理』（1976年）も非常に有名です。日本は、欧米のようなマッチョイズムではなく、それこそ母的なもの――どこまで本当にそうなのだろうかと思うところもあるのですが――が統一している社会なのだということを論じた人は多くいたわけです。</p>

<p>本書はデータ付きで社会学的に家父長制を比較研究したもので、日本の家族関係というものをあらためて考えさせられます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人男性の自我がいま、弱まっている？</h2>

<p>続いて、高瀬隼子さんの小説『おいしいごはんが食べられますように』（2022年、第167回芥川賞受賞作）です。ここには現代日本の、とくに20代から30代という若い男女の感覚が非常にリアルに描かれています。</p>

<p>ストーリーを言いますと（※以下、ネタバレになるのでご注意ください）、主人公は二谷というアラサーの男性会社員です。二谷は同じ会社に勤める女性・芦川さんと付き合うのですが、この芦川さんはとても料理上手で、いわゆる「丁寧な暮らし」をしています。</p>

<p>でも二谷は、そのことにややうんざり気味で、芦川さんの料理を「おいしいね」と言いながら食べつつ、あとで深夜に雑にカップラーメンを食べたりする。芦川さんが会社にもってきた手作りケーキを、裏でゴミ箱に捨てるシーンもあります。そして同じ職場には、二谷と一緒に雑にご飯を食べてくれる女性・押尾さんがいて、やや二股っぽくなる。でも二谷は結局、芦川さんと結婚していく流れになるのです。</p>

<p>一見すると男女の話ですが、しかし私には、現代における会社の話に思えました。</p>

<p>それこそ「集団と個」は、近代の日本文学にずっと存在したテーマです。明治期には夏目漱石に代表されるように、「伝統的な集団」と「近代的な個（自我）」のぶつかり合いが描かれました。大正以降も「集団vs.個」は形を変えながら描かれ続け、平成に至るまでは「個」に重きが置かれる傾向が強かった。しかし令和に至り、この『おいしいごはんを食べられますように』では、もはや大事にすべき「個」も見当たらない。そういった印象をもつのです。</p>

<p>主人公が結婚しようとするのは、読者目線でも「本当にその人でいいの！？」と思わざるを得ないような女性です。また主人公は、とくに仕事に情熱をもったり野心があったりするわけではない。にもかかわらず、漠然と「転職しようかな」と思っている。しかし実際には何も行動に移していない――といったように、個人の自我がとても弱まっている姿が映し出されています。現代的な「集団と個」というものを非常に考えさせられる作品ではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人の若者の「ありのままを受け入れる」生き方</h2>

<p>最後に紹介するのが、土井隆義さんの『「宿命」を生きる若者たち』（2019年）です。この本では、「宿命」というものがいま、若い世代にとってとても大事なテーマであることが書かれています。</p>

<p>経済停滞や格差の拡大といった社会環境は悪化しているのに、若者たちの幸福感や生活満足度は逆に高まっている。これはなぜかと言えば、自分が生きている社会が右肩上がりではないから、「自分はこういう『運命』『宿命』だったと思うことにする」といった若者が増えているというわけです。</p>

<p>この「宿命」という概念は、やはりどこか日本の伝統的な、この国に古くからある考え方であるように思えます。「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」で始まる『方丈記』のほか、『平家物語』『徒然草』『山家集』などの古典で知られるとおり、日本には遠い昔より「無常観」といったものがあります。地震や火山噴火など多くの天災に見舞われたことも影響しているのでしょう、</p>

<p>日本では、ありのままを受け入れていく、あるいは、そのままの人間のあり方を受け入れるという生き方が、それこそ自然となされてきたわけです。本書は、この「受け入れる」という生き方を現代版にアップデートしてくれている本ではないかと思うのです。</p>

<p>この「宿命」という考え方も、欧米ではあまり見られないものです。現トランプ政権の副大統領であるJ・D・バンス氏が、2016年に書いたベストセラー自伝で、映画化もされた『ヒルビリー・エナジー』が象徴的です。ここで描かれているように、アメリカでは不遇な環境に置かれたとき、「これは宿命だ」とはならない。「これはおかしい！」と立ち向かい、環境を変えようという方向に向かうのです。</p>

<p>現代の日本の若者の感覚に「ありのままを受け入れる」という無常観があるのだとしたら、そこに日本の文明というものをとらえる一つのカギがあるのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「日本文明研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250926miyake.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 29 Oct 2025 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[三宅香帆（文芸評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会・第3回】医療情報でつくられる「正しい」身体と社会  磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12912</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012912</guid>
			<description><![CDATA[医療情報がいかに身体性を変えてしまうかは、私たちがコロナ禍で目の当たりにしたとおりだ。文化人類学の視点からアプローチすることで見えてくる、人間の身体の行く末。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905isono.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間が数字になり、細分化されることへの違和感</h2>

<p>私は医学人類学が専門ですが、もともとは運動生理学の出身です。高校時代には空手をやっていて、そこで怪我をする選手をたくさん見ていました。</p>

<p>大学に入った1990年代は、科学的トレーニングというものが出てきたころです。これを取り入れたら怪我も防げるしパフォーマンスも上がるだろうということで、早稲田大学の人間科学部のスポーツ科学科に入りました。科学的な実験をやっても、科学的にはわからないのが人間であると感じるようになりました。</p>

<p>実際、科学的な実験の現場に入っていくと、人間が数字になり、どんどん細分化されていくんです。たとえば、筋肉のパフォーマンスの話が筋繊維の話になって、次に筋膜の話になって、次にタンパク質の話になって、最終的にはアミノ酸まで行きつくんです。</p>

<p>そうするうちに、「あれ、人間どこにいたっけ？」という話になっていく。科学的な研究は細分化をするほうが成果につながりやすいのですが、それを突き詰めると人間の全体像が見えなくなってしまう。</p>

<p>それで大学3年ぐらいのときに悩み始めたのですが、私の運動生理学のゼミの先生が「磯野のその疑問はすごく大事だから、それを卒論に書け」と言ってくれたのです。これは非常にラッキーなことでした。</p>

<p>私は運動生理学のゼミにいながら人文的な卒論を書いて卒業しました。でもアスレチックトレーナーになりたかったので、そのままアメリカのオレゴン州立大学スポーツ科学部に入ったのですが、そこでもやはり自然科学の「数字にして細分化する」というところの違和感が取れずに、いろいろな授業に潜り出したところで出会ったのが文化人類学でした。</p>

<p>人間を人間のまま、まるごと捉えていくという文化人類学の手法に結構衝撃を受け、3日後に専攻を変えるという、結構過激なことをして、そのまま人類学者として幸いにも何とか生きてこれています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コロナ禍を支配した「感染対策」至上主義の怖さ</h2>

<p>私は文化人類学に身体というものからアプローチしました。いわゆる医療的な情報が人間の身体感覚、あるいは、生き方をどう変えてしまうのかというところに注目したんです。</p>

<p>最初にやったのは摂食障害の研究でした。拒食症とか過食症と呼ばれるものです。女性に多い疾患ですが、とにかくやせたいので、多くの当事者は、栄養学や生理学の知識を積極的に学び、自分の食べ方の見直しに使います。その情報に従って身体感覚が変わっていく。そこに注目をして1冊目の本（『なぜふつうに食べられないのか』）を書きました。</p>

<p>ところで、為末大さんのお話にゾーン体験が出てきたのですが、私も初作の摂食障害の研究で、過食症における過食は、自己が消える快感を伴うフロー体験に近しく、やめられない1つの理由が、過食を通じた快感ではないかという提言をしています。</p>

<p>話を元に戻すと、いわゆる医療情報が身体性をどう変えてしまうのか、という観点から近年いちばん衝撃を受けたのは、コロナ禍での体験です。最初のころは感染者がおらず、情報しか入ってこない状況でしたが、それでも人がここまで生き方を変えてしまうのかとショックを受けました。</p>

<p>また感染対策が進んでいくなかで、「感染対策より大事なことはない」という倫理観が前面に出てきました。私は医療人類学を通じて医療従事者とのおつきあいもあったのですが、「もしものときどんな医療やケアを受けたいか、人生会議で大切な人と話し合うことが大事だ」とか、「人間は関係性のなかで生きていて、関係性こそが大事だ」とか、「患者さん中心の医療が大事だ」と言っていた人たちが、感染者が少ない時の完全面会禁止を許容したり、何でもかんでも不要不急と名指して行なったりする状況を目の当たりにしました。この社会の急激な変化と、人びとが甘んじてその変化を引き受けているように見えることに衝撃を受けたことをきっかけに、国内の３カ所でフィールドワークを実施し、『コロナ禍と出会い直す』という本を書きました。</p>

<p>その流れをふまえて、今回私が「人間とは何か」について考える視点として、三つほどあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>身体は機器を模倣する？</h2>

<p>一つ目は「理想の身体というものどういうふうに変遷していくのか」ということです。</p>

<p>たとえば、昨今は脱毛や育毛というのがやたらと流行っていますが、これは一昔前にはなかったことです。これだけ短期間でも理想の身体のあり方が変わっていく背後には、テクノロジーの変遷があります。それを表すものとして、私はずっと「身体の比喩」に注目をしてきました。</p>

<p>私は授業で松下幸之助さんの話をすることがしばしばあるのですが、松下幸之助さんの著書のなかに、入院をする場面がでてきます。そこで「油を差してちょっと直してくる」と言っているんですね。当時、自転車を直したりとか、車を直したりするときになど、日常的に機会に油を差している状況があったからこういう表現になる。</p>

<p>いまだったら「油を差す」ではなく、「メンテナンスする」とか「チャージする」とか、そういう表現になると思います。身体の比喩がIT機器と絡んできているんです。</p>

<p>昭和の時代にはパワーがある人のことを車やバイクのエンジンになぞらえて「排気量がある」と言っていたのを、いまではIT機器を思わせる「スペックが高い」と言ったりします。そんなふうに、私たちが使ってる機器が人間の理想の身体に比喩として介入してくるというところに着目をしています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>暴力の「ゲーム化」によって何が起きるか</h2>

<p>もう一つは、「暴力と身体」です。暴力にもいろいろあって、たとえばいま私が誰かを殴ったら、私も痛いし、殴られた人も痛い。でもSNS上の言葉の暴力で身体的な痛みに苦しむ人はいないわけですよね。</p>

<p>それからウクライナやアフガニスタンでもAIを使ってドローン攻撃が行なわれているわけですが、その仕事に従事する一部の人はアメリカにいながら8時-17時のシフトで働き、勤務時間内に標的に向けて爆弾を落としている。コーヒーを片手に戦闘に加わるといったことだって起こっているでしょう。つまり、人が死んでいるのだけれども、人の死体を見たりであるとか、自分も戦禍に巻き込まれて怪我をするといった身体性が圧倒的に欠けている。加害側に暴力の自覚がなく暴力ができるという状況が起こっています。</p>

<p>三つ目は、暴力がゲーム的になっているということです。さきほど定時で働き、国内でドローン攻撃に加わるという話をしましたが、,米国の歴史学者であるHeather Cox Richardsonは、イーロン・マスクとトランプ大統領（いまではすっかり仲が悪くなってしまったようですが）は、自分の敵について話すときに「NCP」という言葉を使うと指摘します。これは「ノン・キャラクター・プレーヤー」の略です。もともとはゲームの言葉で、ドラクエなどのロールプレイングゲームに出てくる、ただの街の人、そこにいるだけの人を指しているそうです。</p>

<p>RPGをやったことがある方はわかりますが、一定数の街の人びとは話しかけても同じことしか返さない。でも街のスペースを埋めてはいる。つまり自分たちを批判してくる人々を「NCP」を呼ぶことで、その人たちを非人間化するわけです。NCPであれば、何を言っても傷つくことはない。</p>

<p>このように、暴力をゲームの言葉におきかえると、身体性が希薄化し、暴力を向ける相手の肉体が意識されなくなります。人間が内集団と外集団、つまり敵と味方を分けていくときに、敵をどのように呼ぶのか、ということからも人間の身体の行く末が見えるのではないかと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ここが気になる！</h2>

<h3>先崎彰容（思想史）</h3>

<p>コロナ禍のときに情報だけで人間が生き方を変えてしまった。情報だけで身体の動き及び身体そのものの形が変わるというのは、身体そのもの知性をむしろ否定するようなことです。違和感のある情報に対しては身体的な知性がきちんと反応するというのが為末さん的な身体観になるはずですが、その逆になりますね。</p>

<p>一方で、リストカットという行為が示しているのは、情報に支配される身体でもそれをはねのける身体的知性でもない、「生の衰弱」です。リストカットして痛かったり、それを人から「どうしたの？」と言われたりすることを通じて自分のアイデンティティの存在を確認しなければいけないところまで言語が切り詰められている。生の充実感がもはや身体の痛覚のレベルにまで縮減されてしまっているということです。</p>

<p>同じ「言語を削っていく」という行為でも、座禅とリストカットではまったく違うことを意味している。こうやって見ると身体にも多面性がありますね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「22世紀の人間像研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905isono.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 24 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[磯野真穂（人類学者／東京科学大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【日本文明研究会・第1回】明治・大正・昭和の名著から考える「日本」「家族」「共同体」  河野有理（法政大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12999</link>
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			<description><![CDATA[「日本とは何か」「家族とは何か」「共同体とは何か」を考えるうえで手がかりとなる一冊を、明治・大正、昭和からそれぞれ紹介する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250920kouno.jpg" width="1200" /></p>

<p>米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。</p>

<p>「日本文明研究会」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。同研究会の委員が、日本文明を検討するにあたって必読の3冊を紹介します。（構成：藤橋絵美子）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>忌避されてきた「日本」の議論</h2>

<p>日本とはいったい何なのか。これを論じることは、日本では長らく忌避される傾向にありました。日本においては、いわゆるリベラル思想による方法論的個人主義――簡単に言えば「国家や家族というものは疑似問題にすぎない。結局は個人の選択の自由の問題だ」との考え方――が影響力をもってきたのです。</p>

<p>ですがいま、国外を見れば大国同士が自己主張して争っているし、国内を見れば経済や社会システムの問題が噴出している。こうした状況を見るにつけ、やはり私たちは「日本とは何か」「家族とは何か」「共同体とは何か」を、そろそろ真剣に考えたほうがよいのではないか、と思うわけです。</p>

<p>これらの問いを突き詰めていくのは大変なことです。答えはなかなか出ないし、その最終的な回答は人それぞれ異なるかもしれない。それでもやはり「日本とは何か」「家族とは何か」といったことを考えたり語ったりしてもいいのだという意識のもとで、それらを考える手がかりとなるであろう本を、明治・大正・昭和の時代から各1冊、ご紹介したいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本を批判しながらも「いつか西欧を見返す」気概</h2>

<p>まずは、福澤諭吉『文明論之概略』（1875年）です。日本初の本格的な文明論で、近代化を急ぐ日本において、いかにして独立した国家や個人になるかを論じた著作です。</p>

<p>詳しい内容については本書をお読みいただくとして、ここでは福澤諭吉の面白さを理解するために、その前段階の話をしておきたい。私の専門は日本政治思想史なのですが、この分野はもともと、丸山眞男という人がほぼ独力でつくり上げた学問でした。</p>

<p>1930年代、国体明徴（めいちょう）運動というものが起こります。天皇を中心とした日本の国家体制を明確にし、国民に浸透させることを目的とした、右翼的な運動なのですが、一方で「外国の文章ばかり読むのではなく、日本人が求めるような学問をやってくれ」という、それだけ見ればもっともな要求も一部含んでいました。この運動に動かされた文部省（当時）は、「国体（国のあり方）を扱う講座を大学に設けるならば予算を付ける」ということで、東大や京大には国体明徴講座が設けられたのです。</p>

<p>当時の東大法学部長で政治哲学者の南原繁（後の東大総長）は、そこで抵抗します。「たしかにいまの大学では外国の研究ばかり行なっており、日本についてもっと知りたいという人たちに対応できていない。とはいえ、彼らの主張には荒唐無稽なものもある」と。そこで当時、まだ助手だった丸山眞男に「君が研究をして、彼らに反論できるようになりなさい」と、半ば強引に日本思想史の研究を始めさせたのです。</p>

<p>いまや丸山眞男は戦後の代表的な進歩的文化人であり、「左翼的」とのイメージがついています。しかしじつは、上記の事情により日本について非常に深い思索を紡いでいた、いや、紡がざるを得なかった人物だったのです。</p>

<p>その丸山は、日本思想史研究において面白かった人物が2人いたと言います。1人は荻生徂徠（江戸時代の哲学者、思想家、儒学者）、そしてもう1人が福澤諭吉です。</p>

<p>研究者、とくに思想史系の研究者には「研究対象を好きになってもいいか」という永遠の課題があります。丸山眞男に関して言えば、「福澤惚れで福澤が書けるか（福澤に惚れていて、本当の福澤を論じたり理解したりできるのか）」と問われて「書ける」という啖呵を切ったことで知られるほどの「福澤惚れ」でした。彼は自分と同じ感覚を、福澤諭吉のなかに見出すのです。</p>

<p>それはひと言で言うと、「日本嫌い」です。福澤諭吉も日本に対する批判的なまなざしが非常に鋭い。とくに、江戸時代がいかに抑圧的で人間を幸福にしないシステムであるかということを、微に入り細にうがって迫真の描写をします。そこに丸山はいたく共感するわけです。</p>

<p>ただ他方で、福澤は強烈なナショナリストでもありました。だから、日本文明というものの行く末を真剣に考えている。彼はヨーロッパ文明の強さを認めつつ「ヨーロッパに負けたくない」と考えていたのです。</p>

<p>福澤は若いころにヨーロッパに行くのですが、当時の船は必ず上海を経由します。そこでは、中国人労働者が「苦力（クーリー）」と呼ばれ、使い捨ての労働力として酷使されている。それを見ながら「いつかアジアと欧州の地位を逆転させたい」との思い（「血気の獣心」）を抱きます。当時の日本には、もちろん単純な反西洋主義者はいましたが、日本の弱点を鋭く認識しながら「いつか逆転してやるぞ」と思っていた人物は、なかなかいなかったでしょう。</p>

<p>この点で言えば、じつは現在の中国の人のほうが福澤のような考え方をする傾向にあります。つまり、現在の世界線のままで今後も世の中が進むとは思っておらず、「ある分岐点からもう一度、やり直せるのではないか」と考える。一方、日本人の多くは基本的に、世界の変化に対して「どのように対応したらいいのか」と考える。福澤は日本人にあって「状況や情勢に対応するという発想ではダメだ」という姿勢を見せた、非常に稀有な知識人でした。</p>

<p>彼がこうした人物であったことを念頭に本書を読むと、これまでとはまた違った発見があるのではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>文字に残らないもののなかにある「日本人の歴史」</h2>

<p>次に挙げるのは、柳田國男『明治大正史　世相篇』（1943年）です。明治・大正期の日本社会を庶民の暮らしや意識の変化から描いた書物です。</p>

<p>柳田國男は、私たちのような日本思想史や政治思想史を研究している者にとっては、いわば鬼門とも言える人です。柳田國男の以降に登場する学者や研究者は、明示するかしないかは別にして、日本というものをそもそも考えようとすると、必ず柳田國男にたどり着く。「柳田國男とどのように距離をとるか」で日本論を組み立てざるを得ないところあるのです。その意味で、柳田國男は本当に端倪すべからざる人だと常々思っています。</p>

<p>ご存じの通り、柳田國男は民俗学という手法を確立した人です。文字に残らない人びとの体の動かし方、におい、音などといった、文献資料に出てこないものに、日本人の歴史があるだろうという発想です。</p>

<p>現在のわれわれの暮らしにおいてもそうですが、自分にとってあまりにも当たり前のことは、わざわざ記録に残しません。記録に残すということは、何か非日常なことがあった場合なのです。そのため、ある時代の「当たり前」は（記録に残されていないので）ほかの時代からはまったく分からなくなる。柳田はそういったものに着目するわけです。</p>

<p>そのようなアプローチの点でも、日本を考えるうえでは避けて通れないという意味でも、柳田の著作は非常に面白いのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人は「場に居続けること」を重視する</h2>

<p>最後は、中根千枝『タテ社会の人間関係』（1967年）です。1970年代、80年代は日本人論が非常に流行るのですが、その日本人論の古典と言っていいでしょう。</p>

<p>本書は、「資格」と「場」という概念でもって、インドと日本の社会構造を比較的に論じていきます。インドは個人の属性が重視される「資格の社会」であるのに対し、日本は所属する集団が重視される「場の社会」であり、その集団（場）によって社会的な位置づけが決まる、というわけです。</p>

<p>たとえば、職場を思い浮かべてください。昔から日本人は会社で長時間働き、残業も多くこなし、転職もあまりしたがらない。これは中根千枝に言わせると、日本人が「場」を重んじるからです。特殊な技術やスキル（資格）をもつことよりも、「同じ会社に所属する」「同じ会社に居続ける」ことを重視するからです。</p>

<p>「労働組合がその典型だ」と彼女は言います。資格が重視される社会であれば産業別労働組合になるはずですが、しかし日本では労働組合も会社別なわけですね。</p>

<p>どうも日本人は、家的な枠組みをつくり、そのなかに留まれば留まるほどプレステージが上がっていくといった制度を、（苦しいことも多いのだけど）居心地がいいと感じている。そういった伝統を、日本社会はもっているのではないか――。</p>

<p>本書で言われていることは、いま読むとやや強引で、現代の水準の学問的な実証に堪え得るかは微妙なところではあります。しかし、いまだにかなりの説得力をもつ、日本というものを考えさせられる議論ではないでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「日本文明研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250920kouno.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 22 Oct 2025 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[河野有理（法政大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会・第2回】100年前の「人間学」ブームから考える  先崎彰容（思想史家／社会構想大学院大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12911</link>
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			<description><![CDATA[あらゆる分野において、従来の価値観の崩壊と再創造が模索されていた100年前の時代。当時も流行ったという「人間学」について、時代状況が似ているいま取り上げる意味とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="619" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peopleG.jpg" width="1000" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>東日本大震災の避難生活で見た「人間の業」</h2>

<p>僕個人が「人間とは何か」を考えるにあたってベースとなる実存的な体験として、東日本大震災があります。福島県のいわき市で被災し、5年間ぐらい避難生活を送りました。その時に「人間の業」をすべて見たように思います。人間が金によってどう動くかとか、人間ってそんな生やさしいものじゃないんだというすべてを見させていただきました。</p>

<p>その際、思想史家として、僕は何ができるのか。こう自問自答しました。</p>

<p>反原発デモや、被災者の生の声で批判罵倒しても仕方ない。この未曽有の危機、崩壊の経験をどう「生かすか」。そう考えた僕は、戦争を経験した文学者・思想家の言葉を、本気で読むことができると思った。臨場感をもって読むことができると確信したんです。</p>

<p>坂口安吾であれ、丸山眞男であれ、三島由紀夫の言葉が、にわかに生々しく僕の前に現れた。僕は自分が被災するまで、そうしたものをただの「勉強」として読んでいた。本当に目の前がぶっ壊れているなかで、秩序が徐々に再形成されていくときに思想形成をした人たちのリアリティをもってテキストを読んだことがそれまでほぼなかった。それが大きく変わったのです。</p>

<p>具体的には、福島第一原発に関する被災です。そこで「苦しかった」という現場の声は山ほどありました。しかし、思想家は、こういうときこそ言語で何ができるのかを問われている気がしました。それで避難生活の最中に、本を読むことをずっとやっていた。それが僕の思想の根本だと思っています。30代のときですね。それまではのらりくらりと生きていたともいえます。</p>

<p>そういった実存的な経験をしてみると、政治の見え方も全く変わってくる。たとえば現在のトランプ政権がああだとかこうだとか単なる説明に終始するのではなくて、人間とは何か、何を主張したくて大衆が蠢いているのか。こういう観点から説明したくなるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>1920年代は2020年代と酷似しているという説</h2>

<p>僕は人間像を考えるときには、まず「同時代性」を意識します。僕の考えはよくも悪くも時代からの限定を受ける。だから、時代性と人間という一見抽象的なものを行ったり来たりしながら考えたい。たとえばいま、国際秩序の転換点だといわれています。資本主義、民主主義、自由、といったもので社会なり国際秩序が転換点にあると言われる。では、転換点において、人はどう振る舞うのだろうか。</p>

<p>行ったり来たり、というのは、短期的な視野と長期的視野で物事を見ることでもあります。この場合の短期は、それでも100年くらいの単位の話です。今年は「昭和100年」にあたりますが、昭和が始まったのは西暦だと1920年代後半です。その時代にいまの社会がとても似てきている、と国際政治学者の人たちが言っているのをよく聞きますが、実際僕もそう思います。</p>

<p>100年前の1925年といえば、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間にあたります。歴史的には第1次世界大戦というほうが決定的でした。この戦争で、とんでもない大量の殺戮が行われた。その結果、人間に対する不信感、ある種の自暴自棄的な自己認識が生れ、人間学としてのアントロトポロジーが流行しました。</p>

<p>有名なところではハイデガーの『存在と時間』がありますが、それが存在論ではなくて人間学として読まれた。そのハイデガーを強く意識した日本の哲学者に和辻哲郎がいます。和辻は『人間の学としての倫理学』とか『倫理学』という本を書いています。『パスカルにおける人間の研究』という本を書いた三木清という人もいます、「人間とは何ぞや」ということがしきりに問われた時代でした。</p>

<p>芸術の領域においては、ダダやシュールリアリズムと言われる、人間の心の奥底をのぞいた芸術であるとか、人間性そのものにかなり懐疑的な芸術なども出てきたのがこの時代です。このあたりを参照したら22世紀の人間像を考えるうえで何か出てくると考えています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>兵士が戦場に携えたハイデガーの『存在と時間』</h2>

<p>100年前に流行った「人間学」は、哲学の流行としてはもう終わった部分はありますが、時代状況が似ているというなかで、もう1回取り上げる意味はあると思います。実際に、三木清、和辻哲郎とハイデガーといった人たちを読み直し続ける時の解釈の軸は、時代の流行によって変わってきています。</p>

<p>たとえば、三木清はドイツで学びつつ、最後フランスへ行ったんですが、ドイツ語もフランス語もできたので、フランス滞在中、寝る前にパスカルの『パンセ』を読んだんですね。そうしたら、パスカルの著作こそハイデガーの哲学で解釈できるではないかと感動して泣いたと書いています。日本に帰国した直後に書いたのが『パスカルにおける人間の研究』という本です。</p>

<p>そこで三木は人間を一言で定義すると、「中間者」であると言っています。広大な宇宙に比したら、とても微細などうでもいい存在なのだけれども、どんどん細かく細胞にまで分割していったときに、この肉体が一個存在するというのは奇跡に近い壮大な完成体である。つまり、この極小のものと極大の間でたゆたっている中間的な存在こそが人間であるとするのですね。</p>

<p>ここで同時代性という話になるのですが、第1次世界大戦を戦った多くの若い兵士たちのリュックサックのなかには、ハイデガーの『存在と時間』が入っていたといわれます。人間が不安定な存在だととうい思想には、第1次世界大戦後の、人間に対する強烈な不信感があります。これが哲学者も時代背景を背負いっているという意味なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>マルクス主義における「実践する人間」像</h2>

<p>第1次世界大戦のもっている意味は二つあって、一つは総力戦という戦争形態です。戦場にいる以外の人間が動員され、戦いに巻き込まれるようになりました。もう一つはそのためにも使われた情報の力です。戦争の現場にいない人たちが、ラジオなどのメディアによって、リアルな戦況を知ることができるようになりました。もっと時代を下ってベトナム戦争になると、テレビがでてきて、それこそ寝ころがりながら人が戦争で死んでいくのを見られるような時代になります。三木がフランスにいたのは、そんな時代のはじまりの頃なのです。</p>

<p>第1次世界大戦で起きたのは、合理的で進歩的で啓蒙的という人間像の全否定です。「人間が賢くなった結果、人を大量に殺せるようになった」というのはいったいどういうことなのかという懐疑です。</p>

<p>パスカルの人間研究における「中間者」としての人間像は、こうした時代背景から出てきたものです。三木はまた、「夕の闇は私を悲哀に引き入れ、夜の闇は私を不安に陥れる。普通には情緒もしくは感情と見做されているこれら凡てのもの」これこそが「人間の存在論的なる原本的規定である」とハイデガーを引用しながら言っています。ものの見方が非常に暗い。何でこんなに暗い話になるのかというと、これも時代背景です。</p>

<p>1929年には世界大恐慌がおきて、一方で社会改造が必要となり、1917年にはロシア革命でソ連ができ、共産主義の力が強くなっていく。そうすると、三木清は「マルクス主義における人間的形態」という論文を書いて、マルクス主義を使って、今度「人間とは何か」を定義しなおすのです。人間の定義が全く変わってきて、人間というのは簡単に言うと実践し、行動する存在なのだというのです。</p>

<p>このように、時代背景とか、当時はやっている思想の影響を受けながら、人間の定義が変わってくるところがあります。人間観だけではない、国際秩序観も大きな変化を受けており、その危機を同時代の外交官にして知識人のE・H・カーが『危機の二十年』『平和の条件』で書いています。今から100年前は、あらゆる分野で従来の価値観の崩壊と再創造が模索されていました。22世紀の人間像は、こうした時代を参照することで見えてくると思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「22世紀の人間像研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peopleG.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 17 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[先崎彰容（思想史家／社会構想大学院大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>誰が常任理事国の横暴を止めるのか？ 大国が裁かれない「構造的矛盾」  神余隆博（関西学院大学学長特別顧問）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/13032</link>
						<guid isPermaLink="false">0000013032</guid>
			<description><![CDATA[第三次世界大戦を未然に防ぐための策として急務である「安保理改革」とは? 関西学院大学学長特別顧問の神余隆博氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="安保理" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_map.jpg" width="1200" /></p>

<p>大国が裁かれない構造的矛盾のなか、理想と現実のはざまで揺れる国際秩序は再構築できるのか。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年9月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「四人の警察官」構想と拒否権</h2>

<p>国際連合（国連）は、80年前の10月24日に創設された。前身の国際連盟には米国が加盟せず、日本を含むその他の大国も脱退もしくは追放され、第二次世界大戦の発生を止められなかった。第二次世界大戦中の1943年に米国のルーズベルト大統領が米、英、ソ3国テヘラン首脳会談において提唱した「四人の警察官」構想は、米、英、ソ連、中国の4大国が世界平和の維持に当たる国連と国連憲章の基礎になった。</p>

<p>その後、国連創設について話し合うダンバートン・オークス会議（1944年8月～10月）で新たに仏が常任理事国とされ、五人の警察官となった。彼らが常駐する安全保障理事会（安保理）には、憲章に違反する加盟国を制裁し、国際秩序を回復する特別の責任が付与されている。</p>

<p>また、国際連盟の反省から、自国の重大な国益に反する場合には拒否権を行使できることにより、常任理事国（Permanent Five※以下P5）が国連に留まるように工夫している。ダンバートン・オークス会議と1945年2月のヤルタ首脳会談を経て、同年4月から6月まで開かれたサンフランシスコ国連創設会議において、常任理事国制と拒否権の問題が合意を見るに至った。</p>

<p>拒否権に最もこだわったのはソ連のスターリンである。ヤルタ会談においては誰よりも頑なに拒否権の制限に反対した。結果として、国連憲章第27条3項但し書きのとおり、紛争の平和的な解決の場合には紛争当事国たる理事国（P5を含む）は安保理において投票を棄権することで妥協が成立した。これは、スターリンの譲歩によるものである。</p>

<p>その後、メキシコ、フィリピン、オランダなど7か国がサンフランシスコ会議において、紛争の強制的な解決の場合にも拒否権を制限する修正案を提出した。さらに、これに豪、ギリシャなどを加えた10か国が中小国間の紛争については、拒否権を廃止または制限するよう提案したことに、米英ソ中（四人の警察官）は強硬に反対している（瀬岡直『国際連合における拒否権の意義と限界』信山社、2012年）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>常任理事国は「自己の裁判官」から「絶対君主」に</h2>

<p>ソ連が妥協した憲章第27条3項但し書きの部分は実際には守られておらず、ウクライナ戦争に関しても、平和的解決や停戦を求める安保理決議案に対して紛争当事国のロシアは拒否権を行使している。およそ拒否権は、P5自身またはその同盟国や友好国の利益を守るために頻繁に行使されている。こうした拒否権が認められない場合、常任理事国が永久に国連に留まる保証はない。</p>

<p>最近の拒否権の例としては、①ウクライナ侵略戦争（ロシアの拒否権）、②ガザに対するイスラエルの過剰な自衛権行使（米国の拒否権）がある。これらの事態や自衛権の行使は国連憲章違反であるか、違反の可能性があるケースである。</p>

<p>さらに米国のイラン原子力施設攻撃に関する説明（集団的自衛権の行使）も牽強付会なものである。ただ、これらのP5の行動を国連はもとより、誰も罰することはできない。「何人（なんぴと）も自己の裁判官たりえない」との法格言に反し、P5は「自己の裁判官」となっている。しかし、ウクライナ以降は法を無視する「絶対君主」となっている。これが国連の理想主義（アイデアリズム）の限界である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「力の時代」と国際秩序の揺らぎ</h2>

<p>「力こそ正義」のトランプ流「大国政治」がまかり通る多極化世界では、国連憲章（法の支配）と国連（マルチラテラリズム）が機能せず、現実主義（リアリズム）が幅を利かせている。</p>

<p>常任理事国が当事者または利害関係者となる戦争や紛争においては、国連憲章や国際法は容易に破られる。ルールを守らない大国に服従を強制する上位の機関は存在せず、このままでは21世紀は「弱肉強食の世界」に後戻りしかねない。</p>

<p>この大国政治の世界では、軍事・経済・技術のハードパワーがものを言う。文化や価値観、ブランド力などのソフトパワー（非軍事的影響力）は副次的である。トランプ大統領の「力による平和」（Peace through Strength）の行動原理は、核抑止ならびに軍事と経済力に基づく勢力均衡であり、それをさらに有利に進めるための謀略・策略・情報操作を中心とする「認知戦」（Cognitive Warfare）である。</p>

<p>この「力の論理」とディール外交が、「法の支配」と多国間外交の論理を凌駕しているため、大国の権力争いにおいては、国際法と国連が関与する余地が狭まっている。誰が大国の横暴を止めるのか、現状では誰も止められない。</p>

<p>ロシアの横暴は米国も中国も止められないし、米国のイランに対する横暴も誰も止められなかった。イスラエルの過剰な自衛によるガザに対する暴力も誰も止められない。国連安保理は無力であり、国連で多数を形成するグローバル・サウスやミドルパワーも無力である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>軍備増強と軍縮の「二重戦略」が必要</h2>

<p>しかし、何としても第三次世界大戦勃発や核の使用を許さないためには、大国間の武力衝突を避けなければならない。そのためには、猛獣たる常任理事国は「安保理の檻」の中にいてくれたほうが良い。また、唯一の戦争被爆国日本は、いまこそ核兵器を持つ国の指導者の自覚と理性に訴えるべく国際世論を喚起しなければならない。</p>

<p>残り89秒と過去最悪レベルにある世界の「終末時計」の緊張感を梃に、核及びその他の軍縮を求めて、37年間開かれていない「第4回国連軍縮特別総会」の開催も働きかけなければならない。これは、昨年9月の国連未来サミットで合意された「未来のための協約」（Pact for the Future）で提唱されていることである。</p>

<p>トランプ大統領の圧力でNATOや日本が軍事費を増やす努力をするなかで、軍縮や緊張緩和を実現することは容易ではない。しかし、国際社会はこの努力を怠ってはならない。</p>

<p>新しいデタントの実現のためには、東西の緊張が最高潮に達した1979年にNATOが決定を行ない、西ドイツのシュミット首相が1980年に勇気をもって米国のパーシングⅡミサイルの西ドイツ国内配備を決断した「NATOの二重決定」を想起すべきである。</p>

<p>当時ソ連の中距離核ミサイルSS―20に対抗してNATOも中距離核戦力を配備することにより、交渉による軍縮をめざす、戦略交渉（トラック1）とミサイル配備（トラック2）の二本柱の政策である。この英断が米ソの核戦力削減交渉を促し、1987年にINF（中距離核戦力）全廃条約締結に至り、その2年後に冷戦が崩壊した。</p>

<p>現状では核の軍拡が進んでいるが、米ロ間では、冷戦時代の相互確証破壊（MAD）に基づく戦略的抑止はまだ保たれているとみられる。核戦争は戦えず、戦争は通常兵器でしか戦えないとする「安定・不安定逆説」の言うとおり、通常兵器による戦争が増えている。大国の横暴にも拘わらず、通常兵器による戦争の発生を何とか防ぐことはできないか。日本を含むミドルパワーとグローバル・サウスの志を同じくする国は、真剣に模索する必要がある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>世界的「アノミー」状況への対応</h2>

<p>一方で、国連が行なうべきことは、ウクライナ、ガザ、イスラエル・イランの3つの戦争に至った根本的な原因を探り出し、対応することである。複雑な要因と歴史的背景が絡み合って戦争に至ったと考えられるが、この3つの戦争に共通して言えることは、当事国の一方または双方に疎外感と孤立が長期間にわたって存在してきたことである。</p>

<p>ウクライナ戦争の場合は、NATOの東方拡大やG8からの追放によるロシアの孤立と疎外感。ガザ戦争の場合はイスラエル抹殺の危機感とアラブ世界からの疎外感、イスラエル・イラン戦争の場合もイランの西側世界からの排除と孤立感である。孤立と疎外感によって引き起こされる「アノミー（anomie）」状態への配慮の欠如と外交交渉の失敗が原因であると思われる。</p>

<p>具体的には、ウクライナの場合、NATOの対ロシア関係の失敗であり、ガザについてはいわゆる「2国家解決案」の失敗、イランについては6か国協議の失敗がそれである。ついでに言えば、北朝鮮の場合も6者協議の失敗が原因である。予防外交と外交交渉の失敗の結果、今日の3つの戦争がその代償を払わされるかたちで起きている。</p>

<p>すでに突入した新しい「戦争の時代」において、世界が行なわなければならないことは、軍事費の大幅な増大と並行して、軍縮交渉や紛争解決を同時に行なう「二重戦略」の採用である。そしてそれと同時に紛争の触媒となる疎外感と孤立がもたらすアノミー状態を解消または抑制する外交の積極展開である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国連は変われるか</h2>

<p>世界のアノミー状態に効果的に対処するためには、国連そのものも変わらなければならない。そのための変化は外圧によるものではあるが、すでに生まれつつある。</p>

<p>トランプ大統領の国連やUSAID関連予算の削減・停止というショック療法により、国連はいま必死になって組織の生き残りを図っている。「UN80」と呼ばれるグテーレス事務総長のイニシアチブの下で、機構のスリム化と集中、再生を行ないつつある。</p>

<p>ただ、その流れから取り残されているのが主要機関の安保理である。安保理改革については、マンネリ化しているG4、コンセンサス・グループ（UFC）、アフリカ・グループ（AU）間の対立を乗り越えて、P5とも妥協が図られる中間的な改革案にソフトランディングする必要がある。</p>

<p>すべてのステークホルダーが互いに譲歩して、安保理の構成を民主化し、メンバーを拡大する方法に早期に合意する必要がある。その際、安保理改革は、第三次世界大戦を未然に防ぐために「最後の砦」としての安保理をどう再生するかという発想に立つものでなければならない。そのための方法は以下のとおりである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>〇現実的な安保理改革とは</h2>

<p>具体的な改革戦略は、中間的制度革新を第一段階とし、並行して拒否権抑制策を講じ、2045年の国連100周年を目標とする第二段階では、常任制度そのものに踏み込み、抜本的改革を実現しようとするものである。トランプやプーチンなど大国の指導者が国連を軽視し、多国間主義が空洞化するなかで、理想と現実の折り合いをつけ、安保理改革を前進させようとするものである。</p>

<p>P5のうち中国とロシアは、途上国は別として、日本やドイツなどの先進国を対象とする常任理事国の拡大に反対している。国連憲章の改正には加盟国の3分の2の多数と、P5を含む3分の2の批准が必要であるので、中・ロが批准を拒否すればG4案の実現は不可能である。そのため、日本は従来のG4案から現実的な代替オプションとして「プランB」――準常任または長期理事国枠の創設に舵を切る交渉戦略を準備せざるを得ない状況にある。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>〇プランBに基づく中間改革</h2>

<p>2005年のアナン事務総長報告では、常任理事国の拡大をめざす「モデルA」と、任期の長い非常任理事国を設ける「モデルB」が選択肢として提案された。あれから20年、「モデルA」にはなんの進展もない。最早これに拘泥することなく、中間的改革案として「モデルB」に基づく以下のような案を交渉のベースとすることは、常任理事国拡大に反対のUFCや慎重なP5との合意の余地を広げ得る現実的なアプローチである。</p>

<p>・任期4～8年で、連続再選可能な準常任または長期理事国枠を6～8か国程度設置する<br />
・日本・ドイツを含むミドルパワーの国やグローバル・サウスの国も候補となり、選挙で公正に選ばれる<br />
・再選を重ねれば、実質的に常任理事国に準ずる影響力をもつに至る</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>〇改革は二段階で</h2>

<p>・第一段階（短期）<br />
準常任（または長期理事国）枠の設置を2030年までに実現し、安保理に新たな活力と多様性を吹き込む。</p>

<p>・第二段階（長期）<br />
国連創設百周年の2045年までに、常任理事国制度（拡大・縮小・段階的廃止など）について議論と合意を進め、具体的な改革を実現する。</p>

<p>この二段階方式は、いずれも国連憲章改正が必要であるが、段階的かつ現実的な制度革新を可能とする構想である。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>〇拒否権の抑制策</h2>

<p>第一段階改革パッケージには、国連憲章改正を必要としない以下の拒否権の抑制策を盛り込む。ただし、米中ロに過度の圧力をかけない慎重な取り扱いが不可欠である。</p>

<p>・P5による「ジェノサイドや戦争犯罪の場合には拒否権を行使しない」旨の自主合意<br />
・安保理理事国が紛争当事国である場合、憲章第27条3項に基づく当該国の投票棄権を義務化<br />
・「紛争当事国」の範囲については、必要に応じ国際司法裁判所の勧告的意見を活用し、拒否権の濫用に歯止めをかける</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>改革の意義と進むべき道</h2>

<p>もちろん、この改革によって直ちにP5による横暴がなくなるわけではない。安保理が拡大し、拒否権こそないが、実力のある準常任あるいは長期理事国が恒常的に安保理にとどまり、P5に伍していける経験と発言力を確保することにより、安保理における審議や行動パターンが徐々に変化することが期待される。</p>

<p>安保理におけるグローバル・サウスやミドルパワーの発言力が増すことにより、P5による専横的な議論がより困難になる。第一段階では拒否権を法的に制限することはできないので、安保理が機能不全に陥ることは今後もあり得る。しかし、安保理拡大後は、拒否権を行使することの理不尽さがより鮮明になり、道義的なプレッシャーがかかる。</p>

<p>拒否権と常任理事国について議論するのは第二段階の2045年ごろである。それまではすべての大国を安保理に維持したまま、国際連盟の失敗を繰り返さず、第三次世界大戦に向かう道を閉ざすことに努力を集中すべきである。</p>

<p>ここで大事なことは、P5を脅かす次の覇権国やP5自体が疎外されず、不安や孤立感を感じないことである。すなわち誰もアノミー化せずにwin-winで安保理を改革できるかが、国連と国連憲章を守り、ひいては世界の平和をも守る鍵となる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>誰が横暴を止めるのか</h2>

<p>現在、安保理は「常任理事国による横暴」を抑える手立てを欠いている。これは、安保理においてP5に対抗しうる非常任理事国が恒常的に存在しないためである。安保理改革が実現すれば、真に実力のある新興国や地域代表が長期に審議に参画し、常任理事国による横暴（拒否権行使）を牽制するとともに、紛争の予防と解決に資する安保理体制の刷新となりうる。</p>

<p>いずれにせよ、最終的にP5を抑止するのは、法と正義を尊重する国際社会の多数派の声であり、「P5こそが秩序を破壊している」という国際世論である。米ロ中という三人の「絶対君主」に宥和せず、国連の内外で影響力を及ぼすミドルパワーとグローバル・サウスの多数派による新たな戦略的連携の構築が必要である。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_map.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 15 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[神余隆博（関西学院大学学長特別顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会・第1回】「終始一貫した私」から自由になってみる  為末大（元陸上競技選手/Deportare Partners代表）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12910</link>
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			<description><![CDATA[動物的なものと、人工知能の間に挟まれた「人間」とはいったい何を指すのか。オリンピアンが考える、3つの軸における人間観の転換。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="為末大" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905tamesue.jpg" width="1200" /></p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「どうやったら人と社会が元気になるか」</h2>

<p>私は男子400mハードルの陸上競技選手として、世界陸上で2度銅メダルを取りました。3回のオリンピックに出場し、2012年に現役を引退してからは、いろいろなことをやってきているのですが、基本的には「どうやったら人と社会が元気になるか」ということを、身体という切り口であれこれやっています。</p>

<p>「人間を考える」ということでは、ちょうど3年ぐらい前から「人間らしさの会」というのを個人的にやっています。きっかけはChatGPTが出てきたときに、動物的なものと、人工知能の間に挟まれた「人間」とはいったい何を指すのかを知りたいと思ったことでした。</p>

<p>その話を面白がってくれたPKSHA Technology（パークシャテクノロジー）というソフトウエア開発企業の上野山勝也さんと一緒に、いろんな人を呼んできて勉強会を開いています。といっても、大体は飲み会になるので、「結局、自堕落なところが人間らしさなのでは」といった話に落ち着きがちなのですが。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人間が外的環境と一体化する感覚</h2>

<p>真面目に「人間とは何か」を考えるとあまりにも壮大な問いですよね。人によって切り口があるかなと思いますが、私は陸上競技をやってきた経験から、自分が身体を通して世界をどのように認識するかということに非常に興味がありました。</p>

<p>たとえば、「ゾーン体験」と呼ばれる現象があります。これは非常に強く集中した時に起きる状態です。ふつう、スポーツ選手は自分の体をコントロールすることで外的環境をコントロールするためにトレーニングをやっています。実際に練習を重ねることとで上達していくわけですが、ゾーンの状態までいくと、コントロールしているはずの自分がいなくなる感覚がある。</p>

<p>私自身も経験がありますが、外的環境と一体化してダンスしているような状態、というようなことを多くの選手が証言しています。この無我というか忘我のような境地に非常に興味をもっています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>AIにはない身体ベースの知性とは</h2>

<p>それでいろいろな人に話を聞きにいった結果、フランシスコ・ヴァレラという人が、言っている「エナクティブ」という概念に行きつきました。</p>

<p>これは、外的環境と生物というものの間に壁のようなものがあるけれども、この壁は閉じていながら開いてもいて、両者は相互に影響し合っている状態にあるという考え方です。ヴァレラはこれを「構造的カップリング」と呼んでいます。この人は最終的には仏教に行きつくんですね。</p>

<p>私も人間というものは周りの環境と個の相互作用であり、周辺から切り離すことはできないのではないかと思っています。もし人間が脳からの指令で身体を動かしているというのであれば、AIの指令で身体を動かされるようになるのも時間の問題になってきますが、どうもそういう話ではないような気がしています。</p>

<p>AIには私たちのような身体がないので、排泄したりとか食事したりできない。そういう私たちがふだん意識しないような身体ベースの知性というものもあるような感じがしています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>3つの人間観の転換で生きやすい社会に</h2>

<p>いまお話ししたような観点から、私は3つの軸で人間観の転換が起きたらいいな、と思っています。一つは、脳を中心とした人間観から、身体をベースとした人間観へ。もう一つは、「終始一貫した私」というものはなくて、人間は変わりゆくものだという人間観。</p>

<p>私はいまの社会では、個人としての一貫性に縛られ過ぎているのではないかと思っているんです。ヴァレラのいう構造的カップリングのように、人間は周辺の環境との相互作用のなかで、いかようにも変わり得るという考え方のほうが自然であるような気がします。</p>

<p>3つめの人間観の転換軸は、人間の非一貫性とも関連するのですが、やはり周辺と切り離されたIndividualな「個人」という人間観も変わっていくのではないかなと思います。</p>

<p>本質的に人間と環境は切り離せないのではないか、だとしたら自己と他者も本当は不可分なのではないか。「周辺との関係の中に生きている私」みたいな感覚です。</p>

<p>人間を考えることは「いい社会」とは何かを考えることにもつながると思うのですが、私は「いい社会」は人間同士の信頼の上に成り立つものだと思います。その信頼がいまいろいろなところで弱まったり失われたりしているような気がするので、それをもう一回社会の中に作り直していくような活動ができたらいいなと思っています。</p>

<p>「個人の元気は身体にあって、社会の元気は信頼にある」と私は思っています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ここが気になる！</h2>

<h3>先崎彰容（思想史家）</h3>

<p>為末さんのお話からものすごく触発されるところがあります。日本思想史の文脈ですと、湯浅泰雄という人が『身体論』という本を書いていて、身体から知性を考えるというお話とかぶるところがあると思って聞いていました。</p>

<p>人間は一貫したものではなく、変化していくものである、という人間像は、江戸時代の儒学者たちのなかにも、それまでの儒学の教義に出てくる硬直した人間像に反して、人間はもっと多面的な存在であると考えた人たちがいたんです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h3>高梨直紘（天文学者）</h3>

<p>元バレーボール選手の中田久美さんにゾーン体験についてうかがったことがあります。彼女は現役時代に、１回だけ試合でゾーンに入ったことがあるそうです。しかもそれは彼女だけの体験ではなく、その場にいた他の仲間もみな、同じようにゾーンに入ったと認識していたそうなのです。</p>

<p>みな同時に&hellip;&hellip;となると、それをロジカルに説明しようと思ったら、為末さんのいう「環境との関係の中でゾーンに入る」という考え方が説得力のある話だと思って興味深く拝聴しました。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>＊この連載は政策シンクタンクPHP総研が主宰する「22世紀の人間像研究会」での議論を記事化したものです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250905tamesue.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 10 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[為末大（元陸上競技選手/Deportare Partners代表）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>【22世紀の人間像研究会・プロローグ】転換期において人間の本質を捉える糸口とは  金子将史（政策シンクタンクPHP総研代表）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12909</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012909</guid>
			<description><![CDATA[松下幸之助が半世紀前に発表した主著『人間を考える』。いまあらためて、22世紀をも視野に入れた広い文脈で「人間」を考え、新たな人間像を描くために問いを立てなければいけない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="松下幸之助" height="731" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250926kaneko.jpg" width="1200" />『人間を考える』刊行50年&nbsp;特設サイトより</p>

<p>松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』（昭和47年〈1972年〉発刊）において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。</p>

<p>それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。（構成：中嶋 愛）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>松下幸之助が『人間を考える』に込めた決意</h2>

<p>松下幸之助は昭和47年（1972年）に、自身の人間観の集大成となる『人間を考える』を出版しました。</p>

<p>この本は独特の構成になっていて、冒頭に「新しい人間観の提唱」という宣言文ともいえる文章が掲げられています。私たちが生きる現代の感覚とはやや隔たりを感じられる表現も含まれていますが、「万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である」「人間には、この宇宙の動きに順応しつつ万物を支配する力が、その本性として与えられている」と、彼なりのコスモロジーを描きながら、そのなかに人間の存在を位置づけようとしています。</p>

<p>当時は東西冷戦まっただ中で、世界は核による恐怖の均衡のもと、あやうい平和を保っていました。二度の世界大戦から復興し、月にまで到達した人類は、結局その叡智をうまく使いこなせない「弱く、愚かな」ものなのか。そうではなく、人間は本来もっとすぐれたものであるはずだ。松下幸之助は、そう論じました。</p>

<p>この本には「自然の理法」という言葉が繰り返し出てきます。これは万物が流転し、日々変わっていくことを世界の本質と捉え、その本質を受け止めながら進んでいくには「素直な心」が要るという確信の出発点であると、私は解釈しています。</p>

<p>ここで素直とは、「従順であること」とはむしろ真逆であり、「一つのことにとらわれずにものごとをあるがままにみようとする」積極的な態度である、と松下幸之助は述べています。</p>

<p>こうした人間観にもとづいて、たとえば、対立や衝突、悪というものもいったんあるがままに受け入れたうえで、共存共栄、調和をめざす、との指針が導きだされています。これはおそらく、松下が身近に経験していた労使関係からの発想でしょう。労使の利害が異なるという現実はあっても、それをやむを得ないと考えるのではなく、何とか折り合いつけて調和をめざすのだという決意です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>いまあらためて「人間」を考える意味</h2>

<p>優れた人間の本質を発露する方法として「衆知を集める」ことの大切さも繰り返し説かれています。</p>

<p>人間は「万物の王者」であるといっても、一人ひとりの知恵には限りがあり、多数の知恵を生かし合うことで物心一如の繁栄を生み出すことができる、と松下は考えていました。『人間を考える』には当時の政財界の重鎮、労働組合の幹部、ノーベル賞受賞者など数十名の識者からのコメントも収録されており、その内容からも書かれたころの時代背景のようなものが伝わってきます。</p>

<p>「人間が万物の王者であり、支配者」という主張には、当時から「本当にそうだろうか」という議論があったようです。ただそこは本人の信念で、そうだと言い切っている。そして王者としての「責務」を問い、新しい「人間道」を説きました。</p>

<p>この書が世に出てから世紀をまたいで50年がたちました。世界をみわたせばいまだに戦争や紛争が続き、環境破壊、富の偏在、難民問題もとどまるところを知りません。そしていまや専制国家は民主主義国家を数で上回っています。そして、解放者にも破壊者にも、ひょっとしたら支配者にもなりうるAIなどのテクノロジーも加速度的に進化し、人類は岐路に立っています。</p>

<p>いまあらためて、22世紀をも視野に入れた広い文脈で「人間」を考え、新たな人間像を描いていくためにどのような観点から問いを立てるべきか。そんな問題意識から立ち上がったのが「22世紀の人間像研究会」です。思想史、スポーツ、人類学、天文学など多様な領域の専門家とともに「人間を考える」ことを考えていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【22世紀の人間像】連載　目次</p>

<p>プロローグ　金子将史　転換期において人間の本質を捉える糸口とは</p>

<p>第1回　為末大　「終始一貫した私」から自由になってみる</p>

<p>第2回　先崎彰容　100年前の「人間学」ブームから考える</p>

<p>第3回　磯野真穂　医療情報でつくられる「正しい」身体と社会</p>

<p>第4回　高梨直紘　地球も人間も宇宙で唯一無二の存在ではない</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2025/20250926kaneko.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 03 Oct 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[金子将史（政策シンクタンクPHP総研代表）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>本当に日本軍の細菌兵器が原因だったのか？　日中戦争でのコレラ大流行の真因  広中一成（愛知学院大学文学部歴史学科 准教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12880</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012880</guid>
			<description><![CDATA[1942年5月に発生した中国雲南省コレラ大流行と日本軍の細菌戦との関連について広中一成氏に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="コレラ大流行と細菌戦の関係" height="740" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_sogenG.jpg" width="1200" /></p>

<p>七三一部隊──。正式名称は関東軍防疫部（1940年より関東軍防疫給水部〔満洲第六五九部隊〕。七三一部隊はそのなかの本部を指すが、一般的に部隊全体の通称とされる）。</p>

<p>戦場の日本兵に飲用水を供給し、細菌感染を防ぐ防疫給水を表看板に掲げ、背後で細菌戦に使用する細菌兵器の開発と製造、およびそのための人体実験（生体実験）を繰り返した部隊だ。</p>

<p>彼らを統括したのは、部隊の創設者で京都帝国大学（現京都大学）医学部出身の陸軍軍医（最終階級は軍医中将）、石井四郎である。</p>

<p>本稿では、1942年5月に発生した中国雲南省コレラ大流行と日本軍の細菌戦との関連について広中一成氏に解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、広中一成著『七三一部隊の日中戦争』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>雲南省でコレラが蔓延</h2>

<p>『日本侵華細菌戦研究報告』には、滇西（てんせい）と呼ばれた中国雲南省西部における日本軍の細菌戦についてこう述べられている。</p>

<p>「太平洋戦争開戦後、日本帝国主義は中国の戦場で残酷に攻め込む一方、重慶を中心とする戦場後方に圧力を加えた。一九四二年五月、中国東部で浙贛作戦と細菌戦が行われていたとき、中国西南方面では、日本軍が滇緬（てんめん）公路を遮断後、大挙して滇西地区に進攻し、保山地区では大規模なコレラ菌攻撃作戦を実行し、滇西地区でコレラを大流行させた」</p>

<p>滇緬公路とはビルマ公路ともいい、ビルマ中部のラシオ（ラーショー）から中国との国境を越えて、雲南省都の昆明に達する援蔣ルートのひとつだ。</p>

<p>菊池一隆『中国抗日軍事史』をもとに、日本軍がどのようにして雲南省西部に至ったか簡単に見ていく。</p>

<p>シンガポール陥落後、第一五軍は、ビルマ方面からの援蔣ルートの遮断とイギリス植民地のインドに対する反英運動を促進するという参謀本部の方針を受けて、ビルマ南部へ進撃。</p>

<p>42年3月8日、同国首都ラングーンを占領する。ここは援蔣ルートのひとつであるビルマルートの起点となっており、途中でビルマ公路とつながる。第一五軍はさらにビルマ北部へ進攻し、中部の中心都市マンダレーを攻略後、ビルマ公路に沿ってラシオから雲南省境へと進む。</p>

<p>すでに雲南省西部には、国民革命軍の9個師約10万人からなる中国遠征軍が配備されていた。同軍は太平洋戦争開戦後の41年12月26日に中英両国によって結ばれた「中英ビルマルート共同防衛協定」にもとづき、42年2月、イギリスの要請を受けて派遣された。指揮したのは、アメリカ陸軍のJ・スティルウェル中将だ。彼は1月に成立した東アジアにおける連合軍最高統帥機関の中国戦区統帥部で、総司令の蔣介石のもとで参謀長を務めた。</p>

<p>スティルウェルに率いられた遠征軍は、イギリス軍とともにマンダレーやラシオの防衛にも当たるが敗北し、彼と第一路司令長官の羅卓英はインドに逃げ、同軍の一部も雲南省西部へ退いた。</p>

<p>5月初め、第一五軍が雲南省西部に入り、保山の西側を流れる怒江の線まで進むと、遠征軍は、そこに架かる恵通橋を爆破し第一五軍の進路を断った。以後、両軍は川を挟んでにらみ合いを続ける。</p>

<p>当時、保山県立中学に通っていた張力「日機轟炸保山的前前後後」（『雲南文史資料選輯』第39輯所収）によると、恵通橋をめぐって戦いが起きていた5月4日、保山上空に54機の日本軍機が現れ、空襲を繰り返した。それからまもなくして、次の事態が起きた。</p>

<p>「空爆後、急性のコレラが発生した。症状は腸が絞めつけられるように痛く、嘔吐や下痢を繰り返しのたうち回る。この病気の感染速度はきわめて速く、時を置かずに亡くなった。たとえば、ほんの数時間前に談笑し、少しも症状がみえず、午前中に死者の埋葬を手伝っていた者が、感染して数時間後にはあの世に行ってしまったのだ」</p>

<p>保山のコレラ流行は5月15日から16日にかけて近隣の村から始まり、6月10日頃にもっとも感染が広がった。ある村では住民の半分以上が命を落とす。</p>

<p>中国遠征軍の第一一集団軍総司令部軍医処に勤務していた軍医の婁仁遠によると、このとき、怒江の対岸にアメリカから送られてきた医薬品を載せた車両が到着していたが、日本軍の妨害にあって遠征軍のところまで輸送できずにいた。婁は第一一集団軍軍長の宋希濂にそのことを伝えると、宋は20人からなる特戦隊を編成し、婁とともに決死の覚悟で対岸に進んで医薬品を回収するよう命じた。</p>

<p>日本軍の砲火をかいくぐって医薬品の確保に成功した婁は、ぶじに帰還すると、コレラで苦しむ感染者の治療にあたり、およそ1000人の命を救ったという（金亜敏編「人物放談録　婁仁遠　中国遠征軍軍医」、「彩虹青年聯合体」、2016年7月13日）。</p>

<p>婁の活躍のほかにも、雲南省政府衛生処は医療部隊を保山に派遣し、住民およそ8万人に対しワクチン接種を行なう。当時、衛生処医政科長だった陳朝覲は「抗戦時期昆明的医療救護」（『昆明文史資料』第7輯）で、こう回想する。</p>

<p>「一九四二年五月二日、日本軍はビルマから雲南省西部の畹町（えんちよう）に進攻し、龍陵・芒市・騰衝（とうしよう）を相次いで占領し、飛行機で保山・下関・祥雲・昆明を爆撃した。細菌戦も行われ、人間を絶望に追いやるコレラ細菌弾を投下し、雲南省西部に細菌の被害を蔓延させ、昆明から省全体に感染を広げた。昆明市のコレラ患者は市立病院に収容して隔離治療を行ったが、わずか半年で、収容人数が五〇〇人以上となった」</p>

<p>これらの回想から、雲南省西部での細菌戦はコレラ菌が用いられたこと、保山だけでなくその先の昆明まで爆撃され、コレラが蔓延したことがわかる。「井本日誌」で細菌戦の標的のひとつに昆明があり、これはその計画のもとに行なわれた可能性がある。しかし、この細菌戦が第一五軍隷下の威部隊が実行したかは、この回想だけではわからず、日本側の史料も今のところ見つかっていない。</p>

<p>尚敏「雲南省霍乱流行史略」（『大理州文史資料』第4輯）によると、雲南省で初めてコレラが発生したのは1939年7月で、昆明市の最初の症例は貴州省貴陽から来た馬丁（馬の世話役）で、昆明の沿線上にあった27県市に感染が広がる。</p>

<p>この流行は11月には収束したが、その間に患者は3487人、そのうち死者は2521人にのぼり、死亡率は72.2パーセントに達した。さらに、尚は言う。</p>

<p>「二回目の大流行は民国三一年から三五年（一九四二─一九四六）で、日本の侵略戦争によって、日本軍がビルマから進攻して、芒市・畹町・盈江・騰衝・龍陵と相次いで陥落し、多くの華僑と避難民が雲南省境に押し寄せた。これによりビルマのマンダレーやラシオ一帯で流行していたコレラがビルマ公路を伝って雲南省に流入した」</p>

<p>つまり、雲南省西部で蔓延したコレラは、日本軍の細菌戦だけでなく、戦火から逃れようとした人々の移動によってももたらされたのだった。</p>

<p>いずれにしても、この被害の根本原因は戦争を引き起こした日本にあることには変わりない。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 08 Sep 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[広中一成（愛知学院大学文学部歴史学科 准教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>七三一部隊はいかにして生まれたか？　石井四郎がソ連の細菌兵器から得た口実  広中一成（愛知学院大学文学部歴史学科 准教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12852</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012852</guid>
			<description><![CDATA[七三一部隊の成り立ちについて、広中一成氏に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="七三一部隊の成り立ち" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250825Hironakaissei001.jpg" width="1200" /><br />
日本帝国陸軍軍医 石井四郎中佐（写真＝Pacific Atrocities Education／PD-Japan-oldphoto／Wikimedia Commons）</p>

<p>七三一部隊──。正式名称は関東軍防疫部（1940年より関東軍防疫給水部〔満洲第六五九部隊〕。七三一部隊はそのなかの本部を指すが、一般的に部隊全体の通称とされる）。</p>

<p>戦場の日本兵に飲用水を供給し、細菌感染を防ぐ防疫給水を表看板に掲げ、背後で細菌戦に使用する細菌兵器の開発と製造、およびそのための人体実験（生体実験）を繰り返した部隊だ。</p>

<p>彼らを統括したのは、部隊の創設者で京都帝国大学（現京都大学）医学部出身の陸軍軍医（最終階級は軍医中将）、石井四郎である。</p>

<p>本稿では、その七三一部隊の成り立ちについて、広中一成氏に解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、広中一成著『七三一部隊の日中戦争』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ベールに包まれた七三一部隊</h2>

<p><img alt="中国東北部地図" height="1925" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250820Hironakaissei1.jpg" width="1200" /><br />
鉄道路線は関連の主要部分のみ。七三一部隊は、ハルピンを本部とし、林口・牡丹口・孫呉・ハイラル・大連に支部（大連は出張所とも）を置く（「トンプソン・レポート」、『標的・イシイ』所収をもとに作成）</p>

<p>満洲国成立翌年の1933年、石井は黒龍江省哈爾濱郊外の背陰河（はいいんが）に東郷部隊（背陰河細菌試験所。東郷は石井の変名）と称する組織を結成。細菌の感染力を調べる人体実験に取りかかる。</p>

<p>防疫研究室で石井とともに細菌研究をし、のちに栄部隊を率いた軍医の増田知貞が戦後サンダースに語ったところによると、35年には満洲に細菌の入ったアンプルやガラス瓶を持ったソ連のスパイが多数入り込んでおり、日本側憲兵が彼らを逮捕して容器の中身を確認したところ、赤痢菌と炭疽菌、およびコレラ菌の混合物が見つかったという（「日本における科学情報調査レポート」（1945年9月─10月）、『標的・イシイ』所収）。日中戦争を前にすでにこのとき満洲では、ソ連による細菌戦が始まっていたのだ。</p>

<p>同じく防疫研究所で石井の部下だった北條円了によると、関東軍哈爾濱特務機関が捕らえた満洲匪賊のひとりからソ連製の試験管が発見され、石井の命令のもとそれを防疫研究室で検査したところ、内容物からチフスやコレラなど数種類の細菌が見つかった。</p>

<p>「之れに依りソ聯の細菌謀略の一端が判明し、石井軍医大佐は日本軍でも是非此の細菌戦研究所を設立し、之れが防衛策を研究する必要があると陸軍省や参謀本部の当事者を説得して、遂に昭和八年満洲ハルピンの東方の背陰河に細菌兵器の研究所（石井部隊）の設立を見るに至ったのでした」（北條圓了「私の滞欧回顧録」、『大戦中在独陸軍関係者の回想』所収）</p>

<p>ソ連の細菌戦は、石井が満洲で細菌兵器開発に取り組むための絶好の口実となったのだ。</p>

<p>そして、東郷部隊設立から3年後の36年8月、背陰河近くの平房（へいぼう）に石井を部隊長とする七三一部隊が新たに発足する。平房は哈爾濱から南へ20キロメートルほどのところにあり、約6平方キロメートルの範囲に6つの村が集まっていた。</p>

<p>平房に七三一部隊の設立が決まると、そこにいた住民は退去を命じられ、38年までにおよそ3.4平方キロメートルの耕作地と周辺の牧草地、および森林が日本軍に接収された（『死の工場』）。背陰河の東郷部隊の区画が約500メートル四方だったことと比べると、七三一部隊の大きさはそれをはるかにしのいだ。なぜ日本軍はこのときこのような巨大な組織を作ったのか。</p>

<p>東郷部隊が成立した33年以降、日本ではマスメディアを中心に「1935、6年の危機」が叫ばれるようになる。この危機とは、33年に満洲事変を調査したリットン報告書に反発して日本が国際連盟脱退を通告し、これが35年に正式発効されることで生じる日本を取り巻く国際情勢の大きな変化をいう。</p>

<p>これに備えるために日本陸軍は、画期的な軍制改革を断行するための国防の根本方針の検討に入る。このなかで参謀本部の永田第二部長は、来たるソ連との対決を前に日満中3国のブロックを形成していく必要があると述べた。また、満洲事変を主導し、このとき参謀本部作戦課長だった石原莞爾大佐は、極東ソ連軍の戦力増強に強い危機感を抱き、満洲の育成と対ソ防衛の強化を急ぐよう主張した（『関東軍〈１〉』）。</p>

<p>これら意見を受けて、36年6月3日、日本陸軍は「帝国国防方針」・「国防に要する兵力」・「帝国軍の用兵綱領」を改定する（『日本国防の悲劇』）。そして、満洲における対ソ防衛の柱のひとつとして、東郷部隊をさらに大きくした七三一部隊を成立させたのである。</p>

<p>七三一部隊が発足する4カ月前の4月23日、関東軍参謀長の板垣征四郎少将から陸軍次官の梅津美治郎中将に提出された「在満兵備充実ニ対スル意見」（「陸満密綴　第10号」所収）によると、七三一部隊は「予定計画の如く昭和十一年度に於て急性伝染病の防疫対策実施及流行する不明疾患其他特種の調査研究並細菌戦準備の為関東軍防疫部を新設す」とあり、七三一部隊の任務が防疫対策と細菌戦の準備であることがはっきりと示されていた。</p>

<p>また、当時哈爾濱駐屯の第二師団で師団長を務めていた岡村寧次中将は、七三一部隊の設立について、「本省では、大臣、次官、軍務局長、軍事課長、医務局長ぐらい、関東軍では小磯（小磯國昭中将─引用者注）参謀長と私だけが知っているという極秘中の極秘事項とし、私だけが直接石井と密会して中央と連絡するということになっていた。しかし時日の経過に伴い、現地に秘密機関が現存しているため自然に、その所在を軍内の多くの者が知るようになった、その内容は熟知しないまでも」（『岡村寧次大将資料』上巻）と回想している。</p>

<p>七三一部隊の存在は日本軍内に知られていても、彼らが何を行なっていたかは関係部門のトップ以外ほとんど知られていなかった。</p>

<p>元関東軍総参謀副長で、戦後シベリアに抑留され、戦犯を裁く通称「ハバロフスク裁判」で証人として尋問を受けた松村知勝は、七三一部隊の存在が公にされなかった理由を次のとおりに語る。</p>

<p>「此の部隊の編成及び部隊で行われていた細菌兵器研究業務に関連する費用は、議会に対する特別報告を必要としない関東軍非常軍事予算に繰入れられて居りました。此の事は、議会に席を占め、軍事問題に疎い人物に対して部隊の業務を極秘にしておく可能性を与えました」（『細菌戦用兵器ノ準備及ビ使用ノ廉デ起訴サレタ元日本軍軍人ノ事件ニ関スル公判書類』。以下、『公判書類』）</p>

<p>なお、近藤昭一によると、ソ連は七三一部隊の存在を、日本で活動していたドイツ人スパイ、R・ゾルゲから37年に伝えられていた。この情報は当時首相でゾルゲと交流のあった近衛文麿の周辺から入手したという（『死の工場』の近藤の訳註）。</p>

<p>東郷部隊発足前の32年8月、関東軍作戦主任参謀として満洲に赴任した遠藤は、石井に研究費として機密費から20万円（現在の価値で約8億円）を渡す（『日中十五年戦争と私』）。</p>

<p>この前年の陸軍全体の機密費の総額が14万円（『昭和陸軍秘録』。現在の価値で約5億5000万円）だったことを考えると、石井に投じられた研究費はきわめて高額だったことがわかる。以後も七三一部隊の活動は関東軍から供与される膨大な費用によって支えられていく。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250825Hironakaissei001.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 03 Sep 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[広中一成（愛知学院大学文学部歴史学科 准教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>参議院に存在意義はあるのか？ 日本の議会制が抱える問題点  大屋雄裕（慶應義塾大学法学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12824</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012824</guid>
			<description><![CDATA[日本の第二院である参議院のアイデンティティとは何か? 日本の議会制について、慶應義塾大学法学部教授の大屋雄裕氏が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_kokkaigizidou.jpg" width="1200" /></p>

<p>日本の議会制度では、第一院（衆議院）と第二院（参議院）はそれぞれどのような役割を果たしているのか。本稿では、第二院が存在する意義を示しながら、日本の議会制の現状や課題について、慶應義塾大学法学部の大屋雄裕教授が解説する。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年8月号特集「選挙は「国」を救うか、壊すか」より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第二院の意義</h2>

<p>「第二院に何の意味があるのか。第一院と同じでは無意味であり、違ったならば有害である」という、シェイエスのものとされる言葉から始めよう。</p>

<p>もちろんこの見解が表層的にすぎることは、現在でも多くの先進国が二院制を採用していることにも現われている。第一院――日本で言えば衆議院――がつねに民意を反映した正しい決定が行なえるという保証もないし、その構成もあくまで数年に一度行なわれる総選挙の時点において、かつ一定の選挙制度という制約のもとで、民意を議席数へと反映したものにすぎない。</p>

<p>その際、たとえば外交については政党Ａ、経済政策については政党Ｂ、文化振興については政党Ｃの提示している政策がもっとも自分の選好に近いとしても、もっている一票を分割して投じることは（少なくとも現在の選挙制度において）認められていないし、さらに言えば、個々の候補者が政党全体とは異なる見解をもっていることや、支持する政党の候補者が自分の住む選挙区には立候補していないといった事態もあるだろう。</p>

<p>個々の有権者のもつ意見を集約したものであるはずの民意を政治へと反映する仕組みとして、選挙には何重にも制約や障害があるということになるはずだ。</p>

<p>あるいは民意自体も、たとえば科学的にとか学術的にといった観点で、つねに正しい判断を行なえるものではないということも指摘できるだろう。第一院が、民主的にであれ科学的にであれ誤った決断を行ないそうになったときに、それを阻止する役割が第二院に期待されると、ここまでは誰もが考えるはずだ。</p>

<p>だが、そのように第一院に対する阻止・是正機能を第二院に求めるのだとすれば、それは第一院とは異なる何かによって構成されていなければならないのではないだろうか。</p>

<p>アメリカを取り上げよう。政治学者の待鳥聡史は、アメリカにおいて2年任期の下院がごく短期で変動するそのときどきの民意を反映し、6年任期で2年ごとに3分の1ずつが改選される上院が長期的な民意の流れをくみ取り、その中間に4年任期の大統領選挙が入ることによって、長期から短期までのさまざまな民意を組み合わせて統治へと反映させる狙いがあることに注意を促している（待鳥聡史『代議制民主主義―「民意」と「政治家」を問い直す』中公新書、2015年）。</p>

<p>さらに外交は大統領、財政は下院、最高裁判事を典型とする主要官職の候補者に対する審査は上院というかたちで、それぞれの主要な役割が分割されている点も、待鳥の指摘するとおりである。</p>

<p>もちろん法学者の端くれである筆者としては、これに加え終身制――一旦任命されれば自分から引退するか死亡するまでは続けることができる、という連邦最高裁判事を、具体的な紛争の解決を通じてさらに長期のトレンドを示すという役割を担う存在としてここに重ね合わせたくなるのだが、このようなかたちで異なる民意を代表し異なる権限を担う機関のあいだで調整を行なわせることにより、暴走を防ぎ統治を安定させる効果が生じることが期待されていると考えることは許されるだろう（現在のアメリカでそれが十分に機能しているだろうかという疑問は出てくるとしても）。</p>

<p>また、下院の定数が基本的に人口に比例的に配分されるのに対し、上院はすべての州から二人ずつというかたちで、むしろ人口比例を否定するかたちになっていることも注意されるべきだろう。</p>

<p>同様にドイツでも、下院にあたる連邦議会においては基本的に人口に比例するかたちで選挙区が設定され、得票に応じて各政党のあいだで議席数が配分されるのに対し（小選挙区比例代表併用制――小選挙区で当選した候補者から優先して各党に配分された議席が割り当てられる）、上院にあたる連邦参議院の議席数は人口を加味したかたちで（比例的ではなく）各州に配分され、また選挙ではなく各州が代表者を派遣するというかたちで構成される。</p>

<p>この代表者は各州の首相や閣僚なのが一般的であり、また固定されたものでもなく、議案に応じて異なる閣僚が参加することも多い。ここでも、全国民に関する決定を主に連邦議会が担当するのに対し、各州の権限に関する問題について当事者たる州の同意を得るために連邦参議院を置くという両者の役割分担と、それに基づく構成原理の差異は歴然としている、と考えることができるだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の議会制</h2>

<p>では、日本はどうなのだろうか。もちろん衆議院（任期4年・解散あり）と参議院（任期6年・3年ごとに半数ずつ改選・解散なし）で制度的に異なる部分はある。内閣不信任決議を行なう権限は衆議院のみにあり、予算については衆議院から審議されることになっているなど、下院の優越性がある程度定められてはいる。しかし通常の法律については、基本的に両院の可決がなければ成立しないという意味で、両者の権限の主要部分は共通している。</p>

<p>また、会計検査院検査官や日本銀行総裁・副総裁など国会の事前同意を得て任命可能になる職（国会同意人事）についても、衆参両院の立場は同等であり、いずれか一者が否決すれば任命することができない。要するにわが国は、2つの院を国会内に置いているにもかかわらず、その権限においてはほぼ差を付けていないのである。</p>

<p>選挙制度についてはどうだろうか。衆参両院とも国民による直接選挙により選ばれていることは広く知られているだろう（憲法43条1項）。さらに、少しでも多くの投票を得た候補者1人が当選することにより実際の民意の差を拡大するかたちで議会勢力に反映するか（小選挙区制）、民意の分布に忠実なかたちで議席を配分するか（比例代表制）という軸に沿って考えるならば、衆参両院ともどちらかわからない中途半端な状態にあるということになるだろう。</p>

<p>衆議院は全国の小選挙区から289人、全国を11ブロックに分けて戦われる比例代表制から176人の議員を選出するという制度（小選挙区比例代表並立制）を採用しており、参議院は都道府県ごとに2から12（したがって選挙ごとの改選数は1から6、鳥取・島根、徳島・高知は2県で1選挙区）の定数で行なわれる選挙区部分と、全国から100人（改選数は50人）を選出する比例代表部分から構成されているからである。</p>

<p>選挙ごとの改選数が1となる部分は小選挙区であり、2から6になる部分は中～大選挙区、それに比例代表が加わることによって、全体的な選挙の性質は複雑ないし曖昧そのものになっていると言えるだろう。</p>

<p>いったいわが国の議会制は、上院に何を、下院に何を期待し、それを実現するためにどのような権限配分と選挙制度を用意していると考えるべきなのだろうか。その答は、わからないとしか言いようがない。性質の判然としない第一院に、性質の判然としない第二院を重ねて存在させているのが、日本の議会制度の現状なのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>何が現状を生んだのか</h2>

<p>しかし、なぜわが国の議会制度は、このような状況になっているのだろうか。その答は、大きく2つ与えることができる。</p>

<p>直接的には、衆参両院が相互に独立して選挙制度改革を行なってきたことである。参議院は当初から都道府県ごとの選挙区と全国区の組み合わせであったが、後者における選挙運動が苛酷なものとなり、事前の知名度を活かすことができるタレント候補や組織候補が蔓延する原因にもなっているという批判が強まった。そのため1982年に比例代表制がその代わりに導入され、概ね現在の選挙制度が確立したのである。</p>

<p>他方で、衆議院では長らく中選挙区制（選挙区ごとの定数が3～5人）という世界的にも稀な制度が採用されてきたが、1990年代の政治改革において、一方では政権交代を可能とする大幅な議席数変動を実現するために小選挙区制が基本的に採用され、他方で中小政党の消滅を避けるためにブロックごとの比例代表制が導入されることにより、そのどちらでもない中間的性格をもつ議会が構成されたと考えることができる。</p>

<p>結果的に、衆参両院ともその性質が判然としない曖昧な議会を2つ抱えることになったのが、わが国の議会制度だということになるだろう。</p>

<p>第二に、皮肉なことではあるが、戦後一貫して参議院の権限を強化し、衆参両院をほぼ対等な議院として構成してきたことである。前述した国会同意人事についても、日本国憲法制定からすぐの時点では衆議院の優越が認められている部分も多かったのだが（会計検査院検査官、人事院人事官など）、それが衆参両院の不平等を招いているという参議院側からの批判もあって順次撤廃され、現在の状態に至っている。</p>

<p>しかしその結果、国会同意人事にせよ法律の審議にせよ、衆参双方からの支持が得られなければ進まなくなったため、政権としてはその成立の基礎を衆議院に置いているにもかかわらず、参議院の同意を確実なものとする必要が生じたのである。</p>

<p>そのため、あるいはその意を迎え、あるいは事前調整や政治的取引を通じて参議院の賛成をあらかじめ確保するよう振る舞わざるを得なかったと言える（逆に言えば、衆参両院の多数派が食い違うことにより、立法・国会同意人事とも停滞せざるを得なかった「ねじれ国会」がその失敗例として理解されることになる）。</p>

<p>結果的に、衆議院と同等の権力をもつ参議院には衆議院のカーボンコピーたることが求められ、両院の差異が消失していった、ということになるだろう。そこに存在するのは、まさにシェイエスが無意味だと呼んだ意味における第二院にほかならないのだ。</p>

<p>1947年、戦後発足した参議院で初の選挙が行なわれた際には無所属議員が108名と最大勢力であり、彼らを中心として既存政党から距離をとるかたちで緑風会が結成されたことはよく知られているだろう。</p>

<p>政党政治を担う衆議院とは異なる「良識の府」、衆議院の過ちを是正・抑制することが期待される「再考の府」としてのあり方をめざした動きだったが、第二院としては強すぎる権限をもった参議院を政権が支配下に置く必要性のなかで次第に勢力を弱め、1955年の保守合同を経て1965年までに自然消滅するに至った。この緑風会の運命こそ、制度的な権限の強さゆえに独立性を保つことができなかった第二院の象徴だと言ってよい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>イギリス貴族院の教訓</h2>

<p>問題は、衆参両院における選挙制度改革がそれぞれ独自に行なわれ、結果的に両院の性格付けに関するグランドデザインを欠いたことにあるだろう。「第二院に何の意味があるのか」というシェイエスの問いに答えるためには、両院の役割分担とそれを支える権限分配について考える必要がある。</p>

<p>だが、具体的にはどのようにすればいいのだろうか。その一つのアイディアは、イギリスの二院制にあるだろう。周知のとおりイギリスにおける第二院は、その構成員が民主的な選挙によって選ばれることのない貴族院である。伝統的に世襲貴族はその審議に積極的には参加してこなかったし、1999年の改革により世襲貴族の議席が92に削減されたため（2議席が世襲、それ以外は世襲貴族による互選）、現在では構成員の大半が一代貴族（約630名）となり、政治・行政・司法・軍といった政府機関、さらには実業界や学芸などにおける貢献と専門性が評価されて任命された人びとが主に構成する議院となっている。</p>

<p>「クロスベンチャー」と呼ばれる無所属議員が多い（200名弱）のも、その点を反映した特徴である（ほかにイギリス国教会の高位聖職者26名が議員となっている〈聖職議員〉。伝統的には貴族院が最高裁判所の機能を果たしていたため、法律家12名が一代貴族としてその任に当っていたが〈法服貴族〉、2009年の最高裁判所分離・発足により消滅した）。</p>

<p>他方、このように民主的正統性を欠く議院の存在が許容される理由として、その権限が弱いことも指摘できよう。財政法案（Finance Bill）については下院たる庶民院が先議権をもっているし、なかでも歳入歳出のみに関する金銭法案（Money Bill）について貴族院はその成立を1カ月遅らせることができるだけで、修正する権限すらもっていない。何が財政に関する法案かを決める権限も庶民院議長がもっているため、庶民院と異なる政治的立場からその行動を妨害するようなことはほぼ不可能になっている。</p>

<p>では、貴族院は何のためにあるのだろうか。第一に、庶民院が政党政治のなかで法案への賛否をめぐって議論するのに対し、貴族院には法案の内容やほかの法令との整合性といった専門的見地からの検討が期待されている。下院と異なり、法案に対して提出された修正案はそのすべてを時間制限なく討議するとされていることも、そのような機能を示すものと理解できるだろう。</p>

<p>第二に、たとえば生殖医療や同性婚の可否のように民意が政党制とは異なる原理で分裂しているような問題、あるいは生成AIによる学習のように先端技術に関する複雑な問題に対し、中立的・専門的見地から加えた検討の結果を報告書として公表し、一般社会から政府、下院までにおける議論の参考に供することも広く行なわれてきた。皮肉なことではあるが、実際の政治権限から遠ざかるからこそ良識や再考といった役割を担うことができている、ということになるのかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>新たなグランドデザインに向けて</h2>

<p>だとすれば、わが国の参議院についても、一方で強すぎる権限を手放し、他方で――短い会期に縛られ日程闘争の舞台となる衆議院とは異なり――通年会期制を採用することで重大課題にじっくりと取り組むことができる議院たることを指向する、といった可能性が考えられるのではないだろうか。</p>

<p>何が違うのか――第二院としてのアイデンティティを問うことが、当の参議院のみにとってではなく、日本政治のグランドデザインという観点から重要なものとなっているのである。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Wed, 27 Aug 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大屋雄裕（慶應義塾大学法学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>投票を棄権するのは悪いことなのか？ 有権者が負うべき道徳的責任  玉手慎太郎（学習院大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12809</link>
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			<description><![CDATA[投票率が高くなれば私たちの社会は本当に良くなるのか? 学習院大学教授の玉手慎太郎氏が、アメリカの政治哲学者ジェイソン・ブレナンの言説を引用しながら解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="投票" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_vote.jpg" width="1200" /></p>

<p>投票率が上がれば社会は本当に良くなるのか――。学習院大学の玉手慎太郎教授が、アメリカの政治哲学者、ジェイソン・ブレナンの主張を手がかりに解説する。</p>

<p>★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。</p>

<p>構成：編集部（阿部惇平）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年8月号特集「選挙は「国」を救うか、壊すか」より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高い投票率は必ずしも「良い統治」をもたらさない</h2>

<p>アメリカの政治哲学者ジェイソン・ブレナンは、2011年の著書『投票の倫理学』（原著：The Ethics of Voting, Princeton University Press, 2011：邦訳2025年1月、勁草書房、上下巻）の冒頭で、次のように述べた。</p>

<p>「うまく投票するための動機、知識、合理性、あるいは能力を欠いた市民は、投票を棄権すべきである」（上巻7～8頁、傍点は筆者追記）</p>

<p>私たちの多くは、選挙で投票するのは「投票しない」よりも良いことである、と考えている。メディアでも同様に、投票率の低下が問題視され、投票に行くよう広く呼びかけられている。</p>

<p>だが、投票率が上がれば、私たちの社会は本当に良くなるのだろうか。ブレナンは同書でこうも記している。</p>

<p>「明らかに、たくさんの人が投票すればするほど、社会はより民主的になる。だから何なのか?」（上巻、51頁）</p>

<p>たしかに、投票率の上昇によって、より多くの民意を選挙結果に反映させられるのかもしれない。しかし、高い投票率が必ずしも「良い統治」をもたらすわけではない。歴史を振り返れば、投票率が上がったにもかかわらず、状況が悪化した例は数多く存在する。</p>

<p>卑近な例を挙げれば、昨年（2024年）11月に実施された兵庫県知事選挙である。投票率は55.65％と、前回から約15ポイントも上昇した。しかしながら、再選を果たした齋藤元彦知事の現在の不支持率は55.9％（2025年4月23日時点）に達しており、兵庫県政は依然として混迷を極めている。</p>

<p>もちろん、投票率の上昇と統治の失敗の因果関係を断定するには、落選した候補者の施策のほうが齋藤県政より優れていたことを客観的に証明する必要がある。比較と判断には慎重を期すべきだが、少なくとも「投票率の上昇が兵庫県政に良い結果をもたらした」と実感している有権者は少ない、と言うことができる。</p>

<p>小泉純一郎内閣時の「郵政解散」による衆議院総選挙（2005年8月）も同様である。「郵政民営化の是非」に論点を収斂させた同選挙の投票率は、67.51％を記録した。</p>

<p>では、高い投票率を伴った選挙の結果として実現した郵政民営化によって、私たち市民の暮らしは良くなっただろうか。あるいは低い投票率の選挙と比べて、より「良い選択」ができたと、確信を持って言えるだろうか。</p>

<p>ブレナンによれば、私たちは悪い投票をすることがありうる。悪い投票とは、人びとに危害や損失を及ぼすような政策、あるいはそのような政策を制定しそうな候補者に対する投票のことである。そういった投票がありうるからこそブレナンは、投票率の低下を単純に問題視する見方に対して、むしろ棄権を推奨するのである。ブレナンの示す次のアナロジーは、悪い投票のイメージをうまく捉えている。</p>

<p>「私見では、投票者らは投票の義務を負わない。だが、もし投票するなら、投票者らは、きちんと合理的で・偏見なく・公平で・自身の政治的信念について精通しているという責任を、他者と自分自身に負う。似た話として、我々のほとんどが、親になる義務はないと考える。だが、親になるなら、責任ある良い親であるべきである」（上巻、144頁）</p>

<p>じつは、投票はその内容と関係なく望ましい、という立場に対する批判は、けっして目新しいものではない。たとえば地元の利権を守るための政治家への投票や、信仰する宗教団体が支援する候補への投票、あるいは知名度先行の元アイドル・タレントへの投票は、以前から日本社会で好ましくない行動として認識されてきた。そういった投票をするべきではない、ということはある種の常識であったと言ってよいだろう。</p>

<p>さらに、ブレナンは不適切な投票を嫌う社会通念から一歩進んで「場合によっては、棄権も必要である」と主張する。彼は、前掲書で「棄権票」を肯定する理由をレストラン選びに喩えている。すなわち棄権票とは実質的には委任というかたちの間接投票であり、投票の放棄ではないということだ。</p>

<p>「『私は最高のレストランに投票する。しかし、私はどのレストランがそうなのかを知らない。私以外の皆さんは、私よりもよく知っているので、皆さんの集団的な知恵を反映する形で、投票することにする。』このとき私は棄権している。しかし、実質的には、間接的な投票を行っているのである」（下巻、4頁）</p>

<p>たとえば、知らない土地に引っ越した友人を訪ねた際、夕食のレストラン選びを友人に任せるのは、しごく合理的な判断と言えるだろう。このとき、たしかに友人にお店の選択を委ねることは、自らの判断を保留して「棄権」する行為である。かといって、未知の対象を選ぶ際に「判断しない」という選択を非難する人はまずいない。</p>

<p>投票の棄権も同じことだ、とブレナンは考える。自身の判断に確信が持てない場合、「より良い判断」ができる人に投票を委ねることはむしろ正しい、と彼は主張するのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>民主主義そのものを放棄すべき?</h2>

<p>一方で、ブレナンの主張には危うさも含まれている。</p>

<p>第一に、「悪い投票をするくらいなら棄権すべき」という主張が人びとのあいだで誤って解釈され、本来の文脈から離れて独り歩きしてしまう危険性がある。</p>

<p>『投票の倫理学』でブレナンが意図したのは、「自分は良い投票ができているか」「良い投票をするための努力ができるか」と有権者に自省を促すことである。</p>

<p>ところが、ブレナンの「自分が不適格だと思うなら棄権すべき」というメッセージが誤読されると、「あなたは不適格なので棄権せよ」と訴える他者批判へと歪められかねない。「汝自身を知れ」という自省を求める書物が、「○○政党の支持者は愚かだから投票するな」という他者攻撃の道具として悪用される可能性を否定できないのである。</p>

<p>第二に、ブレナンの棄権推奨論は、「良い投票」をする人が一定数以上存在することを前提としている。つまり、たんに棄権票が増えるだけでは不十分であり、「良い投票」をする人が増加しなければ、社会にとって望ましい結果は得られない。</p>

<p>ブレナン自身も脆弱性を認識していたようで、『投票の倫理学』下巻の巻末には「上手な投票の仕方」という章が設けられている。そこでは個々人が合理的な投票をするための具体的な指針が示されており、「良い投票者」を増やすための彼なりの努力が垣間見える。ブレナンは、具体的な指針を示せば人びとは「良い投票」への努力をするだろうと期待する点で、いささか楽観的な性善説に立っていたと言えるかもしれない。</p>

<p>ところが『投票の倫理学』の約5年後にあたる2016年、ブレナンは『アゲインスト・デモクラシー』（原著：Against Democracy, Princeton University Press, 2016：邦訳2022年8月、勁草書房、上下巻）で、「良い投票」への個々人の努力には限界があるとして、「民主主義そのものを放棄すべき」という結論に至る。</p>

<p>ブレナンの立場の転換には、『投票の倫理学』が第一次オバマ政権時（2011年）に、『アゲインスト・デモクラシー』が第一次トランプ政権誕生の直前（2016年）に発刊されたという時代背景が影響しているのかもしれない。『アゲインスト・デモクラシー』では、大多数の人びとは政治に無知であり、たとえ学習を重ねてもバイアス（固定観念）から解放されず、自己に都合の良い判断をしてしまう。したがって「良い投票」を期待することは非現実的だ、という指摘がなされている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>エピストクラシーか、民主主義か</h2>

<p>民主主義を断念したブレナンが『アゲインスト・デモクラシー』において提唱した政治制度が、「エピストクラシー」と呼ばれるものである。これは知識や能力をもつ者による統治・支配を意味する言葉であり、実態としては、一定の基準を満たした優れた者に対して大きな政治的影響力を認める政治制度を指す。</p>

<p>具体的には、以下のようなものがエピストクラティックな制度の例である。いずれも、知識と熟慮を欠いた投票に基づくポピュリズムを抑制すると期待できる。</p>

<p>複数投票制：政治学の博士号を持っているとプラス一票が加算されるなど、高い知識を持つ人に追加の票を与える制度。</p>

<p>知者の拒否権の導入：現状の議会に追加して、有識者によって構成される議院を創設し、法案の拒否権のみを与える制度。</p>

<p>参政権くじ引き制：無作為抽出（くじ引き）によって選ばれた一部の人にのみ投票権を与える制度。選ばれた人びとは一定期間、知的訓練を受けたうえで投票することが求められる。</p>

<p>しかしエピストクラシーにも、無視できない問題が含まれている。特定の社会層（高学歴層や富裕層など）への政治的権力の集中を招き、政治の暴走や特定層への利益誘導につながる危険性である。</p>

<p>たしかに民主主義は完璧な制度ではない。ただ、ウィンストン・チャーチルが「民主主義は最悪の政治制度だ。だが、これまでに試みられてきた他のあらゆる制度よりはましだ」と述べたように、民主主義は歴史上、大規模な殺戮や人類の権利に対する極端な制約を防ぐ抑止力として機能してきた。エピストクラシーに基づく権力の寡占を民主主義に代わる現実的な選択肢とするブレナンの主張に、安易に同意することはできないだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>根拠のない投票は不道徳</h2>

<p>令和の時代を生きる私たちは、さまざまなジレンマを抱えている。一方では、東日本大震災を契機とした原子力エネルギーの問題や経済的・社会的な格差の拡大など深刻な問題に直面し、かつてのような楽観的な（ある意味では幸福な）政治的無関心を許されない状況にある。しかし他方では、民主党への政権交代の失敗などから政治への直接参加にも躊躇を覚え、虚無感や焦燥感に苛まれてもいる。</p>

<p>このような板挟みの状況において危険な誘惑となるのが、テーブルをひっくり返すような劇的な解決策である。しかし政治的な「劇薬」は、往々にしてまともではない方向へと向かう。近年における、品性や道徳性を疑わせる政治家の台頭や、その熱狂的支持者による過激な言動は、典型的な例と言えるだろう。</p>

<p>では、私たちが粗暴な手法を避けながら、板挟みの状況を打開するために何が必要なのか――。とりうる手法の一つが、物事を根本から考え直すことである。</p>

<p>ブレナンの『投票の倫理学』は、まさしく「投票とは何か」「民主主義とは何か」という問いを投げかけ、再考を迫る政治哲学であり、それゆえに注目を集めているのだと考えられる。</p>

<p>実際、『投票の倫理学』における「良い投票をするための努力ができるか」というブレナンの主張は、現代の私たちに訴えるところが大きい。</p>

<p>たとえばアメリカでは今年1月、トランプ大統領の再選によって移民やLGBTQの人びとの権利が制約されることになった。つまり投票は現実として、意図せず他者の福利を大きく損なう可能性がある。</p>

<p>ブレナンが主張するように、候補者に対する十分な知識や理解がないまま投票することは、不道徳な行為にほかならない。子どもを産むことを決めた親が子育てについて真剣に考えず、育児を放棄することが許されないように、私たちも選挙に行く以上、投票について真剣に考える道徳的責任が課せられているのだ。</p>

<p>ブレナンは徹底して「投票者の倫理」を問う。だが読者のなかには、むしろ選挙に出馬する「候補者の倫理」を問うべきではないか、と考える人もいるだろう。たとえば、2024年の東京都知事選挙では泡沫候補が乱立し、立候補の条件に疑問符がつく出来事が見られた。</p>

<p>しかし民主主義の理念に照らせば、誰もが立候補できる自由はやはり保障されるべきである。いくら思想的な偏りがあろうと、政治に必要な知識・見識・能力が不足していようと、被選挙権の制約には慎重であるべきだ。</p>

<p>現状の日本社会では、行政や司法の職に就く者には膨大な知識、能力を証明する試験など厳しいハードルが課される。だからこそ、立法を担う議員には「誰もがなれる」という寛容さが不可欠である。</p>

<p>民主主義社会において重要なのは、立候補者に厳しい制限を課すことではない。むしろ、有権者が立候補者のなかから「愚か者」を見極め、粛々と落選させることである。熟慮のうえでの投票が大事だという意味で、ブレナンの思想とも相通じる点ではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>リベラリズムと自由の擁護</h2>

<p>ブレナンの思想は、有権者に高い倫理を求める点で、「選民思想」「上から目線」に映るかもしれない。しかし彼の主張の根底にあるのは、「どのような人びとでも自由に生きられる社会が最も望ましい」というリベラリズム的な理想主義である。事実、ブレナンは『投票の倫理学』においてリベラリズムを強く擁護し、個々人の自由な生き方を肯定している。</p>

<p>社会には、政治や学問を得意としない人もおり、それらとは異なる分野に価値を見出す人もいる。ブレナンは、そうした人びとの生き方を否定せず、むしろ別の分野でより大きな貢献ができるのであれば、あえて投票という負担を課す必要はない、と論じている。</p>

<p>なぜなら、市民は投票や政治活動以外にもさまざまな方法で社会に貢献できるからだ。たとえば、政治について考えるのが苦手な人が、ボランティアを通じて多くの人の役に立てるのであれば、その時間をなげうってまで投票に行く必要はないと言えるかもしれない。</p>

<p>ただし、多様な人びとが安心して穏やかに生きられる社会の実現には、やはり選挙を通じた確固とした社会の仕組みが必要である。ブレナンが『投票の倫理学』で、社会に害をもたらす者や最低ラインを下回る有権者は「足切り」する必要があるとまで主張するのは、何よりも社会の安定性を意識してのことである。</p>

<p>他方、前述したように『投票の倫理学』時点のブレナンの限界は、彼が想定する個人が、投票の資格がないと自覚して自ら棄権し、社会のために適切な投票行動をとろうとする善良な人びとだという楽観にある。</p>

<p>現代のSNS空間を見渡せば、ルサンチマン（恨み・嫉妬）やシャーデンフロイデ（他人の不幸は蜜の味）の感情を露わにし、気に入らない候補者の欠点を探して追い落とそうとする人びとや、売名や金儲けの私的な動機から過激な言動で注目を集める候補者を支持する人びとが少なくない。</p>

<p>「劇薬」を求める有権者に社会の安定性を説いても、「良い投票」や「投票の棄権」は期待できない。この悲観こそ、ブレナンが『アゲインスト・デモクラシー』で民主主義の否定へと転向してしまった理由であり、私たちが向き合うべき課題でもある。</p>

<p>SNSが選挙結果を左右するほどの影響力を持つ今日、ブレナンが提起した「道徳的な有権者」としての責任を、私たちはあらためて考える必要がある。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_vote.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 26 Aug 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[玉手慎太郎（学習院大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「ポーランド孤児」を助けた日本人　70年後、阪神・淡路大震災で果たされた恩返し  早坂隆（ノンフィクション作家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12681</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012681</guid>
			<description><![CDATA[ポーランドと日本の間に存在する深いつながりとは? ノンフィクション作家の早坂隆さんが解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="Warsaw" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Warsaw.jpg" width="1200" /><br />
ワルシャワの街並み</p>

<p>激動の歴史の中で、独立への道を歩み続けたポーランド。実は、日本との間に深い絆が結ばれた出来事がある。日本が海を越えて手を差し伸べた「ポーランド孤児救出」。この善意の行動は、70年以上の時を経て、あるかたちで日本へと返ってくることになる。ノンフィクション作家の早坂隆氏の著書『世界の旅先で、「日本」と出会う』より紹介する。</p>

<p>※本稿は、早坂隆著『世界の旅先で、「日本」と出会う』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ポーランド孤児救出とその恩返し</h2>

<p>ポーランドは過去に何度も「地図上から消えた」という歴史を持つ国家だが、その歩みの中には日本との深い友情の物語も存在する。ポーランドではそれなりに知名度のある話だが、日本ではあまり知られていない。</p>

<p>それは日本による「孤児救出」の逸話である。</p>

<p>18世紀以降、「領土分割」という暗黒の時代が続いたポーランドでは様々な独立運動が試みられたが、そのような蜂起は常にロシア軍などによって鎮圧された。独立派やその家族の多くは、厳しい取り締まりの末、酷寒のシベリアに送られた。</p>

<p>第一次世界大戦の際には、ポーランドの大地においてドイツ軍とロシア軍が衝突。荒廃した国土から、多くの難民がシベリアに流入した。シベリアに住むポーランド人の数は、計20万人近くにも及んだと言われている。</p>

<p>ここに追い打ちをかけたのが、1917年のロシア革命である。革命によってボリシェヴィキ政府が誕生したが、旧ロシア帝国領内は内戦に突入。国土は凄惨な破壊と混乱に見舞われた。</p>

<p>このような事態を受けて、シベリアで暮らすポーランド人の生活はいっそう苛酷なものに転じていった。日々の食糧や医薬品にも不足するような困窮生活の中で、多数のポーランド人たちが無念の思いを抱えたまま息絶えた。</p>

<p>1918年、ポーランドはアメリカが提唱した「十四カ条の平和原則」に基づく形で独立を回復するが、シベリアにいるポーランド人たちの惨状は変わらなかった。</p>

<p>そんな中で迎えた翌1919年、遂にウラジオストク在住のポーランド人たちが力を合わせ、「ポーランド救済委員会」を設立。特に両親を失った孤児たちを救済するための運動を開始した。</p>

<p>ポーランド救済委員会はまず欧米諸国に働きかけ、孤児たちの救済を懇願。しかし、同委員会の期待に応える国はなかった。1920年の春にはポーランドとソビエト（ロシア）との間で戦端が開かれ、輸送手段としてシベリア鉄道を使うことも不可能となった。</p>

<p>結局、最後に同委員会が頼った先が日本であった。同年6月、同委員会会長のビエルキエヴィッチ女史が来日し、外務省に対してシベリア孤児の救援を懇請。この要請を受けた日本政府は速やかに救済を決断し、孤児たちに救いの手を差し伸べたのである。</p>

<p>救済に関して中心的な役割を担ったのは、日本赤十字社であった。これをシベリア出兵中の日本陸軍が支援。結果、同年7月に孤児たちの第一陣が、敦賀経由で東京に到着した。この第一回救済事業は翌年まで継続され、計375人もの孤児がシベリアを脱して東京の地を踏んだ。</p>

<p>日本側は収容所を用意して孤児たちを受け入れ、必要な医療処置などを施した。国民の関心も高く、日本中から多くの支援金が寄せられた。今で言う「ボランティアスタッフ」も大勢集まったというから、当時の日本人の高い献身性が窺える。</p>

<p>しかし、孤児たちの間で腸チフスが蔓延し、看護婦の松沢フミさんが感染、殉職するという悲劇も起きた（享年23）。それを知った多くの孤児たちが、涙を流したという。</p>

<p>それでも、日本側は救出事業を継続した。大正11（1922）年には第二回となる救済事業が実施され、390名の孤児たちが今度は大阪に到着した。第一回と合わせて、計765名の孤児が救出されたことになる。</p>

<p>日本側のこうした対応により、来日当初は衰弱し切っていた孤児たちの体力は徐々に回復。その後、全員が無事にポーランドまで送り届けられることになったのである。</p>

<p>日本を発つ船に乗り込む際、孤児たちはお世話になった日本人たちとの別れを心から惜しんだ。中には乗船を泣いて嫌がる子もいたという。孤児たちは口々に、「アリガトウ」と覚えたての日本語で感謝の気持ちを表し、多くの日本人関係者らと共に『君が代』を斉唱して別れたという。</p>

<p>そんな救出劇から70年以上を経た1995年、「阪神・淡路大震災」の折にポーランドでは「孤児救出の恩返しを」という運動が速やかに広まり、被災地に対する多額の支援金が集められた。</p>

<p>両国が互いに見せた善意の交わりは、日本人が知っておくべき史実の一つと言えよう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>高い人気を誇るワルシャワ大学「日本学科」</h2>

<p>そんな歴史を持つポーランドだが、首都のワルシャワは第二次世界大戦の際に壊滅的な打撃を受けた。</p>

<p>1944年、ナチス・ドイツの占領軍に対する大規模な民衆蜂起（ワルシャワ蜂起）が起こったが、これが失敗に終わった結果、報復として街は徹底的に破壊された。一連の戦闘により、20万人前後の市民が犠牲になったとされる。</p>

<p>それでも、終戦の後、ワルシャワ市民たちは、「建物のヒビ一つまで再現しよう」と街の復元に尽力。旧市街はかつての美しい街並を取り戻し、1980年にはユネスコの世界遺産に登録されるにまで至った。</p>

<p>旧市街の中心に位置するのが旧市街広場である。広場には「ワルシャワのシンボル」として市民に愛される人魚像が建っている。</p>

<p>この像は、悪人に捕われた人魚をワルシャワの漁師が助けたため、それ以降はこの人魚が御礼として街を守り続けているという伝説にちなむものであるという。ゆえにこの人魚像は、剣と楯を手にしている。</p>

<p>旧市街広場の南部には、ポーランド国内で最大の規模を誇るワルシャワ大学のキャンパスが広がっている。創立は1816年と古く、この街の出身である音楽家のフレデリック・ショパンもかつて在籍していたという伝統校である。</p>

<p>同大には日本学科が設けられており、高い人気を誇っている。ポーランド人の親日的な意識に支えられ、合格倍率は実に毎年20倍前後という狭き門であるという。</p>

<p>同学科には、3年生終了時までに約2000字もの常用漢字を覚えなければ転科や退学の対象になるという規約がある。日本の大学生には耳の痛い厳しさである。</p>

<p>このワルシャワ大学以外にも、50以上の日本語教育機関がポーランドにはある。ワルシャワには、ポーランド日本情報工科大学という大学も創立されている。</p>

<p>優秀な学生たちの中には、日本への留学という希望を叶えた若者も少なくない。日本の文部科学省が実施している日本語・日本文化研修留学生の試験には毎年、20名前後のポーランド人が合格しているが、これは非漢字圏の中ではアメリカやフランスを上回って第一位という極めて優れた成績である（2015年）。ポーランドにおける日本語教育のレベルが、いかに高いかを物語る数字と言える。</p>

<p>日本への関心の高いポーランドだが、その理由としてはアニメや漫画の影響の他、空手や柔道、合気道といったスポーツの人気も挙げられる。このような状況は他の東欧諸国でも見られるが、とりわけポーランドでは独特の熱を帯びている。</p>

<p>ポーランドでは相撲も人気で、特に「女子相撲」の競技人口が多い。ポーランドで相撲をする女性の数は、日本以上とも言われる。近年、日本では相撲観戦を趣味とする女性が増えているが、自ら土俵に上がるタイプの「相撲女子」は、未だ少ない。</p>

<p>女子相撲特有のルールとしては、「顔への突っ張り」や「ぶちかまし」の禁止があるという。もっと見てみたいような気もする競技ではあるが、大柄な女性の多いポーランド人のことを思うと、大和撫子に勝ち目はあるのかといささか不安である。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 12 Aug 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[早坂隆（ノンフィクション作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本人抑留者が建てた「オペラハウス」　モンゴルに現存する真摯な労働の痕跡  早坂隆（ノンフィクション作家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12680</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012680</guid>
			<description><![CDATA[ノンフィクション作家の早坂隆さんが、モンゴルのウランバートルを訪れた際のエピソードを語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="モンゴル国立劇場" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_UlanBator.jpg" width="1200" /><br />
モンゴルに現存する国立オペラ劇場</p>

<p>シベリア抑留が広く知られる一方で、多くの日本人がモンゴルにも送られていたことはあまり知られていない。ウランバートルには、そうした日本人抑留者たちの手によって築かれた建造物が、いまも数多く残されている。ノンフィクション作家の早坂隆氏の著書『世界の旅先で、「日本」と出会う』より紹介する。</p>

<p>※本稿は、早坂隆著『世界の旅先で、「日本」と出会う』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本人抑留者が築造したオペラハウス</h2>

<p>ウランバートルの中心部に位置するスフバートル広場の周辺には、かつて日本人が築いた建造物が多く並んでいる。市役所、証券取引所、オペラ劇場といった建物は、すべて戦後に日本人が築造したものである。</p>

<p>これらをつくったのは「日本人抑留者」たちであった。</p>

<p>1945年8月9日、日ソ中立条約を一方的に破棄する形で、ソ連軍が満洲国に侵攻。この動きに同調したモンゴル人民共和国は、その翌日、日本に宣戦布告した。</p>

<p>8月15日に戦争終結。ソ連軍は満洲にいた日本人を拘束し、強制連行した。いわゆる「シベリア抑留」である。これは「武装解除した日本軍将兵の帰還と、彼らの平和的且つ生産的な生活ができる機会」を保証したポツダム宣言第九項に抵触するものである。許されざる国家犯罪であった。</p>

<p>ただし、連行先はシベリアだけではなかった。シベリア経由でモンゴルまで送られた者たちも大勢いたのである。その数は、実に1万2000人から1万5000人にも及んだとされる。</p>

<p>抑留者たちは充分な食糧も与えられないまま、苛酷な労働を強いられた。ジャルガラント国営農場では、栄養失調や疾病で絶命する者が相次いだ。アルシャン煉瓦工場では、一日に一人300枚の煉瓦をつくることが求められたが、そのノルマは600枚、1000枚、そして2000枚へと引き上げられていった。</p>

<p>また、後に「暁に祈る事件」と呼ばれることになる悲劇も発生した。</p>

<p>戦時中、陸軍憲兵曹長だった吉村久佳（本名・池田重善）は、ウランバートルのとある収容所内でモンゴル側から「日本人隊長」に指名されたが、彼はノルマを達成できなかった入所者たちに対し残酷な処罰を繰り返した。</p>

<p>その処罰の中には、減食や絶食の他、極寒の野外の木や柱に入所者を縛り付け、朝まで放置しておくといったものまであった。捕縛された者は明け方には瀕死の状態となり、頭を垂れて朝日に祈るような姿になった。このことから、「暁に祈る事件」と命名されたのである。「暁に祈る」とは、戦時中の流行歌の題名である。</p>

<p>この事件は戦後、新聞報道によって知られるようになったが、話が一人歩きした面もあり、事実としては今も不明な点が多い。</p>

<p>そんな中、この事件を実際に知る方にお話を聞くことができた。斎藤由信さんは終戦時、憲兵伍長として承徳の憲兵隊本部にいたが、その後、俘虜としてモンゴルに抑留された。</p>

<p>斎藤さんは「暁に祈る事件」についてこう語る。</p>

<p>「収容所から使役に出る時、門の脇の木に縛られている兵の姿を私も実際に見たことがあります。その姿は、確かに『暁に祈っている』ようにも見えました。ソ連人やモンゴル人にやられるのならともかく、日本人が日本人に対して行なっているのですから、本当に哀しくて悔しい思いをしました」</p>

<p>斎藤さんはこうも語った。</p>

<p>「朝、起きると隣の者が冷たくなっているということもありましたね」結局、モンゴルに抑留された日本人のうち、およそ1500人から3000人が当地で命を落としたと言われている。</p>

<p>◆</p>

<p>ウランバートルの中心部から北東に15キロほど離れた地に、かつて捕虜収容病院があった場所がある。ダンバダルジャーという地に建つその3階建ての建物は、現在は廃墟となっている。</p>

<p>当時、捕虜収容病院といっても充分な設備や薬品があるはずもなかった。亡くなった抑留者の遺体は、裏山に臨時に設けられた墓地に埋葬された。</p>

<p>現在、この埋葬地には慰霊碑が建立されている。日本国政府によって平成13（2001）年につくられたものである。</p>

<p>慰霊碑の管理人をしているバーダイ・ネルグィさんによると、この地に埋葬されていたご遺骨が収集され、日本に還されたのが1994年から1997年にかけてということである。その事業は、モンゴル赤十字社と日本の厚生省（当時）などの共同で実施されたという。当時、ネルグィさんはモンゴル赤十字社の職員だった。</p>

<p>「土を掘ると、次から次へと骨が出てきました。少しの骨も残さないように、作業は丁寧に行なわれました。土を目の細かな篩（ふるい）にかけて、少しの欠片も見逃さないようにやるのです。一体が揃ったらその奥、というように順々に掘り進めました。一人でも還れない方がいたら可哀想だという思いでした」</p>

<p>この地道な作業によって、実に835柱ものご遺骨が収集された。ご遺骨はこの地で鄭重（ていちょう）に荼毘に付された後、日本に送還された。</p>

<p>そんな抑留者たちの遺作が、ウランバートルの建造物群なのである。</p>

<p>彼らは虜囚の身であるにもかかわらず、目の前の作業を手を抜くことなく黙々とこなした。現在、ウランバートルでは社会主義時代の遺構の老朽化が問題になっているが、日本人抑留者たちの手による建築物は劣化することなく立派にその偉容を保っている。</p>

<p>「日本人は捕虜なのに、真面目に作業をしてこんなに素晴らしい建物をつくった。そんな民族が他にあるだろうか」</p>

<p>とはモンゴル人の率直なる声である。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_UlanBator.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 08 Aug 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[早坂隆（ノンフィクション作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>行政と企業経営の違いとは？ 少ない人員で行政サービスを継続させる方法  亀井善太郎（PHP総研主席研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12723</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012723</guid>
			<description><![CDATA[行政と企業経営の違い、そして行政において企業をはじめ社会の力を借りることの重要性について、PHP総研主席研究員の亀井善太郎氏に解説頂く]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="行政と企業経営の違い" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peoplewalking.jpg" width="1200" /></p>

<p>行政と企業経営には一つ、全く異なる点がある。しかし、それでも行政は、企業の力、さらには市民社会の力をもっと借りなければならない。その背景には日本ならではの事情がある。</p>

<p>※本稿は、亀井善太郎著『実務家のための政策デザイン入門』から、一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>企業経営と行政とで全く異なる点とは</h2>

<p>近年、行政の能力不足について、いろいろな方からの意見を伺うことがあります。その多くは、もっと民間の知恵やノウハウから学べばよいのではないか、というものです。</p>

<p>もちろん、民間の知見や経験、さらにはノウハウから学ぶ点は多いでしょう。しかし、もっとも重要なところが共有されていないように感じますので、そういうお話をされる方に私はこう切り返します。</p>

<p>「たしかにそうですね。でも、民間で営利を追求する企業経営と行政とでは、まったく異なることがあるのですが、それは何かご存知でしょうか？」と。</p>

<p>多くの場合、相手は黙ってしまいます。そんなのわかるわけない、と。</p>

<p>人によっては、組織を動かして、最大の効果を上げる。民間であれば利益、行政であれば国民や市民の幸福、そこに違いはないはずだとも......。</p>

<p>こうしたやりとりを何度もしてきましたが、これから申し上げる答えはなかなか出てきません。なので、私から申し上げます。</p>

<p>企業経営と行政において、まったく異なるのは撤退の判断ができるかどうかです。企業経営において撤退の判断というのはきわめて重要な決断です。やらないことを決めることによって、集中する領域を絞り込むことができます。限られた資源をより有効に活かそうと思えば、社会や競争環境の変化に応じて、撤退の判断を行うのは当然です。</p>

<p>しかしながら、行政において、そうした判断は当然ではありません。むしろ、撤退の判断はできない、むしろ、そうするべきではない、というのが大半なのが実状です。</p>

<p>例えば、総理大臣が、明日から〇〇県のこと、△△地域のことはやりませんとは言いません。きわめて少数が受益する分野の一つに難病指定がありますが、治療可能になったからそこから外れることはあったとしても、難病にかかる人がきわめて少数だからという理由では外れることはありません。</p>

<p>行政を支えとして真に必要とする人は少数派であることが多いのです。必要とする人が少数になったからといってやめることはできません。それこそ、そうなる可能性はすべての人にあるわけですから......。</p>

<p>やはり、政策は難しい。だからこそ、その難しさをよく踏まえて、政策立案を進める必要があるのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>少ない公務員数で現状を乗り越える難しさ</h2>

<p><img alt="公的部門における職員数" height="568" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250724Kameizentaro1.jpg" width="1200" /><br />
（注）<br />
1. 本貸料は、編集時点における各国の統計データ等を基に便宜上整理したものであり、各国の公務員制度の差異等（中央政府・地方公共団体の事業範囲、政府企業の範囲等）については考慮していない。また政府企業等職員には公務員以外の身分の者も含んでいる場合がある。<br />
2. 国名下の（　）は、データ年（度）を示す。<br />
3. 合計は、四捨五入の関係で一致しない場合がある。<br />
4. 日本の「政府企業等職員」には、独立行政法人、国立大学法人、大学共同利用機関法人、特殊法人の職員を計上している。<br />
5. 日本の数値において、国立大学法人、大学共同利用機関法人及び特殊法人以外は、非常勤職員を含む。<br />
出所：人事院ホームページ</p>

<p>もう一つ、日本特有の忘れてはならない事情があります。それは官僚と公務員の少なさです。</p>

<p>上図は人口千人あたりの公務員数の国際比較です。日本の政府職員、つまり官僚と公務員の少なさが中央、地方ともに目立ちます。</p>

<p>フランスの多さは、読者の皆さんも予想がついたかもしれませんが、アメリカやドイツよりも、日本が少ないのは、私自身にとっても驚きでした。</p>

<p>イギリスの政府企業等職員が多いのは、エージェンシー化（独立行政法人化）の動きに伴うものかもしれませんが、そうした人員削減がなされたイギリスよりも、地方政府の機能が充実し分権が進むドイツよりも、日本の中央政府の職員数が少ないのも特筆すべきことです。</p>

<p>20年ほど前のデータも見ましたが、ドイツを除き、人口あたりの公務員数はやや減少傾向にありますが、日本の人口あたりの公務員数の少なさは当時からで、以降変わっていません。</p>

<p>日本においては、市民社会や地域コミュニティの強さが、少ない官僚や公務員であってもやっていける一つの理由だったかもしれませんが、それも、段々と変容してきているのが実状です。</p>

<p>地方においては、団塊世代の大量退職の後、人員の補充が進まず、2020年より運用が開始された、会計年度任用職員という、いわば非正規の職員によって多くの業務が支えられている現実があります。窓口など、市民との接点を担う職員も多く、政策や事業の質の低下も懸念されるところです。</p>

<p>しかしながら、国全体で高齢化と少子化によって、生産年齢の人口が減少する日本において、公務員数を増やすことはなかなか現実的ではありません。むしろ、少ない人数であっても、より効果的な政策立案と執行ができるよう、行政の仕事そのものを見直していくのがよいのではないでしょうか。</p>

<p>このとき、一つ忘れてはならないのは、社会の力をもっと借りることの重要性です。</p>

<p>各府省庁、都道府県庁、そして、市役所や区役所、町役場や村役場、そこにあるのは、行政に関する専門性です。法律や規制、予算や税制に関する運用など、とても大切な専門性ではありますが、それだけで、行政が取り組む社会課題である政策課題の解決はできません。</p>

<p>他方、企業には、組織力と技術があります。市民社会にも、社会課題解決のための高い専門性があります。また、隣人同士の支え合いは、これが過度に進んでしまえば、相互監視のパノプティコンになってしまう懸念もありますが、やはり、ちょっと困ったときの支えになるのは、隣人なのではないでしょうか。</p>

<p>日々の暮らしを円滑に進めるうえで、隣人同士の助け合い、地域コミュニティにおける相互扶助がなくてはならないものだといえるでしょう。</p>

<p>しばしば、社会の力を借りる、とくに市民社会の力を借りることについて、国・地方問わず、行政の人たちの一部には、「公務員よりも安い賃金あるいは無償で働いてくれる人手」と考えてしまうこともあるようですが、それは大きな誤解です。</p>

<p>むしろ、市民社会そのものの本来の機能である相互扶助をいかに育て、活かしていくのかは、人々の暮らしにもっとも近い基礎自治体における行政の専門性の重要な一部といえるのではないでしょうか。</p>

<p>困難に陥った人、つまり、行政の支えが必要な人は、直面する困難をいかに克服していくのでしょうか。当初の段階においては行政の専門家による支援が必要とされるかもしれませんが、支援に頼り切りではなく、いずれは、社会の中に戻っていくことが理想といえるでしょう（医療における入院と退院と同じように考えるとわかりやすいかもしれません）。</p>

<p>当人からすれば、支援を必要とする何らかの出来事が起きる前は、社会の中で生きてきていて、そこに生きがいもあれば、生きていくための糧もあるわけです。そこに戻る移行のプロセスをいかにスムーズに実現できるかは、行政が社会のいろいろな力とうまく連携できるかどうか、そのためには、それらの力をうまく借りることができるかどうかに関わってくるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_peoplewalking.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 01 Aug 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[亀井善太郎（PHP総研主席研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>赤字の公立病院をどう建て直すか？ 現場を動かした「職業倫理に合致したKPI」  亀井善太郎（PHP総研主席研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12722</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012722</guid>
			<description><![CDATA[KPIの罠について、経営改善を成し遂げた公立病院の例に、PHP総研主席研究員の亀井善太郎氏が解説する]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="公立病院の経営健全化" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_doctorG.jpg" width="1200" /></p>

<p>政策デザインの現場、さらにはあらゆる組織の経営において「KPI(重要業績評価目標）」が重要視されている。しかし、数字には大切なことを見失わせてしまう力もある。KPIの罠に陥らず経営改善を成し遂げた公立病院の例を挙げて考える。</p>

<p>※本稿は、亀井善太郎著『実務家のための政策デザイン入門』から、一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>収支目標の設定が腹落ちしない</h2>

<p>政策デザイン、その実践としてのEBPMというと、KPI、数値目標の設定のことだという誤解が蔓延しています。</p>

<p>EBPMは政策立案（Policy Making）であって、立案にうまく使うことができるエビデンス（Evidence）を集め、政策をつくっていかなければならないのですが、なかなか、その理解が進みません。</p>

<p>背景には、うまく説明できる作文を作ろうとしている意識があるように思いますが、それも含めて、KPIという数字のワナを乗り越えた、政策デザインが求められるのです。</p>

<p>私が、ある公立病院の経営改革に携わったときのお話です。</p>

<p>この病院は地方のあるまちの、高度急性期の病院です。重症度が高く、24時間の看護が必要な患者さんを対象とする病院ですから、入院病棟もあって、400床ほどのベッドを有していました。</p>

<p>しかし同じ医療圏には、大学医学部附属病院があり、また、他にも高度急性期を担う病院が複数あって、激しい競争状況に置かれ、その結果として大きな赤字を出してしまい、地元自治体から財政支援を受けることになったのでした。そんなときに経営再建を手伝ってほしいと声をかけられたのです。</p>

<p>その自治体と病院を訪問してみると、経営再建のための方策がすでに検討されていました。公立病院によくある話なのですが、医師は数年先には大学に戻るかもしれないし、別の病院に行くことになるかもしれないから派遣元の大学医学部の方を見ている、看護師や薬剤師は日々の仕事で忙しく組織全体のことは考えられない、事務方は出向元の役所の方を見ている、といったわけで、当の病院のことは誰も考えていないという話が聞こえてきます。</p>

<p>そんな中、市の財政当局から提案があったのは、収支の責任を現場にも割り振ろう、具体的には、診療科ごとに収支の改善を割り振って、これにコミットしてもらおうというものでした。</p>

<p>たしかによくあるアイデアで、一人ひとりが経営者になるという発想です。うまくいくかもしれないし、まずは反応を聞いてみたいと思い、とりあえず、病院経営を担う病院事業管理者と、院長と、ある診療科長の打ち合わせに陪席することになりました。</p>

<p>事業管理者と院長から、診療科ごとの収支責任について説明を受けた診療科長の医師の反応は、自分はお金儲けをしたくて医師になったわけではない、病気やケガで苦しむ人を助けたいと思ったから医師になったわけで、収支責任といわれてもまったくピンとこないしやる気もでない、自分以外の医師や看護師も同じ思いだというものでした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現場のやる気を引き出す目標設定に</h2>

<p>なるほど、たしかにそのとおりです。このままではまずいなあと感じた私から申し上げ、診療科長とお話ししたのは以下のとおりです。</p>

<p>私：「先生のご専門は何でしたか。たしか、消化器外科ですよね。肝臓、すい臓、胆のうあたりの下部消化管をご専門にされていたと承知しています」</p>

<p>診療科長：「はい。そのとおりです」</p>

<p>私：「なるほど。ところで、お伺いしたいのですが、先生のご専門の領域の技術や知見を直接活かすことができる患者さんは、100人患者さんが外来にいらしたとしたら何人くらいいらっしゃるのでしょうか？」</p>

<p>診療科長：「10人くらいですかね。あまり多くはありません。残りの90人くらいの患者さんは、この病院というよりは、地域のかかりつけ医でも診ていただける患者さんかもしれません。公立病院ですから、受け入れないわけにもいきませんからね」</p>

<p>私：「いま進められている地域医療構想では、公立病院といえども、高度急性期として担うべき機能をしっかり発揮することが求められていますよね。例えば、これから進める改革というのが、先生の専門性をもっと発揮することができる、いまの10人を、20人、30人とさらに増やしていく方向性であるとすれば、それは賛同できますか？」</p>

<p>診療科長：「それなら大歓迎です。新しい技術を学び、積極的に取り入れ、患者さんの治癒に役立つものとして、自らの手技を磨いてきましたからね。それができるのならばチャレンジしたい」</p>

<p>私：「収支改善へのコミットメントではなく、先生の患者さん、先生の専門性が活かせる人を増やしていくことを目標にするのであれば、いかがでしょうか。これは同じ診療科の他の先生たちも同じです。それぞれの専門性が活かせる重症度の高い、高度な医療をもっとやれるようにしていくという方向性です」</p>

<p>院長と診療科長：「それはわかるけど、でも、自分たちは何をすればよいのか、よくわからない」</p>

<p>私：「この診療科の先生たちがコントロールできることとして、これから申し上げる2つのことをお願いするのはいかがでしょうか。①いまいる患者さんのうち、地元のかかりつけ医の先生にお願いしたほうがよい患者さんはお返しする、つまり、逆紹介を増やしていくこと、②先生の専門性について、かかりつけ医の先生たち、さらには、地域の市民の皆さんにお伝えする機会をもっとつくってください、どんどんお話しして、伝えていってくださいということです。いかがでしょうか？」</p>

<p>事業管理者、院長、診療科長：「それならやります。やりたいです。その2つであれば、自分たちがやるべきことですからね」</p>

<p>結果として、診療科長がコミットしたのは、①救急も含めて外来で来た患者さんをかかりつけ医に返す割合である逆紹介率、②地域でのカンファレンスの開催回数と市民向け講座の開催回数となりました。</p>

<p>これを進めていくうちに、病院に変化があらわれてきました。まず、外来患者が減りました。外来の待ち時間も減り、正午くらいに行くと、外来の精算窓口が空いてくるようになりました。</p>

<p>これによって医師たちは、入院患者のいる病棟に時間をかけられるようになりました。患者さんたちからの評価が高まったことはいうまでもありません。</p>

<p>かかりつけ医に患者さんを返したことによって、また、医師たちの専門性、技術の高さを共有したことによって、かかりつけ医からの紹介が増えるようになりました。</p>

<p>その結果、この病院の医師たちが担うべき重症度の高い患者が増えるようになりました。患者の回復が進めば、また、かかりつけ医に返します。併せて救命救急の強化にも取り組みました。</p>

<p>公立病院として、断らない救命救急を掲げれば、搬送数も増えることになります。救命救急の現場は毎日忙しいですが、自らの使命を果たしているので、現場のやりがいも高まっていきます。</p>

<p>結果として、担うべき質の高い医療を進めたことによって診療単価が改善し、病院経営を健全な水準に戻すことができました。</p>

<p>地域社会からの寄付も増えて、病院保有の救急車を持つようになるなど、地域に根差した高度急性期病院のあるべき姿に向けて、職員が一丸となって努力を重ねています。</p>

<p>この一連のプロセスでは、あるべき病院像を具体的な言葉で示すとともに、いろいろな数値目標も設定しました。しかし、収支目標を現場に課すことはまったくありませんでした。</p>

<p>大切なのは、組織が掲げる数値目標があるとすれば、それは、現場を動かす一人ひとりの専門性やその背景にある職業倫理に合致していることなのです。</p>

<p>最初の打ち合わせの一連のやりとりに見るとおり、納得がいかない数値目標は、そこで働く一人ひとりのやる気を削いでしまい、ひいては、組織の力を失わせてしまいます。</p>

<p>数字は、そこにいる人たちのやる気を引き出すことに使うこともできれば、それを失わせることもできるのです。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_doctorG.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 30 Jul 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[亀井善太郎（PHP総研主席研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>中国との戦力格差を埋めるには？ 日本が早急に取り組むべき「米国ミサイルの配備」  村野将（米ハドソン研究所上席研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12412</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012412</guid>
			<description><![CDATA[軍事力を拡大する中国との格差を埋めるために、いま日本がとるべき行動とは? 米ハドソン研究所上席研究員の村野将氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="米中戦争" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAchina.jpg" width="1200" /></p>

<p>中国の圧倒的な戦域打撃能力に対抗するために、日本が早急に取り組むべきこととは? 日米が直面する安全保障課題を念頭に、2025-2028年という時間軸のなかで、日米が取り組むべき政策と具体的な行動につながる提言を、書籍『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』より紹介する。</p>

<p>※本稿は、村野将著『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>米国の地上発射型中距離ミサイルの日本への配備</h2>

<p>日本は2022年の「国家防衛戦略」および「防衛力整備計画」に基づいて、12式地対艦誘導弾能力向上型や島嶼防衛用高速滑空弾といった国産ミサイルの開発を進めている。</p>

<p>しかし2025年1月時点において、すでに配備可能な状態にある米国の各種地上発射型中距離ミサイル――タイフォン（トマホーク・SM─6用の移動式ミサイルシステム）やLRHWダークイーグル（Long Range Hypersonic Weapon：2025年にも配備可能とされる射程2800kmの極超音速滑空ミサイル）――を日本に配備するか否かについては、少なくとも公式には議論されていない。</p>

<p>人民解放軍は2030年までに中国本土から1400km以内であれば4500カ所、3200km以内であっても850カ所の目標を2回繰り返し攻撃できるほどの圧倒的な戦域打撃能力を保有すると考えられる。</p>

<p>この想定を踏まえると、台湾有事の初期段階においては、嘉手納や普天間、那覇といった沖縄の主要な航空基地に加えて、築城（福岡）や新田原（宮崎）などの九州の航空基地も猛烈な攻撃を受けて一時的に使用不能となる可能性が高い。</p>

<p>また、中国本土から相対的に遠い岩国（山口）や三沢（青森）といった本州の航空基地、さらにはグアムおよびグアム以西の海域に展開しうる空母や強襲揚陸艦でさえも相当の脅威に晒される恐れがある。</p>

<p>LRASM（長距離空対艦巡航ミサイル）やJASSM（対地攻撃用ミサイル）の発射プラットフォームとなる爆撃機や戦闘機は、たとえ近傍の出撃拠点が破壊されたとしても、空中給油機によって航続距離を伸ばすことでより遠方から作戦を行なうことは可能だ（その場合の出撃拠点としては、ハワイや豪州北部のティンダルが考えられる）。</p>

<p>しかしその場合でも、作戦テンポが遅れることは避けられない。搭載するすべてのミサイルを撃ち尽くしたあとに再び前線での攻撃に加わるためには、損害の少ない基地に着陸してミサイルの再搭載を行ない、再出撃するという運用をせざるを得ない（各航空機1機あたりのLRASM最大搭載数は、Ｂ─1爆撃機で24発、F／A─18E／Fで4発）。</p>

<p>またイージス艦は、航空機に比べて一度に多くのミサイルを搭載できるものの、SM─3やSM─6などの防空ミサイルも併せて搭載しなければならないことを踏まえると、1隻あたりに搭載しうるトマホークは20〜30発程度にとどまると考えられる。</p>

<p>しかも、ミサイルを再装塡するには原則基地に戻らなければならないという点は、航空機と変わらない（米海軍は、艦艇の垂直発射管にミサイルを洋上で再装塡する方法を複数検討しているが、現時点では技術実証段階である）。</p>

<p>こうした運用条件を踏まえると、日米のスタンド・オフ・ミサイルは、空中発射型や艦艇発射型だけでなく、地上発射型の配備を並行して進めていく必要がある。この点、日本の12式地対艦誘導弾能力向上型は、発射オプションを多様化するなかでも、地上発射型の開発・生産を先行していることは適切と言える。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本本土への極超音速滑空ミサイルの配備</h2>

<p>しかし、一刻も早く中国とのストライクギャップ（打撃力の格差）を埋めるという観点からすれば、これらのミサイルの配備開始時期は早ければ早いほどよい。したがって、日米は米国の地上発射型中距離ミサイルを日本国内に配備するためのオプションについて議論を始めるべきである。</p>

<p>たとえば、米陸軍のタイフォンについてはすでに配備が可能な状態にあり、2024年4月には米比合同演習「サラクニブ」の一環としてルソン島北部への一時的な展開が行なわれている（バシー海峡を通過しようとする人民解放軍艦艇を牽制したり、台湾および中国本土を直接打撃できる位置にある）。</p>

<p>このように、いますぐ恒久的な配備予定地を決めることはなくとも、日米合同演習を通じた機動展開訓練を実施することはできるはずだ。　</p>

<p>米陸軍が開発中のLRHWについても、2025年には配備開始が予定されており、類似した性能を有すると見られる日本の島嶼防衛用高速滑空弾能力向上型（ブロック2A／B）の開発・配備スケジュール（ブロック2Aは2027年度以降、ブロック2Bは2030年度以降を予定）に先行する。</p>

<p>2800km近い射程を有するLRHWであれば、政治問題化しがちな南西諸島に配備する必然性はない。むしろ、九州や本州、北海道などに位置する陸上自衛隊の演習場に分散配備することを想定して、弾薬庫や支援施設の建設を検討するほうが有効であろう。</p>

<p>潜在的な目標となりうる中国の軍事施設・重要拠点5万カ所のうち、その約70％は沿岸から400km以内に集中しているため、LRHWのような極超音速滑空ミサイルであれば、九州や本州、北海道に配備した場合であっても、中国沿岸の航空基地を15分以内に打撃することができる。</p>

<p>日米の極超音速滑空ミサイルによる共同攻撃により、一部の航空基地を数時間から数日使用不能にできれば、中国側にもより遠方からの作戦を強いることで、日米の航空戦力が東シナ海から台湾周辺における航空優勢を取り戻すための余裕をつくり出すことが可能だ。</p>

<p>なお、米国が開発している地上発射型中距離ミサイルは、いずれもすべて通常弾頭ミサイルであり、核弾頭の搭載は計画されていない。</p>

<p>しかし、中国や北朝鮮が保有するほぼすべてのミサイルが核・非核両用であることを踏まえると、彼らのミサイルそのものを直接攻撃しない場合であっても、その関連システム等を攻撃対象とする場合には、自ずと核エスカレーションのリスクが生じる。</p>

<p>つまり、たとえ通常戦力による攻撃作戦であるとしても、日米間の緊密かつシームレスなエスカレーション管理が必要不可欠となる。核使用に伴う米軍の作戦は、インド太平洋軍などの戦闘軍司令部ではなく、戦略軍がその指揮権をもつとともに主要な計画立案を行なっており、その細部に関与するハードルは著しく高い。</p>

<p>しかし、日本のスタンド・オフ能力と米国が有する非核の打撃力との一体化を進めていくことで、日本はエスカレーション管理を主体的に行なう責任と権利をもつと同時に、米国の核作戦計画に関与していく段階的な足がかりを得ることが期待できる。</p>

<p>これは核・非核両用の航空機（Dual Capable Aircraft：DCA）とB61核爆弾に基づくNATO型の核共有メカニズムを安易に模倣するよりも、日米が互いに求め合う時代的・能力的要請に即している。</p>

<p>逆に、米国が中距離ミサイルを用いた作戦計画に日本が関与することを拒むようなことがあれば、日本は国民に対する説明責任の観点からも、配備受け入れを拒否することを躊躇すべきではないだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 24 Jun 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[村野将（米ハドソン研究所上席研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「米国が中露を同時に抑止するのは困難」限られた国防予算下での苦渋の決断  村野将（米ハドソン研究所上席研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12413</link>
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			<description><![CDATA[同時多発的に紛争が発生したとき、アメリカはどのように対処するのか? 米国の国防戦略について、米ハドソン研究所上席研究員の村野将氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="米国の国防予算" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAflag.jpg" width="1200" /></p>

<p>近年、国際安全保障環境が悪化し、世界中で同時多発的な紛争・危機リスクが顕在化しているなかにおいて、米国と日本を含む同盟国はその限られたリソースを最適に配分できているのか、という点が疑問視されるようになっている。同時多発的に紛争が発生したとき、アメリカはどう動くか? 米国の国防戦略について、書籍『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』より紹介する。</p>

<p>※本稿は、村野将著『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>第1期トランプ政権の「一正面戦略」</h2>

<p>2014年のロシアによるクリミア侵攻、中国の急速な軍拡や南シナ海での現状変更を目の当たりにした戦略コミュニティの政策実務者や専門家は、戦略の焦点を「大国間競争／戦略的競争」に回帰させる必要性を認識するようになり、第1期トランプ政権の誕生によって、この方針がより明確化されるようになっていった。</p>

<p>だが、冷戦終結後の約30年間で失われたものは大きく、米軍が全勢力を結集して立ち向かわなければならないような核武装した現状変更国（中国とロシア）を同時に抑止するにはあらゆるリソースが不足していた。</p>

<p>そこでトランプ政権の2018年「国家防衛戦略」では、二正面戦略を追求することはリソースの制約上もはや不可能であることを認めたうえで、有事には1つの大国との戦争に勝利することに集中し、その他の地域で起こりうる危機については抑止に徹するとされた。</p>

<p>非公式には「一正面戦略（one warstrategy）」と呼ばれるようになるこの戦略転換を主導したのが、当時戦略・戦力開発担当国防次官補代理を務め、第2期トランプ政権では政策担当国防次官を担うエルブリッジ・Ａ・コルビーである。</p>

<p>しかしながら、米軍のリソースを1つの正面に集中させるということは、相対的に優先順位の低い第二正面に一時的な力の空白を生じさせ、その間にもう一方の敵対勢力が現状変更を行なう機会を与えてしまいかねないリスクもある。</p>

<p>このリスクの重大性を指摘していたのが、歴代政権の国防戦略の立案に関わってきた元政府高官や予算分析の専門家で構成された超党派専門家パネル・国防戦略委員会の2018年版報告である。</p>

<p>同委員会の報告は、2018年「国家防衛戦略」が設定した目標――中国・ロシアとの戦略的競争に備えるという方向性――を評価しつつも、両国と対峙するのに必要な作戦構想を具体的に定義できていないことや、予算的裏付けが不足していることを指摘しており、このままでは台湾や南シナ海、東欧を想定した中国・ロシアとの対決において「米軍は敗北する可能性がある」と結論づけていた。</p>

<p>もっとも、一正面戦略の支持者らはそのリスクに無自覚であったわけではない。国防予算の増額はもっと以前の段階でやっておくべきだったことであり、政治が抜本的な予算増を認めないなかで中国対処を優先するならば、それ以外の地域で一定のリスクが生じることはやむを得ない、という苦渋の決断の結果であった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>米国が中露を同時に抑止するのは困難</h2>

<p><img alt="米国防予算の対GDP比の推移" height="984" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250611muranosho.jpg" width="1200" /></p>

<p>次のバイデン政権は、歴代政権と同様に就任後の早い段階で国防戦略の見直しに着手した。その間の2022年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が発生したものの、同年10月に発表された2022年「国家防衛戦略」においても一正面戦略を基本とする戦力構成基準は変更されていない。</p>

<p>この点につき、新たに組織された国防戦略委員会の2024年版報告には、「米国が直面している脅威は、1945年以来、米国が遭遇してきたなかで最も深刻かつ最も困難なものであり、近い将来大規模戦争の可能性を含んでいる」「2022年『国家防衛戦略』の戦力構成は、グローバルな競争や、複数の戦域における同時紛争の非常に現実的な脅威を十分に考慮しておらず、必要な能力と規模の両方が欠けている」といった厳しい評価が並んだ。</p>

<p>そのうえで、「米国本土を防衛し、インド太平洋、欧州、中東における同時多発的脅威に対処できる規模の多正面戦力構成」をめざすべきとの提言がなされている。</p>

<p>2024年12月に成立した国防権限法によると、会計年度（FY）2025年の米国防予算は8952億ドル（約139兆円）で、対GDP比で約3％となる見込みである。これは2027年までにようやくGDP比2％水準を達成しようとしている日本の防衛支出と比べればだいぶ多いように映るかもしれない。</p>

<p>だが歴史を振り返れば、米国のGDPに占める国防予算の割合は、朝鮮戦争中（1952年）には16.9％、ベトナム戦争中（1967年）には8.6％に達していた。米国が直面する安全保障環境が「1945年以来、最も深刻」とされているにもかかわらず、現在の支出水準は、冷戦終結後の米国一強時代（1999年）の2.9％とほとんど変わらないのである。だがこれも、コルビーが言うように、冷戦期並みの国防支出を容易に許さない米国世論と国内政治の現実を反映したものと見ることもできる。</p>

<p>「力による平和」をスローガンとする第2期トランプ政権は、会計年度2026年以降の国防予算をある程度増額させる方向に進むと予想されるが、それでも国防戦略委員会が推奨する多正面戦力構成を実現するレベルの劇的な増額を期待するのは現実的ではないだろう。</p>

<p>仮にそのような大幅増額があったとしても、中国とロシアという2つの核大国に加えて、それ以外の地域で生じうる紛争を同時に抑止、対処しうる戦力――装備や弾薬、人員、産業基盤――を構築するには10年単位の継続的な投資が必要であり、それまでの間に地域間で何らかのトレードオフが生じることは避けられない。</p>

<p>そのため我々は、こうした現実から目を背けるのではなく、トレードオフの存在を認めつつ、そのリスクをいかに管理するかを考える必要がある。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAflag.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 20 Jun 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[村野将（米ハドソン研究所上席研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「台湾有事は日本有事」の意味とは？　地政学で読み解く危機の現実  小野田治（日本安全保障戦略研究所上席研究員／元空将）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12439</link>
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			<description><![CDATA[元空将の小野田治氏に「台湾問題」について、地政学の観点から分かりやすく解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="台湾有事は日本有事" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_earthball.jpg" width="1200" /></p>

<p>地政学は、地理的な条件と政治、経済、社会、軍事といった分野の相互関係を分析する。日本の指導者と海外の指導者の間には、地政学と不即不離の関係にある軍事的知識について大きなギャップがあり、日本の指導者が国際情勢を理解する際の盲点となっているのではないか。</p>

<p>本稿では、元空将の小野田治氏に「台湾問題」について、地政学の観点から分かりやすく解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、折木良一編著『自衛隊最高幹部が明かす　国防の地政学』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>現状変更を抑止するための米国の軍事戦略</h2>

<p><img alt="台湾の地理関係基本データ" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250602Orikiryoichi1.jpg" width="1200" /></p>

<p>昨今、台湾有事が盛んに叫ばれるが、米国は台湾をどのように守ろうとしているのだろうか。2018年2月に第1期トランプ政権が策定した「インド太平洋における戦略的枠組み」では、「紛争時に第一列島線内での中国の持続的な空・海優勢を拒否すること」が謳われている。また「台湾を含む第一列島線にある同盟諸国を防衛」し、「第一列島線外の全領域での優勢」を確保することも明記されている。</p>

<p>より具体的に米インド太平洋軍の作戦構想を分析すると、第一列島線上の島々に統合精密打撃ネットワーク、とくに地上配備の対艦、対空ミサイルを配備するとともに、艦艇は艦隊を組まずに分散して行動する。第二列島線上では、中国のミサイル攻撃に対する防御力を高めるために「統合防空ミサイル防衛（IAMD）能力」を重点に置いている。</p>

<p>米軍がこのような軍事戦略を進めるのは、「中国が力の空白を利用して短期間のうちに武力紛争レベル以下の行動で一方的に現状を変更しようと試みる」リスクが最も高いと分析しているからである。</p>

<p>陸軍、海兵隊が保有する地対艦ミサイルを機動的に第一列島線上に配備することで、南シナ海、東シナ海の主として敵の艦艇を破壊する。この攻撃により敵の海軍力を無力化し海上優勢をとらせない作戦である。加えて沿岸部にある航空基地に打撃を与える作戦が構想されている。</p>

<p>また、空母機動艦隊は中国の精密ミサイルの標的にされるため、米海軍は、さまざまな艦艇をバラバラに配置し、敵の攻撃を1カ所に絞らせないように分散させることを狙った「分散海洋作戦構想（Distributed Maritime Operation：DMO）」をとる。当然空母はリスクの高い海域には進入せず、対空戦能力が高いイージス艦などが艦隊を組まず分散して行動することで、敵に予測をさせないような作戦展開が考えられている。</p>

<p>さらに米海兵隊は海軍と共に島々に機敏に展開し、地対艦ミサイルを発射したら速やかに次の場所に移動するというように機動力を利用し、相手に狙いを絞らせないような戦い方を想定している。米国は、このような作戦構想の下で中国による一方的な現状変更を抑止しようと考えているが、ハイブリッド侵攻がじわじわと進められた場合、対応は困難になるだろう。</p>

<p>台湾の安保関係者が最も懸念しているのは、中国による情報・浸透工作である。中国は台湾メディアを買収して、発信内容をコントロールし、浸透工作を行なってきた。　</p>

<p>頼清徳政権は、中国によるこうした工作に強い危機感を抱いている。しかし2024年1月の総統選で頼清徳氏の得票率が40％程度だったことを考慮すれば、台湾人のなかに少なからず親中派がおり、中国の組織的な浸透工作に脆弱である可能性は否定できない。</p>

<p>また、2期目のトランプ政権が台湾に関してどのような政策を展開するのかは不透明だ。筆者も台湾政府関係者から、「中国の武力侵攻に際して米国が台湾を見捨てるようなことが起きた場合、日本はどのように動くのだろうか」と真剣なまなざしで問いかけられたことが何度もある。</p>

<p>私の回答はこうだ。トランプ政権の方向性を考えるうえで大事なのは、彼が強さを背景にディールを仕掛ける性向があることだ。彼の1期目の安全保障戦略のキーワードが「力による平和」だったことを思えば、2期目の方向性が「強さの追求」であることは当然で、1期目以上に自信をもって米国の利益を追求し、利益にならないことには手を出さないという姿勢が一層鮮明化するだろう。</p>

<p>中国だけが右肩上がりで、米国経済が減速していくことをトランプ氏はあらゆる手を使って食い止めようとするのは明らかだ。注意すべきは、たとえばウクライナ停戦や中東の安定化、北朝鮮の非核化などに中国カードを使おうとするようなケースだ。</p>

<p>その取引が台湾統一の許容とならぬよう、日本はあらゆる外交カードを使って米国を説得しなければならない。台湾を取引の材料にすれば、アジアにおける米国のコミットメントが崩壊し、米国が著しい利益を失うことを説明しなければならない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本にとって台湾の防衛は死活的に重要　</h2>

<p>万が一中国が台湾を占領し、統一に成功してしまった場合、その後どんな状況が考えられるのか。</p>

<p>台湾はいまだに技術的には中国より勝っている分野が多く、中国は半導体産業を中心とした台湾の進んだ技術を手に入れることになる。次世代技術の獲得競争の鍵を握る半導体の供給を中国が政治的にコントロールできるようになれば、世界経済や米国との技術覇権をめぐる競争にも決定的な影響を与えることになるだろう。</p>

<p>我が国は、台湾海峡はもとより、バシー海峡やバリンタン海峡を通過するシーレーンの安全を確保できなくなる事態も想定される。このような状況に立ち至れば、再びフィリピンに大規模な米軍が駐留するようなことにならない限り、これら海峡のシーレーンの安全確保は著しく困難になる。</p>

<p>また地政学的な軍事バランスが変化するとともに、東シナ海と南シナ海の一体化がより進むことになるため、中国は南シナ海の軍事化にとどまらず、軍事力を発揮して同海域のコントロールを強化する可能性も高まる。米海軍がこれまでどおり「航行の自由作戦」を継続すれば、中国の妨害行動は先鋭化し、米空母の活動は難しくなるかもしれない。</p>

<p>台湾が中国に取られ、米中対立が続く状況下においては、日本が安定的に中東からのエネルギーを輸送することは当然視できなくなる。またエネルギー政策に止まらず、日本企業の生産を支える東南アジアのサプライチェーン（供給網）の見直しや、それに伴う産業構造の転換も余儀なくされるきわめて甚大な影響を我が国に及ぼすことを意味する。</p>

<p>当然、日本の尖閣諸島のコントロールも風前の灯火となるのは間違いない。また台湾が陥落すると、台湾の空軍基地10カ所を人民解放軍が利用可能になるため、沖縄の防衛が難しくなる。日本防衛にとっても台湾の防衛は死活的に重要だとの認識をもつ必要がある。</p>

<p>日本は、台湾で万が一戦端が開かれるような事態が発生した際に政府としてどう対応すべきか、何ができるのかについての検討が遅れている。自衛隊内だけでなく政府全体として台湾有事について、また、万が一中国が台湾の占領と支配に成功した場合の対応について、軍事面だけでなく、長期的な経済・社会的影響まで含めた検討を早急に進めるべきである。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Thu, 19 Jun 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[小野田治（日本安全保障戦略研究所上席研究員／元空将）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>李在明新大統領は朝鮮半島情勢をどう変える？  磯部晃一（磯部戦略研究所代表／元陸将）,鈴来洋志（[公財]陸修偕行社 現代戦研究会 座長／元韓国防衛駐在官）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12440</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012440</guid>
			<description><![CDATA[元陸将の磯部晃一氏、元韓国防衛駐在官の鈴来洋志氏に、韓国の李在明新大統領誕生で揺れる「朝鮮半島」の現状について、地政学の観点から分かりやすく解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="朝鮮半島" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_chousenhanto.jpg" width="1200" /></p>

<p>地政学は、地理的な条件と政治、経済、社会、軍事といった分野の相互関係を分析する。日本の指導者と海外の指導者の間には、地政学と不即不離の関係にある軍事的知識について大きなギャップがあり、日本の指導者が国際情勢を理解する際の盲点となっているのではないか。</p>

<p>本稿では、元陸将の磯部晃一氏、元韓国防衛駐在官の鈴来洋志氏に、韓国の李在明新大統領誕生で揺れる「朝鮮半島」の現状について、地政学の観点から分かりやすく解説して頂く。</p>

<p>※本稿は、折木良一編著『自衛隊最高幹部が明かす　国防の地政学』（PHP研究所）より、内容を一部抜粋・編集したものです</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>さらなる「核武力」の増強に邁進する北朝鮮</h2>

<p><img alt="北朝鮮の韓国に対する砲撃の脅威" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250602Orikiryoichi2-1.jpg" width="1200" /></p>

<p>先の韓国大統領選で、最大野党「共に民主党」の李在明氏が勝利した。そもそもいま、朝鮮半島はどのような状況にあるのか、李在明新大統領の誕生は朝鮮半島情勢にどう影響するのか。</p>

<p>2024年1月、金正恩総書記は、最高人民会議で、韓国を「第1の敵国」に定めるべきだと述べた。そして、有事においては、短期に勝敗を決する「速戦即決」を基本方針とし、特殊作戦やミサイル・核戦力を軸とした「非対称戦」を重視するものと思われる。</p>

<p>地上戦力は、約110万人で、兵力の約3分の2を非武装地帯（DMZ）付近に展開。四軍団、二軍団、五軍団と一軍団をDMZに張りつけておき、首都防衛のための平壌防衛司令部が平壌一帯を防御するという部隊配置は、基本的に冷戦時代から変わっていない。</p>

<p>海軍は約760隻の艦艇を有しているが、前方に兵力を浸透させるためのホバークラフト、小型潜水艦の他、ミサイル艇、魚雷艇など米艦隊の接近を阻止するための機能を整え、東西海岸の防衛のために配置している。もっとも、海軍が東西に分かれていることは、戦力を合一できない弱点とも捉えられる。　</p>

<p>空軍の戦闘機は、平壌から元山（ウオンサン）ラインの南に40％を配置し、防空部隊は各種対空兵器の特性に応じて重層に配備されている。とくに、平壌地域には地対空ミサイルと高射砲を集中配置し、複数の対空防御網を形成している。また、約20万人規模の特殊戦部隊や新たに戦略軍が創設された。</p>

<p>さらに北朝鮮のサイバー部隊は、偵察総局隷下に2009年に再編され、数千人の人員が、情報収集、破壊工作、情報工作、外貨獲得等に従事していると思われる。</p>

<p>2021年の朝鮮労働党第8回党大会では、核抑止力のさらなる強化を図ることが謳われ、①戦術核の開発、②超大型核弾頭の生産、③極超音速滑空飛行弾頭の開発導入、④水中・地上固体燃料推進の大陸間弾道ミサイルの開発、⑤原子力潜水艦の開発といった戦力を増強する方針が打ち出された。</p>

<p>2016年、北朝鮮人民軍最高司令部は重大声明を発表した。そのなかで第一次打撃目標は「青瓦台（韓国の当時の大統領府）と反動統治機関」で、第二次打撃目標は「アジア太平洋地域の米帝侵略軍の対朝鮮侵略基地」と「米本土」だと表明した。</p>

<p>韓国全土を同時制圧できる圧倒的火力と半島南部まで到達できる機動戦力により短時間で韓国を占領できる戦力と、核戦力を含む打撃力で在韓・在日米軍そして米国本土を射程内に置き、米国の朝鮮半島への関与を拒否する能力を確保することが、北朝鮮の目標である。</p>

<p>昨今、北朝鮮は盛んにミサイル発射実験を行なっているが、これは第8回党大会で定められた目標を達成するために計画に沿って実験が進められているものである。北朝鮮は2024年4月、新型中長距離固体燃料弾道ミサイル「火星砲─16ナ」型の初の発射実験を実施。これにより異なる射程のすべての戦術、作戦、戦略級のミサイルの固体燃料化、弾頭操縦化、核兵器化を実現したと、その成果を誇示した。</p>

<p>経済制裁下に長年置かれていたため苦しい経済状況のなか、北朝鮮が核及びミサイル開発については確実に前進させていることは驚異的だが、サイバー攻撃を含めたさまざまな違法活動などで獲得した資金をこの分野に集中的に投入することで、目標に突き進んでいるものと考えられる。　</p>

<p>金正恩氏は当初、経済建設と核武力建設の「並進路線」を推進していたが、並進路線とは言いながらも、同氏の究極的な狙いは核武力を建設して国家の基盤を固めたのちに経済建設を図ることであろう。</p>

<p>2017年11月には大陸間弾道ミサイル（ICBM）「火星砲─15」型の発射に成功し、これにより北朝鮮は核武力の完成を宣言し、経済建設に集中する路線に移行することを考えた。そして、金正恩氏は2018年6月、金日成氏も金正日氏も成し遂げることのできなかった米朝会談をトランプ米大統領と実現。これこそ核武力建設の成果と考えられたのだが、結果は上手くいかなかった。</p>

<p>そして、2019年の米朝ハノイ会談の挫折を受けて金正恩氏は、さらに強力な軍事力をもって米国に挑まなければならないと考え、「正面突破戦」を宣言。主体的に状況を好転させるべく、一層の軍事力の増強を図り、長期的な闘争に突き進む決意を表明した。金日成氏は「思想強国」、金正日氏は「軍事強国」としての国家建設に努めたが、金正恩氏が最終的にめざしているのは核武力を背景にした「経済強国」だと思われる。</p>

<p>しかしながら、北朝鮮は、度重なる核実験やミサイル発射により経済制裁を科され、経済状況は好転しなかった。そのようななかで勃発したウクライナ戦争は、北朝鮮にとって僥倖と言えるだろう。北朝鮮は開戦当初から外交面でロシアを支持した。戦争2年目となってロシアの弾薬や兵器の欠乏が現れると、これらを積極的に支援した。　</p>

<p>2024年には24年ぶり2度目のプーチン訪朝が行なわれ、露朝が包括的戦略パートナーシップ条約を締結し、兵員までも派遣するに至った。北朝鮮はロシアへの軍事支援で、ロシアの軍事・政治的な後ろ盾を強固なものにすると共に、得られた経済的利得により軍事力の近代化を図るものと考えられる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>戦略兵器の開発を着実に進める韓国　</h2>

<p><img alt="韓国軍の弾道ミサイル射程" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250602Orikiryoichi2-2.jpg" width="1200" /></p>

<p>一方の韓国軍は、歴史的に北朝鮮の脅威に対する防衛を主任務とし、DMZ付近への軍の配備を最重要視してきたが、現在の韓国は「全方位の安保体制」をとっており、「韓国の主権、国土、国民、財産を脅かし、侵害する勢力を我々の敵と見なす」と規定している。</p>

<p>また、韓国は、戦力強化のなかで、「先進国として侮られない軍事力」を保持したうえで、「作戦統制権を移管する条件」を整備して、自主国防を推進している。つまり、北朝鮮だけでなく、覇権を拡大する中国を潜在的な脅威と認識している可能性がある。また、日本とも竹島をめぐる領土問題を抱えている。&nbsp;</p>

<p>韓国は近年、戦略兵器の開発を進めており、「玄武（ヒヨンム）」系列のミサイルを開発し、射程を延ばすことに成功（上図）。もともと1979年の米韓ミサイル指針により、韓国軍が保有できるミサイルの射程は180㎞、弾頭500㎏に制限されていた。ソウルから平壌への距離が約200㎞であり、韓国が暴走して平壌に手を出さない程度のミサイルの保有にとどめるよう米国が制限していた。</p>

<p>北朝鮮が軍事力を増強していくなか、韓国の要求を受け入れる形で米韓は同指針を4回にわたり改訂し、2021年5月には同指針を全廃することが決定された。米国は、この地域におけるミサイル能力の不足を補う目的で、韓国の能力向上を容認する方向に切り替えたものと考えられる。文在寅大統領が登場してからも、韓国は2018年に「国防改革2.0」を打ち出し、軍事力の増強を強力に推し進め、当時のドル換算での実質的な軍事費は日本と同等レベルとなった。</p>

<p>2021年9月には潜水艦発射弾道ミサイル（SLBM）の発射実験に初めて成功したことも発表し、原子力潜水艦の建造も視野に入れている可能性がある。そして、韓国は、2024年の「国軍の日」の軍事パレードで弾頭重量約8トンもの貫通弾頭をもつ短距離弾道ミサイル「玄武5」を登場させた。</p>

<p>北朝鮮の核やミサイル開発にばかり目がいきがちだが、じつは韓国も着実に戦略兵器の開発を進めているのである。保守と革新の政治的分断が根深いにもかかわらず、着実に軍事力増強を進めてきた韓国の姿勢に注目すべき点は多い。</p>

<p>尹錫悦前大統領の弾劾・罷免を受け、前倒しとなった大統領選挙では、最大野党「共に民主党」の李在明氏、与党「国民の力」の金文洙氏、保守系野党「改革新党」の李俊錫氏が出馬し争った。選挙の結果、李在明氏が49.42%の得票率で当選し、第21代大統領に就任した。尹前大統領の戒厳令に対して国民の批判は大きく、李在明氏が楽勝で当選すると思われたが、過半数の得票を得られなかったことは、韓国社会がいかに分断社会であるかを露出させた。</p>

<p>李在明氏は過去に反日的な発言をしてきたが、韓国国内では若年層を中心に反日感情よりも経済成長を優先する傾向が強まっており、李政権が日本との関係を極端に悪化させる可能性は低いと考えられる。ただし、徴用工問題や歴史認識の違いが再燃すれば、日韓関係の緊張が高まる可能性もある。</p>

<p>李氏は「堅固な韓米同盟」を外交の基盤とし、日米韓の協力を強化する方針を示している。これは、北朝鮮の核開発や中国の地域覇権拡大に対応するための戦略と考えられる。しかし、在韓米軍の削減問題が持ち上がり、米国と摩擦が生じる可能性もある。</p>

<p>一方で李氏は北朝鮮との対話を重視し、朝鮮半島の平和構築を目指す姿勢を示している。しかし、北朝鮮は韓国を敵対国家と定めており、韓国の対話路線が北朝鮮の軍事的挑発を抑制できるかは不透明である。とくに、北朝鮮とロシアの軍事的接近が進むなかで、韓国の安全保障環境は厳しさを増している。</p>

<p>李在明氏は「国益中心の実用外交」を掲げ、中国やロシアとの関係を安定的に管理する方針を示している。これは、米中対立が激化するなかで韓国の外交的選択肢を広げる狙いがある。しかし、米国が韓国に対し対中圧力への協力を求める可能性があり、韓国の立場が難しくなる可能性もある。</p>

<p>実用主義を掲げる李在明氏の国家運営は大きな困難が予想される。朝鮮半島南部が我が国と敵対的な勢力の影響力の下に置かれないように、我が国の「重要な隣国」韓国情勢に注目していかなければならない。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Mon, 16 Jun 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[磯部晃一（磯部戦略研究所代表／元陸将）,鈴来洋志（[公財]陸修偕行社 現代戦研究会 座長／元韓国防衛駐在官）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>他人と比較しがちな日本人に必要な「雑談」とは?  フラットな関係を築くヒント  勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12333</link>
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			<description><![CDATA[デンマーク人と日本人の&quot;雑談&quot;の違いとは? 組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏に対談してもらった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="デンマークの雑談" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg3.jpg" width="1200" /></p>

<p>なぜデンマークはビジネス効率性で世界をリードし続けるのか? その鍵は、意外にも&quot;雑談&quot;にあるという――。</p>

<p>他人と比較され、序列化が進みがちな日本の企業において、真のフラットな組織を築くにはどうすればいいのか。組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏に対談してもらった。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年6月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「子どもみたいな会話」こそ重要</h2>

<p>【勅使川原】私が組織開発コンサルタントとしてめざしているのは、具体的には針貝さんが新著『デンマーク人はなぜ会議より3分の雑談を大切にするのか』で紹介されているコミュニケーションの在り方だったのかもしれない、と感じています。私が「謝意から始める組織開発」と表現しているものです。</p>

<p>たとえば、まずは「この会社に来てくれてありがとう」という感謝を社員に表明し、上司が部下にネガティブなフィードバックを行なう際には、「私の目からはこう見えているんだけど、実際にやりにくさがあるかな?」など、「見えている」という伝え方を推奨しています。</p>

<p>また、人の考えは状況に応じて変わっていくものですから、そのときには素直に「ごめんね、以前言ったことと変わってしまった。それには、こういう事情があって......」などと、その都度入念に説明していくとよいでしょう。</p>

<p>突き詰めていくと、「ありがとう」「こう見えている」「ごめんね」など、いずれも「子どもみたいな会話」ですが、私はそれが意外と組織をうまく成り立たせるものだと思うんです。</p>

<p>【針貝】「子どもみたい」とおっしゃいましたけど、そもそも日本でコミュニケーションの仕方って一度も教わったことがないように思うんです。たとえばデンマークの学校の授業では、意見の違いを帽子の色で分けて、双方の立場からコミュニケーションを実現する練習をしたりする。そういう一見子ども向けに見えるようなコミュニケーションの練習こそ、大事なんだろうと思います。</p>

<p>デンマークではどんな職業や立場の人同士でも対等だという意識がありますが、日本は他人と比較されやすい社会であるからか、相手の存在を承認するコミュニケーションが十分ではないように思います。</p>

<p>【勅使川原】その他人との比較が、やがては能力主義に結び付くのです。能力主義が成立するうえでは、揺れ動くはずの人間の存在をスナップショットのように切り取って「断定」する。すると周囲を見て「他者比較」する。そして、水平方向ではなく縦に並べて「序列化」して自分の立ち位置を判断する。このスリーステップがあります。</p>

<p>【針貝】デンマークでは小学校の段階から、児童の様子をふまえて入学や卒業を一年遅らせることがあります。クラスメートの年齢がずれているのは普通で、そもそも比較しないんですよね。一方で日本はほとんど横並びのまま学年が上がりますから、どうしても周囲の状況が気になるのかもしれません。</p>

<p>【勅使川原】とても興味深い考察です。かつてアメリカに留学していたときに、25歳のデンマーク人に出会ったんですが、「世界一周しているの」「デンマークでは大学を出てすぐに就職する人なんてほとんどいないよ」と話していたことを思い出しました。日本の多くの企業は新卒一括採用なので、就職活動の時期がズレてしまうと就職に不利に働きがちなんですよね。</p>

<p>【針貝】じつは私は大学3年生のときに日本で就職活動していましたが、強い違和感を覚えて途中で止めたんです。会社に就職する前に一度、日本社会の将来を見つめ直そうと思いました。そこで結果的にデンマークと出会って現在に至るのですが。</p>

<p>【勅使川原】まさに針貝さんにとってのターニングポイントですね......!</p>

<p>【針貝】いま振り返ればそうなのですが、当時は「お先真っ暗」だと感じていましたよ（苦笑）。自分は横並びの社会からはじかれてしまったんだ、という感覚に襲われていましたから。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本企業の事例</h2>

<p>【勅使川原】針貝さんの新著には「相手が苦手なことを頼まない」と書いてありますが、私はこれを金言だと思っているんです。</p>

<p>【針貝】ありがとうございます。デンマーク企業では相手にとってその仕事が苦手だと思ったら次は頼まなかったり、別の人に頼んだりするのは普通のことです。</p>

<p>【勅使川原】日本では教育段階から、苦手なことをできるようにするべきとされます。そうした教育には良い面もあるかもしれません。ただ、たとえば仕事において上司が部下に対して「苦手な仕事こそ任せて成長させよう」という発想のベースには、各人がゼネラリストとして完璧になるべきという考えがある気がします。</p>

<p>【針貝】人間の性質には変えられない部分があるし、やりたいことだって時間とともに変わります。デンマーク人は、前提として人は変わる存在だということを受け入れていて、だから相手に無理やり「これをやって」とは言いません。</p>

<p>取材したデンマーク企業Queue-it（キューイット）のCEOも「苦手なことを伸ばしている時間もエネルギーもない。それより人の得意を伸ばすほうが早い」と話していました。オフェンスが得意な人にディフェンスまでお願いしない、というわけです。</p>

<p>【勅使川原】日本企業でも、ユニクロなどを展開するファーストリテイリング会長兼社長の柳井（正）さんは「毎日でも組織図を変えたいくらい」「人間はどんどん変わっていくから、相性も組み合わせ方も変わるはず」と考えているそうです。人が完璧になることはなくて、日々変化するものだとご存じなのでしょう。</p>

<p>星野リゾートも、星野（佳路）社長が「フラットな組織文化」にこだわり、社員それぞれが強みを生かせる関係性をつくっているようです。</p>

<p>日本企業のトップ層の考えが変わることは、社会を変革するうえでとても重要でしょう。ただ一つ意識したいのは、そうした新しい考えをおもちの経営者たちも、能力主義社会で評価されたり傷つけられたりした経験を重ねながら、現在のポジションを確立してきたということです。そうであるとすれば、まずは彼ら彼女らに「ありがとうございます」と言うべきではないでしょうか。</p>

<p>【針貝】おっしゃる通りですね。最後に私から付け加えると、健全ではない上下関係は、必ずしも上からだけではなく下からつくられるケースもあります。すなわち、部下の側が何のアクションも起こさずに「話しても無駄」と決めつけてしまっていることもある。</p>

<p>難しいかもしれませんが、上司の立場に立って、自分がやりたいことを諦めずに伝えることも必要ではないでしょうか。もちろんその場面でも、お互いへの「ありがとう」が必須です。</p>

<p>【勅使川原】「違っていたら申し訳ないですが、私からはこう見えています」というひと言が、状況を大きく改善する可能性がありますからね。これも学校教育時点での成功体験が必要で、教師に対しても素直に「先生、私はこう思ったのですが、どうでしょう」などと言い合える環境を日本でもつくりたいというのが私の願いです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 03 Jun 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>デンマーク人は「飲み会でもはっちゃけない」日本人とは対照的な雑談の常識  勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12334</link>
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			<description><![CDATA[デンマーク人と日本人の&quot;雑談&quot;の違いとは? 組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏に対談してもらった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="デンマークの雑談" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg2.jpg" width="1200" /></p>

<p>日本の職場では、飲み会で&quot;素の自分&quot;をさらけ出し、同僚との絆を深めることが慣習となっている。しかし、5年連続でビジネス効率性世界一のデンマークでは、そのような飲み会は一般的ではないという。両国の雑談の場における振る舞いの違いには、どのような文化的背景があるのだろうか。</p>

<p>組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏による対談から、デンマークに学ぶべき雑談文化について探っていく。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年6月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「評価」というより「確認」のミーティング</h2>

<p>【勅使川原】私は何よりも相手を否定しないコミュニケーションが大事だと考え続けてきましたが、デンマーク企業の雑談のベースにも、そういう考え方があるように感じます。</p>

<p>【針貝】デンマークでは保育園の段階から、児童たちが輪になって、ファシリテーターである先生のもと、一人ひとりの話や意見をみんなで聞く文化があります。小・中学校でもそのようなコミュニケーションが行なわれていて、逆に先生の権威がなさすぎるのは問題だと指摘する方もいるくらいです（笑）。</p>

<p>【勅使川原】面白いですね。日本の学校現場で先生がファシリテーターという立場をとりにくいのは、「評価者」としての威厳が邪魔しているのかもしれません。</p>

<p>【針貝】私もそう思います。さらに言うならば、日本では「先生と生徒」の関係性が「上司と部下」にそのまま移行してはいないでしょうか。</p>

<p>それに対して、デンマークのように教育段階で先生がファシリテーター役をしていると、企業でも上司がファシリテーターとして、部下がどう気持ちよく力を発揮できるようにするのか考えることができる。私のインタビューに対して、｢上司の一番の仕事は部下の邪魔をしないこと」と話す方もいました。</p>

<p>【勅使川原】そういう上司のもとで働きたいと思う人は多いでしょう。でも日本の現実を見ると、部下の持ち味を活かして組み合わせよう、という発想にはなかなか至っていない。</p>

<p>【針貝】上司と部下の１on１ミーティングについてお話しすると、デンマークでは「評価」というより「確認」がされる場です。現状についての共有と、何か困ったことはないのか、これからどうするかという話ですね。頻度は年に一、二回くらいですから、多いわけではありません。とはいえ必要があればそれとは別に部下と話をするし、コーヒーを飲みながら立ち話をすることもあります。</p>

<p>【勅使川原】日本でも１on１ミーティングに取り組んでいる企業が増えています。ただし、上司が評価者目線をもったままだと、「今日は曇りだね......」みたいな白々しい話から始まってしまう。それは針貝さんが考える「雑談」ではありませんよね。</p>

<p>私がふと懸念したのは、デンマーク人の行動を表面上だけ真似する人が「雑談ハラスメント」を起こさなければいいな、ということ。やたらコーヒーマシンの近くで張っている上司とか出てきたら嫌だなって（笑）。</p>

<p>【針貝】それは怖い......、逆効果です（苦笑）。</p>

<p>【勅使川原】私が思うのは、「雑談」とは権力勾配がない状態で、しかも職務を定義したうえでやることで相乗効果が生まれるだろう、ということです。そうでないと、いわゆる「コミュ力」のある人が生き延びていくだけの社会になる気がする。口下手だとしても、職務さえ定義されていれば、立派に分業が成り立つ。それを体現しているのがデンマーク社会なのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>雑談と仕事が切り離されている</h2>

<p>【針貝】日本でも、飲み会や喫煙所での立ち話などを連想して、「雑談」は少なくないとイメージする方もいらっしゃるかもしれません。ただ、デンマーク企業の日本法人に勤める方が話していたのが、「たしかに日本人も飲み会で雑談するんだけど、仕事と完全に切り離されている」ということでした。</p>

<p>飲み会などで思いきって自分の「素」を出したのに、翌日会社で会うとそんなことはなかったかのように皆が働いていて、「あれは何だったんだろう?」となるわけです。</p>

<p>【勅使川原】日本ではそれがむしろ「正しい社会人」として考えられているように思います。</p>

<p>【針貝】デンマークでは職場のメンバー同士の飲み会は少なく、あったとしてもそんなにはっちゃけたりしません。それはみんなが自重しているというわけではなく、働いているときと飲んでいるとき、どちらも自然体だということ。ですから、たとえ飲み会でも話したことが、その人の個性として仕事にも活かされていきます。</p>

<p>【勅使川原】デンマークは飲み会、少ないんですね。普段から仕事で抑圧されていないから、「ガス抜き」が必要ないのでしょうか。</p>

<p>【針貝】朝食会で済ませるケースが多いですかね。もちろん、どちらが善し悪しという話ではないでしょうが。</p>

<p>【勅使川原】針貝さんが言うところの「雑談」は、人と人、あるいは人とタスクを組み合わせることに結び付く会話のことですよね。一方で日本の喫煙所の会話は、往々にして「あいつはできる」「あいつはダメだ」など個人を評価する場になっている。しかも、そこには好き嫌いという要素も介在しているかもしれない。</p>

<p>ただ、私が少し気になるのが、組織である以上は当然、デンマークでも上司が部下を評価しますよね。そうであるならば、上司にはある程度の権威的な部分が残らないものでしょうか。</p>

<p>【針貝】日本よりも解雇が身近な国ということもあり、上司との相性は重要です。けれど、上司が上から目線で部下の能力を評価するというよりは、部下の特性がその仕事に合っているかを見ています。</p>

<p>デンマークではその会社に固執する必要はなく、転職先もすぐに見つかるだろう、という労働者側の心理があります。ですから、部下からすると上司との相性や方向性の一致はたしかに大事だけれども、かといって恐れるほどの権威としては捉えていない印象です。</p>

<p>【勅使川原】日本では「雇ってやっている」「雇っていただいている」という感覚が残っているのでしょうね。昨今明らかになった日本の大企業の不祥事やハラスメントの問題も、「こんな理不尽な会社なら辞めてやる!」と言えない労働環境の問題も大きいと思います。</p>

<p>【針貝】ただ、デンマークのメディア業界でもハラスメントが問題になったんです。権力者に逆らうとその後のキャリアが潰されるからと、ステップアップを望む女性に対するセクハラが横行していた事実が明るみに出ました。日本と同じく社会問題に発展したので、悪しき風潮が一掃されることを強く期待します。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizmtg2.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 30 May 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「仕事は喜び」というデンマークの労働観　我慢して働く日本人と何が違うのか?  勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12332</link>
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			<description><![CDATA[デンマークと日本の仕事観の違いはどうして生まれているのか? 組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏に対談してもらった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="日本とデンマークの労働観" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizfoot_2.jpg" width="1200" /></p>

<p>5年連続でビジネス効率性世界一を誇るデンマーク。その背景には、「仕事は喜びであり、楽しむもの」という独自の価値観が存在する。一方、仕事の裁量権が限られ、我慢が常態化しやすい日本の職場環境との間には、大きな隔たりが見られる。この対照的な仕事観は、一体どのような要因によって生み出されたのだろうか。</p>

<p>組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏による対談から、デンマークに学ぶべき労働観について探っていく。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年6月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「仕事は喜び」というデンマークの労働観とその背景</h2>

<p>【勅使川原】針貝さんの新著『デンマーク人はなぜ会議より3分の雑談を大切にするのか』、一気に読んでしまいました。私はかねてより「一人ひとりが発揮しやすい能力をもち寄って仕事をするべき」と主張してきましたが、その一つの突破口になりうるのが「雑談」なのだと感じました。同年代で同じ問題意識をおもちの方がいることは、とても心強いです。</p>

<p>【針貝】「心強い」のは私も同じで、勝手ながら勅使川原さんには仲間のような感覚を抱いてきたんです（笑）。</p>

<p>【勅使川原】本書を読むと、お互いの能力をもち寄るためにコミュニケーションするとは具体的にどういうことなのかが、明確に理解できます。ただ、雑談ってやろうと心がけても、すぐにできるものではないと思うんです。</p>

<p>本書では「ラク」という言葉が随所で出てきますよね。それはおそらく、私が講演でよく使う「自然体」という言葉と同じ意味だと解釈しました。お互いに強みを発揮し合えば、「ラク」「自然体」でいられて、組織としてもパフォーマンスが上がる。ただ日本では、とくに能力主義の考え方によって「ラク」するのはネガティブに受け止められます。</p>

<p>【針貝】つねに頑張っていなきゃいけない、という空気がありますよね。</p>

<p>【勅使川原】労働観や人間観のベースに「歯を食いしばる」という考え方があるのではないでしょうか。一方でデンマーク人は、「存在をそのまま承認する」という前提から仕事観がかたちづくられている。もちろん善し悪しはあるにせよ、この出発点の差が日本人とデンマーク人の仕事観の違いに繋がっていると感じています。</p>

<p>【針貝】私も勅使川原さんの新著『学歴社会は誰のため』を読ませていただきましたが、「そうだよね」と頷かされるばかりでした。私と勅使川原さんは、根本の問題意識がとても近いですよね。仕事とは絶対的な個人の能力によって進められるものではなく、タスクや人との組み合わせによって成り立つという考え方です。</p>

<p>勅使川原さんが昨年に発表された『働くということ――「能力主義」を超えて』で印象的だったのは、「レゴブロック」の喩えでした。仕事とは「組み合わせ」でつくるものであって、一人ひとりに完璧なレゴブロックになれと言っても、それは無理なんですよね。</p>

<p>【勅使川原】針貝さんは、日本人とデンマーク人の労働観の違いをどう解釈されているのでしょうか。</p>

<p>【針貝】デンマークでは基本的に、「仕事は喜びであり、楽しむもの」と考えられています。もちろんさまざまな理由で本来は望んでいない職業に就いている方もいますが、それでも仕事を通じて社会に貢献することが喜びだ、という共通の認識がある。社会の構成員である限り、何らかのかたちでパブリックに貢献するのが望ましいという考え方ですね。</p>

<p>【勅使川原】エミール・デュルケームが提唱した「社会分業論」を地で行くようなイメージでしょうか。</p>

<p>【針貝】そうですね。もちろん職種によって給料の多寡はありますが、ステータス的な上下関係はありません。ゴミの清掃も尊くて社会に必要な仕事の一つとして理解されている。「やってくれる人がいてありがたい」という認識のもと、それぞれの仕事がリスペクトされています。</p>

<p>【勅使川原】職業に貴賤なし、ですね。翻って日本では、北欧諸国と比べると社会保障が手厚くないせいか、なるべく稼がないと満足に生きられないという考えが主流ですから、余裕をもちにくい。社会制度の違いも日本とデンマークそれぞれの労働観に影響している気がします。</p>

<p>【針貝】誰だって予想外の事態に見舞われることはあり得ます。そのとき、デンマークでは医療費の原則無料や手厚い失業保険制度が用意されている安心感があります。日本よりも解雇規制が緩いですが、それは転職しやすい社会という裏返しなので、国民の不安感に繋がっている印象はありませんね。</p>

<p>【勅使川原】ご説明いただいた社会保障の心理的安全性に加えて、ジョブディスクリプション（職務内容やスキルなどを記述した職務記述書）が明確で成果もしっかり定義されているからこそ、ワークシェアリング（雇用を分け合うこと）や分業が成り立つのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>デンマークでも学歴が重視される?</h2>

<p>【針貝】勅使川原さんは著書『学歴社会は誰のため』で「日本は仕事上の評価基準が曖昧」と指摘されています。日本では仕事をするうえで「絶対的な能力」があると思われていて、しかもその優秀さの基準は「頑張れること」「困難を乗り越えられること」など非常に曖昧です。</p>

<p>【勅使川原】あとは「うまくやれる」とか（苦笑）。</p>

<p>【針貝】私にとってはじつに印象的な問題提起でした。デンマークでは基本的に「その人は何に関心があるのか」「何をめざしているのか」が問われます。雇用される側の意識も日本とは異なり、どの会社に就職するかよりも「自分のプロフェッショナルはこれだから」という意識で会社を選ぶ。</p>

<p>【勅使川原】まさに「職に就く」意識ですね。ちなみに、デンマークでも職務経歴書に学歴は書くのでしょうか。</p>

<p>【針貝】意外に思われるかもしれませんが、デンマークでも学歴は評価の一つとして見られています。大手企業の採用では学歴による足切りが存在する。企業側が公表しているわけではありませんが、応募が大量であれば、一つひとつの職務経歴書を丁寧に見るのはどうしても物理的に難しいですから。</p>

<p>ただし、大学の知名度と同じくらい、その人が何を学んだのかという「専攻」が希望職種に合っているのかが重視されますね。</p>

<p>また学歴に関係なく、横の繋がりで次の仕事が決まることも少なくありません。たとえば、ある会社に勤めていた人が「将来的にこういう仕事がしたい」と考えていたら、周囲が「それならあの会社の人を紹介するよ」と口添えしてくれて、学歴に関係なく大企業に就職できるケースもあります。ただ、日本でもキャリアの半ばになると学歴はそれほど関係なくなるので、デンマークとの違いはあまりないかもしれませんね。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ケアする組織、我慢する組織</h2>

<p>【針貝】デンマークでは関心分野が職務に結び付いているので、本人が希望しない仕事をさせられることは基本的にありません。その代わり、人気で志望者があふれる職種で、その人が会社にフィットしていなければ解雇されることも珍しくない。ある意味ではドライで厳しい社会だと言えます。</p>

<p>一方、解雇まではさせられない日本では被雇用者が守られています。それでも、日本ではビジネスパーソンが仕事を自分で決められる裁量が少なく、多くの方が「我慢」させられているように思えて、その点はとても気がかりです。</p>

<p>【勅使川原】笑顔で「ラク」に仕事をしていたら、「もっと仕事できそうだね」と次のハードルを用意されてしまうことも......。つまり、余白があってもそれを外に見せないほうが都合がよい社会だと言えます。でも、それでいいのか? という話です。</p>

<p>【針貝】デンマーク社会は「私も楽しむからあなたも楽しんで」という考え方ですが、私が日本にいたときに感じたのは「私も頑張るから、あなたも多少無理して頑張ってよ」という空気でした。</p>

<p>【勅使川原】そうなんです! そしてその源流の一つが学校教育だというのが私の考えです。学校教育の時点で「頑張り」という「態度・姿勢」が教師から評価されるから、燃え尽きる寸前くらいまで働かないといけないという発想になる。</p>

<p>【針貝】もちろんデンマークでも、長い時間頑張って働く人はいます。でもそれは、自分が心から望んでやっている人たちだけ。そんな人たちと、仕事はあくまでも人生の一部にすぎないと考えて「4時に帰る」人たちが共存し、お互いに尊重し合っている社会です。</p>

<p>【勅使川原】ちなみに、デンマークにもいわゆる「自己責任論」を掲げるタイプの人はいるんですか。</p>

<p>【針貝】いますよ。給料の高い仕事でガンガン働いている人に多い印象ですね。デンマークでも、そもそも仕事を通じて社会に貢献する意識をもちにくい人がいます。彼ら彼女らに対して、「自分たちが稼いだお金が、やる気が乏しい人たちに渡るのは納得できない」という意見は公にもある。移民の問題も絡むなど複雑で、デンマークでも社会の分断が存在するのは事実です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_bizfoot_2.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 26 May 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）,針貝有佳（デンマーク文化研究家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「日本各地がニセコ化している」インバウンド観光客をターゲットにした都市の変貌  谷頭和希 （都市ジャーナリスト・チェーン ストア研究家）　</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12330</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012330</guid>
			<description><![CDATA[日本各地がインバウンド観光客のためのテーマパークと化している...『ニセコ化するニッポン』の著者・谷頭和希氏に話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="ニセコ化する日本" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/tokyocity02.jpg" width="1200" /></p>

<p>令和の都市論・消費論を記した書籍『ニセコ化するニッポン』が各所で話題を集めている。本稿では、著者の谷頭和希氏に、渋谷の再開発やスターバックスの事例を挙げながら、&quot;ニセコ化&quot;の背景にある構造、そして&quot;SNS時代の都市論&quot;について話を聞いた。</p>

<p>聞き手：編集部（阿部惇平）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「選択と集中」による静かな排除</h2>

<p>――本書『ニセコ化するニッポン』は、北海道のリゾート地「ニセコ」のレポートから始まっています。</p>

<p>【谷頭】一泊170万円のホテルや一杯2000円の牛丼など、インバウンド向けに物価が異常に高くなっているのが、ニセコです。</p>

<p>『ニセコ化するニッポン』というタイトルから「日本中がインバウンド観光客に支配されつつある」と解釈する人もいるかもしれません。それは一部当たっているけれど、一部では不正確です。</p>

<p>本書で問題提起した「ニセコ化」とは、「特定ターゲットへの選択と集中によって、ある場所がテーマパークのようになる」という現象のこと。</p>

<p>ニセコを訪れると、日本であるはずなのに、日本ではない感覚に陥ります。モノの値段だけでなく、看板も英語だらけ。まるでディズニーランドみたいな空間になっている。これはニセコが外国人富裕層をターゲットにしているから起こる現象です。</p>

<p>僕が本書で探求したかったのは、まさに同じような状況がターゲット層を変えながら日本各地で起きているのではないか、という仮説です。</p>

<p>――一方で、第二章以降はニセコについての言及がほとんどないのが興味深く、同時に不思議な点でした。</p>

<p>【谷頭】じつは、ニセコを中心に扱った第一章は全体の構成を固める最終段階で完成させました。ニセコ「テーマパーク化」の象徴的な例ではありますが、事例の一つにすぎません。</p>

<p>――テーマパーク化の一例として、本書では渋谷の事例が取り上げられていますね。</p>

<p>【谷頭】渋谷はこれまで「若者の街」というイメージで語られてきましたが、近年の再開発では新たなターゲットへと転換しつつあります。ITベンチャー企業のオフィスワーカーや外国人観光客にシフトしているのです。商業施設のテナントには「Nintendo TOKYO」や「ポケモンセンターシブヤ」など、海外で人気のコンテンツを前面に押し出したキャラクターショップの出店も相次いでいる。</p>

<p>外国人観光客の目には、現在の渋谷は「日本的なるもの」を体験できるテーマパークとして映っていることでしょう。</p>

<p>――その意味で、年間数十万人の外国人観光客が訪れるニセコは、渋谷以上にテーマパーク化が加速しているということですね。</p>

<p>【谷頭】ご指摘のとおりで、街全体が外国人観光客向けに変貌しつつあります。</p>

<p>――本書は都市のみならず、スターバックスやびっくりドンキー、丸亀製麺などの商業施設からディズニーリゾートに至るまで、考察の対象が多岐にわたっています。</p>

<p>【谷頭】「ニセコ化」の重要なポイントは、特定のターゲットを選択するだけでなく、ターゲットに選ばれなかった人たちの静かな排除が行なわれているという点です。</p>

<p>本書でスターバックスを取り上げたのは、「なぜ自分はスタバをあまり利用しないのだろう」と以前疑問に思ったことがきっかけです。考えてみると、僕はスターバックスに「おしゃれで都会的な人が多い」というイメージを持っていた。でも、似たような考えを持っている人も多いのではないでしょうか？　あの不思議な空気感......。僕はそれを無意識に避けていた。</p>

<p>ただ、経営的な視点から見れば、スターバックスの店舗の雰囲気は、徹底的な「選択と集中」戦略と「特別感」の演出によって生み出されているとも言える。つまり、「ブランディング」に成功しているわけです。しかし一方で、ブランディングの成功は必然的に、僕のようにマーケティング上の選択から除外される層が生み出されることを意味します。</p>

<p>同じ原理で、現在日本各地で、外国人観光客には魅力的で快適だけれど、日本人にとっては居心地が悪い場所が増加しています。「インバウンド観光客が多すぎて、日本人の肩身が狭い」といったような不満の声は、ネット上でよく見かける常套句になりました。</p>

<p>このような「目に見えない排除」という視点から現代の都市空間を見渡すと、ニセコから渋谷、スターバックス、ディズニーリゾートに至るまで、個々の事象がニセコ化という統一的な現象として浮かび上がってきます。</p>

<p>ニセコの状況は、まさに日本の縮図と言えます。ニセコのニュースに接したとき、「ニセコ化」という概念を通して、日本の都市空間で起きている変化をより明確に説明できると考えたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>SNS時代の都市論</h2>

<p>――谷頭さんの視点が独特なのは、ニセコ化に伴う静かな排除や分断の現象を全否定することなく、フラットに論じているところです。</p>

<p>【谷頭】全否定しないスタンスは、本書の執筆時に意識した点です。私見ですが、私より上の世代の論客には、排除や分断と聞くと、即座に「悪」と倫理的な判断を下し、否定的な論調で批判を展開する人が多い気がします。</p>

<p>ニーズの多様化や細分化が進む現代社会にあって、都市や商業施設が「選択と集中」で特化した空間を創出することは、空間に賑わいを生み出すという意味で経済合理性に適っています。誤解を恐れずに言えば、排除や分断はもはや抗えない時代の潮流という感覚が僕の中にはあるんです。</p>

<p>そうであれば、大事なのは排除や分断を即座に否定するのではなく、排除や分断を生み出す状況を正面から受け止め、現実的で前向きな提言を行なうことです。</p>

<p>本書で述べたように、なるべく多くの種類、属性の異なる人びとが「選択」可能な施設や街をつくることも、ニセコ化に対応する一つの方策です。</p>

<p>――本書の結びで谷頭さんは、「SNS時代の都市論」という概念を提示しています。静かな排除や分断の問題は、都市以上にSNS空間において顕著に見られる現象とも言えませんか。</p>

<p>【谷頭】そう思います。SNS的な感覚が都市という物理空間にも反映され始めているというのが、本書の裏テーマでした。</p>

<p>好ましい情報以外を遮断するフィルターバブルや特定の意見が繰り返し強化されるエコーチェンバー現象により、SNS上でも同じ考えや思想を持つ人びとが結びつき、無数の閉鎖的コミュニティが増殖しています。</p>

<p>「目に見えない時代状況を可視化したものが都市である」と言われますが、SNS時代の時代感覚が近年の都市空間に如実に表れていると感じます。</p>

<p>――ニセコ化へのフラットな見方は、デジタルネイティブ世代の谷頭さんのSNSやインターネットそのものに対する公正な評価とも密接に結びついているようにも見えます。</p>

<p>【谷頭】そうですね。インターネットについては悲観的な見方が多すぎると思っていて。</p>

<p>僕と同じ90年代生まれの文芸評論家で、今年3月に共著（『実はおもしろい古典のはなし』笠間書院）を出した三宅香帆さんの著作を読むと、文体や内容に「明るさ」がある。</p>

<p>彼女の本がベストセラーとして広く受け入れられているのには、現代の読者が本に「暗さ」より「明るさ」を求めていることもあるのかもしれない。</p>

<p>あらゆる空間やコミュニティが閉鎖的になるニセコ化の時代、「いかに多くの人に読まれる本を書くか」という課題に向き合うことも、自分たち世代の書き手に課せられた一つの使命だと、僕は思っています。つまり、さまざまなコミュニティを結びつけるものとしての評論の役割ですね。</p>

<p>だからこそ、批評の世界も内にこもるのではなく外に目を向け、より広い読者に届けるための視点と努力が必要だと考えています。少し偉そうに聞こえたでしょうか（笑）。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【谷頭和希（たにがしら・かずき）】<br />
都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』（集英社新書）、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』（青弓社）などがある。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/tokyocity02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 23 May 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[谷頭和希 （都市ジャーナリスト・チェーン ストア研究家）　]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>世界も熱視線を送る「日本の食文化」...食で新規産業を創出する8つのポイント  田中宏隆（UnlocX代表取締役CEO）　岡田亜希子（UnlocX Insight Specialist）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12245</link>
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			<description><![CDATA[日本の食には世界が注目する強みがあり、様々な技術もあるが、それらを統合したライフソリューションを提案するには至っていない。では、どうしたら良いのか？フードテックの今に詳しい田中宏隆氏、岡田亜希子氏に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_washoku.jpg" width="1200" /></p>

<p>皆さんは&quot;フードテック&quot;という言葉をご存じだろうか？</p>

<p>食のシーンにデジタル技術（特にIoT）やバイオサイエンスなどが融合することで起こるイノベーションのトレンドの総称であり、特定の技術というわけではない、食に関わる無数の術の集合知と言われる。</p>

<p>日本の食には世界が注目する強みがあり、様々な技術もあるが、それらを統合したライフソリューションを提案するには至っていない。では、どうしたら良いのか？フードテックの今に詳しい田中宏隆氏、岡田亜希子氏に解説して頂く。</p>

<p>※本記事は田中宏隆/岡田亜希子著『フードテックで変わる食の未来』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2 align="left">日本の食の強みは空前絶後の注目度！</h2>

<p align="left">筆者たちは、さまざまなところで食の領域において日本の強みはあるのか、日本に可能性はあるのかということをよく聞かれる。答えはもちろんイエスである。例えば</p>

<p align="left">・高齢化・孤独・自然災害を抱える課題先進国としてのポジショニング</p>

<p align="left">・企業・研究機関が有するおいしさ設計技術・素材開発力・食品加工技術</p>

<p align="left">・日本に存在する食文化や技（大豆食文化、海藻食文化、発酵技術、保存技術など）</p>

<p align="left">・奇跡の国土が育んできた自然と共存する食の多様性</p>

<p align="left">・和食の伝統や様式にリジェネラティブ（regenerative）さが織り込まれていること</p>

<p align="left">・日本の地域の力：地方に眠るさまざまなアセット・地域における食文化</p>

<p align="left">・料理人や調理人が有するエンジニアリング力・再現力・魔改造力</p>

<p align="left">・世界的に見て圧倒的に効率的な物流オペレーション</p>

<p align="left">・日本が持っているおもてなし・ホスピタリティ</p>

<p align="left">・本当においしい飲食店・多様な選択肢　等々</p>

<p align="left">おそらく、多様な視点から考えると、日本の食に関する強みは、かなりの数が出てくると考えているし、読者の方々もさほど違和感なく、強みの広がりは納得されるのではないか。</p>

<p align="left">筆者らも世界中のイノベーターやエコシステムビルダーと対話をするなかで、この数年「日本と一緒に食の領域で何かをやりたい」というラブコールを数多く受けている。</p>

<p align="left">日本に眠っている食の強みは、世界から注目の的となっており、その気になれば空前絶後のチャンスを獲得できる状況なのである。</p>

<p align="left">&nbsp;</p>

<h2 align="left">強みを駆動せよ</h2>

<p align="left">では、食の領域に数多くの強みがあるからといって、それがそのまま日本の強みとして世界に打ち出すことができるのだろうか、この国を支える新産業に昇華させることができるのだろうか？　現在の強みは今後も日本の強みであり続けることができるのであろうか？　</p>

<p align="left">&quot;日本の食には実は強みがある&quot;&quot;実はすごい&quot;、と言いつつも、本当にそれが実装・浸透し社会インパクトを出せているのか？経済インパクトは出せているのか？食品メーカーの世界トップランクに、日本企業はどれだけ食い込めているのだろうか？</p>

<p align="left">調理家電を担う日本の家電メーカーは、家電のイノベーションを起こしうるのだろうか？（世界最大級のテクノロジー見本市CES2025を見る限り中韓との差が生まれている）。</p>

<p align="left">スペイン、イタリア、オランダ、カナダ、韓国、シンガポールなどの国が、食を国家戦略として押し出しているが、日本は食を国家戦略として、新産業創造の起爆剤として取り上げられるのだろうか？</p>

<p align="left">これまでワクワクした未来を提示してきた私たちだが、日本の強みは現時点では相応にあると感じつつも、その鮮度は実は短いのではと考えている。</p>

<p align="left">デジタル化、AIやセンシング技術の浸透によって、これまでの職人技や特殊スキル技術がデータ化、可視化、自動化され、継承・共有しやすくなる。</p>

<p align="left">日本の食文化・食体験に感動し、海外で模倣するプレイヤーも出てくるかもしれない（これ自体は喜ばしいことなのだが、ともすれば技術やアイデアだけ盗まれるというリスクがある＝日本にお金が落ちない）。</p>

<p align="left">さらには、昨今日本が有する食品開発・製造技術などに世界がアプローチしてきているが、日本企業の対応スピードが合わない場合や日本企業が積極的に外部と連携しない場合は、動かない日本を素通りして、日本以外でコトが進んでいく可能性も高い。</p>

<p align="left">すなわちジャパン・パッシングだ（実際に海外プレイヤーからは、「日本は技術的にも市場的にも魅力だが、日本企業のスピードの遅さが深刻な課題だ」と言われることが本当に多い）。</p>

<p align="left">ひょっとしたらパッシングはまだマシかもしれない。もし、企業が動かない場合は、技術者だけ引き抜いていく、技術を盗んでいくことも十分あり得るだろう（これもジャパン・パッシングと合わせて、ハイテクの世界が辿ってきた道である）。先手を打つべきである。</p>

<p align="left">さらに地方に目を向けると、素晴らしい技術や技を持っている中小企業や個店が、後継者がいないなどの問題により、人知れず事業を閉じているということ、あるいは、外資資本がそういう企業を獲得している状況がある。</p>

<p align="left">今のままでは、いつの間にか日本の強みが消えていく、どこかにいってしまうということが刻々と起きている。認識すべき危機である。</p>

<p align="left">日本の食領域には世界に誇れる強みはあるものの、今この強みを駆動（Activate）しなければ、それが日本から消えてしまう可能性が高い。これは実際に、ハイテク分野で起きたことである。</p>

<p align="left">日本のハイテク業界は、モノづくりは世界一、技術力は世界一、いいものを作れば売れるはず、と、誇りを持ち取り組むことは素晴らしかったが、世界の変化、生活者のニーズを捉えきれなかったことにより、「いいもの」が何かわからなくなった。</p>

<p align="left">一方で、社会と生活者の求める価値を多元的に理解し、そこに技術を活用することを徹底したグローバルプレイヤーと大きな差が開いてしまった。結果として世界における日系電機メーカーのプレゼンスは劇的に下がってしまった。</p>

<p align="left">ハイテク分野の轍は食の世界では踏むべきではない。日本の強みはある。ただ、それを再編集して、再定義して、新しい形で駆動させなければいけない。</p>

<p align="left">&nbsp;</p>

<h2 align="left">iPhone前夜を超えて〜未来を共創するためのカギを握る要素</h2>

<p align="left">『フードテック革命』（日経BP）の中では、2020年は&quot;iPhone前夜&quot;であるという言い方をしていたが、今（2025年1月）は、食のiPhoneが生まれる環境が整ってきている。</p>

<p align="left">iPhoneが生まれる環境とはどういうことか。</p>

<p align="left">iPhoneが世に発表された時、それは非常にイノベーティブな製品に見えたが、部品単位で見てみると、目新しいものはなかった。</p>

<p align="left">半導体チップやセンサー、ディスプレー、いずれもすでに世にあるものを組み合わせたものだった。それでも、人々にとっては単なる「電話」ではなく、「コンピュータ」を常に片手に持つという全く新しいライフスタイルが提示されたのだ。</p>

<p align="left">今、食の領域では、生成AIを使った食品開発サービス、次世代型植物工場、未来型レシピサービス、分散型レストラン＆フードロボ、3Dフードプリンター、医療レベルの生体情報が取得できるパーソナライズドサービスなど、食のイノベーションのパーツが生まれてきている。</p>

<p align="left">これらを統合したライフスタイルソリューションがいつ出てきてもおかしくはない。</p>

<p align="left">日本には、こうした先端領域向けのコア技術を有するだけでなく、食のiPhoneのOSを押さえること、そして体験を創ることができる技術や人財も存在する。</p>

<p align="left">しかし、日本の食のイノベーターは大手企業をはじめ企業にロックイン（閉じ込められて）されており、外に出て、新規事業を自由に試したり、協業をドライブしたりすることがなかなかできない。</p>

<p align="left">iPhoneが生まれる前も、大手企業にはiPhoneのコンセプトを理解する個人は確かに存在していた。ただし、企業から飛び出せる状況ではなく、結果として日本からiPhoneは生まれず、今のような低迷する状況に陥ってしまった。</p>

<p align="left">日本の強みを駆動させていくべき今このタイミングで、食を新たな産業として昇華していくために必要なポイントは何か。</p>

<p align="left">私たちは次の８つであると考えている。</p>

<p align="left">⒈ 日本の食に関する強みを深く理解し可視化すること</p>

<p align="left">⒉ 日本の強みをunlockし価値創造につなげる仕組みの構築</p>

<p align="left">⒊ 共創が当たり前となるしくみと環境づくり</p>

<p align="left">⒋ パッションを持ち、やり切れる人財の既存組織からの解放</p>

<p align="left">⒌ パッションを持ち、やり切れる人財を生み出し、進化させること</p>

<p align="left">⒍ 食が持つ多元的価値の定義とそれを評価する指標の策定</p>

<p align="left">⒎ 人間理解を３段階ほど高めること（企業サイドも個人も）</p>

<p align="left">⒏ 群としての羅針盤（ビジョン）をつくる</p>

<p align="left">&nbsp;</p>

<h2 align="left">日本の食に関する強みを深く理解し可視化すること</h2>

<p align="left">先述した日本の強みであるが、日本企業自身が認識していないことも多い。日本では当たり前すぎて、それが強みであると実感することができないのだ。こうした強みは、世界の動きに触れ続けることで初めて見えてくる。</p>

<p align="left">日本のプレイヤーには、展示会でもいいし、海外のウェビナーを聞くのでもいいし、とにかく世界に足を運んでアンテナを張ってほしい。</p>

<p align="left">そして何が起きているのかを自ら体感してほしい、世界の取り組みを見てほしい。学んだこと気づいたことを社内や業界にシェアしていく、そうするとムーブメントを後追いするのではなく、先行してムーブメントを起こせるかもしれない。</p>

<p align="left">米国ではホールフーズ・マーケットやウォール・ストリート・ジャーナルといった民間企業やメディアが世界に向けて食のトレンドを発信しているが、日本企業からもそうした発信を英語でしていくべきである。</p>

<p align="left">私たちは世界中を駆け巡り、さまざまなプレーヤーと直接話すことで、日本が持つ強みを客観的に理解・体感している。私たち自身も、さまざまなステークホルダーと共にもっと日本の食の強みの発信・可視化をする活動を増やしていきたい。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_washoku.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 09 May 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[田中宏隆（UnlocX代表取締役CEO）　岡田亜希子（UnlocX Insight Specialist）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「プーチンの判断ミス」で国家の危機に...NATOに裏切られた屈辱的な記憶  宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12134</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012134</guid>
			<description><![CDATA[ロシア情勢の現状を、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問宮家邦彦氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="クレムリン" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_russia.jpg" width="1200" /></p>

<p>ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、「NATOの東方拡大がプーチン大統領の疑心暗鬼を招き、侵攻を誘発した」という見方がある一方で、「プーチン大統領の戦略的判断ミスがロシアを弱体化させる」という分析も存在する。西側の対ロシア外交の成否や、今後の国際情勢に与える影響について、一体何が真実なのだろうか?</p>

<p>本稿の冒頭では、ロシアの情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。</p>

<p>天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、ロシアの現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。</p>

<p>※本記事は宮家邦彦著『トランプ２.０時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>プーチンの判断ミスで国家の危機に</h2>

<p>ロシアはとても悲しい国です。自分たちはヨーロッパの一部だと自負していますが、西欧諸国はもちろん、東欧諸国ですら、心の底ではそれを認めてくれません。歴史的には過去数世紀の間に帝国主義的拡大を続けたロシアも、1991年のソ連崩壊により大きな壁に直面しました。更に、2022年にはウクライナ戦争というプーチン大統領の戦略的判断ミスにより、ロシア国家は重大な試練に直面しています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●悪魔のささやき</p>

<p>①ソ連崩壊後、欧米諸国がNATOの東方拡大を進めたことで、ロシア、特にプーチン大統領の対西側疑心暗鬼が高まり、ジョージアやウクライナへの侵攻を招いた点で、結果的に西側の対ロシア外交は失敗した</p>

<p>②資源大国たるロシアは、エネルギー価格の急騰を背景に、ロシアの天然ガスへの依存を高めている西欧諸国に対する影響力を強めており、ヨーロッパ諸国は対露エネルギー依存から簡単には脱却できない</p>

<p>③プーチン大統領は、ロシアの戦略的脅威がアジアではなく、西方NATO方面から来ると考えており、ウクライナがNATO化する恐れがあった以上、同大統領にウクライナ侵攻以外の選択肢はあり得なかった</p>

<p>④プーチン大統領のウクライナ侵攻を正当化することはできないが、同時に、欧米側にも相応の原因があったことも事実であり、同大統領が侵攻せざるを得なかった背景はよく理解すべきである</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●天使のさえずり</p>

<p>①プーチンの戦略的判断ミスにより、ロシアの国力の低下は不可避だが、ロシアを過小評価すべきではない</p>

<p>②経済制裁と戦費増大はボディブローで効いてくるので、ロシア経済の低迷とロシア人の人材流出は続く</p>

<p>③第2期トランプ政権誕生によりウクライナ戦争をめぐる国際環境は急変し、ロシアは国際的孤立を回避するだろう</p>

<p>④他方、プーチン失脚でも、ロシアが民主政治に回帰する保証はなく、ロシア民族主義的傾向は続く</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宮家邦彦氏の解説</h2>

<p>①ロシアの地政学的脆弱性</p>

<p>現在のロシアの原型は15世紀のモスクワ大公国でした。ロシアの外敵を防ぐ山脈は、アジアとの境界にあるウラル、中東方面のカルパチア、南アジア方面のコーカサス（カフカス）でいずれも遠く、モスクワの周辺は山や海のない平坦な地形です。モスクワは強力な外敵にあまりにも脆弱でした。こうしたロシアの弱さはロシア人の安全保障観を独特なものにしていきます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>②永遠に緩衝地帯と不凍港を求め続けるロシア</p>

<p>13世紀のモンゴル来襲はロシアの危機感を決定付けました。陸続きの国境は脆弱で、100％の安全を確保するためには、敵との間の十分な「緩衝地帯」と、いざという時に海へ逃げられる「不凍港」が必要ということでしょう。その後、モスクワはこの課題を貪欲に実現していきます。</p>

<p><img alt="不凍港を目指すロシア" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko09.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>③ゴルバチョフの改革はなぜ失敗</p>

<p>ゴルバチョフほど評価の分かれるソ連の政治家はいないでしょう。西側にとっては漸くソ連に誕生した改革派で、ソ連との平和共存を可能にする政治家でした。逆にソ連では西側に過度に譲歩した危険なリーダーであり、共産主義体制そのものを危機に晒す可能性すらあると危険視されました。</p>

<p>結果的にゴルバチョフが考えた改革はソ連システムの延命を図るどころか、逆にその衰退を早めることになりました。そのことを鄧小平を含む同じ共産主義中国の保守派指導者が正確に理解していたからこそ、1989年の天安門事件では民主化を求める学生たちを徹底的に弾圧したのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>④プーチンを大統領にしたエリツィンの功罪</p>

<p>エリツィンがなぜプーチンを後継者に選んだかについては議論があります。1999年大晦日に辞意を表明したエリツィンは、全体主義を脱して明るい未来への期待を抱いた国民に応えられなかったことを自省し、民主主義の原則を守って辞任する旨を述べました。</p>

<p>後継にプーチン首相を指名した理由は明らかにしませんでしたが、それはプーチンが民主主義者だからではなく、生涯エリツィンを刑事訴追から免責することを約束したからに過ぎないと思います。その意味で晩年のエリツィンは、判断力が衰えていたか、もしくは本当の民主主義を理解していなかったのかもしれません。</p>

<p><img alt="ソ連ロシアの歴史" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko10.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑤NATOに裏切られたプーチン</p>

<p>プーチンが大統領に就任した頃、NATOの東方拡大は既定路線となっており、ロシア側にこれを阻止する力はなかったでしょう。しかし、あの時点からプーチンがNATOの東方拡大をロシアに対する潜在的脅威と考えていたことは間違いなく、この屈辱的な記憶が2014年からのロシアによるクリミア侵略に繫がっていったのだと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑥プーチン体制はいつまで続く</p>

<p>ウクライナ戦争の行方次第でしょう。プーチン自身、負けるとは言えないし、負けるとも思っていません。それはゼレンスキー大統領も同様でしょう。しかし、第2期トランプ政権の登場で停戦交渉が動き出す可能性も出てきました。</p>

<p>プーチンはトランプ政権の反NATO・EU感情を最大限利用し、停戦に向け有利な立場を確保しようとするでしょうが、予断を許しません。停戦後プーチンが失脚する可能性は低いですが、仮に失脚しても、ポスト・プーチン時代も国粋的・民族主義的政治家がリーダーになるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑦北方領土はどうなる</p>

<p>近い将来、日露交渉の再開はないでしょう。そもそも、ロシアが北方領土を日本に返還するとすれば、それは中国がロシアにとって戦略的脅威となり、ロシアが日米などとの関係改善を本気で考える時だけです。残念ながら、プーチンは対NATO関係に固執する、戦略的判断のできない指導者であり、日露関係の変化はポスト・プーチン時代以降に期待するしかなさそうです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="" height="515" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko11.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_russia.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 08 May 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「旬の美味しい食材」を守る新たな技術とは？　日本の食料自給率から考える  田中宏隆（UnlocX代表取締役CEO）　岡田亜希子（UnlocX Insight Specialist）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12243</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012243</guid>
			<description><![CDATA[我々はフードテックを駆使することで、日本の食料自給率を向上させ、旬の美味しい食材を守ることはできるのか？フードテックの今に詳しい田中宏隆氏、岡田亜希子氏に解説して頂く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="フードテック" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_VegetableG.jpg" width="1200" /></p>

<p>皆さんは&quot;フードテック&quot;という言葉をご存じだろうか？</p>

<p>食のシーンにデジタル技術（特にIoT）やバイオサイエンスなどが融合することで起こるイノベーションのトレンドの総称であり、特定の技術というわけではない、食に関わる無数の技術の集合知と言われる。</p>

<p>我々はフードテックを駆使することで、日本の食料自給率を向上させ、旬の美味しい食材を守ることはできるのか？フードテックの今に詳しい田中宏隆氏、岡田亜希子氏に解説して頂く。</p>

<p>※本記事は田中宏隆/岡田亜希子著『フードテックで変わる食の未来』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本の食料自給率はなぜ下がったのか</h2>

<p align="left">かつて日本の食料自給率は高かった。</p>

<p align="left">1960年にはカロリーベースで79％だったのだ。それが2023年には38％にまで落ち込んだ。これは農業労働従事者が高齢化したということもあるが、産業構造的な影響も大きい。一次産業は大変な労力の割には儲けが少ない産業になってしまったからだ。</p>

<p align="left">食産業は、一次産業の産物を加工し、流通させる上で、さまざまな業者が入り込んでいる。農協、中間卸売、小売とバリューチェーンが長く、生活者に届くまでコストがかかる。</p>

<p align="left">それでなくても、家族経営で小規模な農家が多く、大規模化したり技術を投入したりしている経営体も少ない。その上で、国民の健康を維持するために、ある程度の低価格を維持する「公共性」も求められる。</p>

<p align="left">多くの企業が相当な工夫をして、今の食品価格を実現できるようにしているわけだが、薄利を多数の産業で分け合っている形だ。結局のところ一次産業に利益が配分される率は多くはない。</p>

<p align="left">さらに、かつて日本は経済成長のために半導体や自動車など、高度な製造業の産物を輸出し、その代わり相手国から食料を輸入する政策をとってきた。安価な食料が輸入しやすくなり、ますます国内で生産することの優位性が失われていったのだ。</p>

<p align="left">しかし昨今は、諸外国からの輸入に頼ることへの懸念が生じ始めている。2020年代から、世界は異常気象を繰り返すようになり、農作物はもちろんのこと、畜産や水産においても影響が出始めた。</p>

<p align="left">パンデミック、戦争、米国政治の不安定さも相まって、世界の潮流は自国主義へと移っていった。国際平和を前提に自由貿易で食料やエネルギー源を海外から調達してきた日本も、自国での農林水産業の生産性向上が重要な国家課題となった。</p>

<p align="left">農業従事者の平均年齢は年々上昇して70代となり、技術継承が難しく、加えて気候も変化している。農業分野はイノベーションが待ったなしの状態である。</p>

<p align="left">&nbsp;</p>

<h2 align="left">あなたの食事の自給率は？</h2>

<p align="left">農林水産省が毎年調査している「食生活・ライフスタイル調査」の令和5年度の結果が実に興味深い。同調査では、30名の方に毎日の食事を撮影してもらい、いつ、何を食べ、食料自給率（カロリーベース）を予測してもらっている。ある27歳会社員の場合の１日はこのような感じだ。</p>

<p align="left">　朝食：韓国のり、白米、北海道プレーンヨーグルト</p>

<p align="left">　昼食：白米、ポトフ、煮浸し、赤辛もやし</p>

<p align="left">　夕食：炊き込みご飯、唐揚げ、納豆、トマト、味噌汁</p>

<p align="left">本人が予測した食料自給率は、朝食90％、昼食90％、夕食75％だが、実際には、朝食79％、昼食20％、夕食53％となっている。本人としてはほぼ国産のものを食べているという認識だが、実際には相当輸入に頼っている。</p>

<p align="left">他の方々を見ても、大半は本人が認識している食料自給率よりも、実際の食料自給率は低く、下表を見るとおおよそ10％以上差がある。</p>

<p align="left">おそらく多くの人は、日本全体の食料自給率が40％を切っているとニュースで見たとしても、それを自分ごとと捉えていないのではないだろうか。自分自身は「国産」を選んで購入していて、輸入物はそれほど食べていないと思っている方も多いかもしれない。</p>

<p align="left">しかし、ほとんどの日本人は、１日の食事の自給率を平均してならすと40％程度になると思って間違いなさそうだ。つまり、私たちが食べているものの50％以上は海外に頼っている。</p>

<p align="left"><img alt="" height="1515" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250424Foodtech04.jpg" width="1000" /></p>

<p align="left">&nbsp;</p>

<h2 align="left">日本の「食」で世界の課題を解決する─自給自足6.0</h2>

<p align="left">食料自給率を上げるべきだからといって、「日本は食料自給率100％を目指すべき」というのも、2024年の現実を見れば取るべき戦略とも言えない。食料課題はグローバルに存在する。自給自足100％を達成したとして、もし自給自足を脅かす社会課題が勃発すれば、たちまち私たちは命の危機に晒される。</p>

<p align="left">国内の自給率を高めながら、世界の食料課題も同時に解決していくこと。世界のさまざまな社会課題に対して、日本の食という技で世界の食料課題解決に貢献していくことが、日本としての役割となろう。</p>

<p align="left">そう考えると、2040年までに、私たちは単純に「これまでの自給自足」を目指すのではなく、新たな「自給自足」の姿を考え、そこにシフトしていく必要がある。</p>

<p align="left">自給自足のイノベーションはすでに日本で起きている。完全閉鎖型植物工場の手法で精密農業を実現しているスタートアップのプランテックスは、AIを活用して精緻に環境を制御することで、植物の生産性や栄養価の向上、衛生状態の制御、そして効率的なエネルギー消費などをコントロール可能にしている。</p>

<p align="left">つまり、土がないところでも植物を栽培することができるということだ。都市の高層ビルでも地下空間でも可能なほか、砂漠やツンドラ気候のような場所でも可能になる。現在はレタスなど葉物野菜が中心だが、米や穀類も栽培可能だという。</p>

<p align="left">発電所を作るのと同じように工場群を作れば、日本の食料自給率は確実に上げられる上、この技術は海外でも活用できるので、中東やアフリカ、シンガポールなどの都市国家など、世界各地で食料自給率向上に貢献できる。</p>

<p align="left">また、植物工場スタートアップのプランティオが推進する&ldquo;アーバンファーミング&rdquo;も、食料自給率向上に有効だ。ポイントは、都市に住む生活者が「農的活動」に楽しく参加することで、「食料自給率向上」を意識していようといまいと、結果的に食料自給率向上に貢献できることだ。</p>

<p align="left">自分が食べたいための栽培で構わない。しかし、植物の栽培に触れれば触れるほど、スーパーで並ぶ野菜を見る目も変わるし、農家に対する見方も変わる。農業に対する関心が高まることは、日本の食料自給率を上げる上で重要な一歩だ。</p>

<p align="left">自給自足6.0。これは、Industry5.0がデジタルやIoTを使って「人間中心で環境変化に対応した持続可能な産業」を目指したことの、さらに先の概念を打ち出したものだ。</p>

<p align="left">自国の自給率だけでなく、世界中と技や情報をつなげながら、一人一人がそれぞれの場所から食料生産の営みに参加できる可能性を広げていく。これを自給自足6.0と称している。</p>

<p align="left">日本人にとって大切な「旬のおいしい食材」という存在を後世に伝えるために、技術で何ができるか、文化として何ができるか、考えるべき時がすでに来ている。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_VegetableG.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 06 May 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[田中宏隆（UnlocX代表取締役CEO）　岡田亜希子（UnlocX Insight Specialist）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>本当に前世紀の遺物？　大阪・関西万博の真の「費用対効果」とは  大岩央（政策シンクタンクPHP総研主任研究員）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12288</link>
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			<description><![CDATA[開幕前から賛否両論が寄せられてきた大阪・関西万博。万博開催の意義を問う論調も強いが、単なる一過性イベントで終わらないために必要な視点とは何か。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/b/b3/2024/20250501kansaiexpo.jpg" width="1200" /></p>

<p>いよいよ開幕した大阪・関西万博。開幕前から賛否両論が寄せられており、万博開催の意義を問う論調も強い。</p>

<p>大阪・関西万博が単なる一過性イベントで終わらないために必要な視点とは何か。日本と世界のナラティブが交通する契機という側面から論じる。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本にとっては「絶好の機会」</h2>

<p>2025年4月13日、大阪・関西万博が開幕した。各パビリオンを中心とした会場内建築物など、主にハード面に注目が集まっているが、世界中からキーパーソンが集結し、メディアの関心を引く国際的なメガイベントは、日本のナラティブ（物語・語り）を世界に接続する絶好の機会でもある。日本のソフト・パワー、なかでも言説の力を発揮するまたとない半年間であることは、もっと強調されてよい。</p>

<p>さらに言えば、人類の課題を問い直し、より良い未来を展望するナラティブを世界とともに築いていく場とすることで、大阪・関西万博は真に有意義なものとなるはずだ。多額の国家予算をかけた国際的なメガイベント開催の真の「費用対効果」は、その点にこそあると筆者は考える。</p>

<p>筆者は2023年に『日本のナラティブ・パワー　2025とその先への戦略』と題した研究報告書を取りまとめ、大阪・関西万博を含めた日本の国際発信のあり方について提言した。以下、本記事では、本報告書の内容をもとに、日本と世界のナラティブが交通する契機としての万博の可能性を考えてみたい。「万博は前世紀の遺物」といった声も聞かれるが、今こそ万博のあるべき姿を再定義し、世界と日本のナラティブをつなぐ場としていかに再・創造／想像するかを考えることは、人類の良き未来にとっても意義のある作業になるのではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>あるべき万博の姿──「20世紀の遺物」から「知的国際協同作業の場」へ</h2>

<p>1970年に開催された大阪万博では、立ち上げ段階から民間の知的蓄積に基づく自由な発想の力が寄与している。70年の大阪万博の開催決定に先立ち、梅棹忠夫・加藤秀俊・小松左京らが1964年に自主的に立ち上げた勉強会「万国博を考える会」は、それまでの万博の歴史や問題点、ケーススタディなどを自発的に検討するものであった。その後、日本での大阪万博の開催が正式決定し、その過程で梅棹や小松は委員の選定やテーマの設定などに深く関わることになる。</p>

<p>当時、大阪万博の開催については芸術家たちによる反対運動が展開されるなど、決して歓迎ムードだけではなかった。しかし「人類の進歩と調和」をメインテーマに掲げ、当時の新進気鋭のアーティストや識者を結集して造られたパビリオンや展示は最終的に6400万人超の来訪者を集め、高度成長を象徴する存在ともなった。</p>

<p>このように大きな成功を収めた大阪万博であったが、当初、加藤・小松は大阪万博を、その発足の段階から国際的な叡智を集めた「知的国際協働作業」たらしめようとしていた。この「野望」は予算やスケジュールの問題などから残念ながらついえたが、この夢は「かなり長い間、私たちの中で生きつづけ、何かの場面で実現させられないか、と思いつづけた」と小松は回想記『やぶれかぶれ青春記　大阪万博奮闘記』でしるしている。</p>

<p>大阪・関西万博は、2020年から世界中で猛威を振るったパンデミックを経て、初めて「コロナ後」に開催される万博である。コロナ禍により、かえってリアルの場で集まり、言葉を交わすことの貴重さを実感した人も多いだろう。一方、世界ではウクライナ戦争の勃発後ますます分断が進み、世界的なインフレに加えて、トランプ新政権による世界経済の混乱、各国でのポピュリズム勢力の台頭など、問題は山積している。</p>

<p>今こそ、万博を「知的国際協働作業」の場たらしめようとした小松や梅棹らの問題意識があらためて求められているのではないだろうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本を代表する「国際的言論人」は、万博を機に誕生</h2>

<p>ここで参照されるべきは、鈴木大拙の事例である。1960年代にアメリカで起こった「ZEN」（禅）ブームは、コロンビア大学で教鞭をとっていた鈴木大拙の英語による一連の著作や、大拙の元に集ったビートニク世代の芸術家たちの影響を強く受けていると言われる。</p>

<p>実は大拙が世界に向けて禅を発信する最初の契機となったのが、1893年にシカゴ万国博覧会（世界コロンビア博覧会）の関連事業として行なわれたシカゴ万国宗教会議であった。大拙の師である釈宗演がシカゴ万国宗教会議で行なった近代仏教に関する演説原稿の英訳を、大拙が手がけたのである。</p>

<p>釈宗演はシカゴ万国宗教会議に出席したのち、1週間ほどアメリカの宗教者ポール・ケーラスの元に滞在した。ポール・ケーラスは釈の演説に感化され、近代仏教の可能性を追求すべく仏教啓蒙活動を開始、釈の弟子である大拙を助手としてアメリカに呼び寄せた。大拙はその後、ケーラスのオープン・コートという出版社で編集者・翻訳者としてのキャリアをスタートさせた。この経験が、大拙の後の主著『Zen and Japanese Culture』（邦題：禅と日本文化）に結実することとなる。</p>

<p>シカゴ万国博覧会の関連事業として開催されたシカゴ万国宗教会議に釈宗演が出席することがなければ、鈴木大拙という偉大な「グローバル言論人」は誕生していなかったかもしれない。当時、個人の海外渡航や海外の識者との交流には物理的に大きな障壁があり、万博などの国家イベントが果たす役割は現代よりも大きかったと考えられる。しかし、それらを差し引いても、万博が持つ「知と知の出会いの場」としての機能は改めて注目されるべきであり、2025年の大阪・関西万博においてもこうした視座は欠かせない。</p>

<p>万博が単なる大型展示会、国威発揚の一過性イベントで終わることがないよう、「万博を契機に、万博を超える」ことが求められている。</p>

<p>気候変動、国際政治などをめぐってナラティブは対立しがちであり、現実政治に照らしてやむを得ない面もあるが、世界のナラティブ空間が対立のための対立に終始することは望ましくない。2025年の大阪・関西万博の機会を活かして日本を含む多様なナラティブを開花させ、人類の視点に立つ開放的なナラティブの場を創造し、発展させることを目指すべきだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>大阪・関西万博と日本のナラティブ</h2>

<p>今回の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン（Designing Future Society for Our Lives）」である。「いのち」が表すものは、人間の命や自然界に存在する命など字義通りの「生命」はもちろんのこと、狭義の意味での生命に留まらず、「生そのもの」「人間という存在」を問うキーワードであると言えるだろう。</p>

<p>また、日本館のテーマ「いのちと、いのちの、あいだに」は、環境問題などのグローバル・アジェンダに日本人の自然観・死生観を反映させたものであり、日本から世界へ投げかけるメッセージとして相応しいものだ。しかし、日本のナラティブを世界に届ける、あるいは日本のナラティブと海外のナラティブを相互交流させる観点からの取り組みは今のところ目立たない。</p>

<p>今後、開催期間中には会場内外で多くのイベントが予定されており、パビリオンのみならず、こうした機会を通じて大阪・関西万博を、いのちや人間存在の本質、未来について、人類がより良いナラティブを創造する契機としていくべきだろう。2025年をマイルストーンとして、日本の識者が普遍的・グローバルな課題に鋭く切り込み、世界に問題提起するパワフルな論考を英語などの他言語で次々と発表し、日本の識者と海外識者との対話が集中的、重層的に行なわれることが理想的だ。日本館やシグネチャーパビリオン、日本企業の企業館の問題設定をナラティブとしてさらに磨き上げていくことも意識すべきだ。</p>

<p>万博の強みはなんと言っても強烈な身体体験を提供できる点にある。ナラティブとの相乗効果により、体験のインパクトがより深められ、持続することになるだろうし、ナラティブの説得力、訴求力が増すことも期待できる。8人のテーマ事業プロデューサーはすでにグローバルに活躍しており、彼ら彼女らを軸として新たな「グローバル言論人」が登場する素地は十分ある。</p>

<p>大阪・関西という地域性も活かしたい。すでに大阪大学を中心に複数のプロジェクトが動いているが、関西に拠点を置く大学が知的国際協働作業の推進役となり、万博と並行して世界に対して問題提起する仕掛けをいっそう推進していくべきだろう。9月には京都大学とNTTを中心に設立された「京都哲学研究所」主催の国際会議「京都会議」が予定されており、同様の取り組みが同時多発的に創発されることが望ましい。</p>

<p>関西でユニークな実績を積んでいる企業の経営者や自治体の首長もナラティブの担い手として有望である。大阪船場の商哲学や京都の伝統工芸・民藝など、関西で培われてきた文化的資産を、サステナビリティが求められる世界に相応しい経営やライフスタイルの提案として、グローバルな文脈に位置づけていくことも必要だ。</p>

<p>転形期にある人類の課題を問い直し、未来をともに築くナラティブを世界へ開いていく場とすることで、大阪・関西万博は真に有意義なものとなるだろう。繰り返しになるが、そうした点にこそ、多額の国家予算を費やす国際的なメガイベントを開催する意義がある。万博開催期間だけに留まらず、人類が直面する大きなテーマについて衆知を結集し、新しい人間観について継続して語り合う場を万博以降もレガシーとして残すことを期待したい。</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 02 May 2025 18:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[大岩央（政策シンクタンクPHP総研主任研究員）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>イスラエルは世界で最も誤解されている国?　根拠がない「ユダヤ陰謀論」  宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12132</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012132</guid>
			<description><![CDATA[イスラエル情勢の現状を、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問宮家邦彦氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="イスラエル" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Israel.jpg" width="1200" /></p>

<p>パレスチナでの紛争が連日報道される中で、イスラエルは時に「ユダヤ至上主義を実践する、中東の混乱要因」として批判されている。この言説は、果たして実態を捉えているのだろうか？</p>

<p>本稿の冒頭では、イスラエルの情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。</p>

<p>天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、イスラエルの現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。</p>

<p>※本記事は宮家邦彦著『トランプ２.０時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「ユダヤ陰謀論」なるものは根拠がない</h2>

<p>イスラエルほど世界で誤解されている国を他に知りません。ユダヤ教という独特の宗教を信じる人々が、ホロコーストという歴史的悲劇を経て、長年の流浪生活に終止符を打つべく、聖書に書かれた「約束の地」に新しい国家を作りました。しかし、それは結果的に、その地に住んでいたパレスチナ人を事実上排除する形でしか実現しませんでした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●悪魔のささやき</p>

<p>①反ユダヤ主義、ホロコースト、独立戦争を経て建国したイスラエルは、アラブ諸国と四度も大戦争をし、最近は占領地のパレスチナ人を弾圧するユダヤ至上主義を実践するなど、中東の混乱要因の一つである</p>

<p>②人口約990万人ながら、農業、灌漑、ハイテク、各種ベンチャー事業などで最先端の技術力をもつイスラエルは、軍事的にも強大で、近隣アラブ諸国は到底太刀打ちできない</p>

<p>③伝統的にアメリカとは特別な関係を維持し、エジプト、ヨルダンと平和条約を結んだが、最近ではオマーン、アラブ首長国連邦、バハレーン、スーダン、モロッコとの公式接触や国交正常化が実現している</p>

<p>④1993年のオスロ合意にもかかわらず、イスラエル政治の右傾化によりパレスチナ自治政府との交渉は進まず、2023年10月、ガザでは対ハマース戦争も勃発し、パレスチナ独立国家の樹立は事実上不可能になりつつある</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●天使のさえずり</p>

<p>①イスラエルの内政は1990年代後半以降、ネタニヤフ首相と反対勢力との対立構造が30年近くも続いている</p>

<p>②ネタニヤフの強硬姿勢とパレスチナ側の内部分裂により、アメリカ主導の和平プロセスは頓挫している</p>

<p>③イスラエルは一部湾岸アラブ諸国などと関係正常化を進め、パレスチナ問題進展の見通しはない</p>

<p>④喫緊の課題は、国外パレスチナ難民と国内、特にガザのパレスチナ人に対する人道的支援の必要性である</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宮家邦彦氏の解説</h2>

<p>①古代イスラエルとの連続性</p>

<p>イスラエルは古くて新しい国です。国際法上の建国は1948年ですが、鉄器時代にはイスラエル、ユダ両王国が存在しました。その後、カナンの地（パレスチナ）はバビロニア、ペルシャなどに征服されましたが、第1次世界大戦後にオスマン帝国から割譲され、イギリスの委任統治領となります。</p>

<p>地理的には、西側は地中海で、北はレバノン、北東はシリア、東はヨルダン、東と南西はパレスチナ自治区となっているヨルダン川西岸地区とガザ地区で、エジプトとも国境を接しています。またユダヤ教徒にとって、この地は聖書に描かれた聖なる特別の土地でもあります。</p>

<p><img alt="イスラエル　パレスチナの位置づけ" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko06.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>②イギリスの「三枚舌外交」の結末</p>

<p>歴史を振り返れば、現在のパレスチナ問題の根源は矛盾したイギリス外交にあります。20世紀初頭にオスマン帝国と対峙していたイギリスは、アラブ人とユダヤ人に対し、前者にはアラブの独立国家を、後者にはユダヤのナショナルホームを認めるという、相矛盾する約束を結びました。</p>

<p>前者が1915年のフセイン・マクマホン協定、後者が1917年のバルフォア宣言と呼ばれるものですが、最終的にパレスチナを含む「レバント地域」を英仏露で分割、パレスチナはイギリス委任統治領となり、肝心のアラブ王国も実現しませんでした。これを私は、イギリスの「三枚舌外交」と呼びます。</p>

<p>もちろん、イギリスは最初から騙す気などなかったでしょう。しかし、マッカの太守フセインがサウード家に放逐されたため、フセインの息子たちをヨルダン、シリア、イラクの国王にすることでアラブ側と辻褄を合わせる一方、ユダヤに対してもホームランド（故郷）建設の約束を履行しなかったことは大問題でした。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>③イスラエル不敗神話</p>

<p>当然、この矛盾は第2次世界大戦後に噴出します。国連はパレスチナ分割決議で事態を収拾しようとしますが、1948年にイスラエルは建国を宣言、直後に第1次中東戦争が勃発します。その後も1956年のスエズ動乱を経て、1967年の第３次中東戦争でイスラエルはアラブ側に圧勝します。</p>

<p>しかし、1973年の第４次中東戦争ではエジプトが奇襲に成功し、イスラエルの不敗神話は崩れます。その後、エジプトのサダト大統領はイスラエルを訪問し、中東和平プロセスが動き始めました。1978年にはキャンプデービッド合意、1993年にはオスロ合意がそれぞれ成立し、エジプトに続いてヨルダンもイスラエルと平和条約を結びますが、肝心のパレスチナ側は妥協を拒み、内部分裂に至って、結局、和平プロセスは頓挫します。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>④ユダヤ陰謀説を排す</p>

<p>イスラエルについて私が心を痛めるのは、いわゆる「ユダヤ陰謀論」が今も信じられていることです。ユダヤ人は陰謀どころか、欧米における醜い人種・宗教差別の対象でした。イスラム教だけでなく、一部欧米キリスト教社会に残るこの種の俗論は根拠のないものが殆どです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑤スタートアップ国家</p>

<p>イスラエルと言えば、今やハイテクのスタートアップ（起業）国家です。地中海沿岸の都市ハイファには世界有数の最先端技術企業や研究者が集まっています。最近は日本企業もイスラエルとの協力を進めています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑥アブラハム合意の本質</p>

<p>第1期トランプ政権の数少ない功績の一つが、イスラエルとアラブ首長国連邦など一部アラブ諸国が国交正常化で合意したアブラハム合意です。この合意は、イランからの脅威に直面する湾岸アラブ諸国などが、パレスチナ問題解決よりも、対イスラエル関係改善を優先した結果です。2023年10月のハマースによる対イスラエル奇襲攻撃で、中東和平プロセスが再活性化される可能性は更に遠のいたと思います。</p>

<p><img alt="アブラハム合意" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko07.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="" height="514" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko08.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Israel.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 02 May 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>「習近平の独裁体制は万全ではない」中国経済の停滞が招きうる突然の政治変化  宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12133</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012133</guid>
			<description><![CDATA[中国情勢の現状を、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問宮家邦彦氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="中国" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Chinaflag.jpg" width="1200" /></p>

<p>現在の中国に対して「経済のメルトダウンが始まっている」、「習近平の独裁体制に対する不満が高まっている」などといった分析が散見される。これらの言説は果たして実態を捉えているのだろうか?</p>

<p>本稿の冒頭では、中国の情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。</p>

<p>天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、中国の現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。</p>

<p>※本記事は宮家邦彦著『トランプ２.０時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>独裁的権力集中で国際的孤立を深めていく</h2>

<p>日本にとって中国は永遠の隣国ではありますが、両国関係は必ずしも友好的、安定的ではありませんでした。1972年の国交正常化から50余年経ちましたが、21世紀に入り、中国は自己主張の強い対外姿勢をとり始め、国内では共産党独裁、特に習近平個人への権力集中が一層進みつつあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●悪魔のささやき</p>

<p>①中国経済は既に「メルトダウン」が始まっており、一つ舵取りを間違えば「バブル崩壊」や「長期不況」に陥る可能性が高まっている</p>

<p>②3期目の習近平国家主席は益々独裁体制を強化しているが、今後経済成長が鈍化し、国民の生活水準が低下していけば、党内反対勢力の反発や一般国民の不満が拡大する可能性は高い</p>

<p>③人民解放軍の組織改編と近代化は着々と進んでおり、台湾有事の際、仮に米軍の直接軍事介入があったとしても、人民解放軍は独力で台湾を制圧する能力を保持しつつある</p>

<p>④いずれ中国が習近平の任期中に「台湾の武力統一」を決断する可能性は否定できないが、その際アメリカ、特にトランプ政権が台湾防衛のため自ら戦い、米軍兵士の血を流すかは未知数である</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●天使のさえずり</p>

<p>①習近平の独裁体制は強固であり、この種の独裁体制が簡単に弱体化・崩壊する可能性は低い</p>

<p>②中国経済は今後徐々に衰えていくだろうが、突然の経済崩壊が起きることは近い将来考えにくい</p>

<p>③台湾有事は基本的に海上・航空戦闘が中心となるので、米軍の軍事介入の可能性はウクライナよりも高い</p>

<p>④中国が本気で台湾制圧を目指すなら、在日米軍基地や日本領空・領海への攻撃は不可避である</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宮家邦彦氏の解説</h2>

<p>①中華民族と民主主義</p>

<p>中国政府は、「中華民族」を「中国56民族の総称」としていますが、「中華民族」の95％は漢族です。中国で独裁体制が続く最大の理由は今の中国が漢族の民族国家ではなく、中国共産党が漢族以外の少数民族を支配する多民族帝国だからです。今の中国に民主主義を導入すれば、国内各地で個別の政治的主張が噴出し、「共産党の指導」の下で帝国を維持することは難しくなるでしょう。</p>

<p><img alt="中国とその周辺国" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko03.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>②中国経済と中所得国の罠</p>

<p>今の中国が直面する最大の問題は不動産バブル崩壊後の経済停滞、若年層の高失業率と「中所得国の罠」の3つです。開発途上国の1人当たり所得が1万ドルを超える今、中国はもはや低賃金と世界の工場による輸出主導経済政策では立ち行かなくなりつつあるのです。</p>

<p>この「中所得国の罠」から逃れるには規制緩和、内需拡大、国有企業改革、技術革新などの諸政策が不可欠ですが、今の中国はこれと真逆の手法で危機を克服しようとしています。権力集中で政治過程を支配することは可能ですが、経済活動を強権で統制すれば副作用が起きます。最近の無差別殺傷事件などはその典型例と言えるでしょう。</p>

<p><img alt="中国の実質GDP伸び率の推移" height="885" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko04.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>③イスラムと相容れない中華</p>

<p>イスラムと中華は融合が困難です。豚肉と酒と女性が不可欠な中国文化と、これらに最も厳しいイスラムの共存は容易ではありません。アッラーへの帰依を最重視するイスラム教徒に対し、「共産党の指導を優先せよ」と求めるのですから、摩擦が生じるのも当然でしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>④本当に軍事侵攻を行うのか</p>

<p>台湾問題は中国共産党の「統治の正統性」に直接関わる核心的利益です。2022年11月の米中首脳会談で中国側は、台湾問題を「核心的利益の中の核心」と説明しています。これは武力を使ってでも守るべき利益と理解されています。</p>

<p>米軍が不介入なら台湾単独制圧は可能でしょうが、アメリカなどが本格介入すれば、制圧に失敗する可能性は高まります。あの慎重な習近平が、近い将来リスクのある台湾侵攻に踏み切る可能性は少ないでしょう。</p>

<p>他方、今後、中国が侵攻するとすれば、①台湾が独立宣言をする、②アメリカが台湾に関心を失う、③党内権力闘争や大衆運動で習近平が対米弱腰を批判されるなどで、習近平政権が戦略的誤算を犯す場合が考えられます。プーチン大統領の誤算によるウクライナ戦争という前例もあり、要注意です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑤台湾有事は日本有事となるのか</p>

<p>日本有事を外国による対日武力行使と定義するなら、台湾有事が日本有事となる可能性は高いでしょう。中国が本気で台湾包囲作戦を始めれば、日本の領土である与那国島の領海・領空は戦域となります。</p>

<p>更に、米軍介入を不可避と考えれば、中国はまず在日米軍基地を攻撃するでしょう。そうした武力行使は日本の領土に対する攻撃ですから、中国の攻撃は直ちに日本有事となります。これは集団的自衛権ではなく、日本の個別的自衛権の問題なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑥米中関係の行方</p>

<p>アメリカは1972年以来、台湾の現状維持のための「曖昧戦略」を維持してきました。それは、①アメリカは台湾独立を支持しないが、②台湾は中国の一部という中国の主張は承認せず、③国内法である台湾関係法で台湾を支援し、④中国に台湾問題の平和的解決を求める、というものでした。</p>

<p>ところが、近年の人民解放軍の能力向上により、こうした政策だけでは中国の台湾侵攻を抑止できず、アメリカは従来の「曖昧戦略」を一部見直し始めます。当然、中国側はアメリカの動きに強く反発しています。第2期トランプ政権が如何に対応するかは必ずしも明確ではありません。</p>

<p>両国関係は当面改善しないでしょうが、両国とも軍事的衝突は望みませんので、相互に誤算が生じないよう対話を続けるべきです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="" height="508" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko05.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_Chinaflag.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 28 Apr 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>時間は幻想？マルクス・ガブリエルが語る存在と宇宙  マルクス・ガブリエル（哲学者）,インタビュアー：大野和基（国際ジャーナリスト）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12190</link>
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			<description><![CDATA[ヒンドゥ―教の「時間は幻である」という考え方を重要視する哲学者のマルクス・ガブリエル氏が、その意味と重要性について解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="マルクス・ガブリエル" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/a_image9/250415MarkusGabriel02.jpg" width="1200" />写真：的野弘路</p>

<p>「新しい実在論」の提唱者であるマルクス・ガブリエルは、ヒンドゥ―教の「時間は幻である」という考え方を重要視する。そして、時間とは意識の形象であり、意識は実在する幻想であると説く。</p>

<p>※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『時間・自己・幻想』から、一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>時間は幻である─ヒンドゥー教の思想</h2>

<p>──（大野）ヒンドゥー教に関心を持っているとおっしゃっていましたが、ヒンドゥー教において特に重視されているのはどのようなことでしょうか。</p>

<p>【ガブリエル】私がヒンドゥー教の中で特に重要視しているのは、生は幻である、特に時間は幻であるという考えです。</p>

<p>私たちは時間の中で生きていますから、時間はきわめてリアルに感じられます。時間は流れていく。どの時点を生きていても、時間は流れています。</p>

<p>時間は川のようなもので、私たちはその中を移動しているように思われます。</p>

<p>一方、時間は空間となんらかの相関があります。どういう相関かは、アインシュタインをもってしてもわかっていません。アインシュタインもヒンドゥー教の時間の問題は解決しませんでした。</p>

<p>アインシュタインは時間変数tが四次元において成立すると言いましたが、これは数学的な結果にすぎません。</p>

<p>アインシュタインは時間がそもそも何であるかを知りません。時間変数tについては何でも知っているけれど、時間については何も知らない。</p>

<p>だから時間の問題を彼は解決していないのです。そして時間が実在することも示していません。時間が実在しているという仮説は、まだ選択肢の一つなのです。</p>

<p>私が関心を持っているのは、この考えの意識に関する部分です。意識は本質的に時間に関わっています。好むと好まざるとにかかわらず、時間とは意識の形象です。</p>

<p>意識が時間を生み出すわけではありません。そうだとすれば意識は時間の前か後に存在することになるからです。</p>

<p>もしＡがＢを生み出すとしたら、通常この二つは違うものでなくてはなりません。それでは意識がどうやって時間を生み出せるでしょうか。</p>

<p>ですから時間は意識の形象だと私は考えます。意識がなければ時間は存在しません。しかしひとたび意識を持てば、そこには時間があるのです。</p>

<p>また私は、意識は何の理由もなく宇宙に現れたと考えています。自然が意識を生み、その意識の形象が時間です。自然が意識を時間の中で生み出したのではありません。</p>

<p>なぜなら意識以前に時間は存在しないからです。ですから意識以前に時間がどのようであったかを問うことさえも無意味です。時間と意識は同じ形象だからです。そこに外部性はありません。</p>

<p>現実は時間の中にあるように見えますが、それは意識の観点からにすぎません。意識を取り去れば時間はなくなります。</p>

<p>では、人間が生まれる前は時間は存在しなかったのか、と思われた方もいるかもしれませんが、そうではありません。人間以外の動物も意識を持っていると私は思っています。</p>

<p>意識は人間特有のものではありません。時間は自然史の非常に早い時点で誕生した可能性があります。他の惑星にさえあるかもしれません、私たちには知るよしもありませんが。</p>

<p>ウイルスのレベルでも意識はあるかもしれない。最近のパンデミックを改めて見ると、流行の波の盛衰は意識の一つの形ではないかという気がします。</p>

<p>ウイルス一個一個に意識があるとは言いませんが、ウイルスの科単位では意識があるかもしれません。ですからウイルスの攻撃は意識の一つの形なのです。ウイルスの攻撃には確実に知性があると考えます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>意識は客観的に存在する幻想</h2>

<p>【ガブリエル】近著で私は、「意識は客観的に存在する幻想ではないか」と書いています。「意識が存在するという幻想」ではありません。意識は実在します。しかし意識とは何か。それは客観的に存在する幻想です。</p>

<p>先日亡くなったダニエル・デネット（アメリカの哲学者）は意識は存在しないという見方でした。意識の存在は脳が作り出した幻想だと彼は言いました。</p>

<p>私は、「いやいやダン、意識は実在する、ただし実在する幻想なのだ」と言いたいです。</p>

<p>意識とはすべてのものが時間の中にあるという幻想です。しかし意識を取り去れば無時間になります。</p>

<p>私たちは数学と物理学と純粋哲学と、おそらくは瞑想という手段で無時間に到達できます。ですから私たちは無時間に到達できる。時間の中にいてさえ私たちは無時間の痕跡を手にするのです。</p>

<p>信じられませんか？　例えば、私たちが久しぶりに出会った友人と、以前行った会話と継続的な会話をしているとき、私たちの会話は時間を超越しています。</p>

<p>なぜなら私たちの会話は想念の世界で起きているからです。私たちの関係には時間を超越したところがあります。しかし時々は会うわけで、私たちは時間の中で会うのですが、関係そのものは時間を超越しています。</p>

<p>意識は幻想ですが、実在する。客観的に存在している真の幻想なのです。</p>

<p>意識は幻想であることを、ヒンドゥー教徒は完全に正しく理解しているのです。</p>

<p>美術館などに行くと、眠っている人間の上でシヴァ神が踊り、それによって人間に時間の夢を作り出しているという作品を目にします。</p>

<p>ヒンドゥー教徒は正しく理解していると私が思うのは、生が一種の夢であることです。</p>

<p>夢とはもちろん幻想を指します。この生は一種の幻想である。幻想を取り去ったらどうなるか。そのとき真の現実が現れます。幻想を取り除けば、ブラフマーなど本当の神々が現れるのです。</p>

<p>意識と時間という幻想の後ろに、かりそめの形象に身をやつした真の現実が姿を現している。だから真の現実と心の中の現実の二元性はないと私は考えています。</p>

<p>心の中の現実は真の現実の一部です。要するに、シヴァ神は人間の後ろで踊っていますが、シヴァ神の後ろで踊っているのは誰でしょうか。私たちにはわかりません。ヒンドゥー教にも常にもう一つのレイヤーがあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2 align="left">ヒンドゥー教徒は無限の運命から逃れたいと願っている</h2>

<p>【ガブリエル】ヒンドゥー教徒の友人たちと一緒に、ムンバイ近郊にあるエレファンタ島を訪れたことがあります。そこにトリムールティ、三神一体の像がありました。西洋人の目には三位一体のように映ります。</p>

<p>そのときキリスト教徒の哲学者が同行していて、彼が「おや、三位一体だ！」と言いました。するとヒンドゥー教徒の友人たちが、実は壁の後ろに４柱目の神がいるのですよと教えてくれました。</p>

<p>三神は壁から彫り出されているのですが、ヒンドゥー教徒によれば、４柱目の神がまだ壁の中にいるというのです。</p>

<p>それでキリスト教徒の哲学者が「なるほど、４柱いるわけですか」と言いました。４という数字も西洋哲学では重要な数字です。</p>

<p>そうしたらヒンドゥー教徒は「いや、５柱目の神もいますが、その神は完全に目に見えないのです」と言いました。こんなふうに、無限のレイヤーがあるようなのです。</p>

<p>これがヒンドゥー教の本質だと私は思っています。そしてヒンドゥー教徒は無限の運命から逃れたいと願っている。ここからは私は見解を異にします。</p>

<p>問題は涅槃（ニルヴァーナ）とはどのようなものかです。ヒンドゥー教では、涅槃を無限の輪廻転生から脱する方法として想像しています。無限の現実の一部であるのは恐ろしいことだ、ある幻想が別の幻想の中に組み込まれているだけだからだと考えています。</p>

<p>私は本当の解放とは─この点で私はヒンドゥー教よりチベット仏教に考え方が近いのですが─真の現実の無限の多彩さであると考えています。</p>

<p>ヒンドゥー教徒は宇宙論も完璧に理解してきたかもしれません。彼らは宇宙が発生したり消滅したりしているという壮大な宇宙観を持っています。</p>

<p>現代の宇宙論でいうビッグバンとビッグクランチ（宇宙の終焉）ですね。そしてヒンドゥー教徒が宇宙を正しく理解しているかもしれないというのは、彼らが宇宙を心と関連付けてきたからです。</p>

<p>ご承知の通り、仏教は同じ思想体系から発祥しました。ヒンドゥー教のほうが古いだけで、仏教も大きな理論体系の中の一部です。仏教・ヒンドゥー教の理論体系に織り込まれた宇宙論、時間論、存在論は極めて重要なものだといえます。</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/a_image9/250415MarkusGabriel02.jpg" />
						
						<pubDate>Sun, 27 Apr 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[マルクス・ガブリエル（哲学者）,インタビュアー：大野和基（国際ジャーナリスト）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>喜望峰ルートの影響は？ ポルトガルのアジア進出で起きた「経済力の逆転」  玉木俊明（京都産業大学経済学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12151</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012151</guid>
			<description><![CDATA[喜望峰ルートによって、アジアへ進出したポルトガル商人たち。その影響で起こった現象について、玉木俊明氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="希望峰ルート" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_sea.jpg" width="1200" /></p>

<p>今のように船や飛行機のような長期移動手段が当たり前にはなかった頃、国の国力は国が持つ物資や資材によって繫栄が影響を受けていた。また、それらを輸送できる技術を持っているかどうかで世界的に活躍する国は巡るように変わっていった。</p>

<p>世界史を物流を軸に見ることで、これまで気づいていなかった国々の繁栄と衰退の流れを簡単に追うことができる。例えばポルトガルは、どのようにしてアジアの市場に入ってきたのだろうか。</p>

<p>※本稿は『物流で世界史を読み解く　交易、移民問題から食文化の革新まで』より抜粋・編集を加えたものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>喜望峰ルートは、アジアと欧州の関係をどう変えたか</h2>

<p><img alt="東南アジアからヨーロッパへの胡椒輸出量の推計" height="1352" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250408Tamakitoshiaki02.jpg" width="1200" /></p>

<p>1488年に、ポルトガル人バルトロメウ・ディアスが喜望峰（現南アフリカ共和国・ケープタウンの岬）に到達し、1498年には、ヴァスコ・ダ・ガマの一行が、この喜望峰を通るルートでインドの西岸のカリカットに到着した。これ以降、ポルトガルはアジアにどんどん進出していった。</p>

<p>1503年には、アフォンソ・デ・アルブケルケがカリカットを攻略し、1505年には、フランシスコ・デ・アルメイダがインドでキルワを植民地化し、要塞を建設した。</p>

<p>1509年、アルメイダがディウの海戦でイスラームのマムルーク朝艦隊を破り、ポルトガルのアラビア海支配は決定的になった。アルブケルケは1510年にはゴアを占領し、強固な要塞を建設した。ゴアは、ポルトガルのインドにおける拠点となった。さらにアルブケルケは、1511年にはマラッカ王国を滅ぼした。これにより、ポルトガルは、モルッカ諸島からの香辛料を入手しやすくなった。</p>

<p>香辛料は、喜望峰ルートで輸送されるようになり、紅海からアレクサンドリアを通り、イタリアに香辛料を運ぶルートは徐々に衰退した。</p>

<p>東南アジアからヨーロッパへの胡椒輸出量は、16世紀後半のあいだはレヴァント（地中海東岸）ルートと喜望峰ルートのあいだにあまり差異がないが、1641年以降、英蘭の東インド会社がケープルートのみを使用するようになり、レヴァントルートはほぼ消滅する。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>ヨーロッパとアジアの経済力が逆転</h2>

<p><img alt="香辛料の輸送ルート" height="1036" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250408Tamakitoshiaki03.jpg" width="1200" /></p>

<p>喜望峰ルートの開拓によってイタリアは、インドと東南アジアのルートから切断されることになった。イタリアは、オスマン帝国との貿易は続けたが、東南アジアとの貿易では、もはやほとんど何の役割も果たさなくなってしまう。</p>

<p>イタリアは、香辛料の貿易のほんの一部しか担っていなかったのだ。イタリア経済は、ヨーロッパ内部では重要であったかもしれないが、ユーラシア世界のなかでは、あまり大した役割は果たしていなかった。この時点ではなお、ヨーロッパよりもオスマン帝国、アジアの経済力の方が強かったのである。だが、ヨーロッパのアジアへの海上ルートでの進出は、この関係を逆転させることになった。</p>

<p>ポルトガルのアジア進出を皮切りとして、オランダ、イギリス、フランス、デンマーク、スウェーデンが東インド会社を設立し、アジアとの貿易を促進した。当初はアジアの産品の輸入が主であったが、やがてインドから茶や綿製品を輸入するようになる。</p>

<p>この過程で、商品は、以前ならアジアからヨーロッパに流れていたのが、徐々にヨーロッパからアジアへと流通経路が逆転する。それは、そのままヨーロッパとアジアの経済力の逆転を示す。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>国家と関係なくアジアに進出していたポルトガル商人</h2>

<p>イタリアが担っていたヨーロッパとアジアとの結節点という機能は、ポルトガルの台頭によって大きく揺らいだ。</p>

<p>ポルトガル帝国については、従来、国家主導型の発展形態が強調されてきた。しかし現在では、商人が、自分で組織をつくり、商業圏を拡大していったという考え方がむしろ主流である。</p>

<p>すなわち、国家が対外進出したことは認められているものの、同時に、それとは無関係にポルトガル商人は自分たちで組織をつくり、ヨーロッパ外世界へと進出していったということが、認められるようになっているのである。</p>

<p>ポルトガルがアジアで占領した地域の多くが、やがてオランダ、さらにはイギリスの支配下に入った。そのため、ポルトガル海洋帝国は衰退したと考えられてきた。ポルトガルが活躍した期間はごくわずかしかなく、イギリスやオランダの東インド会社によって、ポルトガル国家はアジアから「追放された」といわれてきたのである。</p>

<p>しかし、そもそもポルトガル商人たちは、国家とは関係なくアジアに進出していた。ゆえに、ポルトガルの領土が他国に奪われても、ポルトガル人は商業活動を続けることができた。そのことは、多くの人々によって主張されている。また19世紀初頭に至るまで、ペルシア湾からマカオまでの地域の共通語は、ポルトガル語であった。そのためポルトガル人の商業活動は、政治体としてのポルトガル帝国の衰退後も続いた。</p>

<p>16世紀のインド洋では、ムスリム商人とともに、ヒンドゥー教徒であるグジャラート商人らも活躍していた。このような、多様な宗教や宗派に属する商人共存関係は、東南アジアにも見られるものであった。ポルトガル商人は、その一部を形成したにすぎない。だが当時東南アジアにポルトガル商人がいなければ、ヨーロッパがその後この地に進出することは難しかっただろう。</p>

<p>東南アジアには、非常に多くの地域からの商人がいた。まず、ムスリム商人がいた。彼らの多くは、もともとインド出身であった。ムスリムに滅ぼされたとはいえ、マジャパヒト王国（1293〜1520年頃）というヒンドゥー教王国もあった。仏教の王朝もあった。</p>

<p>中国からは、華僑が東南アジアに移住していた。このようななかにポルトガルが参入することは、あまり難しくはなかったであろう。少なくとも、地中海にアジア人が来ることと比較すると、じつに簡単なことであったに違いない。</p>

<p>むろん、公的なネットワークを軽んじてはいけないが、非公式のネットワークが、きわめて大きな役割を果たしていたのである。ポルトガルは、英蘭の東インド会社のような国家のバックアップを受けた巨大な会社は所有していなかった。しかしポルトガル商人は、新世界からアジアまで、自由に航海し、貿易していたのである。</p>

<p>国家としてのポルトガルが、西欧列強との競争に敗れて衰退したことはたしかであるが、それがポルトガル人に決定的なダメージを与えたわけではない。ポルトガルは、オランダと香料諸島（モルッカ諸島）をめぐる争いで敗北したけれども、ポルトガル人はアジア人のネットワークのなかに深く入り込んでいくことができたからである。</p>

<p>インドネシアのチモール島においても、インドネシア全体はオランダの影響力が強く、その中でチモール島はイギリスの影響力が強いという複雑な状況であったのにもかかわらず、ポルトガルの代理人が活躍していた。彼らは一人一人が独立して働き、貿易ネットワークを維持していたのである。</p>

<p>ポルトガル国王が貿易を独占していた商品は、香辛料、金と銀であった。しかし、香辛料の貿易にも私貿易（会社とは別に貿易をする）商人が加わっていた。香辛料において、ポルトガル王室が扱うのは全体の60パーセントにすぎず、残りの40パーセントは、商人が扱っていた。</p>

<p>南シナ海で活動していた中国人と、日本人の倭冦の仲介者として働いたのも、ポルトガル人であった。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utility/pixta_sea.jpg" />
						
						<pubDate>Wed, 23 Apr 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[玉木俊明（京都産業大学経済学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>移民国家では「社会の分断は真新しいものではない」　アメリカ国内の現状  宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12131</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012131</guid>
			<description><![CDATA[アメリカ情勢の現状を、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問宮家邦彦氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="アメリカ" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAflags.jpg" width="1200" /></p>

<p>現在のアメリカでは、社会の分断が深刻化しているという指摘や、「ディープステートが存在している」などといった陰謀論もささやかれている。急速に変化するこの国で、一体何が起きているのか? そして、これらの言説の真相はどうなのだろうか?</p>

<p>本稿の冒頭では、アメリカの情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。</p>

<p>天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、アメリカの現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。</p>

<p>※本記事は宮家邦彦著『トランプ２.０時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』（PHP研究所）より一部抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>社会の分断はこれまで何度も起きていた</h2>

<p>最近、アメリカの「力の凋落」を指摘する声が高まっています。アメリカを敵対視し始めた中国はもちろんのこと、アメリカ国内でも、右は「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ運動から、左の「リベラル・人権・環境」重視派まで、アメリカ人自身の間でもアメリカのパワーを如何に活用するかについて侃々諤々の議論があります。急激に変化しつつあるこの国で、今いったい何が起きているのでしょうか。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●悪魔のささやき</p>

<p>①アメリカには一般市民の知らない「Deep State（闇の政府）」が現に存在し、連邦政府、諜報機関、金融機関、産業界などの一部関係者が秘密のネットワークを通じ、政府内部で特別の権力を行使している</p>

<p>②アメリカ経済は一部のユダヤ系財閥、石油資本、軍産複合体によって事実上支配されており、そのために人種間、階層間の格差が一層拡大するので、アメリカ社会の分断は今も拡大を続けている</p>

<p>③国力、軍事力が衰えつつある現在のアメリカは、既に「世界の警察官」の役割を放棄しており、国際政治分野での指導力は今後急速に低下していくだろう</p>

<p>④アメリカはヨーロッパ、中東、インド太平洋の3方面で軍事的プレゼンスを維持してきたが、今後はインド太平洋での対中国抑止を最重視するため、ヨーロッパや中東方面が不安定化する可能性もある</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>●天使のさえずり</p>

<p>①「闇の政府」の存在を信ずる「Qアノン」などの陰謀論に根拠はなく、アメリカ民主主義には復元力がある</p>

<p>②アメリカ社会の分断は事実だが、移民国家アメリカでは目新しくなく、史上何度も起きていることだ</p>

<p>③そもそもアメリカが「世界の警察官」となる旨宣言したことはなく、単に他国が相対的に強くなっただけだ</p>

<p>④ロシアは弱体化し、中東はそもそも不安定、中国は今やアメリカにとって最大の脅威、競争相手である</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>宮家邦彦氏の解説</h2>

<p>①北部の理想主義と南部の植民地主義</p>

<p>アメリカ国内の分断がよく話題になりますが、この国は昔から分裂しています。誤解を恐れずに言えば、建国前からアメリカでは北部の清教徒的理想主義と、南部の保守的植民地主義が並存してきましたが、幸いこれまでは、独立戦争、南北戦争、公民権運動などの節目節目で「北」の理想主義が勝利してきました。</p>

<p>政教分離を謳った憲法(※)の下、就任式で新大統領が聖書に手を置き神に宣誓するのはそうした経緯があるからです。この流れは現在も民主党リベラリズムと共和党の保守主義・トランプ主義という形で続いています。アメリカ合衆国は分断を前提にできあがっている「合州国」なのですから......。</p>

<p>(※)合衆国憲法修正第1条は、「議会は、国教を樹立し、あるいは、信教上の自由な行為を禁止する法律......を制定してはならない」と定めている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>②市民権と投票「登録」制度</p>

<p>アメリカには日本のような本籍や住民票というものがありません。日本人なら住民票を移せば一定期間後に投票所入場券が送付されますが、アメリカ市民の投票には別途「有権者登録」が必要です。この「登録」制度は低所得・低学歴層にとってかなりのハードルだと言われています。</p>

<p>そんな具合ですから、アメリカの選挙制度も実は各州で微妙に違います。2016年のトランプ候補当選の裏に、ロシアの選挙介入があったという批判も決して根拠がない訳ではありません。それでも、不正が選挙結果を左右するほどでない限り、アメリカはこの制度を守り改善していくでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>③移民2世・3世の知的爆発</p>

<p>アメリカは移民の国です。一般に移民1世は貧しく低学歴ですが、アメリカ生まれの2世・3世は英語もネイティブ、ハングリー精神で多くの高学歴成功者が生まれます。こうした「知的爆発」現象も、アメリカ社会への同化が進む4世以降には減っていく、これがアメリカ移民社会の特徴です。</p>

<p>問題は4世以降の白人移民の子孫の「非成功者」たちです。1950年代までアメリカは白人の国でしたが、その後、非白人移民が急増し、2050年には人口の過半数が非白人となります。「知的爆発」期を過ぎたブルーカラー白人男性労働者には、今のアメリカ社会が著しく不公平に見えているのです。</p>

<p><img alt="アメリカの人口の人種別構成" height="884" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko01.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>

<p>④アメリカ保守主義の劣化</p>

<p>トランプ主義やQアノンの支持者の多くは、こうした不満をもつ白人層です。陰謀論や不健全なナショナリズム、ポピュリズムを信ずる人々は今や人口の3割近くとなり、伝統的な共和党の保守主義を変質・劣化させています。彼らの不満が続く限り、こうした動きは第2期トランプ政権後も続くでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑤アメリカは世界の警察官か</p>

<p>建国直後のアメリカは「モンロー主義」の対外不干渉主義国でしたが、その後は自国の軍事力を国益最大化のため使ってきました。しかし、アメリカが世界の警察官になると宣言したことなど一度もありません。むしろ、多くの国々が自国や地域の安全のためアメリカの政治・軍事力を利用してきたのが実態です。</p>

<p>今後トランプ政権の「アメリカ第一主義」によりアメリカの国際的関与が薄れることがあれば、国際情勢が再び不安定化する可能性はあります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑥なぜアメリカで銃規制ができないのか</p>

<p>長い陸上国境をもち「刀狩り」が難しいアメリカでは、「武装」は憲法が認めた国民の権利です。これとは対照的に、人工妊娠中絶の権利は、連邦憲法上の権利と認めた1973年の判決が2022年に変更され、中絶権の是非は連邦裁判所ではなく、各州の裁判所の判断に任せられています。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>⑦日米安保体制はいつまで続くのか</p>

<p>ヨーロッパとは異なり、日本は周辺にロシアだけでなく中国や北朝鮮からも核の脅威という安全保障上の大問題を抱えています。日本が非核政策を貫く限り、日本にはこうした脅威を抑止するためアメリカの「拡大抑止」、いわゆる「核の傘」が必要です。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="" height="507" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250404Miyakekunihiko02.jpg" width="1200" /></p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_USAflags.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 22 Apr 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[宮家邦彦（キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>海外目線で日本の魅力を発信　「AMATERAS」佐藤マクニッシュ怜子さんの挑戦  佐藤マクニッシュ怜子（株式会社AMATERAS　CEO兼デザイナー）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12048</link>
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			<description><![CDATA[ライフスタイルブランド「AMATERAS」のデザイナー兼CEOの佐藤マクニッシュ怜子さんに、ブランド立ち上げの経緯を伺った。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="佐藤マクニッシュ怜子" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250319amateras02.jpg" width="1200" /></p>

<p>ライフスタイルブランド「AMATERAS」のデザイナー兼CEOの佐藤マクニッシュ怜子さん。本稿では、ブランドを立ち上げた経緯や、今後の展望について話を聞いた。</p>

<p>※本稿は『Voice』（2025年4月号）「令和の撫子」より抜粋、編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>俯瞰できたからこそ、日本文化にアイデアを</h2>

<p>「和」&times;「洋」をコンセプトとしたライフスタイルブランド「AMATERAS」のデザイナー兼CEOの佐藤マクニッシュ怜子さん。和柄や日本の伝統的な色合いを取り入れて美しく着こなせるスタイルは、海外セレブにも人気がある。</p>

<p>「AMATERAS」に由来するブランド名が示すように、太陽を象徴する女神のごとく、女性が自身の輝きを見出すことを応援するブランドメッセージも、20～30代の女性を中心に共感を集めている。</p>

<p>AMATERASにかける思いの背景には、帰国子女のマクニッシュさんならではの経験がある。高校2年生でカナダから日本に帰国した際、海外で抱いていた日本のイメージと、実際の東京の姿のあいだに大きなギャップを感じた。</p>

<p>「東京は日本の中心地なのに海外のお店ばかりで、同世代の子はニューヨーク発の有名なパンケーキ店に夢中で列を作っていました。東京で日本の商品が少ないことにカルチャーショックを受けましたし、私自身は日本の文化に憧れていたんです。</p>

<p>海外からの訪問者も同じような違和感を抱くのではないかと思いました。日本を俯瞰して見られる立場だったからこそ、疑問や違和感を掘り下げてアイデアに変えようと考えました」（マクニッシュさん）</p>

<p>起業8年目となる2025年は、空間事業やオウンドメディアなどさらなる展開を計画する。</p>

<p>「おかげさまで『日本文化をビジネスに取り入れている女性』というイメージが広まり、多くのお声がけをいただけるようにもなりました。優先順位を見極めながら、事業を展開していきたいです。</p>

<p>とくに女性への発信は、私たちの大事な軸の一つ。私をふくめ、社員は全員女性です。男性であれば経験することのない理不尽な状況にも数多く直面してきました。諦めてしまう方も多いと思いますが、私たちは困難を乗り越えられたからこそ、ロールモデルとして、より多くの女性たちを勇気づけていきたいのです」（同）</p>

<p><img alt="佐藤マクニッシュ怜子" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250319amateras01.jpg" width="1200" /></p>

<p>衣装はいずれもAMATERAS。<br />
ジャケット：Jacquard lounge satin jacket<br />
size / S,M,L（着用Mサイズ）<br />
color / 白花（ivory）<br />
※別途mustard色がございます。<br />
19,800（税込）<br />
<br />
パンツ：Jacquard lounge satin pants<br />
size / S,M,L （着用Mサイズ）<br />
color / 白花（ivory）<br />
※別途mustard色がございます。<br />
15,000（税込）</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【佐藤マクニッシュ怜子】<br />
1995年生まれ。国際基督教大学在学中にモデルとして活躍し、大学4年生で起業。ナイトウェアブランドとして「AMATERAS」をローンチ。個人のSNS総フォロワー数は45万人を超える。<br />
AMATERAS：https://www.amateras-japan.com/</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250319amateras02.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 18 Apr 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[佐藤マクニッシュ怜子（株式会社AMATERAS　CEO兼デザイナー）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>コロンブスの交換がもたらした「豊かな食事」　現代人が享受する物流発展の成果  玉木俊明（京都産業大学経済学部教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12150</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012150</guid>
			<description><![CDATA[近代の歴史と物流について、玉木俊明氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="物流" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_oldmap.jpg" width="1200" /></p>

<p>人々は、どういうときに豊かさを感じるのだろうか。株を多数保有していること、資産を多くもっていること、また、商品を所有することなど、豊かさの基準は一つではない。</p>

<p>本書では、世界史の「物流」に視点を当てることで、これまで気づいていなかった豊かさの歴史を見る。本稿によって、私たちの享受する豊かさがどのように革新してきたのか知ることができるだろう。</p>

<p>※本稿は『物流で世界史を読み解く　交易、移民問題から食文化の革新まで』より抜粋・編集を加えたものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コロンブスの交換</h2>

<p><img alt="物流で世界を読み解く" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250410Tamakitoshiaki01.jpg" width="1200" /></p>

<p>歴史家がしばしば使う言葉に、「コロンブスの交換（ColumbianExchange）」というものがある。これは、クリストファー・コロンブスによるアメリカ大陸の発見後にはじまった、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、アメリカ大陸間での植物、動物、食品、人口（含む奴隷）、病原体などの広範な交換を意味する。</p>

<p>いうまでもなく、この交換は、新旧世界間での文化や生態系に重大な影響を与えた。</p>

<p>新世界から旧世界へと移植されたものとして、トウモロコシ、ジャガイモ、トマト、タバコ、カカオなどがあり、ヨーロッパから新世界に移植されたものに、小麦、サトウキビ、米、コーヒーなどがある。</p>

<p>ヨーロッパから新世界に持ち込まれた病気（天然痘、麻疹、インフルエンザなど）は、免疫のない先住民に甚大な被害をもたらし、新世界の人口は急激に、しかも大きく減少した。</p>

<p>先住民が急激に減少したこともあり、西アフリカから黒人奴隷が輸送された。彼らがサトウキビの栽培、砂糖の生産に従事した。</p>

<p>新世界の文明は、旧世界とは異なっていた。まず、大河の近くに文明が築かれたわけではない。むしろ新世界の文明は、高地に位置した。そのため新世界の栽培植物は、旧世界の栽培植物と大きく異なっていた。</p>

<p>しかも新世界は南北に長く、寒帯から熱帯まで、多数の気候区が存在する。そのため、新大陸では多様な栽培植物が誕生することになった。</p>

<p>大航海時代になると、ヨーロッパ諸国の船で新世界産品は世界中に運ばれることになり、それは長期的には世界の人々の生活水準の向上に貢献することになった。現在、世界の栽培作物の6割は、アメリカの先住民が栽培していたものであった。新世界原産の野生種の植物がなければ、現在の世界の食事ははるかに多様性のないものになっていたはずである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>豊かになる世界輸送方法の発展</h2>

<p>大航海時代には帆船で、19世紀になると蒸気船が、さらにその後はディーゼル船やガスタービン船が使用された。世界は、急速に小さくなり、それを促進したのは、18世紀から20世紀半ばにかけては、イギリス船であった。イギリス船は植民地と宗主国の経済的関係を弱め、世界の物流を促進した。つまり世界中の商品が、世界中で売られるようになりはじめたのである。</p>

<p>たとえば1880年には、イギリス領ジャマイカの最大の砂糖市場は、イギリスのロンドンやリヴァプールではなく、アメリカのシカゴとボストンとなっていた。またオランダの植民地のジャワ島から輸出されるココアの大半は、アメリカ人が消費した。</p>

<p>一人あたりコーヒー消費量が世界で一番多かったのはオランダであったが、世界一のコーヒー産出国はブラジルであった。</p>

<p>19世紀にはグローバリゼーションが進み、世界の人々の消費は多様になり、世界のさまざまな地域で似た食品が見られるようになった。すでにこの時代に、世界的な規模でサプライチェーンが存在するようになっていたのだ。</p>

<p>穀物もまた、遠隔地から輸入されるようになった。1830年には、ロンドンの小麦は約3,900キロメートル離れた地域から輸入されていたが、1870年になると、その距離はおよそ2倍になった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>コンテナ荷の誕生</h2>

<p>さて、そうなると次の問題は「大量の物資をどう輸送するのか」である。</p>

<p>19世紀には、船に積載された商品はばら積みされており、スペースに無駄があったばかりか、船から荷降ろしをしたりさらにまた船に載せるたびに莫大な時間がかるという問題点があった。それを解決したのが、コンテナ船だったのである。</p>

<p>コンテナのようなものが、19世紀から20世紀前半にかけてまったくなかったわけではないが、世界最初のコンテナ船の会社が誕生したのは1956年のことであった。そのため20世紀後半には貨物輸送量が大きく増加することになった。コンテナ荷は、世界の物流に革命的な影響をおよぼした。世界中でさまざまな商品が入手できるのは、コンテナ荷がどんどん使われるようになったからである。</p>

<p>船から陸に降ろされたコンテナ荷は、簡単に鉄道やトラックに載せることができた。それは、簡単にスーパーマーケットまで輸送され、人々が食すことができた。世界の味はまさに一体化したのである。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>長距離に耐えられる輸送方法 ― 缶詰と瓶詰の発展</h2>

<p>蒸気船やコンテナ船が発展しようとも、食品を長持ちさせる方法が発展しなければ、世界中にさまざまな食品を輸送することはできない。そのために必要だったものとして、缶詰と瓶詰の発明があった。</p>

<p>じつは乾燥させた棒鱈、燻製の鮭、塩蔵肉は、イギリス産業革命の頃にはすでに存在していた。</p>

<p>しかし、新鮮な食材からえられた調理と比較するなら、それはかなり劣った味しか提供できなかった。美味な食事の提供により、人々は生活水準が上昇したと感じる。美味なる料理を提供するためには、生鮮品に匹敵するほどの新鮮味が必要とされた。遠隔地から輸送される美味なるものを保存することが、非常に重要なことになっていった。</p>

<p>缶詰や瓶詰という長期保存技術が開発されることになったのは、おそらくそのためである。缶詰は、1804年にフランスの料理人ニコラ・アペールによって発明された。ナポレオンの軍隊のために、長期間保存可能な食品を提供しようとしたのである。</p>

<p>1810年には、イギリスのピーター・デュランドが、金属製容器に食品を入れる缶詰を発明し、これがこんにちまで続く缶詰の直接の起源になった。缶詰は軍用食として使用された、アメリカの南北戦争（1861〜1865年）で大いに利用されることになった。</p>

<p>ガラス瓶を使用した本格的な商業的な食品保存方法としては、1858年にアメリカの発明家ジョン・L・メイソンがメイソン瓶を発明したことが重要とされる。</p>

<p>これらの発明により、食品の長期保存が可能となったばかりか、食品の安全性と利便性が飛躍的に向上することになった。というのも、高温殺菌と真空密封の原理を採用していたからである。美味な食べ物が、世界で流通することになった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>物流発展の成果を利用するわれわれ</h2>

<p>遠い外国から日本の消費者にまで食料が届くのは、船舶が大型化し、たくさんの食品がコンテナ船で運ばれ、それが鉄道やトラックなどに積み替えられ、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどを通じて、家庭まで届けられるからである。冷凍食品、食品添加物などが、そのために必要とされる。こういうシステムがあるからこそ、現在80億人以上の人類が、地球という惑星で生存することができるのである。</p>

<p>グローバリゼーションの開始をいつの時代に求めるかにもよるが、われわれが現在経験しているグローバリゼーションは、おそらく大航海時代に起源を有し、ヨーロッパ人、とりわけイギリス人が世界中に商品を輸送し、その影響が現在まで続いているということなのである。</p>

<p>たしかに、気候の相違によって栽培される作物は異なる。しかしわれわれは、世界のどんな地域の食品も日本にいて味わうことができる社会を形成することに成功した。</p>

<p>その連鎖は、きわめて精巧にできており、連鎖全体を把握している人はいないだう。連鎖とは、煎じ詰めれば物流ネットワークがこれまでになく発展したからこそ成り立っているのであり、それは、過去数千年にわたる物流の進化の所産である。</p>

<p>われわれは、その成果を利用して豊かな生活を営むことができているのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_oldmap.jpg" />
						
						<pubDate>Thu, 17 Apr 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[玉木俊明（京都産業大学経済学部教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>吉柳咲良さんが目指す「他者に寄り添える存在」　多様な役柄に向き合う意味  吉柳咲良（俳優）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12076</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012076</guid>
			<description><![CDATA[俳優の吉柳咲良さんに、多様な役柄を演じることにかける信念を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="吉梛咲良" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250326Kiryusakura01.jpg" width="1200" /></p>

<p>4月17日に幕を開ける舞台『リンス・リピート』に出演する俳優の吉柳咲良さん。多様な役柄との出会いを通して、「他者に寄り添える優しい存在」を目指したいという吉柳さんに、その信念について話をうかがった。（撮影＝吉田和本、ヘアメイク＝折原絵理、スタイリスト＝Kaz Nagai）</p>

<p>※本稿は『Voice』（2025年5月号）「令和の撫子」より抜粋、編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>俳優として価値観を広げ、「優しい」人になりたい</h2>

<p>2016年、当時12歳で「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを獲得し、翌年俳優デビューを果たした吉柳咲良さん。今年（2025年）1月期のTBS系日曜劇場『御上先生』では、「生理の貧困」の問題等を抱える生徒・椎葉春乃役で話題を呼んだ。</p>

<p>4月17日に開幕する舞台『リンス・リピート』で演じるのは、摂食障害を患うレイチェル役。病気をきっかけにあらわになる家族のすれ違いを描いた本作は、2019年のオフ・ブロードウェイの話題をさらった。</p>

<p>「たとえ家族でも価値観がまったく同じことはないので、苦しさを話したところで救ってもらうことはできないんですよね。立ち上がるために行動するのは自分自身で、それができるかできないかは大きな違い。台本を読んで、私はレイチェルをすごく素敵な人だと思いました」（吉柳さん）</p>

<p>本作に限らず、役に真摯に向き合ってきた吉柳さん。その経験は、明確な目標につながっている。</p>

<p>「じつは俳優という肩書きだけに重きは置いていないんです。いまの自分が楽しみながら、いろいろな価値観を学べる職業だと思っています。多様な考え方に日々触れるからこそ、満足して人生を終えるという『ゴール』までの道筋に自分は何を大切にしたいのかを重視していきたいです」（同）</p>

<p>そして吉柳さんは、考えることを大事にする。</p>

<p>「人のことも自分のことも、『わからない』のは怖いんです。少しでも多くのことを理解して、他者に寄り添える優しい存在でありたい。自分なりの意見をもつことで、はじめて誰かをちゃんと肯定することができると気づいたからです。俳優である以上、嫌でも役に向き合いますから、これまで演じた役に人間としての成長も後押ししてもらっています」（同）</p>

<p>吉柳さんの躍進に、今後も目が離せない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>・シャツ &yen;53,900、インナー &yen;31,900(共にAKANE UTSUNOMIYA／AKANE UTSUNOMIYA　03・3410・3599)<br />
・パンツ &yen;37,400(SUESADA／SUESADA　r@suesada.com)<br />
・左手薬指リング&yen;49,000、左手小指リング&yen;35,800、右手人差し指リング&yen;48,900(全てTom Wood／Tom Wood Store Aoyama　03・6447・5528)<br />
・その他スタイリスト私物</p>

<p>&nbsp;</p>

<p><img alt="リンスリピート" height="800" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250326Kiryusakura02.jpg" width="1200" /><img alt="リンスリピート" height="336" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250326Kiryusakura03.jpg" width="1200" /></p>

<p>4月17日から開幕（紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、京都劇場）<br />
https://horipro-stage.jp/stage/rinserepeat2025/</p>

<p>&nbsp;</p>

<p>【吉柳咲良（きりゅう・さくら）】<br />
2004年、栃木県出身。2016年の「第41回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを獲得。2017年、ミュージカル「ピーター・パン」の10代目ピーター・パン役で俳優デビュー。2024年にはソロアーティストとして「Pandora」をリリース。近年の主な出演作にミュージカル「ロミオ&amp;ジュリエット」（2024）、ドラマ「御上先生」（TBS系／2025）、実写映画「白雪姫」プレミアム吹替（2025）など。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250326Kiryusakura01.jpg" />
						
						<pubDate>Tue, 08 Apr 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[吉柳咲良（俳優）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>ひろゆき氏の持論「高い学歴を持っておいた方がいい」は本質的?　学歴論争の現在地  勅使川原真衣（組織開発専門家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/12064</link>
						<guid isPermaLink="false">0000012064</guid>
			<description><![CDATA[巷に流れる「学歴有用論」はどんなものか? 組織開発専門家の勅使川原真衣氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="勅使川原真衣 『学歴社会は誰のため』" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_people_1.jpg" width="1200" /></p>

<p>学歴不要論が盛んに議論される一方で、学歴社会が根強く残るのはなぜでしょうか。盛田昭夫氏や堀江貴文氏の「学歴不要論」、お笑いコンビ「ロザン」やひろゆき氏の「学歴有用論」を引用しながら、学歴論争の現在地を書籍『学歴社会は誰のため』より解説します。</p>

<p>※本稿は、勅使川原真衣著『学歴社会は誰のため』（PHP新書）から一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学歴がすべてではない説（不要論）</h2>

<p>「学歴は究極のオワコン」「賢い奴は今どき大学なんか行かない」</p>

<p>学校で何を学んだか、どんな優秀な学校に通ったか、ましてや学校でいい子だと評価されたかどうかなんて、社会に出て仕事をするのにはちゃんちゃら関係ないとの主張。学歴オワコン発言は、ホリエモンこと堀江貴文氏のインタビュー記事中にあった学歴描写です（新R25・2020年10月9日、JCASTニュース・2022年5月2日）。</p>

<p>皆さんはどんなご意見、ご感想をおもちでしょうか。言うてもホリエモンは東京大学出身（中退）ですから、余裕を感じさせる発言にも思えます。ちなみに「ブランドとしての価値」という表現は経済学で言う、大学＝個人の生産性を企業に伝達する手段、と考えるシグナリング理論をなぞっているように取れます。</p>

<p>続いて。1960年代、高度経済成長期のど真ん中に遡れば、こんな語りも忘れてはならないでしょう。</p>

<p>「会社は、激しい過当競争のさなかにあって、実力で勝負しなければならないというのに、そこで働いている人は、入社前に教育を受けた『場所』で評価されるというのは、どう考えても納得がいかない。教育の『質』が問われるのならばまだ解る。『場所』というのは、正常ではない。わずか数年間の学校教育が、以後何十年にもわたって、その人の看板として通用するというのは、奇妙というほかはない。</p>

<p>（中略）何々大学を出たからというだけで、その人の価値が高いと決めることにはなんら意味がないし、教育の程度と学校の名前だけで、その人が役立つ度合とするならば、大変な間違いであろう」</p>

<p>これはかの有名なソニー創業者盛田昭夫氏の『学歴無用論』の一節です。いまから半世紀以上前の指摘とはとても思えないのは、私だけでしょうか。名経営者という意味でのインフルエンサーが声高に叫ぶ、学歴無用論の走りです。</p>

<p>ちなみに盛田氏はこの一節のあと、安直な学歴による人の采配に頼るのは、職務要件定義とその評価の手間を惜しむからだ! といったことを説くのですが、それはそれは痺れます。これも学歴が個人の生産性のシグナル足りうるのか? という観点で効用を語っていると言えましょう。</p>

<p>さらには、（高）学歴を単純に「勉強ができる」に置き換えたとき、次のような言説もあるあるの1つではないでしょうか。</p>

<p>「勉強はできても、仕事はできない」</p>

<p>の類です。私もそうなのですが、一瞬「自分のことを言われてる!?」とつい記事をクリックしそうになるものです。じつに引きの強い言葉としての学歴不要・無用論。仕事との対比・接続で語られるといっそう、ドキッとさせられます。</p>

<p>これもやはり学歴と生産性との関連を疑う言説なため、学歴のシグナリング機能についての反論と言えそうです。</p>

<p>「学生時代は優秀だったのに......『勉強』はできても『仕事』ができない人の共通点」<br />
「なぜ、『勉強ができる人』は『仕事ができない人』になってしまうのか」</p>

<p>さもありなんという実際の記事の見出しです。これでイラっとする人もいれば、ほっと胸をなでおろす人もいるのでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>もっと人生とは壮大な話なんだよ派</h2>

<p>他方で、学歴なんて......論の延長線上には、次のような発言もよく知られたところかと思います。</p>

<p>「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか。そして、そういう人間を育てようとする精神なのではないだろうか」</p>

<p>これはホンダ創業者・本田宗一郎氏の言葉とされていますが、学歴ではなく、愛、協力、徳ときました。本田氏に言われてはぐうの音も出ないかもしれませんね。</p>

<p>いわゆる「人間性」が人生のかぎを握る、といったことを指し示していると思われます。人間性と言い出すと私からすると、「頭の良さ」の評価より難易度が高そうな気もしたりしなかったり。道徳論、人生訓としての学歴言及といった様相です。</p>

<p>いささか類似したもので、もう1つ。経営の神様こと松下幸之助氏はこのようなことにも言及しています。</p>

<p>「病気がちで、家が貧しく、学歴もなかったから成功できた」</p>

<p>これまたわーお! という主張です。学歴がないのなら周りに知恵を借りればいいだけである、とも発言している松下氏（『人事万華鏡　私の人の見方・育て方』）。成功したから結果的に言える言葉のようにも思えなくもないですが、学歴が成功の秘訣では決してない、逆境や、周囲の協力を得られるような人物であることのほうが奥義ではないか? といった訓示と言えましょう。</p>

<p>経済学の話で言うと、学歴が生産性のリトマス試験紙になるかどうかという先のシグナリング理論的な見解というより、賃金上昇を達成・成果と捉えた場合に、学歴の獲得の投資効率を念頭に置いたような発言、すなわち人的資本論に近しい印象を受けます。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>学歴はあって損はない説（有用論）</h2>

<p>「学歴は浮輪のようなもの」</p>

<p>なかなかうまいたとえだな......が私の第一声でした。これは、いわゆる「下駄を履かせる」の意味を、浮輪や自転車の補助輪といったレトリックで説明したもの。最初から大海原でも泳げる猛者はそうしたらいいのですが、たいがいのひよっこには、せめて初心者のうちは浮輪があったほうが安心できる。</p>

<p>まぁいつかは外して泳がないと、バタバタ泳ぎしかできないのでは速度が圧倒的に遅く、ダメだろうが、それでも学校から就職という社会システムの流れに鑑みるに、高い学歴はその後大海原で悠々と泳ぐ最初の安全な一歩にはなるだろう――そんな意味のコメントをお笑いコンビ「ロザン」の宇治原史規さんと菅広文さんが『産経新聞』（2018年1月6日）で語っています。</p>

<p>さて、こうなってくるとまったく、いったい何が「正解」なんだか......とため息が出てきます。おそらく正解探しをするとどつぼにはまるのでしょう。なぜなら巷では、置かれた環境＝スタートラインが違うのに、自分はやってこられたから学歴は要らないよ、とか、逆にやっぱりあるに越したことはないよ、などと言い合っている状態だからです。</p>

<p>また同時に、経済学の理論体系に照らし合わせても、シグナリング理論と人的資本論は、賃金上昇が見合うだけの資格かどうか? そのために時間とお金をかけることの費用対効果はいかほどか? といった議論です。ゆえに、生産性の示すものがそもそも曖昧模糊としているのに、唯一解があるかの前提で是非を問うため、神学論争化しがちなことも付言しましょう。</p>

<p>＊</p>

<p>となると、学歴論争はどう扱っていくのがよいのでしょうか。ここで私が目を向けたいのは、あるインフルエンサーの言葉です。大卒と非大卒の生涯賃金格差についてデータを引き合いに出しつつ、次のように述べます。</p>

<p>「日本の大学で教えていることは、一部の専門的な分野を除いて、社会に出てからあまり役に立ちません。大学で学んだことが企業で生かされていないとすると、高卒の人と大卒の人で仕事内容はそれほど大きく変わらないはずです。にもかかわらず、生涯賃金に6000万円もの開きがある。これは、日本企業が「大学で何を学んだか」ではなく、「大卒である」ことに価値を見いだしていることの表れでしょう。</p>

<p>もちろん、ビル・ゲイツ氏やマーク・ザッカーバーグ氏、日本では堀江貴文さんのように大学を中退して成功している人はいます。でも、それはごく一握りの超優秀な人たちです。一般的には、大卒という肩書きは持っておいて損はないのです。もっと言えば、高い学歴を持っておくのに越したことはありません。（中略）『その人となりを見る』ことは困難。どうしても、学歴のようなわかりやすい基準に頼ることが多くなります」（ライブドアニュース、2020年12月11日）</p>

<p>これは誰の発言かと思えば、論破王として名高きひろゆき氏ではないですか。学歴有用・不要論のはざまで、ああでもない、こうでもないと持論を展開する著名人（インフルエンサー、いわゆる成功者）たち、メディアが散見されますが、このひろゆき氏の発言はどうも毛色が違うようです。</p>

<p>というのも、教育社会学を修めた組織開発者として言説を眺めるに、この論調は既視感たっぷり。それもそのはず、私の古巣でもある教育社会学が、学歴論争について解きほぐす際の論点が一挙に示されているのです。どうしたひろゆき氏。</p>

<p>換言すると、個人的な経験談や志向性を超えて、社会システムとしての学歴を考えた場合の論点はまさに、次の3点に集約できると言えます。</p>

<p>（１）学歴格差と不平等問題<br />
（２）教育内容&times;労働（仕事内容）の関連性の問題<br />
（３）学歴ではない「成功」のカギ</p>

<p>言説人が学歴について議論をする際に、「要らない」「いや、あったほうがいいでしょ」と自身の経験談ベースのポジショントーク（自分の立場や立ち位置を絶対として周囲を相対化すること）を展開することがままあります。</p>

<p>しかし、「何を選ぶのが最も得か?」とか「最強」「コスパ」がいいか? といった意味での「正解」探しに奔走すると、学歴論争は不毛に陥りやすい。</p>

<p>なぜなら、各人の状況の違いを棚上げしたままでは、一元的な「正解」なんて出せっこないのですから。生まれや置かれている環境は皆多様です。さまざまな初期値（インプット）に対して、アウトプットはと言うと、「生涯賃金」の高さといった一元的な「正解」でジャッジしようとしている――これが学歴論争の現在地なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_people_1.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 28 Mar 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[勅使川原真衣（組織開発専門家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>イーロン・マスクは国家を利用している? テックと政治を結びつける「危険な賭け」  橘玲（作家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11855</link>
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			<description><![CDATA[テクノ・リバタリアンは国家を利用している――テクノロジーと政治の結びつきがもたらす影響について、橘玲氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="テクノリバタリアン" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_tech.jpg" width="1200" /></p>

<p>「テクノ・リバタリアン」は、国家と敵対するよりも利用することを考える。それをもっとも鮮やかに実践してみせたのが、トランプを再び米大統領の座に押し上げたイーロン・マスクである―。テクノロジーと政治の結びつきは、人類の未来にどのような影響を及ぼすのか。話題の書『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』の著者が明らかにする。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テクノロジーによる革命前夜</h2>

<p>1984年、アメリカンフットボールの祭典スーパーボールが行なわれた日に、Appleから発売されたパーソナルコンピュータMacintosh 128Kのコマーシャルが全米の家庭のテレビに映し出された。</p>

<p>ディストピアSF映画の傑作『ブレードランナー』のリドリー・スコットが監督し、スティーブ・ジョブズが強くかかわったであろうこの伝説的なテレビCMでは、灰色の服を着た男たちが、ジョージ・オーウェルの『一九八四』を思わせるテレスクリーンから語りかけるビッグブラザーの演説に聞き入っている。</p>

<p>その集会場に、赤のショーツと白いランニングシャツを着た女性が乱入し、手にしたハンマーを投げつけてスクリーンを破壊する。</p>

<p>そして、「1984年1月24日、Apple ComputerはMacintoshを発表します。そしてあなたは、なぜ1984年が『一九八四年』にならないかを理解するでしょう」というナレーションとテロップが流れた。</p>

<p>それまで、体制を変革するのはフランス革命のような「人民の蜂起」だと信じられてきた。ジョブズによるこのテレビCMが画期をなすのは、全体主義を阻止するのはテクノロジー（パーソナルコンピュータ）だと宣言したことだ。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テクノ・リバタリアンの誕生</h2>

<p>啓蒙主義以降、リベラリズムは人権を神から与えられた普遍の権利だとして、性差別や人種差別、植民地主義を批判し、「よりよい社会」「よりよい未来」をめざす構想を語ってきた。</p>

<p>ところが第二次世界大戦後、欧米や日本などの先進諸国で、人類史上はじめて「ゆたかで平和な社会」が実現すると、貧困の不安や戦争の恐怖を煽るわかりやすい物語は説得力を失った。リベラルの&quot;敵&quot;はシステムやグローバル資本主義のような抽象的なものに変わり、もはやかつてのようにひとびとに単純明快な&quot;希望&quot;を与えることはできなくなった。</p>

<p>そんな「自家中毒」に陥ったリベラルに代わって、「よりよい未来」を夢見る若者たちを魅了したのがSFやファンタジー小説で描かれたテクノロジーだ。イーロン・マスクは1971年に南アフリカで生まれ、ジョブズのCMが放映されたときは13歳だった。</p>

<p>「発達障害」を自称するマスクは友だちとうまくコミュニケーションをとることができず、学校ではいじめられ、SFとアメコミ、コンピュータに夢中だった。そのころから、人類を火星に移住させることを本気で考えていたという。</p>

<p>Amazon創業者のジェフ・ベゾス（1964年生）、マスクとともにPayPalを創業し、2016年の米大統領選でドナルド・トランプを支持したピーター・ティール（1967年生）、Google創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン（ともに1973年生）もみな、マスクと同じ時代の空気のなかで育ってきた。</p>

<p>極端に高い数学的・論理的知能をもち、10代でコンピュータに親しんだ彼らは、未来を創造するのがテクノロジーであることになんの疑いももたなかった。</p>

<p>彼らはその後、アメリカ西海岸（シリコンバレー）でベンチャー企業を創業し、大きな成功と天文学的な富を手にし、「テクノ・リバタリアン」と呼ばれるようになる。2024年の米大統領選が象徴するように、いまやその影響力は世界を動かすまでになっている。</p>

<p>リバタリアニズムは「自由原理主義」のことで、平等（リベラル）や共同体（保守主義）よりも自由の価値を優先する政治的立場をいう。テクノ・リバタリアンはテクノロジーによって自由の領域の拡張をめざすが、国家を否定するわけではない。ブロックチェーンなどの暗号テクノロジーで中央集権的な組織を破壊し、自由な個人が離合集散する流動的な社会をめざす夢想的な運動は「クリプト（暗号）アナキズム」と呼ばれる。</p>

<p>近代国家は警察や軍隊などの&quot;暴力&quot;を独占しているから、どれほどの富をもっていても、生身の個人が国家権力に対抗できるわけがない。</p>

<p>プーチン政権を批判したオリガルヒ（ロシアの新興財閥）のミハイル・ホドルコフスキーは、逮捕されて動物園のクマ（あるいはチンパンジー）のように、檻に閉じ込められている姿を国営テレビで放映された。その映像を見た世界中の大富豪たちは、国家がその気になれば、いつでも自分の富やビジネス、人生のすべてを簡単に奪うことができると思い知らされたはずだ。</p>

<p>テクノ・リバタリアンはきわめて賢いので、国家と敵対するよりも利用することを考える。それをもっとも鮮やかに（または露骨に）実践してみせたのが、トランプを二度目の米大統領の座に押し上げたイーロン・マスクだろう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>イーロン・マスクの肖像</h2>

<p>所有するテスラ株の高騰でマスクは2021年に世界一の大富豪になったが、気分の落ち込みがはげしく、吐き気と胸やけに悩まされていた。翌年10月にTwitterを買収したあと、インドネシアで開かれたビジネスサミットで、「次なるイーロン・マスクになりたいと思う人にアドバイスを」と問われ、「本当に私のようになりたい人がどれほどいるのでしょうか。私は異次元の拷問を自分に科していますから」とこたえた。</p>

<p>ウォルター・アイザックソンの評伝（『イーロン・マスク』文藝春秋）によると、この稀代の起業家は、つねに自分を興奮状態に置いていないと深いうつの闇に沈み込んでしまうらしい。私には想像もできない深謀遠慮があるのかもしれないが、Twitter買収も、トランプ支持も、その目的はたんにより強い刺激を得ることだったのではないだろうか。</p>

<p>マスクは「言論の自由の絶対主義者」として、それ以前からWoke（ウォーク＝社会問題に意識高い系）やSJW（Social Justice Warrior＝社会正義の戦士）と呼ばれる左派（レフト）と敵対していた。</p>

<p>最初の妻との子どもの一人が男から女にジェンダー移行し、父親を「資本主義者」と批判するようになったことや、法学者から民主党の上院議員になったエリザベス・ウォーレンから「税金を納めていない」と批判されたことが理由だとされる。</p>

<p>――ウォーレンの投稿に猛反発したマスクは、ストックオプションを行使して当時の為替レートで1兆2500億円を納税し、「（税務署に立ち寄ったら）クッキーでももらえるような気がする」と皮肉った。</p>

<p>Twitterを買収してXと名称を変え、Woke相手に連日バトルを繰り広げたことで、マスクは2億人を超えるフォロワーを獲得し、世界一の大富豪であると同時に、世界一のインフルエンサーになった。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>トランプへの接近</h2>

<p>2024年7月13日、トランプがペンシルバニア州で演説中に銃撃され、九死に一生を得たあと、マスクはトランプ支持を公式に表明し、その後はトランプ陣営に100億円以上を寄付するなど、二人三脚で選挙戦を支えた。当選後は「政府効率化省」なる組織を主導して政府外から助言や指導を行ない、年間5000億ドル（6兆5000億ドルの政府支出の8パーセント弱）の無駄な支出を削減すると述べている。</p>

<p>ちなみに政府効率化省の略称である「DOGE（Department of Government Efficiency）」は柴犬をモチーフとした暗号通貨「ドージコイン（DOGE）」からとられている。マスクはこの「ジョーク通貨」がお気に入りなのだ。このようにマスクの言動には、本気なのか冗談なのかわからないところがあり、それがまたSNSユーザーたちを惹きつけるのだろう。</p>

<p>日本でも先の兵庫県知事選で見られたように、いまではSNSが新聞やテレビなどのレガシーメディアより大きな影響力をもつようになった。メディアとSNSが異なる主張をしているときに、時間資源にかぎりのある有権者が&quot;ファクトチェック&quot;によってどちらが正しいかを見極めるのは困難だ。だとしたら、インフルエンサーに乗せられて&quot;推し活&quot;するのは合理的ともいえる（なにより面白いし夢中になれる）。</p>

<p>2億人のフォロワーをもつマスクは日々の活動のなかでこのことに気づき、そのパワーを確認するために米大統領選を「社会実験」の場として使ったのではないだろうか。</p>

<p>トランプに賭けるという「ギャンブル」に勝ったことでEV大手テスラの株価は大きく上昇し、未上場の宇宙開発会社スペースXの企業価値も上がった。それによってマスクの個人資産は4000億ドル、邦貨で60兆円を超えたとされる。</p>

<p>だがこれも最初から計画していたというよりも、次々と刺激を求めた結果、その天才によって状況の変化を収益機会に変えていったのではないだろうか。SNSも米大統領選も、マスクにとっては「遊び場」あるいは「（抑うつから逃れる）セラピー」なのかもしれない。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テクノ・リバタリアンの思想</h2>

<p>テクノ・リバタリアンの思想は、近年では「効果的な加速主義（Effective Accelerationism）」と呼ばれ、その支持者はe/accの略称を使う。これは「効果的利他主義（Effective Altruism：略称はEA）」からの派生語だ。</p>

<p>効果的利他主義はオーストラリアの哲学者ピーター・シンガーが唱え、2000年代からシリコンバレーを中心に影響力を広げた。</p>

<p>その主張は慈善もビジネスと同様に費用対効果（コスパ）を重視すべきだというもので、同じ1ドルを寄付するのなら、その資金をもっとも効果的に活かす団体を選ぶべきだとする（先進国の住人は、相対的に恵まれた自分の国の貧困者を支援するのではなく、アフリカの子どもたちの貧困や健康問題を解決する団体に寄付すべきだということになる）。</p>

<p>もっともよく知られた効果的利他主義者はサム・バンクマン＝フリードで、27歳で暗号資産の取引所FTXを創業し、「人類史上最速で大富豪になった男」として時代の寵児に躍り出た。</p>

<p>ところがその後FTXは破綻し、邦貨で1兆円を超える顧客資産が返済不能になって逮捕、懲役25年の刑を言い渡されて刑務所に送られた。フリードは12歳のときに功利主義者になり、「寄付するために稼ぐ」という主張に共鳴して莫大な金額を慈善事業に投じていた。</p>

<p>一方、効果的加速主義者は、貧困や戦争、気候変動などの問題は技術的に解決することができ、より効果的により多くの不幸なひとたちを救うにはテクノロジーの進歩を「加速（acceleration）」させなければならないとする。</p>

<p>イギリスの若手哲学者ウィリアム・マッカスキルはシンガーの影響を受けて効果的利他主義の伝道師になったが、その後、「長期主義（Longtermism）」へとその道徳思想を発展させた。長期主義は、未来に生まれる人類の数のほうが、現在の人類の数（90億人）よりもはるかに大きいことに注目する。人類の寿命の期待値を500万年とすると、一人の現代人に対して100万人の未来人が存在することになる。</p>

<p>人間の命の重さに軽重はないのだから、功利主義的に考えれば、わたしたちは現在のことだけでなく、未来のひとびとの運命も考慮しなければならない。未来人の効用を最大化しようとすれば、地球を荒廃させることは許されず、仮にそうなったとしても（いずれにしても太陽はあと50億年で死滅するのだ）宇宙に移住した人類が繁栄できるようにするべきだ。</p>

<p>「長期主義」で考えると、現在のわたしたちの使命は、未来の人類のために技術進歩を加速させることになる。このようにして、効果的利他主義は効果的加速主義と結びつき、いまではシリコンバレーのテクノ・リバタリアンたちが奉じる教義になっている。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>テクノ・リバタリニズムが世界を変える</h2>

<p>未来学者のレイ・カーツワイルは2005年に、テクノロジー（とくにコンピュータの情報処理能力）の指数関数的な向上によってAI（人工知能）が2029年に人間の知能を超え、45年には脳と機械（AI）が接続されるシンギュラリティ（技術的特異点）を迎えると予想した（2024年刊行の『シンギュラリティはより近く　人類がAIと融合するとき』〈NHK出版〉では、これらの予想が着実に実現し、分野によってはより早まっていると述べている）。</p>

<p>シンギュラリティは、数学や物理で「これまでと同じルールが適用できなくなる点」を意味し、ブラックホールの中心にある無限に密度の高い特異点では通常の物理法則は破綻する。同様に人類と機械の共進化が特異点に達すると、そこでなにが起きるかを現在の常識で予測することはできないが、カーツワイルは、脳からコンピュータへのアップロード（全脳エミュレーション）によって不死が実現されるだろうと述べている。</p>

<p>イーロン・マスクは、気候変動から地球を救うためには化石燃料の使用をやめなければならないとして、電気自動車のテスラを創業した。巨大ロケットの打ち上げに次々と成功しているスペースXの最終的な目標は、人類が地球に住めなくなったときのための火星移住を実現することだ。</p>

<p>また2016年に創業したニューラリンクは、脳に網目状の電極を埋め込んでニューロンとコンピュータを接続し、相互作用できるようにするBCI（Brain Computer Interface）を開発している（24年1月に四肢麻痺の患者にチップを埋め込む臨床試験に成功した）。</p>

<p>Chat GPTを開発したオープンAIのサム・アルトマンも効果的加速主義者で、あらゆる作業を人間以上の効率性と正確さで行なう汎用AI搭載のロボットを開発し、人類を労働のくびきから解放することをめざしている（AIが働き、その収入を全世界のひとびとにベーシックインカムとして分配する）。</p>

<p>それ以外にもGoogleやMeta（旧Facebook）などのグローバルテックや、さまざまな新興企業がシンギュラリティをめざす競争に殺到している。とはいえ、テクノ・リバタリアンがひとつの思想のもとにまとまっていたり、ましてや「陰謀集団」を形成しているということではない。</p>

<p>シリコンバレーは狭い世界で、大富豪たちはみな知り合いだが、ビジネスではげしくしのぎを削っている。自らの経験から、テクノロジーの進歩に取り残されれば、たちまちライバルたちに先をこされ、どれほどの大企業であっても跡形もなく消滅してしまうことを知っているからだ。そしてこの生き残りをかけた競争によって、テクノロジーは加速度的に進歩していく。</p>

<p>だからこそ、テクノ・リバタリニズムが「世界を変える唯一の思想」になったのだ。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 07 Feb 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[橘玲（作家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>日本を「失われた三十年」に陥れた、財政支出を抑制した政府  中野剛志（評論家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11723</link>
						<guid isPermaLink="false">0000011723</guid>
			<description><![CDATA[日本が陥った「失われた30年」。その主因は 財政支出を抑制したからだった――。中野剛志氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="失われた三十年の原因" height="743" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_SuitsTsukinBackLIG.jpg" width="1200" /></p>

<p>1990年代から始まった経済停滞。「失われた三十年」の主因は、バラマキではなく緊縮財政だった――。書籍『入門 シュンペーター』より解説する。</p>

<p>※本稿は、中野剛志著『入門 シュンペーター』から一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「失われた三十年」の原因</h2>

<p>1990年から続く日本経済の長期停滞、「失われた三十年」の発端は、1990年代初頭の資産価格の暴落、いわゆるバブル経済の崩壊です。</p>

<p>当初、日本政府は、公共投資の拡大などの経済対策を講じていました。まさに、政府が需要を創造し、貨幣供給を増やしていたわけです。</p>

<p>これは、規模は不十分だったかもしれませんが、デフレ対策としては正解です。おかげで、1990年代半ばまでは、なんとかデフレにはならず、経済も成長していました。</p>

<p>ところが、1996年に成立した橋本龍太郎政権は、公共投資の拡大によって増加した財政赤字に恐れをなし、これを縮小すべく、財政支出を抑制し、さらに消費税率を3％から5％へと引き上げました。</p>

<p>しかし、貨幣循環理論が明らかにしたように、財政支出の抑制とは、政府の資金需要を減らし、貨幣供給を減少させることです。そして、消費税の増税とは、貨幣を破壊するために経済から引き抜いてくることです。つまり、デフレを引き起こすということです。</p>

<p>その結果、日本経済は、1998年から、理論どおりにデフレに陥ってしまいました。</p>

<p>それにもかかわらず、2001年に成立した小泉純一郎政権以降、財政支出の抑制は続けられました。それどころか、2010年代には、安倍晋三政権の下で、消費税率が5％から8％へ、さらには10％へと引き上げられました。これではデフレから脱却できず、経済も成長しなくなって当然でしょう。</p>

<p>貨幣循環理論やシュンペーターの貨幣理論を応用することで導き出せる結論は、デフレから脱却し、経済を成長させるために必要だったのは、財政支出の拡大だった、ということになります。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>日本政府は、バラマキをやってきたのか</h2>

<p>このように言うと、やはり違和感を覚える人が少なくないかもしれません。</p>

<p>なぜなら、「財政政策では経済は成長しない」とか「これまで、さんざんバラマキをやってきたけれど、政府債務がふくらんだだけで、経済は成長しなかった」とかいった主張が広く流布されているからです。</p>

<p>ですが、朴勝俊・シェイブテイル『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』（青灯社、173ページ）の図によると、1997年から2017年までの20年間、主要31か国の中で、日本は、経済成長率が他のどの国よりも低いだけではなく、政府支出の伸び率も最低レベルの国なのです。</p>

<p>少なくとも、「日本政府は、これまで、さんざんバラマキをやってきた」という前提が間違いであることは確かなようです。財政支出を拡大しても無駄かどうかを問う前に、そもそも、日本は、財政支出をほとんど拡大させていないのです。そして、他の主要三十か国は、日本よりもはるかに財政支出を拡大させています。</p>

<p>日本は、世界に冠たる緊縮財政国家であったのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>なぜ、日本の財政赤字は減らないのか</h2>

<p>では、日本はこれほど財政支出の抑制に努めてきたのに、どうして、財政赤字は拡大し、政府債務は増大してきたのでしょうか。説明しましょう。</p>

<p>そもそも、経済全体で考えると、誰かの債権は別の誰かの債務であり、誰かの黒字は別の誰かの赤字に必ずなります。全員が黒字になることはできません。</p>

<p>そうすると、次の式が成り立ちます。</p>

<p>「民間部門の収支」＋「政府部門の収支」＋「海外部門の収支」＝０</p>

<p>説明を簡単にするために、海外部門の収支を無視すると、こうなります。</p>

<p>「民間部門の収支」＋「政府部門の収支」＝０</p>

<p>このように、「民間部門の収支」が黒字ならば、その裏返しで、「政府部門の収支」は赤字になるはずです。</p>

<p>デフレになると、企業は投資をせずに貯蓄に走らざるを得なくなり、「貯蓄超過／投資不足」になります。つまり、経済全体で見ると、「民間部門の収支」は黒字になるのです。</p>

<p>そうすると、当然の結果として、その裏返しで、「政府部門の収支」は赤字になります。民間部門の貯蓄超過と政府部門の債務超過は、表と裏の関係なのです。</p>

<p>言い換えれば、デフレで企業が投資できずに貯蓄超過でいる限り、政府債務が減るはずがないのです。1997年から20年間、政府支出を抑制してきたのに財政赤字が拡大してきたのは、デフレだったからだということです。</p>

<p>したがって、財政赤字を削減するには、デフレを脱却して、企業が積極的に投資を行なうようになり、民間部門が投資超過になるようにすればよいのです。</p>

<p>それにもかかわらず、デフレで民間部門が貯蓄超過になっているのに、無理やり、政府部門の赤字を減らそうとしたら、国民所得が減るという形で減らすしかありません。</p>

<p>しかし、それは、恐慌を引き起こすということです。民主国家の政府では、そんな国民を犠牲にする乱暴な政策を強行することはできません（そもそも、そんなことを強行する意味もないのですが）。だから、日本政府は、財政赤字をなかなか減らせないのです。</p>

<p>というわけで、日本の財政赤字の拡大は、財政支出を過剰に拡大し続けてきたからではなく、その逆に、財政支出の拡大が不十分だったからだということになります。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_SuitsTsukinBackLIG.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 31 Jan 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中野剛志（評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>シュンペーターが説く「イノベーションを起こせる人・現状維持に留まる人」の違い  中野剛志（評論家）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11715</link>
						<guid isPermaLink="false">0000011715</guid>
			<description><![CDATA[イノベーションの理論の父・シュンペーターが説いた「イノベーションを起こせる人」の特徴とは? 中野剛志氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="シュンペーターが説く「イノベーションを起こせる人」の特徴" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_lightbulb.jpg" width="1200" /></p>

<p>イノベーションの理論で知られるシュンペーターは、イノベーションを起こせるのは「行動の人」だと主張した。本稿では「行動の人」が持つ特徴や、イノベーションがどのように生まれるのかを書籍『入門 シュンペーター』より解説する。</p>

<p>※本稿は、中野剛志著『入門 シュンペーター』から一部を抜粋・編集したものです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「快楽主義的」な人と「精力的」な人</h2>

<p><img alt="入門シュンペーター" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250109Nakamuratsuyoshi01.jpg" width="1200" /></p>

<p>「イノベーションの理論の父」シュンペーターによると、イノベーションを起こせるのは、社会的な抵抗や心理的な抵抗に屈することのないような、特異な人格の持主です。<br />
<br />
シュンペーターは、人間行動の類型を、「快楽主義的」と「精力的」に分けます。<br />
<br />
快楽主義的な人間というのは、自分の欲求を満たすためだけに働き、それ以上のことはしないような人たちです。快楽主義的な行動は、「静態的」な経済における行動であるとシュンペーターは考えました。<br />
<br />
--------------------------------------------------<br />
「静態的」な経済では、「ほとんど誰もがその視野の及ぶ範囲で経済合理的に行動している。例外はほとんど重要ではない。誰もが自分の財の利用可能性のなかで正しい選択を確実に行い、深く考えることなしに、慣れ親しんだ市場で自信をもって適切なことを行う (※1)」。<br />
--------------------------------------------------<br />
<br />
このように、「快楽主義的」とは、「経済合理的」とも言い換えられています。<br />
<br />
「快楽主義的」な人間は、自分を拘束する条件を受け入れ、それに逆らおうとはしません。与えられた条件の下で、自分の欲求を満たすように合理的に行動するのです。「さらに快楽主義的な動機は、決断力に乏しく、旧来の軌道にとどまる人の特徴ともなっている (※2)」とシュンペーターは付け加えています。<br />
<br />
要するに、「快楽主義的」＝「経済合理的」な人間は、イノベーションを起こすような者ではないということです。<br />
<br />
(※1)　J・A・シュンペーター著、八木紀一郎・荒木詳二訳『シュンペーター　経済発展の理論』（初版）（日経ＢＰ／日本経済新聞出版本部）2020年、P127-8<br />
(※2)　シュンペーター（2020,p132）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「行動の人」</h2>

<p>それでは、「快楽主義的」な人間と対比される、「精力的」な人間とは、どのような人なのでしょうか。<br />
<br />
シュンペーターによれば、「精力的」な人間とは、自分を拘束する条件に抵抗し、新しいことをやらずにはいられないようなタイプの人です。それは、「行動の人」です。「精力的」な人間あるいは「行動の人」は、「快楽主義的」な人間とは異なり、社会の同調圧力や習慣といった拘束にはとらわれません。<br />
<br />
--------------------------------------------------<br />
　　「行動の人」（Mann der Tat）は、経済の分野でも、既存の軌道の外にあっても、その内にある場合と同じ強さで決然と行動する。今までなされたことがないという事実は、彼にとって行動をためらわせる理由とはならない。通常の経済主体にとって行動を規制する固い枠となっている障害は、彼には感じられない。彼が予見するさまざまな可能性も、それがすでに実現されているかどうかという基準で区別されることはない。彼はすべての可能性を同じ明瞭さで見て取り、そのなかからこだわりなく選び取るのである。すべての可能性が、彼にとって同じように現実的なのである。(※3)<br />
--------------------------------------------------<br />
<br />
シュンペーターは、「精力的」な人間は、「快楽主義的」な人間のように、与えられた環境に適応しようとはしないことを強調します。<br />
<br />
シュンペーターは、精力的な「行動の人」がやることは、「偉大で創造的な芸術家たちが彼らの技芸にある伝統的な要素を使ってそうするのと同じ (※4)」だと述べています。<br />
<br />
このことから分かるように、「行動の人」こそが、既存の物や力をまったく新しい形で組み合わせる「新結合」すなわちイノベーションを行なう者だとシュンペーターは考えているのです。<br />
<br />
(※3)　シュンペーター（2020,p135）<br />
(※4)　シュンペーター（2020,p136）</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>自分で需要を創造する</h2>

<p>さらにシュンペーターは、イノベーションの担い手である「行動の人」には、精力的であることに加えて、もう一つ、重要な特徴があると指摘します。<br />
<br />
「行動の人」は、需要に応じて供給するのではなく、自ら需要を創造するというのです。「市場の声を聞く」などという受け身の姿勢ではなく、自分で市場を創造すべく、行動するのが「行動の人」なのです。<br />
<br />
--------------------------------------------------<br />
　　私たちの「行動の人」は、既存の需要やすぐに期待できるような需要に単純に応じるのではない。彼は自分の生産物を市場に押し付けるのである。もっともこうしたやり方は、実業家なら誰もがよく知っていることである。新製品を市場に導入しようとするなら、重要なことは、それを使うよう人々を説得し、場合によっては強制することである。最初は利益を上げるに遠く、損失が出るが、それでも製品の重要な要素に関心をもたせるように努力するのである。（中略）どんな新しい機械もどんな新しい嗜好品も、既存の需要の圧力によって生み出されたものではない。例外的にはそういうこともあるが、その例外もすでに存在する経済発展によるものである。(※5)<br />
--------------------------------------------------<br />
<br />
なるほど、言われてみれば、そのとおりです。<br />
<br />
企業は、新しい製品を市場に投入する時は、盛んに広告・宣伝を行なって、消費者の購買意欲をかき立てようとするのが一般的です。企業は、新製品を供給した後で、その需要を作り出そうとするわけです。<br />
<br />
確かに、画期的な新製品というものは、これまで世の中に存在しなかった製品なので、それに対する需要も世の中には存在しないという場合が多い。<br />
<br />
例えば、スティーブ・ジョブズ率いるアップル社がiPhoneを初めて市場に投入する以前に、iPhoneのような製品が欲しいという需要が明確にあったというわけではありません。iPhoneが登場した後で、人々はそれを見て欲しくなり、そこでiPhoneの需要が生まれたのです。つまり、スティーブ・ジョブズという「行動の人」が、iPhoneの需要を作ったのです。<br />
<br />
(※5)&nbsp;シュンペーター（2020,p136-7）</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_lightbulb.jpg" />
						
						<pubDate>Mon, 27 Jan 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[中野剛志（評論家）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>東京都のDXを率いる宮坂学氏の「シン・技術立都」実現に向けた挑戦  宮坂学（一般財団法人GovTech東京理事長／東京都副知事）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11776</link>
						<guid isPermaLink="false">0000011776</guid>
			<description><![CDATA[東京都の宮坂学副知事が描く「シン・技術立都」のビジョンとは? 新たな改革への覚悟について話を聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="宮坂学" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250117Miyasakamanabu01.jpg" width="1200" /><br />
写真提供：GovTech東京</p>

<p>いま求められているのは「エンジニアリング思考」だ――。東京都のDXを主導する宮坂氏が、「デジタル人材」の条件と新たな改革への覚悟を語る。　聞き手：編集部（中西史也）</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「デジタル人材」のモデルは孫正義氏</h2>

<p>――宮坂さんはヤフー株式会社の社長や会長、東京都参与を経て、2019年9月より東京都副知事として都のデジタル政策を推進しています。そして23年7月には、DX（デジタルトランスフォーメーション）を進める外部組織として一般財団法人GovTech（ガブテック）東京を発足させ、理事長を務めています。どのような狙いから、GovTech東京を立ち上げたのでしょうか。</p>

<p>【宮坂】東京都で進めてきたDXをより早く、広範囲に、高品質で推進するためです。そのためには改革を進められる人材確保が急務ですが、行政だと地方公務員法などによって人材の登用に制約があります。</p>

<p>世界に目を向けると、UNDESA（国連経済社会局）の世界電子政府ランキングでトップのデンマークなどデジタル先進国の多くはDXの推進組織を外部に抱えており、既存の枠組みにとらわれないやり方に切り替えるべきだと思い至ったんです。</p>

<p>――設立による成果の進捗はいかがですか。</p>

<p>【宮坂】東京都では4年かけて30人ほどの採用人数だったのが、GovTech東京では1年間でそれ以上の人数を迎えることができ、「採用力」が飛躍的に上がりました。組織運営においてまず重要なのは、誰をトップに据え、どのようなチーム・メンバーで働くかです。民間の優秀な「デジタル人材」の登用には、柔軟な制度・体制が不可欠だと痛感しています。</p>

<p>――宮坂さんが考える「デジタル人材」とは、どういう人物のことでしょうか。</p>

<p>【宮坂】ひとことで言うならば、「情報技術などのテクノロジーを使って問題解決しようとする人」でしょうか。ここでは「アナログ」と「デジタル」という言葉を本来の専門的な意味ではなく、「アナログ人材」は「対人コミュニケーションを中心として問題解決する人物」と定義し、「デジタル人材」はそれに対応する意味で便宜的に用いています。</p>

<p>決して「デジタル＝新しくて良い」「アナログ＝古くて悪い」というわけではなく、いずれも社会にとって必要な存在です。そのうえでGovTech東京としては、テクノロジーによる問題解決を図る「デジタル人材」を求めているということです。</p>

<p>また「デジタル人材」といっても、さまざまなタイプがいます。大まかに4つに分けるならば、1つ目が「WEB／アプリ族」、2つ目が「基幹システム／情報システム族」、3つ目が「データ／AI族」、そして4つ目が「UI（ユーザーインターフェイス＝画面の見た目や操作の配置といった接点の総称）／UX（ユーザーエクスペリエンス＝サービスを利用する際に得られる体験）族」です。</p>

<p>どの領域であれ重要なのは、スキルそのものではなく、テクノロジーの力を信じて物事をより良い方向に変える意思をもつ、すなわち「エンジニアリング思考」があるか否かです。</p>

<p>――エンジニアリング思考のモデルとなる人物を具体的に挙げるとすれば、誰でしょうか。</p>

<p>【宮坂】パッと頭に浮かぶ人物は、ソフトバンク会長の孫正義さんですね。孫さんは、世の中の問題をあくまでもテクノロジーで解決しようという信念をおもちで、技術の可能性を突き詰めて思考・実践する方です。</p>

<p>エンジニアリング思考と対極的な例として、イギリスの「赤旗法」の話をご存じでしょうか。赤旗法とは、すでに蒸気自動車のサービスが登場していたイギリスで1865年に制定された法律です。自動車の音に馬が驚くことによる事故の防止や騒音・煙対策などの狙いから、赤い旗を持って自動車を先導する人員を設け、自動車の接近を予告するように定められました。</p>

<p>結局、赤旗法は1896年に廃止されるのですが、アナログ的手法によって問題解決を図る試みだったと言えます。</p>

<p>――テクノロジーによる問題解決とは相容れないアプローチですね。</p>

<p>【宮坂】もちろん、場合によってはアナログ的な手段が必要になる場合もあるし、そうした要素も不要とは思いません。ただ、私がいまの時代により必要だと考えるのは、エンジニアリング思考をもったデジタル人材です。もし自動車の騒音や排気ガスが問題ならば、「なるべく音を小さく・排気ガスを出さない車をつくろう」と考えるのがエンジニアリング思考です。</p>

<p>実際にアメリカでは、1900年のニューヨークの街並は馬車で埋め尽くされていましたが、その後T型フォードが普及したことで、1910年代には自動車ばかりが走る光景に一変しました。短期間で大変化が起きた背景には、公害だった馬糞の臭いや衛生面での対策として自動車の使用が広がった面もあります。当時のアメリカ社会や企業には、利便性の追求とともに、「環境対策」として自動車を普及させようというエンジニアリング思考があったのではないでしょうか。</p>

<p>ただし、現在はむしろ自動車の排気ガスが環境問題になっているように、たとえ一つの課題を解決したとしても、新たな問題が次々と出てくるものです。そうしたらまた次はどう解決するか......というように試行錯誤しながら、テクノロジーによって生まれた問題はあくまでもテクノロジーで解決するという信念が重要なのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「シン・技術立都」から「シン・技術立国」へ</h2>

<p><img alt="宮坂学" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250117Miyasakamanabu02.jpg" width="1200" /></p>

<p>――一方で、「何でも科学技術だけで解決できるわけではない」という主張も聞かれます。</p>

<p>【宮坂】科学万能論的な思想に懐疑的な見方を向けたくなるのはよくわかります。ただ私は、昨今の日本はむしろ、「技術力によって問題を乗り越えよう」という気概が足りていないのではと感じているんです。</p>

<p>日本の製造業が世界を席巻していた時代は「技術立国」が盛んに掲げられ、良い意味での&quot;楽観論&quot;が漂っていました。しかし最近は「日本はデジタル分野で遅れている」という悲観論ばかりが叫ばれています。</p>

<p>現状を見るのは重要ですが、同時に私は、いまこそ日本は「シン・技術立国」を謳うべきだと考えています。資源の乏しい日本が生き残っていくためには、あくまでも科学技術によって問題を解決していくというエンジニアリング思考をもたなければなりません。</p>

<p>――「シン・技術立国」の理念をまずは東京都で実践し、それを全国に広めていくというのも、GovTech東京を立ち上げた理由にあるわけですね。</p>

<p>【宮坂】はい。まずは「シン・技術立都」を実現し、ひいては「シン・技術立国」につながればと思います。</p>

<p>またエンジニアリング思考が発揮されるのは、デジタルの分野だけではありません。東京の歴史を振り返ると、江戸時代に徳川家康は、利根川の水害から江戸を守って水田開発を進めるために、川の水流を変えました。利根川はもともと太平洋ではなく江戸湾（現在の東京湾）に流れていたのですが、当時の最先端の土木技術を結集して堤防を整備し、川の東遷を実現しました。まさに技術によって問題を解決した事例です。</p>

<p>明治時代の1882年には、日本で初めての電気街灯（アーク灯）が銀座に設置されます。このように東京のインフラは、先人たちのエンジニアリング思考によって整備されてきたわけです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>人材の「文化の違い」をどう埋めるか</h2>

<p>――昨今は民間企業でもDXの取り組みが盛んですが、これまでデジタル化を進めてこなかった企業が急に改革するのは容易ではありません。たとえばDXの新たなプロジェクトを立ち上げるとき、企業はまず何から始めればいいのでしょうか。</p>

<p>【宮坂】重要なのは、冒頭にも申し上げたように、部署やプロジェクトのトップを誰にするかです。「人事」は改革への本気度を示すものであり、社員は人事を通して会社のやる気を測っています。</p>

<p>次に肝になるのが、メンバー間の「文化の違い」をどう調整していくかです。「デジタル人材」といっても、先に述べた4つのタイプではそれぞれ考え方や仕事の進め方が異なります。</p>

<p>たとえば私のようなWEBやアプリの世界で生きてきた人間は、「アジャイル（柔軟かつ機敏）」や「試行錯誤」といった言葉が好きで、基本的にどんどん手を動かして改善していこうという思考です。</p>

<p>一方で金融機関の基幹システムを扱ってきた人は、「失敗してもいいからとりあえず挑戦していこう」という発想にはなりにくい。ひとたび銀行のシステムで障害が発生すれば、多大な影響・損害が出る可能性がありますから。</p>

<p>そうした文化の違う人同士がどう協働していくかは非常に難しく、率直に言えば、短期間で克服できる特効薬はありません。人間の感情が入り込む領域はテクノロジーで万事解決とはいきませんから、ここでは対人コミュニケーションといったアナログ的な手法が有効かもしれません。</p>

<p>月並みですが、大切なのは組織としての度量と寛容さです。「あの人のやり方は古臭い」とか「チャラチャラした仕事の進め方をしやがって」と思う人もいるかもしれませんが、まずは自分とは違うということを認める。そのうえで時間をかけて地道に歩み寄り、どうしても相性が合わない場合は責任者に相談するなり人事に訴えるなりすればいいのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>指示が的確な上司はAIも使いこなせる</h2>

<p>――「シン・トセイ重点強化方針2024」によれば、東京都の職員が、AI（人工知能）などの技術を駆使したさまざまなデジタルツールを活用しています。アイデア出しや文案作成にも生成AIツールを使用しているとのことですが、職員からの評判はいかがでしょうか。</p>

<p>【宮坂】職員のおよそ3分の2が、仕事の効率が「大幅に上がった」、あるいは「上がった」と答えています。私も日常的に利用していますが、業務効率が圧倒的に上がりましたね。</p>

<p>ほかにも個人的に、生成AIに「2050年のデジタル化した東京」というテーマで小説の執筆を頼んでみたら、短時間で2万字程度の文章を書いてくれました。「もっと文体を柔らかくして」「エピソードを多めにして」などと指示するとそのとおりに対応してくれて、クオリティも高い。今後はさまざまな分野で、生成AIがなくてはならない存在になる時代が到来するのではないでしょうか。</p>

<p>――一方で、一部では「生成AIばかりに頼っていると画一的なアイデアに終始してしまうのではないか」という懸念の声も聞かれます。</p>

<p>【宮坂】そんなことはないと思いますよ。AIはあくまで技術であって手段ですから、ツールとしての選択肢が増えることをネガティブに捉える必要はないでしょう。</p>

<p>サイレント映画（無声映画）だけの時代よりもトーキー（有声映画）が登場したあとのほうが表現の幅が広がったように、クリエイティブの可能性はむしろ広がると見ています。</p>

<p>加えて言えば、本来はリアルの対人での仕事が上手くこなせる人ほど、AIも使いこなせるはずです。職場で上司が曖昧な指示しか出さないと部下が困惑するように、AI相手でも指示の出し方にはコツがあります。AIに的確に指示が出せるのは業務の本質を深く理解している証拠で、そういう人は現実のビジネスでも「できる人」なのではないでしょうか。</p>

<p>――「AI時代の生存戦略」などとよく言われますが、テクノロジーの活用と対人関係のスキルは結びついているのですね。</p>

<p>【宮坂】人口減少に伴い職場の人手不足はますます加速するでしょうから、AIを含むテクノロジーの活用は必要不可欠です。同時に、対人コミュニケーションの仕事も完全になくなるわけではありません。デジタルとアナログのどちらかを選ぶのではなく、両立しながらアップデートしていく必要があります。</p>

<p>そのうえで20年後、30年後の東京都、ひいては日本が「シン・技術立都」「シン・技術立国」としてパワーアップするために、私はテクノロジーの方向から改革を進めていきたいと思います。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
												<enclosure url="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250117Miyasakamanabu01.jpg" />
						
						<pubDate>Fri, 24 Jan 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[宮坂学（一般財団法人GovTech東京理事長／東京都副知事）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>新しい政界再編の軸はこれだ! 保守・リベラルを超える大同団結への道  泉房穂（前明石市長）,福田充（日本大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11739</link>
						<guid isPermaLink="false">0000011739</guid>
			<description><![CDATA[「脱・自民党」はなぜ実現しなかったのか。前明石市長の泉房穂氏と、日本大学教授の福田充氏が語り合う。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="泉房穂,福田充" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250109IzumiFukuda01.jpg" width="1200" /></p>

<p>かつて失敗に終わった1993年の細川連立内閣、2009年の民主党による政権交代。「脱・自民党」はなぜ実現しなかったのか。政界再編を望む有識者が、新しい政治の争点について議論を交わす。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>保守・リベラルが軸ではない</h2>

<p>【福田】最近、泉さんは「救民内閣」という表現で政界再編の道を語っていますね。たしかに「救民」という言葉は社会的弱者の救済や人道主義、多様性を包摂する理念としてはわかりやすい。半面、古い社会民主主義のイメージを想起させてしまい、アレルギーをもつ人もいるのではないでしょうか。</p>

<p>子育てや教育を重視する政策はいわば将来に投資するビジネスモデルであり、減税をしながら経済を回すという試みを表現する新たなフレームワークがあるはずです。</p>

<p>【泉】私も「救民」という言葉にこだわっているわけではなく、政治の目標設定を「国民生活」を支えるという点に移すことに主眼があります。</p>

<p>いま考えている軸の1つは「積極財政か、緊縮財政か」。両者の基準で見れば、自民党の高市早苗さんも積極財政派だし、立憲民主党の野田佳彦さんは緊縮財政派。</p>

<p>2024年の衆議院選挙で明らかになったのは、「国民生活」を意識したメッセージを出した党が支持を集めたことです。手取りを増やす政策を掲げた国民民主党と、消費税の廃止や季節ごとの10万円支給を打ち出したれいわ新選組が票を伸ばしました。</p>

<p>積極財政という軸で国民民主とれいわが大同団結してもおかしくないし、高市早苗さんと山本太郎さんが力を合わせてもかまわない。</p>

<p>自民党も共産党もいまや有権者の支持を大きく失い、立憲民主党も比例票では横ばい。2025年の参議院選挙では、何が起きるかわかりません。国民のほうを向いた政策という一点で政治家が党を割って集まるのが、日本を救う政界再編だと私は思うんです。</p>

<p>【福田】有権者は、古い55年体制を引きずって保守・リベラルの対立を続ける自公・共産という構図に失望しています。問題は、2024年の衆院選でも投票率が53.85％と戦後3番目に低く、自分たちの期待を吸い上げてくれる党がどこにもない、と感じていること。生活に苦しむ国民が、自分たちの声が届いて国政を変える政党や政界再編を渇望しているのは間違いありません。</p>

<p>【泉】日々必死で働いているのに、給料が上がらず国民の負担だけが上がる。医療も介護も不安で人生、どうなるかわからない。古い政治を続ける日本に対する怒りのエネルギーが社会に満ちており、もはや後戻りはないと思う。政界再編の機運が盛り上がり、状況が整った瞬間、投票率は一気に上がるでしょう。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>エリート支配より市民ポピュリズム</h2>

<p>【福田】ただし1点、懸念があるのはポピュリズムのリスクです。民主主義社会は、人気取り政治やフェイクニュース・陰謀論などに対して脆弱で、分断や極性化をもたらすリスクをもっています。</p>

<p>職場や家庭など現実社会でも、SNSやネットでも、リベラルな市民のネットワークによって、そうした分断や極性化のリスクをどのように克服するかが問われています。自由民権運動や戦後民主主義で培われてきた民主主義の理念や規範を取り戻す努力が必要です。</p>

<p>【泉】じつは私は、エリート支配の政治とポピュリズムの政治を比べるならば、ポピュリズムのほうがよいというスタンスなんです。ただし、「市民と共に」という条件付きで。</p>

<p>市長時代の施策もポピュリズムと批判されたけれど、たんなる子育てのばら撒きではない。同時にマイノリティを包摂する施策も行なっています。全国初の「明石市更生支援及び再犯防止等に関する条例」を制定し、罪を犯した人も「お帰りなさい」と市民みんなで迎え入れる町づくりを進めていました。人気取り政治では絶対にできないことです。</p>

<p>【福田】自己責任と自助が100％では、アメリカ式の新自由主義一辺倒になってしまう。他方で公助が100％では、ソ連式の社会主義、官僚主導政治になってしまう。両者を媒介するように「自助を共助が支える」「共助を公助が支える」政治でなければ、社会が成り立ちません。</p>

<p>とくにポイントとなるのが市民やNPO、企業がボランティア的なかたちでつながる「共助」です。その意味で、1980年代から政党を超え、市民をつなぐネットワーク社会を提唱した石井紘基さん（故人・元衆議院議員）の先見性に学ぶところは大きい。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>「手取りを増やす」政策のストライクゾーン</h2>

<p>【泉】まさにおっしゃるとおりで、不安な時代には皆が極論に振れやすい。右派、左派それぞれに強い意見になびいてしまうところがあります。両端に偏る主張はもはや頭打ちで、限界があります。「手取りを増やす」というストライクゾーンに構えて支持を得た国民民主党の教訓を生かすべきでしょう。</p>

<p>103万円の壁（年収が基礎控除と給与所得控除を合わせた103万円を超えると所得税が発生すること）や、ガソリン代のトリガー条項（ガソリンの平均価格が3カ月連続160円を超えた際、価格の上乗せ分を減税すること）や、給食費の無償化などは政党の枠を超えて大同団結するのにふさわしいテーマだとも思います。</p>

<p>【福田】少子化問題こそが、日本そして世界の最も重大な危機だと認識しています。教育や子育て支援を少子化対策の中心と位置づけて積極的に投資し、民業を圧迫することなく、民間企業のビジネスを活性化する積極財政モデルを実践する必要があります。</p>

<p>そのためには、国民が教育や子育てに使えるお金と環境を整備することで、市民の生活を主眼とした政策への転換が求められています。</p>

<p>【泉】私の願いは、日本という国を史上初めて「民衆が主人公の社会」にすることです。それは石井紘基さんがめざしたことでもあります。その革命的な大改革を、選挙という血を流さない手続きによって実現することは可能だと私は信じています。実現の暁には、石井紘基さんの墓前に2人で報告に行きたいですね。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Fri, 17 Jan 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[泉房穂（前明石市長）,福田充（日本大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>国民のお金はどこへ消えたのか?「生活の安心を提供する」政治  泉房穂（前明石市長）,福田充（日本大学教授）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11738</link>
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			<description><![CDATA[失われた民主主義の規範はどうすれば取り戻せるのか。前明石市長の泉房穂氏と、日本大学教授の福田充氏が語り合う。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="泉房穂,福田充" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/2025/2025A/250109IzumiFukuda02.jpg" width="1200" /></p>

<p>金権腐敗と与野党の野合、国民の生活を無視して利権が牛耳る官僚政治。失われた民主主義の規範はどうすれば取り戻せるのか。新たな政治モデルをめぐり、かつて社会民主連合の活動に身を投じた2人が熱く語り合う。</p>

<p>※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。</p>

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<h2>政党を超えてネットワークでつながる政治</h2>

<p>【福田】まず泉さんとのご縁について話すと、高校3年生のとき、社会民主連合（社民連）代表の江田五月（故人・元法務大臣）さんの地元が旧岡山1区で、私の故郷に事務所がありました。当時から政治に関心があった私は、江田さんがいると思って事務所を訪ねたら不在で、何も知らず秘書の方に向けて青臭い政界再編論をぶったんです。</p>

<p>「いまさら社民連が社会党と組んでも仕方ない。自民党のリベラル勢力と組み、共闘すべきではないでしょうか」。すると面白がってくれて、「大学に入ったら議員会館の事務所で手伝ってくれないか」と。1988年、上京して江田事務所へ行ったら、石井紘基さん（故人・元衆議院議員）が第一秘書としておられたんです。</p>

<p>【泉】石井紘基さんはお父さんの江田三郎さんの代から秘書を務めており、つねに江田五月さんの傍で働いていました。1990年に石井さんが社民連から出馬を決意し、東京の三軒茶屋に選挙事務所を構えたとき、私がお手伝いをすることになりました。そこに福田君がいたわけです。「政治志望の学生は軒並み自民党の古株議員のカバン持ちなのに、変わったやつがおるな」と話題になっていました。</p>

<p>【福田】当時は大学2年生で、週末によく辻立ちの手伝いやポスター貼りなど行なっていましたね。</p>

<p>【泉】私が石井さんの元で働くことになったきっかけは、石井さんが出馬前に書いた『つながればパワー』（創樹社、1988年）に感銘を受け、手紙を書いたことです。「あなたのような方に政治家になってほしい」と。</p>

<p>そうしたら石井さんから返事があり、「会いたい」と連絡が来て選挙を手伝うことになったんです。本当に真面目な方で、朝5時半に迎えにいって駅頭で一所懸命、演説をするのですが、残念ながらあまり上手ではない（笑）。ビラを隣で配りながら、何度「マイクを代わってほしい」と思ったことか（笑）。</p>

<p>【福田】『つながればパワー』は、題名どおり市民のネットワークと連帯によってこの社会は変えられる、という信念に満ちた素晴らしい本です。折しも発刊同年にリクルート事件が起き、いまと同じく「政治とカネ」による政治不信が沸き上がりました。</p>

<p>自民党の金権政治と55年体制下における社会党との野合、社会党を支える労働組合同士の対立に国民の嫌気がさすなか、石井さんの「政党の枠を超えて市民がネットワークでつながる政治」という発想は新鮮でした。</p>

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<h2>生活の安心を提供する</h2>

<p>【泉】先述の江田五月さんはその後、1992年に「シリウス」という政党横断の政策集団を立ち上げます。この江田さんの動きが新党結成、政界再編の起爆剤となり、1993年の非自民・非共産八党派の細川護熙連立政権に至ったのです。</p>

<p>当時は自民党と社会党の55年体制が強固で、政界再編の気配すらありませんでした。ところが糾合役となった江田さん、そしてシリウスの事務局長を務めた石井紘基さんらの働きもあって、新しい政治が始まったのです。</p>

<p>【福田】当時の政界再編をまずは政権交代ありきの野合と見る向きもありましたが、根底には市民の連帯による新しい政治を求める人びとの思いがあったことは間違いなく、この流れがまさに現在にもつながっています。</p>

<p>【泉】しかも昔ながらの社会党路線ではなく、現実路線を志向した点に意味があります。惜しむらくは、再編のキーマンが江田五月さんではなかったこと。</p>

<p>小沢一郎さんは実力と剛腕に疑いの余地はありませんが、古いタイプの政治家でした。当時の大蔵省と結託して消費税を7％の「国民福祉税」に衣替えする増税構想を細川首相に吹き込むと、突然の表明が不興を買って直後に撤回、連立終焉の一因となってしまいました。2009年の民主党による政権交代後も野田佳彦首相が消費税の増税を掲げ、民主党の分裂を招いています。</p>

<p>じつは小沢さんには以前、「3回目の政権交代を一緒にやろう」と声を掛けられたことがあります。そのとき、私が小沢さんにお伝えしたのは「政権交代自体を目的にするのではなく、政権交代の先の国民を笑顔にするとか、生活の安心を提供するというメッセージを直接、有権者に伝える必要があるのではないか」ということでした。</p>

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<h2>国会の「爆弾発言男」</h2>

<p>【福田】そこで振り返りたいのが、まさに石井紘基さんの功績です。彼が切り込んだ日本の「闇」は、特殊法人と特別会計でした。一般会計とは別枠で膨大な額が毎年使われており、公共事業の肥大化と国民負担額の増大、族議員・官僚・業界団体による政官財の癒着、市場の約半分を特殊法人やファミリー企業の事業が占める「官制経済」が自由経済を阻害している。</p>

<p>もちろん東日本大震災の復興費用や食料の安定供給など必要な特別会計もあるけれど、財政投融資や外国為替など資金の配分について、国民の代表たる国会議員のシビリアン・コントロールが機能していないのではないか、と国会で指摘したのです。</p>

<p>【泉】石井さんは国会議員でありながら、政治家の利権にいっさい忖度せず、いきなり国会質問で特殊法人、特別会計の問題を切り出しましたからね。</p>

<p>【福田】私が学生のころ議員会館に出入りして驚いたのは、何よりも国会議員の答弁の質問例、回答例を官僚がつくっていたことです。国会討論も委員会も、すべて官僚の情報とレクチャーに基づいており、茶番にすぎなかった。</p>

<p>しかし石井さんは官僚の情報にいっさい頼らず、自分で徹底的に調査し、質問を作成していました。与野党間の根回しもせず国会で突然、税金の無駄遣いや政府の不正を糾弾したのが「爆弾発言男」と呼ばれるゆえんでした。ところが志半ばにして2002年、右翼団体の人間によって刺殺されてしまう。</p>

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<h2>税金や保険料ばかりなぜ上がる</h2>

<p>【福田】石井さんの戦いがいま私たちに教えてくれることは、この国のかたちがどうあるべきか、日本を導く理想や理念、国家のフレームワークづくりをもう一度、国民の代表である国会議員の手に、政治に参加する市民の手に取り戻さなければならない、という点です。</p>

<p>【泉】石井さんはソ連（当時）のモスクワ大学大学院に留学し、官僚が支配する社会主義国の実情を目の当たりにしました。ところが日本に帰ってきたら、わが国もソ連同様の官僚が支配する国家であったことを知って愕然とするわけです。資本主義も共産主義も同じではないか、と。</p>

<p>日本とソ連の共通点として、第1に、国民に情報が知らされていないこと。第2に、お金の流れが不透明であることです。石井さんはそこで、国民自らが政府のお金の流れを監視、検証できる「国民会計検査院」という構想を打ち上げました。国民から選ばれた議員が責任をもって決めるべき予算を、責任を負わない官僚が仕切る現状をいまこそ変えなければいけません。</p>

<p>【福田】石井さんが当時、追及した問題は彼の死後、じつは何も変わっていない。</p>

<p>【泉】むしろひどくなっている、といえます。日本における税金と保険料の国民負担率は約5割に達しており、水道光熱費、食料品の価格は上がる一方。30年間、経済成長もせず給料も上がらないのに、税金や保険料や負担額ばかりが上がっている。この状態がおかしいということをほとんど誰も検証してこなかったわけです。石井さんが訴えたように、「国民のお金はどこへ消えているのか」と。</p>

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<h2>積極財政を教育や社会的弱者の救済に</h2>

<p>【泉】国民の窮状に対し、かつての政界再編は十分に応えることができませんでした。細川政権の国民福祉税、野田政権の消費税増税はいずれも国民ではなく財務省のほうを向いた官僚主導政治の政策で、国民の期待が失望に変わってしまった。政権を取って豹変したというよりも、そもそも国民を救う意思と理念がどれほどあったのか疑問です。</p>

<p>石井さんは1990年代の時点で、すでに市民ネットワークの機能を官僚支配の構造に組み入れて政治主導を成し遂げる構想を描いていた。この違いでしょう。</p>

<p>【福田】たとえば小泉純一郎政権や安倍晋三政権は、郵政民営化や安全保障法制の面では改革を行なったけれども、少子化対策や教育の支援など国民の生活に向けた政策は打ち出してこなかった。</p>

<p>【泉】結局、国民のお金をどのように使うかという肝心の点について、政治主導になっていない。私が明石市長を12年務めた実感として、官僚の権限は肥大化する一方です。兵庫県治水・防災協会の会長を務めた際、財務省や国土交通省などに予算のお願いに回りましたが、官僚は所管の予算を増大させることしか頭になく、競って税金の無駄遣いをしているとしか思えませんでした。</p>

<p>衝撃的だったのは、ある官僚の「泉さんはいろいろ批判していますが、道路をたくさんつくっても誰も困りません」という言葉。お金を費消することはよいことだと、本気で信じているのです。</p>

<p>【福田】高度成長期の自民党政治のモデルとして、公共政策によってダムや堤防をつくることは防災上、役立った側面もあります。しかし、もはや時代は変わっています。国民を豊かにする経済モデル、政策モデルを再構築しなければならない。</p>

<p>【泉】経済政策には物を売って供給する事業者サイドに焦点を当てて経済を回す政策と、物を買って需要する消費者サイドに焦点を当てた政策の2つがあります。私は物を買う側に立って明石市の改革を行ないました。最も生活が厳しい子育て層の負担を一気に軽減するとともに、国からの交付金を地域商品券に置き換えて市民に直接、還元した。その結果、明石市の経済が復活したのです。</p>

<p>サプライサイドに立った公共事業の政策ばかりを何十年、続けても経済成長しないことは、日本の「失われた30年」が実証しています。</p>

<p>【福田】泉さんがおっしゃった2つの政策は、明石市のみならず、日本の政治における新しい対立軸でもあります。旧来型の政治モデルとして、一方では積極財政と減税によって国民がお金を使えるようにする、いわゆるアメリカ共和党保守の政策モデルがあります。他方で、教育や子育て支援は社会福祉の文脈で増税により賄うという固定観念がありました。</p>

<p>そうした古い政策フレームから脱却して積極財政を教育や社会的弱者の救済に用いるのは、新しいリベラルの政策モデルといえるのではないでしょうか。従来、公共政策や政治思想の研究から出てこなかった国民経済を改善する政策手法を、泉さんが自治体の首長として実行したわけです。</p>

<p>【泉】通貨発行量を増やして地域経済を回そうと、「明石たこマネー」という明石独自の地域通貨さえ発行しようと本気で考えましたから。周囲の賛同が得られずに、やむなく断念しましたが（笑）。</p>

<p>【福田】要するに日本の政策は財政規律のストックに囚われすぎて、経済成長のフローを考えていないんです。</p>

<p>【泉】そのとおり。さすがに学者は理論で説明してくれるので有難いですね（笑）。</p>

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]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 14 Jan 2025 12:00:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[泉房穂（前明石市長）,福田充（日本大学教授）]]></dc:creator>			
		</item>
				<item>
			<title>第二次世界大戦から崩れ始める「戦争の姿」徐々に減少した主権国家間の紛争  荒巻豊志（東進ハイスクール講師）</title>
			<link>https://voice.php.co.jp/detail/11626</link>
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			<description><![CDATA[第二次世界大戦から変化した現代の戦争の姿とは? 東進ハイスクール講師の荒巻豊志氏が解説する。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="741" src="https://voice.php.co.jp/userfiles/images/utilityG/pixta_map.jpg" width="1200" /></p>

<p>第二次世界大戦以降、&quot;戦争＝主権国家同士の争い&quot;の原則は崩れ、徐々に戦争の姿は変化し始めたという。東進ハイスクール講師の荒巻豊志氏による書籍『紛争から読む世界史』より解説する。</p>

<p>※本稿は、荒巻豊志著『紛争から読む世界史』（大和書房）から一部を抜粋・編集したものです。</p>

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<h2>複合戦争としての第二次世界大戦</h2>

<p>第一次世界大戦終了からわずか20年で再び世界大戦が起きます。第一次世界大戦と異なり、日本が重要な関与国となったことでアジアにも大きな被害が生じます。</p>

<p>第二次世界大戦は第一次世界大戦で生じた流れに棹さす結果となりました。夜警国家から福祉国家へ、さらにイギリス、フランス、日本といった帝国主義国家の勢力が大きく減衰することで民族自決理念の普遍化は決定的となります。この第二次世界大戦は様々な性格が複合した戦争と評価されています。それをまとめてみましょう。</p>

<p>まず1つ目が民族絶滅戦争という性格です。ナチス＝ドイツがこの戦争中に600万人にも及ぶユダヤ人虐殺（ホロコースト）を行なったことを知らない人はいないでしょう。このホロコーストを「戦争」と表現していいものか。</p>

<p>当事者の一方はナチス＝ドイツという国家なのに対して、ユダヤ人は「国家」ではありません。ここが大事なところなのですが、戦争とは主権国家同士の争いであるという自明の理が崩れてきていると捉えてほしいのです。すぐ後で話しますが、こういった戦争のあり方を非対称戦争と表現します。</p>

<p>2つ目は帝国主義間戦争という性格です。イギリスやフランスが持っていた東南アジアの植民地を日本が奪おうとしていたことや、大戦末期にイギリスとソ連がバルカン半島分割の密約を結んでいたことがこれをあらわしています。</p>

<p>3つ目はイデオロギー戦争という性格です。当時、議会制民主主義、社会主義、ファシズムという3つの政治体制をめぐる対立があったわけですが、ファシズムを倒すために前二者が手を組んだという捉え方です。</p>

<p>難点はファシズムとは何かということが定式化されていないことです。社会主義もファシズムなのではないかといったような主張にも妥当性があるし、ファシズムといっても日本、ドイツ、イタリアで大きく異なっています。したがって、このイデオロギー戦争という物言いは戦勝国を正当化する考えだと思っています。</p>

<p>4つ目が民族解放戦争という性格です。2つ目の性格である帝国主義間戦争と対になっています。帝国主義間戦争が正しい戦争ではないとすると、この民族解放戦争は正しい戦争と捉えることができます。</p>

<p>だから、この性格を強調することは第二次世界大戦は正しい戦争だったという主張になります。日本が大東亜共栄圏を掲げてアジアの解放のために戦ったという主張は、日本にとって正義の戦争だったということです。</p>

<p>確かに、インドにおけるチャンドラ・ボースの運動や親ナチス＝ドイツの立場を採ったアラブ人グループもあったけれど、東南アジア各地域で抗日運動が起きていた実態を考えると、これは支配下に置かれていた人々が評価すべきことでしょう。</p>

<p>ちなみに東南アジア各国の教科書で、日本が「アジア解放」のために戦ったと書かれているものは一冊もありません。</p>

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<h2>変わる戦争の姿</h2>

<p>先に、第二次世界大戦と民族絶滅戦争の話をしました。このような戦争が非対称戦争ということですが、ユダヤ人に対するホロコーストを非対称戦争と表現するのはあまりにも極端な例かもしれません。なぜならユダヤ人は一切抵抗することなく虐殺されたのですから。</p>

<p>一般に非対称戦争といえばゲリラ戦のような正規軍と非正規軍との戦争を指します。たとえばベトナム戦争（1960年代から70年代）です。一方の当事者はアメリカ合衆国という国家なのに対して、もう一方は南ベトナム解放民族戦線というゲリラ軍でした。</p>

<p>1979年から始まるソ連のアフガニスタン出兵も、ソ連軍はアフガニスタンのゲリラ軍と戦っていました。類似語に低強度紛争という表現もあります。</p>

<p>2001年、アメリカの同時多発テロの後、ブッシュ大統領の下で始められたアフガニスタン紛争や、2003年のイラク戦争といった対テロ戦争（正式には「テロとのグローバル戦争」）も、国家対イスラーム組織アルカイダという非対称戦争の典型です。</p>

<p>20世紀後半から内戦も増えてきています。内戦の原因はやはり先に述べた国民国家の理念と現実との乖離です。非対称戦争や内戦は伝統的な国際法による枠組みでの処理が困難になります。従来、紛争に関する枠組みは戦時／平時、国際／国内に分けて考えられました。しかし、テロとの戦いは戦時なのか平時なのかわかりません。</p>

<p>また、内戦の主体は国家ではないため戦時国際法が適用できず、目もあてられないほどの惨劇が繰り広げられます。ロシアとウクライナの戦争の報道で、ロシアにワグネルと呼ばれる民間軍事会社があることを知った人がいるかと思います。この民間軍事会社も国軍ではないので残虐な行為を平気でやるといわれています。</p>

<p>まさに紛争といえば国家間戦争だった20世紀前半までと大きく異なり、国際法で対処しにくい事態が増加していることを「世界大戦から世界内戦へ」と表現したのが笠井潔です。『新・戦争論―「世界内戦」の時代』（言視舎）の中で、ドイツの思想家カール・シュミットの言葉を借りて、19世紀から21世紀に至る戦争のあり方を語っています。</p>

<p>2022年に始まり現在も続くロシアとウクライナの戦争ですが、この戦争が始まった当初、「21世紀になってまさか主権国家同士の戦争が、しかもヨーロッパで起こるとは」という声があがりました。これは、戦争のあり方が非対称戦争になっていく流れに逆行して帝国主義の時代に逆戻りしたように見えたのです。</p>

<p>&nbsp;</p>

<h2>価値の分配をめぐる政治</h2>

<p>2020年のアメリカ合衆国の大統領選挙、バイデンvs.トランプの戦いで、「アメリカは内戦状態になるのではないか」という見立てを述べる論者がいました。さすがに内戦にはならなかったものの、両者の主張は違っても選挙が終わればノーサイドということにならなかったのは、2021年1月6日にトランプを支持する市民が起こした合衆国議会議事堂襲撃事件を見れば明らかでしょう。</p>

<p>何がそこまで国内を分断しているのかですが、これはアメリカだけでなく多くの国で同じような分断が生まれています。</p>

<p>アメリカでいえば妊娠中絶の是非はまさに国論を二分する議論になっています。世界各国を見ても、同性婚やLGBTQをめぐってさかんに議論されていることは共通しています。こうした議論を「価値の分配」といいます。</p>

<p>従来の政治は「富の分配」をめぐるものでしたが、これは妥協がつけやすいのに対して「価値の分配」は1か0かで妥協がしにくいものになっているため分断が起きやすいのです。</p>

<p>20世紀後半は世界規模で経済成長が続き、ある程度の豊かな社会が世界すべてではありませんが、いわゆる先進国で生じました。アメリカの政治学者ロナルド・イングルハートは「『脱物質主義的価値観』が政治の次元で重みを増す」と、すでに1977年の時点で主張していました。</p>

<p>『歴史の終わり』（三笠書房）で有名なアメリカの政治学者フランシス・フクヤマも『IDENTITY―尊厳の欲求と憤りの政治』（朝日新聞出版）の中で、トランプ現象やイギリスのブレグジット（EUからの離脱）の背景にあるものを分析して、経済合理性よりも敵と味方の単純な二文法で「敵だから倒す」といった感情が政治に持ちこまれることを示唆しています。</p>

<p>歴史認識をめぐる紛争も「価値の分配」の文脈で理解できます。現在を、そして未来をめぐって争うのではなく、過ぎ去ってしまった過去をめぐって争う、一見不毛な議論がどこの国でも展開されています。</p>

<p>それは21世紀における国民創造のために不可欠な物語をどうやって再構築すればいいのかということだけではなく、国民創造のために歴史が動員されることを拒否することも含めて妥協が困難な価値をめぐる争いになっているのです。</p>

<p>奴隷制度は19世紀に廃止されました。20世紀前半には女性参政権も実現しました。ところがこれらは人間を奴隷とそれ以外に分けること、男と女に分けることといった、人種主義的な発想に対する反省から起きたものではなく、単に経済的な利益や戦争遂行能力を高めるための要求から行なわれただけであり、「ブラック・ライヴズ・マター運動」の高揚やフェミニズムの運動が続いていることは、19世紀以来の国民国家建設の課題がまだ残されていることをあらわしています。</p>

<p>当然ながら「富の分配」をめぐる問題が解決したわけではありませんが、「価値の分配」が政治の大きな焦点になる中で国民国家としての同質性を保つことが難しくなっているのが現在といえるでしょう。</p>

<p>「富の分配」から「価値の分配」へ向かう大きな歴史の流れを確認するのに『リベラルとは何か―17世紀の自由主義から現代日本まで』（田中拓道／中公新書）、『アフター・リベラル―怒りと憎悪の政治』（吉田徹／講談社現代新書）はとても良い本です。</p>

<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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						<pubDate>Tue, 07 Jan 2025 11:50:00 +0900</pubDate>
			<dc:creator><![CDATA[荒巻豊志（東進ハイスクール講師）]]></dc:creator>			
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